新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1521、2014/06/06 12:00 https://www.shinginza.com/qa-hanzai-higai.htm

【民事、故意による傷害事件における賠償内容と使用者責任 労災との関係(最高裁昭和44年11月18日)】

社内喧嘩における会社の使用者責任

質問:私は,とある土木工事会社において配管工(正社員)として勤務しています。ある日,同じ従業員数名で会社の業務である配管設置工事に赴き,現場で作業をしていました。同僚の従業員の一人が作業用のこぎりを貸してくれと言われたので,少し忙しいことから放り投げるような形で渡してしまいました。そうしたところ,その渡し方が気に入らなかったらしく激情した挙句,私の顔面や首の辺りを何回も殴ってきました。私は全治3か月の大怪我を負い,ひどい頸椎捻挫(むち打ち)になってしまいました。私は手を出してはいません。私のような傷害事件の被害者は,誰に対して,どのような内容の請求ができるのでしょうか。加害者本人は資力に乏しいかもしれないので,会社にも賠償してもらいたいと思います。



回答:
1 直接の加害者に対しては,民法709条,710条により一定の損害賠償を請求できます。請求できる損害の内容については,概ね交通事故の場合と同内容です。具体的には,@治療費,交通費等の実際にかかった実費,A休業によって生じた収入分といった休業損害,B入院や通院に伴う慰謝料,C後遺症によって生じた慰謝料,D労働能力の喪失によって将来得られたはずの利益(逸失利益)といったものが主に請求可能です。
もっとも,本件の加害者は交通事故といった過失よりも悪質な,故意の犯罪(わざと暴行を加え,傷害を負わせた)であり,それに比して精神的苦痛の程度も大きいと考えられますので,過失による交通事故よりも慰謝料を一定程度増額して請求すべきです。
2 直接の加害者とは別に,使用者責任(民法715条1項)による損害賠償請求が可能と考えられます。
従業員間の暴行といった事実上の争いといっても,配管設置工事という会社の事業を契機とするものであり,会社の事業と密接・不可分に関係する事故ですから,会社の「事業の執行について」なされたものといえる可能性が高いからです。会社にも,直接の加害者と同内容の損害賠償を請求すべきです。
3 1,2で述べた民事損害賠償のほかに,迅速な給付を受けたい場合には,労働者災害補償保険法(労災保険法)上の労災制度による保険給付を検討すべきでしょう。治療費については療養補償給付による補償手続が得られますし,休業補償についても,一定の休業補償給付を受けることができます。後遺症の場合には,障害補償給付を受けることも可能です。
また,上記の民事損害賠償をするためには,速やかな刑事告訴,刑事手続きを利用した証拠の収集,最終的には民事訴訟まで見据えておく必要があり,しっかりと証拠を収集し,かつ,適切な法的主張を行う必要があります。
損害や法律論の組み立てなど難しい点も多いので,一度弁護士への相談をされることを強くお勧めします。その他使用者責任に関する事例集としては,871番936番1408番1427番等を参照してください。
労災制度については事例集567番588番を参照してください。


解説:

第1 故意の傷害事件における被害者の損害賠償請求の内容

1 総論

 故意により他人の権利を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償しなければなりません(民法709条,民法710条)。「故意」とは,意図的に行為をしたことを意味します。自らの意思で行為を行っているのですから,誤りによって行為をしてしまった「過失」よりも強い非難に値します。
 本件でも,加害者は故意にあなたを殴り,怪我まで負わせているのですから,そこから生じた損害は賠償の対象になります。加害者が与えてしまった損害に対しては,被害者に金銭賠償により償わせ,権利が侵害される前の状態にできるだけ戻そうというのが民法の趣旨です。
 では,このような傷害事件の被害者はどのような損害賠償を請求できるのでしょうか。交通事故のような過失犯においては,損害賠償の算定基準が確定しているところですが,故意の傷害事件における身体損害の賠償についてはあまり論じられていないところですので,以下で具体的に検討してきます。

2 損害項目
 不法行為によって生じた損害については,財産的損害(民法709条)と,精神的損害(民法710条)に分けられ,双方が賠償の対象となります。そして,具体的にどのような損害が賠償の対象となるかについては,以下に述べるとおりですが,大まかな項目については,交通事故における損害賠償算定基準(民事交通事故訴訟損害賠償算定基準・日弁連交通事故相談センター著)と同様になります。もっとも,故意犯という点で強い非難に値することから,交通事故の基準とは異なる点もあります。

(1)症状固定前の損害
    症状固定とは,これ以上治療を行っても症状の改善が見込まれなくなった状態のことをいいます。症状固定の時期については,主に医者の判断によるところとなります。
症状固定の前後により,賠償される損害の内容が全く異なることとなります。症状固定前にいて賠償される損害の内容は,以下に述べるとおりです。
   ア 治療費,交通費などの積極損害
     入院,通院にあたって実際にかかった治療費,交通費などの実費については,通常の交通事故の場合と同様に,損害賠償の対象となります。ここで損害として認められるのは,実際に支出した費用になります。
   イ 休業損害
     入院や通院によって仕事を休んだ場合,事故前の収入と比較して休業して減った収入額が,休業損害として賠償の対象になります。休業損害の立証については,雇用主に休業損害証明書等といった資料を作成してもらう必要もあるでしょう。
   ウ 入通院慰謝料
     交通事故における考え方においては,入院・通院に伴って精神的苦痛が発生したものとされ,入院及び通院期間(回数)に応じて,入通院慰謝料というものが発生することとなります(民法710条)。このような入通院慰謝料も賠償の対象となります。
     実際に入通院慰謝料の金額がいくらになるかについては,上述のとおり「損害賠償算定基準」(日弁連交通事故センター著),いわゆる「赤い本」に基準が記載されているところです。例えば,通院のみ1月であれば28万円,3月であれば73万円程度です。
     もっとも,過失による交通事故の場合と比較すると,故意の暴行により傷害結果を加えているのですから,その行為の違法性や非難の程度は格段に高いものです。被害者の受けた精神的苦痛の程度も相対的に高まるものですから,通常の交通事故における入通院慰謝料よりも高額に算定されるべきといえます。実際の裁判においても,上記「赤い本」基準よりも1割以上高額に認定されることもあります。
     以上より,故意犯の場合,過失の場合より高額の入通院慰謝料を請求すべきです。

(2)症状固定後の損害
 次に,症状固定後の損害についても検討していきます。こちらについても,交通事故における基準がある程度参考になります。なお,症状固定時点で後遺症が発生していないと判断されてしまった場合には,症状固定後の損害は一切請求することはできません。
   ア 後遺症慰謝料
 交通事故における慰謝料の考え方については,上記の入通院慰謝料のほか,後遺症が発生したことによって生じた精神的苦痛分の損害を賠償すべきとされています。すなわち,後遺症による精神的苦痛は,後遺症慰謝料として賠償の対象となります。
 後遺症慰謝料が認められるためには,後遺症の事実を証拠に基づいて立証しなければなりません。具体的には,これまで治療を担当している医者に,後遺障害診断書というものを作成してもらう必要があります。この診断書の内容に何を記載するかについては,医者及び弁護士と良く相談してから決める必要があります。
後遺障害診断書の内容を踏まえ,自動車賠償責任保障法(いわゆる自賠法)において定められている後遺障害等級の認定基準のどれに該当するかを,場合によっては裁判などの法的手続で決めることとなります。後遺障害等級は,後遺症の重さにより1級から14級に分類され,等級が上がれば上がるほど後遺症慰謝料の金額が増加することとなります。
 本件で認定された後遺症は頸椎挫傷(むち打ち症)ということなので,後遺障害等級としては後遺障害等級14級9号「局部に神経症状を残すもの」,もしくは12級14号「局部に頑固な神経症状を残すもの」の適用などが問題になり得ます。後遺障害等級14級の場合,交通事故における「赤い本」基準では110万円,12級の場合には「赤い本」基準で290万円となります。
 もっとも,裁判所は損害額の算定に際してこのような基準に必ずしも拘束されません。上述のとおり,故意犯のような悪質性の高い事案であり,受けた精神的苦痛の程度が高いことを主張し,より高額の後遺症慰謝料を請求していくことも可能というべきでしょう。
   イ 逸失利益
     後遺症が生じた場合には,身体の機能に回復できない障害が生じることとなります。そうすると,将来にわたってあなたの労働能力が低下したままということになりますので,後遺症がなければ将来にわたって労働によって得られたであろう利益が一部失われることとなります。
     このような将来得ることのできたであろう利益を逸失利益とよびます。後遺症が生じた場合,この逸失利益も賠償の対象となります。
     逸失利益の算定については,@被害者であるあなたのこれまでの基礎収入を元に,Aいつまで働くことが可能なのか(就労可能年数,通常は67歳)を計算し,Bそこに後遺症の内容に応じた労働能力喪失率を掛けます。そこから,C生活費,中間利息などといった諸経費を控除した金額が賠償の対象となります。労働能力喪失率は,たとえば上記の後遺障害等級の例でいうと,12級で14パーセント,14級で5パーセントとされています。具体的な計算については,一度弁護士に相談された方がよいでしょう。

3 まとめ
   以上をまとめると,故意の傷害事件の被害者が請求できる損害の内容としては,@症状固定前の損害(治療費等の積極損害,休業損害,入通院慰謝料),A症状固定後の損害(後遺症慰謝料,逸失利益)となります。
このうち,慰謝料については,故意の傷害事件の被害者ということで,過失の交通事故の基準より上乗せして請求できます。また,本件で想定される後遺症は,頸椎挫傷と言うことなので,後遺障害等級として14級若しくは12級が想定され,その分の後遺症慰謝料を請求できることとなります。

第2 会社に対する請求について(民事上の使用者責任)

1 使用者責任の追及

 もっとも,直接の被害者には資力がないことも多く,直ちに全額の賠償を得ることはできない可能性があります。第1で述べた民法上の損害賠償について,会社に問うことができないでしょうか。第1で述べた,不法行為による損害賠償は,原則,直接の加害者に対して請求する必要があります(民法709条,民法710条)。もっとも,直接の加害者に全額を請求した場合,加害者の資力が十分でない場合,全額の賠償を直ちに受けることができません。交通事故のように保険という制度はないですから,十分な賠償を得られないのが実情です。
   今回の事故は,雇用されている会社における作業中に起きてしまったのですから,会社自身に対する責任追及を検討できないでしょうか。
   請求の根拠条文としては,民法715条の使用者責任が挙げられます。使用者責任の趣旨は,会社という使用者が雇用者(被用者)を利用して利益を上げているのだから,そこから生じた損害も賠償すべきという「報償責任の原理」に求められます。

2 従業員間の傷害事件についても,会社に使用者責任を問えるか
  この点,会社としては従業員間のトラブル,私的な喧嘩であるから会社が責任を問われることはないと反論してくることが予想されます。民法715条の条文は「被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」となっていますから他の従業員間の暴行は就労時間中であっても「事業の執行について」とは言えないのではないか、疑問が残ります。
  この点、「事業の執行について」とは、事業の執行行為自体から損害を負わせた場合はもちろんですが、事業と密接な関係にある行為についても含まれると考えられます。 具体的な基準を明示咲いた裁判例として大審院昭和一五年五月一〇日民事五部判決(昭和一四年(オ)第八二三号)があり、「被用者がその事業執行につき加えた損害とは、必ずしも事業の執行自体によつて第三者に加えた損害に限らず事業と不離の関係にある被用者の行為又は事業遂行を助長する性質に属する被用者の行為及び外観上業務執行と同一の外形を有する被用者の行為(被用者が自分のためにしたと否とを問わない)によつて生じた損害を含む」と判示しています。使用者責任の根拠である「報償責任の原理」から考えると、事業の執行行為そのものでないとしてもそれと密接な関係にある行為と客観的に判断される場合は使用者に責任があると言えるでしょう。
  しかし、それでもご相談のような場合は、個人的な喧嘩ではないのか、という疑問が残りします。
ここで,参考になるのが最高裁判例昭和44年11月18日です。
  同判例の事案は,土木建築業を営む会社に配管工として雇用されていた被害者が,作業場で上水道管敷設工事をしている中で,同じく作業をしていた従業員の加害者に対し,作業に使用するため「のこぎりを貸してくれ」と声を掛けたところ,被害者が自分の持っていたのこぎりの方に向けて投げたことが契機となって暴行を加え,怪我を負わせたというものです。
  最高裁判例は,このような事案において「被上告人(被害者)が被つた原判示損害」は,加害者が「上告会社の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為によつて加えたもの」と判旨したうえで,会社の使用者責任を肯定しています。
  すなわち,当該暴行は@会社の支配領域内にある場所においてなされたものであり,また,A会社の事業の執行行為(本件では配管設置作業)を契機として,さらにB密接に関連していると評価できる場合には,会社は使用者責任を負うことになります。
  評価できる場合ということですから、事実認定によって結論が分かれる可能性があります。上記の要件を満たすような場合でも、喧嘩の原因が主に個人的なところにあるような場合は使用者責任が否定される場合もあるでしょう。微妙な点もあり、当該事案のような場合はすべて、使用者責任があるとは言えないところもありますから、就業時間中に他の従業員から暴行を受けた負傷した場合であっても使用者責任が生じる場合がある、という程度に考えておいた方が間違いはないでしょう。

3 このように本件においても,会社の命令による配管工事の作業中の出来事であり,会社の仕事道具を貸す際のやり取りですから,会社の事業の執行行為を契機とし,密接な関連があるものとして,使用者責任を追及できる余地があります。
  会社使用者責任が認められた場合の賠償内容については,直接の加害者と同様の責任追及が可能です。会社と加害者は,連帯して被害者が受けた損害全額の支払責任を負うこととなります。

第3 労災保険制度の利用

   上記第1・第2の民事損害賠償請求とは別個に,労災保険制度を使って,国から保険給付を受けることも検討すべきでしょう。使用者である会社にすら資力がないような場合,治療費の支出などがなされず被害回復がなされませんので,労働者を保護するために国が一定の給付を認めるという制度であり,迅速な給付を受けることが可能です。

1 労災保険制度とは
労災保険制度は,使用者である会社をあらかじめ国が運営する保険に加入させ,国が,被害を受けた労働者に対して業務上の事由による(通勤の場合も含む),労働者の負傷,疾病,障害,死亡等について保険給付を行う制度です(労働者災害補償保険法(労災保険法)1条)。使用者に資力がないような場合に,国から給付を受けることができる,労働者保護のための制度です。

 労災保険請求に関しても、本件のような場合、個人的な暴行傷害事件であり業務上の事由による負傷には該当しないのではないか、という問題があります。また、保険金の額には限度があり実損害全額の補償には満たない場合もありますから、労災保険だけで完全な解決とはならないと考えられます。

2 労災保険において受けられる給付の内容
労災保険制度においては,代表的なものとして以下の給付を受けることができます。ただし,下記の労災請求で足りない損害部分も生じてしまう場合もあり,その場合には,上記第1,第2のとおり民事損害賠償請求等によって,損害の回復を目指す必要があります。

(1)療養補償給付
一定の労災病院等について,無料で必要な治療を受けることが可能です(労災保険法13条1項,3項)。
(2)休業補償給付
業務上の負傷により労働できず,賃金を受けられない場合に,休業の4日目から,1日につき給付基礎日額の60%相当額が支給されます(労災保険法12条の8第1項2号,14条)。
(3)障害補償給付
業務上の負傷によって,身体に障害(後遺症)が残った場合には傷害補償給付として,障害(労働能力喪失)の程度に応じて,一定額の支給がされます(労災保険法12条の8第1項3号,15条,別表参照)。

3 労災給付を受けるには
(1)上記の労災給付を受けるには,まず,最寄りの労働基準監督署に備え付けてある請求書を提出する必要があります。請求書を提出した後,労働基準監督署が必要な調査を行い,各保険給付が認められることとなります。詳しい手続については,労働基準監督署に行けば説明を受けることが可能です。
療養補償給付については,医療機関に給付請求書を提出する必要もあります。

(2)ここで注意が必要なのは,労働基準監督署が労災給付を認めるためには,労働者が「業務上」負傷したことが必要であるであることされています(労災保険法7条1項1号)。

 ここで「業務上」発生したといえるためには,単に条件関係(あれなければこれなしの関係)があるだけでは足りず,業務と負傷との間にいわゆる相当因果関係が必要とされています。さらに相当因果関係があると認められるためには,@業務遂行性,A業務起因性の2点が必要とされています。本件でも,会社の業務を行っている途中に発生した事件であることを労働基準監督署に主張することが必要な場合もあります。

4  なお、労災における「業務性」の詳細については事例集567番,588番を参考してください。一般的に、第三者の故意による暴行による負傷は業務中であったとしても業務上発生したとは認められませんが、災害の原因が業務にあり、業務と災害に相当因果関係がある場合は、災害に業務起因性がみとめられます。本件では、土木作業中に作業に使用しているのこぎりの渡し方について加害者が感情的なったということですから原因は業務にあるといえますし、作業中に他の従業員と争いが生じ災害が生じることも通常予想されうることで相当因果関係は認められるでしょう。加害者との間に従前からの私怨がありそれが暴行の原因となっているような特殊な場合を除いては業務性は認められると考えて良いでしょう。

第4 民事賠償請求に際して具体的に行うべきこと

1 これまでは,民事上の損害賠償請求における損害の具体的内容,請求の相手方について論じてきました。さらに,具体的な請求のためにしておくべきことを検討します。

(1)刑事告訴,被害届の提出
    今回,相手方が行ったことは故意の暴行により傷害結果を負わせたことなので,刑法上は傷害罪(刑法204条)という犯罪に該当することとなります。刑事事件が発生した後は,速やかに最寄りの警察署に対して刑事告訴を行ったり,被害届を出しておくべきでしょう。
    加害者を刑罰に処する刑事事件と被害者の受けた損害を金銭で賠償させる民事事件は,手続としては全く別個のものです。
しかし,刑事事件の加害者となった場合には,自分の刑罰をできるだけ軽くするため,有利な情状を集めるため被害者であるあなたへの被害弁償を望むことが多いでしょう。すなわち,刑事事件になることは,加害者にとって適切な弁償がなされる動機づけになることが多く,交渉を有利に進められます。また,警察,検察に刑事事件として認知され,捜査資料が作成されたということは,後々の損害賠償請求の証拠となり得るところです。

(2)証拠の収集
   ア 刑事事件として検察等に事件が認知された場合には,供述調書などの捜査資料が作成されることとなります。作成された刑事事件の記録は,検察庁に保管され一定の場合には閲覧,謄写(コピー)が可能です。刑罰が科された場合には,刑事確定訴訟記録法が根拠法律となります。不起訴となってしまった場合の刑事記録については,原則非公開とされていますが,実況見分調書などの一定の客観的証拠については開示が認められる場合があります。
     当該捜査記録は,傷害事件の内容など加害行為の立証において重要な証拠となります。
   イ その他,損害の立証のために必要な資料もしっかりと収集しておく必要があり ます。治療費の明細,診断書,交通費の領収書といった実費関係については手元 に保管しておく必要があります。
     休業損害関係については,源泉徴収,給与証明,確定申告などの書類,また,上述のように会社の休業損害証明書などを発行してもらう必要があります。
後遺症については,後遺障害診断書の作成が極めて重要となります。後遺障害診断書の内容については,医者と相談して症状の内容に応じてしっかりと内容を記載してもらう必要があります。症状固定の時期についても,治療の経過を見ながら医者と相談する必要があります。この点は,専門性を有する弁護士と相談することも必要でしょう。

(3)民事訴訟の提起
     相手方が任意の交渉により金銭を支払わない場合には,民事訴訟を提起する必要があります。もっとも,民事訴訟において重要なのは証拠となり,立証ができなければこちらの請求が認められることはありません。上述の証拠収集を適切に行い,主張を組み立てていく必要があります。

2 終わりに
  傷害事件の被害者になった場合,受けた損害の賠償が自動的になされるわけではありません。場合によっては,適切な証拠収集を行った上で法的手続を利用して請求していく必要があります。被害者となってしまった場合で,加害者や会社との関係でお悩みの際には,弁護士に一度相談された方がよいでしょう。

<参照条文>
民法
(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(財産以外の損害の賠償)
第七百十条  他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

(使用者等の責任)
第七百十五条  ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2  使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3  前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

労働者災害補償保険法
第一条  労働者災害補償保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかつた労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図り、もつて労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。

<参照判例>
損害賠償請求事件
昭和四四年(オ)第五八〇号
同年一一月一八日最高裁第三小法廷判決
【上告人】 控訴人 被告 N建設株式会社 代理人 秋山昌平
【被上告人】 被控訴人 原告 MK

       主   文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人秋山昌平の上告理由について。
 原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)が適法に確定したところによれば、訴外(第一審被告)Tは、土木建築業を営む上告会社に配管工として雇用され、同会社が東京都三鷹市上連雀において行なつていた上水道管敷設工事に従事中、昭和四一年一一月一二日右工事現場において、同じく右工事の作業をしていた被上告人に対し、作業に使用するため「鋸を貸してくれ」と声を掛けたところ、被上告人が自分の持つていた鋸をTの方に向けて投げたことから、さらに右両名間に原判示のような遣り取りがあつたあげくTが被上告人に対し原判示暴行を加えたというのである。右事実によれば、被上告人が被つた原判示損害は、Tが、上告会社の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為によつて加えたものであるから、これを民法七一五条一項に照らすと、被用者であるTが上告会社の事業の執行につき加えた損害に当たるというべきである。したがつて、これと同趣旨の原審の判断は正当である。
 原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下村三郎 裁判官 田中二郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美 裁判官 関根小郷)

 上告代理人秋山昌平の上告理由
原判決は、判決に影響を及ぼすこと明かなる法律の違背があり、破棄さるべきである。
第一 原判決理由に対する反論
原判決が上告人に使用者責任ありとする理由は、次の通りである。
「本件暴行は、上告人の請負工事に従事していた被用者Tが右工事に使用するため右工事に従事していた被上告人に対しのこぎりを手渡してくれと頼んだことに端を発し、前記のような経緯をたどつて、右工事現場においてなされたものであるから、被用者Tが上告人の事業を執行する過程において行つたものであるといえることは明らかで、右暴行によつて被上告人が受けた損害は、被用者が事業の執行に付き加えた損害になるというべきである。」
原判決にいう「事業を執行する過程」が単に時間的経過をいうものであれば、事業執行に際してというに止まり、民法第七一五条第一項の「事業ノ執行ニ付キ」に該当しないことは明らかである。この「過程」が事態の進行、発展の段階的経過をいうものであれば、その各段階及び全段階について事業の執行と認定し得るかどうかが明らかにされねばならない。
一、原判決は、被用者Tが「右工事に使用するために」被上告人に対し「のこぎりを手渡してくれと頼んだことに端を発し」という。(事実認定においては「のこぎりを貸してくれと声をかけた」としながら、前記のように改められているが、認定した事実に従いたい。)被用者Tが本件経緯のうち上告人の事業執行のためにした行為は、この「のこぎりを貸してくれ」といつた言葉だけである。しかして原判決は、この言葉に「端を発し」というが、本件暴行の原因を意味するものであれば、この言葉自体は、本件暴行となんら因果関係はない。被用者Tが暴行するに至つた原因は、次に述べる被上告人の挑発的言動であつてその被上告人の言動にこそ「端を発し」たものである。
二、次に原判決は、「前記のような経緯をたどつて」と軽く触れるに止まり、その後の被用者Tの行為について論じていないが、本件暴行の本質を判定する重要な部分であるので、細説する。
(一)被上告人は、のこぎりを被用者Tに投げつけた。この軽侮した態度に被用者Tは憤慨して「何んで投げるんだ」といつた。被上告人のこの行為はその個人的意図は別として、外形上業務上の行為といい得るであろう。しかしそれは、被上告人の雇傭者MT(下請業者)の事業執行についての行為であつて、上告人のそれではない。しかして、被用者Tが、被上告人の軽侮的態度に憤慨して「なんで投げるんだ」といつたのは、全く個人的感情、意思に基くものであつて上告人の事業執行のため、自己の職務を遂行するためにした行為ではない。また、この言葉が被用者Tとしても不法行為となるものでもない。
(二)被上告人は、これに対して「配管工だろう、あまりいばるな」といつたのであるが、これはもはや被上告人としても事業執行と関係のない言動である。さらにこの言葉に強く刺戟されて憤慨した被用者Tが暴行するに至つたものも、上告人の事業執行とはなんら関係はない。
三、次に原判決は,「工事現場においてなされた」といつているが、工事現場における被用者の行為のすべてが事業執行の行為となるわけでなく意味はない。
或いは本件においてこの場が仲裁で納まり、作業終了後路傍で暴行が行われた場合、使用者に責任がないというのであろうか。そうだとすれば、本件暴行の本質は、全く個人的なものといわざるを得ないであろう。 
四、以上において、被用者Tの本件行為の各段階についてみたのであるが、このような論議は木を見て森を見ざるの弊なしとしない。よつて、その全過程についてみると、結局、被用者Tは被上告人の挑発的言動に憤慨して暴行するに至つたものであるが、被上告人の言動も個人高橋に対する軽侮であり、被用者Tも個人高橋としてこの軽侮に憤慨したもので、使用者たる上告人の事業執行のため、又は自己の職務遂行のためこの逸脱した行為に及んだものではない。
原判決は、「工事に使用するため」「のこぎりを手渡してくれと頼んだ」といい、さも上告人の事業執行のため、本件暴行に及んだかのようにいうが、既にのこぎりは被用者Tの傍にあり、被用者Tがあくまでのこぎりを入手せんとして暴行に及んだわけではない。ただ個人高橋に対する軽侮に憤慨して個人的感情、意思に基いて暴行したものである。原判決は、「本件暴行が」被用者Tの「(個人的)感情と無縁のものでないことはいうまでもないが、さりとてそのためにこれが」上告人の「業務の執行についてなされたものでなくなるわけがない」というが、本件暴行は、被用者Tの「(個人的感情と無縁のものではない」といつた程度のものではなく、専ら個人的感情に出でたるものであつて、原判決は、表現の技巧によつてことさら本件暴行の本質に目をそむけるものといわざるを得ない。
以上のとおり原判決は、工事に使用するのこぎりを貸してくれといつた言葉だけで本件暴行が事業執行につきなされたとしているが、被上告人の言動において事業執行関係は断絶し、被上告人の個人的言動(軽侮)に憤慨した被用者Tが個人的感情、意思から暴行に及んだもので、上告人の事業執行とは関係のないものである。
第二 民法第七百十五条の趣旨
民法第七一五条第一項の規定は、被用者の不法行為につき使用者に損害賠償の責任を負わせるものであるが、それは無制限にこれを認めんとするものではなく、「事業ノ執行ニ付キ」なされたものに限定している。しかして「事業の執行に付き」とは、単に事業執行に際してなされるだけでは足りず、事業執行の行為(外形上使用者の事業に属するものを含む)又は外形上使用者の事業と認められないが、その事業の執行を助長するためこれを適当なけん連関係に立ち、使用者の拡張せられた活動範囲内の行為と客観的に認められるものをいい、いずれも被用者の分担する職務についてなされることを要する。大審院昭和一五年五月一〇日民事五部判決(昭和一四年(オ)第八二三号)も、「被用者がその事業執行につき加えた損害とは、必ずしも事業の執行自体によつて第三者に加えた損害に限らず事業と不離の関係にある被用者の行為又は事業遂行を助長する性質に属する被用者の行為及び外観上業務執行と同一の外形を有する被用者の行為(被用者が自分のためにしたと否とを問わない)によつて生じた損害を含む」と判示している。本件暴行が外形上使用者の事業執行でないことはもとより、事業執行、職務遂行のため(主観的にも客観的にも)なされたものでないことは明らかである。そうすると、本件暴行は使用者の事業執行と如何なる関係があるであろうか。
被用者の暴行に関し、「社交喫茶店の営業中、客の飲食した代金の支払に関する紛争から営業上の被用者が同店の奥において客をなぐつて負傷させた場合、右暴行により客の被つた損害は被用者が事業の執行につき加えた損害である」との趣旨の判例(昭和三一年(オ)第三九八号、同年一一月一日最高裁判所第一小法廷判決)がないではない。しかしこの事件は、「被用者数名が無銭飲食を理由に客を取押え喫茶店奥に連行して暴行した」というもので、客に対して個人的な関係はなく、被用者として職務上使用者のために代金を収受し、債権を確保せんとする手段の逸脱行為に外ならず、事業の執行と密接なけん連関係のあるものである。
しかし本件は、客と従業員との業務執行に関する被用者の行為ではなく、同一職場に働く労務者相互の間で、被害者の個人的言動(軽侮)に対し加害者が個人的感情、意思に基き加害したもので、前記判例とは全く異質のものである。被用者Tは、あくまでのこぎりを入手するため本件暴行に及んだものではない。強弁すれば被上告人の挑発的言動に対し、同人の反省を求めて事業執行の円滑を期し、誤つて暴行という逸脱行為となつたということであろうが、被用者Tは本件工事に臨時雇として日給で採用された配管工で、従業員を指揮監督する職責はなく、主観的にも客観的にもそのような意図、趣旨の行動とは認められない。結局のこぎりを投げつけられたのに憤慨して口論けんかとなつたのが事業執行に密接なけん連関係のあるものかどうかということである。
元来けんか口論の因子は、我々の周囲にころがつている。同一職場に働く労務者、会社員、公務員が職務執行の間において個人的感情からけんか口論する場合も少なくない。この場合、職務執行の態度、言動がその端緒となることもあろう。殊に、仲間、同僚の間で、ふざけ、いたずら、からかい、軽侮などの個人的行為でたまたま職務執行に関連するものもあろう。このような行為に憤慨して暴行するに至つた場合、職務遂行に密接なけん連関係ある行為ということはできないであろう。それは、被用者としての行為ではなく、個人と個人との感情問題に過ぎないのである。
被用者の不法行為が使用者の事業執行につきなされたものかどうか、事業執行と密接な関係、適当なけん連関係があるかどうかは、結局は、社会通念に照して判定する外はない。本件暴行の如きは、被用者Tが被上告人の軽侮した言動(のこぎりを投げつけ、配管工だろう、いばるなといつたこと)に挑発され憤慨してなされたもので、常識的にみれば労務者相互の個人的なけんかに過ぎず、使用者の拡張された活動範囲の行動とみるべきものはない。
事業執行に密接又は適当なけん連関係のある行為とは認められない。
したがつて、原判決は民法第七百十五条の規定の解釈適用を誤まり、判決に影響を及ぼすこと明かなる法律の違背があり、破棄さるべきものと認められる。


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