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No.1597、2015/4/18 16:54 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

【民事、交通事故で損傷した乗用自動車の評価損(格落ち)の損害賠償請求、修理費基準方式、東京地方裁判所平成23年11月25日判決】


交通事故で損傷した乗用自動車の評価損(格落ち)の損害賠償請求

質問:
新車で購入した自動車が交通事故で事故車となってしまいました。保険会社は修理費用しか負担しないと言っていますが事故車では価値が下がってしまいます。修理代の他に請求できないでしょうか。
私は,とある会社の代表取締役です。営業の従業員は社外に出ることが多く,会社で購入した社用車を利用させて,取引先との打合せに行ってもらっています。先日,会社で購入した新車(200万円相当)を従業員が運転し駐車場に止めていたところ,後ろから別の自動車が衝突し,車が大破してしまいました。修理費として,100万円程度かかっています。修理費用自体は,加害者の保険会社が支払っています。新車ということで走行距離もほとんどない状態でした。この車は事故車という扱いになってしまいましたので,価値がかなり下がっていると思われます。会社としては任意保険に入っており,弁護士費用特約というものを使えると聞いています。



回答:

1 あなたはその所有する乗用自動車を,加害者の過失によって損傷されたのですから,不法行為に基づいて損害賠償を請求できる立場にあります。
  もっとも,物損の場合、修理代や代車費用のほかに、評価損については加害者の保険会社が支払を拒否するケースも多く,適切な証拠を集めて,かつ,保険会社を説得できるだけの主張を行う必要があるでしょう。

2 物的損害については、修理をすれば元に戻ると考えると修理に要する費用を損害とすることが原則となります。しかし、事故車(事故歴)扱いになってしまった場合,いわゆる「評価損(格落ち)」として,当該車両の商品価値(交換価値)が下がってしまうことも事実です。しかし、自動車の場合、事故後も自分で利用することが前提ですから商品価値が下がったからと言って、その減額分全額が損害と認められるかと言うと疑問が生じます。そこで、評価損についてどのような場合にどの程度の損害賠償ができるか問題となります。
  判例上評価損が認められためには,車種,登録時期,走行距離,損傷部位,中古車価格,などの様々な事情を考慮することが必要とされています。そして,実務上算定方式として多いのは,修理費用の何割かという修理費算定方式です。今回でも,車種等にもよりますが,修理費100万円の何割か(2〜3割が多い)を評価損として請求できる可能性があり,交渉次第によっては増額を狙うことが可能です。

3 このような問題点があることから,評価損については加害者の保険会社が支払を拒否するケースも多く,適切な証拠を集めて,かつ,保険会社を説得できるだけの主張を行う必要があるでしょう。保険会社との交渉がまとまらない場合には,直ちに訴訟を提起する必要があります。この点については,評価損の算定方法や証拠収集方法など,法的に難しい点もはらんでいますので,請求には専門的知識を有する弁護士に相談・依頼されることを強くお勧めします。なお,自分が加入している任意保険に弁護士費用特約が付いている場合,弁護士費用の負担を気にする必要はありません。

4 交通事故の評価損(格落ち)の損害賠償に関する事例集としては,その他64番655番902番等を参照してください。


解説:

第1 評価損(格落ち)による損害賠償請求

 1 取引上の評価損(格落ち)とは

 (1)ご指摘の点について,まずそもそも損害賠償請求が可能かどうか,どのような損害に該当するのか,という点について検討していきます。
交通事故が起きた場合,加害者である車の運転者は,過失によってあなたの会社の所有していた乗用自動車を大破させてしまい,財産上の損害を与えたのですから,加害者にはいわゆる不法行為に基づく損賠賠償請求(民法709条)が成立することになります。

  そして,交通事故で生じた損害の内容には,人の身体が傷害を負ったことによる賠償(人的損害)と,それ以外の財産的な被害の賠償(物的損害)の2つに分かれますが,今回請求するものは車両に関する損害賠償であり,後者に該当します(人的損害については自動車損害賠償補償法の適用がありますが、物的損害の場合は民法の不法行為の問題となります)。

 (2)物的損害に関する賠償として,今回まず認められるのは実際に支出した修理費用です。修理費用は,交通事故で損害が生じて修理支出の必要性・相当性が認められれば,問題になることはあまりありません。今回も,加害者の代理をする保険会社が問題なく支払っています。また、修理中の代車の費用についても事情によっては認められます。
  それでは,上記の修理費用に加えて,事故車という扱いになってしまったこと自体を損害と捉え,損害賠償請求をすることが可能なのでしょうか。この点は,いわゆる車両の評価損(格落ち)の賠償が認められるか,という問題として論じられています。
修理などの事故歴のある車両は,下取りや売却の際に評価が下がってしまうことがあります。このように,事故歴によって車両の交換価値自体が下がってしまうことを,評価損(格落ち)といいます。
評価損が,損害賠償の対象として認められるかについては様々な議論があり,裁判例上も判断が肯定・否定で別れているところです。

 (3)まず,そもそも評価損という損害概念を認めるかどうか,といった点から争いがあります。

  不法行為における損害賠償請求の「損害」については,事故前の価値と事故後の価値を比較して,価値が下がった分だけを法律的な損害として認め,その差額について賠償を認める,というのが実務の立場です(差額説)。

  修理を行い,車両に何らの機能的な障害もなく,耐用年数が下がることもない場合には,車両の外見上・機能上も価値が下がっているわけではないので,事故車というのみで「損害」と認めるのは,上記差額説の考え方からはそぐわないようにも思えます。評価損は、修理した自動車を売却せずに使い続ける場合には現実化しない損害ということになります。

  しかしながら,中古車の査定・費用の見積もりを出すときには,事故歴があるという点を考慮するのが通常であり,実際に事故歴のある車両は,そのこと自体で交換価値(引取価額)が大きく下がります。特に新車(に近い状態)は,新車であるというだけで交換価値がありますが,事故歴があると新車であっても購入者も減り,引き取り価格は大きく値を下げることになるのが通常です。購入者も,事故車でないことを重要視して新車価格に近い価格で車両を購入することが多いでしょう(事故歴があれば,敬遠する購入者も多く,取引上の価値は下がります)。

  したがって,事故歴のある車両は,そのこと自体で商品価値(交換価値)が下落することは経験則上明らかであるとして,評価損(格落ち)を損害として認めるのが実務の立場です。事故前の交換価値と,事故歴があることによって交換価値が減少するのですから,上記差額説からも損害賠償が認められうるところです。裁判例上も,一定の場合に評価損が損害として認められています(一例として,東京地方裁判所平成23年11月25日判決を後述します)。

 2 評価損(格落ち)が発生するかどうかの基準

 (1)上記のとおり,評価損とは,事故歴があることによって事故車の取引上の交換価値が下がることを指します。

  ただし,事故歴があるからといって必ずしも評価損が認められるわけではありません。そもそも耐用年数がかなり経過しているなど交換価値が購入した時よりも大分下がっており,事故歴があることによる交換価値の減少があまり認められないことも多々あるからです。

  また、評価損が認められるとしても、自動車ですから修理して使用していれば当然交換価値は下がるわけですから何時の時点での交換価値を基準に損害を算定するのか明らかではありません。例えば、自動車を売却する契約を締結したが事故にあってしまったような場合は、事故により同じ金額で売却できないことになれば損害は発生したと言えるでしょうが、そのような場合は特殊な場合ですし、予見可能性の問題により、契約金額と事故後の評価額の差額について加害者が負担すべきか問題が残ります。

評価損を認めた裁判例として,東京地方裁判所平成23年11月25日判決は以下のとおり述べています。

「原告車は,平成20年7月に初年度登録がされた日産社製スカイラインGTRプレミアムエディション車であり,生産台数の限定された高級車である。原告会社は,原告車を車両本体価格834万7500円(消費税込み)で購入し,本件事故当時の走行距離はせいぜい945kmにすぎなかった。原告車は,初年度登録からわずか3か月後に本件事故に遭い,リアバンパー等が損傷し,その修理には141万5478円を要した。しかし,原告車は,リアフェンダを修理した後も,トランク開口部とリアフェンダとの繋ぎ目のシーリング材の形状に差があるなど,本件事故前と同じ状態には戻らなかった。」

  以上の判旨からは,(1)車両が高級車であること,(2)走行距離が短いこと,(3)初年度登録から事故までの期間が短かったこと,(4)修理によって事故前の状態に戻らなかったこと,といった点を総合的に考慮して評価損を肯定していることが分かります。
(2)評価損を肯定・否定した裁判例は数多く上るところであり,必ずしも判断は一定していないところですが,概ね,以下の事実が考慮要素とされています。

ア 初年度登録からどれくらいの期間が経過したか
イ 走行距離はどれくらいか
ウ 車両の人気(高級車や生産台数など)
エ 損傷,修理の部位はどこか
オ 購入時の価額はいくらか
カ 中古車市場での販売価格は幾らか

  これらの事情はあくまで指標となりますので,個別具体的な認定は,保険会社との交渉,最終的には裁判官の判断次第ということになります。もっとも,有利な事情については多く主張しておくに越したことはありません。

  本件でも,新車ということで初年度登録からの期間がないこと,走行距離が大きくないこと,大破ということで重要な部分まで損傷が生じていることなどといった事情からすれば,評価損が生じる余地は十分にあるといえるでしょう。

3 評価損(格落ち)が認められた場合の具体的な損害額(算定方法)

(1)では,車両に評価損が認められるとして,実際の賠償額はどのように算定するのでしょうか。この点についても,裁判例によって認定が分かれています。さきほどの東京地方裁判所平成23年11月25日判決は以下のとおり述べています。
  
「上記認定事実によれば,原告車には本件事故による修理歴があることにより商品価値が下落することが見込まれ,評価損が生じていることが認められるところ,その額は,上記認定事実に加えて,原告車に修理後も機能上の欠陥が残存していることの立証はないことも併せ考慮すると,修理費用の50%に相当する70万7739円と認めるのが相当である。」

   まず,修理歴によって,商品価値が下落したとして評価損が認定されています。そして,評価損を認める際の上記の考慮要素を元にして,修理後も機能上の欠陥が生じていないことを考慮し,修理費用の50%が具体的な損害額として認定されています。
(2)事故歴があることによる商品価値の下落に関し,実際にどのくらい商品価値が下落したかの評価は難しい作業です。この点,評価損の算定方法としては,判例上様々なものがあります。

ア 減価方式(修理前後の時価の差額)
イ 時価基準方式(事故時の時価を基準に一定の割合をかけたものを損害とする)
ウ 修理費基準方式(修理費を基準とし,その修理費用に対する一定の割合をかけた者を損害とする)
エ 総合評価(一定の基準を示さず諸般の事情を考慮して算定する)

  本来,事故に遭ったことによって車両の取引の価値が下がることを賠償するのが評価損の考え方ですから,原則的には,修理前後の価額を算定し,両者の差額を賠償させる(アの減価方式)のが,評価損の本来的な考え方からは導きやすい考え方といえるかもしれません。

  しかしながら,事故前後の車両の実際上の取引上の金額(事故車であることの価値の減少)をそれぞれ算定,比較することは極めて困難な作業です。特に機能上の障害が生じていない事故車の場合には事故車としての交換価値の減少分を算定することは困難を極めますし,さらに現在の価値を計算できたとしても,車両の価値は購入時から劣化し下がり続けているので現在の取引価値の減少が全て交通事故と因果関係のある損害とはいえないからです。

  そこで,実際に判例上採用されることが多いのは,ウの修理費基準方式です。アの減価方式が交換価値の減少という点から考えれば合理的ですし被害者の保護という点からは妥当と考えられます。被害者としては新車を購入して下さいと言いたい気持ちは理解できます。しかし、通常、自動車は使用を継続し、それにより価値は減少する訳ですから交換価値の減少と言うだけで損害が実際に発生しているといえるかという問題があります。

  多くの裁判例において修理費基準方式が採用されている理由として大きいのは,修理費用は客観的な数値として明確であり,算定が比較的容易に可能である(減価方式の難点を克服できる)というところにあります。

  この点,評価損は事故によって取引価値が減少したという場合の損害ですから,取引価額ではなく修理費を基準にするというのは違和感があるかもしれません。しかし,実務及び中古車市場の経験則上,一般に車両の損傷の程度が大きい場合には,その分修理費は高額になります。そして,修理費を掛けた分だけその分事故車として扱いが悪くなり(修理が多い自動車であれば,より購入者が敬遠することでしょう。),車両の価値の低下も大きくなると考えられています。すなわち,修理費が高額になればなるほど,車両価値が低下しているとして,両者は相関関係にあるという考えが根底にあるのです。

  したがって,修理費を基準に取引価値の下落,すなわち評価損の金額を決めるという考え方を取るというのは,事故車による取引価値の減少を賠償するという評価損概念からも説明可能な,合理的な計算方法ともいえます。

  そして,修理費基準方式を採用する場合,修理費用に一定の割合を掛けて評価損の具体的な金額を決める,という算定基準が取られているのが通例です。

  評価損を認める場合,事故車として扱われるものの,取引上の価値が全くなくなったというわけではなく,修理費自体は別途賠償の対象となりますので,修理費用全額を評価損として賠償するわけにはいかない場合が多数である場合が多いと思われます。そこで,裁判所においては,評価損について,修理費の何%を損害額とする算定方法が取られます。

  結局,評価損の内実は,事故車という不快感,技術的に確認できない残存障害がいつ顕在化するか分からないという危険を消費者が引き受けること,事故車ということで消費者が敬遠することといった主観的評価を含めた商品価値の低下を賠償対象とするものです。

  したがって,修理費の何%という点で,明確かつ客観的な損害賠償基準を設けることは困難で,最終的には,裁判官の損害額の認定についての裁量(民事訴訟法248条参照)に委ねられる分野ともいえます。評価損の賠償額算定は,金銭的見積が困難な精神的苦痛の慰謝料の金額算定に類似した側面を持ちます。

  そして,評価損においては,修理費全額の賠償は基本的に認められるべきでないこと,また,具体的算定については裁判官の比較的自由な判断によりますが,評価損が認められる金額については,裁判例上,10%から100%(全損)まで様々な損害額が認定されています。

  評価損の賠償額については,最終的には裁判官が決するものですが,やはりある程度の指標が必要ですので「初年度登録からの期間,走行距離,修理の程度等」と言った諸般の事情(上記2の要素)を総合的に考慮して決せられることとなります。これらの事情を考慮して,比較的多く認められているのが20から30%程度です。実際に賠償される修理費用その他の損害との比較均衡,実際に中古車としての販売が可能であること,購入からの時間経過による価値の減少などを総合的に考慮した上で,損害額全体として経済的に妥当な金額として算出した金額がこの数字であると考えられます。

  そして,実際の損害額の算定に当たっては,2で述べたような考慮要素を総合的にみて,商品価値の下落が大きいと判定できるには,評価損の認められる割合が高くなります。購入後間もない車両については,商品価値の下落も大きいと裁判官が判断し,修理費の50%程度が評価損として認められることもあります。

  本件でも,修理費用が100万円ということですので,その金額をベースに車種や走行距離,修理の部位等を総合的に考慮して商品価値の下落が大きいと判断された場合には,比較的大きい金額の評価損割合が認められることになるでしょう。

第2 評価損を争う具体的方法

 1 証拠の収集

 評価損が認められるには,まずは証拠の収集が極めて重要になるのはいうまでもありません。交渉相手となる加害者の保険会社も客観的資料を要求しますし,訴訟(裁判)になった場合の立証責任は被害者側にあるので,証拠をあらかじめ収集しておくに越したことはありません。

 (1)上で述べたとおり,評価損は様々な考慮要素を総合的に評価して決められるものです。したがって,車種,登録年度,走行距離,修理の部位,などが証明できる証拠は最低限押さえておく必要があります。車検証や修理関係の書類は集めておく必要があるでしょう。

  そして,実務で主張が認められやすい評価損の算定方法は,上で述べたとおり修理費を基準にする方式です。したがって,修理をする際には必ず修理見積書を作成してもらい,手元に取っておく必要があるでしょう。

 (2)また,評価損については査定も重要な証拠となりえます。その中でも,一般財団法人日本自動車査定協会が,評価損に関する査定を行っていますので,交渉や裁判で揉めることが想定される場合には,これをあらかじめ取得しておくことも有用です。実際の裁判でも,証拠上の価値はあると考えられます。

 2 保険会社との交渉

   以上の証拠資料を元に,まずは加害者側の保険会社と交渉を行うことになります。実際に交渉を行う相手方は,示談代行の保険会社の担当者になります。ただし,保険会社は一般的には評価損を認めることはそう多くありませんので,交渉が必要になるでしょう。

   客観的な資料や評価損が認められた裁判例を元に,本件でも評価損が認められ,かつその割合も高いものであることを,法的評価を交えつつ,交渉していく必要があります。保険会社の担当者は交渉に長けていることが多いですので,こちらも,交通事故に関する知識に長けた弁護士を入れて交渉を入れることをお勧めします。

 3 訴訟の提起

   そして,保険会社との交渉で解決しない場合には,評価損の損害賠償を求めて訴訟を提起するしかありません。この場合,もっとも重要なのは上で述べた証拠になります。損害についての主張立証責任は,被害者であるあなたにあるからです。

  1で集めた証拠を元に,関係裁判例と比較を行いつつ,説得的に裁判官に主張立証活動を行っていく必要があるでしょう。

 4 弁護士の利用(弁護士特約)

   保険会社,裁判所において主張立証活動を行うことは容易ではありません。評価損は多分に評価的な概念であり,保険会社も容易に認めない傾向にあることから,交通事故に精通した弁護士を入れて速やかな交渉,裁判を行うことが場合によっては必要でしょう。

  もっとも,交通事故のうち物損賠償のみを求める場合,賠償額が少なく弁護士費用の方が高くつくこともありますので,費用面を踏まえても弁護士に依頼するメリットがあることが必要です。ただし,自分が加入している自動車保険(任意保険)に,弁護士費用を補てんしてくれる保険(弁護士特約)が付いている場合,そちらを利用すれば自分で弁護士費用を負担する必要がなくなりますので,このような場合には弁護士に直ちに依頼を考えるべきでしょう。

 5 結論

   以上のとおり,本件では評価損が認められる可能性がありますが,証拠を速やかに収集していく必要性がありますし,保険会社との交渉や裁判では適切な主張立証活動を行っていく必要があります。評価損の問題でお悩みの場合には,専門的知識を有する弁護士への相談を検討されるとよいでしょう。

<参照条文>
民法
 第五章 不法行為
(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

<参考判例>
東京地方裁判所平成23年11月25日判決
平成22年(ワ)第38680号損害賠償請求事件(本訴),平成23年(ワ)第15186号同反訴請求事件(反訴) 

主文

 1 被告は,原告会社に対し,23万4321円及びこれに対する平成20年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告は,原告X1に対し,9万5605円及びこれに対する平成20年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被告は,原告X2に対し,8万2547円及びこれに対する平成20年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 4 原告X1は,被告に対し,23万3078円及びこれに対する平成20年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 5 原告らのその余の本訴請求及び被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。
 6 訴訟費用は,本訴・反訴を通じて,これを15分し,その2を被告の負担とし,その1を原告X1の負担とし,その1を原告X2の負担とし,その余を原告会社の負担とする。
 7 この判決は,第1項ないし第4項に限り,仮に執行することができる。
 
 
事実及び理由

第1 請求
 (本訴)
 1 被告は,原告会社に対し,292万円及びこれに対する平成20年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告は,原告X1に対し,33万5350円及びこれに対する平成20年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被告は,原告X2に対し,34万1825円及びこれに対する平成20年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (反訴)
 原告X1は,被告に対し,35万1540円及びこれに対する平成20年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 平成20年10月19日午後5時30分頃,東京都千代田区の神保町交差点において,右折しようとしていた原告X1運転の普通乗用自動車(以下「原告車」という。)と対向車線を直進しようとしていた被告運転の普通自動二輪車(以下「被告車」という。)とが衝突する交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 本件は,本件事故に関し,原告らが被告に対して提起した本訴事件と,被告が原告X1に対して提起した反訴事件とから成る。このうち,本訴事件は,@原告車を所有する原告会社が,被告に対し,民法709条に基づき,評価損等の物的損害292万円及びこれに対する本件事故の日(平成20年10月19日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,A原告X1が,被告に対し,民法709条,自動車損害賠償保障法3条に基づき,治療費等33万5350円の人的損害及びこれに対する上記@と同様の遅延損害金の支払を,B原告車に同乗していた原告X2が,被告に対し,民法709条,自動車損害賠償保障法3条に基づき,治療費等34万1825円の人的損害及びこれに対する上記@と同様の遅延損害金の支払を,それぞれ求める事案である。反訴事件は,被告車を所有する被告が,原告X1に対し,本件事故による損害のうち人的損害を除く一部請求として,民法709条に基づき,被告車の時価額等の物的損害35万1540円及びこれに対する上記@と同様の遅延損害金の支払を求める事案である。
 2 前提となる事実
 次の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(甲4,5,乙4,5)及び弁論の全趣旨により容易に認められる。
  (1) 本件事故の発生
   ア 発生日時 平成20年10月19日(日)午後5時30分頃
   イ 発生場所 東京都千代田区神田神保町1丁目10番地先路上
   ウ 原告車 原告X1の運転する普通乗用自動車(足立○○ゆ○○○)
   エ 被告車 被告の運転する普通自動二輪車(○足立み○○○)
   オ 事故態様 上記発生場所の信号機により交通整理の行われている神保町交差点(以下「本件交差点」という。)において,右折しようとした原告車と対向車線を直進しようとした被告車とが衝突した。
  (2) 当事者等
   ア 原告会社は,土木工事業,建築工事業等を目的とする株式会社であり,原告車の所有者である。原告車は,平成20年7月に初年度登録がされた日産社製スカイラインGTRである。
   イ 原告X1は,原告会社の代表取締役である。原告X2(本件事故当時16歳)は,原告X1の子で,本件事故の際は原告車に同乗していた。
   エ 被告は,被告車の所有者である。被告車は,平成14年に初年度登録がされたヤマハ社製マジェスティ250CCである。
 3 争点
  (1) 被告及び原告X1の双方の過失の有無・程度(本訴・反訴共通)
  (2) 原告らの損害額(本訴関係)
  (3) 被告の損害額(反訴関係)
 4 争点に関する当事者の主張
  (1) 争点(1)(被告及び原告X1の双方の過失の有無・程度)について
 (原告ら)
 本件事故は,被告が,赤信号を無視して本件交差点に進入した上,前方不注視により,対向車線で青右矢印信号に従って右折を開始していた原告車を見過ごしたまま進行したため,発生したものである。したがって,本件事故は,被告の一方的な過失により生じたものであり,原告X1には過失はないから,過失相殺の対象となることはなく,原告X1が被告に対して損害賠償責任を負うこともない。
 (被告)
 本件事故は,原告X1の前方不注視により発生したものであり,被告には過失はない。
 すなわち,被告は,被告車を運転して,別紙現場見取図(以下「別紙見取図」という。)にある靖国通りを西から東に向かって時速50km〜60kmの速度で進行し,本件交差点の停止線の手前約17mの位置で,対面信号が青信号から黄色信号に変わるのを認めたが,その時点では上記停止線で安全に停止することができなかったため(被告車の速度が時速50kmであったとしても,被告車が停止するまでには約32mの距離が必要である。),道路交通法施行令2条1項2号但し書きに従って,黄色信号ではあるが本件交差点に進入した。被告車は直進車であるのに対し,原告車は右折車であるから,本件交差点においては,当然に直進車である被告車が優先し,原告車としては,被告車の通過を待ってから右折を開始するべきであるにもかかわらず,原告X1が,前方の安全確認を怠り,対向車の有無及びその動静を確認することなく,いわゆる早回り右折をしたために,本件事故が生じた。したがって,本件事故は,原告X1の一方的な過失により生じたものであり,被告には過失がないから,過失相殺の対象となることはなく,被告が原告らに対して損害賠償責任を負うこともない。
  (2) 争点(2)(原告らの損害額)について
 (原告ら)
   ア 原告会社の損害 合計292万円
 (ア) 評価損 200万円
 原告車は,平成20年7月に初年度登録がされた日産社製スカイラインGTRプレミアムエディション車であり,最新のテクノロジーが駆使されたスポーツカーで,生産台数も限定されており,希少価値の高い高級車である。
 原告車は,新車価格(車両本体価格)が924万円であり,本件事故当時,購入後約3か月しか経っておらず,走行距離も389kmで,新車同様の状態であった。
 本件事故による原告車の損傷を修復するために要する修理費用は159万0322円であるが(甲5),原告車は希少価値の高い車両であるため,修理の際に同じ部品が見つからなかったことなどにより,元どおりに修復することは不可能であった。したがって,本件事故により,原告車には,取引上の評価損だけでなく,技術上の評価損も生じており,原告車の交換価値の減価は200万円を下らない。
 (なお,原告会社は,原告車の修理費用については,本件訴訟では損害賠償を請求していない。)
 (イ) 代車費用 72万円
 原告会社は,原告X2が将来運転免許を取得したら同人が主として乗る目的で事前に原告車を購入したが,本件事故当時は,原告X2がまだ運転免許を取得していなかったため,原告車を営業車両とし,原告会社の代表者である原告X1の通勤や,営業先や工事現場に行くために使用していた。
 原告車は本件事故により自走不能となり,その修理に長期間を要したため,原告会社は,平成20年12月21日から平成21年3月20日までの90日間,代車(メルセデス・ベンツS500L)を必要とし,その費用は合計72万円(日額8000円)であった。
 (ウ) 弁護士費用 20万円
   イ 原告X1の損害 合計33万5350円
 原告X1は,本件事故により頸椎捻挫の傷害を負い,平成20年10月20日から同年12月2日まで,五ノ橋クリニックに通院した(実通院日数9日)。
 これにより,原告X1は,治療費11万1750円,通院交通費3600円(通院1日当たり往復バス代400円×9日),慰謝料17万円の合計28万5350円に弁護士費用5万円を加えた33万5350円の損害を被った。
   ウ 原告X2の損害 合計34万1825円
 原告X2は,本件事故により頸椎捻挫及び腰椎捻挫の傷害を負い,平成20年10月20日から同年11月7日まで,五ノ橋クリニックに通院した(実通院日数9日)。
 これにより,原告X2は,治療費11万8225円,通院交通費3600円,慰謝料17万円の合計29万1825円に弁護士費用5万円を加えた34万1825円の損害を被った。
 (被告)
   ア 原告会社の損害について
 (ア) 評価損について
 原告車が平成20年7月に初年度登録がされた日産社製スカイラインGTRであることは認め,その余は不知ないし否認する。
 原告車の損傷個所は,主にリアバンパーやリアフェンダーであり,中古車販売に際して修復歴の表示義務までは負わない箇所であり,また,修理に際しては,ほとんどの部品が新品に取り換えられており,本件事故によって損傷を受けた部品が取り付けられたままになっているわけでもない。したがって,原告車には評価損は発生していない。
 なお,原告車の修理費用については,141万5478円とすることで協定済みである。また,原告車の走行距離は,平成20年11月11日時点で945kmである。(乙2)
 (イ) 代車費用について
 不知ないし否認する。原告会社は,原告X2が将来運転免許を取得したら同人が主として乗る目的で原告車を購入したというのであるから,原告車以外にも営業車両があったはずである。したがって,代車の必要性が認められない。
 仮に,代車の必要性が認められるとしても,原告会社の主張する用途に高級外車を使用する必要性はなく,一般的な日額3000円程度の代車で足りるし,代車使用期間も2週間程度で足りる。
   イ 原告X1及び原告X2の損害について
 いずれも不知ないし否認する。原告X2の主張する慰謝料額は高額にすぎ,相当ではない。なお,原告X1及び原告X2は,原告側保険会社(株式会社損害保険ジャパン)から,治療費全額について既に人身傷害補償保険金の支払を受けており,治療費は填補済みである。
  (3) 争点(3)(被告の損害額)について
 (被告)
 被告は,本件事故により,物理的全損となった被告車の時価額28万6000円,レッカー費用1万5540円,弁護士費用5万円の合計35万1540円の物的損害を被った。
 (原告X1)
 いずれも不知ないし否認する。
 被告車の損傷部位は,基本的には前輪及びフロントカバーの部分であって,修復不可能ではないから,物理的全損には当たらないし,仮に,物理的全損であったとしても,被告車の時価額は,平均的な市場価格の25万0300円以下とすべきである。
第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(被告及び原告X1の双方の過失の有無・程度)について
  (1) 認定事実
 証拠(甲6〜9,13,乙1の1〜4,3,5,原告X1本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。以下の認定に反する証拠は,採用することができない。
   ア 本件交差点は,別紙見取図のとおり,東西に走る両国方面(東)と九段方面(西)とを結ぶ靖国通りと,南北に走る皇居方面(南)と水道橋方面(北)とを結ぶ白山通りとが交差する十字路交差点であり,信号機による交通整理が行われており,その四方に横断歩道が設けられている。靖国通りは,本件交差点を境として,九段側は被告車の進行方向が4車線(車道幅員11.7m),反対方向が3車線となっており,両国側は原告車の進行方向が4車線(車道幅員11.3m),反対方向が3車線となっている。上記各道路の最高速度は,靖国通りが時速60kmに,白山通りが50kmに,それぞれ制限されている。本件交差点を挟んだ靖国通りの見通しは,九段方面と両国方面のいずれから見ても良好である。(乙1の2〜4)
   イ 原告X1は,原告X2を助手席に乗せた原告車を運転して,靖国通りを両国方面から九段方面に向かって走行し,本件交差点を右折して水道橋方面に向かうため,本件交差点手前で中央分離帯に接している最も北側の第4車線(右折専用車線)に入った。原告X1は,本件交差点の東詰横断歩道付近(別紙見取図記載の@地点)で右折待ちの先行車両(別紙見取図記載の甲)に続いて一時停止し,右折先の白山通りの横断歩道(本件交差点北詰の横断歩道)の歩行者や対向車線の直進車の通過待ちをした後,青右矢印信号に従って発進した先行車両に続いて右折を開始した。原告X1は,被告車のブレーキ音を聞くまで被告車に気付いていなかった。(乙1の3,原告X1本人)
   ウ 被告は,被告車を運転して,靖国通りの九段方面から両国方面に向かう4車線のうち第3車線(直進用車線)を時速50〜60km(秒速約13.9〜16.7m)の速度で走行してきて,本件交差点をそのまま直進して通過しようとした。被告は,本件交差点の手前で対面信号が青信号であることをいったん確認して進行した後,別紙見取図記載のdocument image地点から約48m手前,本件交差点の西詰横断歩道の停止線から約16m手前において本件交差点の対面信号を確認したところ,黄色信号に変わっていたが,上記停止線までの距離・被告車の走行速度からみて上記停止線に安全に停止することはできないと判断し,道路交通法施行令2条1項2号但し書きに従って,そのまま本件交差点に進入した。被告は,上記document image地点から約32m手前の位置で,原告車に先行する対向右折車の動きに気を取られて脇見をし,前方を注視していなかった。被告は,そこから更に約10m進行し,上記document image地点から約22m手前,本件交差点に進入する直前の位置に至って,別紙見取図B地点付近に右折しようとしている原告車を発見し,危険を感じて急ブレーキをかけたが間に合わず,被告車は原告車と衝突して転倒した。なお,被告車の前照灯は,走行中,自動点灯されていた。(乙1の3・4,原告X1本人,被告本人)
   エ 原告車と被告車が衝突した場所は,別紙見取図記載のdocument image地点であり,被告車の前部が原告車のリアバンパー等に衝突した。(乙1の3・4,原告X1本人,被告本人)
   オ 本件事故当時の本件交差点の信号機の信号表示のサイクルは次のとおりである。(乙1の1)
 (ア) 本件交差点には,別紙見取図(乙1の3)記載のとおり,靖国通りの4か所に車両用信号機が設けられている。
 (イ) 被告車,すなわち,靖国通りを直進する車両を規制する信号機の信号表示のサイクルは,次のとおりであり,1サイクル137秒である。
 青(65秒)→黄色(3秒)→赤色(9秒)→黄色(3秒)→全赤(3秒)→赤(51秒)→全赤(3秒)
 (ウ) 原告車,すなわち,靖国通りを両国方面から九段方面に向かって走行してきて本件交差点を右折する車両を規制する信号機の表示のサイクルは,上記(イ)の1回目の赤信号(9秒)を表示する信号機の下段に青右矢印信号が9秒間表示されるほかは,上記(イ)と同じである。
  (2) 検討
   ア 上記認定事実によれば,@被告が対面信号が青信号から黄色信号に変わっているのを確認した地点から停止線までは約16mであり,被告車の速度(時速50〜60km,秒速約13.9〜16.7m)に照らし,被告車がこの距離を進行するのに1秒前後を要すること,A被告が対面信号が黄色信号に変わっているのを確認した地点から衝突地点までは約48mであり,被告車の速度及び被告車が途中で急制動の措置を執っていることからみて,被告車が上記距離を走行するのに3秒程度は要したことになることが認められ,上記(1)オの信号表示のサイクルを併せ考慮すると,被告車は対面信号が黄色信号で本件交差点に進入し,原告車と被告車が衝突したのは,被告車の対面信号が赤信号に変わった直後であり,かつ,原告車の対面信号が青右矢印信号に変わった直後であったと認めるのが相当である。
   イ 上記(1)及び(2)アの認定事実によれば,@被告は,進行方向にある本件交差点の対面信号が青信号であるのをいったん確認した後,黄色信号に変わっているのを認めながら本件交差点に進入したこと,A被告は,対面信号が黄色信号に変わった瞬間は確認していなかったものの(被告は,本人尋問において,対面信号が青信号から黄色信号に変わる瞬間を見たと供述するが,実況見分の際にはそのような指示説明はしていないこと(乙1の4)を考慮すると,上記供述は採用し難い。),黄色信号に変わっているのを確認したのは本件交差点の停止線の手前約16mの位置であり,上記停止線までの距離・被告車の走行速度から見て,上記停止線に安全に停止することはできないものと判断して,道路交通法施行令2条1項2号但し書きに従って本件交差点にそのまま進入したこと,Bそれにもかかわらず,被告は,原告車に先行する対向右折車に気を取られて脇見をし,前方注視を怠ったこと,Cそのため,被告は,右折しようとしている原告車の発見が遅れ,原告車を発見して直ちに急制動の措置を執ったが,間に合わず,被告車と原告車が衝突したことが認められる。
 一方,原告車については,@原告X1は,右折する際,対向車線の車両を注視していなかったこと,A原告X1は,右折する際,先行右折車両に続いて早回りで右折しており,対面信号がいつ青右矢印となり,いつまで続いていたかを確認していなかったことが認められる。
 そうすると,被告,原告X1の双方とも,前方注視を怠り,その結果,相手方車両の動静を十分確認せず,衝突を回避することができなかった過失があるというべきである。そして,交通整理の行われている交差点において,被告車が黄色信号で進入が許される直進車であり,原告車がこれに劣後する右折車であるということを基本とし,双方において前方注視義務を怠った点等の以上で認定した諸事情を併せ考慮すると,本件事故に関する過失割合については,被告30%,原告X1・70%と認めるのが相当である。
   ウ これに対し,原告らは,@原告車の前には数台の右折車両があったから,原告車は対面信号が青右矢印信号に変わってからしばらくしないと右折を開始することはできず,原告車の対面信号が青右矢印信号に変わった直後に原告車と被告車が衝突することはあり得ない,A原告車は対面信号が黄色信号から青右矢印信号に変わって数秒経った後に右折を開始したのであり,原告車が右折を開始したときには被告車は本件交差点に未だ進入していなかったから,被告車は対面信号が赤信号になった後に本件交差点に進入したことになるなどと主張し,原告X1の本人尋問や原告X1作成の陳述書(甲8)にはこれらと同旨の供述や陳述記載部分がある。
 しかしながら,原告X1の上記供述等と相反する被告本人の尋問結果があるほか,@本件事故が発生したのは日曜日の夕方であり,靖国通りの交通量は閑散であったこと(甲9,乙3,被告本人)や,原告車は,青右矢印信号に変わって右折を開始した先行車両に続いて右折を開始したことからすると,青右矢印信号に変わった直後に原告車と被告車が衝突することがあり得ないとまではいえないこと,A原告X1は,本件事故の日の4日後に保険会社の担当者から事故状況調査を受けた際には,原告車が右折を開始したのは対面信号が青右矢印信号から赤信号に変わった直後くらいであったと説明していたのであり(甲9),原告X1の供述内容には一貫性がなく,原告X1は右折開始時に対面信号を確認していたとは認め難いこと,B他方,被告は,本件事故直後に臨場した警察官に対し,黄色信号で本件交差点に進入したと述べている上,本件事故の日の9日後に事故状況調査に訪れた保険会社の担当者に対しても,黄色信号で本件交差点に進入したと述べる一方,本件交差点に進入直後,脇見をして原告車の進行状況を確認しなかったと説明しており(甲9),不利益な点も含めて供述内容が本件事故直後から一貫していることなどに照らし,原告X1の上記供述等は採用し難い。そして,他に,本件事故態様に関する上記認定を左右するに足りる証拠はない。
 したがって,原告らの上記主張は,いずれも採用することができない。
 2 争点(2)(原告らの損害額)について
  (1) 原告会社の損害額
   ア 評価損 70万7739円
 (ア) 前記前提となる事実のほか,証拠(甲3〜5,7,8,11,乙2)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
 原告車は,平成20年7月に初年度登録がされた日産社製スカイラインGTRプレミアムエディション車であり,生産台数の限定された高級車である。原告会社は,原告車を車両本体価格834万7500円(消費税込み)で購入し,本件事故当時の走行距離はせいぜい945kmにすぎなかった。原告車は,初年度登録からわずか3か月後に本件事故に遭い,リアバンパー等が損傷し,その修理には141万5478円を要した。しかし,原告車は,リアフェンダを修理した後も,トランク開口部とリアフェンダとの繋ぎ目のシーリング材の形状に差があるなど,本件事故前と同じ状態には戻らなかった。
 (イ) 上記認定事実によれば,原告車には本件事故による修理歴があることにより商品価値が下落することが見込まれ,評価損が生じていることが認められるところ,その額は,上記認定事実に加えて,原告車に修理後も機能上の欠陥が残存していることの立証はないことも併せ考慮すると,修理費用の50%に相当する70万7739円と認めるのが相当である。
   イ 代車費用 認められない。
 原告会社は,原告車を,代表者である原告X1の通勤や,営業や工事現場に行くという用途に使用していたが,本件事故による修理等のため,平成20年12月21日から平成21年3月20日までの間,代車(メルセデス・ベンツS500L)を要し,その費用は72万円(日額8000円)であったと主張し,これに符合する請求書及び領収証(甲14の1・2)を提出している。
 しかしながら,@原告車は,上記ア(ア)のとおり,希少価値の高い高級車であり,これを上記用途に使用するとは容易に考え難いこと,A原告会社が原告車を購入した目的は,原告X2(本件事故当時16歳)の将来の免許取得に備えて予め車両を準備したというものであり(原告X1本人),本件事故前には原告車を運転する頻度は2か月に1回程度であったこと(甲9),B原告会社は,原告車以外に営業車両としてトラックと四輪駆動車を所有しており,また,少なくとも原告車を購入する前はこの他にカローラのライトバンも所有しており,これを上記用途に使用していたこと(原告X1本人),C原告会社が原告車を購入するに当たって上記カローラを処分したことを認めるに足りる的確な証拠は提出されていないこと,D原告会社が代車の使用を開始した時期は,本件事故から2か月経過後であり,それまでは,原告車が使用不能であったにもかかわらず,代車を使用していないことなどに照らし,原告会社が原告車を営業車両として使用しており,原告車の修理期間中,代車を使用する必要性があったとは認められない。
 したがって,その余の点について検討するまでもなく,原告会社の主張する代車費用については,これを本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
   ウ 過失相殺
 以上によれば,本件事故による原告会社の損害額は70万7739円であるところ,争点(1)について判断したところによれば,70%の過失相殺をするのが相当であり,過失相殺後の損害額は,次の計算式のとおり,21万2321円となる。
 (計算式)
 70万7739円×(1−0.7)=21万2321円
   エ 弁護士費用
 本件事案の内容,訴訟の経過及び認容額等,本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は2万2000円と認めるのが相当である。
   オ まとめ
 原告会社が被告に対して賠償請求し得る損害額は,上記ウの過失相殺後の損害額と上記エの弁護士費用の合計23万4321円となる。
  (2) 原告X1の損害額
   ア 治療費 11万1750円
 証拠(甲1の1〜6,8,乙8の1,原告X1本人)によれば,原告X1は,本件事故により頸椎捻挫を受傷し,平成20年10月20日から同年12月2日までの間,五ノ橋クリニックに通院し(通院実日数9日),治療費として合計11万1750円を要したことが認められる。
   イ 通院交通費 3600円
 原告X1の自宅から五ノ橋クリニックに通院するのに都営バスを利用すると,片道200円を要することが認められる(甲12の1〜4)。したがって,本件事故と相当因果関係のある通院交通費は,3600円(通院1日当たり往復バス代400円×9日)となる。
   ウ 慰謝料 17万円
 原告X1の受傷内容,通院期間及び通院実日数等に照らし,本件事故と相当因果関係のある慰謝料として17万円を認めるのが相当である。
   エ 過失相殺
 以上によれば,原告X1の人的損害は合計28万5350円となるところ,争点(1)について判断したところによれば,70%の過失相殺をするのが相当であり,過失相殺後の損害額は,次の計算式のとおり,8万5605円となる。
 (計算式)
 28万5350円×(1−0.7)=8万5605円
   オ 損害の填補
 証拠(乙8の1)及び弁論の全趣旨によれば,原告X1は,原告会社が締結した保険契約に基づき,上記アの治療費につき,人身傷害補償保険金11万1750円の支払を受けたことが認められるが,上記保険金は,原告X1の過失割合分の損害額19万9745円(28万5350円−8万5605円)の填補にすべて充てられるから,上記エの過失相殺後の損害の填補に充てられるものはない。
   カ 弁護士費用
 本件事案の内容,訴訟の経過及び認容額等,本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は1万円と認めるのが相当である。
   キ まとめ
 原告X1が被告に対して賠償請求し得る損害額は,上記エの過失相殺後の損害額と上記カの弁護士費用の合計9万5605円となる。
  (3) 原告X2の損害額
   ア 治療費 11万8225円
 証拠(甲2の1〜4,14,乙8の2)によれば,原告X2は,本件事故により,頸椎捻挫・腰部挫傷を受傷し,平成20年10月20日から同年11月7日までの間,五ノ橋クリニックに通院し(通院実日数9日),その治療費として11万8225円を要したことが認められる。
   イ 通院交通費 3600円
 原告X2の自宅から五ノ橋クリニックに通院するのに都営バスを利用すると,片道200円を要することが認められる(甲12の1〜4)。したがって,本件事故と相当因果関係のある通院交通費は,3600円(通院1日当たり往復バス代400円×9日)となる。
   ウ 慰謝料 12万円
 原告X2の受傷内容,通院期間及び通院実日数等に照らし,本件事故と相当因果関係のある慰謝料として12万円を認めるのが相当である。
   エ 過失相殺
 以上によれば,原告X2の人的損害は合計24万1825円となるところ,争点(1)について判断したところによれば,原告X1の過失を被害者側の過失として70%の過失相殺をするのが相当であり,過失相殺後の損害額は,次の計算式のとおり,7万2547円となる。
 (計算式)
 24万1825円×(1−0.7)=7万2547円
   オ 損害の填補
 証拠(乙8の2)及び弁論の全趣旨によれば,原告X2は,原告会社が締結した保険契約に基づき,上記アの治療費につき,人身傷害補償保険金11万8225円の支払を受けたことが認められるが,上記保険金は,原告X2の過失割合分の損害額16万9278円(24万1825円−7万2547円)の填補にすべて充てられるから,上記エの過失相殺後の損害の填補に充てられるものはない。
   カ 弁護士費用
 本件事案の内容,訴訟の経過及び認容額等,本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は1万円と認めるのが相当である。
   キ まとめ
 原告X2が被告に対して賠償請求し得る損害額は,上記エの過失相殺後の損害額と上記カの弁護士費用の合計8万2547円となる。
 3 争点(3)(被告の損害額)について
  (1) 被告車の損害 28万6000円
 前記前提となる事実のほか,証拠(乙1の3,4,5)及び弁論の全趣旨によれば,被告車の本件事故当時の時価額は28万6000円であるところ,本件事故によりフロントフォーク等を損傷し,修理することができないとして廃車されたことが認められる。被告車の損傷状況に照らし,仮に,被告車の修理が可能であるとしても,修理費用は上記時価額を上回ることが推認されるから,本件事故と相当因果関係のある被告車の損害額は,上記時価額と認められる。
  (2) レッカー費用 1万5540円
 証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件事故後の被告車の移動のため,レッカー費用1万5540円を要したことが認められ,これは,本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。
  (3) 過失相殺
 以上によれば,本件事故による被告の物的損害は合計30万1540円となるところ,争点(1)について判断したところによれば,30%の過失相殺をするのが相当であり,過失相殺後の損害額は,次の計算式のとおり,21万1078円となる。
 (計算式)
 30万1540円×(1−0.3)=21万1078円
  (4) 弁護士費用 2万2000円
 本件事案の内容,訴訟の経過及び認容額等,本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は2万2000円と認めるのが相当である。
  (5) まとめ
 被告が原告X1に対して賠償請求し得る損害額は,上記(3)の過失相殺後の損害額と上記(4)の弁護士費用の合計23万3078円となる。
第4 結論
 以上によれば,原告らの本訴請求は,被告に対し,@原告会社において23万4321円及びこれに対する平成20年10月19日(本件事故の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,A原告X1において9万5605円及びこれに対する上記@と同様の遅延損害金の支払を,B原告X2において8万2547円及びこれに対する上記@と同様の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないからいずれも棄却するのが相当である。また,被告の反訴請求は,原告X1に対し,23万3078円及びこれに対する上記@と同様の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないから棄却するのが相当である。よって,主文のとおり判決する。
 なお,被告の仮執行免脱宣言の申立てについては,その必要が認められないから,これを却下する。
 (裁判官 三木素子)
 
 〈以下省略〉



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