2026年10月5日更新
「酔って警察官を押してしまった」「職務質問の際にもみ合いになり逮捕された」「公務員が相手だから示談できないと言われた」。公務執行妨害事件では、暴行・脅迫の有無だけでなく、公務員の職務が適法であったか、けがや物の損害があるかも確認する必要があります。ご本人とご家族に向けて、現行法と裁判例、逮捕後の対応、示談・被害弁償、弁護士に相談する意義を解説します。
1 公務執行妨害罪とは:現行の条文と刑罰
相談例
酒に酔って通行人とけんかになり、止めに入った警察官に暴行してけがをさせ、パトカーを蹴って壊してしまいました。どうすればよいでしょうか。
警察官の適法な職務執行に対して暴行を加えた場合、公務執行妨害罪が成立し得ます。けがについては傷害罪、車の破損については器物損壊罪なども検討します。早期に弁護士へ相談し、事実・証拠の確認、身柄解放、被害回復、再発防止を並行して進めることが重要です。初犯だから必ず罰金、示談ができないから必ず実刑、ということではありません。
刑法95条(公務執行妨害及び職務強要)
公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
2 公務員に、ある処分をさせ、若しくはさせないため、又はその職を辞させるために、暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。
第1項が公務執行妨害罪、第2項が職務強要罪です。2025年6月1日から懲役・禁錮に代わり拘禁刑が施行されています。施行前の行為には経過措置があるため、過去の事件は行為の日を確認します。罰金刑も有罪の刑事処分であり、確定すれば前科になります。
出典:刑法95条、法務省・拘禁刑下の矯正処遇等。
2 どのような場合に成立する?警察官以外も対象です
この罪が保護するのは、公務員個人の感情や権威ではなく、公務の円滑な執行という国家的法益です。地方公共団体の公務も対象になります。主に次の点を確認します。
| 確認する点 | 具体的な検討 |
|---|---|
| 相手が公務員か | 刑法7条の公務員に当たるか。警察官のほか、自治体職員、消防・救急の職員、公立学校の教員等も対象となり得ます。 |
| 職務執行との関係 | 実際に何の仕事をしていたか。単に公務員という身分の人との私的なけんかが、当然に本罪になるわけではありません。 |
| 職務の適法性 | 権限の範囲内か、その行為をするための法律上の要件・重要な手続を満たすか。 |
| 暴行又は脅迫 | 殴る・蹴るだけでなく、押す、胸ぐらをつかむ、害を加えると告げる行為などを、程度・状況とともに判断します。 |
| 故意 | 相手が職務を行う公務員であることや、自分の行為についての認識を、当時の事情から確認します。 |
行政から仕事を委託されている民間人や警備員が、すべて刑法上の公務員になるわけではありません。みなし公務員の規定も、その適用範囲を確認します。また、公務員の非権力的な業務も対象となり得るため、「取締りではない仕事だから関係ない」ともいえません。
3 けががなくても成立する?物に向けた暴行と最高裁判例
最高裁昭和25年10月20日第二小法廷判決(刑集4巻10号2115頁)
最高裁は、公務執行妨害罪について、現実に職務が妨げられたという結果の発生までは必要とせず、職務を妨げる性質の暴行・脅迫があれば足りるとしています。したがって、けががない、すぐに制止された、その後予定どおり仕事が終わったというだけで、成立が否定されるわけではありません。裁判所・判決の要旨と全文
最高裁昭和26年3月20日第三小法廷判決(刑集5巻5号794頁)
適法な令状によって押収されたたばこを街路上に投げ捨てた事件です。最高裁は、公務員の身体に直接力を加えていなくても、間接的にその公務員に対する暴行と評価できるとして、公務執行妨害罪の成立を認めました。裁判所・判決の要旨と全文
相談例のパトカーへの加害も、警察官の職務やその場の状況との関係によって、間接的な暴行と評価されることがあります。ただし、公用車を壊した行為がすべて自動的に公務執行妨害になるのではありません。誰がどこで何をしていたか、車両の使用状況、加害の方法等を確認し、器物損壊罪とは分けて検討します。
4 職務質問を断る・抗議するだけでも犯罪になる?
単に質問をする、理由を尋ねる、適法な方法で苦情を申し立てる、任意の協力を断るというだけで、直ちに刑法95条1項の暴行・脅迫に当たるわけではありません。警察官職務執行法2条による職務質問では、刑事訴訟法による場合を除き、身柄を拘束したり、意思に反して連行したり、答弁を強要したりできないとされています。
警察官職務執行法2条(質問)
警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。
2 その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。
3 前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。
4 警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。
任意の手続きであるとはいえ、警察官の現場でのすべての制止行為が直ちに違法になるわけではありません。停止の理由、疑いの程度、接触の方法、時間、周囲の危険、別の法令上の権限等を確認します。暴行・脅迫があったかに加え、職務の適法性を検討することが弁護活動の重要な部分です。
違法な対応だと感じても、自分の判断だけで殴る・蹴る等の実力行使をすると、事件が複雑になります。日時、場所、言葉、身体への接触、目撃者を記録し、映像や診療記録を確保して相談してください。公務執行妨害罪が成立しない場合でも、暴行・傷害等の成否や正当防衛の要件は別に検討します。
行政窓口でも、要望の内容と伝え方を区別します。山形市のカスタマーハラスメント対策マニュアル(2026年2月・PDF)は、正当な意見・要望の重要性を説明する一方、暴力や脅迫等への組織的対応を示しています。「カスタマーハラスメント」という呼称だけで特定の犯罪が成立するわけではなく、それぞれの犯罪の要件を確認します。
参照:警察官職務執行法2条。
5 傷害罪・器物損壊罪との関係、飲酒の影響
| 行為 | 問題となる罪・法定刑 |
|---|---|
| 職務中の警察官を殴ってけがをさせた | 公務執行妨害罪に加え、傷害罪(刑法204条:15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)が成立し得ます。 |
| パトカー等を故意に壊した | 器物損壊罪(刑法261条:3年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金若しくは科料)が成立し得ます。公務執行妨害罪の成否も別に検討します。 |
| 公務員の身体に暴行したが、けがはない | 同じ暴行が公務執行妨害罪に当たる場合、通常、その暴行を別に暴行罪として重ねて処罰するものではありません。 |
一つの行為が公務執行妨害罪と傷害罪に当たる場合は、通常、観念的競合として重い刑により処断されます(刑法54条1項)。これは、公務執行妨害がなかったことになるという意味ではありません。通行人とのけんか、警察官への暴行、車の破損が別の行為であれば、併合罪等の関係も検討します。刑の上限を単純に足し算して判断することはできません。
「酔っていた」「記憶がない」だけで刑事責任がなくなるわけではありません。当時の判断・行動能力、飲酒量、言動、服薬、映像等から故意や責任能力を確認します。覚えていない部分を推測で認めず、記憶と資料で確認できることを分けて説明してください。
6 発覚・逮捕直後に本人と家族がすること
- 弁護士との接見を求める:本人は弁護士に会いたいと伝え、家族は警察署名、逮捕日時、疑われている行為を確認します。当番弁護士制度の利用も検討できます。
- 資料を保管する:録音・映像、現場写真、やり取り、受診記録、呼出し書類等を残します。防犯映像は保存期間が限られることがあるため、早めに保存を求める必要があります。
- 体調を伝える:持病、服薬、けが、飲酒に関する症状等を弁護士と留置担当者に伝え、必要な診察につなげます。
- 供述調書を確認する:黙秘権があり、供述を強制されるものではありません。違う記載には訂正を求め、納得できない内容への署名押印を急がないでください。
家族が関係者に供述の変更を頼んだり、映像を消したり、直接謝罪を迫ったりしないことも重要です。事実を争う事件では、謝罪文の表現が争点に影響することもあるため、提出前に弁護士と確認します。在宅捜査でも呼出しを放置せず、必要なら日程を調整してください。
7 逮捕・勾留の期間と、弁護士による身柄解放
警察が逮捕した通常の事件では、身体拘束から48時間以内に検察官へ送致するか釈放し、検察官は受け取ってから24時間以内、かつ身体拘束から通算72時間以内に勾留請求するか釈放する必要があります。勾留が認められると原則として請求日から10日間、やむを得ない事由がある場合はさらに最大10日間延長されます。これは一つの被疑事実についての通常の枠組みで、別事件の再逮捕や起訴後の勾留は別に検討します。
弁護士は、住居・仕事・家族の支援、既に確保された証拠、関係者と接触しない体制、通院・育児・介護等を資料にし、勾留をしないよう意見を提出します。勾留後には準抗告、勾留取消し、延長を争う手続等を検討します。保釈は起訴後の制度であり、起訴前には利用できません。
最高裁平成26年11月17日第一小法廷決定の意義
痴漢を疑われた会社員の事件で、罪証隠滅の現実的可能性が低いとして勾留の必要性を否定した判断が維持されました。公務執行妨害そのものの判例ではありませんが、否認しているというだけで身柄拘束が当然になるのではなく、具体的な証拠や生活状況を検討する重要性を示します。罪名だけで釈放の可否は決まりません。関連QA1734・勾留請求却下に向けた弁護活動
8 「公務執行妨害は示談できない」と諦める必要はある?
公務執行妨害罪は親告罪ではなく、公務員個人との示談だけで事件が終了するわけではありません。傷害罪も親告罪ではありません。一方、負傷した職員の損害や公用車の修理費について賠償・示談を検討する余地はあります。国家的法益の問題と、現実に生じた個人・財産の損害を分けて対応します。
- 職員のけが:治療費、休業損害、慰謝料等を、診断書・領収書・補償の状況に基づいて検討します。
- 公用車の破損:所有者・管理主体、見積り、支払窓口、合意権限を確認します。警察署が法人として所有者になる、又は必ず署長個人と示談する、と決めつけることはできません。
- 器物損壊罪の告訴:親告罪であり、適法な告訴取消しは起訴前まで可能です(刑事訴訟法237条)。ただし、公務執行妨害罪や傷害罪まで当然に終了するわけではありません。
本人・所属先が示談に応じない場合もあります。弁護士を通じて連絡の可否や被害回復の方法を確認し、相手の意思を尊重して交渉します。合意できた場合は、対象の損害、金額、支払、処罰に関する意向を明確にします。謝罪や弁償の資料は処分判断の事情となり得ますが、不起訴を保証するものではありません。関連QA1794・公務執行妨害罪の弁護活動
9 公務災害補償が出ていても、賠償の確認が必要です
職員の治療費等が公務災害補償で支払われたからといって、加害者の賠償責任がすべてなくなるわけではありません。地方公務員災害補償法59条では、第三者の行為で生じた災害について基金が補償した場合、その価額の限度で職員等の損害賠償請求権を取得する仕組みを定めています。基金から加害者へ請求されることがあります。
したがって、誰に、どの損害について、いくら支払うのかを整理します。職員への支払と基金への支払が重複しないようにし、補償対象外の慰謝料等は別に検討します。国家公務員等については、その人に適用される補償制度を確認します。
示談書に「今後一切請求しない」と記載する際も、基金等の権利や未確定の損害を無視できません。所属先・基金等との調整をせずに包括的な合意を急がないことが大切です。栃木県の第三者加害行為事案の手引(PDF)には、補償・求償・示談交渉の関係を示す図解があります。千葉県の第三者加害行為災害の説明も参考になります。
示談が成立しない場合の贖罪寄付は、反省を示す事情として検討することはありますが、治療費・修理費の弁償の代わりになるものではありません。一定額を寄付すれば不起訴になるという制度でもありません。
10 不起訴・略式罰金・正式裁判の違い
| 処分・手続 | 意味と注意点 |
|---|---|
| 不起訴 | 嫌疑不十分等のほか、犯罪の成立が認められても情状等により起訴猶予となる場合があります。不起訴は有罪判決ではありません。 |
| 略式手続による罰金 | 検察官が説明し、本人に異議がないことを確認したうえで、簡易裁判所が書面審理により命令する手続です。正式な公判を開かなくても、有罪の刑事処分です。 |
| 正式裁判 | 公判で証拠を調べ、罪の成否や刑を判断します。拘禁刑が選択されても、要件を満たせば刑の全部の執行猶予が付くことがあります。 |
起訴猶予では、刑事訴訟法248条により、年齢・境遇、犯罪の軽重、情状、犯罪後の状況等を総合して判断します。弁護士は、暴行の程度、職務への影響、けが、前科前歴、弁償、再発防止等を具体的な資料で示します。警察官相手だから必ず起訴される、初犯だから必ず不起訴になる、といった一律の判断はできません。
略式手続の一般的な上限は100万円以下の罰金又は科料ですが、公務執行妨害罪単独の罰金の上限は50万円です。両者を混同しないでください。罪を争う、処分の意味が分からない場合は、略式手続に同意する前に弁護士と検討します。略式命令に不服がある場合の正式裁判請求は、告知を受けた日から14日以内です(刑事訴訟法465条)。釈放の時期も、略式請求と必ず同時と決めつけず確認します。
参照:裁判所・簡易裁判所の刑事事件。
11 再発防止・仕事や資格への影響と法律相談
飲酒がきっかけなら、飲酒量や機会の見直し、家族の協力、必要に応じた専門医への相談など、実行できる対策を考えます。謝罪文だけでなく、原因と対策、継続状況を示すことが大切です。20歳未満では18・19歳の特定少年を含め少年法の検討が必要であり、家庭・学校等の支援も重要になります。
刑事処分とは別に、就業規則による処分、公務員の身分、医師等の資格に関する行政処分が問題になることがあります。罰金だから仕事への影響がない、逆に必ず免職・免許取消しになる、というものではありません。適用法令、勤務先の規則、資格、処分の種類を確認します。関連QA1540・公務執行妨害罪と医道審議会
弁護士は、職務の適法性や暴行の有無を争うための証拠確認、接見・取調べへの助言、勾留回避、損害と補償制度の整理、示談、検察官への意見提出、裁判や行政処分への対応を行います。罪を認める事件でも、争う事件でも、早期の相談には意味があります。
相談時には、警察署名・逮捕日時、相手の職務、具体的な言動、けがや破損、飲酒・服薬、証拠、前科前歴、仕事・資格を分かる範囲で伝えてください。すべての資料がそろうまで待つ必要はありません。
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14 参考法令・公的資料・PDF
- 刑法:7条・54条・95条・204条・261条・264条等
- 刑事訴訟法:身柄拘束、237条・248条・461条~465条等
- 警察官職務執行法:職務質問等
- 法務省:拘禁刑下の矯正処遇等
- 裁判所:簡易裁判所の刑事事件・略式手続
- 最高裁昭和25年10月20日判決・原文PDF(職務妨害の結果発生の要否)
- 最高裁昭和26年3月20日判決・原文PDF(間接的な暴行)
- 栃木県:第三者加害行為事案・手続図解PDF
- 千葉県:第三者加害行為の災害について
- 山形市:カスタマーハラスメント対策マニュアル(2026年2月PDF)
情報確認日:2026年10月5日。具体的な処分は、事実関係、行為時の法令、証拠、個別事情によって異なります。