新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1728、2017/01/18 12:11 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事、軽微な傷害と強姦致傷罪の成否、示談の重要性、検察官との交渉、広島高判昭和49年6月24日、静岡地判平成22年1月29日】

強姦致傷で逮捕された場合(罪名を落とす弁護活動)


質問:

 本日早朝、警察が逮捕状を持って家にやって来て、息子(22歳)が逮捕されました。警察の方の話では、息子が連休を利用して旅行していた先のホテルで、深 夜、息子に頼まれて歯ブラシを持ってきた女性従業員の右手を掴んで室内に引きずり込み、性的暴行を加えた上、右手親指に加療約2日を要する打撲を負わせた容疑 がかけられているとのことで、被疑罪名は強姦致傷罪とされていました。その後の取り調べで、息子は被疑事実を全面的に認めているようですが、息子から事情を聞 こうとしても、弁護士でないと面会できないと言われ、途方に暮れています。被害女性にも大変申し訳ない気持ちでいっぱいです。強姦致傷罪は法定刑が非常に重 く、殆どが実刑になると聞きましたが、息子は刑務所行きを避けることはできないのでしょうか。

回答:

1. 息子さんの被疑罪名となっている強姦致傷罪は法定刑が無期又は5年以上の懲役とされており(刑法181条2項、177条)、凶器なしで姦淫が既遂の強姦致傷1件の単独犯の 事案であっても、概ね懲役7年前後の量刑傾向となっている重罪です。本罪で起訴された場合、裁判員裁判によって裁かれることとなります。

2. 強姦致傷罪の適否を巡って、軽微な傷害が強姦致傷罪における傷害に含まれるかという問題がりますが、判例はこれを一貫して認めており、息子さんの場合も実体法上、強姦致傷 罪が成立している可能性が高いと考えられます。

3. もっとも、強姦致傷事案の中でも傷害結果が軽微なケースでは、実務上、罪名を強姦罪に切り下げて起訴する、という処理が多く行われており、具体的事情の下での検察官の判断 によっては、強姦罪としての処分に落としてもらえる可能性が十分考えられます。

 このように逮捕時の罪名よりも軽い罪名で、検察官に公訴提起の判断をしてもらうことを「罪名を落とす弁護活動」と言います。逮捕時に強姦致傷とされている からといって諦めず、「強姦致傷における致傷に相当するであろうか」と、致傷の成立について警察検察と交渉していくことが大事です。

 また、示談の成立に伴い、告訴が取り消された場合、強姦致傷罪が非親告罪であるにもかかわらず、親告罪である強姦罪と同様に、不起訴処分とする扱いがなさ れることがあり、息子さんの場合も、検察官との交渉次第では、早期の示談によって起訴を回避できる可能性が十分残されていると思われます。

4. 被害者が告訴を取り消すことができるのは、公訴の提起があるまで(実際には逮捕と合わせて最大23日間の被疑者勾留期間中)とされていますので(刑事訴訟法237条)、速 やかに弁護人を選任の上、示談交渉に着手してもらう必要があるでしょう。強姦致傷という罪質上、限られた期間内に示談を成立させるハードルは非常に高く、弁護 人の力量によって刑事手続きの帰趨が左右される面が大きいといえるため、直ちに示談交渉開始できるフットワークの軽さと重大事案における示談交渉の経験を兼ね 備えた適任者を選任されることをお勧めいたします。

5. 関連事例集894番参照。


解説:

1.(被疑罪名について)

 息子さんの被疑罪名となっている強姦致傷罪とは、暴行又は脅迫を用いて女子を姦淫し、それによって傷害を負わせた場合に成立する犯罪です(刑法181条2 項、177条)。その法定刑は無期又は5年以上の懲役と、非常に重く、ご指摘のとおり、本罪で起訴されて有罪となったケースでは、殆どが実刑となっています (凶器なしで姦淫が既遂の強姦致傷1件の単独犯の事案の量刑傾向は、概ね懲役7年前後となっています。)。

 本罪の暴行は、被害者の反抗を著しく困難にする程度のものである必要があるとされており(最判昭和24年7月9日)、その程度は暴行の態様のほか、時間、 場所の四囲の環境、その他の具体的事情を考慮して客観的に判断されることになります(最判昭和33年6月6日)。息子さんに当てはめると、被害女性を室内に引 きずり込んだ後の暴行の有無や態様が不明であるものの、少なくとも右手を掴んで室内に引きずり込むという暴行の態様や、深夜、ホテルの室内という言わば密室内 での犯行という環境を考慮すれば、被害女性に相当な恐怖を与え、これにより犯行を著しく困難にさせたものと考えるのが自然であり、強姦致傷罪における暴行に該 当する行為があったものと考えざるを得ないでしょう。

 そして、傷害結果は姦淫行為自体から生じた場合に限られず、その手段である暴行によって発生した場合でも構わないとされているため(最判昭和36年8月 17日)、被害女性の傷害が右手を掴んで室内に引きずり込んだ際に生じたものであったとしても強姦致傷罪が成立することになります。

2.(強姦致傷罪の成否)

 問題は、加療約2日を要する右手親指の打撲といった軽微な傷害をもって、強姦致傷罪における傷害結果といえるかどうかです。強姦致傷罪の法定刑が重いこと から軽微な傷害は該当しないのではないかという問題です。この点については見解が分かれるところであり、軽微な傷害では傷害致傷罪とは認められないとする立場 からは、同罪が基本犯である強姦罪と異なり、起訴するのに被害者の告訴が不要な非親告罪であり(刑法180条1項参照)、法定刑も重く定められているところ、 強姦罪の成立に必要とされる暴行には被害者の反抗を著しく困難にする程度が要求されていることからすると、軽微な傷害が生じ得ることは強姦罪における暴行とし て既に評価されているはずである、ということが論拠として主張されています。

 しかし、判例は、「軽微な傷でも人の健康状態に不良の変更を加えたものである以上刑法にいわゆる傷害と認むべきであるから原判決が原判示の傷を傷害と認め 被告人の所為をもつて刑法第一八一条に問擬したのは正当」(最判昭和24年12月10日)であるとの立場を一貫しており、加療約3日を要する打撲擦過傷(広島 高判昭和49年6月24日)や全治約1〜2日を要する両前腕皮膚剥離(静岡地判平成22年1月29日)等のケースにつき強姦致傷罪の成立を認めています。

 強姦罪の中には暴行の他、脅迫を手段とするケースもあり、姦淫行為それ自体が必然的に傷害結果を伴うものでもない以上、基本犯である強姦罪が、軽微な傷害 の発生を、その評価上常に内包しているということは困難であると考えられること、また、軽微な傷害を強姦致傷罪に含まないとすると、強姦罪と強姦致傷罪との線 引きが不明確になることからすると、上記判例の立場は基本的に正当なものといえるでしょう。判例の立場に立つと、軽微な傷害の場合に刑が重すぎるばあいがある のではないか、という問題点が残りますが、それを解決するためには検察官の起訴における裁量行為が適切に行われることが期待されることになります。

 したがって、息子さんのケースでは、実体法上、強姦致傷罪が成立している可能性が高いことを前提に、今後の対応策等について検討していく必要があるといえ るでしょう。

3.(予想される刑事手続、刑事処分について)

(1)身柄関係

 予想される身柄拘束手続について述べますと、まず逮捕から48時間以内の送検が(刑事訴訟法203条1項)、そして、送検後は10日間ないし20日間の勾 留が見込まれます(刑事訴訟法208条1項・2項)。強姦致傷罪が無期又は5年以上の懲役に相当する重罪であること、息子さんの逮捕に先立って作成されている と考えられる被害女性の供述調書や医師の診断書等により、本件が強姦致傷罪が成立しうる重大事案であることは記録上明らかでしょうから、本件は勾留の要件であ る罪証隠滅のおそれ(刑事訴訟法207条1項、60条1項2号)や逃亡のおそれ(刑事訴訟法207条1項、60条1項3号)、勾留の必要性(207条1項、 87条1項)が容易に認められてしまう可能性が非常に高いでしょう。上記勾留期間内に、検察官が息子さんを起訴するか否かを決定することになります(刑事訴訟 法247条、248条)。

 終局処分が不起訴処分となった場合、身柄も釈放されることになりますが、起訴された場合、起訴後勾留(公訴提起の日から2か月間、継続の必要があると認め られる場合、さらに1か月ごとに勾留期間が更新されることになります。)に切り替わり(刑事訴訟法60条2項)、保釈(刑事訴訟法88条以下)が認められない 限り、身柄拘束が継続することになります。

(2)終局処分の見込み

 ここで、本件の刑事手続の帰趨に大きく関わるポイントとして、検察官がいかなる罪名で起訴するか、という問題があります。検察官には広範な起訴裁量の一環 として、犯罪の一部を構成する罪についてのみ起訴する一部起訴が原則的に認められており、強姦致傷の事案で傷害結果が軽微なケースでは、実務上、罪名を強姦罪 に切り下げて起訴する、という処理が多く行われています。強姦罪の場合、起訴されても被害者との間で示談が成立すれば執行猶予付きの判決となる場合がある一 方、強姦致傷罪の場合、仮に示談が成立したとしても多くのケースで実刑となっていると推測され、軽微な傷害の発生をもって強姦罪と比較して著しい不利益が予想 される強姦致傷罪で起訴することの現実的妥当性が考慮されているものと思われますが、このことは、たとえ実体法上強姦致傷罪が成立していたとしても、検察官の 判断によっては、強姦罪としての処分に落としてもらえる可能性があることを意味します。

 特に、示談の成立に伴い、被害者からの告訴が取り消された場合、強姦致傷罪が非親告罪であるにもかかわらず、親告罪である強姦罪と同様に、不起訴処分とす る扱いがなされることがある点は重要です。強姦罪が親告罪とされている趣旨は、犯罪の性質上、公開の法廷で審理される過程で被害者の名誉等が害される場合があ り得ることから、被害者保護の見地から、起訴・不起訴の決定を被害者の意思(告訴の有無)にかからしめようとするものであり、他方、強姦致傷罪が非親告罪とさ れているのは、被害の重大性により被害者意思よりも処罰の必要性の方が優先されるためである、と一般的には理解されています。しかし、傷害がごく軽微である場 合、告訴の取消しによって、もはや公訴提起を希望しないとの被害者意思を無視してまで処罰を優先する必要性が本当にあるのか、という現実的問題があり、検察官 としては、被害者の名誉等の保護の必要性への配慮と処罰の必要性とを比較考量した上で、具体的事情に応じて妥当な処分(起訴、不起訴)を決定しているものと考 えられます。

 したがって、息子さんのケースでは、起訴前に被害者と示談を成立させ、告訴を取り消してもらうことができれば不起訴処分となり、刑事裁判を経ることなく刑 事手続を終了させることができる可能性がある一方、起訴された場合は、たとえ起訴罪名が強姦罪に落とされていたとしても、量刑相場に照らし、やはり被害者との 示談が成立しない限り実刑となる可能性が高い、といえるでしょう。

4.(今後の対応について)

 以上述べてきたとおり、息子さんのケースでは、被害者と示談を成立させ、告訴を取り消してもらうことにより、不起訴処分とすることができる可能性があると 考えられますので、速やかに弁護人を選任の上、示談交渉に着手してもらうべきでしょう。

 刑事訴訟法上、被害者が告訴を取り消すことができるのは、公訴の提起があるまで、とされていますので(刑事訴訟法237条)、不起訴処分を獲得するために は、被疑者勾留期間中(逮捕と合わせて最長でも23日間)に示談を成立させなければならないことになります。強姦致傷罪のケースでは、その罪質上、被害者感情 が熾烈を極めていることが多く、また、犯行によって負った精神的、肉体的苦痛から、被害者が示談の話し合いを開始できる状態になるまで時間がかかることもあ り、限られた期間内に示談を成立させるハードルは非常に高いといえます。それだけに、示談の成否は弁護人の力量によって左右される面も大きいといえ、弁護人の 選任にあたっては、直ちに示談交渉開始できるフットワークの軽さと重大事案における示談交渉の経験を兼ね備えた適任者を探す必要があるといえるでしょう。

 また、示談交渉と並行して、弁護人は、息子さんへの適用罪名を強姦致傷罪から強姦罪に引き下げてもらえるよう、検察官と交渉すべきことになります。仮に起 訴前に示談成立に至らなかった等により起訴された場合であっても、起訴罪名が強姦罪に引き下げられていれば、その後の示談成立によって執行猶予付き判決を獲得 できる可能性が大きく高まることになりますので、適用罪名に関する交渉は非常に重要です。その際は、上述したとおり、具体的事情の下で、傷害が軽微であるにも かかわらず強姦罪と比較して不利益が著しい強姦致傷罪で処分することの妥当性、被害者の名誉等の保護の要請に反してまで起訴することの妥当性、といった点がポ イントとなってくるでしょう。弁護人においては、息子さんから事実関係を詳細に聴取し、終局処分が少しでも軽減され得るような事情を丁寧に検討していく必要が あるでしょう。


≪参照条文≫
刑法
(強姦)
第百七十七条  暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
(親告罪)
第百八十条  第百七十六条から第百七十八条までの罪及びこれらの罪の未遂罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
2  前項の規定は、二人以上の者が現場において共同して犯した第百七十六条若しくは第百七十八条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪については、適用しない。
(強制わいせつ等致死傷)
第百八十一条
2  第百七十七条若しくは第百七十八条第二項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は五年以上の懲役に処する。

刑事訴訟法
第六十条  裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
一  被告人が定まつた住居を有しないとき。
二  被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三  被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
○2  勾留の期間は、公訴の提起があつた日から二箇月とする。特に継続の必要がある場合においては、具体的にその理由を附した決定で、一箇月ごとにこれを更新することができ る。但し、第八十九条第一号、第三号、第四号又は第六号にあたる場合を除いては、更新は、一回に限るものとする。
第八十七条  勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の 請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない。
第八十八条  勾留されている被告人又はその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹は、保釈の請求をすることができる。
第二百三条  司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告 げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時 間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。
○4  第一項の時間の制限内に送致の手続をしないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
第二百七条  前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
第二百八条  前条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
○2  裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない。
第二百三十条  犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。
第二百三十七条  告訴は、公訴の提起があるまでこれを取り消すことができる。
○2  告訴の取消をした者は、更に告訴をすることができない。
第二百四十七条  公訴は、検察官がこれを行う。
第二百四十八条  犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

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