新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.655、2007/8/7 9:57 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

【民事・交通事故による被害の範囲・事故現場での被害填補の合意・相当因果関係・ベンツの代車費用と期間・評価損・新車への変え買え】

質問:私は、先日車を運転中、前を走っていたベンツに追突してしまいました。そのとき、「すべて私の責任です。生じた損害については、全てお支払いします。」という念書を書かされてしまいました。その後、被害者は同等の格のベンツを代車として使用しているとして、その使用料を請求してきます。これに応じなければいけませんか。

回答:

1.@貴方は相手がベンツということもあったのだと思いますが追突した責任を感じ、「すべて私の責任です。生じた損害については、全てお支払いします。」とその場でつい署名したのだと思います。しかし貴方が脅迫されたような事情があれば別ですが、自由意志で署名した以上基本的にこの念書は有効です(契約自由の原則)。従って、このような念書を書いた以上、発生したいかなる損害でもすべて当然に賠償する必要があるようにも思えますが、「生じた損害」の内容は抽象的で念書上具体的に記載されていませんから、その範囲を解釈する必要があります。すなわち「生じた損害」とは、加害者である貴方が、本件事故で法的に責任を負うべきすべての損害と解釈すべきです。なぜなら契約内容は当事者の合理的意思により決定されるのですが、貴方としては、追突の責任を感じ法的責任を負担しようとの意思であり責任がないような範囲まで賠償する考えはないでしょうし、被害者としても本件事故の法的責任を取ってもらいたいとの考えで念書を作成したと解釈するのが当事者の真意に合致するからです。

A次に「法的責任ある損害」とは「本件交通事故により生じた相当因果関係の範囲内の損害」という事になります。相当因果関係の損害とは、判例上契約関係による債務不履行による損害の範囲を定めた民法416条と同じように解釈されています。すなわち通常生ずべき損害及び、特別事情により生じた損害は行為当事者が特別事情を予見したか、予見可能な場合にのみ認められることになります。民法の大前提たる私的自治の原則は個人の行動の自由、契約の自由を基本内容にして過失行為があった場合にのみ責任を負わせるという建前をとり社会全体の発展を目指していますから責任の範囲も社会的に相当な範囲という制限が求められるのです。範囲を関連ある一切の損害(条件説といわれています)とすると損害の範囲は無限に広がる危険もあり過失責任の原則が拡大し私的自治の原則の前提となる個人の自由な行為を結果的に制限することになり妥当性を欠くことになります。例えば、ベンツを修理していた工場が火災になりベンツが更に損害を受けてもそのようなこと(火災)は予見できませんから因果関係の範囲外として責任を負わないわけです。通常の損害かどうかは責任を負わせることが社会的に相当な範囲かどうか個別具体的に検討していくことになります。

2.代車の使用料が相当因果関係の範囲内の損害といえるかどうかについては、まず、代車を使用する必要性が存在することが必要です。すなわち、通勤だけでなく、日常の買い物等でもかまいませんが、車を日常的に使用していたこと、そして、それが公共の交通機関などでは代替することが困難なことが必要です。次に、代車使用の必要性が認められたとしても同程度の格の車の使用料までが相当因果関係の範囲の損害となるかが問題です。

この点、判例は、必ずしも、本件のような場合に、同程度の車の使用料まで相当因果関係ある損害と認めてはおらず、特段の事情が無い限り、ワンランク下程度(国産高級車程度)の代車使用料までを相当因果関係のある損害と認めている例が多いようであり、金額としては1回あたり1万5000円から2万5000円程度のことが多いようです。さらに、代車を無制限に使用し続けてよいということでもありません。相当な使用期間については、基本的には、客観的に修理に必要な相当期間とされる例が多く、やはり特別の事情(部品が特別なもので、部品の取り寄せに時間を要したような場合)が無い限りだいたい1週間から2週間くらいと考えられています。

3.なお、質問からは、多少ずれますが、被害者が修理をせず、買い替えを要求してきたり、修理をした(修理代については不当に高額でなければ、損害として認められることは多いとは思われます。)としても、価値が下がった(評価損といわれます。)を請求するという事例も多く、これらの点についても触れます。まず、新車の購入代金は基本的には相当な損害には当たりません。このような新車購入代金が損害になりうるのは、経済的に修理不能、あるいは、買い替えが社会通念上相当と認められるような場合に限られます。前者は例えば、修理代のほうが買い替えるより費用がかかるときであり、後者は、フレーム等車体の本質的部分に重大な損傷が生じたことが客観的に認められる場合などが考えられます。また、仮に買い替えが認められるとしても、購入代金イコール「損害」ではなく、購入代金から事故車の下取り価格を差し引いた金額が「損害」になります。

次にいわゆる「評価損」ですが、事故暦自体が下取り金額に影響することは社会通念といえ、「評価損」を「損害」として判例も認めています。(もちろん、損傷箇所等による事例ごとの判断にはなりますが。)「評価損」については、裁判例でも様々な基準で認定されているようですが、最近は修理費を基準に認定する例が多く、修理費の10%くらいから100%まで、事例によりさまざまな認定をしていますが、一般的には30%程度という例が多いようです。

4.最後に、裁判では過失割合の問題もあり、上記のような基準で相当とされる損害が生じたとしても、事故態様によっては、すべてについて、あなたが負担しなくても良い場合もあるので、必ずしも被害者の要求にすべて応じる必要はないと思われます。(ご質問の書面も過失割合についての裁判所の認定を必ず拘束するものとも思えません。)もっとも、相手方は被害者であることは間違いない訳で、誠意のない対応が被害者の感情を逆なでし、紛争の長期化につながることは十分にありえることです。誠意のある対応を心がけるとともに、専門化の意見を聞くなどして、明らかに不当な要求には毅然とした態度をとるという態度が必要です。

≪参照条文≫

民法
(損害賠償の範囲)
第四百十六条  債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2  特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

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