被害届提出前の示談交渉

刑事|被害届提出前の示談|刑事事件化回避交渉の方法、対策(窃盗・占有離脱物横領)

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は,2日前,良く行くコンビニのトイレで忘れ物と思われる、他人のバッグを盗んでしまいました。当日は,かなりお酒を飲んでいました。中には財布や免許 証,携帯電話が入っていました。自宅に帰る途中で怖くなってきてしまい,携帯電話をゴミ箱に捨ててしまい、バッグと財布自体は捨てずに家に持ち帰ってしまいま した。今となり,大変なことをしてしまったと気づき,どうしたらよいか途方に暮れています。私は,どうしたらよいのでしょうか。現在、警察からは特に連絡はあ りません。弁護士さんに相談すべきなのでしょうか。

回答:

1 今回の件は,窃盗罪が成立する可能性が高いといえます。このまま何もしないと,カバンの所有者から被害届が出され,刑事事件化される可能性もあります。 あなたが良く利用するコンビニということで,警察の所定の捜査(防犯カメラや関係者への聞き込み)により,犯人として特定される可能性はあり得るところです。

2 本件では,被害者が被害届を提出する前に,弁護士を通じて示談交渉を行うことが必要です。仮に,被害届を提出される前に示談が成立し,被害者が被害届を 提出しないことを約束してもらった場合には,特に捜査機関の捜査が及ぶことなく,事件を終結させられる可能性があります。被害者が被害届を提出しないのであれ ば,刑事事件として処罰を求めないこととなりますので,警察に対して特に事実を申告する必要もありません。早期の示談により,刑事事件化を回避し円満に事件を 解決することができます(警察に申告するのであれば,別途代理人弁護士を通じた自首の手続を取ることになります)。 示談交渉においては,被害者の意向を確認しながら,十分な被害弁償(携帯電話など紛失した分の金銭賠償や,迷惑料を含む)を行い,被害届を提出しないよう に話を進め,適切な内容の示談合意書を交わすこととなります。速やかな示談交渉が必須となりますので,お困りの場合には,速やかに弁護士に相談されることをお勧めします。

3 本件に関する関連事例集参照。

解説:

1 あなたが現在置かれている法的な地位

(1)成立する犯罪(窃盗罪・占有離脱物横領)

まず,あなたが現在置かれている法的な地位について検討していきます。

コンビニエンスストアの個室トイレで,他人のバッグ及び中に入っている携帯電話,財布,免許証などといった財産を取ってしまったということで,窃盗罪 (刑法235条)か,占有離脱物横領罪(刑法254条)の成立が問題となり得ます。

窃盗罪の場合は刑が重く,10年以下の懲役又は50万円以下の罰金,占有離脱物横領罪の場合は,1年以下の懲役又は10万円以下の罰金が科されること となっています。

両者を区別する基準としては,被害者である財物の持ち主に「支配の事実」(占有の事実)が残っているか否かによって決せられます。但し、バッグがコン ビニエンスストアの個室トイレ内にあったということですから、所有者が置き忘れてしまったという場合は、コンビニエンスストアの管理者にバッグの支配の事実が あると認められ、窃盗罪に該当する可能性が高いと言えます。

(2)被疑者としての地位

以上のとおり,あなたが行った行為は,窃盗罪が成立する可能性が高いといえます。

仮に,本件が発覚した場合には,あなたは犯罪の嫌疑がかかり,被疑者として扱われることとなります。その場合,証拠隠滅のおそれや逃亡のおそれがある と判断された場合には逮捕され,そうではい場合には在宅にて捜査が続けられることとなります。捜査においては,あなたの言い分をまとめた供述調書を警察にて作 成し,検察庁に事件が送致された後,最終的な刑事処分が下されることとなります。

以上より,現在あなたは刑事事件の被疑者になり得る地位に置かれています。

2 早期の示談交渉の必要性(発覚の可能性・民事上の損害賠償)

(1)示談交渉を早期に行うべき理由

ア それでは,今後,どのようにしたらよいか検討していきます。あなたは,直接被害者とかかわりがなく,被害者が仮に本件を警察に申告したとしても,最終的 にあなたが犯人であると特定できないことも十分に考えられます。したがって,本件については一切申告しない,被害者にも特段働きかけを行わないという選択肢も あり得るところです。

しかし,そのような選択には一定のリスクが伴います。仮に,被害者が,警察に本件の被害届を提出した場合,警察が所定の捜査を行うことになります。警察 は,コンビニエンスストアその他関係者の聞き込みや,防犯カメラなどの確認を行うことになります。コンビニ内には防犯カメラが設置されているのが通常であり, トイレの出入りについては,十分確認が取れる状況であり,仮にあなたが被疑者扱いとされた場合に,犯人と特定するに十分な証拠となります。また,今回の犯行現 場は通勤の際によく利用しているコンビニとのことであり,店員もあなたのことを把握しているかもしれませんし,警察が周辺の関係者への聞き込みをしている際な ど,あなたに声がかけられ事実が発覚してしまうかもしれません。

今回のケースでは,被害者から取った携帯電話を,犯行発覚を防ぐために捨てており,犯行態様としては悪質と評価されうる事情もあります。自ら罪を捜査機 関に申告した場合と,警察の捜査によって犯行が発覚した場合を比較すると,反省の度合からしても前者の方が悪質であることは明らかです。

イ さらに,今回は他人の経済的な価値のあるバッグ,財布,携帯電話を取ってしまっており,被害者に対して経済的な損害を与えてしまっており,民事的(金銭 的)な責任も発生しています。

本件で,あなたには不法行為に基づく損害賠償義務(民法709条)として,一定の金銭を被害者に支払う必要があり,この点は清算することが不可欠です。反省の 意思を持っているのであれば,被害者に謝罪としかるべく被害弁償を行うのが筋であるといえます。

(2)早期の示談交渉と,刑事事件化回避

ア 以上のような刑事事件立件のリスク,法的な義務の存在からすれば,直ちに被害者に対してしかるべく謝罪の上,被害者に対して与えてしまった経済的・精神 的損害について被害弁償(損害賠償)を行う必要があるといえます。

被害者は,本件について刑事事件の被害者なわけですから,いつでも所轄の警察に対して,被害届を提出できる地位にあります。被害届とは,特定の犯罪事実 を申告する届であり,これが受理された場合には,警察は上記のような所定の捜査を行うこととなります。

仮に被害届が提出されてしまった場合には,窃盗罪ないしは占有離脱物横領罪の被疑者として扱われることとなります。しかし,本件においては被害者により被害届 を提出される前に,適切な示談交渉を行い,被害届を提出しない(刑事事件として警察が認知しない)よう,被害者に働きかけを行っていく必要があるでしょう。円 満な示談が成立すれば,刑事事件化を回避できる可能性があります。

イ 財布の所有者と示談をする場合問題となるのは、連絡先をどうやって調べるかという点です。携帯電話は捨ててしまったということですが、他に個人を特定で きる免許証などが残されていれば、被害者宅に直接伺い,示談交渉を行うことになろうかと思われます。

問題は、バッグの所有者が特定できない場合です。この場合は、トイレのあったコンビニエンスストアの店長、責任者と話をするしか方法がないかもしれませ ん。その場合、バッグの所有者を特定できない可能性もありますから、どのように話をするかは慎重に行う必要があることはもちろんです。ご自分ではできませんか ら弁護士を依頼する方が無難です。コンビニの店長側と捜査の対象となる被疑者が直接被害弁償について協議することは理論的にできそうですが、実際上は難しい面 が多々あると思いますので代理人が必要です。弁護士であれば、犯罪事実を半ば灰色にしながら話し合うことも立場上可能だからです。

バッグの所有者が特定できて、示談交渉の結果,被害者が謝罪を受け入れ,被害届を提出しないということになれば,本件は刑事事件として警察に認知される こともなく,円満に終結することとなります。もちろん,この場合,前科前歴にも一切なりません。

この場合,示談が成立した場合の被害届を提出しない旨の示談合意書・被害届取下書については,所轄の警察署に対して提出する必要は直ちにはありません。

法律上捜査機関が認知していない刑事事件について申告した場合には自首の規定により,刑の任意的減免をする規定(刑法42条)があるものの,全ての事象につい て警察に報告するような法的義務は課されていないためです。

そもそも,示談交渉の結果,被害届が取り下げられ(もしくは今後提出しないことを確認する),被害者が一切の処罰を求めておらず,さらに民事的な被害弁 償もなされ全ての清算がなされているのであれば,今回の件は刑事事件としての実体はもはやないものというべきであり,捜査機関による捜査の対象とすべきではな いと考えられます。窃盗罪は,被害者の個人的な財産を保護することを目的とする犯罪であり,被害者の処罰する意思がない事件を殊更刑事事件として認知する必要 はないのです。

したがって,本件においては,被害届を提出される前に,被害者に対して早期の示談交渉を行い,謝罪と被害弁償を適切に行い被害届を提出しないことの確認 を取るべきといえます。被害者としても,被害物品の早期返還(及び相当する金銭賠償)が可能となり,その権利救済につながることとなります。

ウ ただし,この示談交渉は直接本人で行うことは控えるべきです。加害者からの直接の交渉ですと,被害者が畏怖する可能性が高く,被害者から警察に対し被害 届の提出ないしは通報される可能性が高いですし,適切な示談合意書の締結など,法的にリスクを排除した解決ができない可能性が残ってしまうためです。

この点は,適切な示談交渉を行ってくれる弁護士に相談依頼を検討すべきでしょう。

(3)自首について

もちろん,本件で刑事事件に該当するような行為を行ったのは事実ですので,警察に対して自首をすることも可能です(刑法42条)。

自首とは,罪を犯した者が捜査機関に発覚する前にその犯罪事実の申告を行い,その訴追(処罰)を含む処分を求めることをいいます。

ここで注意が必要なのは,自首は,法律上,刑があくまで任意的に減軽することができるのみであり,減軽が必ずしも義務付けられるものではないということ で。さらに,加害行為を行ったことを単に申告するのみならず,訴追を含む処分を求める意思をしっかり示さなくてはなりません。

後日,刑事事件の処分を決める際に,法律上の自首か否かが争われることも十分にあり得ますので,自首を行う際にも,代理人弁護士を同行の上,適切な自首 調書を作成してもらう必要があるでしょう。その際は,逮捕など不当な身体拘束がなされないように交渉する必要もあります。

3 具体的な示談交渉について

したがって,本件においては,被害者に被害届を提出され,刑事事件として認知される前に,適切な示談交渉を行うことが,もっとも法的にリスクの少ない手 段であることとなります。

以下では,どのように示談交渉を進めていくのかのポイントを検討していきます。

(1)適切な被害弁償及び謝罪を行うこと

上述のとおり,本件では民事上の不法行為責任(民法709条)を負っているので,被害者に対してはしかるべく金額の被害弁償を行うこととなります。金 銭賠償の基本は,侵害行為を行う前の状態に回復することであり,今回の窃盗(占有離脱物横領)行為と因果関係のある損害となります(民法416条参照)。

今回では,バッグなど現物があるものについては,直ちに返却するとともに,返却できない物品(投棄してしまった携帯電話)については,その取引価値相 当分の金銭賠償を行うことになります。その際には,例えば携帯電話に重要な写真・情報などが入っているなどして,それが喪失したことによる精神的苦痛への慰謝 など,無形的な損害についても上乗せして支払を行う必要があるでしょう。

また,当該行為によって,被害者が警察へ被害届を提出したり,その他時間的な手間を掛けさせてしまったのであれば,その点の迷惑料などを上乗せして支 払うことも検討した方が良いでしょう。

いずれにせよ,被害者に対して状況を確認の上,謝罪を行うとともに,適切な金額の賠償を行うことは,民事上の損害賠償義務の履行の観点からも必要不可 欠になります。

(2)不接近の誓約など付随する合意

今回の件で,被害者としては取得された個人情報を悪用されたり,加害者が自宅を訪問する可能性があるなど考え,畏怖している可能性があります。そこ で,被害者に対しては,弁護士を通じて,加害者及びその関係者が今後一切接近しないことや,被害者の個人情報を他者に一切漏らさないことを誓約することが必要 といえます。

(3)適切な示談合意書の作成

上記の示談交渉の結果,被害者が示談を受け入れるということになれば,適切な示談合意書を作成しておく必要があります。示談合意書がないと,後日紛争の 蒸し返しになる可能性があるためです。

示談合意書においては,民事上及び刑事上の紛争を円満かつ終局的に解決できるような記載が望ましいといえます。少なくとも,民事上の金銭的な賠償は本示 談をもって終局的に解決したものとし,法律関係が清算されたこと(清算条項)を付けておく必要があります。

また,上述のとおり,本件は被害者の被害届取下げ及び今後提出しないことを約束する事によって,刑事事件としても円満かつ終局的に解決することになりま すので,被害届の取下げ(ないしは今後一切提出しないこと)については,示談合意書の中で明記しておく必要があります。

具体的な示談合意書の内容については,専門的経験のある弁護士に相談していただければと思います。

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

<参照条文>

刑法

(自首等)

第四十二条 罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したときは、その刑を減軽することができる。

2 告訴がなければ公訴を提起することができない罪について、告訴をすることができる者に対して自己の犯罪事実を告げ、その措置にゆだねたときも、前項と同様とする。

第三十六章 窃盗及び強盗の罪

(窃盗)

第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

(遺失物等横領)

第二百五十四条 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。