法の支配と民事訴訟実務入門(平成20年8月13日改訂)
総論4、弁護士が本人訴訟を勧める理由。本人訴訟と法の支配。

Q:どうして弁護士さんが本人訴訟(訴訟の当事者が代理人=弁護士をつけずに進める訴訟を本人訴訟といいます)を勧めるのですか?お仕事が減ってしまうのではありませんか?そもそも本人訴訟は認められるのですか。訴訟は専門的ですから弁護士さんが職業として行うものではありませんか。

A:
1. そんなことはありません。本人訴訟を勧め、訴訟のアドヴァイスをする事が元々弁護士本来の仕事です。
2. 民事訴訟の原則は本人訴訟です。憲法も明言しています。
3. 弁護士が職業として行うのは本人が多忙や、法的な主張に不安がある人に代わり代理人として活動する事ですから本人が訴訟を提起し遂行することについて何ら問題はありません。
4. 本人訴訟は、法の支配の理念に通じます。本人訴訟を通じてどうしてこのような法律があるのかを自問自答し人間が生まれながらに享有している権利、自然法を追及してください。


解説
1. 訴訟制度は、前述のように法の支配、自力救済禁止の原則の具体化としてあり人間の尊厳、基本的人権を保障するために国民一人一人に認められたものですから国家が存在する以上国民が単独で訴訟を提起遂行することが出来るのです。これを、国家組織に対する関係では裁判を受ける権利として憲法32条に明文化しています。「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない。」と規定していますが何人とは、国民自身を意味し、勿論弁護士を指すものではありません。本人訴訟の原則が明確に述べられています。民事訴訟法も本人訴訟を前提に定められています(民訴54条)。どんどん本人訴訟を行っていただきたいと思います。但し例外として刑事訴訟は被告人の生命自由を強制剥奪する手続きであり弁護人選任が必要となっています(憲法37条3項)。

2. 弁護士の目的、仕事は種々の理由により本人訴訟が難しいときに法的手続を代理し適正公平な社会秩序の維持と真の法律制度の改善維持に努力する仕事です。民事訴訟における「法の支配」の実践は本人訴訟とこれを補佐する弁護士制度により成り立っているのです。弁護士法第1条、弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。2項、弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。とその趣旨を明らかにしています。

3.  繰り返し出てくる「法の支配」は訴訟制度の説明にどうしても不可欠です。法学部に入学した大学生が最初に勉強する言葉ですが、市民間のトラブルを規制する民法、市民の身体財産の安全を保護する刑法、国や地方自治体など統治機構を規制する憲法がありますが、憲法の上にある基本的な考え方、それが「法の支配」と言われています。「法の支配」は、沿革からも明らかなように個人の尊厳を守るため人類が長い時間と多くの犠牲を払って獲得し培った知恵・法的技術・財産です。これを実行するために、立法府や裁判所や行政府が定められ、個別事件の処理に関する代理人として弁護士の制度が定められています。毎日新しい法律が審議され、裁判所では判例が更新されていますが、どんなに立派な法律・判例があっても、それを実際に日常生活で役立てていかなければ、画餅に終わってしまいます。わが国にも無数の法律がありますが、これら法律を活かし、「法の支配」を前進させるためには、法律専門家である弁護士の努力が必要であることは言うまでもありませんが、もっと重要なのは、法律問題に巻き込まれている当事者である市民のみなさん自身です。当事者である市民のみなさん自身が、自分自身の権利を実現するために本人訴訟・本人手続の努力をし、これを法律専門家である弁護士が補助するというのが、期待される権利実現の形であると思います。従って、仮に色々な事情により弁護士に依頼することになったとしても代理人である弁護士と一緒に事実の主張立証、適用される法律の制度趣旨、解釈を考えていく事が大切です。

4. そもそも法の支配のいう合理的で適正公平な法とは、どういうものでしょうか。結論から言えばその法とは自然法を意味します。 勿論、法律は、無数の規則=ルールの集合体ですが、その規則=ルールはどのようにして形成されたのでしょうか。世界最古の法典のひとつであるハンムラビ法典は、慣習法を成文化したものであるといわれています。では、慣習法は、どのようにして定まったでしょうか。私は、当事者個人間の約束(契約・合意)が、その源泉にあると思います。「お金を貸すから返して下さい」「わかりました」というような、個人間の約束が、家族間の約束になり、やがて、集落・部族の決まりごとになり、国のルールになっていったと考えられます。国のルールになるような決まりごとには、当然ながら、合理性・普遍性・妥当性が要求されるのです。

5.  国の権力者は、法律を制定する際に、法律の内容を個人の自由で恣意的に決めることができるでしょうか。国王が絶対権力を握る専制君主制の国家であれば歴史上行われていましたし、わが国でも、江戸幕府5代将軍綱吉の時代に「生類憐みの令」により、殺生してはならない・犬を傷つけてはならない、という規則についてゆき過ぎた運用がなされ、領民を苦しめた事例があります。

6.  しかし、どのような政治権力によっても奪うことができない(奪うべきでない)権利、人間が生まれながらに持っている権利を自然権的基本権と言います。このような、どのような政治権力であっても従わなければならない根本規範を自然法と言います。

7.  数学者が定理を発見するように、科学者が物理法則を発見するように、国民、法律学者及び法律実務家は、合理的で適正公平な自然法を追求することができるのです。最終的には、国民の訴え、主張により裁判所において具体的紛争を通じて自然法の内容を個別的に具体化していくことになります。

8.  このように自然法に基づく統治を、「法の支配」と定義することができます。これは法律の内容をも規定する考え方ですので、単なる法治主義とは異なる概念です。

9. 例えば、消費者金融問題についても、法の支配の理念が具体的法律に生かされています。契約自由の原則(民法91条、民法399条)からいえば、金銭消費貸借契約(民法587条)において高利貸しによる違法な金利が横行してしまいます(例えば、極端に言うとベニスの商人のように「期限までに金が返せない時は、債務者の身体から肉1ポンドをもらい受ける。」という契約でさえ成立してしまうわけです)。サラ金ヤミ金による違法な取立てにより自殺者が出るなど社会問題化し、国会審議を通じて、法改正、新法制定が行われ、利息制限法・出資法・貸金業規正法による修正が行われ裁判所の判断を通じ適正な利息が認められるようになりました(基本的に100万円未満の貸付の利率は18パーセントを上限とする。)。しかし、それでも返済できない場合は、破産法・民事再生法により債務者の財産を配当し、残債務の全部免除あるいは一部免除し、債務者に経済的更生のチャンスを与えるのです。破産法1条は「この法律は、支払不能又は債務超過にある債務者の財産等の清算に関する手続を定めること等により、債権者その他の利害関係人の利害及び債務者と債権者との間の権利関係を適切に調整し、もって債務者の財産等の適正かつ公平な清算を図るとともに、債務者について経済生活の再生の機会の確保を図ることを目的とする。」と規定していますが、「適正かつ公平な清算を図る」という言葉は、債務超過になってしまった国民の生きる権利(自然法)を守るために、民法の契約自由の原則が「法の支配」の理念により修正された結果であると言えるでしょう。

10.  このように、「法の支配」の理念は、現代に生きる我々にとっても、幸福追求の手段として、重要な考え方です。法律の規定は抽象的ですからひとつの事件が、裁判所を動かし、新しい判例を確定させ、国会を動かし、新しい法律を成立させることも可能です。日常生活のトラブルに巻き込まれた場合、上記の「法の支配」の理念を思い出してください。「法律は市民の幸福を守るためにあるのに、どうして自分はこのような不都合に巻き込まれているのだろう」と考えてみてください。回りの家族・友人にも相談してみてください。もし、あなたの周りの人々全員が、「あなたの意見はもっともである」と言ったのなら、あなたの意見に、何らかの妥当性・正当性が含まれていると考えることができます。その場合は、一度、弁護士さんに相談してみる事をお勧めします。「法律構成」と言いますが、あなたの主張なさりたい事を、法的主張として解説してくれるかもしれません。その上で、ご自分でも手続できそうなときは、本人訴訟・本人手続を行うべきですし、ちょっと本人で全部やるのは難しそうだな、と言うときは、弁護士に代理人として裁判所に行って貰う事も良いでしょう。あるいは、私も良く法律相談の時に言うのですが「それではまず自分で交渉、調停をやってみて、それでもまとまらないときは弁護士に依頼してはどうですか」という様に、できるところまで自ら行動し、必要に応じて弁護士と共に権利実現について手続を遂行することも一つの方法です。いずれにしても、大切なことは、トラブルを適正に解決するため国民個々人が適正、合理的な法律とは何か、法の本質は一体何かを明らかにする事です。そのためにはどうしてこのような法律があるのか具体的事件を通じて自問自答することです。たとえ弁護士に依頼する場合でも他人任せはいけません。その積み重ねが悪しき前例となり、法の正義、法の支配の理念が次第に失われてしまいます。現代に生きる我々全員が、正しい権利行使の努力を継続することが、「法の支配」の維持発展に不可欠なことだと考えます。この本は、その一助となると良いと思って書きました。是非活用して、本人訴訟に役立てていただきたいと思います。どうしても解からない時、新銀座法律事務所の無料電話インターネット法律相談を受けてみてください。具体的にアドヴァイスいたします。

11. 法の支配の沿革、考え方の詳細については新銀座法律事務所のホームページ、事務所の理念を参考にしてください。

≪条文参照≫
民事訴訟法
(訴訟代理人の資格)
第五十四条  法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ訴訟代理人となることができない。ただし、簡易裁判所においては、その許可を得て、弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる。

民法
(任意規定と異なる意思表示)
第九十一条  法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。
(債権の目的)
第三百九十九条  債権は、金銭に見積もることができないものであっても、その目的とすることができる。
利息制限法
(利息の最高限)
第一条  金銭を目的とする消費貸借上の利息の契約は、その利息が左の利率により計算した金額をこえるときは、その超過部分につき無効とする。
元本が十万円未満の場合          年二割
元本が十万円以上百万円未満の場合     年一割八分
元本が百万円以上の場合          年一割五分

出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律

(高金利の処罰)
第五条  金銭の貸付けを行う者が、年百九・五パーセント(二月二十九日を含む一年については年百九・八パーセントとし、一日当たりについては〇・三パーセントとする。)を超える割合による利息(債務の不履行について予定される賠償額を含む。以下同じ。)の契約をしたときは、五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。当該割合を超える割合による利息を受領し、又はその支払を要求した者も、同様とする。
2  前項の規定にかかわらず、金銭の貸付けを行う者が業として金銭の貸付けを行う場合において、年二十九・二パーセント(二月二十九日を含む一年については年二十九・二八パーセントとし、一日当たりについては〇・〇八パーセントとする。)を超える割合による利息の契約をしたときは、五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。その貸付けに関し、当該割合を超える割合による利息を受領し、又はその支払を要求した者も、同様とする。
3  前二項の規定にかかわらず、金銭の貸付けを行う者が業として金銭の貸付けを行う場合において、年百九・五パーセント(二月二十九日を含む一年については年百九・八パーセントとし、一日当たりについては〇・三パーセントとする。)を超える割合による利息の契約をしたときは、十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。その貸付けに関し、当該割合を超える割合による利息を受領し、又はその支払を要求した者も、同様とする。

貸金業法

(目的)
第一条  この法律は、貸金業が我が国の経済社会において果たす役割にかんがみ、貸金業を営む者について登録制度を実施し、その事業に対し必要な規制を行うとともに、貸金業者の組織する団体を認可する制度を設け、その適正な活動を促進することにより、貸金業を営む者の業務の適正な運営を確保し、もつて資金需要者等の利益の保護を図るとともに、国民経済の適切な運営に資することを目的とする。

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