不倫相手に対する慰謝料請求権の存否および消滅時効の起算点

民事|不貞行為の相手方に対する慰謝料請求と時効|不貞行為と離婚の因果関係立証の必要性、慰謝料額算定への影響|最高裁判所平成31年2月19日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文
  6. 参照判例

質問

今から2年半ほど前に、夫が勤務先の部下の女性Aと不貞行為を行っていたことが発覚しました。その際、夫とAは関係を解消したようですが、私と夫はすぐに別居状態となり、現在、1年ほど前から夫とは離婚調停が継続しています。

私は、相手の女性にも慰謝料を請求しようと思っているのですが、夫との離婚が成立した後の方が、慰謝料が高額になると聞きましたので、まだ女性に対しては具体的な請求や裁判はしていません。

しかし、今回、不貞に対する慰謝料請求が、時効で不可能になる場合があると聞きました。

私は、いつまでに女性に慰謝料を請求した方が良いのでしょうか。

回答

1 不貞行為が原因で離婚に至った場合、配偶者だけでなく不貞相手に対しても、不法行為を理由として慰謝料の支払いを請求することが可能とされてきました。しかし、平成31年2月19日の最高裁判所の判断では、不貞相手に対して、離婚自体による慰謝料を請求できるのは、不貞相手が「当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるとき」に限られるものとし、不貞行為自体から3年以上経過している事案で、「離婚が成立したこと」を理由とする慰謝料請求を認めませんでした。この最高裁の判断からすると、上記のような特段の事情がない限り、不貞相手に対する慰謝料請求は、「不貞行為があったこと」を知ったときから3年以内に行う必要があるでしょう。

2 なお、従前は、不貞行為を理由として請求可能な慰謝料の金額(損害)は、不貞行為が原因で離婚に至った場合の方が、離婚に至っていない場合よりも高額になる傾向がありました。一方で、上記の最高裁判例は、「離婚」自体の慰謝料を第三者に請求可能な場合を特段の事情のある限られた場合に限定しているため、今後は、離婚に至ったかそうでないかは、慰謝料の金額に影響を及ぼさなくなる可能性もあります。もっとも、上記最高裁判例は、あくまで「離婚自体」に対する慰謝料を請求することを制限したものですので、「不貞行為」に対する慰謝料請求の場合の損害算定にまでにまで言及したものではありません。離婚の有無は、精神的苦痛の大きさを考慮する事情ではありますので、不貞行為と離婚の間に相当な因果関係が存在することを詳細に主張・立証をすれば、不貞行為を原因とする慰謝料の中で、離婚という大きな損害を伴ったことを踏まえた高額な慰謝料を請求することも、十分可能であると考えられます。 ただし、従来よりも高額請求ハードルが高くなる傾向は予想されますので、より詳細な主張立証活動が必要になるでしょう。

3 今後の不貞慰謝料請求においては、上記最高裁判例の判断を考慮しつつ、時効や、慰謝料算定の根拠となる事実に注意した主張・請求を行う必要があります。具体的に請求を行う際は、前もって弁護士にご相談することをお勧め致します。

4 尚、当事例集は、「不貞行為が原因で離婚した場合の不貞相手に対する慰謝料請求権の存否及びその消滅時効の起算点」を変更・修正したものです。

解説

1 不貞行為に関する慰謝料請求の時効

(1)慰謝料請求の根拠

一方配偶者である夫と不貞行為を行った第三者女性に対しては、慰謝料を請求することができます。

その根拠は、夫と第三者の女性が肉体関係をもつことによって、それが他方配偶者である妻の婚姻共同生活の平和の維持という法的に保護される権利利益を侵害する行為となる点にあります(最判昭和54年3月30日民集33巻2号303頁等参照)。

一方で、不貞行為が行われた時点で、既に婚姻共同生活が行われておらず、実質的に婚姻関係が破綻していると認められる場合には、既に法的に保護される権利利益は存在していないため、第三者の女性に婚姻関係破綻後の不貞行為に基づく法的な責任は発生せず、慰謝料を請求することができません(最判平成8年3月26日民集50巻4号993頁参照)。

(2)時効の起算点

ア そして、不貞行為に対する慰謝料請求権の消滅時効は、損害及び加害者を知った時から3年と規定されておりますので(民法724条)、不貞行為の事実及び加害者が発覚してから3年が経過してしまうと、慰謝料を請求することができなくなってしまいます(最判平成6年1月20日判タ854号98頁)。

この場合の不貞行為の損害は、不貞行為により妻の婚姻共同生活の平和の維持という法的に保護される権利利益が侵害されたことですから不貞行為があれば即損害が発生し、更に損害賠償訴請求するためには加害者を知る必要がありますから不貞行為の事実を知りかつ、加害者(不貞行為の相手方)を知った時から消滅時効の期間が進行することになります。

イ 一方、仮に不貞行為が原因で、夫婦関係が完全に破綻し、離婚に至ってしまった場合には、その「離婚」という結果に対する精神的苦痛の損害は、実際に離婚が成立するまで、損害として発生したということはできません。

そのため、従来は、不貞行為により「離婚」という損害が発生したことに対する慰謝料は、離婚が成立して初めて請求可能なものであるから、その慰謝料請求の3年間の時効も、離婚の成立時から進行するとされていました(東京高判平成10年12月21日判タ1023号242頁)。

これにより、不貞行為自体から3年以上が経過していても、離婚から3年が経過していなければ、慰謝料を請求可能な場合があったのです。

しかし、このような「不貞行為が原因で離婚に至ったこと」に対する慰謝料請求について、この度、最高裁判所が上記の解釈と異なる判断を下しました。

2 最高裁判所平成31年2月19日判決の判断

(1)最高裁判所の判決

平成31年2月19日の最高裁判所判決の事例は、不貞行為をされた妻が、夫の不貞相手に対し、不貞行為の発覚から3年を経過した後に、「離婚したこと」を理由に慰謝料を請求した事案です。離婚の成立自体は、不貞行為の発覚から3年以内でしたので、従来の実務的な運用からすると、当該慰謝料請求は、認められる可能性が高く、第1審、第2審も、慰謝料の請求を認めました。

しかし、最高裁判所は、次のように述べて、離婚したことに対する慰謝料の請求を棄却しました。

最高裁判所平成31年2月19日判決

夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが、 協議上の離婚と裁判上の離婚のいずれであっても、離婚による婚姻の解消は、本来、当該夫婦の間で決められるべき事柄である。

したがって、夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は、これにより当該夫婦の婚 姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても、当該夫婦の他方に対し、不貞行為を 理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして、直ちに、当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはないと解される。 第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは、当該第三者が、単に夫婦 の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至 らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られるというべきである。

(2)判例の解釈と今後の注意点

以上のように、最高裁判所は、「離婚」という結果は、あくまで夫婦関係の諸事情によって決められることになるから、特段の事情がない限り、離婚自体による慰謝料を支払う義務は、不貞相手の第三者に科せられるものではない、離婚成立を根拠とする慰謝料の請求は認められない、と判断しました。

この判断からすると、不貞をされてしまった方が、不貞相手に対して慰謝料を請求可能な根拠は、あくまで当該「不貞行為」自体に対する慰謝料のみであり(同判例でも「不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかく」としています。)、「不貞行為による離婚」についての慰謝料請求は、認められないことになります。

そのため、慰謝料請求の時効も、「離婚」の時期から計算することにはできず、あくまで「不貞行為」が発覚したときから3年以内に慰謝料請求を行う必要が生じることになります。離婚という結果についても不法行為が成立するのであれば、結果が発生した時すなわち離婚時から消滅時効が進行すると考えることが出来ますが、離婚という結果は不法行為による結果ではないのですから、離婚した時から消滅時効が進行するという理屈は成り立たないことになります。

最高裁判所がこのような判断をした理由としては、以前のように離婚自体による慰謝料請求を認めてしまうと、特に不貞行為の時期から離婚までに長い時間が経過したような場合には、そもそもの時効という法制度趣旨が及ばない結果となることや、また離婚と不貞行為自体の因果関係が把握できなくなること等が推測されます。また、そもそも不貞行為について配偶者ではない者に対して損害賠償責任を負わせることが出来ない、という考え方も有力ですから、不貞行為の相手方の責任を厳密に考える、という方向から責任を限定したものと考えることもできるでしょう。

いずれにせよ、今後は、離婚の予定があるか否かに関わらず、不貞相手に対する慰謝料請求は、不貞行為があったこと及びその相手を知ったときから3年以内に行う必要があるでしょう。

3 離婚の事実と慰謝料額の関係

なお、従前は、不貞行為により請求可能な慰謝料の金額(損害)は、不貞行為が原因で離婚に至った場合の方が、離婚に至っていない場合よりも高額になる傾向がありました。

そのため、不貞相手に対して慰謝料を請求する場合でも、法的に離婚が成立するのを待ってから、慰謝料請求を行った方が良い(それで時効の点も問題ない)、という戦略が用いられることがありました。

しかし、今後は、時効の点からすると離婚の成否に関わらず不貞行為が発覚してから3年以内に請求行う必要があります。

また、最高裁判所の判示では、特段の事情がない限り、不貞相手は「当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはない」としていますので、今後は、離婚が成立しているか否かは、不貞相手に請求できる慰謝料の金額に、影響を及ぼさなくなるということも考えられます。

しかし、上記最高裁判例が判断しているのは、あくまで「離婚自体」の慰謝料を請求することは認められない、という範囲です。「不貞行為」に対する慰謝料の算定方法についてまで言及したものではありません。

現実的な問題として、不貞行為により発生した精神的苦痛の大きさ(慰謝料の金額)を算定しようと考えた場合、やはり当該不貞行為が原因で、夫婦関係が完全に破壊されて離婚に至ってしまったか、そこまでの被害は生じていないか、という点は、やはり重要な判断要素となると思われます。そのため、今後も、原則としては、慰謝料の金額算定については、離婚の成否は、重要な要素であると思われます。

もっとも、上記最高裁の趣旨からすると、不貞相手に「離婚」という被害結果の分まで責任を負わせるためのハードルは、以前よりも困難なものになることが予想できます。具体的には、離婚に至る他の原因が存在しないことを、従前の夫婦関係の状況等を踏まえて細かく主張するなど、「不貞行為の事実」と「離婚という被害結果に」の間に、法的に相当な因果関係が存在することを、これまでよりもより詳細に主張・立証する必要があるでしょう。

4 まとめ

今後の不貞慰謝料請求においては、上記最高裁判例の判断を考慮しつつ、時効や、慰謝料算定の根拠となる事実に注意した主張・請求を行う必要があります。

具体的に請求を行う際は、弁護士への相談することをお勧め致します。

以上

関連事例集

その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

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参照条文

民法

(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

参考判例

最高裁判所平成31年2月19日判決

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次 のとおりである。

(1) 夫婦の一方は、他方に対し、その有責行為により離婚をやむなくされ精神 的苦痛を被ったことを理由としてその損害の賠償を求めることができるところ、本 件は、夫婦間ではなく、夫婦の一方が、他方と不貞関係にあった第三者に対して、 離婚に伴う慰謝料を請求するものである。 夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが、 協議上の離婚と裁判上の離婚のいずれであっても、離婚による婚姻の解消は、本 来、当該夫婦の間で決められるべき事柄である。

したがって、夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は、これにより当該夫婦の婚 姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても、当該夫婦の他方に対し、不貞行為を 理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして、直ちに、当 該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはないと解される。 第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは、当該第三者が、単に夫婦 の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図し てその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至 らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られるというべきである。

以上によれば、夫婦の一方は、他方と不貞行為に及んだ第三者に対して、上記特段の事情がない限り、離婚に伴う慰謝料を請求することはできないものと解するの が相当である。

(2) これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、上告人は、被上告 人の妻であったAと不貞行為に及んだものであるが、これが発覚した頃にAとの不 貞関係は解消されており、離婚成立までの間に上記特段の事情があったことはうか がわれない。したがって、被上告人は、上告人に対し、離婚に伴う慰謝料を請求す ることができないというべきである。