新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1582、2015/01/29 18:25 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事、夫が逮捕、先回り示談について、余罪捜査と勾留、捜査と事件単位の原則、最高裁昭和41年7月13日判決】

余罪が多数存在する場合の窃盗事件の弁護活動


質問:私の夫は,一般企業に勤務する会社員です。夫は,先日,通っているジムの備品のトレーニング器具等などを持ちかえってしまい,その様子が防犯カメラに撮影されていたため,窃盗罪として警察に逮捕されてしまいました。
 また,警察が夫の部屋を捜索した際,逮捕された件以外にも,他の健康ランドの備品のシャンプーや,備品のドライヤー等が多数発見されました。
 現在頼んでいる弁護士は,「余罪があるから早期釈放は無理」と言っていますが,何とかして早期に釈放されることはできないのでしょうか。
 また,夫の部屋から発見された他の備品等について,夫は盗品であることを認めて反省しています。しかし,中にはどの施設から盗んだものなのか,客観的には明らかでないものも含まれています。これらの物についても窃盗罪として処罰されてしまう可能性はあるのでしょうか。今後の刑事処分の見込みとともに教えて下さい。



回答:

1 現在ご主人は,窃盗事件について逮捕されている状態にあるとのことですので,今後,検察官による勾留請求が認められれば,最大20日間勾留が継続することになります。さらに余罪が強く疑われるため,余罪について再度逮捕・勾留がされた場合,更に20日間の身体拘束が継続する可能性がございます。
 しかし,ご主人のように身元が確かな人物であれば,勾留を阻止することや,仮に勾留が認められても勾留決定に対する準抗告という手続により早期の釈放を獲得できる可能性があります。
逮捕された場合,初期対応が非常に重要となります。当事務所事例集1536番をご参照ください。

2 今後、勾留されるか否かにかかわらずご主人は,窃盗罪として刑事処分を受けることになります。施設の備品等を持ちかえるという窃盗行為は,万引き等と異なり,初犯でも罰金等の前科がつく可能性が高く,場合によっては公判請求(裁判所で行われる公開の正式な裁判、懲役刑の求刑が予想されます)を受ける可能性もあります。
 不起訴処分となり前科を回避する為には,被害者施設との示談を積極的に申し出る必要があるでしょう。

3 窃盗事件の余罪について立件される可能性は,当該余罪の証拠関係と被害者の被害感情に大きく左右されます。
  備品から被害施設が特定できれば,警察が被害施設に被害届を出すことを要請し,余罪についても処罰される可能性は飛躍的に高まります。
  警察よりも先回りして被害施設に謝罪し,被害届を出さないよう交渉して示談することが肝要です。

4 また,仮に余罪が事件として立件されない場合でも,処分を決める検察官が,事実上余罪を考慮した重い処分をしてしまう可能性は非常に高いといえます。
 法律上,余罪を考慮して処罰を科すことは禁じられていますが,残念ながら本人の自白等一定の蓋然性が存在すると,常習性ありとして検察官が重い処罰を選択してしまうのが現状です。
 この事態を防ぐためには,たとえ立件されていない余罪についても示談を行い,検察官の余罪考慮の可能性を完全に根絶することが有効です。
  余罪についても誠意ある対応と謝罪の姿勢を見せることで,多数余罪が存在していても,不起訴処分を獲得できる場合があります。

5 余罪については,実務上その存否が曖昧なまま,被疑者に不利益な取り扱いがされる例が多数みられます。不起訴処分は,あくまで起訴便宜主義による例外的な扱いであるとして,本来不起訴処分相当の事案であっても,常習性があれば自動的に起訴してしまう検察官は非常に多いと言えます。
 そのような取扱いを防ぐためには,迅速かつ徹底的な弁護活動を行うことが必要です。直ちに経験のある弁護士に相談するべきでしょう。

6 関連事例集155915411536140213671101参照。


解説:
1 余罪のある窃盗事件の刑事手続について

(1)身体拘束の期間

   刑事事件を起こして逮捕され,留置の必要性が認められた場合,身体拘束から48時間以内に警察から検察庁に事件が送致されます。そこからさらに24時間以内に検察官が勾留請求をした場合,最大で10日間の勾留が裁判所に認められる可能性が高いです。 さらに,10日間の勾留期間内に捜査が終結しなかった場合には,追加で最大10日間の勾留延長が認められています。つまり,逮捕された場合,一つの罪につき最大で23日間の身体拘束がなされることになります。
   特に,多数の余罪が見込まれる場合,長期間の勾留請求が認められやすい傾向にあります。本来,勾留の判断あたって,余罪捜査の必要性を考慮することは許されていませんが,厳守されていないのが現状です。
さらに,捜査期間中に別の余罪が発覚した場合,一つの罪に関する勾留期間が満了したとしても,発覚した別罪について逮捕・勾留がなされることがあります。そうすると,余罪の数だけ身体拘束の期間が延び,場合によっては相当長期の身体拘束が継続してしまう場合があります。
   身体拘束が継続すれば,肉体的・精神的に相当な負担となるだけでなく,職務等の社会生活にも大きな影響が及びます。
   そのため,逮捕された場合は,早急に身体拘束に向けた活動(すなわち後述のように釈放、手続き的には準抗告、勾留請求却下の申立)を行う必要があります。

(2)身柄解放に向けた活動

   身体解放に向けては,検察官に対して勾留(延長)請求をしないよう交渉する方法,裁判所に対して勾留(延長)請求を却下するよう交渉する方法,そして裁判所の勾留決定に対して準抗告を申し立てる方法があります。
   これらの手段によって早期の身体拘束を達成するには,余罪捜査の為の勾留が決して許容されるものではないことを明確に検察官・裁判官に主張することが必要です。
勿論,本罪に関する勾留の要件が無いことを証明する客観的資料を準備したり,早期に示談を成立させることも必要です。

   身体拘束に向けた詳細な活動については,弊所事例集1536番を参考にしてください。

2 刑事処罰における余罪の取扱い

(1)余罪に関する捜査

  余罪が見込まれる場合,拘留期間中又は身体解放後に余罪の捜査も並行して行われます。起訴,不起訴といった最終的な刑事処分も,余罪の捜査が終了してから,一括して決定されるのが通常です。一括して有罪判決を受ける場合,法律上は併合罪として,法定の長期が重くなります(刑法45条,47条)。

   なお,余罪の捜査を目的とした勾留が違法であることは先述したとおりですが(事件単位の原則 逮捕、勾留は事件ごとに行うという考え。従って、捜査もその事件ごとに行うということになります。対立する概念として人単位の原則があります。),適法な勾留の期間中に余罪について取り調べ等を行うことは,あくまで副次的に行われるのである限り,ある程度許容されています。すなわち勾留されている当該事件に関する捜査のためにのみ必要に応じ行うことになります。被疑者の性格経歴、動機、目的方法等の情状を推察するための材料として参考にするために捜査することはできるが、余罪捜査、立件のために捜査、取り調べはできないことになります(最高裁昭和41年7月13日判決の趣旨から)。これは,早期に余罪の捜査が終結した方が,被疑者にとっても利益となる場合が多いためです。

   その場合,既に身体拘束を利用した余罪の捜査が行われているため,余罪について後に別途逮捕勾留を行うことは,身体拘束に関する時間制限を潜脱するものとして許されません(条解刑訴法[第4版]400頁参照)。
   いずれにせよ,最終的な刑事処分を軽減するためには,本罪だけではなく,余罪についても迅速な弁護活動を行うひつようがあります。

(2)余罪の立件を回避する方法

   では,余罪に関する弁護活動としては,いかなる対応を取ればよいのでしょうか。それは,本罪に関する弁護活動と同様の活動が求められます。

   その中でも特に重要なのが,被害届を提出される前に示談を成立させることです。

   今回のご相談のように,本罪に関する捜索の中で余罪に関する証拠品が発見された場合,警察は,余罪の被害者のもとに,当該物品が窃盗事件の被害品であるかを聞き取りに向かいます。そこで被害品であることが発覚した場合,警察から被害者に対して,被害届を提出するよう勧めることが多く(他の被害の説明等により、余罪の被害者から軽微なものでも被害届が出されてしまう危険があり事件が拡大する可能性があるので重要です。捜査機関は積極的に事件を掘り起こします。そういう仕事です。),そこで被害届が提出されてしまえば,余罪も本罪と同様に事件として立件されてしまうことがほぼ確実となります。

   そのため,余罪に対する刑事処分を回避するためには,警察が被害者に接触して被害届の提出を勧める前に,先回りして被害者と示談を成立させることが最も重要です。

   警察よりも先に被害者に接触しておかないと,被害者は,例え被害感情が強くない場合でも,警察に言われるがままに被害届を提出してしまいます。一方,警察よりも先に被害者に事情を説明し,許しを得ていれば,被害届の提出を防ぐことができますし,警察としても,既に示談の意思を示している被害者に対して無理に被害届の提出を迫ることはしません。

   そのため,余罪回避の際は,警察の行動を先回りする迅速な対応が必要となります。

(2)余罪が立件されない場合の取扱い
 
ア 今回のご相談では,余罪の被害品について,どの施設から盗んだものなのか客観的には判別できないものも含まれているとのことです。

   このような,被害者の特定が不可能な物については,例え本人が自白しているとしても,刑事事件として処罰される可能性はそれほど高くはありません。

   しかし,このような場合でも,ご本人が被害店舗を認識しているのであれば,謝罪や示談の対応を取った良い方が良い場合が存在します。

イ その理由としては,まず警察の補充捜査によって被害者が判明する場合も多いことが挙げられます。一般家庭にあるような市販されているものであれば,被害者不明のまま終了することも多いと思われますが,専門店でしか扱われていないような物品の場合,結局被害者が判明してしまう場合も多いでしょう。

ウ 二つ目の最も重要な理由として,本罪の処罰を決める際に,余罪を考慮されることを防止する目的があります。
   本来,一個の被疑事実について刑事処分を決定する際は,あくまでその被疑事実についてのみ判断しなければならず,余罪の存在をその考慮に含めることは許されません。

   しかし,この点について,起訴便宜主義(刑訴法248条)が問題になる場面においては,余罪の存在について考慮することも検察官の裁量の範囲内であると考える検察官が中には存在します。しかし,起訴不起訴の判断に余罪を考慮に入れることは,二重処罰の危険を孕むものであり,法律上決して許されるものではありません。

   にもかかわらず,現在の検察実務では,ある程度の余罪が疑われる場合には,常習てき的な悪質性ありと認定され,余罪が無い場合に比べて重い処分が為される傾向が強く存在しています。特に,本件のような不起訴処分と略式起訴のボーダーラインにある事件においては,余罪に対する対応がその判断を分けるといっても過言ではありません。

   このような余罪考慮により,軽微な事案で前科がついてしまう例は多く存在します。その不利益を回避する為には,立件されていない余罪についても,示談等の対応を取る必要があるでしょう。

   示談が成立していれば,例え強硬な検察官であっても,余罪を考慮することはしません。加えて,法律上の原則からすれば示談の申入れする必要が無い余罪の被害者にもあえて謝罪と被害弁償を行うことで,断固たる贖罪と反省の意思を検察官に示すことができ,不起訴処分に向けて大きな効果を発揮することになるでしょう。
又副次的効果として、捜査機関として前科がないような事件で、示談が行われると、起訴猶予が予想され、担当している原事件、余罪ともに捜査意欲を喪失する可能性があり(事件が多い警察署の場合、示談未成立で立件可能な事件の捜査に力点を置く)意外と大きな効果をあらわす場合があります。

エ ただし,立件されていない余罪について示談を行うことは,当然危険も伴います。当該余罪について犯行をある程度認めることになりますから,示談のタイミングや検察官との協議対応を誤ると,却って危険な方向にも働きかねません。また,被害者へ示談を申し入れる際も,被害者の眠っていた被害感情を刺激しないよう細心の注意を払う必要があります。

   そのため,余罪についての示談を行う際には,警察や検察官と密な連絡を取り,余罪に関する警察の捜査がどこまで進んでいるか,検察官が処分を決めるに当って余罪の存在をどれだけ重視しているかを,随時確認しながら弁護活動を行わなければなりません。

   適切な弁護活動を受けるためには,類似事案の経験が豊富な弁護士に依頼することが重要です。

3 おわりに

   余罪の取扱いについては,余罪考慮の禁止という法律上の原則が形骸化している場合も多いため,検察官の判断実務に精通していなければ,適切な対応を行うことはできません。

   弁護人の側も,余罪については弁護活動の対象外であるとか,あくまで余罪は刑事処分の判断の一つの要素に過ぎない等の理由によって,積極的な弁護活動が行われていないのが現状です。
しかし,特に不起訴処分となるか略式手続となるか微妙な事案においては,余罪に関する対応が大きく結論を左右する場合が存在します。あえて余罪についても徹底的な弁護活動を行うことで,起訴される事案が不起訴になる場合も存在します。

   略式起訴等による前科の付与を回避するためには,最善を尽くした対応が可能な弁護士に相談することをお勧めします。


≪参照条文≫
○刑法
(併合罪)
第四十五条  確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。

○刑事訴訟法
第二百四十八条  犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

≪判例検討≫
窃盗被告事件
昭和四〇年(あ)第八七八号
同四一年七月一三日大法廷判決
上告申立人 被告人 
 


       主   文

本件上告を棄却する。


       理   由

弁護人鈴木稔の上告趣意第一点について。
 刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することは許されないものと解すべきである。けだし、右のいわゆる余罪は、公訴事実として起訴されていない犯罪事実であるにかかわらず、右の趣旨でこれを認定考慮することは、刑事訴訟法の基本原理である不告不理の原則に反し、憲法三一条にいう、法律に定める手続によらずして刑罰を科することになるのみならず、刑訴法三一七条に定める証拠裁判主義に反し、かつ、自白と補強証拠に関する憲法三八条三項、刑訴法三一九条二項、三項の制約を免かれることとなるおそれがあり、さらにその余罪が後日起訴されないという保障は法律上ないのであるから、若しその余罪について起訴され有罪の判決を受けた場合は、既に量刑上責任を問われた事実について再び刑事上の責任を問われることになり、憲法三九条にも反することになるからである。
 しかし、他面刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであるから、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずしも禁ぜられるところではない(もとより、これを考慮する程度は、個々の事案ごとに合理的に検討して必要な限度にとどめるべきであり、従つてその点の証拠調にあたつても、みだりに必要な限度を越えることのないよう注意しなければならない。)。このように量刑の一情状として余罪を考慮するのは、犯罪事実として余罪を認定して、これを処罰しようとするものではないから、これについて公訴の提起を必要とするものではない。余罪を単に被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮することは、犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で刑を重くするのとは異なるから、事実審裁判所としては、両者を混淆することのないよう慎重に留意すべきは当然である。
 本件についてこれを見るに、原判決に「被告人が本件以前にも約六ヶ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね、それによつて得た金員を飲酒、小使銭、生活費等に使用したことを考慮すれば、云々」と判示していることは、所論のとおりである。しかし、右判示は、余罪である窃盗の回数およびその窃取した金額を具体的に判示していないのみならず、犯罪の成立自体に関係のない窃取金員の使途について比較的詳細に判示しているなど、その他前後の判文とも併せ熟読するときは、右は本件起訴にかかる窃盗の動機、目的および被告人の性格等を推知する一情状として考慮したものであつて、余罪を犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で重く量刑したものではないと解するのが相当である。従つて、所論違憲の主張は前提を欠き採るを得ない。
同第二点について。
 所論は、量刑不当の主張であつて(所論のうち違憲をいう点もあるが、実質は量刑不当の主張に帰する。)、適法な上告理由にあたらない。
また、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて、同四一四条、三九六条により主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官横田喜三郎、同奥野健一、同横田正俊、同草鹿浅之介、同城戸芳彦、同田中二郎の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官横田喜三郎、同奥野健一、同横田正俊、同草鹿浅之介、同城戸芳彦、同田中二郎の意見は、次のとおりである。
 刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することは許されないものと解すべきこと、他面刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであるから,その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずしも禁ぜられるところではないことは、多数意見のいうとおりである。
 本件についてこれを見るに、原判決は、所論のいうように「被告人が本件以前にも約六ヶ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね、それによつて得た金員を飲酒、小使銭、生活費等に使用したことを考慮すれば、云々」と判示している。この判示は、検察官の控訴趣意中、余罪についての主張に答えて、「記録を精査し、かつ、当審における事実取調の結果を参酌し、これらに現われた本件犯行の罪質、態様、動機、被告人の年令、性行、経歴、家庭の事情、犯罪後の情況、本件犯行の社会的影響等量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察し……犯情が極めて悪質であり、その社会および被害者等に及ぼす影響が所論のとおり大きいものであるばかりでなく、」との判示に引き続いてなされているのであり、既に量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察した後に、右余罪事実を判示したものであるし、「同様な犯行をかさね」と断定している原判文より見て、右余罪の判示は、本件公訴事実の外に余罪の事実を認定し、これによつて、特に重く量刑したものと認められる。 
然るに、右余罪については公訴の提起のないことは、もとより明らかであつて、憲法三一条に反するばかりでなく、右余罪の事実中には被告人の自供のみによつて認定したものもあること記録上明らかであるから、同三八条三項にも反するものといわざるを得ない(また、後日余罪について起訴された場合には、同三九条違反の問題が生ずるであろう。)。

 しかし、本件犯行の態様自体に照らし、原審の量刑は、右余罪事実を除外しても、なお、不当とは認められず。右違憲は、判決に影響を及ぼさないことが明らかであるから、原判決を破棄する理由とはならない。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 下村三郎)

 弁護人の上告趣意
原判決は、第一審判決が起訴状記載の公訴事実を全部認めた上被告人を懲役一年六月に処し情状に鑑み五年間刑の執行を猶予したことに対する検察官の量刑不当の控訴につき、『……本件犯行の罪質、態様、動機、被告人の年令、性行、経歴、家庭の事情、犯罪後の情況、本件犯行の社会的影響等量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察し、殊に、本件犯行が、郵便局員で、配達業務に従事していた被告人が、計画的に、他の配達員の区分棚から現金封入の切手の通信販売業等を営む新生スタンプ社宛の普通通常郵便物を窃取したものであり、その動機においても同情の余地のないものであつて、犯情が極めて悪質であり、その社会および被害者等に及ぼす影響が所論のとおり大きいものであるばかりでなく、被告人が本件以前にも約六ヶ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね、それによつて得た金員を飲酒、小使銭、生活費等に使用したことを考慮すれば、被告人がこれまで何らの非行歴を有しないこと、本件犯行が直ちに監督者に発覚したため被害品全部が返されたこと、被告人が、本件以前の犯行にかかる被害金として金八〇、〇〇〇円を弁償したこと、懲戒免職の処分を受けたこと等答弁書の所論が指摘する被告人に有利な諸般の情状を斟酌しても、被告人に対しては実刑をもつてのぞむことが相当であると思料され、従つて、被告人に対し懲役刑の執行を猶予した原判決の量刑は不当に軽いということに帰するから、論旨は理由がある。』として、これを認容し第一審判決を破棄し、被告人を懲役一〇月の実刑に処した。
しかしながら、原判決には次に述べる違法があるので、速やかに破棄さるべきである。
第一点 原判決は、憲法第三一条及び第三九条に違反した違法がある。
一、本件「公訴事実」、従つてこれを認容した第一審判決の「罪となるべき事実」は、「被告人は東京都足立区千住中居町六十三番地足立郵便局第一集配課に勤務し、郵便配達事務に従事していたものであるが、昭和三十九年六月十七日午前八時頃右郵便局内において別紙犯罪一覧表記載のとおり同局々長FNの保管にかかるTT差出、SS宛普通々常郵便物一通他三通(現金合計一万一千六百円、郵便切手合計七十五円及び注文書四通在中)を窃取したものである」というのであつて、これのみに限られる。この事実は被告人の自供するところであるし、しかも、足立郵便局庁舎の玄関で現行犯逮捕せられて(従つて実質的には未遂である)いるところからしても争いない事実である。二、ところが、検察官の控訴の理由は、右事実のほか被告人は「昭和三十八年十二月二十日頃から同三十九年六月十六日までの間、回数にして約八十一回、通数にして約三百九十四通、金額にして約八万円の多数回、多額にのぼり窃盗したもの」で、これは、「その犯行の計画性、反覆性、巧妙さ、またそれによつて蒙つた多数関係者の損害因惑はまことに測り知れないものがある」(控訴趣意書六頁等)として、終始「六ケ月間の長期にわたり、繰り返り取扱郵便物を窃盗したうえ、在中の諸文書等は破棄していた」(同四頁)という事実の態様、動機、金員の使途、結果等々を論難しており、控訴理由全体の趣旨はこれに終始し、これにつきている。
これは、あたかも検察官が余罪を追起訴しそれについての論告を控訴審で行つているかの如き感がある。公訴事実についてはほとんど触れず、いわば余罪と目さるべき事実を追起訴もせずあたかも公訴事実の一部であるかの如く主張し且つそれについての処罰を要求しているのであつて、かかる主張は断じて許さるべきでない。
これは例えば、一〇円のキヤラメル一個を窃盗し現行犯逮捕せられ起訴された被告人について、一〇〇万円の窃盗被疑事実があり、或は殺人の被疑事実があるからといつて、それを起訴もせずに一〇円窃盗の量刑につき参酌するという名目の許に実質上処罰を求めているに等しい。
三、この点につき、原審において弁護人は「なるほど、この点について被告人が自発的に供述し、後悔し反省を重ねていることは事実である。しかし、本件審理にあたつてこの点を強調することは罪刑法定主義を基礎とし、当事者主義、証拠裁判主義等の原則に立脚する刑事訴訟法の精神からみて、極めて危険な考えである。即ちこの点に関しては事実の存否とそれを量刑に当つてどれだけ考慮し得るかの両面から検討することが必要であろう。まず、事実の存否であるが、あくまでも被告人が本件を契機として一切の前非を悔い改めるに当つて、自発的に供述した事柄で事実そのものが極めて大ざつぱで不明確であり、それを裏づけ補強する証拠もない。そこでこのような事実を量刑につき参酌しうるであろうか。これは『被疑事実』とも目さるべきものであり、後日別個に起訴され処罰される危険の存する事実であり、本件につきこれを参酌した場合、被告人は『二重の危険』にさらされ、しかも後日これを明瞭に指摘し、その危険を避け、あるいは阻止することができないのである。弁護人は昨年一二月一五日東京高等裁判所第四刑事部が検事控訴を棄却した所謂島津貴子略取未遂事件の弁護人を務めたことがあるが、この事件では第一審も控訴審も島津邸に接近した点などについての営利略取、未遂罪はいずれも無罪としたが、その際被告人らが携帯していた日本刀やペテイナイフの所持等の点につき、これのみに対しては極刑と目される懲役刑の実刑を科している。即ち、営利略取未遂罪は形式上無罪となつたが、刀剣類所持等の量刑の際に実質上処罪せられているとの感があつた。この事件では無罪の宣告がなされ、再度起訴される危険はないのであるから未だしも、本件にいたつては後日起訴されないという法律上の保障は全然なく、二重の危険は明瞭に存在するのである。従つて、本件について『このような事実』を量刑につき考慮することは許されないと考える」と指摘し(答弁書第一の二)、検察官の論旨が違法であることを反論したのである。かつて、御庁は、刑の執行を猶予すべき情状の有無と雖も、必ず適法なる証拠にもとづいて、判断しなければならないことを認め「ただこの情状に属する事項の判断については犯罪を構成する事実に関する判断と異り必ず刑事訴訟法に定められた一定の法式に従い証拠調を経た証拠のみにする必要はない。たとえば公判廷において旧刑訴第三四〇条の手続を履践しない上申書の類のごときものでも、これを採つて或は被告人の素行、性格などを認め、或は被害弁償の事実を認定して、これを、刑の執行を猶予すべき情状ありや否やの判断に資することは毫も差支えないところである」(最高裁判所昭和二四年二月二二日判決、集三巻二号二二一頁)と判示しているが、弁護人の主張は、検察官が主張する公訴事実以外の前記事実は六ケ月間「……窃盗し……破棄し……」といわれるように明らかに「被疑事実」と目さるべきもので、単に、公訴事実の量刑につき考慮さるべき被告人の性格や生活態度とか、素行や非行歴とかいうものと明確に異質なものであり、右御庁判決のいう執行猶予の情状に関する事実とは性格を異にするのでこれを区別し、量刑につき斟酌し得ないというのである。
四、然るに、原判決は、検察官の主張にひきずられて、安易に、本件公訴事実の所為が現行犯逮捕で被害品は全部そのまま還付せられ実害が全くないのに、「その社会および被害者等に及ぼす影響が所論のとおり大きいものである」とし、更に余罪につき「被告人が本件以前にも約六ケ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね、それによつて得た金員を飲酒、
小使銭、生活費等に使用したことを考慮」して、「被告人に対しては実刑をもつてのぞむことが相当であると思料され、従つて、被告人に対し懲役刑の執行を猶予した原判決の量刑は不当に軽いということに帰する」旨判断している。
五、ところで憲法第三一条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」旨規定し、刑罰権の行使は実体法及び手続法の両者に基づいてなさるべき所謂罪刑法定主義を定めている。
この規定に基づいて、公訴の提起は「公訴事実」について為され(刑事訴訟法第二五六条二項二号)、判決もこれを「罪となるべき事実」として認定し(同法第三三五条一項)、もし両名にくいちがいのあるときは「審判の請求を受けた事件について判決せず、又は審判の請求を受けない事件について判決をしたこと」(同法第三七八条)になり絶対的控訴理由となるのである。
かくて、憲法第三九条は「……同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」と定め、再訴の場合は免訴されるのである(刑訴法第三三七条一号)。
「法律の定める手続」は、法律の内容が適正であることのほか、それに基づく処分も適正でなければならず、例えば団藤教授が「処分の合憲の法律に形式的には一応適合しながらも、憲法三一条に反するというばあいが想像されえないわけではないとおもう。ことに法律がひろい裁量をみとめているばあいに、かようなことが起りうるであろう」(法律実務講座刑事編第一巻三五頁)とし、更に罪刑の法定が適正であるためには、罪刑の均衡が要請され、これに立法に際してだけでなく、さらに裁判に際してもみとめられなければならないと説く(刑法綱要総論三九頁)所以である。
かかる点から言えば、原判決が価値も乏しく、被害の全くない実質上未遂とも言うべき本件公訴事実につき懲役一〇月の実刑に処したのは明らかに憲法第三一条に違反するものと言わなければならない。のみならず、原判決は起訴されていない被疑事実を、前記の如く「被告人は約六ケ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね」と認定し、量刑資料名下に実質上有罪判決を為し科罰しているのであつて、「法律の定める手続」に違反していることは明らかである。もし原判決の如く他の被疑事実を量刑資料名下に科罰することを是認するならば憲法第三一条は全く空文と化して、罪刑法定主義は単なる美名と化することになろう。
これは反面、量刑名下に科罰せられた被疑事実は、後日起訴せられた場合に憲法第三九条によつて保障されている一事不再理の法理によつて救済されなくなるので、二重の危険にさらされることは明らかであるから、原判決が同法三九条に違反することも明瞭である。

(その他の上告趣意は省略する。)


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