新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1287、2012/6/15 14:10 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・先行した遺産の一部分割の有効性とその後の遺産分割協議への影響・東京家裁昭和47年11月15日審判)】

質問:1年前,私の父が亡くなりました。母も既に他界しており,残された遺族は私と兄の二人だけです。父は遺産を残しており,父が住んでいた土地建物(時価2000万円),A銀行の預金(2000万円),B銀行の預金(1500万円)及びC社株式(500万円)です。父の葬式後に兄から申し出があり,「遺産総額は合計6000万円ある。お父さんが住んでいた家は長男である俺がとりあえず引き継ぎたい。俺名義に移転することに協力してくれ。他の遺産については後日話し合おう」と言われ,兄の言うとおりだと思った私は,とりあえず不動産のみについて遺産分割協議書作成に協力して兄に登記を移転させました。しかし最近になり兄は,「お父さんの遺産がまだ合計4000万円分残ってたよな。二人で半分ずつ分けよう」と言い出しました。そもそも一部だけ遺産の分割を行うことは有効なのでしょうか。また,兄は既に2000万円の不動産を相続しているにもかかわらず,残りの遺産は等分しなければならないのでしょうか?なお,父の遺言はありません。

回答:
1.遺産の一部分割を行うことは,有効とされるのが一般的です。
2.先行している一部分割協議の際,あなたが自己の法定相続分に不足する部分について持分放棄あるいは譲渡の意思で行った等の特段の事情がない限り,あなたは残余財産から3000万円分の遺産を相続することができます。

解説
1 (本事案の概要)
  あなたと兄は,遺産のうち,不動産のみを先に分割し(一部分割),しばらくしてから残余財産を再度分割する,という手続を踏んでいます。かかる手続きをとる場合の問題点につき,以下説明します。

2 (本事案の問題点と考え方)
(1)そもそも一部分割は可能か
    現在の実務は,一部分割は可能という取り扱いになっています。家庭裁判所の調停でも一部の相続財産についてとりあえず調停を成立させ,残余の相続財産について調停を継続するという手続きも行われているようです。
  但し,この点について反対の見解もありますので紹介しておきます。

  ア 不可能とする見解
    原則として遺産の一部分割は不可能であり,その効力は認められないとする説です。
    民法906条は,遺産分割は一切の事情を考慮して行うべきであるという方針基準を定めており,遺産全てを総合的分割しなければ同規定の趣旨目的を達成できないということを理由とします(大阪高裁昭和40年4年22日決定等)。
    かかる見解による場合,本件では不動産を含めた遺産全体について遺産分割協議をやり直す必要が生じることになります。

  イ 可能とする見解
    遺産の一部分割を行うことを可能とする見解です。
    そもそも相続人は遺産をどのように分割するかにつき処分権限を有しているはずであるという点,また,民法907条3項では家庭裁判所が遺産の一部について分割を禁止することができる旨を規定していますが,この規定の裏を返せば遺産の一部分割を想定していると解釈できるという点を理由とします。
    かかる見解による場合,本件では,不動産を兄に取得させた協議は有効となり,残余財産についてのみ再度の遺産分割協議を行うことになります。
    現在の実務においては,一部分割協議を有効と取り扱う運用がとられているといってよいでしょうし(東京高裁昭和57年5月31日判決,後述の東京家裁昭和47年11月15日審判等),遺産分割調停において遺産の一部についてのみ調停を成立させた上で残余財産の分割を進行させるケースもあるので,本件一部分割は有効と考えることになるでしょう。
    ただしその場合,残余財産について,兄とあなたがそれぞれどれだけ取得することができるかについて,議論が分かれています。

(2)一部分割が先行する場合,残余財産の分割割合に影響を及ぼすか
  ア 影響を及ぼさないとする見解
  一部分割と残余財産の分割を独立させ,残余財産を分割する際に一部分割結果を考慮しない(残余財産を法定相続分で分ける)とする見解です。
    多くの場合,当事者は一部分割と残余財産の分割とを独立させて個別的に処理する意思を有しているはずだ,という考え方に基づくものといえます。
    かかる説の場合,本件残余財産の分配は,あなたが2000万円,兄が2000万円という形で行われることになります(どの遺産目録を誰が取得するかについてはもちろん協議が必要です)。

  イ 影響を及ぼすとする見解
    残余財産の分割を行う場合,一部分割済みの遺産を含めた全ての遺産を法定相続分に従って分配した場合と同等の遺産取得額になるように過不足修正すべきであるとする見解です。
    そもそも本来であれば,全ての遺産を一度で公平に分配(全部分割)こそが本来の遺産分割の形態であり,当事者の合理的意思としては,一部分割と残余財産の分配を切り離していないはずだ,という考えに基づくものといえます。
    かかる見解による場合,本件残余財産の分配は,分割済みの相続財産を含めて,法定相続分に従った取得財産を計算し,あなたが3000万円,兄は1000万円(分割済みの不動産2000万円を加算して3000万円とする)という形で行われることになります(どの遺産を誰が取得するかについてはもちろん協議が必要です)。

    家事審判例においても,「残余財産の分割において,遺産全体の総合的配分の公平を実現するために,残余遺産についてのみ法定相続分に従つた分割で足りるか,一部分割における不均衡を残余遺産の分配において修正し,遺産全部について法定相続分に従う分割を行なうべきかが問題となるが,この点については一部分割の際の当事者の意思表示の解釈により定まり,共同相続人が一部分割の不均衡をそのままにし,すなわち,一部分割における自己の法定相続分に不足する部分については各当事者が持分放棄あるいは譲渡の意思で一部分割を行なうときは,残余遺産につき前者の方法によることを承認したものとみられるが,このような特段の意思表示のないときは,残余遺産につき後者の方法によることを承認したものと推認すべきものと解される。
    ところが本件一部分割の協議に際して,各当事者はこの点につき別段の意思表示をしたものとは認められない。然るときは,本件遺産分割においては,一部分割の協議の有効を前提とし,残余遺産のみを分割の対象とするけれども,遺産全部の総合的配分において公平が保てるよう一部分割における各当事者の法定相続分との過不足を本件遺産分割において修正すべきものと解する」といった判断がなされています(東京家裁昭和47年11月15日審判)。

3 (考え方の整理)
   ア,イ,どちらの見解も,当事者が遺産を自由に処分することができる考え方(上記2(1)イの見解)を前提に,結局は相続人らが一部分割の結果を残余財産の分割に反映させる意思でもって一部分割を行ったのか,という事実認定に対する考え方であると解することができます。すなわち,見解の相違については,単に経験則に対する考え方の違いであって,法理論とは一線を画するものと考える必要があると思われます。
   上記東京家裁昭和47.11.15審判についても,一部分割当時の当事者の合理的意思は,一部分割については残余財産の分割について過不足調整を行う意思で行われているものと事実上推定できるという事実の推認過程の一般原則・経験則を示したに過ぎず,「一部分割が先行する場合には原則として残余財産の分割に影響を及ぼすべきである」という趣旨の法律論を述べたわけではないことに留意が必要です。
   この論点については,特別な事情がない限りはイの見解の方が一般の経験則に合致しているのではないかと思われ,上記審判例も存在しているところです。また,調停で一部分割を行う場合には,「一部分割が残余財産の分割に影響を及ぼさないことを確認する」「残余財産の分割については,本分割と別個独立にその相続分に従って分割する」等の文言を入れる運用が取られています。裏を返せば,このような明確な合意がない一部分割については,やはりイの見解に従った処理が妥当でしょう。
   したがって,本件において,兄が不動産を取得した事実を残余財産の分割に反映させる必要があり,あなたは残余財産から3000万円分取得できるものと解されます。
いずれにしろ,一部分割をする際には,協議書や,調停調書に「一部分割が残余の遺産の分割に影響を及ぼさないことを確認する。」あるいは,「残余の相続財産については今回の一部分割の結果を加味して,後日法定相続分に応じて分割協議する。」等の文言を記載し,後日争いのない内容にしておく必要があります。

<条文>

【民法】
第九百六条  遺産の分割は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。
(遺産の分割の協議又は審判等)
第九百七条  共同相続人は,次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き,いつでも,その協議で,遺産の分割をすることができる。
2  遺産の分割について,共同相続人間に協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,各共同相続人は,その分割を家庭裁判所に請求することができる。
3  前項の場合において特別の事由があるときは,家庭裁判所は,期間を定めて,遺産の全部又は一部について,その分割を禁ずることができる。

(判例参照)
東京家裁昭和47年11月15日審判(遺産分割事件)
遺産分割の趣旨に沿った公平妥当な結論です。
判旨抜粋
「然るときは,第(1)項認定の遺産の一部について一部分割の協議が成立したことになるが,この一部分割の対象となつた遺産を除外して残部についてのみ分割を行なうべきかどうかが問題となる。一部分割自体については,一部分割をなすについて合理的理由があり,かつ民法九〇六条所定の分割の基準に照らして遺産全体の総合的配分にそごを来さず,残余財産の分配によつて相続人間の公平をはかることが可能であるかぎり,当事者間に成立した一部分割を当然無効とする必要はないと解される。前記認定の事実によると,前記一部分割は相続税申告に際し,その存在が明らかであるものをまず分割しようとしたこと,しかも一部分割した遺産を除いてもその不均衡を是正しうるに足る残余財産のあることが認められるので,一部分割をなす合理的理由があるものと認められる。そこで残余財産の分割において,遺産全体の総合的配分の公平を実現するために,残余遺産についてのみ法定相続分に従つた分割で足りるか,一部分割における不均衡を残余遺産の分配において修正し,遺産全部について法定相続分に従う分割を行なうべきかが問題となるが,この点については一部分割の際の当事者の意思表示の解釈により定まり,共同相続人が一部分割の不均衡をそのままにし,すなわち,一部分割における自己の法定相続分に不足する部分については各当事者が持分放棄あるいは譲渡の意思で一部分割を行なうときは,残余遺産につき前者の方法によることを承認したものとみられるが,このような特段の意思表示のないときは,残余遺産につき後者の方法によることを承認したものと推認すべきものと解される。ところが本件一部分割の協議に際して,各当事者はこの点につき別段の意思表示をしたものとは認められない。然るときは,本件遺産分割においては,一部分割の協議の有効を前提とし,残余遺産のみを分割の対象とするけれども,遺産全部の総合的配分において公平が保てるよう一部分割における各当事者の法定相続分との過不足を本件遺産分割において修正すべきものと解する。」

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