教育公務員の酒気帯び運転と懲戒解雇

行政|東京高等裁判所平成25年5月29日判決|最高裁判所平成2年1月18日第一小法廷判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は公立中学校で教員をしております。先日、酒気帯び運転で警察に検挙されました、前日夜にお酒を同僚と飲みましたが、帰宅して一晩寝た翌朝もアルコールが残っていたため、スピード違反の検問にあったときに私の呼気からアルコールが検出されたのです。その後、罰金30万円の略式命令を受けました。今後、不安なのは職場の懲戒処分です。私はそのまま懲戒免職になってしまうのでしょうか。

回答:

1 地方公務員である教員が、酒酔い運転、酒気帯び運転という重大な道路交通法違反をした場合、各都道府県は、原則として懲戒免職あるいは停職処分とすると定めています。免職か停職かは具体的な事情によりますが、ご相談のように前夜飲酒が翌朝も残っていたため酒気帯び運転になっていしまった場合は停職処分ですむ場合もあります。

2 飲酒行為は身体能力や判断能力を麻痺させ、飲酒・酒気帯び状態で車を運転することは交通事故の危険性も高くなることから、飲酒運転・酒気帯び運転は、道路交通法上禁止され、違反した場合の罰則も飲酒運転の場合は5年以下の懲役又は100万円以下の罰金、酒気帯び運転の場合は3年以下の懲役又は50万円以下の罰金と厳しくなっています(道路交通法第65条。同第117条の2第1項。同117条の2の2第3項。)

3 ご相談者様のように地方公務員である公立学校の教員の場合は、飲酒運転や酒気帯び運転をすると地方公務員の非違行為として、教育委員会の定める懲戒処分に関する規定により、懲戒処分に付され、原則として停職あるいは免職処分と定められています。教育公務員の場合は、生徒児童に対して社会規範を指導する立場になりますので、このような法令違反がありますと適格性が無いと判断される危険が高くなっています。

4 しかし、懲戒免職処分を受けた場合、直ちに職を失い、収入の道が途絶えるばかりか、教員免許も失う(教育職員免許法第10条1項2号)という、被懲戒者にとっては重大な処分を受けることになります。そのため、懲戒権者も職員を懲戒免職にするには、より慎重な判断が求められると考えられます。

5 このように免職か停職かは大きな違いですが、以下に紹介する判例は、酒気帯び運転で略式命令による罰金の処分を受けた公立学校教員に対し、教育委員会が懲戒免職処分を付した事案について、懲戒免職処分は懲戒権の乱用にあたるとして、教育委員会による懲戒免職処分を取り消したものですので、限界事例として参考になります。

一般的に前日に飲酒し、翌朝び運転した際、お酒が残っていたため酒気帯び運転となってしまうことはしばしばみられます。注意しなくてはなりませんが、飲酒直後に運転する場合とは情状において異なり、具体的な状況にもよりますが、ご相談のような場合は、懲戒免職処分は重過ぎると判断される場合もあります。

6 飲酒運転・酒気帯び運転などで刑事処分・職場の懲戒処分を受ける可能性のある方は、一度近くの法律事務所に相談するとよいでしょう。

なお、以下の解説中、『 』内の文章は判決文の引用です。

7 公務員の懲戒処分に関する関連事例集参照。

解説:

第1 地公法29条1項1号、3号の懲戒事由がある場合の懲戒処分の根拠

地方公務員の法令違反行為(地方公務員法第29条1項1号)や全体の奉仕者たるにふさわしくない非行行為(憲法第15条・地方公務員法第29条1項3号)があった場合、当該行為(以下「非違行為」)は懲戒処分の対象となります。そして、懲戒の手続きや効果は各都道府県の条例により定められることになります(地方公務員法29条4項)。

飲酒運転や酒気帯び運転は道路交通法に違反する法令違反行為ですので、非違行為として懲戒処分の対象となります。

第2 地方公務員の懲戒処分の判断基準

地方公務員が非違行為を行った場合、地方公務員に対し懲戒処分を行うかどうか、いかなる懲戒処分を選択するかについて、最高裁判所は平成2年1月18日判決で、次のように判断基準を述べています。

(1) 懲戒権者の裁量行為

まず、判決は、地方公務員の懲戒処分について、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を選ぶときにいかなる処分をするかは懲戒権者の裁量に任されている、としています。

『地方公務員につき、地公法二九条一項一号ないし三号所定の懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、平素から庁内の事情に通暁し、職員の指導監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に任されているものというべきである。』

(2) 懲戒処分について考慮すべき事由

次に、懲戒権者が懲戒処分をすべきか、いかなる処分内容にするか判断するときの具体的な要素として、判決は次の事情を考慮すべきとしています。

具体的には、

・懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等

・当該公務員の上記行為の前後における態度

・懲戒処分等の処分歴

・選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響

等、諸般の事情を考慮して、裁量的判断により決するとしています。

『すなわち、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを、その裁量的判断によって決定することができるものと解すべきである。』

(3) 裁量権の範囲の逸脱

そして、裁判所は、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである、としています。

『したがって、裁判所が上記の処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである(最高裁判所平成二年一月一八日第一小法廷判決・民集四四巻一号一頁。最高裁判所昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。』

(4) 教育公務員の特殊性

特に教育公務員の場合は、生徒児童に対して社会規範を指導する立場になりますので、このような法令違反がありますと適格性に欠けると判断される危険が高くなってしまいます。教育公務員は、何故社会規範が必要なのか、社会規範を守らないとどうなってしまうのか、生徒児童のそれぞれの発達段階に応じて、少しずつ指導監督していくべき職責にありますので、自分自身が社会規範に反する行為を行ってしまうことは、大きな矛盾となってしまい、期待すべき指導監督ができなくなってしまうおそれがあります。そこで、多くの自治体の教育委員会では、教職員の酒気帯び運転に関して、停職又は懲戒免職という重い処分基準を定めています。この、「停職又は懲戒免職」として一律懲戒免職とするとされていませんがこれは、一律に懲戒免職とするのではなく、個別事情を斟酌して、停職か懲戒免職かを判断せよという趣旨であると考えることができます。

※参考=東京都教育委員会の懲戒指針(交通違反関係抜粋)

https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/staff/personnel/duties/infringement.html

>4 交通事故・交通法規違反関係

>(1) 飲酒運転での交通事故

>ア 酒酔い運転又は酒気帯び運転で人を死亡させ、又は傷害を負わせた職員は、免職とする。

>イ 酒酔い運転で物を損壊した職員は、免職とする。

>ウ 酒気帯び運転で物を損壊した職員は、免職又は停職とする。この場合において、危険防止を怠る等の措置義務違反をした職員は免職とする。

>(2) 飲酒運転以外での交通事故(人身事故を伴うもの)

>ア 人を死亡させ、又は重篤な傷害を負わせた職員は、免職、停職又は減給とする。この場合において措置義務違反をした職員は、免職とする。

>イ 人に傷害を負わせた職員は、減給又は戒告とする。この場合において措置義務違反をした職員は、免職とする。

>(3) 交通法規違反

>ア 酒酔い運転をした職員は、免職とする。

>イ 酒気帯び運転をした職員は、免職又は停職とする。

>ウ 飲酒運転になるおそれがあることを知りながら、酒酔い運転又は酒気帯び運転をした者に車両又は酒類を提供した職員は、免職又は停職とする。

>エ 飲酒運転であることを知りながら、酒酔い運転又は酒気帯び運転をした者の車両に同乗した職員は、免職又は停職とする。

>オ 無免許運転、著しい速度超過等の悪質な交通法規違反をした職員は、免職又は停職とする。

第3 裁量権の逸脱を認定した判例

これまで説明したように、酒気帯び運転による道路交通法違反の場合、懲戒免職か停職かは、具体的な事情により判断されることになりますが、両者の限界事例として酒気帯び運転をして罰金30万円の略式命令を受けた中学教諭が、教育委員会から受けた懲戒免職処分が裁量権者の裁量権を逸脱し違法と判断した判決例を紹介します。やはり前夜に飲酒し、翌日呼気検査により0.3ミリグラムのアルコールが検出されたという事案です。

判例:東京高等裁判所平成25年5月29日判決(懲戒免職処分取消請求事件)

1 当事者

被控訴人(一審原告)中学校教員 酒気帯び運転で罰金30万円の略式命令を受け、その後、教育委員会から懲戒免職処分を受ける。

控訴人(一審被告)長野県(長野県教育委員会) 被控訴人が酒気帯び運転で罰金の略式命令を受けたことを理由に懲戒免職処分とした。

2 経過

前夜、飲酒をした被控訴人は翌朝、カード入りの財布を紛失していることに気がついた。探しても見つからないので、交番に紛失届けを出そうとし、自家用車に乗り交番に赴いた。交番で被控訴人の酒臭に気がついた警察官が、被控訴人の呼気検査をすると0.3ミリグラムのアルコールが検出された。これは酒気帯び運転の基準に該当するので、被控訴人は検挙され、略式裁判により30万円の罰金を受けた。その後に、教育委員会から懲戒免職処分を受け、処分を不服として懲戒処分取消の訴えを提起した。

3 判決内容

(1) 非違行為の故意について

酒気帯び運転について故意があるかどうかについて、判決は、被控訴人が財布の紛失を届けるために自動車を運転して交番に赴いており、酒気帯び運転の認識がなかったこと、酒臭以外の身体能力には異常がみられなかったことから、酒気帯び運転の故意は否定しています。酒気帯び運転による道交法違反は酒気帯びであることについての故意が必要で、既に刑事事件においては故意を認め有罪となっていますが、その点について刑事事件とは別に故意の有無が問題となっています。

『 (1) 控訴人は、本件非違行為につき被控訴人に故意又は故意に等しい重過失があると主張するので、まず被控訴人の故意について検討する。

被控訴人は、飲酒運転が法に違反し社会的にも非難されることを十分認識しており(乙3の1)、警察による取締対象であることも当然熟知していたとみられるところ、当日財布を探すために自動車を運転して自宅を出発し、財布を発見できなかったため、財布の紛失届を出そうと更に自動車を運転して交番に赴いており、同交番での呼気検査に伴う見分時には「もう終わりだ、来なければよかった。」と述べていた(甲44)というのであるから、自車を運転して交番に行った結果自らが飲酒運転で検挙されるような事態を全く予想していなかったと認められる。このことに、上記見分時に、被控訴人には、酒臭以外に、直立能力、歩行能力、態度等の異常は認められなかったことも考慮すると、被控訴人は、その際、体内にアルコールを保有する状態であったことの認識がなかったと認められ、酒気帯び運転につき故意があったとは認められない。』

被控訴人は本件酒気帯び運転について、罰金30万円の略式命令を受けていますが、判決は、被控訴人は故意が酒気帯び運転の刑事罰の要件であることを認識せず、また、刑事処分を争う意思もなかったと認められるから、前記故意がないことの認定は略式命令を受けたことにより左右されない、とし、さらに略式命令を受けたことを過度に重視すべきではないとしています。

『 なお、被控訴人は酒気帯び運転により罰金30万円の略式命令を受けているけれども、当時被控訴人は、故意が酒気帯び運転による刑事罰の要件であることを必ずしも認識せず、刑事処分を争う意思もなかったと認められる(乙10)から、上記略式命令を受けたことをもって上記認定を左右すべき事情とはいえない。また、懲戒処分の量定に当たって略式命令を受けたことを過度に重視すべきではないというべきである。』

上記判例の、この部分には、重要な論点が2つ含まれています。ひとつは、故意の有無など、事実認定について、刑事裁判と行政裁判とで結論が異なることもありうる、ということです。これは、刑事裁判と行政裁判では、訴訟物(審判対象)が異なることから説明ができます。

そしてもう一つは、非違行為があった際に、故意の非違行為(あるいは故意と同視できるような重大な過失による行為)であるか、過失による非違行為であるかは、懲戒処分において重大な違いがあるということです。社会規範に違反してしまった場合でも、過失によって違反してしまっただけであれば、敢えて規範違反を犯す意図は無いのであり、教育公務員にふさわしくない、というような強い非難まではできないと考えることができるからです。行政裁判においては、刑事事件で故意犯の有罪が確定している場合でも、強い非難に値する故意行為なのか、それとも、強い非難には値しない過失行為なのか、行政裁判の観点でもう一度審査しなおすことができるのです。

従って、万一、刑事裁判が確定してしまっている場合でも、その事件についての事実関係や、故意の有無について、もう一度詳細に確認しなおして、行政裁判において異なった主張が可能かどうか、充分に検討されると良いでしょう。

(2) 非違行為についての過失の程度

判決は、次に、故意はんではなかったとしても重大な過失がなかったか検討しています。前夜の飲酒量からすると車の運転は避けるべきだったこと、アルコールが残っている状態での車の運転は危険性があることから、過失は軽微であるとはいえないとしていますが、故意と同視すべき重大な過失はなかったと判断しています。

『 (2) 次に、被控訴人の過失の程度について検討する。

被控訴人は、前夜自己の通常の酒量を超えて25度の焼酎を水と半々の水割りにして180mlから200ml大のグラスで7~8杯という量を飲酒していたのであるから、起床後間もない時間では未だアルコールの影響が残っている可能性を考えて自動車の運転を避けるべきであったといえるし、前夜徒歩で帰宅する際に財布をなくしたと考えていたのであるから、徒歩で財布を捜すのがむしろ相当であったともいえ、酒気帯び運転について過失があったと認められる。さらに、本件運転行為の態様をみると、徒歩で財布を捜していた中断を挟んで走行距離は約3.2kmという少なからぬ長さに及び、被控訴人は、そのうち前夜の帰宅路を運転中は徐行しながら財布を捜していたと述べて脇見運転になりかねない事実を自認していること(乙1)や被控訴人の酒臭に気づいた警察官が呼気検査をした結果呼気1リットル当たり0.3mgのアルコールが検知される状態にあったこと(甲44)等からすると、本件運転行為の危険性は否定できるものではなく、過失が軽微であるとは到底いえない。』

判決は、被控訴人の過失が決して軽微とはいえないとしても、本件の場合、被控訴人は自己の体内にアルコールが残っていることを自覚していなかったこと、被控訴人から酒臭がしても歩行能力や直立能力に異常がみられなかったこと、財布の紛失届けを交番に届けに急いだこと、などからみると、被控訴人に故意と同視できるような重過失があるとまではいえない、としています。

『 しかしながら、人は科学的検査を受けない限り自己の体内のアルコール量を正確に把握することができない。また、一般に人が飲酒翌日に自己の体内にアルコールが残っていると意識するのは、二日酔いなどの体調の不調を自覚するか第三者から酒臭を指摘されることなどによるのが通常であるところ、被控訴人は一人暮らしで警察官に指摘されるまで自己の酒臭に気づかなかったとしても不自然ではないし、上記飲酒量(被控訴人本人は原審において総体として25度の焼酎720mlボトル3分の2程度を友人と2人で飲んだとも述べている。)が被控訴人の通常の酒量(同様のグラスで5杯程度)からみて必ずしも大量とまではいえず、被控訴人は前夜食事を兼ねて約5時間をかけて上記の量を飲酒したもので、その後帰宅して就寝し、通常より長時間熟睡して当日は自然に目が覚めすっきりした気分だったとしており(乙1)、上記呼気検査に伴う警察官の見分時にも酒臭以外の言語状況、顔色、目の状態、手の状態、態度はいずれも普通で、歩行能力及び直立能力も正常とされていたこと(甲44)からすると、被控訴人がアルコールの影響を自覚していなかったとしても不合理ではない。そうすると、上記の呼気検査結果の数値から、直ちに被控訴人の過失が故意に等しいほど重大であったと評価するのは、酷に失するというべきである。

また、被控訴人は、飲酒後約7時間半を経過した午前7時頃から本件運転行為を開始しているところ、帰宅後就寝して通常よりも長い6時間半ほどの睡眠をとっており、起床後財布が見当たらないことに気づいて動転していたとみられることも考慮すると、飲酒後相当時間を経過したものとしてアルコールの影響に思い至らなかったとしても、それが強い非難に値するとまではいえない。なお、控訴人は、運転開始までの経過時間がアルコール代謝に要する時間に到底満たないものであったことから、被控訴人の過失が重大であると主張するところ、一般的に体内のアルコール代謝は、酒類のアルコール量20g(25度の焼酎であれば約100ml、グラス半分ほど)を1単位とした場合に1単位につきおよそ3~4時間を要するとされていることが認められる(乙8)。しかし、アルコールの代謝には個人差があり、また同一人でも体調等に左右されるものである上、上記のようなアルコール代謝時間に関する知識が一般人の間に普及しているとは認められないし、控訴人が職員に対しそのような知識の啓発活動を行っていたという証拠もない。したがって、控訴人の上記主張はにわかに採用し難い。

また、被控訴人が本件運転行為に出た原因、理由は、前夜帰宅途中に落としたと考えた財布を捜し、交番に財布の紛失届を出すためというのであり、前記のとおり被控訴人には体内にアルコールを有することの認識がなかったのであるから、当人にとって多額の現金の入った財布を早急に捜す必要があるとして、財布に入っていたカードの発行会社への対応をした上、自動車を乗り出したこと自体を、非難に値するとまでいうことはできないし、財布の紛失届を出すために交番に赴くことはそれ自体何ら非難されるべきことではない。

そうすると、被控訴人は教員として飲酒運転の根絶に範を示すべき立場にあり、職場での飲酒運転撲滅の取組みも熟知していたのであるから、前夜の飲酒の影響を考慮せず本件運転行為に出た結果、酒気帯び運転として検挙されたことは、軽率であって過失としては軽視できないものの、これを故意に等しい重過失とまで評価することはできないというべきである。』

(3)処分指針の公表周知、停職処分選択の余地

判決は、懲戒権者が懲戒処分に関する内部規範に従って処分を決めたとしても、これだけで裁量権の逸脱・濫用の有無について判断することはできないし、また、先例に従って処分を決めたとしても、個別具体的事情により免職処分のほかに停職処分を選択する余地があることから、先例だけで本件処分の当否が決められるものではないとしています。

『 (3) 控訴人は、本件内部規範は公表されてはいなかったが、平成18年11月の本件指針改正当時から存在し、運用されてきたものであり、本件処分もこれを適用したもので、裁量権の逸脱はない旨を主張する。

しかしながら、控訴人が本件内部規範の存在を前提にした主張であるとする、別事件における長野県教育委員会作成の文書(乙22)の記載内容は、必ずしも控訴人のいう本件内部規範の内容に則したものとは認められず、控訴人の上記主張はにわかに採用し難い。

さらに、本件内部規範が仮に公表周知されていたとすれば、本件処分が裁量権を逸脱するものではないとする一事情ということができるけれども、本件内部規範は公表されず、本件処分以前の同種処分事例との関連性も証拠上明らかではないことからすると、仮に処分者が本件内部規範に従い本件処分を行っていたとしても、これを裁量権の逸脱、濫用の有無の判断に際して重視することはできない。

また、控訴人は、本件指針改正後本件処分までの長野県教育委員会による飲酒運転に対する懲戒事案においては、呼気1リットル中のアルコール濃度が0.25mg又は0.3mgでいずれも原処分は免職となったことを指摘するが、本件指針及び本件内部規範においても個別事情により停職処分を選択する余地があるとされていることをみても、他の飲酒運転事案の処分から直ちに本件処分の当否が決せられるものではない。』

(4)教員免許も失う懲戒免職を行う場合に求められる慎重な判断

懲戒処分をするとしても、判決は停職処分と比較しても免職処分は直ちに職を失い、収入の道を絶たれるほかに教員免許も失うという格段に重い処分(教育職員免許法第10条1項2号)なので、懲戒免職を選択する場合は慎重に判断すべき、としています。

『 (4) 本件指針によれば、飲酒運転に対する懲戒処分の量定は免職又は停職となるところ、被処分者にとっては、停職処分であってもその期間中の給与を失い、その後も昇級抑制等を含め有形無形の影響を受け続けるという重大な結果を生じるものであり、さらに、免職処分は、その氏名や処分事実が公表されて直ちに職を失い、収入の道を断たれるほか、教員の場合は教員免許も失うことにつながるなど、格段に重い結果をもたらすものである。したがって、飲酒運転に対する社会的非難の高まりやその根絶の要請等を考慮しても、免職処分の選択には慎重な配慮を要し、処分権者の裁量権の逸脱、濫用の有無の判断に際しても、このことを考慮する必要がある。』

行為者には故意が認められず、過失も故意に等しいほど重大とはいえず、動機・原因に非難に値する事情はなく、公務との関連も無く、事故等の重大な結果も生じておらず、過去に懲戒処分を受けた事情もない、と判決は認定しています。

『このような観点からみると、本件非違行為の動機及び態様は前記(2)のとおりであり、被控訴人には故意が認められず、過失の程度も故意に等しい重過失とまではいえないことは前記(1)及び(2)のとおりである。本件非違行為は、休日に私事で自動車を運転した際のことであるから、公務との関連はなく、本件非違行為の結果をみても、本件運転行為による事故は発生していないし、その間の運転行為に交通法規の違反や具体的な危険を生じたことをうかがわせる証拠もない。

また、被控訴人は酒気帯び運転で検挙された後、当然ながら自ら運転をせず運転代行によって帰宅しており、その日のうちに上司に本件非違行為の報告をしていたのであるから、非違行為後の被控訴人の対応に問題があったとはいえない(控訴人は検挙後報告までに7時間余が経過したことをもって遅きに失するというが、当日は土曜日で公務に支障があったとは認められず、その他報告時間によって悪影響が生じたとうかがわせる証拠はない。)。

さらに、被控訴人は、本件非違行為当時中学1年生の副担任で英語科主任の地位にあり、飲酒運転の防止、根絶に範を示すべき職責にあったものの、管理職ではなく、過去に教員として問題とみられる行動はあったものの(乙15)、懲戒処分を受けたことはなく、平成13年に速度超過による罰金を受けたほかには交通違反歴もない。』

(5)懲戒権者の裁量逸脱

以上の点から、判決は、本件非違行為について教師としてあるまじき行為として懲戒権者が懲戒処分に付した点については相当であるとしても、さらに免職処分を選択したことは懲戒権者の裁量権の範囲を逸脱し、濫用したものであり、違法である、としました。

『 (5) 以上のような事情等に照らすと、長野県教育委員会が、本件非違行為につき教師としてあるまじき行為であるとして懲戒処分に付した判断は相当ではあるが、処分として免職を選択したことは、前記のとおり被控訴人には酒気帯び運転の故意が認められず、その過失が故意に等しいほど重大であるともいえないことや、その動機、原因について非難に値する事情はなく、事故等の重大な結果も生じていないこと、被控訴人の本件非違行為後の対応に問題はなく、過去に懲戒処分歴もないことなどからすると、被処分者である被控訴人にとって甚だしく過酷であると言わざるを得ない。

したがって、本件処分は、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したものであり、違法というべきである。』

この判例の事案では、財布をなくして紛失届けを交番に出しに行ったという事例で、前日の飲酒によるアルコールが酒気帯び運転のレベルを下回っていないことについての認識を欠いたまま自動車を運転してしまったという事例ですから、酒気帯び運転で検挙される一般的な事例とは行為態様が全く異なる、若干特殊な事例であったといえます。当人の供述などを見ると、もともと刑事事件においても、略式命令手続に同意せず、公判請求を受け入れて故意認定について弁護士が弁護人として最大限争っていれば有罪判決となったかどうか疑問があったという事もできた事例でした。

このような事例毎の特殊性や行為者の主観的態様について充分に審査することなく、過去の先例との罪名だけの一致によって懲戒免職を選択したことが裁量を逸脱していると判断されたと考えられます。

第4 まとめ

飲酒運転や酒気帯び運転に対しては、たとえ交通事故を起こしていなくても現在の社会情勢からは厳しい評価が下されています。また、刑事罰も重いものとなっています。さらに職場で懲戒処分を受ける場合には厳しい処分も予想されてしまいます。

ご相談者様は職場からの懲戒免職処分をご心配されていますが、上記判例のように免職処分が重過ぎるとして取消した判例もありますので、一度お近くの法律事務所でご相談されるとよいでしょう。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

<参照法令>

憲法

第十五条

2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

地方公務員法

(任命権者)

第六条

地方公共団体の長、議会の議長、選挙管理委員会、代表監査委員、教育委員会、人事委員会及び公平委員会並びに警視総監、道府県警察本部長、市町村の消防長(特別区が連合して維持する消防の消防長を含む。)その他法令又は条例に基づく任命権者は、法律に特別の定めがある場合を除くほか、この法律並びにこれに基づく条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、それぞれ職員の任命、休職、免職及び懲戒等を行う権限を有するものとする。

2 前項の任命権者は、同項に規定する権限の一部をその補助機関たる上級の地方公務員に委任することができる。

(懲戒)

第二十九条

職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。

一 この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合

二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合

三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

長野県教育委員会作成 懲戒処分等の指針

https://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/kyoiku02/kyoshokuin/shishin/chokai/index.html

酒気帯び運転は免職または停職。

教育職員免許法

第三章 免許状の失効及び取上げ

(失効)

第十条

免許状を有する者が、次の各号のいずれかに該当する場合には、その免許状はその効力を失う。

一 第五条第一項第三号、第四号又は第七号に該当するに至つたとき。

二 公立学校の教員であつて懲戒免職の処分を受けたとき。

三 公立学校の教員(地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)第二十九条の二第一項各号に掲げる者に該当する者を除く。)であつて同法第二十八条第一項第一号又は第三号に該当するとして分限免職の処分を受けたとき。

2 前項の規定により免許状が失効した者は、速やかに、その免許状を免許管理者に返納しなければならない。

道路交通法

(酒気帯び運転等の禁止)

第六十五条 何人も、酒気を帯びて車両等を運転してはならない。

2 何人も、酒気を帯びている者で、前項の規定に違反して車両等を運転することとなるおそれがあるものに対し、車両等を提供してはならない。

3 何人も、第一項の規定に違反して車両等を運転することとなるおそれがある者に対し、酒類を提供し、又は飲酒をすすめてはならない。

4 何人も、車両(トロリーバス及び旅客自動車運送事業の用に供する自動車で当該業務に従事中のものその他の政令で定める自動車を除く。以下この項、第百十七条の二の二第六号及び第百十七条の三の二第三号において同じ。)の運転者が酒気を帯びていることを知りながら、当該運転者に対し、当該車両を運転して自己を運送することを要求し、又は依頼して、当該運転者が第一項の規定に違反して運転する車両に同乗してはならない。

(罰則 第一項については第百十七条の二第一号、第百十七条の二の二第三号 第二項については第百十七条の二第二号、第百十七条の二の二第四号 第三項については第百十七条の二の二第五号、第百十七条の三の二第二号 第四項については第百十七条の二の二第六号、第百十七条の三の二第三号)

第八章 罰則

第百十七条の二 次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

一 第六十五条(酒気帯び運転等の禁止)第一項の規定に違反して車両等を運転した者で、その運転をした場合において酒に酔つた状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態をいう。以下同じ。)にあつたもの

二 第六十五条(酒気帯び運転等の禁止)第二項の規定に違反した者(当該違反により当該車両等の提供を受けた者が酒に酔つた状態で当該車両等を運転した場合に限る。)

第百十七条の二の二 次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

三 第六十五条(酒気帯び運転等の禁止)第一項の規定に違反して車両等(軽車両を除く。次号において同じ。)を運転した者で、その運転をした場合において身体に政令で定める程度以上にアルコールを保有する状態にあつたもの

四 第六十五条(酒気帯び運転等の禁止)第二項の規定に違反した者(当該違反により当該車両等の提供を受けた者が身体に前号の政令で定める程度以上にアルコールを保有する状態で当該車両等を運転した場合に限るものとし、前条第二号に該当する場合を除く。)