質問
私は、ある病院において看護師長として勤務している者ですが、同僚の看護師Xが、ある入院患者について、輸血を希望する旨が記載された同意書が提出されていたのに、その確認を十分に行わないまま、業務データ上にDNR(急変時の蘇生処置を希望しない)と入力するというミスを犯しました。その結果、当該患者の容態が実際に急変した際に、輸血を実施できないという事態が発生しました。
幸いにも、当該患者の容態は安定し、重大な結果には至りませんでしたが、患者の生命に関わる重大なミスであったことから、私は、看護師長として、Xを呼び出し、厳重に注意するとともに、再発防止の徹底を求めました。これに対し、Xは、表面的には、反省の態度を示したものの、「体調が悪い」と述べ、そのまま帰宅してしまいました。
その翌日、病院の定例会議に出席した際、院長を含め、15名の職員が居並ぶ中、総務部長Yが、突如として、「スタッフに対してパワーハラスメントを行い、退職に追い込もうとしている者がいる」と発言し、私のことを名指ししました。私は、その場で本件の経緯を説明しましたが、院長からは、管理責任を問われるに至り、病院内においても、私がXに対してパワーハラスメントを行い、退職に追い込もうとしているとの風評が広まってしまいました。
私は、看護師長として、業務上必要かつ相当な範囲で注意指導を行ったにすぎず、Xの人格を否定するような言動は一切行っていません。それなのに、Yは、事実に反する発言を行い、私の社会的評価を低下させました。Yとは、以前から折り合いが悪く、Xから事情を聞きつけたYが、私を非難する好機と捉え、今回の発言に及んだものと考えています。
このようなYの行為は、到底看過できるものではなく、名誉毀損罪による刑事告訴を検討していますが、可能でしょうか。
回答
刑事告訴とは、被害者等が捜査機関(検察官又は司法警察員)に対し、口頭又は文書で犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示をいい、被害届と異なり、処罰意思を含む点に特徴があります。また、名誉毀損罪のような親告罪においては、告訴が公訴提起の前提条件となります(刑事訴訟法230条以下)。
そして、刑事告訴の受理については、法律上、これを明示的に義務付ける規定はありませんが、告訴権の保障の趣旨や犯罪捜査規範の定めに照らし、捜査機関には、原則として、受理義務があると解されています。ただし、公訴時効の完成や告訴期間の経過、犯罪事実が不明確である場合等には、例外的に、刑事告訴の受理を拒むことも許されています。
法律上は、告訴があれば受理する義務があるとされていますが、受理するとその後、調書の作成や、処分につての報告等の手続きが必要となることから、捜査機関が速やかに受理しないということもあります。特にご相談のような、職場内の人間関係が絡む事件ですと、受理しても告訴の取り下げや示談、話し合いによって解決する場合も多いことから、捜査機関とするとできるだけ受理したくない、という姿勢がみられることは否定できません。ですので、事件の内容、証拠について詳細に説明できる準備、将来告訴の取り下げはしない、という意思を明らかにしておく必要があります。
本件における、総務部長Yが、「病院の定例会議に出席した際、院長を含め、15名の職員が居並ぶ中突如として、「スタッフに対してパワーハラスメントを行い、退職に追い込もうとしている者がいる」と発言し、私のことを名指し」たという行為にについて、名誉毀損罪の成否を検討する場合には、①公然性②事実の適時③違法性阻却事由がないことの3点が問題となります。まず、公然性については、会議の出席者が15名である点の評価は分かれ得るものの、その内容が病院内に伝播していることからすれば、肯定される可能性が高いといえます。次に、パワーハラスメントという表現は、評価的要素を含む概念ですが、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものであるため、「事実」の「摘示」に当たるものと考えられます。最後に、パワーハラスメントという違法行為を行ったのみならず、病院スタッフを退職に追い込もうとしているとの風評が広まれば、相談者様の社会的評価が低下することは明らかであるため、名誉毀損性も肯定されるでしょう。そのため、名誉毀損罪の構成要件該当性は認められると考えられます。
他方で、違法性阻却事由については、Yの発言した内容が職場環境に関するものであることから、公共性及び公益性は認められる余地がありますが、十分な調査が尽くされてはおらず、真実性又は真実相当性は否定されるでしょう。そのため、違法性阻却は認められないと考えられます。
以上より、Yには、名誉毀損罪が成立する可能性が高いと考えられます。もっとも、実務上は、民事不介入の観点から、刑事告訴の受理が慎重に判断される場合も少なくないため、刑事告訴を行うに当たっては、事実の特定や証拠関係の整理を十分に行うことが重要です。
解説
1 刑事告訴の意義
刑事告訴とは、被害者等が警察又は検察に対し、犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める旨の意思表示を行うことをいいます(刑事訴訟法230条)。この刑事告訴については、捜査機関に対し、告訴状という書面を提出する方法と、直接口頭で伝える方法の両方が認められており、後者の場合、警察又は検察は、告訴内容に関する調書(いわゆる告訴人調書)を作成しなければなりません(同法241条)。
刑事告訴を行うことのできる告訴権者としては、被害者本人はもとより、被害者の両親等の法定代理人等一定の範囲の者が挙げられます(同法231条ないし234条)。
刑事告訴があると、警察は、申告のあった犯罪事実を捜査した上、検察官に対し、速やかに刑事告訴に関する書類及び証拠物を送付しなければならず(同法242条)、検察は、刑事告訴を行った者に対し、公訴を提起したか否か(刑事裁判を請求したか否か)を通知しなければなりません(同法260条、261条)。
このように、刑事告訴は、捜査の端緒となるものですが、被害届の提出とは、その性質を異にします。被害届の提出とは、単に被害者が警察又は検察に対して犯罪事実を申告することをいい、犯人の処罰を求める旨の意思表示は、必ずしも要素に含まれません。被害届の提出では、警察又は検察に捜査義務が生じないのに対し、刑事告訴では、警察又は検察に捜査義務が生じるのが、両者の大きな違いです。
さらに、刑事告訴がなければ公訴を提起することのできない犯罪類型が存在し、これを親告罪といいます。本件で問題となる名誉毀損罪も、この親告罪に当たります。なお、親告罪における刑事告訴は、あくまで公訴提起の前提条件という位置付けにすぎず、これがない場合には、公訴を提起することはできませんが、捜査自体まで禁止されるわけではありません。
2 刑事告訴の受理義務
刑事訴訟法230条は、刑事告訴をすることが「できる」と定めるにとどまり、警察又は検察にこれを受理すべき義務を明示的に定めたものではありません。
しかしながら、同条が被害者に告訴権を認めている趣旨に照らすと、刑事告訴を受理するか否かを警察又は検察の裁量に全面的に委ねると解するのは相当ではなく、警察又は検察は、原則として、刑事告訴を受理すべき義務を負うと解するのが相当です。
そして、犯罪の捜査に関する基本的事項を定めた国家公安委員会規則である犯罪捜査規範63条も、「司法警察員たる警察官は、告訴、告発又は自首をする者があったときは、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、この節の定めるところにより、これを受理しなければならない」と規定しており、上記の解釈を裏付けています。
もっとも、警察又は検察があらゆる刑事告訴を無条件に受理しなければならないというわけではなく、受理義務が及ぶのは、適式かつ適法な刑事告訴に限られます。
具体的には、①公訴時効が完成している場合、②告訴期間(犯人を知った日から6か月)が経過している場合(刑事訴訟法235条)、③申告のあった犯罪事実が不明確で特定性を欠き、かつ、告訴人が補正に応じない場合、④申告内容から犯罪が成立しないことが明らかな場合、⑤犯人の処罰を求める意思の有無が不明確である場合には、例外的に、刑事告訴の受理を拒むことも許されると解されています。
実務上、警察署に出頭して刑事告訴状を提出しようとしても、警察官が「事実関係が不明確である」などと言ってなかなか受理しようとせず、「本日のところはコピーだけ受け取っておく」などという態度で正式受理に至らない場合もあります。そのようなときは、刑罰法規全般や刑事訴訟法や犯罪捜査規範なども熟知している弁護士が代理人となったり、同行したりすることにより、手続きが促進される場合もあります。
3 本件における名誉毀損罪の成否
⑴ 名誉毀損罪の成立要件(刑法230条)
名誉毀損罪は、①公然と②事実を摘示し、③人の名誉を毀損した場合に成立します(刑法230条)。
まず、「公然」とは、摘示された事実を不特定又は多数人が認識し得る状態をいいます。不特定とは、相手方が限定されていないことを意味し、多数人とは、社会一般に知れ渡る程度の人数であることを意味します。特定された少人数であると、公然性が否定されるのが原則ですが、そこから不特定又は多数人に伝播していく可能性があれば、例外的に、公然性が肯定されます(最高裁昭和34年5月7日判決参照)。
次に、「事実」の「摘示」とは、人の評価を低下させるに足りる具体的な事実を告げることをいいます。これを前提にすると、パワーハラスメンセクシャルハラスメントといった表現は、単なる出来事を述べたものではなく、評価的要素を含む概念であるため、それ自体が「事実」の「摘示」に当たるかが問題となり得ます。しかしながら、これらの表現は、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものであるため、「事実」の「摘示」に当たるものと解するのが相当です(東京地裁令和7年1月15日判決参照)。
最後に、「人の名誉」の「毀損」とは、人の社会的評価を低下させるおそれのある状態を生じさせることをいいます。現実に人の社会的評価が低下したことまでは必要ありません(抽象的危険犯)。
⑵ 違法性阻却事由(刑法230条の2)
刑法230条の2は、人格権としての個人の名誉の保護と、憲法21条による正当な言論の保障との調和を図るとの観点から、名誉毀損行為に①事実の公共性(公共の利害に関する事実)、②目的の公益性、③事実が真実であることの証明があった場合には、違法性を阻却し、罰しないものとしています。
まず、事実の公共性とは、市民が民主的自治を行う上で知る必要がある事実であることをいいます。個人のプライバシーに関わる私生活の行状については、公共性が否定されるのが原則ですが、当該人物が携わる社会的活動の性質や影響力の程度等によっては、例外的に、社会的活動に対する評価の資料として、公共性が肯定されることがあります。
次に、目的の公益性とは、公共の利益を増進させることが主たる動機となって事実を摘示したことをいいます。例えば、読者の好奇心を満足させる目的や被害の弁償を受ける目的である場合は、目的の公益性が否定されます。また、事実摘示の表現方法や事実調査の程度が目的の公益性の有無の認定において考慮されます。
最後に、事実が真実であることの証明については、もし事実が真実ではなかったとしても、行為者が真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし、相当の理由があるときは、名誉毀損罪の故意がないものとして、同罪の成立が否定されます(最高裁昭和44年6月25日判決参照)。
⑶ 本件における具体的検討
ア 成立要件該当性(公然性・事実適示・名誉毀損性)
本件におけるYの発言について、名誉毀損罪の成立要件該当性を検討します。
Yの発言は、15名の職員が出席する会議の場でなされたもので、不特定とはいえませんから、多数といえるか問題となります。この程度の人数をもって多数人に当たるかについては、判断が分かれ得る微妙な問題です。多数人に当たるか否かについて明確な基準があるわけではありませんが、過去の裁判例を踏まえると、おおよその目安としては、20名を超えるかどうかが一つの考慮要素になるといえます。
もっとも、会議の出席者に守秘義務が課されていたわけではなく、Yの発言した内容が不特定又は多数人に伝播していく可能性は十分にあったといえ(現に、Yの発言した内容は病院内に広く伝播しています。)、公然性が肯定されるものと考えられます。
また、事実の適時に当たるか問題となります。「パワーハラスメントを行い」と発言したということですが、具体的にどのような行為を行ったのかは明らかにしていませんので事実の適示と言えないのではという疑問も生じます。この点については、パワーハラスメントという表現は、評価的要素を含む概念ですが、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものであるため、「事実」の「摘示」に当たるものと考えられます。少なくとも、病院スタッフを退職に追い込もうとしているとの表現部分については、人の評価を低下させるに足りる具体的な事実を告げたものといえ、「事実」の「摘示」に当たるでしょう。
さらに、パワーハラスメントという違法行為を行ったのみならず、病院スタッフを退職に追い込もうとしているとの風評が広まれば、一般に、同僚に対して不当な圧力を加える人物であるとの評価を抱かせることになり、相談者様の社会的評価が低下することは明らかであるため、「人の名誉」を「毀損」するものといえます。
以上によれば、Yには名誉毀損罪が成立するものと考えられます。
イ 違法性阻却事由の有無(公共性・公益性・真実性等)
続いて、本件におけるYの発言について、違法性阻却事由の有無を検討します。
まず、事実の公共性について検討すると、Yの発言は、病院内における職員間の関係や職場環境に関するものであり、これらは、医療提供体制の適正や職場秩序に関わる事項であるといえます。そして、このような事項は、患者に対する医療の質や安全性にも影響を及ぼし得る性質のものであるため、単なる私的領域にとどまるものではなく、公共の利害に関する事実に当たるといえます。そのため、本件においては、公共性が肯定されるものと考えられます。
次に、目的の公益性について見ると、Yの発言は、会議という業務上の場においてなされたものであり、形式的には、職場環境の改善や問題提起を目的とするものであったと評価することができます。この点に照らすと、Yの発言の主たる動機が専ら私的感情の発露や相手方の社会的評価を低下させること自体にあったとまでは直ちに認め難く、公益目的についても、肯定される余地があるものといえます。
しかしながら、事実が真実であることの証明、又は、真実であると誤信ことについて相当の理由があるかについては、慎重な検討を要します。本件においては、Yは、問題となる発言を、その前提となる事情の発生から翌日という極めて短期間のうちに行っており、その間に十分な裏付け調査や関係者への聴取等が尽くしたとは、およそ認め難い状況にあります。そうすると、真実であると誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし、相当の理由があるとはいえず、本件においては、真実性の証明はもとより、いわゆる真実相当性についても、否定されることになると考えられます。
以上によれば、違法性阻却事由は認められず、Yの行為は違法であると考えられます。
4 まとめ
以上のとおり、本件においては、Yの発言について名誉毀損罪の成立が認められる可能性が高く、かつ、違法性阻却事由も認められないと考えられるため、刑事責任を追及する前提は整っているものといえます。
もっとも、刑事告訴について、理論上、受理義務が認められるとしても、警察がその受理に慎重な姿勢をとることは、実務上、少なくありません。特に、本件のような事実関係や評価の当否が問題となる事案では、民事紛争にとどまるのではないかとの観点から、告訴状の受理自体に消極的な対応がなされる場合も見受けられます。
したがって、告訴状の作成段階から、犯罪事実の特定、証拠関係の整理、法的構成の明確化を十分に行い、捜査機関に対して説得的な資料を提出することが重要となります。この点においては、専門的知見を有する弁護士に依頼し、適切な形で告訴状を整備した上で提出することにより、受理の可能性を高めるとともに、その後の捜査対応も円滑に進めることが期待できます。
以上
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参考条文
【刑法】
第230条(名誉毀損罪)
1 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
第230条の2(公共の利害に関する場合の特例)
1 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
【刑事訴訟法】
第230条
犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。
第231条
1 被害者の法定代理人は、独立して告訴をすることができる。
2 被害者が死亡したときは、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹は、告訴をすることができる。但し、被害者の明示した意思に反することはできない。
第232条
被害者の法定代理人が被疑者であるとき、被疑者の配偶者であるとき、又は被疑者の四親等内の血族若しくは三親等内の姻族であるときは、被害者の親族は、独立して告訴をすることができる。
第233条
1 死者の名誉を毀損した罪については、死者の親族又は子孫は、告訴をすることができる。
2 名誉を毀損した罪について被害者が告訴をしないで死亡したときも、前項と同様である。但し、被害者の明示した意思に反することはできない。
第234条
親告罪について告訴をすることができる者がない場合には、検察官は、利害関係人の申立により告訴をすることができる者を指定することができる。
第235条
親告罪の告訴は、犯人を知つた日から六箇月を経過したときは、これをすることができない。ただし、刑法第二百三十二条第二項の規定により外国の代表者が行う告訴及び日本国に派遣された外国の使節に対する同法第二百三十条又は第二百三十一条の罪につきその使節が行う告訴については、この限りでない。
第241条
1 告訴又は告発は、書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならない。
2 検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなければならない。
第242条
司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。
第260条
検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について、公訴を提起し、又はこれを提起しない処分をしたときは、速やかにその旨を告訴人、告発人又は請求人に通知しなければならない。公訴を取り消し、又は事件を他の検察庁の検察官に送致したときも、同様である。
第261条
検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について公訴を提起しない処分をした場合において、告訴人、告発人又は請求人の請求があるときは、速やかに告訴人、告発人又は請求人にその理由を告げなければならない。
【犯罪捜査規範、昭和32年国家公安委員会規則第2号】
第63条(告訴、告発および自首の受理)
1項 司法警察員たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、この節に定めるところにより、これを受理しなければならない。
2項 司法巡査たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、直ちに、これを司法警察員たる警察官に移さなければならない。
判例
(最高裁昭和34年5月7日判決)
弁護人加藤定蔵の上告趣意第一点および同第二点(イ)について。
所論は原判決の憲法二一条、二二条、三五条違反および大審院の判例違反を主張する。しかし、原判決は第一審判決の認定を維持し、被告人は不定多数の人の視聴に達せしめ得る状態において事実を摘示したものであり、その摘示が質問に対する答としてなされたものであるかどうかというようなことは、犯罪の成否に影響がないとしているのである。そして、このような事実認定の下においては、被告人は刑法二三〇条一項にいう公然事実を摘示したものということができるのであり、かく解釈したからといってなんら所論憲法各法条の保障する自由を侵害したことにはならないのはもちろん(昭和三一年(あ)第三三五九号、同三三年四月一〇日当小法廷判決・集一二巻五号八三〇頁以下参照)、また、所論判例と相反する判断をしたことにもならない。従って、論旨はいずれも採用し難い。
同第二点(ロ)および同第三点について。
所論は原判決の東京高等裁判所および大阪高等裁判所の各判例違反をいうけれども、本件記録およびすべての証拠によっても、成田何五郎が本件火災の放火犯人であると確認することはできないから、被告人についてはその陳述する事実につき真実であることの証明がなされなかったものというべく、被告人は本件につき刑責を免れることができないのであって、これと同趣旨に出でた原判断は相当であり(昭和三一年(あ)第九三八号、各三二年四月四日当小法廷決定を参照)、何ら所論東京高等裁判所の判例と相反するものではなく、所論大阪高等裁判所の判例は右と抵触する限度において改めらるべきものであるから、論旨は採用できない。
同第四点について。
所論は単なる訴訟法違反、事実誤認の主張を出でないものであって、刑訴四〇五条の上告理由にあたらないし、所論に鑑み記録を調べても、本件につき、同四一一条一号、三号を適用すべき事由ありとは認められない。
よって、同四〇八条、四一〇条二項に則り、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(最高裁昭和44年6月25日判決)
弁護人橋本敦、同細見茂の上告趣意は、憲法二一条違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
しかし、所論にかんがみ職権をもつて検討すると、原判決が維持した第一審判示事実の要旨は、
「被告人は、その発行する昭和三八年二月一八日付『夕刊和歌山時事』に、『吸血鬼坂口得一郎の罪業』と題し、得一郎こと坂口徳一郎本人または同人の指示のもとに同人経営の和歌山特だね新聞の記者が和歌山市役所土木部の某課長に向かつて『出すものを出せば目をつむつてやるんだが、チビリくさるのでやつたるんや』と聞こえよがしの捨てせりふを吐いたうえ、今度は上層の某主幹に向かつて『しかし魚心あれば水心ということもある、どうだ、お前にも汚職の疑いがあるが、一つ席を変えて一杯やりながら話をつけるか』と凄んだ旨の記事を掲載、頒布し、もつて公然事実を摘示して右坂口の名誉を毀損した。」
というのであり、第一審判決は、右の認定事実に刑法二三〇条一項を適用し、被告人に対し有罪の言渡しをした。
そして、原審弁護人が「被告人は証明可能な程度の資料、根拠をもつて事実を真実と確信したから、被告人には名誉毀損の故意が阻却され、犯罪は成立しない。」旨を主張したのに対し、原判決は、「被告人の摘示した事実につき真実であることの証明がない以上、被告人において真実であると誤信していたとしても、故意を阻却せず、名誉毀損罪の刑責を免れることができないことは、すでに最高裁判所の判例(昭和三四年五月七日第一小法廷判決、刑集一三巻五号六四一頁)の趣旨とするところである」と判示して、右主張を排斥し、被告人が真実であると誤信したことにつき相当の理由があつたとしても名誉毀損の罪責を免れえない旨を明らかにしている。
しかし、刑法二三〇ノ二の規定は、人格権としての個人の名誉の保護と、憲法二一条による正当な言論の保障との調和をはかつたものというべきであり、これら両者間の調和と均衡を考慮するならば、たとい刑法二三〇条ノ二第一項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しないものと解するのが相当である。これと異なり、右のような誤信があつたとしても、およそ事実が真実であることの証明がない以上名誉毀損の罪責を免れることがないとした当裁判所の前記判例(昭和三三年(あ)第二六九八号同三四年五月七日第一小法廷判決、刑集一三巻五号六四一頁)は、これを変更すべきものと認める。したがつて、原判決の前記判断は法令の解釈適用を誤つたものといわなければならない。
ところで、前記認定事実に相応する公訴事実に関し、被告人側の申請にかかる証人吉村貞康が同公訴事実の記事内容に関する情報を和歌山市役所の職員から聞きこみこれを被告人に提供した旨を証言したのに対し、これが伝聞証拠であることを理由に検察官から異議の申立があり、第一審はこれを認め、異議のあつた部分全部につきこれを排除する旨の決定をし、その結果、被告人は、右公訴事実につき、いまだ右記事の内容が真実であることの証明がなく、また、被告人が真実であると信ずるにつき相当の理由があつたと認めることはできないものとして、前記有罪判決を受けるに至つており、原判決も、右の結論を支持していることが明らかである。
しかし、第一審において、弁護人が「本件は、その動機、目的において公益をはかるためにやむなくなされたものであり、刑法二三〇条ノ二の適用によつて、当然無罪たるべきものである。」旨の意見を述べたうえ、前記公訴事実につき証人吉村貞康を申請し、第一審が、立証趣旨になんらの制限を加えることなく、同証人を採用している等記録にあらわれた本件の経過からみれば、吉村証人の立証趣旨は、被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき相当の理由があつたことをも含むものと解するのが相当である。
してみれば、前記吉村の証言中第一審が証拠排除の決定をした前記部分は、本件記事内容が真実であるかどうかの点については伝聞証拠であるが、被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき相当の理由があつたかどうかの点については伝聞証拠とはいえないから、第一審は、伝聞証拠の意義に関する法令の解釈を誤り、排除してはならない証拠を排除した違法があり、これを是認した原判決には法令の解釈を誤り審理不尽に陥つた違法があるものといわなければならない。
されば、本件においては、被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき、確実な資料、根拠に照らし相当な理由があつたかどうかを慎重に審理検討したうえ刑法二三〇条ノ二第一項の免責があるかどうかを判断すべきであつたので、右に判示した原判決の各違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものといわなければならない。
よつて、刑訴法四一一条一号により原判決および第一審判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため同法四一三条本文により本件を和歌山地方裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(東京地裁令和7年1月15日判決)
3 争点3(名誉毀損の成否)について
(1) ある表現が他人の社会的評価を低下させるものであるか否かは、当該表現が記事であれば、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従って判断すべきである(最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁参照)。事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とでは、不法行為責任の成否に関する要件が異なるところ、上記基準は、これらの区別に当たっても妥当するというべきであり、また、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものと理解されるときには、同部分は、事実を摘示するものとみるのが相当である(最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804号参照)。
(2) 本件記事1-1について
ア 一般の読者の普通の注意と読み方を基準として読めば、本件記事1-1は、原告にはオンライン化できるにもかかわらずなされていない業務があるとの事実を摘示したものであると解される。
原告は、本件記事1-1は、本件記事1の記載内容を全体として読むと、原告がIT企業であるにもかかわらず、有給休暇の申請をオンラインですることができないという事実を摘示していると主張する。しかしながら、業務のオンライン化をすれば当然に有給休暇の取得の際の事前申告の要否に影響があるという関係にあるものとも解されない以上、本件記事1を全体として読んだとしても、本件記事1-1が、これに続く有給休暇の取得の際の事前申告の要否に関する本件記事1-2と関連していると読むことができるとはいえない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
イ そして、いかなる業務をオンライン化するかについては、原告のようなIT企業も含め、各企業における業務形態や組織内の状況に照らし、その必要性を考慮して各企業において適宜判断することができるものであることに照らすと、原告においてオンライン化可能な業務がオンライン化されていない旨の事実が摘示されたとしても、そのことにより原告の社会的評価が低下するとは認められない。したがって、本件記事1-1は、原告の名誉を毀損するものとはいえない。
(3) 本件記事1-2について
ア 一般の読者の普通の注意と読み方を基準として読めば、本件記事1-2は、原告においては、急な体調不良等による欠勤ないし早退を事後的に有給休暇に振り替えることができないとの事実を摘示したものであると解される。
イ そして、欠勤ないし早退を事後的に有給休暇に振り替えることを認めないという取扱いは何ら違法ではなく、これを認めるか否かは会社ごとの判断に委ねられていることに照らすと、前記アの事実が摘示されたとしても、そのことにより原告の社会的評価が低下するとは認められない。したがって、本件記事1-2は、原告の名誉を毀損するものとはいえない。
(4) 本件記事1-3について
ア 前記前提事実(2)のとおり、本件記事1-3は、本件記事1-2に続けて記載され、冒頭に「極論で言えば」との留保が付され、「有り得ない」との投稿者の意見で締めくくられている。このような本件記事1-3を一般の読者の普通の注意と読み方を基準として読めば、本件記事1-3は、実際に原告において発生した事象について述べたものではなく、前記(3)アの事実を前提として、極論、すなわち極端な言い方をすれば、有給休暇の事後申請を認めないことは、たとえ命の危機で従業員が緊急搬送されたとしても事前申請がなければ有給休暇として扱わないという乱暴な論をいうようなものであるという意見ないし論評であると解される。
原告は、本件記事1-3は、原告が、労働者が命の危機で緊急搬送された際、命の危機を事前申告していないという理由で有給休暇として処理することを拒否したという事実を摘示するものであると主張するが、上記判断に反し、採用することができない。
イ 一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、本件記事1-3は、実際に原告において発生した事象について述べたものではなく、飽くまでも原告における取扱いを前提とした場合の極端な論を述べたものと読むことができる上、前記(3)イのとおり、会社が有給休暇の事後振替を認めないことは何ら違法ではないことに照らすと、前記アの意見ないし論評により原告の社会的評価が低下するとは認められない。したがって、本件記事1-3は原告の名誉を毀損するものとはいえない。
(5) 本件記事2パワハラ部分について
ア 一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、本件記事2パワハラ部分は、原告には職場内に長期間の精神的な治療を要する程度の強度のパワハラが存在するとの事実(以下「本件摘示事実」という。)を摘示したものであると解される。
原告は、本件記事2が本件記事1と別のIDを使って投稿されていることから、本件記事2パワハラ部分は被告とは別の従業員がパワハラを受けた事実を摘示するものであると主張するが、本件記事2には誰がパワハラを受けたかについて何ら記載はなく、IDそのものは本件記事2の内容を構成するものでもないことに照らすと、原告の主張を踏まえても、本件記事2パワハラ部分が上記事実を摘示するものと読み取ることは困難である。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
他方、被告は、本件記事2パワハラ部分は、原告にはパワハラや偏見等が存在し、長期間の精神疾患の治療が必要になる従業員が出る可能性があるような職場環境であったという趣旨の意見ないし論評であると主張する。
しかし、本件記事2パワハラ部分においては、具体的な言動の内容を示すことなく、単に原告の職場内にパワハラ等がある旨が記載された上で、そのために「場合によっては精神的な治療が長期間必要になる可能性も充分にある」とパワハラ等により生ずる結果に関する記載がされている。そうすると、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、本件記事2パワハラ部分において、精神的な治療が長期間必要になる程度のパワハラ(すなわち何らかの言動等)が存在する旨が記載され、これは証拠等をもってその存否を決することが可能な事項であると理解されるものと解される。したがって、本件記事2パワハラ部分について、単に原告におけるパワハラや偏見等により長期間の精神疾患の治療が必要となる従業員がいたという事実を前提とした意見ないし論評を表明したにとどまると解することはできず、被告の上記主張は採用することができない。
イ そして、本件摘示事実は、その内容に照らし、原告の社会的評価を低下させるものと認められる。したがって、本件記事2パワハラ部分は原告の名誉を毀損するものである。
4 争点4(違法性阻却事由の有無)について
(1) 事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁、最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月2024年12月8日第一小法廷判決・集民140号177頁参照)。
(2) 公共性、公益目的性について
本件記事2が投稿されたのは、a社が運営する、会社の口コミや求人情報等を掲載する転職総合サイト内の「働く社員・管理職の口コミ」欄であり(前提事実(3)ア、甲2の2)、本件記事2は、「【良い点】辞めていなければ、良い営業が居る。愛想は良い人が多いため、薄っぺらい関係なら所属しやすい会社」との記述に続けて、同記述と一体のものとして作成された記事である(甲2の2)。このような本件記事2は、転職活動を行っている者が本件掲示板を見て原告に転職するか否かを判断するにあたり参考となる事実を摘示するものといえるから、公共の利害に関する事実を摘示したものといえる。また、転職活動を行う者にとって、良い点も悪い点もどちらも有益な情報となるところ、転職活動に資する口コミの投稿を行うためには、本件記事2のように「気になること・改善したほうがいい点」を記載することが公益を図るために必要であり、上記のとおり、本件記事2が「良い点」の記述とともに投稿された記事であることを踏まえると、本件記事2は、転職活動をする者の職業選択の参考とするという公益を図る目的の下にされた投稿といえる。
(3) 真実性、真実相当性について
被告は、原告代表者の本件各発言による被告へのパワハラが存在し、これにより被告がうつ病を発症して令和2年8月から現在に至るまで通院加療を続けているから本件摘示事実は真実であり、真実とまではいえなくても真実であると信ずるにつき相当な理由があると主張する。
しかし、前記2のとおり、原告代表者の本件各発言は長期間の精神的な治療を要するほどの強度のものであるどころか、そもそもパワハラにすら該当しないものであるから、たとえ被告が令和2年8月からうつ状態ないしうつ病の治療のため通院を継続しているとしても、本件摘示事実が真実であるとは認められないし、被告において真実であると信ずるにつき相当な理由があるともいえない。
(4) 小括
したがって、本件記事2パワハラ部分による名誉毀損について、真実性、真実相当性の抗弁はいずれも認められないから、違法性は阻却されない。