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No.1543、2014/09/04 12:00 https://www.shinginza.com/seinen-kouken.htm

【家事事件 成年後見申立中に遺留分減殺請求権の時効期間が経過した場合の救済措置  最高裁平成26年3月14日判決  最高裁平成10年6月12日判決】

成年後見申立中に遺留分減殺請求権の時効期間が経過した場合の救済措置


質問:私の妻の父(被相続人)が,およそ11か月前に死亡しました。相続人は,私の妻を含めた被相続人の子4人です。しかし,被相続人は生前遺言を作成しており,相続人の一人(長男)に全財産を相続させるとの内容でした。
 この場合,私の妻は長男に遺留分を請求できると思いますが,実は私の妻は認知症であり,自分で遺留分減殺請求権を行使できないと思います。
 遺留分減殺請求権には1年間の期間制限があると聞きました。もうすぐ期限が来てしまうのですが,私が妻の代わりに遺留分減殺請求権を通知しても良いのでしょうか
 きちんと妻の遺留分を請求するためにはどうしたら良いでしょうか。
 また,妻の成年後見人を選任しようと思うのですが,息子と私のどちらが成年後見になるかで争いになっています。仮に裁判所で息子や第三者が成年後見人に選ばれてしまいそうな場合,申立てを取り下げることは可能でしょうか。

回答:
1 遺留分減殺請求権は,遺留分の減殺を請求することができることを知ってから1年間の期間制限があります。また、本人に意思能力が無い場合行使できませんので,あなたが代わりに行使することはできません。
  奥様の成年後見人を家庭裁判所に申し立てた上で,成年後見人が行使する必要があります。そこで、成年後見選任の間に1年間という期間制限が経過してしまうのではという疑問が生じます。

2 この点について判例によれば,遺留分減殺請求権の時効期間満了前に成年後見人選任の申立てがされており,その申立てに基づき時効期間満了後に成年後見開始の審判がされた時には,成年後見人就任後6か月の間は時効が完成しないとされています。
  したがって,時効期間経過前に直ちに奥様の成年後見人選任の申立てを家庭裁判所に行う必要があります。そして選任された成年後見人が遺留分減殺請求権を行使することになります。

3 家事事件手続き法の制定により,成年後見開始の申立ては,裁判所の許可が無ければ取り下げが不可能にとなりました。後見開始の際には,裁判所があなたを後見人として選任してくれるよう,十分な準備をする必要があります。

4 遺留分減殺請求権者が精神的な障害を有する場合,今後も様々な問題が生じる可能性が存在します。早期に弁護士に相談し,対策を取ると良いでしょう。

5 家事事件手続法の関連事務所事例集1065番、その他1495番1399番1236番1132番1056番1043番983番981番790番684番676番427番参照。

解説:

1 遺留分減殺請求権の期間制限

  被相続人の子は,遺留分を有しているため,遺言によって遺留分が侵害されている場合,遺贈を受けている相続人に対して遺留分の減殺を請求することができます(民法1031条)。

  ただし,遺留分の減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅してしまいます(民法1042条)。

  通常は,上記の期間内に,内容証明郵便等の方法によって,遺留分減殺請求権の行使の意思を表明するのが一般的です。

  遺留分減殺請求権は,請求したことにより権利が生じると考えられ、財産上の形成権とされています。従って,請求したことによりどのような効果が生じるのかについての理解が必要となり、当然意思能力,すなわち自己の判断で事理を弁識する能力がなければ行使することができません。

  したがって本件のように,遺留分権利者が認知症等の症状により,事理弁識能力が無い場合,遺留分減殺請求権を行使することはできません。

  例えあなたが奥様の名前で遺留分減殺請求の通知を出したとしても,後の紛争においては本人の意思に基づかないものとして無効となります(なお、無効であるというためには、遺留分減殺請求をした時点で事理弁識能力がないことを主張立証する必要がありますので、立証は一般的に難しいと言えます。そこで、奥様の意思を確認して遺留分減殺請求の通知を出し、その後念のため成年後見人選任申立をするという方法も検討の余地があります)。

  このような場合に遺留分減殺請求権を行使するためには,奥様の成年後見人を選任する必要があります。選任の申立てを家庭裁判所に行えば,早ければ1か月程度で審判がおり,成年後見人が就任します。

  成年後見人が就任すれば,成年後見人が被後見人に代わって,遺留分減殺請求権を行使することができます。

2 遺留分減殺請求権の行使の可否

(1) 後見開始の審判申立てによる時効中断

  しかし,中には,後見開始の審判が下りるまでに時間がかかり,遺留分減殺請求権の時効期間に間に合わない場合も存在します。特に,誰を後見人にするかで親族間の争いが生じている場合などは,後見開始の審判に数か月の時間を要する場合もあるため,早めに申し立てをする必要があります。

  では,時効期間までに後見開始の審判が間に合わない場合には,どうしたらよいのでしょか。この点について最高裁判所は,時効の成立を認めた原審の判断を覆し,以下の判断をしました。すなわち,「時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において,少なくとも,時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは,民法158条1項の類推適用により,法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は,その者に対して,時効は,完成しないと解するのが相当である。」としています。

  判例の判断によれば,時効期間の満了前に後見開始の申立てさえ行っていれば,時効の進行が中断するため,後見人が就任した後で遺留分減殺請求権を行使することが可能となります。

(2) 判例の理論構成

ア 保護の必要性

  民法158条は,「時効の期間の満了前六箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から六箇月を経過するまでの間は、その未成年者又は成年被後見人に対して、時効は、完成しない」と定めています。この規定は,時効が中断する対象として「未成年者」または「成年被後見人」に限定しているため,認知症等により事理弁識能力を欠くものであっても,未だ成年後見開始の審判を受けていない者は,同条の対象には含まれません。

  しかし,民法158条の趣旨は,事理弁識能力も代理人もおらず,時効中断の措置をとることができない者を保護することにあります。

  そうすると,例え後見開始の裁判所の審判を受けていない者であっても,事理弁識が無く権利の行使が不可能であり,時効中断の為の措置もとれない以上は,その保護の必要性は変わりません。

  その上で判例は,仮に時効の中断を認めたとしても,請求を受ける側の予見可能を不当に奪うものとは言えないとして,158条の類推適用を認めました。

  遺留分がそもそも相続人の生活保障としての意義を有し,民法上の強行 規定としてする点からしても妥当な結論であるといえるでしょう。

イ 予見可能性

  一方で判例は,「民法158条1項の類推適用を認めたとしても,時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえないときもあり得る」とし,「少なくとも,時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたとき」に限定して,類推適用を認めるとしています。

  判例が時効の期間の満了前の申立てを条件としているのは,類推適用の範囲が拡大しすぎることを避ける目的もあると思われますが,時効を援用するものの予見可能性を害しないこともその理由として挙げています。

  しかし,「少なくとも」との文言からすれば,個別の事情により時効援用権者の予測可能性を害しないと認められる場合には,後見開始の申立てがされていない場合でも,158条1項の類推適用が認められる余地は存在するものと考えられます。具体的には,後見人となりうるような家族等が,遺留分減殺請求の予定を対象者に明示している場合等が考えられますが,今後の議論や裁判所の判断が望まれるところです。

ウ 他の事例への適用

  なお,判例の事例は,本件と同じ遺留分減殺請求権の行使に関する事例ですが,上記のような趣旨からすれば,その他の請求権においても同様の類推適用可能と思われます。不法行為に基づく損害賠償請求権の除斥期間(時効)の事例において,本判決類似の判断で除斥期間の効果を認めなかった判例も存在します(最判平成10年6月12日民集52巻4号1087頁)。

3 現段階での対応策

(1) 後見開始の申立てと取下げの可否

  上記のような判例の判断からすれば,時効期間満了前に直ちに後見開始の申し立てを行う必要があるでしょう。申立書には後見人として希望する候補者を記載するほか,申立ての目的や本人の状況等の事情説明書,主治医の診断書等を添付します。

  候補者を指定したとしても,誰を後見人に選任するかは,裁判所が本人の保護に最も適した者を職権によって判断するため,指定した候補者以外の者(他の親族や弁護士等)が後見人に選任される場合もあります。

  なお,家庭裁判所への後見開始の申立てを取り下げることの可否について,かつては取下権の濫用でない限りは取り下げ可能とされていました。しかし,平成25年から施行された家事事件手続法のもとでは,家庭裁判所の許可が無い限り取り下げはできないことになりました。この改正の趣旨は,自分の指定した候補者以外が後見人に選任されそうな場合に取り下げるということが横行し,それが後見を必要としている本人の保護に反するとされた点にあります。すなわち、被後見人の財産保全の趣旨を徹底しています。

  従って,今後後見開始を申し立てる際には,推薦する候補者が後見人に選任されるよう,提出する陳述書その他の資料を十分な準備をした上で申し立ての手続きをする必要があるでしょう。

(2) その他

  上述のように,上記判例では,時効中断の適否の検討にあたって時効援用権者の予測可能性を問題にしています。万が一,成年後見人選任の申立てが認められなかった場合に備えて,念のため相手方には,遺留分減殺請求権の意思を伝えた方が良いでしょう。

4 最後に

  遺留分は,相続人の今後の生活を保障する重大な権利です。万が一にも請求権を喪失しないよう,弁護士等の専門家に相談した上で適切な法的手続きを履践し,万全の準備することをお薦めします。
 
≪参照条文≫
※民法
(遺留分の帰属及びその割合)
第千二十八条  兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一  直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
二  前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一
(減殺請求権の期間の制限)
第千四十二条  減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
(未成年者又は成年被後見人と時効の停止)
第百五十八条  時効の期間の満了前六箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から六箇月を経過するまでの間は、その未成年者又は成年被後見人に対して、時効は、完成しない。
2  未成年者又は成年被後見人がその財産を管理する父、母又は後見人に対して権利を有するときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は後任の法定代理人が就職した時から六箇月を経過するまでの間は、その権利について、時効は、完成しない。

※家事事件手続法
(申立ての取下げの制限)
第百二十一条  次に掲げる申立ては、審判がされる前であっても、家庭裁判所の許可を得なければ、取り下げることができない。
一  後見開始の申立て
二  民法第八百四十三条第二項 の規定による成年後見人の選任の申立て
三  民法第八百四十五条 の規定により選任の請求をしなければならない者による同法第八百四十三条第三項 の規定による成年後見人の選任の申立て

≪参考判例≫
(最高裁平成26年3月14日判決)
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)民法158条1項は,時効の期間の満了前6箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人(以下「成年被後見人等」という。)に法定代理人がないときは,その成年被後見人等が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は時効は完成しない旨を規定しているところ,その趣旨は,成年被後見人等は法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから,法定代理人を有しないにもかかわらず時効の完成を認めるのは成年被後見人等に酷であるとして,これを保護するところにあると解される。また,上記規定において時効の停止が認められる者として成年被後見人等のみが掲げられているところ,成年被後見人等については,その該当性並びに法定代理人の選任の有無及び時期が形式的、画一的に確定し得る事実であることから,これに時効の期間の満了前6箇月以内の間に法定代理人がないときという限度で時効の停止を認めても,必ずしも時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえないとして,上記成年被後見人等の保護を図っているものといえる。
 ところで,精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあるものの,まだ後見開始の審判を受けていない者については,既にその申立てがされていたとしても,もとより民法158条1項にいう成年被後見人に該当するものではない。しかし,上記の者についても,法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから,成年被後見人と同様に保護する必要性があるといえる。また,上記の者についてその後に後見開始の審判がされた場合において,民法158条1項の類推適用を認めたとしても,時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえないときもあり得るところであり,申立てがされた時期,状況等によっては,同項の類推適用を認める余地があるというべきである。 
 そうすると,時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において,少なくとも,時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは,民法158条1項の類推適用により,法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は,その者に対して,時効は,完成しないと解するのが相当である。
(2)これを本件についてみると,上告人についての後見開始の審判の申立ては,1年の遺留分減殺請求権の時効の期間の満了前にされているのであるから,上告人が上記時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあったことが認められるのであれば,民法158条1項を類推適用して,A弁護士が成年後見人に就職した平成22年4月24日から6箇月を経過するまでの間は,上告人に対して,遺留分減殺請求権の消滅時効は,完成しないことになる。

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