新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1111、2011/6/2 14:39

【民事・将来の保険診療報酬債権の一括譲渡の効力と差し押さえ・最高裁平成11年1月29日判決】

質問:私は、知人の医者Aに対して500万円貸していたのですが、返済がなかったため、弁護士に依頼して判決を得てAの保険診療報酬債権を差押えました。ところが、第3債務者である基金Bは差し押さえた診療報酬のうち500万円を債権者不確知を理由に供託してしまいました。理由は、医師AはYリース会社との間で、YのAに対するリース料債権の回収を目的として、Aが平成22年1月1日から30年12月31日までの8年間に基金Bから支払を受けるべき診療報酬債権をYに譲渡する契約を締結しており(「本件契約」)、差押債権者の私に支払うべきか、債権の譲受人Yに支払うべきか不明なので供託するということです。Aは、平成21年の暮れに診療所を開設したのでYと診療機器のリース契約を締結していたようです。私は、供託された500万円を受領することはできないのでしょうか。

回答:
 債権差押手続きにおいて、被差押債権が譲渡されていた場合は、債権の二重譲渡があったと同じことになり、第三債務者への債権譲渡通知の後先によって優劣が決まります。本件では、債権譲渡の通知の方が先ですからYがあなたに優先することになります。なお、債権譲渡通知が債権の発生前に行われていることから、そのよう将来の債権譲渡が有効なのか問題となりますが、@譲渡の目的とされる債権が特定されていること、A債権譲渡契約が公序良俗に反しないことを要件として、将来発生する債権譲渡も有効と考えられています。本件ではYへの債権譲渡はリース料の担保のための通常の取引行為と考えられるので、供託金はYが受け取ることになりますので、他の回収手段の検討が必要です。
 
解説:
1.(問題点の指摘)医師の開業には相当の費用がかかるので、開業時に不動産などの担保を持たない医師にも、将来の収入を担保に融資を受けることを可能にするために、金融機関が将来発生する診療報酬債権の譲渡を受けることによって医師に融資をすることが行われてきました。他方で、医師の収入を根拠に資金を融資したり、医薬品等を納品したがが、回収ができなくなり診療報酬債権を差し押さえて回収を図るケースが増えてきました。そこで、本件のように、医師が基金Bに対して取得する診療報酬債権のような、単一の債務者に対して継続的に発生する将来債権の一括的譲渡は認められるか、がまず問題となります。私的自治の原則、契約自由の原則から言えば、将来発生することが予定されている債権であっても、権利者である譲渡人及び譲り受け人が納得している以上その効力を認めてもいいはずです。しかし、契約自由の原則は、公正、公平な社会秩序実現の手段であり、当事者が納得していても譲渡人が将来生活上不当な不利益を受け、又将来生じるであろうと思われる利害関係を有する第三者の利益を不当に奪うものであってはならないことは当然です。私的自治の原則は、制度趣旨から内在的に信義誠実、権利濫用禁止の法理(民法1条、憲法12条)により制限されています。具体的に何が信義則に反し、権利濫用となるかは規定がない以上、解釈により当事者の資産、経済状況、譲渡権利の性質、内容、譲渡の内容態様、第三者の利益を総合的に検討することになるでしょう。ただ、例外的制限であり要件の吟味が重要です。

2.(昭和53年の最高裁の判例)最高裁昭和53年12月15日判決(取立命令に基く取立請求上告事件、判例時報916号25頁)は、金融機関に対する債権譲渡契約後将来1年間分の診療報酬債権の譲渡に関してその有効性を認めました。当事者は、譲渡人医師、譲受人金融機関、差し押さえしたのは一般債権者です。その判旨は、「右債権は、将来生じるものであっても、それほど遠い将来のものでなければ、特段の事情のない限り、現在すでに債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測しうるものであるから、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定することによって、これを有効に譲渡することができる」となっています。この昭和53年判決によって、将来債権の譲渡は将来1年間分程度のものしか有効ではないという理解が定着しました。しかし、債権譲渡契約時の「債権発生可能性」を基準として、将来債権の譲渡の効力を約1年程度の期間に制限することに対しては批判もありました。

3.(平成11年最高栽判例)こうした状況の中で、最高裁平成11年1月29日判決民集53巻1号151頁は、本件類似の事案(社会保険診療報酬支払基金に対する約8年間の診療報酬債権の毎月一部譲渡とその後の国の滞納処分による差し押さえ)で、「契約に締結時において右債権発生の可能性が低かったことは、右契約の効力を当然に左右するものではない」と述べて、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性を広く認めるようになりました。原審、仙台高等裁判所秋田支部 平成8年(ネ)第70号平成8年10月30日判決を変更しています。原審は、昭和53年の最高裁の判例(将来の債権譲渡契約後1年間に限り有効性を認めた)に従い、将来の債権譲渡契約後6年8カ月も経過し発生した債権(滞納処分を受けた債権)は発生の可能性が不確実として無効としていました。もっとも、将来債権譲渡の有効性について、@譲渡の目的とされる債権が特定されていることと、A債権譲渡契約が公序良俗に反しないことを要件としています。

4.まず、@の譲渡対象債権の特定性について、前掲平成11年判例は、将来の債権について「債権の発生原因や譲渡に係る額等」をもって特定される必要があり、さらに、「将来の一定期間内に発生し、又は弁済期が到来すべき幾つかの債権を譲渡の目的とする場合」には、「適宜の方法により右期間の始期と終期を明確にするなどして」特定されるべきであるとしています。次に、Aの公序良俗違反性について、前掲平成11年判例は、「もっとも、契約時締結時における譲渡人の資産状況、右当時における譲渡人の営業等の推移に関する見込み、契約内容、契約が締結された経緯等を総合的に考慮し、将来の一定期間内に発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約について、右期間の長さ等の契約内容が譲渡人の営業活動等に対して社会通念に照らし相当とされる範囲を著しく逸脱する制限を加え、又は他の債権者に不当な不利益を与えるものであると見られるなどの特段の事情の認められる場合には、右契約は公序良俗に反するなどとして、その効力の全部又は一部が否定されることがある」と判示しています。
    つまり、第1に、たとえ合意のうえであっても、あまりにも長期間で包括的な債権譲渡は、譲渡人の営業活動の自由に対する過度の制限になるから、債権譲渡契約を無効とすべきだという考え方があります。将来の収入が大きく制限されると事実上営業ができず倒産等の危険が生じるので適切ではないということです。
    第2に、あまりにも包括的な債権譲渡は、譲渡人の責任財産の独占となって、他の債権者を害することになるという考え方があります。前掲判例は、この二つの視点を公序良俗判断の枠組みとして位置づけています。

5.そして、本件類似の事案で前掲平成11年判例は、本件債権部分に係る本件債権譲渡契約の効力が否定されるべき特段の事情が存在するということはできないとして、Xの請求を棄却しました。当該医師は、収入の一部を債権譲渡しているので譲渡人の将来を含めた総合的な経済状況等から将来の倒産等の危険性、第三者(国)の利益侵害の可能性を検討し公序良俗違反とまでは判断できないというものです。契約自由の原則が基本ですから妥当な判断でしょう。

6.なお、債権譲渡の対抗要件の特別法として、平成10年10月1日から「動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」により、債権譲渡登記制度が実施されています。法改正により、平成17年10月3日から、債務者が特定されていない将来債権についても、登記することにより第三者対抗要件を備えることが可能になっています。

<参考URL、法務省の債権譲渡登記制度の解説ページ>
http://www.moj.go.jp/MINJI/saikenjouto-01.html

7.将来発生する債権の譲渡契約の有効性は、資金調達目的の債権譲渡をする際にまず問題となる争点ですので、その有効性の判断が困難な場合には、お近くの弁護士にご相談下さい。

≪条文≫

憲法
第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

民法
(基本原則)
第一条  私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2  権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3  権利の濫用は、これを許さない。
(債権の譲渡性)
第四六六条 債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。
 前項の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には、適用しない。ただし、その意思表示は、善意の第三者に対抗することができない。

≪判例参照≫

最高裁判所平成一一年一月二九日判決(供託金還付請求権確認請求事件)
「二 本件において、被上告人は、本件契約のうち譲渡が開始された昭和五七年一二月から一年を超えた後に弁済期が到来する各診療報酬債権に関する部分は無効であり、右部分に含まれる本件債権部分に係る各債権の債権者は小西であって、被上告人はこれらの債権に関する供託金についての小西の還付請求権を差し押さえたと主張して、被上告人が右各還付請求権について取立権を有することの確認を求めている。
 原審は、次のように判示して、被上告人の請求を認容すべきものとした。

1 将来発生すべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約は、始期と終期を特定して譲渡に係る範囲が確定されれば、一定額以上が安定して発生することが確実に期待されるそれほど遠い将来のものではないものを目的とする限りにおいて、有効というべきである。その有効性が認められる期間の長さは、一定額以上の債権が安定して発生すべき確実性の程度を、事案に応じ個別具体的に検討して判断されるべきであるが、医師等がその最大の収入源である診療報酬債権を将来にわたり譲渡すると経営資金が短期間のうちにひっぱくすることが予想され、社会において経済的信用が高く評価されている医師等が将来発生すべき診療報酬債権まで譲渡しようとし債権者がこれを求めることが生ずるのは、現実には右時点で既に医師等の経済的な信用状態がかなり悪化したことによるものと考えられるのであって、一般的には、前記債権譲渡契約のうち数年を超える部分の有効性は、否定されるべきである。

2 本件において、小西が上告人との間に本件契約を締結したのは、小西が不動産等の担保として確実な財産を有していなかったか、仮にこれらの財産を有していたとしてもその価値に担保としての余剰がなかったためであり、本件契約が締結された時点で、既に小西の経済的な信用状態は悪化しており、上告人もこれを認識していたものと推認することができる。本件債権部分に係る各債権は、本件契約による譲渡開始から六年七箇月を経過した後に弁済期が到来したもので、本件契約が締結された時点において債権が安定して発生することが確実に期待されるものであったとは到底いい得ないから、本件債権部分に係る本件契約の効力は、これを認めることができない。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1 将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性については、次のように解すべきものと考える。
(一)債権譲渡契約にあっては、譲渡の目的とされる債権がその発生原因や譲渡に係る額等をもって特定される必要があることはいうまでもなく、将来の一定期間内に発生し、又は弁済期が到来すべき幾つかの債権を譲渡の目的とする場合には、適宜の方法により右期間の始期と終期を明確にするなどして譲渡の目的とされる債権が特定されるべきである。 ところで、原判決は、将来発生すべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約について、一定額以上が安定して発生することが確実に期待されるそれほど遠い将来のものではないものを目的とする限りにおいて有効とすべきものとしている。しかしながら、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約にあっては、契約当事者は、譲渡の目的とされる債権の発生の基礎を成す事情をしんしゃくし、右事情の下における債権発生の可能性の程度を考慮した上、右債権が見込みどおり発生しなかった場合に譲受人に生ずる不利益については譲渡人の契約上の責任の追及により清算することとして、契約を締結するものと見るべきであるから、右契約の締結時において右債権発生の可能性が低かったことは、右契約の効力を当然に左右するものではないと解するのが相当である。
(二)もっとも、契約締結時における譲渡人の資産状況、右当時における譲渡人の営業等の推移に関する見込み、契約内容、契約が締結された経緯等を総合的に考慮し、将来の一定期間内に発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約について、右期間の長さ等の契約内容が譲渡人の営業活動等に対して社会通念に照らし相当とされる範囲を著しく逸脱する制限を加え、又は他の債権者に不当な不利益を与えるものであると見られるなどの特段の事情の認められる場合には、右契約は公序良俗に反するなどとして、その効力の全部又は一部が否定されることがあるものというべきである。
(三)所論引用に係る最高裁昭和五一年(オ)第四三五号同五三年一二月一五日第二小法廷判決・裁判集民事一二五号八三九頁は、契約締結後一年の間に支払担当機関から医師に対して支払われるべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約の有効性が問題とされた事案において、当該事案の事実関係の下においてはこれを肯定すべきものと判断したにとどまり、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性に関する一般的な基準を明らかにしたものとは解し難い。

2 以上を本件について見るに、本件契約による債権譲渡については、その期間及び譲渡に係る各債権の額は明確に特定されていて、上告人以外の小西の債権者に対する対抗要件の具備においても欠けるところはない。小西が上告人との間に本件契約を締結するに至った経緯、契約締結当時の小西の資産状況等は明らかではないが、診療所等の開設や診療用機器の設置等に際して医師が相当の額の債務を負担することがあるのは周知のところであり、この際に右医師が担保として提供するのに適した不動産等を有していないことも十分に考えられるところである。このような場合に、医師に融資する側からすれば、現に担保物件が存在しなくても、この融資により整備される診療施設によって医師が将来にわたり診療による収益を上げる見込みが高ければ、これを担保として右融資を実行することには十分な合理性があるのであり、融資を受ける医師の側においても、債務の弁済のために、債権者と協議の上、同人に対して以後の収支見込みに基づき将来発生すべき診療報酬債権を一定の範囲で譲渡することは、それなりに合理的な行為として選択の対象に含まれているというべきである。このような融資形態が是認されることによって、能力があり、将来有望でありながら、現在は十分な資産を有しない者に対する金融的支援が可能になるのであって、医師が右のような債権譲渡契約を締結したとの一事をもって、右医師の経済的な信用状態が当時既に悪化していたと見ることができないのはもとより、将来において右状態の悪化を招来することを免れないと見ることもできない。現に、本件において、小西につき右のような事情が存在したことをうかがわせる証拠は提出されていない。してみると、小西が本件契約を締結したからといって、直ちに、本件債権部分に係る本件契約の効力が否定されるべき特段の事情が存在するということはできず、他に、右特段の事情の存在等に関し、主張立証は行われていない。
 そうすると、本件債権部分に係る本件契約の効力を否定して被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用の誤りがあるというほかなく、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、論旨のその余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、右に説示したところに徴すれば、被上告人の本件請求は、理由がないことが明らかであるから、右請求を認容した第一審判決を取消し、これを棄却すべきである。」

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