新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1036、2010/7/7 12:07 https://www.shinginza.com/idoushin.htm

【医業停止命令中の禁止事項・病院の管理者になれるか・医療法人の理事になれるか】

質問:医師法7条2項による医業停止命令を受けました。私はある病院で院長として勤務し,保健所には病院の管理者として届出をされています。また,その病院を経営している医療法人社団の理事でもあります。病院勤務自体を辞めなければなりませんか。医業停止期間中に私ができること,してはならないことについて教えてください。

回答
1.医業停止とは字義どおり「医業」ができなくなることですので,医師法上の医業をどう解するかを押さえる必要があります。
2.病院との労働契約を終了させる必要はありません。
3.病院の管理者については法律上管理者の資格を失うという明確な規定はありませんが、解釈上、変更の届をするよう求めているのが行政の運用です。従って、退任届を提出し、停止期間経過後(再教育も終了)に就任するのが厚生労働省の指導方針に合致することになります。管理者に、医療の安全を保持し国民の生命、健康を守るための任務がある以上(医療法15条乃至16条の3)、妥当な解釈、運用と考えられます。
4.医療法人の理事については罰金以上の刑事処分を受けたのでない限り退任する必要はありません。刑事罰を受けた場合は、執行猶予中であれば猶予期間経過後、刑の執行を受けたのであれば執行終了後に就任できます。但し、医療法、医師法等の規定により処罰された場合は、さらに2年の期間経過が必要です。理事は、法人運営の意思決定機関でありますが、実際に医療行為を行う地位にはありませんので医師の資格は必要ではありません。私立大学の理事に大学教授でない人でも就任できるのと同様です。ただ、医療法人は公益法人ですのでその他の公益法人と同じように刑罰法規等に違反していないという一定の資格が要請されています。
5.「院長」などの肩書は,法令上の用語ではないので,それを用いること自体は規制されていません。
6.病院内で事務職員としての業務に従事することは差し支えありません。もっとも,医師として医業に従事しているのではないかという疑いを向けられるような振舞いは慎むべきです。
7.法律相談事例集キーワード検索869番参照。

解説
【医業の定義】
 医師法第7条第2項第2号は「3年以内の医業の停止」と規定しており,ここにいう「医業」とは,医師法第17条(医師でなければ,医業をなしてはならない。)にいう「医業」と同義であると解されます。
 そこで,第17条の「医業」とは何を指すか,その定義が問題となります。この点,厚労省医政局長が都道府県知事宛てに解釈に関する通知(医政発第0726005号http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/171108-e.pdf,平成17年7月26日付け)をしていますのでこれが参考になります。それによると,医業とは「当該行為を行うに当たり,医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし,又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を,反復継続する意思を持って行うことである」とされています。医業停止中に医業を行った者に対しては,医師法第32条によって刑罰(1年以下の懲役か50万円以下の罰金,またはその両方)が科せられますが,ここにいう「医業」もそれと同義です。

【問題点】
 他方,条文の文言をそのまま読む限りは,医業以外の行為は禁止されていません。医師免許取消しの場合と異なり,医師免許・医籍も維持され,医師たる資格自体は残り,ただ医師だけに許されたはずの医業をすることが禁じられている状態と解することができます。医師たる資格に基づいて医療法人の理事となること,病院の管理者となること,医師たる資格を表示しつつ実際は病院の経営業務に従事すること等は,明文では禁止されていないことになります。法律の最終的な解釈権者は裁判所であり,行政庁ではありません。訴訟において,行政側の解釈が裁判所によって覆されることは当然ありえます。しかしながら,それまでの間,行政庁は,自己の解釈が真に正しいものかどうかはともかくとして,それに従って行政実務を遂行します。従って,裁判例のない部分については,行政庁による実務の運用に一層注意をする必要があります。

【病院との労働契約を継続することの可否】
 病院との労働契約を終了させる必要はありません。医業停止処分は,前記の「医業」をしてはならないと命じるのみですので,病院(厳密にはそれを運営する医療法人)との間の労働契約という私法上の契約関係にまで容喙しえないことは当然といえるでしょう。もっとも,医業停止になったことにより,病院側が契約を解除すると主張してくるおそれはあります。この場合,医業停止となった期間が短いとか,処分の原因となった事実が比較的軽微なものであるとか,個別の事情によっては解雇権の濫用として争える可能性があるでしょうから,念のため弁護士にご相談することをお勧めします。
 他方,仮に契約を維持してもらえる場合には,医業に従事できない期間の給与その他の労働条件について多少の不利益変更は甘受せざるを得ないでしょう。

【医療法上の病院等の管理者に就任・留任することの可否】
 管理者については,少なくとも医業停止処分を受けた場合の再教育を修了するまでの間はこれに就くことができないとするのが厚生労働省の見解で,現に管理者になっている者に対しては,保健所へ退任届をするように求めています。その根拠は,医療法第10条第1項「病院又は診療所の開設者は,その病院又は診療所が医業をなすものである場合は臨床研修等修了医師に,歯科医業をなすものである場合は臨床研修等修了歯科医師に,これを管理させなければならない。」という規定の,臨床研修「等」の「等」の部分に医業停止処分を受けた場合の再教育も含まれているので,再教育が修了していない間は,管理者の地位につくことができないということのようです。上記の根拠を前提とすると,再教育は業務停止期間中に行われますので,それを修了しさえすれば再度管理者になることが可能とも思えます。
 ところが,このように考えることには危険があります。医療法第25条第1項等に基づく病院等への立入検査制度の運用においては,管理者は医師として業務を遂行することを前提としている者なので医業停止期間中の者は就任しえないと解されているからです。
そうすると,最も安全なのは,医業停止処分期間が満了し,かつ,再教育を修了したときまで待つという選択になるでしょう。
 なお,こうした運用から,退任届の遅れは医療法の届出義務違反となりますが,厚生労働省でも,数日遅れただけで直ちに告発するということまではしていないようです。もっとも,保健所への届出事項については,行政機関にとっては自ら保管する資料から比較的容易に調査しうるものといえ,その届出状況をもって立入検査実施の端緒のひとつとしていると留意すべきです。
 病院や診療所に管理者が必要とされている理由はどこにあるのでしょうか。それは,医療が医師をはじめとする医療従事者の協同によって行われる専門的な業務であり,しかも医療を受ける者の生命の安全や健康といった重大な利益に直結する業務であることに求めることができます。病院や診療所は,こうした医療を適切に提供する場としての役割を担っているため,その管理者として,医療業務の内容を理解し,かつ実践することができる資格者を充てることが要請されているのだと考えることができるのです。

【医療法人の理事に就任・留任することの可否】
 医療法人における理事の欠格事由については,医療法第46条の2第2項各号に列挙されていますが,医業停止期間中であることについては掲げられていません。
したがって,罰金以上の刑に処せられた場合には所定期間欠格事由に該当することになりますが,診療報酬不正請求事案などで刑事処分を受けずに医業停止を命じられた場合であれば,留任することができます。

【院長等の肩書を表示することの可否】
 医療法人から「院長」の肩書きを受けている場合,その表示は変更を要するでしょうか。この点,「院長」は法令上の用語ではなく,これを規制する法令上の根拠がないので,規制することはできません。とはいえ,事実上,「院長」とは医療法の「管理者」と同義または類似の意味を有して通用していますので,厚生労働省が相談を受けた際は「可能な限り,停止期間中は院長や医師の表示を隠すようにしたらどうか」と助言しているそうです。このように,厚生労働省としては,管理者の変更手続がなされていれば,さほど問題とは考えていないものと見ることができます。

【その他,病院内でなしうること】
 医業停止期間中も病院との間での労働契約を継続させることができた場合,休職したり,有給休暇を取得したりすることが考えられますが,出勤した場合,どのような業務に従事することができるのでしょうか。
 この点,禁止されているのはあくまで冒頭の定義による「医業」ですので,事務職員と同じように仕事をすることは問題ないといえます。受付や会計等の事務作業に従事することはもちろん,病院内で患者に対して挨拶することも差し支えないでしょう。
では,白衣を着て,あたかも医業に従事しているかのような外観を作出することはどうでしょうか。
 まず,白衣を着用すること自体は医業ではありません。そのうえで病院内を歩いたからといって直ちに医業をしているとまでは言えません。しかしながら,他の事務職員が白衣を着ていないのに白衣を着て,患者と病気の内容について話をしたとすれば,問診をしているのではないかとの誤解を受ける恐れがありますから,それは慎むべきです。患者から,「あの先生は医業停止中なのにどうして病院で医師として振る舞っているのか。」という趣旨の問い合わせが保健所に寄せられたことが実際あるそうです。
 また,医業停止期間中に一度だけ診療行為をしたということで,再度,より重い処分を受けることとなったという事例もあるようです。行政処分にとどまらず,刑事罰も科されることがありますので,医業停止期間中に医業をすることはもってのほかとお心得ください。

【参照法令】

≪医師法≫
第7条第2項
医師が第4条各号のいずれかに該当し,又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは,厚生労働大臣は,次に掲げる処分をすることができる。
一  戒告
二  三年以内の医業の停止
三  免許の取消し
第17条
医師でなければ,医業をなしてはならない。
第32条
第7条第2項の規定により医業の停止を命ぜられた者で,当該停止を命ぜられた期間中に,医業を行ったものは,1年以下の懲役若しくは50万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。

≪医療法≫
第一章 総則
第一条  この法律は、医療を受ける者による医療に関する適切な選択を支援するために必要な事項、医療の安全を確保するために必要な事項、病院、診療所及び助産所の開設及び管理に関し必要な事項並びにこれらの施設の整備並びに医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携を推進するために必要な事項を定めること等により、医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り、もつて国民の健康の保持に寄与することを目的とする。
第一条の二  医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身の状況に応じて行われるとともに、その内容は、単に治療のみならず、疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む良質かつ適切なものでなければならない。
2  医療は、国民自らの健康の保持増進のための努力を基礎として、医療を受ける者の意向を十分に尊重し、病院、診療所、介護老人保健施設、調剤を実施する薬局その他の医療を提供する施設(以下「医療提供施設」という。)、医療を受ける者の居宅等において、医療提供施設の機能(以下「医療機能」という。)に応じ効率的に、かつ、福祉サービスその他の関連するサービスとの有機的な連携を図りつつ提供されなければならない。
第10条第1項
病院又は診療所の開設者は,その病院又は診療所が医業をなすものである場合は臨床研修等修了医師に,歯科医業をなすものである場合は臨床研修等修了歯科医師に,これを管理させなければならない。
第十五条  病院又は診療所の管理者は、その病院又は診療所に勤務する医師、歯科医師、薬剤師その他の従業者を監督し、その業務遂行に欠けるところのないよう必要な注意をしなければならない。
2  助産所の管理者は、助産所に勤務する助産師その他の従業者を監督し、その業務遂行に遺憾のないよう必要な注意をしなければならない。
3  病院又は診療所の管理者は、病院又は診療所に診療の用に供するエックス線装置を備えたときその他厚生労働省令で定める場合においては、厚生労働省令の定めるところにより、病院又は診療所所在地の都道府県知事に届け出なければならない。
第十五条の二  病院、診療所又は助産所の管理者は、病院、診療所又は助産所の業務のうち、医師若しくは歯科医師の診療若しくは助産師の業務又は患者、妊婦、産婦若しくはじよく婦の入院若しくは入所に著しい影響を与えるものとして政令で定めるものを委託しようとするときは、当該病院、診療所又は助産所の業務の種類に応じ、当該業務を適正に行う能力のある者として厚生労働省令で定める基準に適合するものに委託しなければならない。
第十六条  医業を行う病院の管理者は、病院に医師を宿直させなければならない。但し、病院に勤務する医師が、その病院に隣接した場所に居住する場合において、病院所在地の都道府県知事の許可を受けたときは、この限りでない。
第十六条の二  地域医療支援病院の管理者は、厚生労働省令の定めるところにより、次に掲げる事項を行わなければならない。
一  当該病院の建物の全部若しくは一部、設備、器械又は器具を、当該病院に勤務しない医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療従事者の診療、研究又は研修のために利用させること。
二  救急医療を提供すること。
三  地域の医療従事者の資質の向上を図るための研修を行わせること。
四  第二十二条第二号及び第三号に掲げる諸記録を体系的に管理すること。
五  当該地域医療支援病院に患者を紹介しようとする医師その他厚生労働省令で定める者から第二十二条第二号又は第三号に掲げる諸記録の閲覧を求められたときは、正当の理由がある場合を除き、当該諸記録のうち患者の秘密を害するおそれのないものとして厚生労働省令で定めるものを閲覧させること。
六  他の病院又は診療所から紹介された患者に対し、医療を提供すること。
七  その他厚生労働省令で定める事項
2  地域医療支援病院の管理者は、居宅等における医療を提供する医療提供施設、介護保険法第八条第四項 に規定する訪問看護を行う同法第四十一条第一項 に規定する指定居宅サービス事業者その他の居宅等における医療を提供する者(以下この項において「居宅等医療提供施設等」という。)における連携の緊密化のための支援、医療を受ける者又は地域の医療提供施設に対する居宅等医療提供施設等に関する情報の提供その他の居宅等医療提供施設等による居宅等における医療の提供の推進に関し必要な支援を行わなければならない。
第十六条の三  特定機能病院の管理者は、厚生労働省令の定めるところにより、次に掲げる事項を行わなければならない。
一  高度の医療を提供すること。
二  高度の医療技術の開発及び評価を行うこと。
三  高度の医療に関する研修を行わせること。
四  第二十二条の二第三号及び第四号に掲げる諸記録を体系的に管理すること。
五  当該特定機能病院に患者を紹介しようとする医師その他厚生労働省令で定める者から第二十二条の二第三号又は第四号に掲げる諸記録の閲覧を求められたときは、正当の理由がある場合を除き、当該諸記録のうち患者の秘密を害するおそれのないものとして厚生労働省令で定めるものを閲覧させること。
六  他の病院又は診療所から紹介された患者に対し、医療を提供すること。
七  その他厚生労働省令で定める事項
2  特定機能病院の管理者は、第三十条の四第二項第二号に規定する医療連携体制が適切に構築されるように配慮しなければならない。
第25条
1項
都道府県知事,保健所を設置する市の市長又は特別区の区長は,必要があると認めるときは,病院,診療所若しくは助産所の開設者若しくは管理者に対し,必要な報告を命じ,又は当該職員に,病院,診療所若しくは助産所に立ち入り,その有する人員若しくは清潔保持の状況,構造設備若しくは診療録,助産録,帳簿書類その他の物件を検査させることができる。
2項
都道府県知事,保健所を設置する市の市長又は特別区の区長は,病院,診療所若しくは助産所の業務が法令若しくは法令に基づく処分に違反している疑いがあり,又はその運営が著しく適正を欠く疑いがあると認めるときは,当該病院,診療所又は助産所の開設者又は管理者に対し,診療録,助産録,帳簿書類その他の物件の提出を命ずることができる。
3項ないし5項 略
第46条の2
1項 略
2項
次の各号のいずれかに該当する者は,医療法人の役員となることができない。
一  成年被後見人又は被保佐人
二  この法律,医師法,歯科医師法その他医事に関する法令の規定により罰金以上の刑に処せられ,その執行を終わり,又は執行を受けることがなくなった日から起算して2年を経過しない者
三  前号に該当する者を除くほか,禁錮以上の刑に処せられ,その執行を終わり,又は執行を受けることがなくなるまでの者
3項 略

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