家庭内における傷害事件の準抗告

刑事|傷害事件起訴前弁護|準抗告による身柄解放|刑法204条

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

自宅で,夫婦喧嘩に際し,夫が私を押し倒し,私は,テーブルの角に額をぶつけてしまい,出血してしまいました。出血に驚いた私は咄嗟に警察に通報してしまいました。その後,自宅に駆け付けた警察の方によって,夫は,逮捕されてしまい,その後,10日の間,警察署に身柄を拘束される旨の勾留決定が出されてしまいました。私としては,警察の方に口頭注意してもらえれば十分であったのに,このような大きな事態となってしまい,後悔しています。

勾留決定に対しては裁判所に対する準抗告というものができ,それが認められれば,夫は釈放されると聞きました。どの様にして準抗告をすれば,夫は釈放されるのでしょうか。

回答:

1、相談者様の夫の「人を押し倒して、テーブルの角に額をぶつけ、出血させる」という行為は「人の身体を傷害」するものに当たり,傷害罪に該当します(刑法204条)。そして,既に勾留決定がなされてしまっていますので,このまま対策を講じなければ,最低でも10日間,身柄拘束が継続します。身柄拘束が長期に及べば,会社の無断欠勤等により解雇されてしまう危険性もあるものと思料いたします。

2、相談者様のご指摘のとおり,旦那様を早期に釈放させるためには,準抗告の申立てをした上で,こちらに有利な事情(勾留の要件を満たさないこと)を主張して,身体拘束からの解放を目指す必要があります。

3、関連事例集参照。

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解説:

1 傷害罪の成否,法定刑及び処分の見通しについて

今回,旦那様は,相談者様を押し倒すという有形力を行使し,相談者様の額から出血させていますので,相談者様という「人の身体」の生理的機能を害し,「傷害」をしたということになりますので,旦那様には傷害罪が成立することになります(刑法204条)。なお,旦那様に相談者様を傷付ける意図がなかったとしても,結果的加重犯(注:意図していた犯罪(本件に即していえば,暴行罪)の結果以上に重い結果が発生した場合に,その重い結果に相当する犯罪の成立を認めること)としての傷害罪が成立しますので,結論は異なりません。

そして,傷害罪の法定刑は,「15年以下の懲役又は50万円以下の罰金」と規定されています(刑法204条)。

もっとも,旦那様の犯行態様が悪質ではないこと,相談者様の傷害結果が軽微であることから,旦那様に前科・前歴がなければ,「宥恕する」,「刑事処罰を望まない」といった内容の相談者様の上申書を提出するなどして検察官と交渉をすれば,検察官が本件を不起訴処分とし,刑事処罰を回避することができる可能性が極めて高いです。

2 準抗告について

準抗告とは,裁判官の行った裁判(命令)に対して不服がある場合において裁判所に対してその裁判(命令)の取り消しや変更を求めることをいいます(刑事訴訟法第429条)。勾留決定は,一人の裁判官の命令ですから,これに不服がある場合は,その裁判官の所属してい裁判所に対して準抗告の申立てをすることができます(刑事訴訟法第429条1項2号)。

このように,準抗告の申立ては裁判所に対するものですから,1人の裁判官によってその当否(勾留の要件を満たすかどうか)が判断されるのではなく,裁判官3名で構成される裁判体の合議によってその当否(勾留の要件を満たすかどうか)が判断されることになります。この裁判官3名の中には,元々の裁判(命令)をした裁判官は含まれません。

3 勾留の要件について

⑴勾留の各要件

勾留の要件は,
①被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があること,
②被疑者に住所不定,罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由,逃亡すると疑うに足りる相当な理由のいずれかの事情があること,
③諸般の事情に照らして勾留の必要性があることです(刑事訴訟法207条1項,60条1項,87条1項)。

本件では,旦那様に傷害罪が成立することに争いはなく,①の要件を欠くとはいえません。また,旦那様は住所不定ではありませんので,本件では,②の要件のうち,被疑者に罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由,逃亡すると疑うに足りる相当な理由のいずれかの事情があるかどうかが問題となります。

そこで,②被疑者に罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由,逃亡すると疑うに足りる相当な理由のいずれかの事情があるかどうか,③諸般の事情に照らして勾留の必要性があるどうかに焦点を当てて以下解説いたします。

⑵ 被疑者に罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由,逃亡すると疑うに足りる相当な理由のいずれかの事情があるかどうかについて

被疑者に罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるかどうかは,物証や人証といった犯罪を証明するための証拠について,不当な働きかけ(証拠隠滅,証人威迫等)を行う客観的な可能性や,主観的な可能性(主観的意図)が具体的に認められるのかどうかによって判断されます。考慮要素としては,犯罪を証明するための証拠が既に収集済みであるか,被疑者が犯行を素直に認めて取調べに素直に応じているか,処分の見通しはどの様なものかといったことが挙げられます。

逮捕勾留後にすぐに被疑者の取り調べや証拠の収集が行われていないこともありますから、被疑者や被害者の上申書を作成して警察に提出するなど、積極的に証拠となるものを提出してすでに証拠がそろっていることを主張する必要があります。

他方,被疑者に逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるかどうかは,被疑者が所在不明になる可能性が具体的に認められるかどうかにより判断されます。考慮要素としては,被疑者を指導監督する身元引受人や家族がいるか,被疑者が定職に就いているか,被疑者の年収はどの程度か,被疑者の居宅が持ち家か,処分の見通しはどの様なものかといったことが挙げられます。これらの点について具体的に事実に即した説明をして逃亡するような事情がないことを説明する必要があります。

⑶ 諸般の事情に照らして勾留の必要性があるどうかについて

勾留の必要性とは,罪証隠滅や逃亡のおそれの程度を含めた具体的事情の下で被疑者を勾留することの相当性を意味します。

そして,諸般の事情に照らして勾留の必要性があるどうかは,被疑者を勾留することによって得られる捜査機関側の利益とそれによって被疑者が被る不利益を比較考量し,判断されることになります。被疑者の側としては勾留により被る不利益を具体的に主張する必要があります。本件では被害者も被疑者の家族ですから、被害者にも交流により不利益が生じることを具体的に裁判所に理解してもらう必要があります。

4 本件における特色

本件は,家庭内における傷害事件ですので,当然,犯人(旦那様)が被害者(相談者様)の居場所を知っており,犯人による被害者への接触,ひいてはそれに伴う証人威迫(罪証隠滅)が類型的に想定される事案であるといえます。裁判所が,準抗告を認めるかどうかを決めるに当たって,証人威迫(罪証隠滅)の危険を重視し,準抗告を認めないとの結論を出すことも十分あり得ます。

そこで,旦那様の早期の釈放を目指す相談者様においては,相談者様自ら積極的に捜査機関による事情聴取を受ける、あるいは証拠となる上申書を作成していて出するなどして,証人威迫(罪証隠滅)をしたとしてもその意味が希薄であるという状況を作出する必要があります。

また,上述のとおり,②被疑者に罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるかどうかという要件の有無を判断するに当たっての考慮要素として,処分の見通しはどの様なものかということが挙げられます。この「処分の見通し」には,検察官が本件を起訴処分とするか,それとも起訴猶予として不起訴処分とするかということも含まれます。そして,検察官が処分を決定するに当たって,被害者の処罰感情の有無,程度が重視されます。そこで,相談者様においては,「被疑者の釈放を求める」,「宥恕する」,「被疑者に対する刑事処罰を望まない」といった内容の相談者様の上申書を提出するなどして,相談者様に処罰感情がないことを示し,起訴猶予としての不起訴処分が見込まれ,罪証隠滅のおそれは小さいという状況を作出する必要があります。

これらの対応をしたとしても,一度勾留決定が判断されていると②被疑者に罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がないとの結論が導き出されることは簡単ではありませんが,これらの対応をすることによって,罪証隠滅のおそれは小さく,被疑者を勾留することによって得られる捜査機関側の利益も小さいとして,③諸般の事情に照らして勾留の必要性がないとの結論が導き出される可能性が相当程度高いです。

③諸般の事情に照らして勾留の必要性がないとの結論が導き出されれば,準抗告が認められ,勾留決定は取り消され旦那様は釈放されることとなります。

5 最後に

実際に準抗告の申立てを行うにあたっては、弁護人において,詳細な事情を把握した上で,勾留の要件との関係で説得的な主張を記載した申立書面を作成し,それを提出する必要があります。弁護人であれば,準抗告を認めるかどうかを判断する裁判所の担当裁判官との面談を実施するのが一般的です。

上述のとおり、ここのまま対策を講じなければ,最低でも10日間,捜査が忙しいと勾留延長としてさらに10日間、旦那様の身柄拘束が継続される可能性が極めて高いですので,速やかに弁護士に相談されることをお勧めいたします。

以上

関連事例集

その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

Yahoo! JAPAN

参照条文

【刑法】

(傷害)

第204条

人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

【刑事訴訟法】

第60条

1 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。

① 被告人が定まつた住居を有しないとき。

② 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

③ 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

第87条

1 勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない。

第207条

1 前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。

第429条

1 裁判官が左の裁判をした場合において、不服がある者は、簡易裁判所の裁判官がした裁判に対しては管轄地方裁判所に、その他の裁判官がした裁判に対してはその裁判官所属の裁判所にその裁判の取消又は変更を請求することができる。

② 勾留、保釈、押収又は押収物の還付に関する裁判