真正な登記名義の回復による所有権移転登記
登記|不動産登記法|最高裁平成22年12月16日判決
目次
質問:
購入を検討している不動産の登記事項証明書(登記簿謄本)を見ていたら,登記原因の項目に『真正な登記名義の回復』という記載があって所有権移転登記をしているものがありました。これはどのような法律行為に基づく所有権移転登記なのでしょうか。
回答:
1 『真正な登記名義の回復』という権利移転の原因となる法律行為及び事実が存在するわけではありません。通常、不動産所有権が移転する場合は売買、贈与、相続のように権利移転の原因となる法律行為(意思表示)、又は原因事実が存在します。この原因と権利移転を登記事項として公示して不動産取引の安全を図ろうとするものです。しかし、その様な法律行為等がなくても不動産取引の安全を害する危険がないような場合、取引上の必要性から便宜的に当事者の申請により認められたものが『真正な登記名義の回復』です。従って、その便宜上の理由がなくなった今は手続として認められない取扱いになると思われます。
2 登記関連事務所事例集 1971番、1516番、1148番、1492番、905番、857番、712番、554番参照。
3 不動産登記に関する関連事例集参照。
解説:
1 『真正な登記名義の回復』を原因とする所有権移転登記の意義
権利に関する登記の登記事項に「登記原因とその日付」が定められています(不動産登記法第59条)。不動登記は不動産に関する権利を公示するのが目的ですから、何時どのような理由で権利が移転したり生じたりしたのか明らかにするために登記原因が登記記録に記録されることになっています。所有権移転登記をする場合の登記原因として,『売買』『贈与』『相続』等は一般的に見られるもので,どのような法律行為等による移転なのかと疑問に思われる方は少ないと思います。これに対して,『真正な登記名義の回復』という言葉は聞きなれず,疑問を感じる方も多いと思います。そもそも『真正な登記名義の回復』という法律行為が存在するわけではありません。『真正な登記名義の回復』という登記原因は,本来の法律行為等を原因として登記を行うことに手続上の支障がある場合に,便宜上,認められた手続(登記原因)と考えられます。
具体的には,以下のようなケースを想定したものだと考えられます。
(事例)AとBが売買代金を2分の1ずつ出し合って甲から不動産を購入し,登記名義もA・B各2分の1にする予定でした。ところが,誤ってAの単独名義で移転登記がされてしまい,その後にCを抵当権者とする抵当権設定登記もされてしまっています。これを所有権の登記名義をA・B各2分の1の共有に直すためにはどうしたらよいでしょうか。まずA単独名義→A・B共有名義に所有権更正登記を行う方法が考えられますが,登記手続上,利害関係人である抵当権者Cの承諾が必要とされています(Cは2分の1について抵当権を抹消されるという利害関係を有するので当然です。不動産登記法第68条)。もしCが承諾をして所有権更正登記を行った場合には,Cの抵当権の効力は,B持分2分の1には及ばないことになりますので,CはB持分について改めてBと抵当権設定契約を締結し,抵当権の追加設定登記を行う必要があるわけです。この点,抵当権者であるCの立場からしますと,既にAに対して融資を実行し,Aが融資金を売買代金として甲に支払っているのが通常ですし,手続も複雑になりますから,恐らくこのような手続を好まないでしょう。このような場合に,Cに迷惑を掛けず,また,Cの協力なしに登記名義を,A・Bの共有名義にする方法として,『真正な登記名義の回復』を原因とする所有権移転登記が用いられるのです(この場合、本来ですとAは持分2分の1の権利者でしかありませんから、Bの2分の1の持分については抵当権を設定できないはずです。ですから、Bは金融機関に対しては抵当権設定登記の抹消登記を請求しその上でAに対して更正登記を請求することになるはずです。しかし、BがAの登記を認めていた場合、民法94条2項の類推適用により抵当権の抹消登記請求ができない場合がありえます。そのような場合は、ABの共有という権利関係を登記上明らかにするには『真正な登記名義の回復』を原因とする所有権移転登記しかないことになります。)
2 登記原因が存在しそれを原因とする登記が可能である場合と『真正な登記名義の回復』を原因とする所有権移転登記
(1) 真正な登記名義の回復を登記原因とする登記は上記のように他に登記原因を記載することができない場合の言わば非常手段として認められたものでした。しかし、平成16年の不動産登記法改正以前になされた『真正な登記名義の回復』を原因とする所有権移転登記の中には,法律行為等の登記原因が存在し,それを原因とする登記が可能である(手続上支障がない)にもかかわらず,便宜上,この原因が使われていることもあったようです。このような登記が行われてきた背景としては,①『真正な登記名義の回復』を原因とする所有権移転登記の登録免許税の税率が,『売買』を原因とする所有権移転登記と比べて低率で,登録免許税の節約になったこと。②現在の不動産登記法のように登記原因証明情報の提供が要求されておらず,登記官の審査権限も形式的審査に限られていたために,登記原因の真否について審査が及ばなかったこと,などが挙げられます。
(2) この点,平成16年の不動産登記法改正後は,登記原因証明情報を登記所に提供することとされましたので(不動産登記法61条),登記官は,登記原因についても審査可能となりました。つまり,本来の法律行為等が存在し,それに基づく登記に支障がないにもかかわらず,『真正な登記名義の回復』を原因とする所有権移転登記申請がなされた場合,登記申請情報と登記原因証明情報の内容に不一致があるものとして,登記官において,登記申請を却下する扱いも可能だと思われます。また,現在では,『真正な登記名義の回復』を原因とする所有権移転登記の登録免許税の税率は,『売買』と同率(土地についてはむしろ売買の方が低率)になっていますので,あえてこの原因で登記する利点もなくなったと言えます。
(3) 平成16年の不動産登記法改正に加えて,近時,登記原因が存在しそれを原因とする登記が可能である場合と『真正な登記名義の回復』を原因とする所有権移転登記請求を否定する最高裁判決が出ました。
すなわち,最高裁平成22年12月16日判決は,「不動産の所有権が,元の所有者から中間者に,次いで中間者から現在の所有者に,順次移転したにもかかわらず,登記名義がなお元の所有者の下に残っている場合において,現在の所有者が元の所有者に対し,元の所有者から現在の所有者に対する真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を請求することは,物権変動の過程を忠実に登記記録に反映させようとする不動産登記法の原則に照らし,許されないものというべきである。」と判示したのです。同判決によれば,現在の所有者が登記名義を自己のものとするためには,中間者が元の所有者に対し所有権移転登記を請求して登記名義を中間者のものとし,次いで現在の所有者が中間者に対し所有権移転登記を請求して登記名義を現在の所有者のものとする必要があります。中間者が移転登記に協力してくれない場合は,現在の所有者は,自らの中間者に対する登記請求権に基づき,中間者の元の所有者に対する登記請求権を代位行使することとなります(いわゆる債権者代位権[民法423条]の転用)。なお,最高裁平成22年12月16日判決の事案においては,中間者から現在の所有者への権利移転の原因は相続であったため,現在の所有者は,中間者の元の所有者に対する登記請求権を,自己の権利として行使すればよく,登記請求権を代位行使する必要すらない事案でした。
(4) 以上のことから,現在においては,『真正な登記名義の回復』を原因とする所有権移転登記がなされる場面はかなり限定されてくると思われます。例外的な登記となりますので、不動産を購入する場合は、慎重に検討することが必要でしょう。
以上