No.1769|公務員の犯罪・懲戒免職・退職撤回問題

公務員のセクハラと懲戒処分対応

行政処分|公務員のセクハラと教育委員会による懲戒処分の回避方法|最高裁判昭和52年12月20日判決民集31巻7号1101頁他

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

私は、公立中学で教師をしています。先日、同じ中学の後輩の女性教員と二人で飲んでいるとき、いい雰囲気になったと感じたため、交際を求めました。その際、彼女が受け入れてくれたような気がしたため、体に触ったり、キスをしたりしました。

その日はそれで終わったのですが、後日、彼女が校長先生に、「セクハラを受けた」、「先輩だったから拒否できなかった」と訴えていたことが分かりました。校長先生は、既に教育委員会にも報告したようで、昨日、教育委員会から呼び出しがありました。報告の内容はわかりませんが、今後詳しい話を聞きたい、と言われました。

その後その女性教員とは、話ができない状況です。セクハラをしたつもりはなかったため、大変に困惑しています。私はどうなるのでしょうか。

回答

あなたは、相手の女性が了解していると思って行ったのでしょうが、相手の女性がセクハラと訴えている場合、あなたが女性の了解があったと考えたのは勘違いに過ぎず、あなたの行為は、いわゆる「セクシュアル・ハラスメント」に該当しうるもので、公務員に対する懲戒処分の対象行為になってしまいます。

そのため、何もしなければ今後あなたは市町村(区)の教育委員会の事情聴取を経て、東京都教育委員会から懲戒処分を受けることになります。

かかる懲戒処分の重さですが、例えば東京都で定める処分量定においては、身体接触があるセクハラの場合、減給から懲戒免職処分とされていますし、他県も含む過去の処分例からしても、停職以上の処分となってしまうことが一般的です。

他方で、本件のようなセクハラの場合、その客観的行為自体に対する懲戒ではなく、処分の根拠を両当事者の主観や関係性に求めているうえ、刑事処分等がないため、懲戒処分の対象となる事実(非違行為)の確定も両当事者からの事情聴取(主張)にほぼ依って立つことになります。

そのため、教育委員会の事情聴取による事実の確定前に、両当事者間で円満な解決が図られた場合、すなわち示談が成立した場合、非違行為といえる事実が確定できず、懲戒処分を回避することができる可能性もあります。

他方で、本件におけるあなたの行為は、刑法犯である強制わいせつ罪にも該当しうるものです。迅速かつ慎重な対応が求められますので、すぐに経験のある弁護士に相談することをお勧めします。

その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 教育公務員の懲戒の流れ

本件についてどのような対応をするべきか、という説明の前提として、公立小学校・中学校に勤務する教育公務員に対する懲戒処分の流れについて簡単に説明をいたします。

公立の小中学校における懲戒処分権者は任命権者である、都道府県教育委員会です(地方教育行政の組織及び運営に関する法律37条)。

教育委員会には、都道府県が設置するもの(都道府県教育委員会)と特別区を含む市町村の設置するもの(市町村教育委員会)があります(地方教育行政の組織及び運営に関する法律2条)が、一般的な公立の小中学校の教員の任命権者は都道府県教育委員会であり(地方教育行政の組織及び運営に関する法律37条)、懲戒処分についても都道府県教育委員会がおこないます(同法38条)。

懲戒処分の対象となる非違行為を知った市町村教育委員会は、都道府県教育委員会に対して、「内申」をおこなう必要があると規定されています(同条1項)。

具体的には「セクハラ」の申告を受けた学校長は、まず市町村教育委員会に報告し、報告を受けた市町村教育委員会がまず懲戒処分対象者から事情を確認し、確認した情報をまとめて報告書を作成し、都道府県教育委員会に内申をする。そしてこれを受けた都道府県教育委員会が、最終的な懲戒処分を決する、ということになります。

なお、公立高校の場合は、管理運営を都道府県教育委員会がおこない、その任命権者は教育公務員特例法11条によって都道府県教育委員会の教育長とされているため、上記地方教育行政の組織及び運営に関する法律第37条及び第38条の適用はなく、懲戒処分の流れとしても、基本的に市町村教育委員会による聞き取り(及び内申)は行われないことがあります。

2 本件において想定される懲戒処分

以上の懲戒の流れを踏まえたうえで、本件において想定される懲戒処分について説明していきます。懲戒処分の内容を想定するためには、懲戒処分をするにあたっての懲戒権者(都道府県教育委員会)の考え方、考慮要素を知っておく必要があります。

まず、公立学校の職員である以上、公務員全体の懲戒処分における考慮要素が参考になります。

最判昭和52年12月20日・民集31巻7号1101頁は、「懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してされる」と判示しています。

公務員に対する懲戒処分についてはこのような考慮要素を用いる、という考え方の下で、各都道府県教育も、独自の懲戒処分基準(考慮要素)を設けています。

例えば、東京都教育委員会の「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」では、「①非違行為の態様、被害の大きさ及び司法の動向など社会的重大性の程度」、「②非違行為を行った職員の職責、過失の大きさ及び職務への影響など信用失墜の度合い」、「③日常の勤務態度及び常習性など非違行為を行った職員固有の事情」のほか、「非違行為後の対応等も含め、総合的に考慮のうえ判断する」としたうえで、主な非行についての処分量定を定めています

本件は、同処分量定上、「職場におけるセクシャル・ハラスメント等」に分類されるものです(実は、展開によっては刑事事件に該当する危険性もあるのですが、この点については後述します)。

その分類によれば、①「地位を利用して強いて性的関係を結び又はわいせつな行為を行った場合」と「わいせつな内容のメール送信・電話等、身体接触、つきまとい等の性的な言動を繰り返して相手が強度の心的ストレスにより精神疾患にり患した場合」については懲戒免職あるいは停職、②「わいせつな内容のメール送信・電話等、身体接触、つきまとい等の性的な言動を繰り返した場合」、「相手の意に反することを知りながらわいせつな言辞等の性的な言動を行った場合」は停職あるいは減給、③「職場等において相手に性的な冗談・からかい、食事・デートへの執ような誘い等の言動を行い性的不快感を与えた場合」は減給あるいは戒告、と定められています。

なお、ここでいう「わいせつな行為」ですが、キスも「わいせつ行為」に当たり得るところです(例えば東京高判昭和32年1月22日高刑集10巻1号10頁は「性的の接吻をすべて反風俗的のものとし刑法にいわゆる猥褻の観念を以て律すべきでないのは所論のとおりであるが、それが行われたときの当事者の意思感情、行動環境等によつて、それが一般の風俗道徳的感情に反するような場合には、猥褻な行為と認められることもあり得る」としています)。

また、報道等されている実際の例(他の都道府県も含む)をみると、「同僚の女性教諭に対し、複数回にわたり、卑わいな発言を繰り返すなどのセクシュアル・ハラスメントを行い、当該女性教諭に著しい不快感を抱かせた」事実によって停職4月になったもの(平成28年6月24日付・大阪府教育委員会)、「教育実習に来ていた20代の女子学生を居酒屋に呼び出し、ストッキングを売って欲しいなどと言い、トイレで脱がせた上で5千円で購入し、後日女子学生に断られたのに約1分間、右手で女子学生の左肩や首をもんだり、腕をさわったりした」事実によって停職6月になったもの(平成26年10月16日付・東京都教育委員会)、「2人で飲酒後、両腕をつかみ「大好きなんです」「なんで彼氏がおんねん。なんで結婚すんねん」と繰り返した」事実によって停職3月になったもの(平成28年11月4日付・神戸市教育委員会)等があります。

上記処分量定や、実際の処分例に鑑みれば、後輩教諭に対する身体的な接触やキスがあった本件についても上記①あるいは②に該当するとして、やはり停職以上の処分が想定されるところです。

停職を超えて懲戒免職処分相当であると評価できるか、という点については、それまでの経緯(両当事者の関係性)や接触の有無によって異なるところですが、否定はできません。

3 本件の特殊性

以上のとおり、本件のような職場内の「セクハラ」事案で、刑事事件の対象とはならない行為であっても、懲戒処分事例の多い痴漢・盗撮(迷惑防止条例違反)や窃盗、公金・公物の横領等の刑事事件となっている懲戒事由と同様、免職を含む重い懲戒処分が予定されていることがわかります。

しかし、本件のような「セクハラ」については、それら他の非違行為とは異なる特殊性が認められます。

まず、上記で挙げた各非違行為(懲戒事由)とは異なり、職場内での「セクハラ」はそれ自体で刑事犯罪を構成しない、という特殊性があります。

つまり、捜査機関による捜査がなされることはなく、検察官による終局処分(起訴・不起訴の判断)や、裁判による刑事処分がなされることもないということになります。これは、当該非違行為(「セクハラ行為」)に関する捜査資料や、終局処分あるいは刑事処分の内容を示す書面(不起訴処分告知書や略式命令書、判決書)が存在しないことを意味します。また、一般的に本件のようなケースが懲戒処分前に報道されることもありません。

そのため、その場(「セクハラ」がなされた場)に第三者がいない場合、懲戒権者である教育委員会は、非違行為の事実認定をほぼ100パーセント両当事者からの情報提供(事情聴取)によっておこなうということになります(刑事事件となっている場合、非違行為については捜査機関、裁判所において事実の認定が完了しているのに対し、セクハラ行為の場合は被害女性の申告した事実だけでそれが、真実なのかについては懲戒権者の判断が新たに必要となります)。

また、上記のとおり、東京都教育委員会の「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」において懲戒処分の対象となるいわゆる「セクハラ行為」は、①「地位を利用して強いて性的関係を結び又はわいせつな行為を行った場合」と「わいせつな内容のメール送信・電話等、身体接触、つきまとい等の性的な言動を繰り返して相手が強度の心的ストレスにより精神疾患にり患した場合」、②「わいせつな内容のメール送信・電話等、身体接触、つきまとい等の性的な言動を繰り返した場合」、「相手の意に反することを知りながらわいせつな言辞等の性的な言動を行った場合」、③「職場等において相手に性的な冗談・からかい、食事・デートへの執ような誘い等の言動を行い性的不快感を与えた場合」とされています。

これら定義のうち、下線部部分に注目すると、相手(被害者)の認識・気持ちといった主観的な要素が含まれていることがわかります。これは、同じ「性的行為、セクシュアル・ハラスメント等」という非違行為のカテゴリー(東京都教育委員会)に属する児童・生徒に対する性的行為が、「(当該児童の)同意の有無を問わず、性行為を行った場合(未遂を含む。)」に懲戒免職としていることとは明らかに異なります。

もちろん、窃盗等の他の非違行為についても、「実際は相手方は盗られたと認識していない」場合に懲戒処分の対象行為にならない以上、被害者の主観が完全に要件とならない、というわけではありませんが、例えばスーパーでの万引き等を考えれば、その状況が基本的にあり得ない(非違行為該当性は原則客観的に決せられる)ということがわかります。

本件における客観的な行為、すなわち身体を触り、キスをしたとしても、女性が真に受け入れていれば(例えば恋人同士であれば)何ら非違行為に該当しないのです。

だからこそ、本件のように「彼女が受け入れてくれたような気がした」といった「勘違い」が生じることになります。

以上の二つの特殊性、①事実認定の根拠となるのが専ら両当事者の証言であること、②基本的に一方当事者(本件では女性)の主観によって非違行為該当性が決せられることになること、を考えると、本件懲戒処分に当たっては、被害者である女性が極めて重要であることがわかります。

つまり、「被害者」である女性の許しを得ることができ、円満な解決に至ることができれば、懲戒権者たる教育委員会は、①懲戒処分の根拠事実を確定することができず、②またそもそも「セクシュアル・ハラスメント」という非違行為該当性が揺らぐということになります。

4 具体的な代理人活動と留意するべき点

以上から、本件における具体的な代理人活動が、被害女性に接触して、許しを得ること、すなわち示談であることがわかります。

もちろん、他の非違行為による懲戒処分の場面であっても、被害者に該当するような人がいる場合、示談は極めて重要になるのですが、上記の特殊性に鑑みれば、それらの他の非違行為よりも示談の重要性は高いことになります。

例えば、痴漢等の迷惑防止条例違反ですでに(不起訴を含む)処分を受けた人の懲戒処分の場合、たとえ事後的に被害者と示談が成立したとしても、それだけでは懲戒処分を回避できない可能性が高い(懲戒処分の減軽にとどまる)一方で、本件のような場合、懲戒処分自体の回避もあり得るところです。

もっとも、単に被害女性に許してもらえばよい、というものではありません。

まず、示談の時期が重要です。上記のとおり、懲戒処分に当たって、市町村教育委員会(場合によっては学校長)が両当事者から事情聴取をすることになりますが、この事情聴取によってなんらかの事実関係が(懲戒権者において)確定してしまうと、示談の効力は薄れてしまいます。そのため、早急に被害女性に接触をして、誠意をもって謝罪をして、慰謝料を支払う等することが不可欠です。

なお、本件を含む「セクシュアル・ハラスメント」事案における被害女性は基本的に同じ職場(学校)の職員ということになります。そのため、接触は比較的容易である一方、事案の性質上、安易な接触はかえって被害女性を傷つけてしまう可能性が高い(結果として、懲戒処分も重いものとなる)ため、慎重に接触が求められます(基本的に直接当事者同士で謝罪等の話し合いをおこなうことはお勧めできません)。

また、被害女性の許しを得て、示談が成立した場合、教育委員会に提出する示談合意書等を作成することになりますが、その書きぶりにも注意が必要です。すなわち、一般的な示談合意書とは異なり、事実関係を確定させるのではなく、両当事者間の問題が解決し、両当事者の関係に問題がないことを端的に示すような内容にする必要があるのです。

そうすれば、懲戒権者たる教育委員会において、被害女性の「協力」を得られることができず、また客観的な資料が「両当事者の関係に問題がないことを示す示談合意書」だけになるため、いかなる非違行為があったのかを認定することができなくなり、そもそも懲戒処分を科すことが難しくなります。

なお、本稿では省略していますが、本件であなたがした行為は、少なくとも客観面だけみれば「セクシュアル・ハラスメント」にとどまらず、強制わいせつ罪(刑法176条)を構成するものです。警察に被害申告されてしまえば、上記の特殊性はなくなり、懲戒処分の回避も難しくなるうえ、重い刑事処分を受ける可能性も出てきてしまいます。

本件は、他の非違行為に比しても迅速性が求められるうえ、被害女性との関係がこじれないように慎重に謝罪等を行う必要があります。本件の経緯に鑑みればあなた本人が解決を図るのは得策ではないため、一日でも早く弁護士に依頼をして、間に入ってもらうことが重要です。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

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参照条文

刑法

(強制わいせつ)
第百七十六条 十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。