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No.1549|公務員の犯罪・懲戒免職・退職撤回問題

 

公務員の万引きと懲戒免職回避

刑事|公務員の万引き事件における懲戒免職回避の方法と対策|懲戒処分の妥当性判断において裁判例で重視される事情|旭川地方裁判所平成23年10月4日判決他

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文
  6. 参照判例

質問

私は、公立の中学校に教員として勤務する公務員です。先日、勤務先近くのコンビニエンスストアで万引きをしてしまい、その場でお店の人に捕まってしましました。

その場で警察を呼ばれ、警察署で事情聴取を受けましたが、逮捕はされていません。実は私は、以前にも万引きで警察に通報されたことがあり、警察に職場に連絡されてしまいました。

私は今後、勤務先から懲戒免職処分を受けることになるのでしょうか。それを回避するためには、どうしたらよいでしょうか。

回答

1 万引きは、窃盗事件として処罰されます。警察の捜査を受けるのが2度目である場合、検察庁に送致され罰金刑を受ける可能性が高いと言えます。

2 公務員の方が万引き事件を犯した場合、勤務先において懲戒処分を受けることになります。一般的な基準(人事院の定める懲戒処分の指針等)では、窃盗事件に対しては、停職又は免職の懲戒処分が予定されているものが多いといえます。過去の事例からすると、特に窃盗事件を起こすのが複数回に及ぶ場合や、初犯であっても犯行態様に悪質性が認められる場合には、懲戒免職の危険が大きいでしょう。

3 一方で、懲戒処分の決定にあたっては、犯行態様のほか、犯行の動機、犯行後の反省の状況等を総合的に考慮することとされています。特に懲戒免職処分は、その不利益の重大性から慎重な判断が必要とされており、懲戒免職処分が違法で無効と判断された裁判例も存在します。あなたのように複数回事件を起こしてしまった場合でも、適切な被害弁償を行い、あなたに有利な情状を主張することで、懲戒免職処分を回避することは可能です。

4 仮に退職がやむを得ない場合でも、自主退職を申し出ることにより、懲戒免職処分を回避し、退職金等の支給を受けることが可能な場合も多く存在します。弁護士と相談し、勤務先に対してどのような対応をすべきか協議すると良いでしょう。仮に退職金が支給されなかった場合に退職金不支給処分を争う方法については、事例集『公務員の万引きによる懲戒免職と退職金の取り扱い』もご参照下さい。

5 判例の判断基準上、懲戒処分を事後的に審査請求等で覆すことは、懲戒処分を未然に防ぐことと比較して非常に困難であるといえます。重い懲戒処分が発令されることを未然に防ぐために、弁護士等に相談し事前に迅速な対策を取る必要があるでしょう。

6 その他万引きの刑事事件の対応については、下記の関連事例集をご覧ください。

解説

第1 万引き事件の刑事処分

あなたは、万引き事件を起こし、警察で取り調べを受けていますので、今後窃盗罪(刑法235条)として刑事処罰を受けることになります。少額の万引き事件の初犯の場合、微罪処分という形で、特に検察庁に送致されずに処理されることが多いと思います。しかし、事件を起こすのが複数回目である場合や、犯行態様が悪質(犯行を否認している、金額が多額等2万円以上が基準となるでしょう。)の場合、検察庁に送致され、検察官が処分(起訴、不起訴)を決定することとなります。

起訴不起訴の決定に際しては、被害者との間での示談の有無が最も重要なポイントとなります。示談の具体的な手法や、示談が不可能な場合の対処法については、『供託による被害弁償|被害者が謝罪や被害弁償を拒否している場合の対応』を参照下さい。

被害者との間で示談が成立する等適切な弁護活動を行えば、最終的に不起訴処分となり、罰金刑を回避することも可能です。

しかし、あなたのような公務員の場合、刑事処分で不起訴処分となった場合でも、勤務先において懲戒処分を受ける可能性が高いといえます。

第2 万引き事件における懲戒処分の状況

1 懲戒処分指針に基づく判断

公務員が、万引き事件のような非行を犯した場合、それを理由として懲戒処分を受けることになります(地方公務員法29条1項3号、国家公務員法82条等)。いかなる懲戒処分が科されるかについては、多くの場合、各行政機関が定める懲戒処分の指針に沿って処分が決定されることになります。

例えば、国家公務員の懲戒処分については、人事院が懲戒処分の指針を策定・公表しています。同指針によれば、公務外の窃盗事件については、停職又は免職の懲戒処分とするとされています。その他の行政機関の懲戒処分の指針においても、窃盗罪の懲戒処分については、概ね同様の基準が定められています。

勿論、同指針は法的な拘束力を有するものではないため、必ずしも同指針の定める懲戒処分が科されるものではありませんが、基本的にはその範囲内で懲戒処分が科されることとなります。加えて、同指針では、具体的な非違行為の状況によって処分の軽重を定めるとされています。

いかなる処分を選択するかについては、基本的に懲戒権者の裁量が認められています。そのため、以下において、実際に万引き事件において懲戒処分の妥当性が問題となった裁判例を挙げ、懲戒免職処分を回避する上で重要となるポイントを検討します。

2 裁判例の状況

(1) 懲戒免職処分における違法性の判断

判例によれば、「懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、平素から庁内の事情に通暁し、職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に任されているものというべきである。すなわち、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮して(最判平成2年1月18日民集44巻1号1頁)」判断するとされています。

その為、懲戒権者に対して懲戒処分の回避・軽減を意見する場合には、上記様々な事項を詳細に主張した上で、妥当な裁量権を行使した結果、軽減された懲戒処分となるのが妥当である旨を論じる必要があります。特に裁判例上重視される事項については、以下で分析します。

(2) 万引きで懲戒免職処分となった事例

(ア)旭川地方裁判所平成23年10月4日判決
本事例は、町役場の職員であった処分対象者がスーパーマーケットで食料品等10点(総額約6800円相当)を万引きした行為に対してなされた、懲戒免職処分の適法性が争われた事例です。処分権者である市は、人事院の懲戒処分の指針を準用し、懲戒免職処分としました。

本事例において、処分対象者には前歴等は存在せず、刑事処分は不起訴処分となりました。

しかし裁判所は、①未精算の商品を籠ごと店外に持ち出す等、犯行が悪質であったこと、②被害品は返還されているものの、弁償等の措置がされていないこと、③対象者が事件後犯行を認めておらず、被害店舗への謝罪を行ったのは犯行から約8か月経過後であったこと、④処分対象者が現行犯逮捕された事実が報道され、社会に対する影響が大きかったこと、等を理由にして、懲戒免職処分が裁量の範囲を逸脱するものではないとしています。

(イ)大阪地方裁判所平成25年9月25日判決
本事例は、市の職員であった処分対象者がホームセンターで缶ビール1ケースや蛍光灯等の商品(販売価格合計2万8756円)を万引きした行為についてなされた懲戒免職処分の適法性が争いになりました。本事例では、処分対象者に対して略式命令により罰金20万円の刑事処分がくだされています。また、市の懲戒処分の指針には、窃盗事件の場合、停職又は免職処分とすると定められていました。

本事例において裁判所は、①被害金額が大きく、大型の商品をカートに積んだまま平然と犯行に及ぶ等犯行態様が悪質であること、②犯行の動機が単にスリルを味わうためであり、身勝手であること、③被害品は返還されているものの、被害店舗の処罰感情が厳しいこと、④逮捕の事実が新聞報道されており、市民の信用を失墜させたこと、⑤対象非違行為の直前にも同店で万引き行為を行っており、それにも関わらず勤務先の事情聴取において余罪はない等と虚偽の事実を述べたこと、等を理由として、懲戒処分を適法としました。

(3) 懲戒処分が違法とされた事例

(ウ)大阪地裁平成24年1月16日
本事例は、府立高校の教諭であった処分対象者が、スーパーマーケットで食品等(合計766円相当)を窃取したという万引き事案に対して懲戒免職処分がされた事例です。

同時案において裁判所は、処分対象者が教育公務員として生徒の規範となるべき立場でありながら、生徒の信頼を裏切った責任は重いとしながら、①持病のうつ病や母親の介護のため休職し、収入が減少していたことなど、犯行の動機に酌むべき背景事情があること、②犯行直後から罪を認め反省しており、被害店舗が寛大な処分を求める嘆願書を提出していること、③同僚の教職員からも嘆願書が出されていること、④定年退職間際であり、懲戒免職処分となった場合、退職金が支給されない等の不利益が大きいこと、等を理由に、懲戒免職処分は重きに失するものとして、違法と判断しました。

3 懲戒処分を回避するための具体的な対策

上記裁判例からすると、万引き事案において、懲戒免職処分を回避する為に事後的に可能な対策としては、以下の点が特に重要であると考えられます。

(1) 被害店舗の宥恕

懲戒処分が違法とされた(ウ)の事例では、事件後に処分対象者が夫及び弁護士と共に被害店舗に謝罪に訪れた結果、被害店舗から寛大な処分を求める嘆願書が提出されています。それに対して懲戒処分が違法とされた事例では、被害品の返却のみであり、被害店舗からの宥恕が得られていません。

被害者が事件を宥恕していれば、その件に対して対象者に懲罰を与える必要性は無くなりますから、懲戒処分の軽減に向けても被害店舗との示談は重要です。被害店舗の中には、刑事処分については警察に任せる方針であっても、刑事処分が確定した後であれば、被害弁償を受け入れてくれる場合も存在します。

一度示談を拒否されても、弁護士に示談交渉を依頼するなどして、諦めずに宥恕を試みるべきでしょう。

(2) 勤務先における事情聴取の対応

懲戒免職処分が適法と認められた(ア)(イ)の裁判例では、いずれも勤務先における事情聴取で虚偽の事実(犯行の否認や余罪の否認)を述べた旨が重要視されています。第一次的に処分を決定するのは、事情聴取を担当する処分庁ですから、事情聴取における供述内容には細心の注意が必要です。虚偽の事実を述べたとしても、警察からの連絡や当事者の供述の矛盾によって虚偽であることすぐに発覚してしまうことになります。一方で、余りに事実をありのままに話してしまうことで、不利な事実を認定されないよう注意することも重要です。

事情聴取で話す内容については、事前に弁護士等と協議し、真実に沿って過不足なく主張することが肝要と言えます。

(3) 報道(社会的影響)への対応

(ア)(イ)の事例では、いずれも処分対象者が現行犯逮捕された事実が新聞等で報道されており、結果として市民の信用が失墜したことが、懲戒免職処分の理由の一つとして挙げられています。公務員が刑事事件を犯した場合(特に逮捕等がされた場合)、警察がその事実を公表してしまうケースが多いのが現状です。しかし、事件後速やかに対応し警察官と適切な交渉を行えば、事件報道を避けることも可能です。詳細は事例集『公務員の2度目の万引きと職場連絡阻止対策』もご参照下さい。

(4) その他

その他、(ウ)の事例では、処分対象者の同僚らが、寛大な処分を求める旨の嘆願書を提出していること等も有利な事情として斟酌しています。処分対象者の公務員としての適格性を確知しているものからの嘆願書として、考慮に値したものと推測されます。

その他にも、当該行政機関の統治する自治体の住民からの嘆願書により、処分が軽減された例も存在します。

懲戒処分においては有利な事情も斟酌するのが原則ですから、可能な限りの資料の収集に務めるべきでしょう。

(5) 退職金等の支給について

また、(ウ)の事例では、仮に懲戒免職処分となった場合、退職金の支給が一切受けられないという極めて大きな打撃を受けることを挙げ、処分対象者にそのような不利益を課すことは社会観念上著しく妥当性を欠き、違法な処分であるとしています。

懲戒処分の相当性の判断においては、非違行為の内容と当該処分による不利益の大きさとの均衡が保たれる必要がありますから上記判断は妥当なものと言えるでしょう。同様の理論により、家計が処分対象者の収入に依存していること等の事実も、免職処分が妥当性を欠く論拠となりえます。

退職金の取り扱いに関しましては『公務員の万引きによる懲戒免職と退職金の取り扱い』もご参照下さい。

(6) 諭旨退職の選択

仮に全ての事情を考慮した上で、免職処分の可能性が相当高いという場合には、諭旨退職処分を選択することもできます。諭旨退職は法律上の処分ではなく、その実質は、軽い懲戒処分(停職処分等)を科した上で、対象者が依願退職をすることを意味します。依願退職である以上、退職金は基本的に全額が支給されます。

行政機関としても、依願退職は職を失うという意味で対象者に懲罰的効果が大きいこと、公務員としてふさわしくないと判断されるものが公務員を辞める結果を達成できること等の理由から、懲戒免職相当の事案でも諭旨免職を受け入れてくれる場合があります。

諭旨免職処分を選択する場合、退職することはほぼ確定的になりますから、当該事案が最終的に退職を避けがたい事案であるのか、弁護士等にも相談協議した上で、間違いの無い選択をする必要があります。

4 司法における事後判断

なお、一旦懲戒処分が課された場合、その適法性は、審査請求又は処分の取消訴訟の手続において事後的に判断されることになります。

この事後的な司法判断は、「懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会概念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである(最判平成2年1月18日民集44巻1号1頁)」とされています。

すなわち、事後的な司法判断においては、行政機関の裁量権が尊重され処分が社会通念上著しく不当で無い限りは、適法と判断されてしまうことになります。そのため、処分の軽減を図るのであれば、懲戒権者が懲戒処分の方針を固める前に、迅速な対応をすることが何よりも重要であるといえるでしょう。

第3 まとめ

上記のように、一見同じような万引きの事案であっても、具体的な事情をどれだけ懲戒権者に主張できるかによって、処分の結果は大きく変わります。

懲戒免職処分は、生活の基盤の安定に係る重大な処分であり、その不利益は刑事処分に比べても非常に過酷な処分です。早急に弁護士に相談するなどして、万全の状態で回避できるよう努めるべきでしょう。

以上

関連事例集

参照条文

地方公務員法

(懲戒)
第二十九条 職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。
一 この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

参照判例

旭川地裁平成23年10月4日判決判例地方自治361号16頁

(3)次に、原告は、上記(2)の処分理由について懲戒免職処分とされたものであるが、地方公務員について地方公務員法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか及び懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されており、懲戒権者が同裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきであり(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照)、当該処分が外形的に存在する以上、少なくとも当該処分が違法でなければ、当然無効となりえない。

本件についてみるに、被告は、本件指針に則って本件処分をした旨主張する。

本件指針の内容は上記(1)クのとおり、種々の事情を総合考慮した上で、公務外非行として他人の財物を窃取した場合は、免職又は停職とするものであるところ、上記種類の非行は、公務外に行われたとしても、故意に基づく犯罪行為であって強い非難に値し、これが公表されれば、公務に対する信用を害する程度も高いといえるから、本件指針自体は、懲戒基準として社会観念上著しく妥当を欠くものとは認められず、本件指針に則っている限りにおいては、社会観念上著しく妥当を欠くこととならない。

そこで、被告が本件処分を行ったことが、本件指針に則っているかどうかが問題となる。

まず、本件指針が挙げる具体的量定の決定に当たっての考慮要素ごとに検討するに、上記(1)イ(イ)、同(ウ)のとおり、〔1〕本件行為の動機は、原告が体調不良であったところ、未精算の商品であるみかんを早く食べたくなったが、レジが混雑していたため、早く車に戻ろうとしたことにあり、本件行為の態様は、スーパーのカートのかごに代金合計額6000円余に及ぶ来精算の商品を入れたまま、店外に持ち出すというものであり、本件行為の結果は、商品はその場で返還されているものの弁償等はされていないことからすると、上記(1)ウ(イ)、同カ(ア)のとおり、原告が逮捕後に容疑を認めて釈放され、最終的には不起訴処分となったことを踏まえても、その動機に情状酌量の余地は乏しく、万引き事案としてはその態様は悪質で、結果は軽微とはいえない。また、上記(2)のとおり、〔2〕原告には窃盗の故意及び不法領得の意思があったことが認められる。次に、前記前提事実、上記(1)ウ(ア)のとおり、〔3〕原告の職責は、農業委員会事務局の主査であり、それと窃盗行為という公務外の非違行為との関係は必ずしも強いとはいえないが、〔4〕本件行為及びそれを否認した上での現行犯逮捕の事実が新聞報道されたことから、他の職員及び社会に与える影響は大きかったといえる。しかし、〔5〕原告には、過去に非違行為があったとは認められず、また、日頃の勤務態度にも問題があったとは認められない。他方、上記(1)イ(ウ)、同ウ(ア)のとおり、〔6〕本件行為後の対応として、原告は、通報により駆け付けた旭川東警察署員に対して、住所、氏名を言わず、窃盗の容疑を否認し、警察官が本人確認のためバッグの検査をしようとしたところ抵抗して暴れたため、現行犯逮捕されたものであり、上記のとおり、本件行為時の責任能力に何ら問題はなかったものと認められることからすると、逮捕時の原告の態度は、非違行為後の対応として芳しくないものといえる。なお、証拠(甲20)によれば、原告が初めて本件店舗に謝罪に行ったのは本件行為から約8か月後の平成19年3月であることが認められ、原告は本件処分までに謝罪をしていないし、また、不起訴処分は平成18年8月30日にされており、同月10日の本件処分時には原告は未だ不起訴処分となっていない。

以上の要素を総合考慮するに、原告が体調不良であったこと、被害品がその場で返還されていること、逮捕後ほどなくして、原告が容疑を認め釈放されたこと、原告にはそれまで非違行為がなく、日頃の勤務態度にも問題がなかったこと、非違行為が公務外であったことなどの原告に有利な情状は認められるけれども、他方で、その動機、態様及び結果において当該非違行為は悪質であり、非違行為後の対応も芳しくなく、他の職員及び社会に与えた影響は大きかったことからすれば、停職処分ではなく免職処分を選択することが明らかに過重であるとまではいえない。

したがって、本件処分は、本件指針に則っているものであり、社会観念上著しく妥当を欠くとはいえず、裁量権の逸脱、濫用があるということはできない。

大阪地裁平成25年9月25日判決

ア 原告の本件窃盗行為は、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられるべき犯罪行為であり(刑法235条)、その職の信用を傷つけ、全体の不名誉となるような行為(地方公務員法33条)にほかならず、地方公務員法29条1項1号及び3号に該当することは明らかであって、被告の懲戒指針において免職又は停職相当とされている行為である。

イ 原告は、遅くとも防犯タグの付いていないシーリングライトを選択した時点で、本件店舗の商品を盗むことへ向けた確定的な故意を有しており、その後も次々に大型の商品をカートに積み込み、防犯タグを取り外し、音が聞こえにくいよう棚に置かれた商品の隙間に投棄するという巧妙な発覚防止策も講じた上で、レジを通す意思もなくカートを押したまま平然と駐車場に出て自車に盗品を積み込もうとしたものである(上記1(3))。

こうした原告の行為の大胆不敵さは、前件窃盗行為の成功体験に裏打ちされたものと認めるほかなく、万引き事案としては少額とはいえない被害額と相まって、相当悪質な犯行態様との評価を免れない。

原告は、本件窃盗行為の被害品はすべて返還され、その結果は軽微であると主張するが、本件は窃盗行為として既遂に達しており、被害品の返還が実現したのはひとえに本件店舗の保安員らの機転によるものであることに照らすと、この点を原告に有利な事情として重視することはできない。

ウ 原告は、自ら本人尋問で認めるとおり、前件窃盗行為で感じたスリルや成功した気持ちから犯意を生じたものであり、本件窃盗行為当時も、買物に必要な程度の現金は持ち合わせていたにもかかわらず、出費を惜しんで生活上不要不急の商品ばかりを大量に盗み出したのであって(上記1(3)ア~オ)、その身勝手な動機に酌量の余地はない。前件窃盗行為の成功に味を占め、さほど間をおかず再犯に及んだ経緯は強い非難に値するものであり、窃盗による検挙は初めてでありながら、略式起訴され罰金刑に処せられたのも、至極当然のことといえる。

この点、原告は、借金返済、養育費の負担に加え、既に予定していた内妻との渡航に関する費用の出費がかさんだ上に、P6市長の就任に伴い今後の大幅な減収が懸念されていた点を有利に斟酌すべき事情として主張する。しかし、原告は平成23年度においても一般的な労働者に比べて相当恵まれた給与を得ていた者であり(前記前提事実(1)ア)、その主張によっても毎月の家賃等の支払わねばならないものを差し引いても約13万円は手元に残っていたというのであって(前記原告の主張イ)、生活苦というには程遠い。また、今後予想される減収への不安等のはけ口を他者に向けるような行為に同情の余地がないのは言うまでもない。原告の主張はいずれも採用しがたい。

エ 原告は、犯行直後に保安員らに犯行が発覚して現行犯逮捕されていることからすれば、その後、抵抗することなく罪を認め、捜査に協力し、本件店舗に対する謝罪の措置を講じ、罰金刑に服していること(前記前提事実(3)イ~キ)、それ自体は当然のことであって、有利な事情として重視することはできない。その一方で、原告は被告の事情聴取に対し、前件窃盗行為の事実を秘したまま、本件窃盗行為は初犯であり、レジに並ぶのが面倒であったことを動機の一つとして供述する(上記1(4)イ)など、虚偽申告により処分軽減を図っており、事後の態度としても非難を免れず、反省の真摯さという点でも疑いを禁じ得ない。

オ 原告は、本件窃盗行為がうつにより判断能力の低下した状態で行われたとも主張する。しかし、防犯タグのない商品を選択し、あるいは防犯タグを取り外して投棄するなどといった、合理的で手慣れた行為態様(上記1(3))に照らして、原告の判断能力が低下していたとは認めがたいし、原告自身、釈放後に行われた被告の事情聴取において、精神症状や仕事上のストレスが本件窃盗行為の原因ではない旨の供述もしていた(上記1(4)イ)のであって、原告の主張は採用しがたい。

なお、原告の他の病歴が本件窃盗行為の動機形成に寄与したと認めるに足りる証拠はないし、本人尋問では、直前に治療を受けた花粉症についても、本件犯行に何ら関係していないことを自認しており、いずれも本件において有利に斟酌すべき事情には当たらない。

カ 本件窃盗行為は、被害品が返還されたことを考慮しても、本件店舗に少なくない損害を与える危険のある行為であり、原告の謝罪によっても宥恕は得られておらず(前記前提事実(3)オ)、その被害感情は厳しい。また、犯行当日午後から予定されていた勤務に穴を開け、同日が公休日であった他の乗務員を急遽動員することを余儀なくさせ、P3所長らも原告の身柄引受や事情聴取等の対応に奔走するなど、被告の公務にも悪影響を及ぼした。加えて、本件窃盗行為は、市民から運賃を直接収受するバス運転手に期待される金銭面の廉潔性を著しく毀損したばかりか、新聞各紙の「○○○○○○○○○○○○」「○○○○○○○○○○○○○」の見出し(上記1(4)ア)から窺われるとおり、バス運転手にとどまらず、被告職員全体に対する市民の信用を著しく失墜させたことは明らかであり、こうした社会的影響にも鑑みれば、本件窃盗行為は重く深刻な結果を招いたものと言わなければならない。

キ 原告は、表彰歴や昇格の事実(前記前提事実(1)ウ)を有利な事情として主張し、確かに、原告がひき逃げ事件の捜査協力について表彰され、それが新聞報道されたことは、市バス運転手に対する市民の信頼を高める内容であったことは否定できないが、それは15年余り前の出来事であるし、その他の表彰歴もいずれも10年以上前のものであり、無事故無違反はバス運転手として当然に期待される事柄であること、証拠(乙15、証人P3)によれば、1級から2級への昇格の選考は、一定の勤続年数や年齢に達した者であれば余程の事情がない限り合格するものと認められることに照らすと、とりたてて原告の勤務成績が優秀であったと認めるべき事情に当たるとはいえず、本件について原告に有利に斟酌すべき事情として重視することはできない。

ク その一方で、原告には、本件以前に懲戒処分歴がある事実は窺われず、19年余り勤続し、本件窃盗行為についても、既に罰金刑に服し、本件訴訟に及んで前件窃盗行為の前歴も認めた上で反省の弁を述べているものの、以上に認定、検討した本件窃盗行為に至る経緯、動機、行為態様、結果等に加え、事後の事情聴取における態度等を総合勘案すると、被告が懲戒指針の標準例のうち重い方の免職処分を選択し、本件懲戒免職処分をしたことは、相当なものと評価することができる。

原告は、P6市長就任以前の懲戒指針の運用によれば、本件窃盗行為程度の事案であれば停職3か月程度であったと主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はないし、懲戒処分の量定に当たっては、窃盗という行為類型のみならず、当該行為の動機、態様、結果等に加え、他の広範な諸事情を総合考慮しなければならない以上、個別事情を捨象して処分の軽重を論ずることに意味はない。原告が挙げる他の処分に関する新聞報道(甲14、15)についても同様のことがいえる。

ケ したがって、本件懲戒免職処分について裁量権の逸脱、濫用は認められない。

大阪地方裁判所平成24年1月16日判決

(2)以上の見地を踏まえて、本件処分について検討するに、本件処分の対象となった本件行為は刑法犯であり、原告は教育公務員として法令を遵守するように生徒に指導し、自ら模範となるべき立場にあることからすれば、そのような教育公務員の行動が生徒に与える影響は大きく、原告の本件行為がα高校の生徒や保護者のみならず、大阪府民の教職員に対する信頼を裏切ったものとして、その責任は重いといわざるを得ない。

なお、原告は、本件行為時、十分な事理弁識能力を有しておらず、本件行為はうつ病により引き起こされたものであると主張し、その旨の供述をしているし、G医師も本件審査請求の口頭審理(甲16)や陳述書等(甲17の1、18、32)において、本件行為にうつ病が強く影響していると供述している。しかしながら、そもそもG医師においても、上記において、うつ病と万引き等の窃盗行為との関連性について言及した文献はなく、そのような症例も聞いたことがないことを認めているところである。また、原告は、職場復帰してから本件当日までの約半年間は、従前、原告がうつ病に罹患していた際に見られた突然大声を出すなどの同疾病の発作と評価できる行動を起こしたことはなく、ほとんど休暇も取得していなかった。そして、前記1(2)及び(3)で認定したとおり、原告は、本件行為から約2か月後に行われた本件事情聴取において、本件行為の内容や動機、その前後の状況について明確に供述し、その動機はうつ病に罹患していない者が万引きをする場合の動機と大きく異なるものではないし、それによれば、原告は、本件行為を行うに当たって、商品の金額や大きさを考慮して窃盗の対象物を選定するなど合理的な行動をとっている上、発覚直後も、警察に引き渡されれば公務員としての職を失う事になるかもしれないことを明確に認識した上で警察に引き渡されることを回避するための謝罪行為を行っていること、原告の夫も特段原告が問題行動を起こす危険性や、原告に入院治療を受けさせる必要性までは感じておらず、本件当日においても原告が一人で本件店舗で買い物をすることを容認していたことをも考慮すれば、本件行為当時、原告は自己の行っている行為の内容やその結果について十分認識し、理解していたことが認められ、本件行為は、従前の疾病の発作行為とは明らかに性質を異にし、原告自身も、うつ病により休職等を繰り返していた時期に本件行為と同種行為に及んだことはないと供述していることに照らしても、原告において本件事件当時、本件行為に及ばないようにすることができなかった又はその能力が減退していたともいえず、本件行為がうつ病により引き起こされたものであるとまでは認めることができない。

したがって、原告の本件行為は信用失墜行為の禁止を定める地公法33条に違反し、懲戒事由を定める同法29条1項1号に該当する上、同項3号にいう「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」にも該当するというべきである。

(3)しかしながら、原告は、有給ではあったものの、約3年近くうつ病での病気休暇・休職を繰り返しており、本件事件前は約半年間職場復帰できていたとはいえ、依然として定期的に通院して薬を服用中で、うつ病が治癒したわけではなく、その具体的な目処も立っていなかったことに加えて、母親の介護や持病のため週2日間の部分休業を取得したことにより収入も減少していたことが認められる(乙10)のであって、原告も本件事情聴取の際に提出した顛末書に記載しているとおり、収入が減少し、将来に不安に感じていたと述べている。もちろん、原告は、本件審査請求における口頭審理において、そのことが本件行為の直接の動機となったわけではないことを認めているものの(甲15の21頁)、本件行為当時に存在した上記背景事情について、酌むべき事情がないとはいえない。

また、本件行為の被害額は766円と少額であり、直後に原告の夫により商品の代金が支払われている。原告は本件行為発覚直後から事実を素直に認め、反省の態度を示している上、後日、夫や弁護士とともに被害店舗の店長に謝罪に訪れており、本件処分後ではあるが、同店店長も原告に対する寛大な処分を求めて嘆願書を提出している。

そして、原告は、本件処分以前には処分歴はなく、同僚からは、真面目で生徒の指導に熱心に取り組んでいるとの評価も受けており、α高校の常勤教職員(校長、教頭、事務長を除く)63名から、寛大な処分を求めて嘆願書が提出されている。

以上判示した原告に有利な事情に加え、原告は、懲戒免職により、大阪府の教職員としての地位を失うばかりか、教員の資格を失うことになること、原告は昭和26年○○月○○日生まれであり、平成24年には定年退職を迎える時期となっていたところ、本件処分により、定年間際になって退職金の受給資格をも喪失することとなり、本件処分時に普通退職した場合に原告に支給される退職手当額が約1836万円であることからしても(第2の2(2)ウ(ウ))、原告が受ける打撃は極めて大きいことを考慮すると、本件処分は重きに失するものといわざるを得ず、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したものというべきであって、違法なものとして取消しを免れないというべきである。