執行猶予中の犯罪による執行猶予の裁量的取消しの可能性

刑事|執行猶予中の犯罪|執行猶予の裁量的取消しの可能性|対応手続|東京地裁昭和40年10月20日決定

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

アルバイト勤務の息子・24歳のことで相談です。息子は、先月にとある企業への正社員としての就職が決まり、新生活に向けて準備をしていたところだったのですが、先日、警察より電話があり、息子が万引きの容疑で逮捕されたと聞かされました。警察署に伺って聞いた話によると、息子はスーパーで食料品としては比較的高価なワイン3本(販売価格約1万8000円相当)を万引きしたところを警備員に声をかけられて捕まったようで、ワインは転売して生活費に充てる目的だった、ここ2、3週間で同様の万引きを3、4回行った、などと供述しているようです。息子は、2年前にも、他人のクレジットカードを無断でインターネトショッピングサイトに登録して買い物をしたことで、詐欺の容疑で警察に捕まったことがあり、その時は正式裁判を経て、懲役1年3月、執行猶予3年の有罪判決を受けており、現在は執行猶予中となります。息子はこのまま起訴され、服役する他ないのでしょうか。服役を回避できる可能性はあるのでしょうか。

回答

1.服役を回避する法律上の可能性としては、①今回の万引きについて不起訴処分になること、②万引きについて略式命令、罰金刑として、執行猶予の取り消しとならないようにすること③万引きについて再度の執行猶予判決を得ること、ということが考えられます。いずれの方法についても簡単ではありませんが、再度の執行猶予は例外的にしか認められまんので、被害者と示談をしたうえで、不起訴処分、あるいは罰金刑と執行猶予の取り消し請求をしない、という方向で検討するのが良いでしょう。なお、執行猶予が取り消されるのは、執行猶予期間内に罰金刑に処せられた、ことが要件で処せられたというのは刑が確定した時点ですから、執行猶予期間がそれより前に経過していれば、執行猶予の取り消しにはならないことも検討する必要があります。1403番の事例集も参考にしてください。

  息子さんの本件万引き行為は窃盗罪(刑法235条)に該当します。執行猶予中の犯行であることに加え、被害額が同種事案の中では多額であること、転売目的で換金性の高い商品を狙った悪質な犯行であること、常習性や余罪の存在が窺われること等からすると、情状は相当悪いといえ、本件は基本的には公判請求された上、懲役刑が求刑される可能性が高い事案と考えられます。猶予の期間内に更に罪を犯して懲役刑に処せられた場合、執行猶予の必要的取消事由に該当するため(刑法26条1号)、本件で懲役刑の言い渡しを受けた場合、息子さんは前刑と合算した相当長期間の服役を余儀なくされることになります。

2.もっとも、本件が前刑とは罪名も罪質も異なるものであることや社会内での更生に向けた自発的努力を行っている最中の事件であることからすると、被害店舗との示談の成立や息子さん本人の真摯な反省はもちろん、息子さんに前刑以外に前科、前歴がないこと、本件犯行に酌むべき事情があること(経済的困窮の中、已むに已まれず行われた犯行であること等)等の有利な情状が認められれば、実際上不起訴は無理としても、罰金刑を前提とした略式起訴に止めてもらえる可能性は十分残されていると考えられます。

3.執行猶予期間内に罪を犯して罰金に処せられた場合、執行猶予の裁量的取消事由に該当することになります(刑法26条の2第1号)。具体的にどのような場合に取り消されることになるのかは法文上明らかではありませんが、裁判例上、猶予期間内の罰金刑の回数や罰金額の多寡、罪種、犯情、罰金刑と執行猶予取消対象の懲役刑との比較、被猶予者の行状等の他、執行猶予取消により不当の損害をうけることはないかを具体的個別的に判断して、執行猶予取消が相当であるかどうかによって決定すべきとされています(東京地裁昭和40年10月20日決定)。

4.息子さんの場合、執行猶予の取消しとそれに伴う服役を回避するためには、まず懲役刑を回避することが必須であり、そのためには早期に弁護人を選任するなどして被害店舗との示談交渉を進めるべきことに加え、弁護人において、検察官に対して、息子さんへの刑事処分の上での良情状となり得る事情を十分主張し、それを裏付ける証拠を収集、提出する等しながら刑事処分の軽減を求めて(略式起訴による罰金刑に止めてもらえるよう)交渉、説得する活動が不可欠となってきます。また、終局処分を略式起訴に止めてもらうのみでは不十分であり、検察官に執行猶予取消の請求をされることのないよう(刑事訴訟法349条1項)、息子さんの行状など、執行猶予取消を不相当とすべき具体的事情についても主張、立証を尽くし、検察官に対して交渉、説得していくべきことになります。

5.その他関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1.(はじめに)

息子さんがスーパーで商品のワイン3本を万引きした行為は窃盗罪(刑法235条)に該当します。窃盗罪の法定刑は10年以下の懲役又は50万円以下の罰金とされていますが(刑法235条)、実際に起訴するのかしないのか、また、起訴するとしてどの範囲で刑事罰を求めるのか(懲役刑か、罰金刑か、またその程度)は、犯罪の軽重や情状、犯行後の情況等を基に検察官が判断することとされています(刑事訴訟法248条)。この点、息子さんの場合、前刑の執行猶予期間中であるにもかかわらず再び犯罪行為を行っている点で、処分量定上、通常よりも強い非難を受けるべき立場にあるため、本件万引きについて、何ら必要な対応を行わず放置するとなれば、公判請求された上、懲役刑を求刑される可能性は相当高いように思われます。

そして、執行猶予期間中に再び罪を犯して禁錮以上の刑に処せられた場合、基本的に執行猶予が取り消されることとなる(新たな刑について再度の執行猶予の言渡し(刑法25条2項)があった場合はこの限りではありませんが、実務上、極めて例外的なケースに限られることになります。)ため(刑法26条1号)、その場合、前刑の懲役刑の期間と合わせた長期間の服役を余儀なくされることになります。

以下、このような状況の中で、息子さんが服役を回避できる可能性とそのための方法について考えていきたいと思います。なお、執行猶予には、大きく分けて、刑の全部の執行猶予(宣告刑の全部について刑の執行を猶予する制度。刑法25条)と、刑の一部の執行猶予(宣告刑の一部についてのみ刑の執行を猶予する制度。刑法27条の2)とがありますが、本稿で執行猶予と言う場合、断りがない限り、刑の全部の執行猶予を指すものとします。

2.(執行猶予の取消しに関する刑法の規定)

そもそも執行猶予とは、有罪判決に基づく刑の執行を一定期間猶予し、その執行猶予期間中に再び犯罪を行わないことを条件として、刑罰権を消滅させる制度のことです。刑罰の執行(特に刑務所等への服役)による社会生活上の弊害をできるだけ回避させるとともに、執行猶予取消しのリスクの下、善行保持を要請し、再犯抑止を図る点に制度の目的があるとされています(最高裁平成24年3月31日判決参照)。そのため、執行猶予期間中に再び犯罪を行い、何らかの刑に処せられた場合については、執行猶予を取り消すための規定が設けられています。具体的には、次のような規定が置かれています。

刑法

(刑の全部の執行猶予の必要的取消し)

第二十六条 次に掲げる場合においては、刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、第三号の場合において、猶予の言渡しを受けた者が第二十五条第一項第二号に掲げる者であるとき、又は次条第三号に該当するときは、この限りでない。

一 猶予の期間内に更に罪を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき。

(刑の全部の執行猶予の裁量的取消し)

第二十六条の二 次に掲げる場合においては、刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消すことができる。

一 猶予の期間内に更に罪を犯し、罰金に処せられたとき。

このように、執行猶予中に再び罪を犯した場合については、その罪に対する宣告刑が懲役刑など禁錮刑以上の刑であれば執行猶予を取り消さ「なければならない」とされる一方、宣告刑が罰金刑に止まっていれば、執行猶予を取り消す「ことができる」との文言からも分かるように、執行猶予取消しが回避出来る余地が残されることになります。

したがって、息子さんのケースで執行猶予取消しを回避できるかどうかについては、まず本件万引き事件での刑事処分を罰金以下にできるかどうか(懲役刑を回避できるかどうか)、実際上は検察官による終局処分のタイミングで、懲役刑求刑を前提とした公判請求(正式起訴)を回避できるかどうかが極めて重要なポイントとなってきます。

3.(公判請求(正式起訴)回避の可否)

そこで次に問題となるのが、息子さんの万引き行為に対して見込まれる刑事処分についてですが、結論から申し上げると、本件で不起訴処分(起訴猶予)を獲得することは極めて困難と考えられます。被害額が同種事案の中では多額であること、転売目的で換金性の高い商品を狙った犯行であること、犯行態様や供述内容から常習性や余罪の存在が窺われること、執行猶予中の犯行であること等からすると、情状が相当悪いといえ、仮に今後被害店舗との間での示談成立等の良い情状があったとしても、不起訴処分にしてもらえるだけの強力な事情にはなり得ないと思われます。なお、単なる示談書だけでなく被害者の宥恕文言(起訴あるいは処罰を望みません、という文言)が記載された示談書を作成してもらえば、不起訴のとなる可能性は高くなるでしょう。

もっとも、本件が前刑とは罪名も罪質も異なるものであることや社会内での更生に向けた自発的活動を行う最中の事件であることからすると、被害店舗との示談の成立や息子さん本人の真摯な反省はもちろん、息子さんに前刑以外に前科、前歴がないこと、本件犯行に酌むべき事情があること(一例として、経済的困窮の中、已むに已まれず行われた犯行であること等)等の有利な情状が認められれば、不起訴は無理としても、罰金刑を前提とした略式起訴に止めてもらえる可能性は十分残されていると考えられます。

もし略式起訴による罰金刑に止まった場合、刑法26条所定の執行猶予の必要的取消事由には該当しないため、服役する事態を回避できる可能性が出てくることについては前述のとおりです。したがって、息子さんとして、執行猶予取消しによる服役の事態を回避するためには、速やかに弁護人を選任するなどして被害店舗との示談交渉を進め、示談の成立を目指すべきことに加え、弁護人において、検察官に対して、息子さんへの刑事処分の上での良情状となり得る事情を十分主張し、それを裏付ける証拠を収集、提出する等しながら刑事処分の軽減を求めて交渉、説得する活動が不可欠といえるでしょう。

4.(執行猶予の裁量的取消しの可能性)

前述のような活動の結果、息子さんの刑事処分を略式起訴(罰金刑)に軽減できたとして、次に執行猶予の裁量的取消しによって服役する事態に陥らないか、という点が問題となってきます。

この点、刑法26条の2第1号は、猶予の期間内に更に罪を犯し、罰金に処せられたときに、執行猶予を取り消す「ことができる」と規定するのみで、どのような場合に取り消されることになるのか法文上明らかではありませんが、裁判例上「猶予期間内の罰金刑の回数、罰金額の多寡、右罰金刑の対象となつた犯罪の罪種及び犯情、この罰金刑と執行猶予取消の対象となつている懲役刑との比較(例えば少額の罰金刑を科せられたがために長期の懲役刑の執行猶予の取消をうけることになりはしないかなど)、その他、被猶予者の行状などを検討するほか、この被猶予者が猶予を取消されることにより不当の損害をうけることはないかを具体的個別的に判断して、執行猶予の取消が相当であるかどうかを決定すべきである。」とされており(東京地裁昭和40年10月20日決定)、具体的事情の下での相当性が要求されることになります。

そして、執行猶予の取消しは、検察官の裁判所に対する請求によって手続開始することとされており(刑事訴訟法349条1項)、請求を受けた裁判所は、猶予の言渡を受けた者又はその代理人の意見を聴いた上で取消しの是非を決定しなければならないとされてはいるものの(刑事訴訟法349条の2第1項)、実務上、検察官が執行猶予取消しが相当と判断して取消請求した事案について、裁判所がこれを認めないケースは非常に稀となっています。

したがって、執行猶予期間中に罰金刑に処せられた事件については、執行猶予取消請求の主体である検察官に、具体的事情の下で猶予の取消しが不相当であると考えてもらえるよう交渉、説得する活動が非常に重要になってきます。弁護人としては、刑事処分を略式起訴(罰金刑)に軽減したのみでは弁護活動として十分とはいえず、その先の検察官の請求による執行猶予取消の可能性も踏まえ、被猶予者の行状など(本件でいえば、社会内での更生に向けた努力の一環として就職活動を行い、正社員として稼働するための準備を自発的に進めていたこと等)執行猶予取消を不相当とすべき事情についても主張、立証を尽くし、検察官に取消請求をさせないよう尽力すべきことになります。

5.(最後に)

通常の刑事事件の弁護人としての活動は、起訴前であれば終局処分(略式起訴等)が決まった段階で終了するのが一般的であり(少なくとも国選事件の場合、弁護人としての活動は検察官の終局処分をもって終了することとなっており、私選の場合も、終局処分決定までを弁護活動期間とする契約が一般的と思われます。)、罰金刑による執行猶予取消回避に向けた活動というのは弁護士にとってあまり馴染みがない弁護活動かもしれません。もっとも、この点のフォローが何らない状態では、息子さんとして、いつ執行猶予が取り消されて服役するか分からない不安が拭えないこととなり、真の意味で弁護士への委任の目的を達したものとは言い難いように思えます。

弁護人を選任するにあたっては、弁護士としての活動範囲をよく確認し、また、執行猶予取消回避に向けた活動を要請した上、息子さんの服役回避に向けて熱意を持って取り組んでくれる、執れる手段を尽くしてくれる弁護士を選任されることをお勧めいたします。

以上

関連事例集

その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

Yahoo! JAPAN

参照条文
刑法

(刑の全部の執行猶予)

第二十五条 次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。

一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者

二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者

2 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。

(刑の全部の執行猶予の必要的取消し)

第二十六条 次に掲げる場合においては、刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、第三号の場合において、猶予の言渡しを受けた者が第二十五条第一項第二号に掲げる者であるとき、又は次条第三号に該当するときは、この限りでない。

一 猶予の期間内に更に罪を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき。

二 猶予の言渡し前に犯した他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき。

三 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられたことが発覚したとき。

(刑の全部の執行猶予の裁量的取消し)

第二十六条の二 次に掲げる場合においては、刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消すことができる。

一 猶予の期間内に更に罪を犯し、罰金に処せられたとき。

二 第二十五条の二第一項の規定により保護観察に付せられた者が遵守すべき事項を遵守せず、その情状が重いとき。

三 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その刑の全部の執行を猶予されたことが発覚したとき。

(窃盗)

第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑事訴訟法

第三百四十九条 刑の執行猶予の言渡を取り消すべき場合には、検察官は、刑の言渡を受けた者の現在地又は最後の住所地を管轄する地方裁判所、家庭裁判所又は簡易裁判所に対しその請求をしなければならない。

第三百四十九条の二 前条の請求があつたときは、裁判所は、猶予の言渡を受けた者又はその代理人の意見を聴いて決定をしなければならない。

○5 第一項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。