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- No.1005
再開発ビルの再入居賃料
【行政|都市再開発法|再入居賃料確定手続|賃貸人と賃借人の利益対立|東京地方裁判所令和6年1月31日裁定賃料変更請求事件判決】
質問
十数年にわたって駅前ビルに入居して居住しておりましたが、再開発事業が施行させることになり、一旦退去して建て替え後に再入居することになりました。再開発ビルの竣工も近づき、家主から再開発ビルの再入居する住戸について賃貸借契約の賃料額をどうするか協議したいと連絡を受けました。私としては、何十年も同じ賃料で居住してきたのだからそのままの額でお願いしたいと思っていますが、家主側は新築ビルなので相場が上がっていると主張してどうしても増額を主張しています。意見が相違している場合はどうなるのですか。賃料を決める手続きも教えてください。
回答
1、 都市再開発法に基づく再開発事業によるビルの建て替え後の賃料額について、都市再開発法102条1項で、従前家主と借家権者が協議して賃料その他の借家条件を定めることとされています。協議で決めるのが原則ですが、協議がまとまらない場合は、家主または借家権者は、再開発組合に対して申し立てて借家条件の裁定を受けることができます。裁定賃料に納得できない場合は、裁定があってから60日以内に裁定賃料変更請求訴訟を提起することができます。
2、 従前の所有者賃貸人が権利変換により新しい建物の権利を取得した場合は、従前の建物所有者、賃貸人が、新しい建物の賃貸人になりますが、従前の建物の所有者賃貸人が地区外退去、転出をした場合は、参加組合員が取得した保留床という建物が賃貸建物となりますから、その場合は、賃貸人も変わることになります。その場合の賃貸借契約の条件は協議ではなく権利変換および再開発組合の確定手続きにより定められることになります。その場合も不服があれば、裁判所への不服申し立てができます。
3、 賃貸についての協議が整わない場合の、参考裁判例がありますのでご紹介致します。裁判所は、従前家主が退去した場合の賃料確定手続き(都市再開発法103条1項)を参照することによる賃料裁定を適法と認めています。これは、ビル建て替えに要した事業費、評価基準日における近隣類似の同種建築物に関する取引価格等を考慮して定めることとされています。勿論、この手続きでも、従前の経緯は考慮に入りますが、近隣時価相場を考慮して定められることになりますので、従前家賃よりも上がってしまうことも勿論あります。
4、 お困りの場合は、経験のある法律事務所にご相談なさると良いでしょう。賃料裁定前の当事者間の協議段階から、代理人弁護士に仲介してもらうこともできます。
解説
1、 初めに、簡単に都市再開発法が定める再開発事業について簡単に説明します。
都市再開発法の条文は次の通りです。
都市再開発法1条(目的)この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。6条(都市計画事業として施行する市街地再開発事業)
1項 市街地再開発事業の施行区域内においては、市街地再開発事業は、都市計画事業として施行する。
このように、地震や火災時の被害を抑えるため、また、土地の有効活用を図って国民経済の振興を図るために、市街地の区域一帯の建て替え事業が「都市計画事業」として行われることが法定されています。これは民間の建て替え事業とは異なり、空港や道路整備と同様の公益事業として、土地収用法や行政代執行法の手続きも援用し得る、強制力を持った行政手続きとして施行されるものであることを意味します。
都市再開発法では権利変換手続きという特殊な手続きにより、従前の建物の権利関係は消滅し、従来の権利者等に新しいビルの権利が与えられることになっています。権利変換手続では、組合が定めた計画を都道府県知事や国土交通大臣が認可した場合に、権利変換期日に次の(1)~(4)の効力が生じます。
(1)施行区域内の土地は、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属する(都市再開発法87条1項前段)。
(2)従前の土地を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する(都市再開発法87条1項後段)。
(3)施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者(組合)に帰属する(都市再開発法87条2項前段)。
(4)当該建築物を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する(都市再開発法87条2項後段)。
建物所有権は一旦再開発組合に権利が移行しますが、建物除却及び再建築を経て、新しい建物の権利は、権利変換計画に定められた者が新たに取得することができます(都市再開発法73条1項2号)。建物に関する借家権は、都市再開発法87条2項後段により、権利変換期日に一旦全て「消滅」し、再建築後の建物に新たな借家権が割り当てられることになります(都市再開発法77条5項)。
再開発区域内の面積と人数で3分の2以上という多数の意思形成は必要ですが、逆に言えば、区域住民の大多数が同意できるような事業計画を提示できれば、多少の反対があっても事業を進めることができるように法令が整備されています。
この権利変換期日に至るまでのスケジュールの概要を示します。
準備組合設立(説明会、勉強会)↓
都市計画案、事業計画案
↓
都市計画案提出
↓
都道府県の都市計画審議会(年4回程度開催)で再開発促進区を定める都市計画案承認決議
↓
都道府県知事による都市計画決定告示(審議会から通常1ヶ月程度)
↓
準備組合において、再開発事業計画案承認、及び再開発組合設立決議
↓
第一種市街地再開発組合設立認可申請
↓
都道府県の審査(数ヶ月程度)を経て事業計画案の縦覧(2週間)
↓
組合設立認可
↓
再開発組合において、権利変換計画案承認決議
↓
権利変換計画案認可申請
↓
都道府県の審査(数ヶ月程度)を経て権利変換計画案の縦覧(2週間)
↓
権利変換計画認可
↓
権利変換期日(権利変換の効力発生=建物借家権消滅)
2、都市再開発法における借家権の取り扱い
(1)家主が再入居を選択した場合
家主が「権利変換を希望しない旨の申し出(転出届、都市再開発法71条1項)」を提出しない場合は、原則通り家主が権利変換を受けて、再建築ビルに区分所有建物を取得することになります。借家人は、当該区分所有権の上に、借家権を取得します(都市再開発法77条5項)。
都市再開発法77条5項本文 権利変換計画においては、第七十一条第三項の申出をした者を除き、施行地区内の土地(指定宅地を除く。)に権原に基づき建築物を所有する者から当該建築物について賃借権の設定を受けている者(その者が更に賃借権を設定しているときは、その賃借権の設定を受けた者)又は施行地区内の土地(指定宅地を除く。)に存する建築物について配偶者居住権を有する者から賃借権の設定を受けている者に対しては、第一項の規定によりそれぞれ当該建築物の所有者に与えられることとなる施設建築物の一部について、賃借権が与えられるように定めなければならない。
但しこの条文では、「借家権が与えられる」ことしか規定していませんので、具体的に再開発ビルが竣工した後の賃料額をどうすべきかについて何らかの条件を定めているものではありません。借家権は権利変換されますが、従前借家権と従後の借家権は対象となる建物が異なる以上、別の契約となります。従前賃料額がそのまま新しい借家権に移行するわけではありません。第一義的には、家主と賃借人の協議により借家条件を定めるべきこととされています(都市再開発法102条1項)。
都市再開発法102条1項 権利変換計画において施設建築物の一部等が与えられるように定められた者と当該施設建築物の一部について第七十七条第五項本文の規定により賃借権が与えられるように定められた者は、家賃その他の借家条件について協議しなければならない。
工事完了公告の日までに協議が整わない場合(協議が成立しない場合)は、当事者の一方または双方は、再開発組合に対して借家条件を定める裁定を行うよう求めることができます(都市再開発法102条2項)。
都市再開発法102条2項 第百条第二項の規定による公告の日までに前項の規定による協議が成立しないときは、施行者は、当事者の一方又は双方の申立てにより、審査委員の過半数の同意を得、又は市街地再開発審査会の議決を経て、次に掲げる事項について裁定することができる。この場合においては、第七十九条第二項後段の規定を準用する。一号 賃借りの目的
二号 家賃の額、支払期日及び支払方法
三号 敷金又は賃借権の設定の対価を支払うべきときは、その額
裁定申し立ての手続きは、組合に書面を提出し、面接期日(組合が当事者の意見を聞く期日)を経た上で(都市再開発法施行規則35条)、多くの組合では不動産鑑定士の鑑定を経て、また、審査委員の過半数の同意を得て、理由を記した書面を交付することにより通知され、効力を発生します。組合が裁定を行う際は、「賃借りの目的については賃借部分の構造及び賃借人の職業を、家賃の額については賃貸人の受けるべき適正な利潤を、その他の事項についてはその地方における一般の慣行」を考慮して定めなければならないとされています(都市再開発法102条3項)。
都市再開発法施行規則35条(借家条件の裁定手続)1項 法第百二条第二項(法第百十八条の二十二第二項において準用する場合を含む。)の裁定の申立てをしようとする者は、別記様式第十六の裁定申立書を施行者に提出しなければならない。
2項 施行者は、裁定前に当事者の意見をきかなければならない。
3項 裁定は、文書をもつてし、かつ、その理由を附さなければならない。
4項 施行者は、裁定書の正本を当事者双方に送付しなければならない。
都市再開発法102条3項 施行者は、前項の規定による裁定をするときは、賃借りの目的については賃借部分の構造及び賃借人の職業を、家賃の額については賃貸人の受けるべき適正な利潤を、その他の事項についてはその地方における一般の慣行を考慮して定めなければならない。
裁定が通知されると当事者間に協議が整ったものとみなされますが、不服のある当事者は60日以内に裁定賃料変更請求の訴えを地方裁判所に起こすことができます(都市再開発法102条6項)。
(2)家主が転出を選択した場合
家主が「権利変換を希望しない旨の申し出(転出届、都市再開発法71条1項)」を提出した場合は、家主が取得しなくなった区画は施行者(再開発組合)が保留床として取得することになりますので、借家人は、組合を家主とする借家権を取得することになります(都市再開発法77条5項但し書き)。組合は、「借家権の負担のある建物」として、参加組合員や、第三者に対して保留床を譲渡して、事業費に充てることになります。
都市再開発法77条5項但し書き ただし、当該建築物の所有者が同条第一項の申出をしたときは、前項の規定により施行者に帰属することとなる施設建築物の一部について、賃借権が与えられるように定めなければならない。
組合が取得する保留床を賃貸する場合の標準家賃額の概要は、権利変換計画に定める事項とされています。
都市再開発法73条1項17号 施行者が施設建築物の一部を賃貸しする場合における標準家賃の概算額及び家賃以外の借家条件の概要
この標準家賃額は、再開発ビルを建設するのに要した事業費の償却費、つまり年間4~8パーセントなどの還元利回りで当該区画に関して費用回収できる額、建物修繕費用、管理事務費、地代や公租公課、貸し倒れや空き家の引当金を加算して算出されます(都市再開発法施行令30条1項)。
都市再開発法施行令第30条(施設建築物の一部の標準家賃の概算額)1項 施行者が施設建築物の一部を賃貸しする場合における標準家賃の概算額は、当該施設建築物の一部の整備に要する費用の償却額に修繕費、管理事務費、地代に相当する額、損害保険料、貸倒れ及び空家による損失をうめるための引当金並びに公課(国有資産等所在市町村交付金を含む。)を加えたものとする。
実際に建物が完成すると工事費用などもすべて確定するので、再開発組合は、各賃借人に対して、確定した賃料額を通知します(都市再開発法103条1項)。この時の確定方法は、「当該事業に要した費用の額を確定するとともに、政令で定めるところにより、その確定した額及び第八十条第一項に規定する三十日の期間を経過した日における近傍類似の土地、近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額を基準として」定められることになります。
その際に、賃貸借契約の従前の経緯を「借家権の価格」として織り込むべきことが定められています(都市再開発法施行令41条2項、都市再開発法施行規則36条)。具体的に言えば、従前借家権の価格よりも、新しい建物の借家権価格の方が大きい時は、当該差額を相当期間で償却できるように標準家賃から控除(値引きする)ということになります。例えば、入居時に1000万円の権利金を払って入居したのに(借家権価格1000万円)、新しい建物では権利金も無く転貸もできないので実質的に借家権価格がゼロと考えられる場合は、1000万円の借家権を喪失することになるので、例えば10年間で償却するとすれば年間100万円ずつ、標準家賃からこの償却額を控除して賃料額を確定させるということです。最初の入居時に当事者の合意で賃料相場よりも安めの賃料額を定めていた場合は、当該「借り得」部分を、借家権価格として評価することもあります。安めの賃料で借りていたので、当該契約には価値があるという考え方です。
都市再開発法施行令41条2項 法第百三条第一項の規定による施設建築物の一部の家賃の額は、第三十条の規定の例により定めた標準家賃の額に、国土交通省令で定めるところにより、当該施設建築物の一部について賃借権を与えられることとなる者が施行地区内の建築物について有していた賃借権の価額を考慮して、必要な補正を行つて確定しなければならない。都市再開発法施行規則36条(標準家賃の額の確定の補正方法)令第四十一条第二項の標準家賃の額の補正は、令第三十条の規定の例により定めた標準家賃の月額から、施設建築物の一部について賃借権を与えられることとなる者が施行地区内の建築物について有していた賃借権の価額を当該賃借権の残存期間、近隣の同類型の借家の取引慣行等を総合的に比較考量して施行者が定める期間で毎月均等に償却するものとして算定した償却額を控除して行なうものとする。
このようにして確定された賃料額についても不服のある借家人は、60日以内に変更請求の訴えを提起することができます(都市再開発法103条2項)。
3、参考判例
従来7万円で賃借していた借家人が、家主との賃料協議が不調となり、組合の裁定で10万3千円とされたことを不服として変更請求の訴えを提起した事案について判例がありますので、ご紹介致します。裁判所は結果として、変更を認めませんでしたが、賃料額の確定に関する考え方をいくつか提示しています。
※参考事情従前家賃7万円
家主が裁定を申し出た家賃額10万3000円
不動産鑑定士が都再法103条方式により算定した額11万1000円
不動産鑑定士が不動産鑑定評価手法により算定した額11万3000円
※東京地方裁判所令和6年1月31日裁定賃料変更請求事件判決
『第3 当裁判所の判断
当裁判所は、本件建物に係る「賃貸人が受けるべき適正な利潤」(法102条3項)を考慮した「家賃の額」(同条2項2号)は、月額10万3000円(管理費別)であると認められ、本件裁定における同旨の判断は正当であって、原告の請求には理由がないと判断する。その理由は次のとおりである。
1 判断の枠組み
(1) 「賃貸人の受けるべき適正な利潤」について
都市再開発は、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図るために行われ(法1条)、これにより、建築物が更新されるだけでなく、周辺環境も良好な状態に変化することが前提とされている。そうすると、「賃貸人の受けるべき適正な利潤」とは、施設建築物及び周辺環境の更新後の状況を踏まえ、従後建物の所有権者である賃貸人がどの程度の利潤を得ることが相当であるかという観点からこれを決すべきである。
(2) 法102条2項に基づく裁定における家賃の額の決定に当たり、法103条方式による算定結果を参照することの適否
法は、従前の賃貸人が権利変換を希望しない旨の申出をした結果、賃貸人が施行者に変更される場合(施行者賃貸の場合)の家賃の額については、詳細な算定方式(法103条方式)を定めているところ、これは、他の賃借人や関係権利者との間の公平を期すために、あらかじめ一定の基準となる標準家賃の概算額(法73条、81条)を定めた上で、標準家賃の概算額を基準として個別の家賃の額を定めることとしたものと解される。これに対し、従前の賃貸人が権利変換後も賃貸人となる場合(施行者以外賃貸の場合)の家賃の額については、当事者の協議によることとし、協議が成立しないときは、施行者は、所定の手続を経た上で裁定を行うこととしているところ(法102条2項)、法は、施行者がこの裁定を行うに当たり、法103条方式のような詳細な算定方式を定めず、「賃貸人の受けるべき適正な利潤」を考慮して定めなければならないと定めるにとどめている。
このような法の定め方からすると、法102条2項の裁定においては、相応の合理性のある算定方式に基づいて賃貸人の受けるべき適正な利潤が考慮され、家賃の額が定められたのであれば、違法の問題は生じないと解される。
そして、法103条方式は、その内容(別紙3参照)に照らし、相応の合理性のある家賃の額の算定方法であり、一般に、これによって得られた家賃の額は、「賃貸人の受けるべき適正な利潤」を考慮したものということができる上、従前の賃貸人が権利変換を希望しない旨の申出をした結果、施行者賃貸となり、法103条方式により家賃の額を定めることになる場合と、従前の賃貸人が権利変換後も賃貸人となり(施行者以外賃貸)、当事者間の協議が整わずに法102条による裁定で家賃の額を定める場合とで、従後建物の「家賃の額」が異なることに特段の合理性は認められないことからすると、法102条2項の裁定における「家賃の額」の算定に当たり、法103条方式に基づき算定された月額賃料を参照することには、相応の合理性があるというべきである。
以上によれば、法102条2項の裁定における家賃の額の決定において、施行者賃貸における家賃の額の算定方式である法103条方式により算定された月額賃料を参照するなどして家賃の額を裁定したとしても、法103条方式を用いることが不合理であるといえる特段の事情があり、このため賃貸人の受けるべき適正な利潤が考慮されているとは認められない場合でない限り、適法なものということができる。 』
(1)都市再開発法102条3項の解釈
裁判所は、都再法102条3項の「賃貸人の受けるべき適正な利潤」について、
都市再開発が都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図るために行われ(法1条)、これにより建築物が更新されるだけでなく、周辺環境も良好な状態に変化することが前提とされているため、「賃貸人の受けるべき適正な利潤」とは、施設建築物及び周辺環境の更新後の状況を踏まえ、従後建物の所有権者である賃貸人がどの程度の利潤を得ることが相当であるかという観点からこれを決すべきである、としています。再開発ビルが建て替えられて新築となっているから、その事情も考慮に入れるべきと判断しています。
(2)都市再開発法103条方式について
裁判所は、家主が権利変換を受ける場合には102条3項により賃料額が定められるとし、家主が権利変換を受けない場合は103条1項により賃料額が定められるとした上で、家主が権利変換を希望しない申し出を提出して転出した場合と、家主が権利変換を受ける場合とで、賃借人の家賃額が異なることになる合理性は認められないから、また、近隣相場を考慮して定める103条方式には相応の合理性のある家賃算定方法であるし、103条方式によって賃料を定めた場合には「賃貸人の受けるべき適正な利潤」を考慮したものということができるとして、家主が権利変換を受ける場合でも、103条方式を参照して組合の家賃裁定を行うことは適法であるとしています。
(3)判例検討
都市再開発法103条1項の賃料確定方式では、都市再開発法施行令41条2項と、都市再開発法施行規則36条で、従前借家権の価格を考慮して賃料額が確定される仕組みとなっています。つまり、新しい建物賃貸借契約の賃料額は、完全にゼロベースで賃料額が定められるのではなく、従来の借家権の価格を考慮に入れて、もしも新旧借家権価格に差額があるのであれば、差額を償却できるようにして定められることになります。
この従前借家権価格の考慮が、実質的に、都市再開発法102条3項の「賃貸人の受けるべき適正な利潤」を反映した賃料額と相当額になるという判断をしているのです。
確かに、家主が権利変換を受けるかどうかは、賃借人には何の関わりもない事項であり、また何ら落ち度も帰責性も無いことですから、家主の選択により、賃借人に有利になったり不利益を負わせることは公平の原則に反することになります。都市再開発法102条3項と、103条1項の解釈において、できる限り差異の生じないように解釈しようとする裁判所の考え方は妥当なものと言えるでしょう。勿論、このような基本的な考え方があるとしても、「賃料相場」や「借家権価格」については、当事者双方で意見が異なる場合もあるでしょうから、双方が十分な証拠資料を提出して主張立証を行うことは大切なことです。裁判所は、近隣賃料相場という客観的事情と、従来の賃貸借契約締結の経緯という主観的事情を総合考慮して新しい家賃額を定めることになります。
4、まとめ
ご紹介した裁判例では、家主側と借主側の意見の相違は数万円の範囲内でしたが、賃貸面積が大きかったり、賃貸期間が長かったりすれば、家主側と借主側の相違額の乖離が大きくなることも十分考えられることです。
都市再開発法の解釈では、「公益事業であること(都市再開発法1条)」、「当事者の公平が重要とされていること(都市再開発法74条2項)」、「再入居が原則であること(都市再開発法71条3項)」、が重要な解釈の指針となります。例えば再開発ビルが竣工したら家賃が高くなりすぎて、賃借人が全員退去せざるを得なかったというような事態が生じたならば、それは、本来公平であるべき市街地再開発事業の趣旨を逸脱し家主側に著しく偏った再開発事業であると言わざるを得ません。お困りの場合は、入居時の賃貸借契約書を用意して、賃料協議の段階から、将来の賃料変更請求訴訟を見据えて、経験のある法律事務所にご相談なさると良いでしょう。
関連事例集
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※参考条文
都市再開発法
102条(借家条件の協議及び裁定)
1項 権利変換計画において施設建築物の一部等が与えられるように定められた者と当該施設建築物の一部について第七十七条第五項本文の規定により賃借権が与えられるように定められた者は、家賃その他の借家条件について協議しなければならない。
2項 第百条第二項の規定による公告の日までに前項の規定による協議が成立しないときは、施行者は、当事者の一方又は双方の申立てにより、審査委員の過半数の同意を得、又は市街地再開発審査会の議決を経て、次に掲げる事項について裁定することができる。この場合においては、第七十九条第二項後段の規定を準用する。
一号 賃借りの目的
二号 家賃の額、支払期日及び支払方法
三号 敷金又は賃借権の設定の対価を支払うべきときは、その額
3項 施行者は、前項の規定による裁定をするときは、賃借りの目的については賃借部分の構造及び賃借人の職業を、家賃の額については賃貸人の受けるべき適正な利潤を、その他の事項についてはその地方における一般の慣行を考慮して定めなければならない。
4項 第二項の規定による裁定があつたときは、裁定の定めるところにより、当事者間に協議が成立したものとみなす。
5項 第二項の裁定に関し必要な手続に関する事項は、国土交通省令で定める。
6項 第二項の裁定に不服がある者は、その裁定があつた日から六十日以内に、訴えをもつてその変更を請求することができる。
7項 前項の訴えにおいては、当事者の他の一方を被告としなければならない。
103条(施設建築物の一部等の価額等の確定)
1項 施行者は、第一種市街地再開発事業の工事が完了したときは、速やかに、当該事業に要した費用の額を確定するとともに、政令で定めるところにより、その確定した額及び第八十条第一項に規定する三十日の期間を経過した日における近傍類似の土地、近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額を基準として、施設建築敷地若しくはその共有持分、施設建築物の一部等若しくは個別利用区内の宅地若しくはその使用収益権を取得した者又は施行者の所有する施設建築物の一部について第七十七条第五項ただし書の規定により賃借権が与えられるように定められ、第八十八条第五項の規定により賃借権を取得した者ごとに、施設建築敷地若しくはその共有持分、施設建築物の一部等若しくは個別利用区内の宅地若しくはその使用収益権の価額、施設建築敷地の地代の額又は施行者が賃貸しする施設建築物の一部の家賃の額を確定し、これらの者にその確定した額を通知しなければならない。
2項 前項の規定により確定した地代の額は、当事者間に別段の合意がない限り、施設建築敷地について当事者の合意により定められた地代の額とみなす。ただし、その額に不服がある者は、前項の通知を受けた日から六十日以内に、訴えをもつてその増減を請求することができる。
3項 前項ただし書の訴えにおいては、当事者の他の一方を被告としなければならない。
都市再開発法施行令
第30条(施設建築物の一部の標準家賃の概算額)
1項 施行者が施設建築物の一部を賃貸しする場合における標準家賃の概算額は、当該施設建築物の一部の整備に要する費用の償却額に修繕費、管理事務費、地代に相当する額、損害保険料、貸倒れ及び空家による損失をうめるための引当金並びに公課(国有資産等所在市町村交付金を含む。)を加えたものとする。
2項 前項の施設建築物の一部の整備に要する費用は、付録第二の式によつて算出するものとする。
3項 第一項の償却額を算出する場合における償却方法並びに同項の修繕費、管理事務費、地代に相当する額、損害保険料及び引当金の算出方法は、国土交通省令で定める。
第41条(施設建築物の一部等の価額等の確定)
1項 法第百三条第一項の規定による施設建築敷地若しくはその共有持分、施設建築物の一部等若しくは個別利用区内の宅地若しくはその使用収益権の価額又は施設建築敷地の地代の額の確定は、第二十八条から第二十九条までの規定の例により行わなければならない。
2項 法第百三条第一項の規定による施設建築物の一部の家賃の額は、第三十条の規定の例により定めた標準家賃の額に、国土交通省令で定めるところにより、当該施設建築物の一部について賃借権を与えられることとなる者が施行地区内の建築物について有していた賃借権の価額を考慮して、必要な補正を行つて確定しなければならない。
都市再開発法施行規則
第35条(借家条件の裁定手続)
1項 法第百二条第二項(法第百十八条の二十二第二項において準用する場合を含む。)の裁定の申立てをしようとする者は、別記様式第十六の裁定申立書を施行者に提出しなければならない。
2項 施行者は、裁定前に当事者の意見をきかなければならない。
3項 裁定は、文書をもつてし、かつ、その理由を附さなければならない。
4項 施行者は、裁定書の正本を当事者双方に送付しなければならない。
第36条(標準家賃の額の確定の補正方法)令第四十一条第二項の標準家賃の額の補正は、令第三十条の規定の例により定めた標準家賃の月額から、施設建築物の一部について賃借権を与えられることとなる者が施行地区内の建築物について有していた賃借権の価額を当該賃借権の残存期間、近隣の同類型の借家の取引慣行等を総合的に比較考量して施行者が定める期間で毎月均等に償却するものとして算定した償却額を控除して行なうものとする。
※参考判例
東京地方裁判所令和6年1月31日裁定賃料変更請求事件判決
『第3 当裁判所の判断
当裁判所は、本件建物に係る「賃貸人が受けるべき適正な利潤」(法102条3項)を考慮した「家賃の額」(同条2項2号)は、月額10万3000円(管理費別)であると認められ、本件裁定における同旨の判断は正当であって、原告の請求には理由がないと判断する。その理由は次のとおりである。
1 判断の枠組み
(1) 「賃貸人の受けるべき適正な利潤」について
都市再開発は、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図るために行われ(法1条)、これにより、建築物が更新されるだけでなく、周辺環境も良好な状態に変化することが前提とされている。そうすると、「賃貸人の受けるべき適正な利潤」とは、施設建築物及び周辺環境の更新後の状況を踏まえ、従後建物の所有権者である賃貸人がどの程度の利潤を得ることが相当であるかという観点からこれを決すべきである。
(2) 法102条2項に基づく裁定における家賃の額の決定に当たり、法103条方式による算定結果を参照することの適否
法は、従前の賃貸人が権利変換を希望しない旨の申出をした結果、賃貸人が施行者に変更される場合(施行者賃貸の場合)の家賃の額については、詳細な算定方式(法103条方式)を定めているところ、これは、他の賃借人や関係権利者との間の公平を期すために、あらかじめ一定の基準となる標準家賃の概算額(法73条、81条)を定めた上で、標準家賃の概算額を基準として個別の家賃の額を定めることとしたものと解される。これに対し、従前の賃貸人が権利変換後も賃貸人となる場合(施行者以外賃貸の場合)の家賃の額については、当事者の協議によることとし、協議が成立しないときは、施行者は、所定の手続を経た上で裁定を行うこととしているところ(法102条2項)、法は、施行者がこの裁定を行うに当たり、法103条方式のような詳細な算定方式を定めず、「賃貸人の受けるべき適正な利潤」を考慮して定めなければならないと定めるにとどめている。
このような法の定め方からすると、法102条2項の裁定においては、相応の合理性のある算定方式に基づいて賃貸人の受けるべき適正な利潤が考慮され、家賃の額が定められたのであれば、違法の問題は生じないと解される。
そして、法103条方式は、その内容(別紙3参照)に照らし、相応の合理性のある家賃の額の算定方法であり、一般に、これによって得られた家賃の額は、「賃貸人の受けるべき適正な利潤」を考慮したものということができる上、従前の賃貸人が権利変換を希望しない旨の申出をした結果、施行者賃貸となり、法103条方式により家賃の額を定めることになる場合と、従前の賃貸人が権利変換後も賃貸人となり(施行者以外賃貸)、当事者間の協議が整わずに法102条による裁定で家賃の額を定める場合とで、従後建物の「家賃の額」が異なることに特段の合理性は認められないことからすると、法102条2項の裁定における「家賃の額」の算定に当たり、法103条方式に基づき算定された月額賃料を参照することには、相応の合理性があるというべきである。
以上によれば、法102条2項の裁定における家賃の額の決定において、施行者賃貸における家賃の額の算定方式である法103条方式により算定された月額賃料を参照するなどして家賃の額を裁定したとしても、法103条方式を用いることが不合理であるといえる特段の事情があり、このため賃貸人の受けるべき適正な利潤が考慮されているとは認められない場合でない限り、適法なものということができる。 』