出資金の回収
商事|株式会社設立時の出資|貸金と出資の違い
目次
質問:
知人から「株式会社を作るので出資しないか」と誘われて100万円渡しましたが、どうも事業の見通しが悪いので、出資したお金を返して欲しいと思っています。どのような手続きが必要になりますか。
回答:
一般論として、出資であれば、会社に対して返還請求は出来ません。出資した資金は、取得した株式を譲渡することにより回収する事になります。株式の譲渡時点で株式の計算上財産的価値がなければ結果的に出資金の回収はできません。他方、会社への貸金であれば、貸し金の返還請求により回収する事になります。会社が任意に支払わないのであれば返還請求訴訟を提起することが考えられます。また、いわゆる設立詐欺の場合は、詐欺になりますから詐欺をした人物に対する損害賠償請求となります。以下、順番にご説明致します。
その他出資金の回収に関する関連事例集参照。
解説:
一 「貸金」と「出資」
まず、同じお金を渡すのでも、「お金を貸した(貸金)」場合と「会社に出資した(出資)」場合とでは大きな違いがあります。
1 「貸金」であれば、あなたは、会社ないし個人の「債権者」となり、「出資」であれば「株主」になります。
2 「貸金」の場合、渡したお金の返還が約束されているので、(民法587条:金銭消費貸借)、知人ないし会社に対して、その返還を請求することができます(会社がすでに設立されていて会社の事業にお金を出したという場合は会社に対する貸金となり、会社がまだ設立していない段階であれば、あなたにお金の申し込みをした個人に対する貸金となります)。しかしながら、「出資」の場合には、返還の約束はされていません。出資したお金を回収するには、株を転売して売却代金を手にするか(後述)、あるいは、会社が廃業等により解散し、残余財産があった場合にその分配を受けることになります(会社法475条、504条、505条)。
3 「貸金」ですと、知人に貸したのであれ、会社に貸したのであれ、単なる債権者に過ぎず会社の経営に参加することはできません。「出資」であれば、株主としての権利行使、例えば、取締役を選任すること(会社法329条1項)により、会社の経営に参加することができます。
4 経済的な行為としてみると「貸金」は利息(知人に貸し付けたのであれば、利息の約束が必要です)を受け取ることを目的とする行為であり、他方、「出資」は、会社の業績が好調で利益が出ていれば、株主の権利として「配当」を受け取ることができます(会社法453条)。
二 「貸金」か「出資」か
上述のとおり、お金を貸したのか、それとも、出資したのかにより、会社に対する立場も、お金の返還についても全く異なることになりますので、ご自身の渡したお金が「貸金」だったのか、あるいは、「出資」だったのかを確認する必要があります。
①「貸金」の場合には
「貸金」であれば、知人、あるいは、設立された会社との間の「借用書」「金銭消費貸借契約書」等何らかの書面が存在すると思われます。金銭授受の際に書面のやり取りがあったのであれば、その記載内容を確認します。
②「出資」の場合には
その会社を設立する際の定款にご自身の名前が「発起人」として記載されている、あるいは、設立時募集株式の引受の申し込み証等が手元にある場合には、渡したお金は「出資」金だったことになります。
③書類がない場合には
①②で掲げた書面がない場合には、その会社の本店所在地を管轄する法務局に行き、その会社の設立登記を申請した際の書類を閲覧するとよいでしょう。それらの書類の中に、発起人ないし株式引受人としてご自身の名前が見つけられれば、渡したお金は「出資」金だったことになります。また、それらの書面からは、出資したことにより得ることになった株式の数、種類も確認できます。
三 回収方法
①「貸金」の場合
会社あるいは知人個人に対して「貸金返還請求」を行うことになります。
「借用書」に返済期限が記載されている場合には、その期限を過ぎていれば、返還を請求することが可能です。通常は、口頭ないし内容証明郵便にて任意の支払を促します。それでも支払われない場合には、裁判による勝訴判決を経て、強制執行により、回収することになります。強制執行については、当事務所の相談データベースNo.560を、借用書がない場合については、同じくNo.533をご参照ください。
②「出資」の場合
本件では知人が、「株式会社を作るので出資しないか」という勧誘をしているので、貴方は株式会社への出資、すなわち、設立された株式会社の株主となっている場合が考えられます。株式会社とは、出資額を限度としてのみ取引の相手方に責任を負う株主(株主有限責任の原則会社法104条)により構成される営利を目的にした社団法人です。株式会社制度は、契約自由の原則、私有財産制を大前提とし自由主義、資本主義経済体制の中核であり、経済活動を円滑、適正に行い最終的に経済秩序を確立して経済面における個人の自由、尊厳を実現するために事業の所有者と事業を行う経営者を分離し、所有者については経済活動の多額の資金を確保すするために有限責任しか負わない株主に細分化して(株主有限責任の原則)、株式譲渡の自由を認め流通を確保し(株式譲渡自由の原則、会社法127条)広く大衆から募集し、他方経済活動の複雑化に伴いプロの経営者を所有者とは無関係に募集選出して(取締役に)委任することにより自由で公平であり、適正な経済秩序を達しようとするものです。従って貴方が出資した100万円は、株主の地位に変化しており、100万円は会社の資本金の一部として、取引先、債権者の担保、引き当てとなっており、解散及び清算(残余財産分配手続)しない限り会社に維持しなければなりませんから(資本充実原則、会社法34条など)返還できないのです。貴方の資金の回収は株式の譲渡によることになります。以上より 会社が設立され、株主となられている場合には、ご自身の保有する株式を売却して、その売却代金により、出資したお金を回収することになります(会社法127条)。なお、株式の売却ですので、当該会社の財務状況がよくない場合には、売却によって得られる金額が出資した金額を下まわる場合もあります。
(1)当該株式が、株式市場に上場されている場合
この場合は、株式市場を通じて売却することになります。
(2)当該株式が、株式市場に上場されていない場合
(ア) 当該株式が、譲渡制限株式である場合
前述のように株式会社では株式譲渡自由の原則が基本原則なのに譲渡制限はそもそも認められるか疑問に思うかもしれません。事実商法も変遷しています。商法昭和25年改正により、それまで認められていた株式譲渡制限が禁止されました。しかし昭和41年改正により定款の定めと取締役会決議を要件として再び譲渡制限が認められて、平成17年改正後も一部要件が変わりましたが譲渡制限は認められています。その理由は、本来株式会社は、大規模な事業を行う形態を予想しているのですが、その存在根拠は私有財産制(憲法29条)と、契約自由の原則にあり国民は自由に結社、会社を設立し経済活動を行うことが出来る以上(営業の自由憲法22条)小規模な閉鎖会社も事実上存在し認めなければなりません。そして株式会社設立の目的が適正、公平な経済活動にあるのですからその規模に合わせた会社の経営を保護しなければならず、小規模、閉鎖会社では経営者と無関係な一般株主の経営参加について制限を設けることが必要なのです。又、株式譲渡自由の原則の目的は投下資本の回収ですから代償処置を設けて資金回収を保障すれば譲渡制限が違法ということにはならないのです。
譲渡制限株式とは「譲渡による当該株式の取得について、当該株式株式会社の承認を要する」ことを、定款で定められている株式をいいます(会社法107条1項1号・2項1号、108条1項4号・2項4号)。この定めについては、登記事項とされていますので(会社法911条3項7号)、当該会社の登記事項証明書で確認することができます。なお、従前の商法では、譲渡制限の内容が、「全ての株式」について「取締役会」の承認を要する、と一律に定められていましたが、会社法では、一部の株式についてのみ譲渡制限を設ける(注:この場合、公開会社となります。)ことや、承認機関を株主総会や代表取締役とすることも認められました。登記事項証明書から、譲渡制限株式であることが判明した場合の譲渡の手続きは、次の通りとなります。
ⅰ 株式譲渡人あるいは株式譲受人(以下「株式譲渡等請求者」といいます。)が、当該会社代表者に対して、内容証明郵便で、当該譲渡について、承認するか否かの決定することを請求する「株式譲渡等承認請求書」を送付します(会社法136条、137条1項)。この際、以下の事項を明らかにして、請求する必要があります(会社法138条)。
イ 譲渡予定ないし譲り受けた譲渡制限株式の数(種類株式発行会社にあっては、譲渡制限株式の種類及び種類ごとの数)
ロ 譲渡制限株式を譲り受ける者の氏名又は名称
ハ 当該会社が譲渡を承認をしない場合において、当該会社又は会社の指定する買取人に株式の買い取りを請求するときは、その旨
ⅱ 株式株式会社が当該譲渡を承認しないと決議した場合、株式会社には、当該株式を買い取る、あるいは、買い取る者を指定する義務があります(会社法140条)。この場合、株式会社は、その旨を譲渡等承認請求者に通知し、株式会社あるいは指定買い取り人は、法務省令で定める「一株当たりの純資産額」に当該株式数を乗じて得た額を本店所在地の供託所に供託し、その供託したことを証する書面を譲渡承認等請求者に交付します(会社法第141条、142条)。
ⅲ 当該会社が株券発行会社である場合には、②の供託したことを証する書面を受け取ってから1週間以内に、株券を本店所在地の供託所に供託し、その旨を当該会社に通知する必要があります。
ⅳ 株式の売買価格は、株式株式会社と譲渡等承認請求者との協議で決定します。一方、譲渡等承認請求者は、承認しない旨の通知がきてから、20日以内であれば、裁判所に売却価格決定の申立をすることもできます。申立期間内に裁判所への申立があった場合には、裁判所が決定した額をもって、売買価格とされます。協議が整わず、申立期間内に裁判所への申立もされなかった場合には、売買価格は、「一株当たりの純資産額」に譲渡する株式の数を乗じて得た価格となります(会社法144条)。
つまり、経営状態のよくない株式会社であれば、出資した金額以下しか手元に戻ってこない可能性が非常に高いことになります。
(イ)譲渡制限のない株式である場合
自由に第三者に売却することができます。なお、株券が発行されている場合には、株券の交付がなければ、その譲渡は効力を生じませんし、株券発行前の譲渡は当該会社に対して効力を生じません(会社法第128条)。また、当該会社及びその他の第三者に対しては、株主名簿への記載または記録がなければ、譲渡について、対抗することができません(会社法第130条)。なお、いずれの場合においても、会社が多額の負債を抱え、債務超過に陥ったとしても、株主の責任は有限責任であるため、株主が会社の債務を負担することはありません。つまり、出資した金額の損失さえ覚悟すれば、それ以上の損失を被ることはないのです。
四 その他
株式会社が設立されておらず、知人が最初から株式会社を設立するつもりがなく、お金を集めるための口実にしたのに過ぎないのであれば、返還請求できますし、刑事的には詐欺罪の成立する余地もあります(刑法第246条1項)
以上