新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.850、2009/3/3 11:18

[私立中学校,自主退学勧告を受けた場合]

質問:私の息子は,私立中学校の2年生です。2学期の終業式の日に学校の教頭先生から両親が呼び出しを受け,息子の素行不良により自主退学を勧められてしまいました。学校が説明する素行不良というのは,破壊力を増す改造を施したエアーガンを学校で発射して,花瓶など学校の備品を壊したというものです。息子は,花瓶を狙って撃ったのではなく,空き缶などを撃って遊んでいたところ,的を外れた弾が当たって壊してしまったと言っており,同級生の目撃者もいるとのことです。エアーガンの件で注意を受けたのは今回が初めてですが,2学期の初めころ,サバイバルナイフ(刃体の長さ7センチメートル)を学校に持ち込んでいたことがあり,保護者面談の際に担任の先生から口頭でお叱りを受けたことが1回あります。教頭先生の話では、期限は定めないのでよく考えてほしい,時間がかかるようなら新学期は当面お休みさせてほしいと言われました。いきなり退学というのは納得いきません。せめて停学程度が相当かと思うのですが,いかがでしょうか。

回答:
1.退学勧告は自主的な退学を求めるものですから,直ちに応じる必要はありません。
2.とはいえ,事実関係に照らして息子さんに非のあることは間違いないでしょうから,本人に謝罪文を書かせるなどしてきちんと反省の態度を形で示させるべきです。
3.また,保護者としても改めて校長宛てに文書をもって謝罪を申し入れ,加えて,再発防止・問題解決のための家庭における具体的な対策を示すなどして,復帰へ向けた協議の機会を設けてもらえるようお願いしてはいかがでしょうか。
4.もし,新学期が始まってしまう場合,息子さんを通学させることは法的には問題ありませんが,そうさせることが息子さんにとって相当かどうかという教育上の観点からの判断が必要でしょう。
5.自主退学の勧告ではなく,学校側が強制的に退学させる手段としては,校長が行う退学処分というものがありますが,本件について,裁判所で退学処分の無効確認を求めて争った場合,あなた方の請求が認められる可能性は相当程度あるといってよく,学校としてもそこまですることは躊躇するのではないかと思います。
6.ただし,保護者からこのことを明言することが得策とは思えません。謝罪をすべき保護者自身がそのような態度で臨むと,学校の弱みにつけ込んで交渉をしようとするかのような印象を与え,謝罪の誠意が霞んでしまうからです。このことを指摘する必要があるときは,保護者の謝罪とは別に,弁護士からの手紙という形で別途申し添えるという方法を取ることが考えられます。
7.なお,学校における生徒に対する懲戒処分として停学という方法があることは事実ですが,法令によって,中学生に対し停学処分をすることは許されていません。

解説:
【はじめに】
本件では,まだ退学処分をされたわけではなく,あくまで自主的に退学してはどうかと勧められたに過ぎず,かつ,自主的な退学をしなければ退学処分にすると言われたわけでもないようです。そうはいっても,退学を勧められてしまったとすれば,退学に関する法的な考え方について理解することが今後の対応を考えるうえでの前提になりますので,まずはこの点についてご説明していきます。

【懲戒としての退学処分の法的根拠】
校長及び教員は,教育上必要があると認めるときは,文部科学大臣の定めるところにより,児童,生徒及び学生に懲戒を加えることができます(学校教育法第11条)。ここにいう「文部科学大臣の定めるところ」というのが学校教育法施行規則です。学校教育法施行規則は,学校教育法第11条を受けて,その第26条において懲戒に関する規定をおいています。懲戒の中にも,現場の教員による注意や叱責といった事実上の懲戒と,法律上の処分としての懲戒があり,学校教育法施行規則第26条第2項において,退学,停学及び訓告の処分は,校長が行うこととされています。校長が行う退学処分の法的根拠はここにあります。なお,中学生に対する停学処分については,法令がこれを禁じています(学校教育法施行規則第26条第4項)。中学が義務教育であることや停学による懲罰的効果よりも教育を受ける機会を制限することによる不利益の方が大きいという趣旨によるものと考えられます。したがって,私立中学校の生徒である息子さんに対して,校長がなしうる懲戒処分は,訓告か退学かということになり,非常に落差の大きいものとなります。そこで次項では,懲戒処分をするに際しての校長の判断にはどの程度の裁量が許されるのか,あるいはどの程度の拘束が及ぶのかについて検討していくことにします。

【懲戒処分一般における学校側の裁量】
この点,校長が懲戒処分をするにあたっての判断については,合理的な裁量に委ねられていると解されています。多くの裁判例で引用されている最高裁判例(昭和女子大学事件,最高裁第三小法廷昭和29年7月30日判決)においても,以下のような趣旨が述べられています。すなわち,学校における生徒に対する懲戒処分は,教育施設としての学校の内部規律を維持し教育目的を達成するために認められる自律的作用であって,懲戒権者たる校長が学生の行為に対し懲戒処分を発動するにあたり,その行為が懲戒に値するものであるかどうか,懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決するについては,当該行為の軽重のほか,本人の性格及び平素の行状,上記行為の他の生徒に与える影響,懲戒処分の本人及び他の生徒に及ぼす訓戒的効果,上記行為を不問に付した場合の一般的影響等諸般の要素を考慮する必要があり,これらの点の判断は,校内の事情に通暁し直接教育の衝にあたるものの合理的な裁量に任すのでなければ,適切な結果を期することができないことは明らかであるとされています。それゆえ,生徒の行為に対し,懲戒処分を発動するかどうか,懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶかを決定することは,その決定が全く事実上の根拠に基づかないと認められる場合であるか,もしくは社会観念上著しく相当性を欠き懲戒権者に任された裁量権の範囲を超えるものと認められる場合を除き,懲戒権者の裁量に任されているものと解されるのです(上記判決同旨)。

【退学処分における裁量の範囲の修正】
もっとも,懲戒処分のうち退学については,前記のような裁量に対する考え方を若干修正する必要があると考えられています。前掲の最高裁判例と同様に現在の裁判例において参考にされている別の最高裁判例(最高裁第三小法廷昭和49年7月19日判決)において,次のような趣旨が判示されています。すなわち,学校教育法第11条は,懲戒処分を行うことができる場合として,単に「教育上必要と認めるとき」と規定するにとどまるのに対し,これを受けた学校教育法施行規則第26条第3項は,退学処分についてのみ「性行不良で改善の見込がないと認められる者」,「学力劣等で成業の見込がないと認められる者」,「正当の理由がなくて出席常でない者」及び「学校の秩序を乱し,その他学生又は生徒としての本分に反した者」という処分事由を定めているところ,これは,退学処分が他の懲戒処分とは異なり,生徒の身分を剥奪する重大な措置であることに鑑み,当該生徒に改善の見込みがなく,これを学校外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合に限って退学処分を選択すべきであるとの趣旨において,その処分事由を限定的に列挙し,他の懲戒処分よりも裁量の範囲を限定したものと解されるのです。

【本件において仮に退学処分がされていたとしたら】
本件において,仮に,学校側がいきなり息子さんに対し退学処分をしたとしたらどうなっていたでしょう。まず,その退学処分の効力は,処分のときから直ちに発生し,後に裁判所で裁量の範囲を逸脱する違法なものとして無効であると確認されない限り,有効なものとして存続します。もし,あなた方がその退学処分の効力を争い,息子さんが生徒としての地位を有していることの確認を求めたい場合は,学校側が任意に処分を取り消してくれるなどの特殊な事情がない限り,裁判所に訴えを提起するなどの法的手段によらなければなりません。訴訟を起こす場合の請求の内容としては,学校の生徒としての地位を有していることの確認か,退学処分が無効であることの確認を求めるとするものになるでしょう。そして,請求を基礎づける事実として,退学処分がされる原因となった事実の存否・内容や処分に至る経緯を示して,校長に与えられた合理的裁量の範囲を逸脱するという主張をすることになるものと思われます。これに対し,学校側としては,同じく退学処分の原因となった事実関係・経緯について,学校側の言い分を支える事実を示して,合理的裁量の範囲内であるという反論をしてくるものと思われます。

【上記訴訟の見込み】
仮定の話を続けますが,今回お寄せいただいたご相談の限りの事実関係であることを前提とすれば,仮に上記のような訴訟になった場合,勝訴判決が得られる見込みは非常に高いものといえるでしょう。あなた方にとって有利な事情としては,これまで事実上の懲戒がそれほど多数回に及んでいたとはいえないこと,校長による処分としての懲戒(訓告)を受けたことがないこと,保護者が特別に呼び出しを受けたということがないこと,一度注意を受けたサバイバルナイフを再度持ち込んだわけではないこと,改造エアーガンといっても弾丸を発射できるようにするような違法改造には至っていないこと,息子さん本人が反省の弁を述べていること,保護者が謝罪の誠意をもっていることなどが挙げられます。他方で,あなた方にとって不利な事情としては,サバイバルナイフの点が単なる校則違反を超えた法令(銃刀法)違反の犯罪行為に該当する可能性があること,サバイバルナイフで注意を受けていながら人を傷つける危険性のあるエアーガンを持ち込んでいたこと,持ち込んだだけでなく実際に発射して学校の備品を損壊したこと,既に保護者に注意を喚起していたのに本件が発生したことなどがあるでしょうが,判例が指摘しているように,退学処分の重さを考えれば,いきなり退学は行き過ぎとの判断がされ易いのではないかといえるのです。とりわけ,停学が選択できず,訓告の次は退学しかないという中学校の場合,退学と最終手段に至る過程において,停学を選択しえないという事情を補うのに十分なほどの手を尽くしたかという点を強く主張できるのではないかと考えられます。ただし,こうした見込みは,あくまであなた方からお聞きした事情のみを前提とするものです。学校側の言い分を検討したものではないので,その点はご注意ください。学校側には学校側なりの悩みがあるはずです。たとえば,あなた方は知らなくても,学校の内部資料として息子さんの問題行動が詳細に記録され,職員会議等でたびたび検討されていたというようなあなた方にとって不利な事実を裏付ける資料が出てこないとも限りません。息子さんを疑うわけではありませんが,ご本人がそれほど重大だと考えていなかったことでも相手方においては大きく問題視され,しかも裁判所を首肯させるような事実がないとは言い切れないのです。

【自主退学の勧告を選択した学校側の思惑】
生徒側にとってみれば退学問題は一生に一度あるかないかのことですが,学校側にしてみれば業務上しばしば生じうる問題ですから,これまで述べたような法律状況についても,ある程度知っているか,あるいは感覚的に理解しているものと思います。ただ,学校側が退学処分まではしてこなかったのは,第一には,そうした法律論はともかくとして,できるだけ穏当に事が済めばそれに越したことはないからでしょう。実際,世の中には今回にように弁護士にご相談されることなく,不承不承自主退学することで解決しているケースも相当数あるのではないでしょうか。また,退学処分だと次の私立中学校が受け入れてくれないという可能性を考えて,本当は退学処分相当でも温情的に自主退学を勧告してくれるという場合もあるでしょう。本件においても,学校側の言い分としてはこうしたものになるのだろうと予想されます。あなた方のためを思ってのことだ,という話になるわけです。もっとも,いついつまでに自主退学しなければ退学処分にするとまでは言ってきていないことからすると,さすがに退学処分は難しいかもしれないという考えもあるのかもしれません。そうだとすると,学校側の思惑としては,あなた方の側で勝手に自主退学してくれればラッキーといったところなのかもしれません。こうした学校側の思惑はともかく,期限を定めない自主退学の勧告止まりだったことは,あなた方にとってもラッキーです。もし,退学処分をしてしまったり,退学処分までの猶予期間としての自主退学の勧告をしてしまったりしたら,学校側としてもおいそれと取り消すわけにもいかないでしょう。しかし,本件のような現状であれば,あなた方の対応次第では,学校側としても自主退学の勧告を取り止める大義名分を得ることができる可能性があります。

【あなたが取ることができる対応,申入れ】
このような状況を踏まえてあなた方ができることは,校長宛てにきちんとした形で謝罪し,息子さんの問題を根本的に解決するために家庭・保護者の側でどうしていくかといった説明をし,通学させてもらえるように誠実にお願いすることです。息子さんは退学処分になっているわけではありませんし,停学処分にされることもないのですから,理屈の上では通学することにお願いも何もありませんが,そんなことを言っている場合ではありません。もし,あなた方に覚悟ができるのであれば,次に問題を起こしたら自主退学しますという約束をすることも考えられます。息子さんからの反省文・謝罪文なども是非用意すべきです。もし,息子さんがナイフやエアーガンを持ちたがることに心因的な要素があるのであれば,心療内科などに相談することも考えられます。とにかく,学校側が「そこまで言うのなら」という態度に出易いようにできる限りのお膳立てをすべきです。他方で,法律上はいくら退学処分の効力が争われた場合にあなた方の側に分があるからといって,そのことを振り翳してはいけません。「弁護士がこう言っていた。」などと告げることも禁物です。いくら法的には正論でも,モンスターペアレンツ(学校側に対し、生徒の学校生活に関して不合理な苦情、無理難題を要求する保護者)の類と混同されてしまえば本来の目的を達するのに不利益になるだけです。もし,保護者や生徒本人からの謝罪やお願いだけで学校の態度が軟化するかどうかがご不安な場合には,上記のような法的な観点については弁護士に依頼して,弁護士からの添え文のような形でできるだけ穏便に伝えてもらうということも考えられます。あなた方から依頼を受けた弁護士は第三者ではなく,あくまで当事者の代理人ですが,当事者本人ではありませんので,当事者本人の真摯な謝罪の態度を維持しつつ,搦め手から法律関係をやんわりと指摘することで,学校側に対し,冷静な判断をさせるきっかけを与えることができるでしょう。

【上記申入れに対して予想される学校側の対応】
学校側があなた方の誠意を受け止め,あるいはこれに加えて弁護士が指摘した法的観点から紛争化を回避したいと思ってくれれば,いくつか条件を付けられてしまうかもしれませんが,あなた方の誠意に免じてという体裁のもとに,当面はこれ以上自主退学を勧告しないという対応をしてくれる可能性があります。あなた方としてはこれで所期の目的を達することができるわけです。しかし,もし,学校側が態度を軟化させず,改めて自主退学の勧告に期限を設けたり,それどころかいきなり退学処分をしてしまったりしたとなると,あなた方があくまで在学を望むのであれば,前述したような裁判所を利用した手段によらざるを得なくなります。たとえ学校側の対応が横暴だと思われても,交渉は相手方あってのものですから,こればかりはどうしようもありません。

【訴訟にかかる時間の問題,諦めるという選択肢】
裁判所での解決を図るかどうかという選択においては,法的に勝てるかどうかの見込みが大事なのは当然ですが,それだけにはとどまりません。訴訟は目的ではなく手段だということを忘れてはならないのです。この点,国公立と私立の別,大学と高校の別を問わず,退学処分の無効を争った裁判例にはそれなりの数がありますが,私立中学校についてはまれです。これは,訴訟にかかる時間と無関係とはいえなそうです。ざっくり申し上げて,この手の訴訟は,訴え提起から判決まで短くても軽く1年はかかると見ておいた方がよいでしょう。争点の多寡や,それに要する証拠調べの程度にもよりますが,それでも訴訟は2か月や3か月で解決しません。たとえ1年かけて第一審で勝訴しても,控訴されればさらに半年は控訴審を付き合わなければなりません。争っている間は退学の効力が生きていますから,訴訟で勝つまでの間にほかの学校を卒業してしまうかもしれませんし,訴訟で争っているうちに高校受験の時期を迎え,そちらにも様々な影響が及んでしまうかもしれません。また,保全処分といって,訴訟の決着をみるまでの間,在校生としての仮の地位を定めるように求める申立てをするという手段もありますが,仮にそれが認められたとして,そのような不安定な状態が本人にとって良いものといえるでしょうか。こうした現実があるため,法的には勝てると見込まれるからといって,すべての場合について訴訟がお勧めできるかというとそうではありません。保護者とご本人のご要望を伺って,リスクについても十分ご了解のうえで,それでも裁判所の判断を求める必要があるというときには訴訟を躊躇しませんが,今回の問題は学校と闘うことが目的でないのはもちろんですし,そもそもその私立中学校に我が子を入学させたのも,その子の幸せを願ってのことだったはずです。そうすると,息子さんのためにならないなら今の中学校には拘らないというあなたのお考えはある意味で賢明といえるのかもしれません。早期解決を目指した任意の交渉には力を尽くすこととし,上手く話がつけばそれに越したことはなく,他方,万一,それが不調に終わったときには,その中学校については縁がなかったものと諦めることにするというのも実益のある選択肢です。ご家族でよくお話し合いをされ,任意の交渉の際に弁護士の助力が必要とのことでしたら,改めてご相談ください。

【参照法令】

≪学校教育法≫
第11条
校長及び教員は,教育上必要があると認めるときは,文部科学大臣の定めるところにより,児童,生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし,体罰を加えることはできない。

≪学校教育法施行規則≫
第26条第1項
校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当つては,児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければならない。
第2項
懲戒のうち,退学,停学及び訓告の処分は,校長(大学にあつては,学長の委任を受けた学部長を含む。)が行う。
第3項
前項の退学は,公立の小学校,中学校(学校教育法第71条の規定により高等学校における教育と一貫した教育を施すもの(以下「併設型中学校」という。)を除く。)又は特別支援学校に在学する学齢児童又は学齢生徒を除き,次の各号のいずれかに該当する児童等に対して行うことができる。
一  性行不良で改善の見込がないと認められる者
二  学力劣等で成業の見込がないと認められる者
三  正当の理由がなくて出席常でない者
四  学校の秩序を乱し,その他学生又は生徒としての本分に反した者
第4項
第2項の停学は,学齢児童又は学齢生徒に対しては,行うことができない。

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