No.1713|犯罪を犯してしまった時

相互暴行(けんか)事件の処理|外国人と喧嘩になった事案

刑事|喧嘩の刑事責任とその対応策|喧嘩と正当防衛の成否|外国人との示談における注意点|最高裁昭和23年7月7日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文
  6. 参照判例

質問

先日の深夜,電車の中で,他の乗客と些細なことで喧嘩をしてしまいました。大学生位の若者が私の足を踏んだため注意しようとしたところ,外国語で言い返しながら私の胸を突き飛ばしてきたため,私もやり返し突き飛ばすような応戦をしてしまい,胸を掴み合うような形の喧嘩になってしまいました。

目撃していた第三者の人が警察を呼び,そのまま鉄道警察に連れていかれ,事情聴取を受けました。私としては,大事にしたくなかったのですが,相手の若者が被害届を出すと言っていたため,私も暴行の被害届を出しました。警察からは,また連絡するかもと言われています。

今後私は何らかの罪で処罰されることはあるのでしょうか。私としては,先に相手が暴力を振るってきたのに,私が処罰されるのは納得がいきません。もっとも,今は相手の若者を処罰して欲しいという考えはなく,自分に前科等がついて仕事に影響が出るようなことを避けたいと思っています。

回答

1 ご相談のような電車内のトラブルは,典型的なけんかのケースとして,多く見られる事例ですが,胸を突き飛ばすような行為は,刑法上の暴行罪(刑法298条)に 該当する危険が高いといえます。

この点,先に相手方から暴行を受け,それに応ずる形での暴行であれば,正当防衛(刑法36条)が成立し犯罪が成立しない可能性もございます。

もっとも,本件のような所謂喧嘩の事例では,先行する相手方の暴行が強度のものでない限り,正当防衛の成立が認められず,両成敗としてお互い罰金刑に処せられる 可能性が高いと言えます。

2 このようなケースでは,基本的にはお互い納得の上で被害届を取り下げれば良いのですが,実際には,相手方の被害届の取下げを拒否する場合もございます。その場合,積極的に罰金刑を回避するためには,相手方に多少の謝罪金を支払って,示談に応じさせる必要があります。適切に示談が成立すれば,基本的には不起訴処分となり,法律上の前科となることはありません。

もっとも,警察は喧嘩の示談に協力してくれることはありません。加えて,本件のように相手方が外国の方の場合には,きちんと相手方の母国語に併せた示談合意書を作成する必要があります。その為,適切に事件を処理する為には,弁護士に依頼して相手方との折衝を依頼する必要性が大きいといえるでしょう。

3 けんかの事例は,意地を張り合い適切な対応を怠ると,互いに前科がつく不幸な結末になってしまう場合もございます。万全を期す為にも,冷静に弁護士に相談されることをお勧め致します。

解説

第1 喧嘩事案の刑事処分

1 成立する罪名

ご相談のような電車内のトラブルは,典型的なけんかのケースとして,多く見られる事例です。たわいのない喧嘩とも考えられ、当事者同士のやりとりでことが収まれば問題無いのですが,警察が介入して事件化してしまった場合,その対応には注意する必要があります。

そもそも,本件は,刑法上の暴行罪(刑法298条)に該当します。暴行罪の暴行とは,「人の身体に対する有形力の行使」で傷害には至っていないものを指しますが, 人の胸を突き飛ばす行為は,一般的に同定義に該当するものと考えられています。

そのため、前科前歴等が無いとしても,被害者が被害届を提出して、強く処罰を求めている場合の刑事処罰の結果は,罰金刑となる可能性が高いと言えます。

2 正当防衛の成否

なお,本件では,相手方が先に暴行行為を行っており,相談者の行為は相手方に対抗する形で行われているとのことですので,正当防衛(刑法36条)が成立し、犯罪とはならないのではないか疑問が生じると思われます。

しかし、ご相談のような喧嘩の場合は正当防衛は成立しないとされています。正当防衛が成立する為には,急迫不正の侵害に対して,自己又は他人の権利を防衛するため,やむを得ず防衛のためにした行為であることが必要です(刑法36条1項)。

本件のような喧嘩の事例の場合,お互いに攻撃をし合っている状況が,「急迫性」のある侵害を受けての行為であると言えるかが問題となります。

この点,過去の判例では,「互に暴行し合ういわゆる喧嘩は、闘争者双方が攻撃及び防禦を繰り返す一団の連続的闘争行為であるから、闘争の或る瞬間においては、闘争者の一方がもつぱら防禦に終始し、正当防衛を行う観を呈することがあつても、闘争の全般からみては、刑法第三十六条の正当防衛の観念を容れる余地がない場合がある。」と判示しています。

即ち,喧嘩の事例であっても,正当防衛が成立するか否かは,一連の事態を全体的に観察し,判断されることになります。但し,お互いに暴行をしてしまい喧嘩の状態になってしまうと,例えその一部については正当防衛の要件を満たすことがあっても,全体として喧嘩闘争であると判断されてしまうと,侵害の急迫性を欠く行為であるとして,正当防衛の成立が否定されてしまうことになります。但し,例外的に,素手で喧嘩をしている最中に突然ナイフを持ち出された場合等や,闘争の意思を失い一旦暴行を中止したのに,なおも相手方が一方的に攻撃を継続してきた場合等は,新たに急迫性が生じたとして,正当防衛が成立する場合もあります。

3 本件の見通し

本件のようなケースでは,お互いの暴行の程度に差が無く,全体を見てどちらかに急迫性のある侵害が認められる事情も特にございませんので,正当防衛が成立する可能性が低そうです。

その為,いわゆる喧嘩両成敗として,被害届が取り下げらない場合、あるいは示談が成立していない場合、双方に罰金刑が科される可能性が高いと言えます。警察としても、事件として処理するのは手間がかかることからできるだけ事件にならないよう、双方に事件にしないよう話をするのが通常でしょうが、一方が処罰を強く処罰を望む場合は、被害届け出を受理して事件として扱うことになってしまいます。

仮に正当防衛が成立しない場合,基本的にはお互い納得の上で被害届を取り下げれば良いのですが,実際には,相手方の被害届の取下げを拒否する場合もございます。

その場合,積極的に罰金刑を回避するためには,相手方に多少の謝罪金を支払って,「示談」という形に持ち込む必要があります。適切に示談が成立すれば,基本的には不起訴処分となり,法律上の前科となることはありません。当然,事実関係からすれば,双方に責任のある喧嘩の事例において,こちらからのみ示談金を支払うことは, 厳密な法律上の責任問題の処理から外れているとも考えられます。

しかし,刑事事件においては,自らの行いによる被害結果の回復をまず行うが重要であるため,(相手方に被害弁償を請求するかは別として)自らの行為による被害の弁償としての金銭の支払は行う必要があります。その為,あくまで罰金刑を回避することを前提とするのであれば,少なくとも示談の申入れは行うべきでしょう。

もっとも,警察は,喧嘩の示談に協力してくれることはありませんし,通常だと相手方の連絡先を,当事者本人に教えることもありません。示談交渉の際に暴力行為が再度繰り返される危険性もあることから、警察としては相手の連絡先は教えないという扱いになるのはやむを得ないと言えるでしょう。その為,示談の申入れについては, 弁護士を弁護人に選任等して,弁護人を介して行う必要がございます。「代理人弁護士限り」という条件で、被害者が連絡先開示に同意する場合もあります。

加えて,本件のように相手方が外国の方の場合には,注意すべき点がいくつかございます。そこで,下記において具体的な示談の方法について解説致します。

第2 相手方が外国の方の場合の示談

まず示談合意書については,基本的には相手方の母国語でも作成する必要があるでしょう。

仮に相手方が,日本語をある程度理解している者であっても,万が一,後になって「示談の内容を理解していなかった」等と言われてしまうと,示談を締結した意味が無くなってしまいます。

その為,日本語の示談書を相手方の母国語に翻訳し,両言語の示談書を作成するべきです。示談書の翻訳の際は,法律用語を理解している通訳人を使用する必要がありますので,弁護士会等を通じて通訳人の紹介を受けることになります。

また,相手方の日本語能力が乏しい場合には,示談交渉の場に通訳人を同席させた方が良いでしょう。一方で,相手方が日本語をある程度理解しているようであれば,示談合意書の書面上に示談の意味や内容についてきちんと詳細に記載しておくことによって,通訳人を同席させることまでは不要な場合もあります。この点は,担当刑事や検察官に,相手方の日本語能力について,事前に確認しつつ対応を取ると良いでしょう。

なお,相互暴行の事案の場合で示談するには,当方が提出している相手方の暴行罪に関する被害届についても,取り下げることになります。この点,当方の被害届出を取り下げないで示談するということも不可能ではありませんが、現実には当方が取り下げない以上相手も取り下げないでしょう申示談も成立しないという結果になってし まいます。

第3 まとめ

けんかの事例は,意地を張り合い適切な対応を怠ると,互いに罰金刑という前科がつく不幸な結末になってしまう場合もございます。

前科による不利益を受けないように,万全を期す為にも,冷静に弁護士に相談されることをお勧め致します。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。
参照条文

刑法

(正当防衛)

第三十六条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

(暴行)
第二百八条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

参照判例

最高裁昭和23年7月7日判決

弁護人八田三郎上告趣意について。

互に暴行し合ういわゆる喧嘩は、闘争者双方が攻撃及び防禦を繰り返す一団の連続的闘争行為であるから、闘争の或る瞬間においては、闘争者の一方がもつぱら防禦に終始し、正当防衛を行う観を呈することがあつても、闘争の全般からみては、刑法第三十六条の正当防衛の観念を容れる余地がない場合がある。本件について、原判決の確定した事実によれば、被告人は井戸三郎と口論の末、互に殴り合となり、被告人はたちまち井戸のために殴られ乍ら後方へ押されて鉄条網に仰向けに押しつけられた上睾丸等を蹴られたので、憤激の余り所持していた小刀で井戸に斬りつけ創傷を負わせた結果、同人を左上膊動脉切断に因る失血のため、死亡するに至らしめたというのであるから、被告人の行為は全般の情況から見て、前記の場合に当るものと言わなければならない。従つて刑法第三十六条を適用すべき余地はない。しかのみならず、原判決は被告人の所為を正当防衛とは認定していないのであるから、所論は原判決に添わない非難であつて、結局原判決の事実認定の不当を主張するに帰着し上告適法の理由とならない。されば、論旨はいずれの点からも理由がない。

被告人上告趣意第一点について。

原判決はその理由において、本件のような喧嘩の際における闘争者の闘争行為は互に攻撃及び防禦をなす性質を有し、一方の行為のみを不正の侵害なりとし他の一方のみ を防禦行為なりとすべきではなく、従つてその闘争の過程において被告人が相手方に加えた本件反撃行為はこれを正当防衛行為と解し得ない旨説示して原審弁護人の正当 防衛の主張を排斥している。そして、被告人の行為が不正の侵害に対する防衛行為でないことを説示した以上、防衛の程度を超えた行為も成立し得ないことは当然である から、原判決は所論の二つの点につき否定の判断を与えたことは明かであつて、論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨前段で主張する事由は刑事訴訟法第三六〇条第二項に規定する事実上の主張には当らないから、これに対する判断を判決に示す必要はなく論旨は理由がない。又、本件について、第一審の第一回公判期日が指定されたのは、昭和二二年五月二日であつて、第二審判決が言渡されたのは、同年一一月二二日であること記録上明かである。 新憲法の施行以後第二審判決の言渡まで約六ケ月半を費したに過ぎず、その間、現場の検証、証人の訊問等の手続を経た本件の審理は毫も憲法第三七条の規定に反するも のではない。されば論旨後段の主張も全く理由がない。

よつて、裁判所法第一〇条第一号、刑事訴訟法第四四六条により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。