No.1778|公務員の犯罪・懲戒免職・退職撤回問題

大学教授のセクハラ事件における懲戒解雇回避

行政|国立大学教授のセクハラ事件における懲戒解雇回避|アカデミックハラスメントに対する処分の実態|示談交渉時の注意点

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

私は、国立大学の教授です。先日、大学院の女子学生と二人で夕飯を食べに行った際、良い雰囲気だと感じたため、帰り際にキスをしました。

すると後日、大学のセクシャルハラスメント対策委員会から、女子学生から、無理やりキスをされたと相談が来ているため、私からも事情聴取をしたいとの呼び出しが来ました。

私としては、その女子学生とは何度か二人で食事に行って好意を感じていたので、突然の呼び出しに驚いています。このままだと私は大学を解雇されてしまうのでしょうか。解雇を回避する為には、どうしたら良いのでしょうか。

回答

1 大学教授と学生の間のトラブルは、近年、アカデミックハラスメントとして、大きな問題となっています。その中でも、女子学生とのセクシャルハラスメントについては、特に懲戒処分が下され易い類型です。

懲戒処分の内容は、勤務先大学の懲戒規定によるところですが、本件の事例は、「意に反する性的行為」というものであり、刑法上は「強制わいせつ罪」にも該当し得る行為です。その為、女子学生の訴えが認められた場合、懲戒解雇となってしまう可能性も非常に高い事案といえます。

勿論、真に同意が推測される状況であれば、懲戒処分を受ける理由はありませんが、事件後すぐに被害申告が為されていること、解雇事件は刑事事件よりも低い基準で非違行為が認定されてしまう傾向が強いことからすると、「キスに同意があった」と主張するのは非常に困難です。

2 一方で、本件は、特に警察が介入している事案ではなく、現段階では、相手学生の被害申告を基に、大学側が調査を開始した段階と推測されます。この段階であれば、女子学生との間で所謂「示談」に近い交渉をして、被害申告を取り下げて貰うことで、懲戒処分を回避できる可能性が高いといえます。同種事案は、基本的に被害女性の被害申告のみを基に事実認定をする必要がありますので、女性が申告を取下げれば、それ以上の処分は為されないのが通常です。

もっとも、大学の調査が進行してしまい、女性の申告が相当具体的に証拠として保全されれば、例え後から女性が被害申告を取り下げたとしても、大学が看過せず懲戒処分を科されてしまう例は存在します。その為、調査が進行する前に速やかに示談を成立させることが重要です。

3 なお、示談をする際には、当然、あなた自身が直接相手女性に連絡することをしてはいけません。却って、更なるアカデミックハラスメントとなる危険もあり、更には警察等への申告も招きかねません。加害者、被害者側が直接交渉することは意外に波紋を広げたり、被害弁償の協議も含まれる関係上自由な意見な意見交換ができそうでできないのが通例です。そのため、基本的には、弁護士等を代理人として立てた上で、和解の交渉を行うべきでしょう。

なお、和解の際には、今後一相手の女性にプライベートで近づかないこと等の他、業務に差し支えない範囲で今後の問題防止策を誓約すること等が必要な場合があります。

4 万が一、懲戒解雇は為されてしまった場合には、解雇無効の確認を求めて、通常の民事訴訟を提起することになります。もっとも、一旦懲戒解雇処分が下されてしまうと、訴訟で覆すのは容易ではありません。やはり、事態が大事になる前に、速やかに和解協議を行うことが最も重要といえます。

解説

第1 アカデミックハラスメントに対する処分

1 処分の実態

近年、大学内における教員と学生の間のトラブルは、「アカデミックハラスメント」として、大きな問題となっています。その中でも、女子学生との間のトラブル、特に性的な言動等のセクシャルハラスメントについては、特に問題となり易い類型です。その為、多くの大学が、学内に対策室を設ける等しており、セクハラに該当する事案については、懲戒解雇も含めた非常に厳しい処分が下される傾向にあります。

セクハラ等の問題を起こした際に、それを理由としていかなる懲戒処分を行うかは、比較的各大学法人の大きな裁量に委ねられているといえます。多くの大学は、近年、セクハラ事案に対して独自の規定や処分基準を設けており、実務上は、当該処分基準に従って、懲戒処分が下されることになります(参考:長崎大学セクシュアル・ハラスメントに係る職員懲戒処分の指針)。

もっとも、セクハラの事案は、その程度に差が大きいため、処分の量定としても、戒告や厳重注意に近い処分から、懲戒解雇まで幅が広く設定されていることが多いと言えます。

従って、最終的にいかなる処分が下されるかは、具体的事例によることになりますが、本件のように、学生という権力関係的に非常に弱い立場にあるものに対する事案で、直接身体接触を伴うような事案であれば、懲戒解雇の可能性が非常に大きいと言えます。

意に反するキスは、刑法上の「強制わいせつ罪」という重い罪にも該当し得る行為であり、近年のアカデミックハラスメントに関する厳しい風潮からしても、厳罰が免れ得ないことを覚悟しなければなりません。

2 法律上の規制

なお、当該事案について、いかなる懲戒処分であれば許容されるかについては、当然、法律の規制が及びます。

この点、現在の大学は、国立大学法人による独立運営となっている為、勤務されている教員の方も、公務員となるものではありませんので、大学との雇用関係は、行政法規ではなく、労働基準法等の民間法規により規律されることになります。

従って、実際には、懲戒処分については、公務員に対する懲戒処分に比べて、大学側の裁量の範囲が非常に多く認められるのが原則です。

もっとも、国立大学法人の職員は、法律上、みなし公務員であるとされており、その点においては、公務員の場合と同様の手厚い身分保障、手続保障が必要であるともいえます(国立大学法人法10条)。

その為、本件のような事例でも、大学側に対しては上記の関連法規等を挙げつつ、懲戒処分が大学側の広い自由裁量とは認められない点を強く主張しても良いでしょう。

3 同意の有無

なお、本件では、既に何度か二人で食事に行った間柄でもあり、キスをしたことについて同意があったと懲戒担当者に認められれば、懲戒処分を受けることは基本的にありません。

しかし、同種の類型は、基本的に相手の内心における同意意思の有無に関する事実ですので、事件から被害申告までよほどの期間が空いている等の特殊な事情が無い限り、同意があったとの主張が認められるのは非常に困難といえます。

もちろん客観的に同意があったと判断できるだけの事情、資料があればその趣旨の主張が可能です。しかし、ご相談の場合「良い雰囲気感じたため、帰り際にキスをした」ということですから、それだけでは同意があったとは言えないでしょう。

特に解雇に関する判断においては、刑事事件よりも低い基準で違法行為が認定されてしまう傾向が強いことからすると、「同意があった」との主張にのみ依拠するのは、非常に危険な方策であるといえます。

その為、懲戒解雇処分を回避する為には、下記で述べるような現実的な方策を検討することが必要となります。

第2 懲戒処分回避の為の対応

懲戒処分を回避する為の最も効果的な対応は、被害を申告している女性との間で、いわゆる「示談」を成立させることです。

本件の現在の状況としては、学生側が被害申告をしてから特に日数が経過しておらず、特に警察が介入している事案でもありません。現段階では、相手学生の被害申告を基に、大学側が調査を開始したに過ぎない段階と推測されます。この段階であれば、女子学生との間で示談が成立し、被害申告を取り下げて貰うことができれば、懲戒処分を回避できる可能性が高いといえます。

もちろん、懲戒処分権者の対応によっては、女性の被害申告が取り下げられたとしても、セクハラ問題が浮上したことを理由として処分が為されてしまう危険性は存在します。特に、大学側の調査が進行してしまい、女性の申告が相当具体的に証拠として保全されれば、例え後から女性が被害申告を取り下げたとしても、大学側として自体を看過せず、懲戒処分を行う事例は多く存在します。

しかし、本件のような事案が懲戒処分の対象となるか否かは、相手女性の「同意」があったか否かによって判断されることとなります。そして、同意の有無について述べることができるは、被害女性本人しか居ません。その為、女性が申告を取下げ、同意が無かったことを明確に主張することをしなければ、それ以上の追及や処分は為されないのが通常です。

いずれにせよ、懲戒処分を避けるためには、被害者女性に対して迅速に謝罪と被害弁償の申入れを行い、示談を成立させることが重要です。

第3 示談交渉の具体的な方法について

示談をする際には、当然、あなた自身が直接相手女性に連絡することをしては絶対にしてはいけません。あなた自身が接触を図ることは、被害者女性に更なる恐怖心を与えかねない行為で有るため、更なるアカデミックハラスメントを招く結果となる危険が大きいといえます。更には、ストーカー規制法律も含めた警察等への被害申告も招きかねません。

基本的には、弁護士等を代理人として立てた上で、和解の交渉を行うべきでしょう。

基本的な和解の方向性としては、誠実な謝罪を行った上で、適切な被害弁償(示談金の支払)を行うことになりますが、同種事案の特徴として、下記の2点が大きな問題となるケースが多いといえます。

1 事実関係を自認する範囲

1点目は、事実関係をどこまで認めるか、です。同種の事案では、客観的な事実の認定について、お互いの供述に依拠するところが多い為、相手の女性から、同意のないキスであったこと、教授としての立場を利用していたこと、等、アカデミックハラスメントであることを明確に謝罪することを求められるケースが多く存在します。

この点、示談成立により被害申告の取下げが為されるのであれば、相手の言い分に従って合意を成立させることを優先した方が良いケースが多いですが、事実だけを認めさせられてしまい、それを大学側に証拠として報告されてしまったというケースも良く相談にございます。

その為、被害女性からアカデミックハラスメントを認めるよう要求があった場合でも、示談の趣旨として明確な事実の確定はしないことが前提であること等を、客観的に説得する必要があります。どこまで事実を認め、どこからは毅然とした対応を取るかの見極めは、示談交渉の経験が豊富な代理人に委ねると良いでしょう。

2 今後の関係性

2点目の問題が、今後の関係をどうするかです。ハラスメント行為が大学内と言う狭い人間関係で行われる以上、その後完全に関係を断つことは困難です。

この点、被害女性からは、退職等を要求されることも多いですが、そのような要求に応じることは不可能でしょう。相手の要求を回避しつつ示談を成立させるためには、法律上退職を要求する権利は存在しないこと、代替策として「今後一切プライベートで近づかない」「他のゼミへの編入を認めさせる」こと等の他、業務に差し支えない範囲で今後の問題防止策を誓約すること等が必要な場合があります。

この点の防止策の具体性は、懲戒権者としても処分を検討するに当たって考慮することが多いですので、例え相手方の要求が無くとも、最低限の対策は具体化して合意の内容としておくことをお勧めします。

以上のような点に注意して、示談を成立させることができれば、懲戒解雇処分を回避できる可能性は飛躍的に高まります。

第4 解雇に対する対応

万が一、懲戒解雇は為されてしまった場合の手続について、念の為解説致します。前述のとおり、大学法人と教諭との間の法律関係は、民事上の雇用関係となりますので、原則としては、懲戒解雇が無効であることを前提として、労働審判や地位確認の民事訴訟、仮処分等の法的手続きを申し立てることとなります。なお、大学法人によっては、公務員の手続に準じて、独自の不服審査手続を学内に設けている場合もありますので、確認が必要です。

もっとも、一旦懲戒解雇処分が下されてしまうと、法的手続きで覆すのは容易ではありませんし、労力も時間も含めた事実上の負担、不利益は甚大となります。やはり、事態が大事になる前に、速やかに和解協議を行うことが最も重要であるといえるでしょう。

いずれにせよ、問題が発覚した時点で、速やかに専門家に相談されることをお勧め致します。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。
参照条文

刑法

(強制わいせつ)
第百七十六条 13歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

国立大学法人法

(役員及び職員の地位)
第十九条 国立大学法人の役員及び職員は、刑法 (明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。