美容室の業務に対するクレーム・対策

民事|誹謗中傷|慰謝料請求|東京地裁平成17年11月16日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

美容室(エステ・ネイルサロン)を経営しております。半月ほど前に来店されたお客様が、カットとブローが終わって、帰宅された後に、「ショートヘアにされて外出も出来なくなったので返金しろ、慰謝料も請求する」というクレームの連絡がありました。インターネットの掲示板で、当店を誹謗中傷する書き込みもしているようです。どのように対応すべきでしょうか。

回答:

1.法的に返金の義務はありませんが、相手方の心情を考慮して、料金の返金も検討して下さい。

2.料金の返金後に、クレーム行為や、営業妨害の行為が続くようであれば、証拠資料を収集して、内容証明郵便で警告書を通知し、それでもダメな場合は、業務妨害罪で刑事告訴を検討されると良いでしょう。簡易裁判所の民事調停で話し合いをすることもできます。

3.インターネットの掲示板で、店の評価を下げるような記事がある場合は、運営会社に対して、「事実無根であるので、記事を削除して下さい。応じない場合は損害賠償請求を行います。」と通知するとよいでしょう。上場企業が運営しているような掲示板であれば、適正な対応を期待することができます。

4.店舗のクレームに関する関連事例集参照。

解説:

1.原則的な法律問題の評価 請負契約か準委任契約か

 お客が美容室(エステ・ネイルサロン)でカットやネイルの手入れを依頼し、お店の人が了解してカット等行うことも契約であり、美容室はお客の注文に応じたカット等をする義務が生じます。そして、美容院がどのような義務負うのかについては契約の内容によって異なります。ただ美容院でカット等を依頼する場合、契約書は作らないのが普通ですからどのような髪型にするのかなど口約束で決まることになりますので、どのような契約をしたのか後日問題になる場合が考えられます。

 民法は典型的な契約についてその内容を定めていますが、美容院でのカット等の依頼は、「準委任契約」又は「請負契約」に分類されうるものです。そして、抽象的な美的センスを問われる美容の役務提供を目的としているため、「仕事の完成=民法632条」を目的とする請負契約にはなじまないのではないかと、考えることができますので、準委任契約と解釈されうると思います。自分が好む髪型にしたいという目的もあるように思われますが、一般的に髪型の完成は、性質上どうしても、依頼者の主観、技術者の考えが完全に一致することはあり得ませんから仕事の目的を法的に特定することが困難であり、依頼者が自らの希望を述べて技術者の技能、センスを信頼してカット等の業務(事務)を依頼したと考えるのが契約の性質に適合すると考えられます。後述の判例(東京地裁平成17年11月16日判決)も同様の立場に立っていると思われます。

 準委任契約(民法656条)とは、事実行為(事務)の委託を受け作業を行う契約のことです。法律行為の代理を行う委任契約と類似するので、委任契約の規定の多くが準用されています(本稿の最後に関連する条文を引用します。)。準委任とすると、技術者の善管注意義務の内容を個々具体的に検討して注意義務違反を判断することになります。では、準委任と請負の違いはどこに有るかというと、両契約とも労務の提供を目的としていますが、請負の場合契約目的(仕事の完成)が設定されていますから、その範囲で請負人は裁量権を有するにすぎませんが、準委任は仕事の完成という目的がないので受任者の裁量権の範囲が広く依頼の趣旨に従い技術力を行使すれば注意義務違反問題が生じないと考えることが出来ます。

 なお、美容契約については、「美容業に関する標準営業約款規程集(財団法人全国生活衛生営業指導センター発行)」が定められており、美容院の負う責任について参考になさって下さい。この規定には、マニキュアとペディキュア(足の爪の美容)も役務に含まれており、ネイル(爪)サロンでも参考になると思います。この約款では、美容業の役務の提供について、準委任とも請負とも特定しておらず、取引慣行を基にした非典型(無名)契約の一種であると解釈しているように読むことができます。

美容業に関する標準営業約款規程集

エステサロンについては、財団法人日本エステティック研究財団の標準契約書が適用される場合がありますので、参考になさってください。

2.判例紹介

 いわゆるキャバクラ嬢髪型訴訟の判決の一部をご紹介致します。東京地裁平成17年11月16日判決です。

 「本件美容契約の性質については当事者間に争いがあるが,本件美容契約上の被告の債務として,原告の求めたデザイン,カラーに基づき,カットし,カラーリングすること,その過程で,デザインに見合ったカット手法を採用すること,デザイン,カラー等に疑義が生じれば原告に確認することであることがあることについては,実質上当事者に争いがない。また,加えて,刃物や染髪料等を用いる美容契約の性質上,併せて,原告の生命,身体を害しない安全配慮義務があると解される。しかし,ここで,デザインについての原告の求めはある程度抽象的であること,頭髪の状態,性質には個人差があり,また同一個人であっても年齢や頭髪のコンディションによっても変化するため,同じカットを施しても,結果が同じとなるとは限らないことを勘案すると,その抽象的に求められたデザインの髪型とするために合理的なカット手法を採用すれば,被告において,本件美容契約上の義務違反や違法行為は問題とならないと解すべきである。」

 「ア 後遺障害(主位的主張,予備的主張)に基づく請求について

 髪型の問題は髪が伸びることによって解消するから,半永久的に残存することを前提とする後遺障害に基づく逸失利益ないし慰謝料請求はありえない。ただ,原告は,一定期間その意に副わない髪型であることによって過ごさなければならないので,その慰謝料が問題となるが,それは通院慰謝料として検討する。また,それによって明白な減収がある場合には,休業損害として肯定すべきであるが,前記1(1),(12)によると,原告の収入は月によって差があり,本件カット後に直前月の収入から比べて大きく落ち込んだとも認められない。そうすると,この点について肯定することはできない。しかし,他方,原告はキャバクラ嬢という容姿の美しさが重視される職業に携わっており,髪型は容姿に大きく影響するものであって,現に,原告がエクステンションでカバーしていることも明白な減収を防いでいること,明らかな形ではないが大まかな傾向としては減収も窺えることから、これらの点は,通院慰謝料で考慮する。

イ 通院慰謝料 30万円 前記前提事実のとおり,原告は髪をアピールポイントとしていたキャバクラ嬢であったのに,ウルフレイヤーに近い髪型となり,職業上巻き髪やアップをする必要があることもあって,エクステンションの装着を余儀なくされ,裏付けがあるだけでも約30万円の支出が認められること,髪に自信が持てなくなったため接客にも自信が持てなくなった時期もあったこと,しかし,他方,髪型の問題は時期がくれば解消するものであって,その期間も,原告が主張するように従前の髪型における長さを前提とするのではなく,本件美容契約の依頼の内容であるJJ記載の本件髪型を前提とすべきであって,そうであれば1,2年で足りることを勘案すると,30万円をもって相当と認める。」

 美容室がどのようなカットをすれば責任を果たしたと言えるのかという点について、髪型や、パーマや、カラーリングや、エステサロンにおける施術や、ネイルサロンにおける施術も、美的なセンスが要求される、抽象的な依頼になりますので、裁判所も、「合理的なカット手法を採用すれば、被告において、本件美容契約上の注意義務違反や違法行為は問題とならないと解すべきである」と判断しています。すなわち、美容師の裁量権の範囲を広く認定しているようです。従って「合理的な(通常求められる程度の)施術を行えば」、責任を果たしたことになり、債務は履行したといえますから、代金を返金したり、損害賠償をする必要は無いと考えてよいでしょう。

 本件では裁判所は、原告の注文、希望が頭頂部17~20センチの長さカットするという依頼が、7~8センチにカットしてしまったため、契約上の義務に違反していると認定しています。そこで、次にどの程度損害賠償するかという問題になります。美容室のカットについては、髪が伸びることによって回復するので、後遺障害にもとづく遺失利益や慰謝料請求は認められないと判断しています。他方、カット直後の収入減少については、収入減の証拠がないことから損害があったことは認めず、通院慰謝料の一部として評価し、賠償責任を認めています。判決では、損害があったという証拠がない限り賠償は認められないのですが、慰謝料というのは精神的な損害についての賠償ですから、証拠がないとしても裁判所としては認めることができるので、このような扱いをすることになります。尚、争点とは関係有りませんが、本判決は、美容室に安全配慮義務を認定している点が大切です。安全配慮義務とは、業務上相手方の生命身体に危害が及ぼす可能性がある一定の法律関係にある者は、当該契約関係に付随して生じる相手方の生命身体の安全を配慮し保障すべき信義則上の義務を言います。その根拠は私的自治の原則に内在する公平公正の理念にあり、報償又は危険責任(民法では715条乃至718、使用者、工作物、動物占有者の責任)を背景に通常、業務上の危険性を有する労働契約、請負契約、医師の診療行為契約に適用されますが身体の安全確保の趣旨から美容室における契約にも拡張適用されることになります。

3.施術料金の返還

 前記の通り、通常求められる程度の合理的な施術を行っていれば、債務は履行されたと認められ報酬請求権も発生しますから受領した料金の返還の義務はありません。しかし、相手が納得しない場合、施術料金の返還をすることが、トラブル解決の第一歩となる場合があります。法的に、施術料金の返還・受領は、施術契約の合意解除と評価しうるからです。カットが終わって代金お支払いがなされていれば契約は終了しているのですが、相手が納得せずに賠償を請求している場合は相手の立場からすれば契約が完了していないことになります。そこで、お互いに初めから契約がなかったことにしましょうというのが合意解除です。初めから契約がなかったことにするのですから、代金は返す必要がありますが、カットについての責任は負わないということになります。合意解除後の請求権は、解除権を行使した場合の民法545条の現状回復義務ではなく、民法703条の不当利得返還請求権として評価される(大審院大正8年9月15日判決)と解されています。

 最良の方法は、「合意書・示談書」を作成して、料金全額を返金して、トラブルを解決する方法です。「合意が成立したので、今後一切、双方異議を申し立てないことを約した」という「清算条項」を入れることが必要です。合意書・示談書は、弁護士さんに作成又は確認してもらうとよいでしょう。

4.内容証明郵便の通知

(1)示談や合意解除をして施術料金の返還が出来たにもかかわらず、引き続き、慰謝料請求やネットでの誹謗中傷が続く場合は、内容証明郵便で、警告書を送るとよいでしょう。

記載する内容は、①施術に関してクレームがあったので、施術の契約は合意解除し、代金も全額返金済みです、②当方としては特にこれ以上金銭的に精算すべきものは無いと考えているので、請求しないでください。③どうしても法的権利があるとお考えであれば、適法な法的手続として、民事調停又は民事訴訟の提起をお願いします、④ネットでの誹謗中傷は、当店の営業上の損害を生じますので直ちに削除して下さい、⑤ネットでの誹謗中傷や、店舗への連絡や要求が続くようであれば、業務妨害事件として○○警察署に被害相談及び○○裁判所への損害賠償請求訴訟提起の検討を行う必要を生じますので、ご深慮の上でのご対応をお願い申し上げます。

(2)施術料金の返還が出来ていない場合でも、内容証明を送るとよいでしょう。

記載する内容は、

①○月○日貴殿の依頼に基づき、施術を行いました。当方としては、貴殿の依頼に基づき一般的に要求される行為を行い、代金を受領し、契約関係は終了しているという認識です。

②その後、○月○日から貴殿のクレームを受けております。代金を返せ、慰謝料をよこせ、という主張をされております。

③貴殿の主張は、施術契約の合意解除の申し入れであると判断致しました。当方としても、信頼関係に基づく施術契約ですから、信頼関係が無くなっているのであれば、合意解除に応じたいと思います。本書面をもって、合意解除の承諾の意思表示を致します。

④施術代金を返還致しますので、振込先口座を書面にてお知らせ下さい。送金したいと思います。

⑤ネットでの誹謗中傷は、当店の営業上の損害を生じますので直ちに削除して下さい、

⑥ネットでの誹謗中傷や、店舗への連絡や要求が続くようであれば、業務妨害事件として○○警察署に被害相談及び○○裁判所への損害賠償請求訴訟提起の検討を行う必要を生じますので、ご深慮の上でのご対応をお願い申し上げます。

内容証明を送付しても、返金先口座を知らせてこない場合は、法務局に対する弁済供託(民法494条)を検討されるとよいでしょう。

5.民事調停による話し合い

 上記の内容証明を送っても、それでも、相手方からの慰謝料請求などが続く場合は、簡易裁判所による民事調停手続きの活用を検討して下さい。

 裁判所の説明ページのリンクをご紹介致しますので、参考になさってください。

民事調停手続

6.被害届提出又は刑事告訴

 店に何度も何度も電話してきて業務に支障を生じている場合や、店の前で大声で騒ぎ立てている場合や、誹謗中傷のネット書き込みが継続する場合は、証拠資料を収集して、警察署に被害相談又は刑事告訴の手続きを行うとよいでしょう。考えられる罪名は、業務妨害罪(刑法233条、234条)です。証拠収集の方法は、電話の通話録音や通話記録の取り寄せや、ビデオ撮影、会話録音、証人の見聞録作成や、ネット書き込みの印刷など、です。窓口は警察署の生活安全課になると思います。警察署は「民事不介入の原則」があり、通常の紛争であれば、介入せず、当事者の話し合いに任せる、というスタンスが基本となりますが、熱心に捜査してもらうためには、「通常のレベルではない」ということを、詳細に説明する必要があるでしょう。場合によっては、警察署への相談に、弁護士さんに同行してもらうことも、有効です。

7.誹謗中傷の書き込みに対する対応

 ネットの誹謗中傷の書き込みは、民事上は損害賠償請求(民法415条、709条)又は差止請求の問題となりますし、刑事上は、名誉毀損罪(刑法230条)又は信用毀損罪(刑法233条前段)又は偽計業務妨害罪(刑法233条後段)の対象となりうる行為です。勿論、書き込みをした本人に対して削除するように働きかける必要がありますが、虚偽の書き込みであったり、誹謗中傷がひどい場合は、掲示板の管理会社や、インターネットプロバイダに対して、削除の要求をすることが考えられます。上場企業が運営しているような掲示板であれば、一定程度の合理的な対応を期待することができます。

 掲示板の管理会社では、被害者本人からのメールや電話でのクレーム段階では、「掲載情報の真偽は保証致しかねる、という約款に従って運営しているので、削除しません」という対応を取ることも多いのですが、弁護士から内容証明郵便で法的責任追求の可能性に言及して削除の要求をすると、顧問弁護士や社内で検討して、削除されることもある様です。弁護士さんに相談してみるとよいでしょう。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

<参考条文>

民法

第六百四十三条(委任)委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。

(受任者の注意義務)

第六百四十四条  受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

(受任者による報告)

第六百四十五条  受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。

(受任者による受取物の引渡し等)

第六百四十六条  受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。その収取した果実についても、同様とする。

2  受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。

(受任者の金銭の消費についての責任)

第六百四十七条  受任者は、委任者に引き渡すべき金額又はその利益のために用いるべき金額を自己のために消費したときは、その消費した日以後の利息を支払わなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

(受任者の報酬)

第六百四十八条  受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。

2  受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、第六百二十四条第二項の規定を準用する。

3  委任が受任者の責めに帰することができない事由によって履行の中途で終了したときは、受任者は、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。

(受任者による費用の前払請求)

第六百四十九条  委任事務を処理するについて費用を要するときは、委任者は、受任者の請求により、その前払をしなければならない。

(受任者による費用等の償還請求等)

第六百五十条

受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる。

2  受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、自己に代わってその弁済をすることを請求することができる。この場合において、その債務が弁済期にないときは、委任者に対し、相当の担保を供させることができる。

3  受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することができる。

(委任の解除)

第六百五十一条  委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。

2  当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。

(委任の解除の効力)

第六百五十二条  第六百二十条の規定は、委任について準用する。

(委任の終了事由)

第六百五十三条  委任は、次に掲げる事由によって終了する。

一  委任者又は受任者の死亡

二  委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと。

三  受任者が後見開始の審判を受けたこと。

(委任の終了後の処分)

第六百五十四条  委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない。

(委任の終了の対抗要件)

第六百五十五条  委任の終了事由は、これを相手方に通知したとき、又は相手方がこれを知っていたときでなければ、これをもってその相手方に対抗することができない。

(準委任)

第六百五十六条  この節の規定は、法律行為でない事務の委託について準用する。