男子トイレにおける公然わいせつ
刑事|公然わいせつ罪|被疑者、被告人の利益と公共の福祉利益対立
目次
質問:
昨日、妻と子どもと共に商業施設へ買い物に出かけました。買い物の途中で尿意を催したため、妻と子どもをその場に残し、男子トイレに向かいました。用を足し終えた後、下着やズボンを整えようとしたところ、突然、清掃スタッフの女性が男子トイレ内に入ってきました。その時、私は、何故か、その女性に局部を見せたいという衝動に駆られ、局部をしまわないまま体を横に向けてしまいました。その結果、女性に私の局部が見えてしまい、彼女は、悲鳴を上げて、直ぐにトイレから出ていってしまいました。
当時の私は、男子トイレは、お風呂の男性用更衣室のような空間であり、局部を露出しても問題はない場所であると考えていました。ただ、今になって冷静に振り返ると、自分の行為が何らかの犯罪に該当するのではないか、と不安を感じています。
私の行為は、法律上、何らかの犯罪に該当するのでしょうか。また、仮に該当する場合、私は、今後、どのような対応を取るべきなのでしょうか。
回答:
1 貴方の行為は、公然わいせつ罪に該当します。被害者である女性と示談するのが良いでしょう。
2 公然わいせつ罪は、刑法174条に規定され、公然とわいせつな行為をした場合に成立します。法定刑は6月以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金等です。保護法益については、「健全な性秩序ないし性的風俗」とする見解が広く支持されており、判例もこの立場に概ね沿っています。これに対し、「見たくない者の性的自由」を保護法益とする少数説も存在します。
本罪の成立には、①不特定又は多数人が認識し得る状態で行われたこと(公然性)、②性欲を刺激して性的羞恥心を害する行為であること(わいせつ性)、③それらを認識・認容していたこと(故意)という3つの要件が必要です。本件についてこれを見るに、男子トイレという不特定又は多数人の立ち入りが予定された空間で局部を露出し、清掃スタッフの女性に見せる形となっており、全要件を満たすと評価されます。そのため、本件において公然わいせつ罪が成立することは争い難いです。
また、本件の犯行現場が男子トイレという特殊な場所であることから、違法性が阻却されないかが問題となり得ます。しかしながら、男子トイレは、一時的に局部を露出することが社会的に許容された空間ではあるものの、それは、あくまで排泄という正当な目的に限定されたものです。本件のように、意図的に局部を隠さずに他人に見える形で体を向ける行為は、社会的相当性の範囲を逸脱したものであると言わざるを得ず、違法性が阻却されることはありません。
3 したがって、本件において不起訴処分を獲得するためには、「被害者」との示談を成立させることが極めて重要となります。公然わいせつ罪は社会的法益の保護を目的とした犯罪ですが、実務上は、わいせつ行為を直接目撃して精神的苦痛を被った者が「被害者」として扱われます。特に、示談書に宥恕条項を盛り込むことができれば、検察官に不起訴の判断を促す決定的な資料となり得ます。
4 関連事例集1605番参照。その他、公然わいせつに関する関連事例集参照。
解説:
1 公然わいせつ罪の概要
⑴ 根拠条文と法定刑
公然わいせつ罪は、公然とわいせつな行為を行った場合に成立する犯罪であり、その根拠は刑法174条に規定されています。
この罪に対する法定刑は、同条により、6月以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料とされています。
⑵ 保護法益
公然わいせつ罪の保護法益については、刑法学において主に2つの代表的な考え方があります。ひとつは、「健全な性秩序ないし性的風俗」を保護法益とする見解であり、もうひとつは、「見たくない者の性的自由」を保護法益とする見解です。
ア 「健全な性秩序ないし性的風俗」を保護法益とする見解
この見解は、公然わいせつ罪が保護しようとしているのは、社会全体の性的道徳や公共の善良な風俗といった広範な社会的利益であると解釈します。すなわち、公然とわいせつな行為が行われることにより、社会の性的倫理が乱され、公共の秩序や風俗が害されることを防止するために、公然わいせつ罪が設けられたということです。
この立場によれば、被害者となる個人の有無やその感情の如何ではなく、社会全体の秩序維持の観点が強調されることになります。そのため、たとえ直接の被害者がいなかったとしても、公共の場においてわいせつ行為が行われること自体が問題視され、そのような行為に対して刑罰を科すことが正当化されます。
この見解は、刑法学において広く支持されており、日本の刑法学における通説とされています。
イ 「見たくない者の性的自由」を保護法益とする見解
この見解は、「健全な性秩序ないし性的風俗」を保護法益とする見解よりも個人の自由に注目した立場です。
この立場によれば、公然わいせつ罪の本質的な問題点は、不特定多数の人々の中で、わいせつな行為を見たくない者が強制的にその行為を見せられることにあり、そのような者の性的自由、すなわち、自己決定権や精神的自由が侵害されることを防止することが保護法益であると解釈されることになります。ここでは、個々人が性的に不快なものを見せられない自由を持つことが尊重され、その権利の侵害が刑罰の対象になるのです。
この見解は、現代の人権意識や個人の自由を尊重する流れの中で注目されつつありますが、伝統的な刑法の解釈とはやや異なり、学説の多数派とは言えません。
ウ 判例の位置付け
この点について明確な判断を示した判例は存在しませんが、後述のとおり、「わいせつ」の意義において性的道義観念に言及されていることからすれば、判例も「健全な性秩序ないし性的風俗」を保護法益とする見解に親和的であると評価できます。
エ 本件との関係について
保護法益の学説によって、犯罪の成否が分かれる場合もあるでしょうが、本件ではいずれの学説によっても、犯罪は成立することになります。
また、アの説では被害者との示談は処罰とは関係ないとも考えられますが、実際には処罰の際には示談は有利に判断されます。
2 公然わいせつ罪の成立要件
公然わいせつ罪の成立要件は、①「公然と」行われたこと②「わいせつな行為」であること、③行為者に故意があることの3つです。
⑴ ①「公然と」行われたこと
この点について、東京高裁昭和32年10月1日判決は、「不特定又は多数人の認識し得る状態」をいうとしています。ここでいう「不特定」とは、特定の相手に限定されていないことを意味し、「多数」とは、一定の人数が存在することを意味します(なお、どれ位の人数がいれば「多数」といえるのかという点については、明確な基準が存在するわけではありませんが、過去の判例を踏まえると、10人以上であるか否かが大まかな目安となるように思えます。)。
更に、同判決は、「この場合現実に認識されなくとも、認識の可能性があれば足りるものと解すべく、また行為者において自己乃至関係者の行為が公然性を有することについての認識は必ずしもこれを必要とせず、客観的にその行為の行われる環境が公然性を有すれば足りる」として、現実には通行人のなかった場所について「公然」性を肯定しています。つまり、実際に誰かに見られたか否かは問われず、不特定又は多数人が見ることが可能な状態に置かれていれば、「公然と」の要件は充足されることになります。
⑵ ②「わいせつな行為」であること
この点について、いわゆるチャタレー事件に関する最高裁昭和26年5月10日判決は、「徒らに性慾を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するもの」と判示し、刑法上のわいせつ概念に三要素からなる定義を与えました。
この基準は、わいせつ物頒布罪(刑法175条)におけるわいせつ物の判断基準として定着しましたが、公然わいせつ罪においても、同様の基準が適用されると考えられています。つまり、局部の露出、性交や自慰行為等、他者の性的羞恥心を刺激するような行為が「わいせつな行為」と判断されることになります。
⑶ ③行為者に故意があること(刑法38条1項)
公然わいせつ罪は故意犯であり、同罪の構成要件事実である「公然とわいせつな行為をした」ことの認識及び認容、すなわち、故意が必要とされます。
この故意には、いわゆる未必の故意も含まれるとされており、たとえ不特定又は多数人に見られるかどうかを確実には認識していなかったとしても、「見られたとしても構わない」との心理状態の下で行為に及んだのであれば、故意が認定されることになります。
3 本件における公然わいせつ罪の成否
まず、男子トイレは、その性質上、施設利用者や清掃スタッフ等の不特定又は多数人が随時立ち入ることが予定された開放的な空間であるため、本件行為は「公然と」行われたものであるといえます。
また、局部を露出する行為は、徒らに性慾を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するものとして、判例上、典型的な「わいせつな行為」とされています。本件においても、これに該当する言わざるを得ません。
さらに、相談者様は、施設利用者や清掃スタッフ等の不特定又は多数人が随時立ち入ることが予定された開放的な空間において、あえて局部をしまわないまま体を横に向けているため、「公然とわいせつな行為をした」ことの認識及び認容、すなわち、故意があったといえます。
したがって、相談者様の行為には、公然わいせつ罪が成立することになります。
4 違法性の阻却
本件の犯行現場は男子トイレであり、排泄のために局部を露出することが許容される空間であるため、そのような場所での露出行為について違法性が阻却されるか否かが問題となり得ます。
この点、刑法は、違法性阻却事由として、法令行為(刑法35条前段)、正当業務医行為(同条後段)、正当防衛(同法36条1項)、緊急避難(同法37条1項)の4つを明文で規定しています。
もっとも、これらの規定に該当しない場合であっても、違法性阻却の一般的根拠を満たす限り、違法性が阻却されることになります。このような法定の枠組みに明示されていない違法性阻却事由を、超法規的違法性阻却事由といいます。
この超法規的違法性阻却事由の成否については、違法性の本質に立ち返って検討する必要があります。日本の刑法学における通説的見解によれば、違法性とは、行為が国家・社会倫理規範に違反することを意味するとされており、いわゆる行為無価値論の立場がこれを支えています。この立場においては、行為が歴史的に形成された社会生活秩序の範囲内にあれば(行為が社会的相当性を有していれば)、違法性が阻却されることになります。
本件に照らして検討すると、確かに、男子トイレにおいては、排泄行為の一環として一時的に局部を露出することは、社会的に許容される行為といえます。しかしながら、それは、あくまで排泄という正当な目的のために限定されたものであり、当然、他人に局部を見せることまで含むものではありません。相談者様は、清掃スタッフの女性に局部を見せたいという衝動に駆られ、局部をしまわないまま体を横に向けているのであり、そのような行為は、社会的に相当と評価される範囲を逸脱したものであると言わざるを得ません。
したがって、相談者様の行為について違法性が阻却されることはありません。
5 今後の弁護活動
刑事事件において被疑者の法的地位に決定的な影響を及ぼすのが、起訴か不起訴かという検察官の処分判断です。この段階で不起訴処分を獲得できれば、前科が付かず、社会的信用の喪失や将来の影響を回避することが可能となるため、弁護人にとっても、如何にして不起訴処分に導くかが最も重要な課題の一つとなります。そして、そのための有効な手段が示談を成立させることなのです。
そもそも、示談とは、加害者(被疑者)と被害者との間で、損害賠償や謝罪の方法等について合意し、事件に関する民事的な問題を解決することをいいます。その際には、通常、示談書を作成しますが、その中に宥恕条項を盛り込むことが極めて重要です。これは、被害者が「加害者を許す」、「処罰を望まない」といった意思を明確に示す条項であり、これが記載されていれば、検察官は、被害者の処罰感情が既に解消されているものとして、不起訴処分を下しやすくなります。
公然わいせつ罪においては、上記のとおり、通説的見解によれば、健全な性秩序ないし性的風俗という社会的法益が保護法益とされる以上、形式的に見れば、「被害者」というものを観念し難い面があります。しかしながら、実務上は、わいせつ行為を直接目撃して実際に精神的苦痛を被った者がいる場合には、具体的な被害実態に鑑みて、その者を「被害者」と位置付ける運用がなされています。
したがって、本件においても、清掃スタッフの女性を「被害者」として扱い、示談を成立させることで、検察官による不起訴処分の可能性を高めることができます。特に、示談書に宥恕条項が明示されていれば、検察官に不起訴の判断を促す決定的な資料となり得ます。
以上