再開発手続きにおける行政代執行による明け渡し

民事|都市再開発法|行政代執行法|最高裁平成14年7月9日判決(宝塚市パチンコ店等建築規制条例事件)|最高裁昭和41年2月23日大法廷判決(農業共済組合共済掛金等請求事件)

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

再開発手続きの区域内で店舗を所有し(賃借し)運営しています。再開発組合担当者から執拗に権利変換同意書(借家権消滅希望申出書)の提出を求められましたが、権利変換の内容についても、明け渡しの通損補償についても、現実の損害を填補できない不十分な条件でしたので拒否していました。そうしたところ、組合の代理人弁護士の方から内容証明郵便の受任通知が届き、「このまま協議に応じて頂けませんと、行政代執行による強制的な明け渡しの手続きがなされることになります」との文面が記載されていました。私は、地権者として当然の主張をしているだけなのに、本当に、何も話を聞いてもらえず、そのような強制的な明け渡しがなされてしまうのでしょうか。行政代執行についても教えてください。

回答:

1、ご相談の場合、再開発組合が再開発手続きを進めているということですから、都市再開発法による民間の再開発事業、いわゆる組合施行の第一種市街地再開発事業と考えられます。第一種市街地再開発事業は、区域内地権者の3分の2以上の同意により、5名以上の発起人の申請により(都市再開発法11条1項、同14条1項)、再開発組合の設立が行政に認可され、都市計画決定された市街地再開発事業を施行していく区域内の一括建て替え事業です。

2、この建て替え手続きは、行政に認可された都市計画決定された事業ですから普通の民間の建て替え事業である、等価交換による建て替えとか、借地借家法に基づく明け渡しの請求などとは性質が異なるものです。都市再開発法の建て替え事業は、「都市計画事業」として施行され、行政代執行法による強制的な明け渡しや事業の施行が法定されている手続きとなります。行政代執行は、行政処分により法的な代替的作為義務が生じている義務者が任意に義務を履行しない場合に、行政庁が自らその作為をなし、又は第三者に行わしめて、それに要した費用を義務者から徴収できる制度です。分かりやすく言えば、道路や空港を整備する際の「土地収用法」の手続きと同じ法的な枠組みとなっています。

3、従いまして、御相談のような組合代理人の説明は、法的に誤っているとは言えませんが、実務上は、第一種市街地再開発事業における行政代執行法による強制的な明け渡しは極めて抑制的に運用されています。その運用状況を説明せずに「最後には行政代執行で立ち退いてもらうことになる」という説明は、なかば誤っていると言っても過言ではない程の不適切な説明と言えるでしょう。

この行政代執行手続きが適用されるかどうかは、あなたの主張に法的な理由があるかどうか、また、手続きの最初の段階からの事情経過如何に掛かっています。もしもあなたが全く根拠なく、再開発手続きが進行して回りの住民のほとんどが立ち退いているのに、何ら合理的理由も無く居座っているだけであれば、本当に行政代執行による明け渡しが実施されてしまう可能性もあるでしょう。他方、あなたの主張内容が、法的に見ても、また、他の区域住民から見ても当然の主張である、退去に応じなくても仕方ないと評価され得るものであれば、行政機関としても、行政代執行手続きに着手することを躊躇し、組合としては、民事上の裁判所の明渡訴訟や明渡断行仮処分の申し立てをせざるを得ないことになります。この事情は、「行政比例原則」、「法律に基づく行政の原理=法律の留保」と、「行政の民主的コントロール=民主的統制、首長公選制」という3つの点から読み解くことができます。

このような点から第一種市街地再開発事業においては、行政代執行ではなく、再開発組合が債権者として建物明渡の断行の仮処分という民事上の強制執行を行う場合が多いといえます(建物明渡の断行の仮処分については、触れませんので、再開発事業に関する別の事例集を参考にしてください)。お困りの問題があれば経験のある弁護士事務所に御相談なさると良いでしょう。

4、都市再開発法 第一種市街地再開発事業において、民事訴訟法、民事執行法、民事保全法を利用できるかという問題がありますが、行政事件の強制執行と私的自治の大原則が支配する私人間を規律する民事事件(民事訴訟法)の強制執行の制度趣旨、本質的関係、それに関連する行政権肥大化の抑制、司法権の本質的役割を明らかにすることが不可欠と思われます。最高裁の判例では、行政事件については、民事訴訟、民事執行は利用できないという考え方があります。最高裁平成14年7月9日判決(宝塚市パチンコ店等建築規制条例事件)、最高裁昭和41年2月23日大法廷判決(農業共済組合共済掛金等請求事件)等。反対に、これを認める高裁判決もあり、学説も分かれており私見としては最高裁判例が理論的であるとおもいますが、判例の集積がのぞまれます。

5、都市再開発その他関連事例集参照。

解説:

1、都市計画事業としての市街地再開発事業

都市再開発法1条では「この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。」と規定されています。駅前密集地など、市街地の土地建物は、勿論私有財産制のもとで各個人や法人の財産権の対象となっているものですが、他方で、木造密集地が、いつまでたっても建て替えが進まず、細い路地がなかなか太くならなかったりすると、消防車が通ることもできず、また、大地震の際に、建物が倒壊したり火災の延焼が起きて、近隣住民の生命財産の危険を生じる恐れもあります。また、都市計画の改定により、市街地の発展に伴って容積率の緩和措置などが定められたとしても、個々の権利者の自己判断に任せていてはいつまで経っても建物の建て替えが進まず、駅前の商業機能を高めることができず、区域内住民全体の経済振興の障害になってしまうこともあります。

このような事情のもとで都市再開発法では、個々の地権者の任意の建て替え手続きや(全員同意)、建物の区分所有法の建て替え決議のような5分の4の多数決要件(区分所有法62条1項)によることなく、公益性が認められる事情がある場合に、都市計画審議会の答申を経て、区域内地権者の3分の2以上の同意があれば、行政の認可手続きを得ることにより、区域内の一括建て替えを可能としているのです。区域内地権者の発議による再開発組合が施行者となる第一種市街地再開発事業では、権利変換手続きにより、権利変換期日に、土地と建物の権利が一括して異動する法的効力を与えています。

都市再開発法87条(権利変換期日における権利の変換) 1項 施行地区内の土地は、権利変換期日において、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属する。この場合において、従前の土地を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。

主に行政機関が施行者となる第二種市街地再開発事業では、管理処分計画が作成され、これに基づいて施行者と地権者の間で土地建物の売買契約が締結され用地取得され、または土地収用法の手続きにより取得され、区域内の整備が行われますが、第一種市街地再開発事業と同様に事業計画認可公告から1か月の基準日までに「譲り受け希望の申し出」や「賃借り希望の申し出」をすることにより再開発ビルへの再入居をすることができます(都市再開発法118条の2第1項)。第二種市街地再開発事業は、国際空港の整備や、オリンピック競技場の整備など、公益性が極めて高い事業などが想定されており、都道府県や市区町村などの自治体が施行者となる場合、区域内地権者の3分の2は法定要件とはなっていません(都市再開発法118条の6第1項)。

都市再開発法6条1項 市街地再開発事業の施行区域内においては、市街地再開発事業は、都市計画事業として施行する。

このように、公益性のある再開発事業は、都市計画事業として施行されることが法定されています。

都市計画法1条 この法律は、都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。

都市計画法4条15項 この法律において「都市計画事業」とは、この法律で定めるところにより第五十九条の規定による認可又は承認を受けて行なわれる都市計画施設の整備に関する事業及び市街地開発事業をいう。

都市計画事業とは、都市の健全な発展と秩序ある整備を図ることにより、国土の均衡ある発展と公共の福祉を増進するために行われる、公益事業としての都市整備事業です。既存の建物を取り壊して、既存の道路区画も整理統廃合して、新たな建物や道路を整備することができます。都市計画事業では、土地収用法の手続きが援用されていますので、強制収用の手続きが認められている公共事業ということになります。

都市計画法69条(都市計画事業のための土地等の収用又は使用)都市計画事業については、これを土地収用法第三条各号の一に規定する事業に該当するものとみなし、同法の規定を適用する。

土地収用法3条各号の公共事業の一部をリストアップしてみます。都市計画事業というのは、このように公益性の高い事業であるというイメージを掴んでください。

一 道路法による道路、道路運送法による一般自動車道若しくは専用自動車道又は駐車場法による路外駐車場

二 河川法が適用され、若しくは準用される河川その他公共の利害に関係のある河川又はこれらの河川に治水若しくは利水の目的をもつて設置する堤防、護岸、ダム、水路、貯水池その他の施設

三 砂防法による砂防設備又は同法が準用される砂防のための施設

四 運河法による運河の用に供する施設

五 国、地方公共団体、土地改良区又は独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構が設置する農業用道路、用水路、排水路、海岸堤防、かんがい用若しくは農作物の災害防止用のため池又は防風林その他これに準ずる施設

六 国、都道府県又は土地改良区が土地改良法によつて行う客土事業又は土地改良事業の施行に伴い設置する用排水機若しくは地下水源の利用に関する設備

七 鉄道事業法による鉄道事業者又は索道事業者がその鉄道事業又は索道事業で一般の需要に応ずるものの用に供する施設

八 軌道法による軌道又は同法が準用される無軌条電車の用に供する施設

九 道路運送法による一般乗合旅客自動車運送事業又は貨物自動車運送事業法による一般貨物自動車運送事業の用に供する施設

十 港湾法による港湾施設又は漁港漁場整備法による漁港施設

十一 航路標識法による航路標識又は水路業務法による水路測量標

十二 航空法による飛行場又は航空保安施設で公共の用に供するもの

従いまして、各地権者が自発的に建て替えの是非を考えるような任意の建て替え事業や、区分所有建物の所有者の多数決で建て替えを決めるような任意の建て替え手続き、建物の老朽化による建て替えが必要であるとして家主側から退去を求められているような借地借家法が適用される賃貸契約の解除の問題とは根本的に異なる事業であることを理解する必要があります。

2、行政代執行とは

行政代執行とは、行政機関が、法令に基づいて行政目的を実現する必要がある場合に、法令に基づいて代替的作為義務(義務者以外の者であっても履行可能な作為義務、例えば演歌歌手がコンサートを行うような行為は他人が代行できませんので非代替的作為とされます)について義務付ける行政処分がなされたにも関わらず義務者が任意に作為義務に応じない場合に、行政庁が自らその作為義務を執行できるとする制度です。明け渡しの代執行に関して言えば、行政庁が法令に基づいて明け渡しの裁決を行い、これを土地建物の権利者に対して送達して、権利者が立ち退きを法的に義務付けられたにもかかわらず任意の明け渡しを拒んでいる場合には、行政機関が自ら実力で明け渡しを実施することができるとされているものです。

行政代執行法第2条 法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。

普通の明け渡しであれば、明け渡し請求権を法的に確定させる裁判所の判決を受けて、執行官が現場に来て、明け渡しの催告を受けてから強制執行がなされることになりますが、行政機関の行政代執行は、裁判所の手続きを経ることなく行政庁の担当者が直接に明け渡しを実施することになります。珍しい手続きですので、なかなかイメージしにくいかもしれませんが、警察官が現行犯人を逮捕するのと少し似ているかもしれません。法令に基づき、権限を与えられた行政官が、行政目的を達成するために合法的に有形力を行使するということになります。

代執行について理解するために、法令上認められた代執行手続きをいくつかご紹介したいと思います。

容積率違反や耐震強度不足で近隣住民などに対する危険を生じている違反建築物については、監督行政庁は是正措置を命ずる事ができ、これに従わない場合は行政代執行による建物撤去などの是正措置を執ることができます。

建築基準法第9条(違反建築物に対する措置)

1項 特定行政庁は、建築基準法令の規定又はこの法律の規定に基づく許可に付した条件に違反した建築物又は建築物の敷地については、当該建築物の建築主、当該建築物に関する工事の請負人(請負工事の下請人を含む。)若しくは現場管理者又は当該建築物若しくは建築物の敷地の所有者、管理者若しくは占有者に対して、当該工事の施工の停止を命じ、又は、相当の猶予期限を付けて、当該建築物の除却、移転、改築、増築、修繕、模様替、使用禁止、使用制限その他これらの規定又は条件に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができる。

12項 特定行政庁は、第一項の規定により必要な措置を命じた場合において、その措置を命ぜられた者がその措置を履行しないとき、履行しても十分でないとき、又は履行しても同項の期限までに完了する見込みがないときは、行政代執行法(昭和二十三年法律第四十三号)の定めるところに従い、みずから義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる。

ゴミ屋敷や迷惑空き家で悪臭や火災の危険がある場合には、空家等対策特別措置法で充分な猶予期間を置いた上で、行政代執行による撤去等も可能になっています。

空家等対策特別措置法14条(特定空家等に対する措置)

1項 市町村長は、特定空家等の所有者等に対し、当該特定空家等に関し、除却、修繕、立木竹の伐採その他周辺の生活環境の保全を図るために必要な措置(そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態又は著しく衛生上有害となるおそれのある状態にない特定空家等については、建築物の除却を除く。次項において同じ。)をとるよう助言又は指導をすることができる。

2項 市町村長は、前項の規定による助言又は指導をした場合において、なお当該特定空家等の状態が改善されないと認めるときは、当該助言又は指導を受けた者に対し、相当の猶予期限を付けて、除却、修繕、立木竹の伐採その他周辺の生活環境の保全を図るために必要な措置をとることを勧告することができる。

3項 市町村長は、前項の規定による勧告を受けた者が正当な理由がなくてその勧告に係る措置をとらなかった場合において、特に必要があると認めるときは、その者に対し、相当の猶予期限を付けて、その勧告に係る措置をとることを命ずることができる。

9項 市町村長は、第三項の規定により必要な措置を命じた場合において、その措置を命ぜられた者がその措置を履行しないとき、履行しても十分でないとき又は履行しても同項の期限までに完了する見込みがないときは、行政代執行法(昭和二十三年法律第四十三号)の定めるところに従い、自ら義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる。

これらの行政代執行を占有者などが実力で阻止しようとすると、公務執行妨害罪(刑法95条1項)に問われてしまう場合がありますので注意が必要となります。

刑法95条(公務執行妨害及び職務強要)

1項 公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

2項 公務員に、ある処分をさせ、若しくはさせないため、又はその職を辞させるために、暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。

土地収用法でも、都市再開発法でも、事業を進行させるために必要な場合は行政代執行による明け渡しを実施することが出来る旨が法定されています(土地収用法102条の2第2項、都市再開発法98条2項)。

土地収用法(土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転)

第百二条 明渡裁決があつたときは、当該土地又は当該土地にある物件を占有している者は、明渡裁決において定められた明渡しの期限までに、起業者に土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転しなければならない。

(土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転の代行及び代執行)

第百二条の二 前条の場合において次の各号の一に該当するときは、市町村長は、起業者の請求により、土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転すべき者に代わつて、土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転しなければならない。

一 土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転すべき者がその責めに帰することができない理由に因りその義務を履行することができないとき。

二 起業者が過失がなくて土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転すべき者を確知することができないとき。

2 前条の場合において、土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転すべき者がその義務を履行しないとき、履行しても充分でないとき、又は履行しても明渡しの期限までに完了する見込みがないときは、都道府県知事は、起業者の請求により、行政代執行法(昭和二十三年法律第四十三号)の定めるところに従い、自ら義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる。物件を移転すべき者が明渡裁決に係る第八十五条第二項の規定に基づく移転の代行の提供の受領を拒んだときも、同様とする。

都市再開発法96条4項 第一項の規定による明渡しの請求があつた土地(従前指定宅地であつた土地に限る。)又は当該土地に存する物件を占有している者は、明渡しの期限までに、施行者に土地を引き渡し、又は物件を移転し、若しくは除却しなければならない。ただし、次条第三項の規定による支払がないときは、この限りでない。

都市再開発法98条(土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転の代行及び代執行)

1項 第九十六条第三項の場合において次の各号の一に該当するときは、市町村長は、施行者の請求により、土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転すべき者に代わつて、土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転しなければならない。

一 土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転すべき者がその責めに帰することができない理由によりその義務を履行することができないとき。

二 施行者が過失がなくて土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転すべき者を確知することができないとき。

2項 第九十六条第三項の場合において土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転すべき者がその義務を履行しないとき、履行しても十分でないとき、又は履行しても明渡しの期限までに完了する見込みがないときは、都道府県知事等は、施行者の請求により、行政代執行法(昭和二十三年法律第四十三号)の定めるところに従い、自ら義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる。

行政代執行が行われる時は、必ず、法律上の明け渡しの義務付けが行われ、その後に、任意の明け渡しが行われない場合に、行政代執行による明け渡しが実施されるという構造になっています。

このように、土地収用法でも都市再開発法でも、行政代執行による明け渡しの手続きが法定され整備されていますが、これは、実務上は簡単に実施することはできないものです。

行政比例の原則と言って、強力な行政権限が発動される場合には、それに見合った行政目的の重大性も必要であるという法原則があります。「雀を撃つのに大砲を使ってはならない」という言葉で説明されることがありますが、達成されるべき行政目的と、そのために取られる手段としての権利・利益の制約との間に均衡を要求する法原則です。行政機関が行政目的を実施する場合には、常に必要最小限度の私権制限で行うように配慮が求められているということになります。比例原則は、人権侵害の憲法適合性を審査する場合の違憲審査基準のうち、LRAの基準や最小限度の基準にも含まれていると考えることができます。LRAの基準はLess Restrictive Alternatives つまり、行政目的を達成するために、より制限的でない他の選択肢が存在しない場合には合憲であるとする審査基準です(薬事法距離制限規定事件最高裁判決(最判昭和50年4月30日判決)など)。

また、法律に基づく行政の原理(法律の留保)と言って、行政機関の市民に対する不利益処分となる行政処分は、必ず法令の根拠に基づき行われる必要があるとする法原則も守られなければなりません。行政機関が立法権と司法権からのコントロールを受ける三権分立を根拠と考えることができますが、近代法治国家では当然の基本原理と考えられています。この原理から、明け渡しを義務づける手続きの中で何等かの法令違反がある場合には、明け渡しの義務付けに法的な瑕疵(欠陥)を生じることになり、法的効力を生じない場合が出てくることになります。不利益処分を義務付ける法令の要件は厳格に満たされる必要があるということです。実際に市役所などの職員が行政処分をする場合には、極めて慎重にひとつひとつのステップを踏んでいることが分かります。これが、組合施行の第一種市街地再開発事業では、施行者は区域内地権者からなる住民の組合であり、事務局に参画しているのは民間企業である不動産デベロッパー会社やゼネコン会社となります。この施行主体の違いから、法令違反の危険性が格段に高まっている実情があります。民間事業者による杜撰な手続きが散見されます。都市再開発法の手続きであれば、権利変換手続きや、補償協議や、明け渡しの協議において、法令に違反する不公平・不当な取り扱いがあったり、虚偽説明があったりした場合に、義務付けが効力を生じない場合がでてきます。純然たる公務員がやっている不利益処分と、民間事業者がやっている不利益処分とで、手続きの安定性が全く異なっているのです。行政機関では考えられない様な瑕疵を生じている場合があります。

更に、明け渡しの代執行手続きにおいて、明け渡し義務者(明け渡し請求の名宛人)の身の回りの物品を運び出したりすることは「代替的作為義務」として代執行できるとしても、義務者(名宛人)自身の身体を移動させることは、代替性の無い作為義務となりますので、代執行することは理屈上できないという問題もあります。ほとんどの事例では、身の回りの物品の搬出などの代執行に着手されると、義務者(名宛人)自身も建物外に任意に退去することが想定されますので、「行政代執行により明け渡しが実施された」ように見えるのですが、論理的にはこのような問題が潜んでいることになります。

最後に、行政の民主的なコントロールの問題があります。都市再開発法98条2項で、市街地再開発組合は、都道府県知事等に対して行政代執行の請求を行うことができますが、行政代執行の主体となる都道府県知事や市区町村長は、それぞれ公職選挙法で定められた地方選挙で選ばれた首長となりますので、区域内住民のコンセンサスに反するような行政代執行を無理やり行うことは事実上できないことになります。

この行政代執行法2条の「当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。」と規定されているのは、行政機関に代執行の権限を与えているものであり、その権限を「いつどのように」行使するかは、都道府県知事や市区町村の裁量に任されていることになるのです。従って、第一種市街地再開発事業を定める都市計画決定が先行している場合に、何等かの事情により再開発事業が滞っているとしても、必ずしも行政代執行により強制的に明け渡しを実施するだけでなく、組合に対して「区域内で良く話し合ってください」と行政指導することもできるのです。特に、再開発区域内で反対運動の住民運動が起こっているような場合には、なかなか首長は行政代執行に積極的になることができない傾向があります。前記行政比例原則から言っても、まず最初は話し合いで解決することを模索し、代執行は最後の手段となります。

3、判例紹介

前記のような事情ですので、実際に行政代執行が実施されるのは、長期間にわたって任意の話合いが行われるなどの経過を経て、それでもどうしても行政目的が達成できない時に、誰から見ても必要とされるような行為について実施されることが多くなっていますので、行政代執行に関する裁判例は僅少となっています。

しかしながら、行政機関の不利益処分に関して司法審査が及んだ事例もいくつかありますので御紹介したいと思います。行政代執行の前提としての義務付け命令が取り消しされた場合は、行政代執行もできないことになります。

東京高裁平成24年12月12日判決

『(1) 以上のとおり,本件各処分には,いずれも実体的な違法事由は認められないところ,控訴人は,不利益処分である本件各処分は,いずれもその理由の提示が十分ではなく,行政手続法14条に違反すると主張するので,以下この点につき判断する。

(2) 被控訴人は,本件各処分通知書には,本件土地及び建物名称が処分対象となる物件として明示され,また,上記土地における控訴人の開発行為そのものが違反事実となっていること,及び控訴人が市街化調整区域において開発許可を得ずに開発行為を行ったことも了知することができるから,処分対象事実が明らかでないとはいえないと主張する。

しかしながら,行政手続法14条1項本文が不利益処分をする場合に同時

にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは,名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。そして,同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは,上記のような同項本文の趣旨に照らし,当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである(最高裁判所平成21年(行ヒ)第91号・同23年6月7日第三小法廷判決,民集65巻4号2081頁参照)。そこで,以上の考え方に従い本件各処分について判断する。

(3)ア 本件使用停止命令について

本件使用停止命令(別紙1)には,控訴人の本件土地開発行為が法42条に違反しているので法81条1項に基づき処分する旨の記載がある。本件使用停止命令の内容は,本件建物の使用を全面的に停止するものであり,控訴人にとっては重大な不利益をもたらす処分であるところ,命令書上「本件土地の開発行為」という以上に処分の根拠事実の特定はされていない。また,処分根拠法令とされる法42条は,予定建築物以外の建築物等の新築等禁止,改築,又は用途変更の禁止という複数の禁止内容を含むから,本件土地の開発行為が同条違反というだけでは,本件土地の開発行為の何がどのような禁止内容にふれるのかという処分の根拠事実との対応関係が全く明らかではない。また,法81条1項の定める監督処分は,各号に定められる処分要件が抽象的であり,処分行政庁が執り得る措置も多様で,その処分選択は処分行政庁の裁量に委ねられているため,同条項を挙げただけでは,本件土地の開発行為の何が同条項のどの処分要件に該当するのか,また,いかなる理由や基準で使用停止命令という監督処分が選択されたのかが明らかではない。さらに,前記のとおり,被控訴人においては50平米基準が開発許可の解釈運用基準として採用され,公表されており,控訴人からの本件開発行為の相談や開発許可申請,開業後の是正指導等にあたっても,50平米基準からみた適否が問題とされていたことが認められるにもかかわらず,本件使用停止命令には50平米基準に関する記載はない。

以上のような諸点を総合考慮すると,本件使用停止命令書の記載からは,本件土地開発行為のどのような点が法42条のどの文言に違反するのか,法81条1項各号のいずれの処分要件に該当するものとされたのか,どのような理由や基準で同項所定の措置として使用停止命令がされたかは,全く不明というほかはなく,行政手続法14条1項本文の趣旨に照らし,不利益処分の理由提示としては不十分というべきである。

(中略)

(7) したがって,本件各処分は,いずれも理由の提示を欠き,行政手続法14条に違反し,取消しを免れないというべきである。』

この判決は、行政処分自体に違法性は認められないとしつつも、行政庁の建物利用停止命令書において行政手続法14条1項違反があることを理由に義務付け命令の取り消しを命じたものです。

行政手続法14条(不利益処分の理由の提示) 1項 行政庁は、不利益処分をする場合には、その名あて人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない。ただし、当該理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合は、この限りでない。

法律に基づく行政の原理(法律の留保の原理)により、国民が不利益処分を受ける場合には、万一にも過誤による不利益処分を受けないように、救済措置や是正措置の申立てへの方途も開かれている必要があります。これは憲法31条デュープロセスにも規定されている近代法治国家の根本規範の一つになりますから、裁判所も厳格に審査しています。

最高裁判所平成23年6月7日判決

『行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは,名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。そして,同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは,上記のような同項本文の趣旨に照らし,当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである。

この見地に立って建築士法10条1項2号又は3号による建築士に対する懲戒処分について見ると,同項2号及び3号の定める処分要件はいずれも抽象的である上,これらに該当する場合に同項所定の戒告,1年以内の業務停止又は免許取消しのいずれの処分を選択するかも処分行政庁の裁量に委ねられている。そして,建築士に対する上記懲戒処分については,処分内容の決定に関し,本件処分基準が定められているところ,本件処分基準は,意見公募の手続を経るなど適正を担保すべき手厚い手続を経た上で定められて公にされており,しかも,その内容は,前記2(4)のとおりであって,多様な事例に対応すべくかなり複雑なものとなっている。

そうすると,建築士に対する上記懲戒処分に際して同時に示されるべき理由としては,処分の原因となる事実及び処分の根拠法条に加えて,本件処分基準の適用関係が示されなければ,処分の名宛人において,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることは困難であるのが通例であると考えられる。これを本件について見ると,本件の事実関係等は前記2のとおりであり,本件免許取消処分は上告人X1の一級建築士としての資格を直接にはく奪する重大な不利益処分であるところ,その処分の理由として,上告人X1が,札幌市内の複数の土地を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,又は構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行ったという処分の原因となる事実と,建築士法10条1項2号及び3号という処分の根拠法条とが示されているのみで,本件処分基準の適用関係が全く示されておらず,その複雑な基準の下では,上告人X1において,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は相応に知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって免許取消処分が選択されたのかを知ることはできないものといわざるを得ない。このような本件の事情の下においては,行政手続法14条1項本文の趣旨に照らし,同項本文の要求する理由提示としては十分でないといわなければならず,本件免許取消処分は,同項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であるというべきであって,取消しを免れないものというべきである。』

これは、上記高裁判決にも引用されていた最高裁判決です。行政手続法14条1項の理由開示が必要な制度趣旨を、「名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。」としており、理由開示の程度については、「当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである。」と判示しています。特に、建築士の免許取り消しのような重大な不利益処分について、処分基準が法定されておらず、行政庁に裁量が認められるような場合には、どうしてそのような裁量権が行使されたのか、前提となる事情や、それを法令に適用しなければならなかった理由の開示が必要であると判断しているのです。

なお、都市再開発法86条3項と96条6項では、行政手続法3章(14条1項の理由開示義務を含む)が適用除外されているので上記判例とは事案が異なるわけですが、これは「特定の行政分野において独自の手続き体系があるものについては適用除外とする」という平成3年12月の臨時行政改革推進審議会の答申を受けた措置で、都市再開発法の地権者救済手続きに瑕疵がある場合には、行政手続法14条1項と同様の不利益処分に対する救済措置が認められるのかという論点を生じると考えることができるでしょう。

このように裁判例を見てみると、行政処分だからと言って一切反論が出来ないというわけではなく、行政庁にミスがある場合や、適正手続き違反が認められる場合には、司法審査で覆る可能性もあることが分かります。特に、組合施行の第一種市街地再開発事業の場合は、施行者(理事や理事長)が行政法に精通していない区域内地権者ですし、それを補佐している不動産デベロッパーである参加組合員も、利益優先で、行政処分の適正手続きの重要性を理解していないことが多いのです。そのような事情もあり、市街地再開発事業における行政代執行法の適用については、組合側と行政庁の間には温度差が見られることがあり、行政庁が代執行手続きに慎重になっていることが多いと推測できるのです。実務上は、「公益性の高い第二種市街地再開発事業」や「市区町村が施行者となっている第一種市街地再開発事業」を除いた、民間主導の組合施行方式の第一種市街地再開発事業においては、行政代執行は極めて抑制的な運用がなされていると言えるでしょう。そもそも、組合施行の第一種市街地再開発事業の半数程度は都市再開発法110条全員同意型権利変換手続を採用しており、行政代執行が必要となるようなトラブルになることはありません。行政側の基本的な態度としては、「みなさんでよく話し合ってください」というのが最初の反応になるのです。

4、さいごに

以上の次第ですので、組合側の「行政代執行があるから何も反論できない」という説明は、なにも反論ができないという点で適切なものでは無いと言えますが、具体的事件においてどのように対応していくのが最善策になるのかは、事案毎に異なって参ります。再開発手続きにおいて、権利変換の内容や通損補償の内容についてどうしても納得できない事情がある場合は、資料を用意した上で再開発手続きに経験のあるお近くの法律事務所に御相談なさってみると良いでしょう。

以上です。

関連事例集

Yahoo! JAPAN

参照条文
《参考条文》

行政代執行法

第一条 行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律の定めるところによる。

第二条 法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。

第三条 前条の規定による処分(代執行)をなすには、相当の履行期限を定め、その期限までに履行がなされないときは、代執行をなすべき旨を、予め文書で戒告しなければならない。
② 義務者が、前項の戒告を受けて、指定の期限までにその義務を履行しないときは、当該行政庁は、代執行令書をもつて、代執行をなすべき時期、代執行のために派遣する執行責任者の氏名及び代執行に要する費用の概算による見積額を義務者に通知する。
③ 非常の場合又は危険切迫の場合において、当該行為の急速な実施について緊急の必要があり、前二項に規定する手続をとる暇がないときは、その手続を経ないで代執行をすることができる。

第四条 代執行のために現場に派遣される執行責任者は、その者が執行責任者たる本人であることを示すべき証票を携帯し、要求があるときは、何時でもこれを呈示しなければならない。

第五条 代執行に要した費用の徴収については、実際に要した費用の額及びその納期日を定め、義務者に対し、文書をもつてその納付を命じなければならない。

第六条 代執行に要した費用は、国税滞納処分の例により、これを徴収することができる。
② 代執行に要した費用については、行政庁は、国税及び地方税に次ぐ順位の先取特権を有する。
③ 代執行に要した費用を徴収したときは、その徴収金は、事務費の所属に従い、国庫又は地方公共団体の経済の収入となる。