暗号資産のP2P取引と犯罪収益移転防止法11条違反について

刑事|暗号資産|犯罪収益移転防止法|「情を知って」の意義|マネーロンダリング対策

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は仮想通貨の取引所において、暗号資産のP2P取引(ユーザー同士が直接データをやり取りする取引)を実施しておりました。大まかな取引の流れとしては、レートが安いときに仮想通貨を大量に仕入れ、レートが上昇したときに、P2P取引で仮想通貨を売買することで利ザヤを得ていました。

P2P取引は、ユーザー同士が直接にやり取りをするため、取引は購入希望者とチャットで連絡をとって、売買代金は直接私の口座に振り込んでもらっていました。

先日、継続的に取引をしていた方との関係について、警察から問い合わせがありました。どうやら私が振込を受けた金額の中に、詐欺の被害金が含まれていたようです。確かに銀行口座の凍結は何度か受けたことがありました。

今後、私はどのような処罰を受けるのでしょうか。

回答:

1 あなたが振込を受けた金額の中に詐欺の被害金が含まれていたのであれば、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の没収等に関する法律(以下、「組織犯罪処罰法」といいます)第11条に規定する、「情を知って、犯罪収益等を収受した者」の嫌疑を受けている可能性がございます。同法の第11条では「情を知って、犯罪収益等を収受した者は、七年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と定められています。

2 P2P取引は、仲介者が入らないことで取引レートが低廉だったり、タイムレスにやり取りができる点で近年人気を博しておりますが、一方で、取引相手の素性がわからず、知らず知らずのうちにマネーロンダリングの一端を担っていることがあります。

また、P2P取引は、外形的にみれば、犯罪資金が(証券口座等を経由せずに)直接に振り込まれているため、犯罪収益の移転を受けたのではないかと疑念を抱かれやすい類型です。そのため突然の捜索差押や、逮捕のリスクがあります。

3 犯罪収益移転防止法に関する関連事例集参照。

解説:

1 「情を知って」(犯罪収益移転防止法11条)の意義

警察から問い合わせがあったということですから、状況からしてあなたは、犯罪収益等を収受した者として、捜査機関から嫌疑を受けているものと考えられます。犯罪成立について、詐欺の被害金が「犯罪収益」に該当することは争いようがなく、問題は「情を知って」、すなわちあなたが犯罪収益であることを認識してたか否かです。

P2P(peer to peer)取引は、インターネットに接続したコンピューター同士で、暗号資産のソフトウェアを直接利用して行う本来の取引形態ではありますが、金融庁の登録を受けた暗号資産交換業者を介さずに暗号資産の取引をするものであり、当然ながら本人確認作業の義務付けなど金融庁の管理監督が及ばない取引形態となるため、マネーロンダリング防止などの観点で捜査当局が感心を抱きやすいリスクのある取引と言えます。

※参考サイト、総務省のサイバーセキュリティ啓発サイトより、P2Pの説明

上記サイトの引用『Peer To Peer(ピア・ツー・ピア)の略。コンピュータの世界では、toがtwoと同じ発音であることから、“to”を“2”に置き換えた命名を行うことがあります。 P2Pとは、不特定多数のコンピュータを直接接続して情報をやり取りするタイプのシステム提供方式のことです。インターネットの世界では、これまでサーバとコンピュータが連携した情報提供方法 が採用されていましたが、最近では、P2Pを利用したシステムも増えてきました。たとえば、音楽配信サービスのNapster、データ配信サービスの Winny などがP2Pのシステムです。 サーバとコンピュータが連携した情報提供を行うシステムでは、サーバという情報を管理するコンピュータが決められていましたが、P2Pの仕組みではすべてのコンピュータがそれぞれ情報を配信するサーバの役割を果たします。』

(1) 「情を知って」の意義

「情を知って」とは、収受の対象となっている具体的な財産が犯罪行為による犯罪収益等であることの認識・認容をいい、単に、犯罪収益であるかもしれないという一般的、抽象的な危惧、懸念、不安、想像といった心理状態では足りず、当該財産が犯罪収益等であるとの蓋然性が存する具体的な状況の下で犯罪収益等と認識したと言える必要があります。

たとえば、暴力団員であることを知っている相手方から財産を受領したから犯罪収益等かもしれないというだけでは、暴力団員の財産がすべて犯罪収益等であるとまではいえませんから、犯罪収益等であることの認識があるとはいえません。相手が暴力団員であることを知ったうえで、さらに具体的な状況の下で当該財産が現実の犯罪行為によって得られたものであることを認識したと言える必要があります。

(2) 類似の裁判例について

本件と類似の裁判例(東京地裁令和3年7月8日2021WLJPCA07086001)として、流出した暗号資産NEM(時価総額約22億8875万3926円相当)を収受した犯罪収益等収受の事案があります。右裁判例は、以下の4つの事実を指摘の上、「情を知って」犯罪収益を収受した旨を認定しました。

(裁判所が「情を知って」の認定において指摘した指摘した事実)

①被告人が暗号資産NEMの流出の当初から報道等に接していたこと

②被告人が,正規の交換所ではない匿名のダークウェブ交換所において、正規の暗号資産交換所における交換レートよりも低い交換レートで流出NEMを収受したこと

③被告人が収受の当初から追跡モザイクを受信していたこと

*追跡モザイクとは、流出した暗号持参NEMに対して、「ts.warning_dont_accept_stolen_funds」(盗まれた暗号資産であり受領してはならない)とのメッセージを添付することです。被告人は、収受の当初から暗号資産NEMに追跡モザイクが付着していることを認識しており、これによって暗号資産交換所において出金できなくなったり、アカウントがブロックされたことまで認識していました。

④被告人が弁護士に対して、収受したNEMに関連して、弁護士に今後の警察への対応等について相談していたこと。

*被告人は,弁護士と思われる者に対して,「盗難されたもの」「a社から盗まれたとされているアドレスから,犯人と思われる人が複数のアドレスに色々,ごちゃごちゃとやり取りして,それがこういうまあトーワという匿名のインターネットのネットワーク上で販売されていまして,それを私が買いました。」などと話していました。

その上で、裁判例は下記を判示しました。

〇〇以上の事実を踏まえると,被告人が巨額の暗号資産NEMが流出したとの報道に接していたこと,流出と被告人の最初の収受とが期間にして2週間も離れていないことに加え,合法な取引を行うのであればダークウェブの利点である匿名性を利用する必要性が高いとは考え難いところ,ダークウェブという不自然な交換所において安価な交換レートで交換に供されていた暗号資産NEMを収受したことからすれば,被告人は,最初の収受の時点から,自身が購入した暗号資産NEMが流出NEMである可能性を認識していたものと強く推認される。

加えて,巨額の暗号資産NEMの流出が財産犯以外の目的をもって行われたものであるとうかがわれるような事情がないこと,被告人が最初の収受の直後には「ts.warning_dont_accept_stolen_funds」という内容の追跡モザイクを受信していたこと,その2日後の2月9日時点では,収受した暗号資産NEMが正規の暗号資産交換所で出金ができなくなったり,アカウントがブロックされたりしたことからすれば,暗号資産NEMが財産上不法の利益を得るために流出させられた可能性があると疑うのが自然であるといえ,にもかかわらず,収受を継続していたことからすれば,被告人は,収受の当初から,自身が収受している暗号資産NEMが犯罪収益に当たることも未必的には認識,認容していたと認めるのが相当である。前記のとおりの被告人の弁護士に対する説明もこの認定に沿うものといえる。

以上のとおり、裁判例においては、収受した暗号資産が何らかの犯罪収益に起因していることが疑われる状況下で、通常の取引スキームを用いず、かつ、被告人自身の暗号資産NEMに対する認識を指摘して、犯罪収益の知情性を肯定しました。

なお被害金額が当時のレートで22億8875万3926円相当と多額だったことも相まって、懲役2年の実刑判決が科されています。

2 本件の検討

(1) あなたの認識について

あなたは、外形的には、犯罪収益等をあなたの口座に直接振込を受けているわけですから、内偵を進める捜査機関からは、マネーロンダリングの末端を担っているとの嫌疑をかけられてもやむを得ないものと言えます。

警察においては、あなたの銀行口座が過去に何度も凍結されている点を捉えて、あなたが何らかの犯罪収益に該当していることを知っていたのではないか、と追及することが予想されます。

もっとも前述のとおり、具体的な状況の下で当該財産が現実の犯罪行為によって得られたものであることを認識している必要がありますから、そのような抽象的な懸念では知情性が認められない旨をしっかりと反論する必要がございます。

まずはこの方とのチャットの履歴を参照して、何かしらの犯罪収益等を伺わせる内容がないか、説明する必要があるでしょう。

またあなたにおいては、取引相手をどのように選別していたのかも重要になります。あなたが漫然と、だれかれ構わずに取引を行っていたのであれば、特に有利な事情とはなりませんが、P2P取引の相手方の属性は、多種多様でありますから、取引を継続している場合は、犯罪収益の振込を受けないよう、取引相手を限定する方策を設けていることが通常です(本人確確認済みユーザーに限定したり、過去の取引実績がある方に限定する等)。あなたがこのような対策を設けて、真に犯罪収益等の振込を受けないように対策を取っていたのであれば、その旨は捜査機関にしっかりと説明する必要があります。

(2) もし逮捕されてしまったら

もしあなたが逮捕されてしまったらどのような対応をとるべきでしょうか。

本件はいわゆる否認事件に該当しますから、一切の事情を黙秘するといった選択肢もあり得ます。もっともあなたとしては適法なP2P取引を実施しており、他方、捜査機関からすれば、何故にあなたが犯罪収益等の振込を受けたのか、P2P取引といった先端性も相まって、よく理解できないはずです。そのためあなたの取引状況によりますが、積極的に取引スキームを説明することで、捜査機関から理解が得られる場合もあります。特に、この種の取引は連続的に行われることから、再逮捕が懸念される類型です。あなたの弁解を積極的に述べて、捜査機関に理解させることもひとつ検討するべきです。この点の対応は経験ある弁護士にきちんとご相談されることをお勧めいたします。

また、あなたが捜査を受けた端緒は、おそらく、もとの詐欺の被害者からの被害申告にあります。あなたは右詐欺被害に関わっているわけではありませんが、被害金の規模次第では、被害者との示談も検討するべきです。

犯罪収益移転防止法はマネーロンダリングといった組織犯罪の処罰を目的としており、個人的法益を対象とはしていません。そのため被害者との示談が成立しても、すぐに釈放や不起訴といった判断には結びつかないのが率直なところです。

しかしながら、組織犯罪の処罰も終局的な目的は被害者保護にあるわけですから、被害回復の事実は終局処分の判断において有利にしん酌されます。また詐欺被害金の認識はなかったけれども、結果として詐欺被害の一助を担ったことを反省して被害回復を図った事実は、否認と両立しつつ、主張は可能です。

資力にもよりますが、このような対応も検討してゆく必要があります。

3 結語

P2P取引は送金がユーザー間で直接なされることもあり、捜査機関が外形的に見れば、犯罪収益の移転があったとの疑念を抱きやすい類型です。お困りの方はお近くの法律事務所にご相談ください。

以上

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