新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.588、2007/3/22 15:57 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

[民事・労働]
質問:夫は、40代の会社員ですが、心筋こうそくの診断を受け、バイパス手術を受けました。医師からは、定期の経過観察を続けながら、食生活に注意し、薬を欠かさず服用し、力仕事をしなければ、通常の事務作業の勤務は問題無いと言われていますが、会社に対してどのように話すべきでしょうか。会社を退職しなければなりませんか。

回答:
1、会社への報告について
(1)、まず、会社に対してどのように話すべきかは、ご主人の具体的な仕事内容によると思われます。「力仕事をしない」という注意が勤務に支障をきたすのであれば、医師の診断書を示した上で、通常の事務作業が可能である旨を伝えるべきでしょう。というのは、後述のように雇用主、会社には労働者が適正安全に働けるように配慮する法的義務がありますから万が一の場合、すなわち解雇、仕事上の事故が発生した場合には御主人の健康状態を報告する事により会社側の責任について差異が生じる可能性が存するからです。

(2)、使用者は、労働契約において信義則(民法1条2項)上認められる付随義務として、労働者に対する安全配慮義務を負っています。安全配慮義務とは、「労働者が労務提供のため設置する場所、設備、もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命および身体を危険から保護するよう配慮すべき義務」をいいます(最判昭和59年4月10日)。

このような義務に基づいて、使用者は、労働者の年齢・健康状態に応じて、従事する作業の時間や内容について適切な措置を採らなくてはなりません(東京高判平成11年7月28日、システムコンサルタント事件参照)。安全配慮義務は条文上認められているものではなく解釈上、判例上確立されたものです。本来労働契約は、労働者が自らの労務を履行する対価として賃金を受け取るわけですから、労働者の健康管理責任は労働者側にあると以前は考えられていました。しかし、労働関係では実質的に見ると力関係からは雇用主側が優位に立ち業務命令の名の下に過酷な労務を強要する場合があり、このような不当な契約関係を是正するために労働者の健康管理、環境管理についても雇用側に一定の責任を科し労働関係の公平、平等を確保し最終的に労働者の個人の尊厳(憲法13条)を保全しようとしたのです。

(3)、したがって、本件のような場合には、使用者はご主人が力仕事に従事しなくてもよいような措置を採るべきといえますので、労働者であるご主人はその様な措置を求めることができます。よって、仕事内容の変更を求めたい場合には、その旨を会社に伝えるべきでしょう(ただ、労働契約締結の際に、勤務内容として力仕事に限定するような契約を締結していた場合には、このような請求はできない場合があります)。

2、退職の要否について
(1)、通常の事務作業の勤務が可能であることを伝えれば、原則として退職する必要はないでしょう。
(2)、上述したように、使用者は安全配慮義務を負います。そのため、会社内での就労が可能な業務があるか、ある場合にはそれらへの配置換えができるかを検討すべき義務を負います。したがって、このような検討をせずに直ちに解雇することは、解雇が客観的に合理的な理由を欠くものとして解雇権の濫用(労働基準法18条の2)となる可能性があります。
(3)、しかし、仮に勤務内容を力仕事に限定して労働契約を締結していた場合には、労務提供の不能を理由として、解雇されるおそれがあります。そのような場合には、会社側に就労の希望を伝えて、契約内容の変更を申し入れてみてください。

3、労災について
(1)なお、使用者がこのような義務を怠った結果、労働者が業務に従事して発作を起こした場合には、労働災害として補償を受けられる可能性があります(労働基準法75条以下、または民法709条・労基法84条2項)。

(2)労災が認められるためには、「業務上」生じた災害でなくてはなりません。ここでいう「業務上」とは、労働者が事業主の支配ないし管理下にある中で(業務遂行性)、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと経験則上認められること(業務起因性)、を言います。業務と当該疾病の間に相当因果関係がみとめられなくてはならないのです。

(3)脳・心臓疾患のように、基礎疾患がさまざまな因子によって徐々に増悪して発症する疾患の場合、業務に「よって」疾患が発症したと判断することは困難です。しかし、基礎疾患があっても、それが発症しないような業務に従事し、数年間異常なく生活を送っていた場合には、発症と業務の間に因果関係が認められやすくなるといえましょう。

(4)最高裁も、心臓疾患を有する地方公務員が、公務として行われたバレーボールの試合中に急性心筋梗塞を発症して死亡した事案について、業務と疾患の間に相当因果関係を肯定する判断を示しています(平成18年3月3日)。その判断では、@力仕事を避けるようにしてはいたものの、その余の職務には通常通り従事しており、病気により休暇を取得することはなかったこと、A死亡前6年間発作を起こした等の記録がないこと、B死亡の約1年前にはソフトボール大会で走塁したり守備に着いたりしていたこと、などを理由に「心臓疾患は、確たる発症因子がなくても…自然の経過により心筋梗塞を発症させる寸前までには増悪していなかった」としたうえで、バレーボールの運動強度の高さから、「他に心筋梗塞の確たる発症因子のあったことが伺われない本件においては、…バレーボールの試合に出場したことにより心臓疾患をその自然の経過を超えて増悪させ心筋梗塞を発症して死亡したと見るのが相当」と判断しています。

(5)したがって、日ごろから、@健康状態の記録や、A医師の診断書等の保管、B業務内容や時間、会社とのやり取りなどの記録、をしておくことにより、発症した場合に業務起因性が認められやすくなり、労災の補償が受けられる可能性が高くなります。日常的に記録をつける・証拠、資料を保管する、といったことを心がけ、万が一問題が起こった際には、これらの書面をもって弁護士などにご相談ください。

4、終わりに
会社側から力仕事を命ぜられた場合や、解雇を言い渡された場合には、労働契約書・会社の就業規則など(解雇事由が記載されています)・ご主人の体調をしめす診断書等・会社内でご主人が従事しうる仕事はどのようなものかなどを具体的に示す資料をお持ちの上、お近くの弁護士や各都道府県の労働委員会にご相談することをお勧めします。

≪参考条文≫

民法1条2項;権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
同 709条;故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
労働基準法18条の2;解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
同    84条2項;使用者は、この法律による補償を行った場合においては、同一の事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる。

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