新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1570、2014/12/12 12:00 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【家事事件、相続、東京高等裁判所平成3年7月30日決定】

寄与分と遺留分制度との関係、寄与分の限度

質問:
私の父は昨年亡くなりました。母は父より以前に亡くなっており、父の相続人は長男である兄と二男である私の2人です。父は農業を営んでおり、兄も高校を卒業後長い間、父の農業経営を共同で営んでいました。父の遺産としては農地・宅地の土地や建物が約2000万円相当と預貯金1000万円の、合計約3000万円があります。私は父の遺産分割の話を進めようと兄に相談しましたが、兄は「自分は長年、父の仕事である農業経営を手伝ってきた。父の財産維持には自分が相当貢献している。自分の寄与分としては10割で、お前が受け取る遺産はない。」と言っています。

確かに兄が言っているように、兄が父の農業経営を長年手伝い、父の財産維持を助けたことは私も認めますが、兄だって農業の収入は受領していたわけですし、それにしても兄の寄与分が10割とは大きすぎます。今後、遺産分割の話し合いを進める場合に、兄の主張するように、兄の寄与分は10割も認められてしまうのでしょうか。



回答:
1、 10割の寄与分は認められません。

2、 法令上、寄与分の限度を明確に規定した条文はありません。しかし、相続人の生活の安定及び財産の公平な分配という遺留分制度の趣旨に鑑みて、民法に定められた最低限度の遺留分の分与を受けることについて、寄与分を定める際にも考慮すべきことが判例上も示されています。

3、 遺留分を考慮すると、ご相談の場合法定相続分の2分の1の4分の1が遺留分ですから、寄与分は最大でもあなたの遺留分である750万円を確保するような計算でしか認められないと言ってよいでしょう。すなわち、寄与分としては最大でも3000万円の相続財産の50%の1500万円であり、寄与分を控除した1500万円が相続財産として分割の対象となり、法定相続分2分の1である750万円について、あなたが相続する分として考慮されることになります。具体的な相続分としては土地建物をお兄様が相続し、預貯金のうち750万円をあなたが、残金250万円をお兄様が相続するという分割案が基本になるでしょう。 このような計算は寄与分を最大に考慮したものですので、具体的な寄与の程度により減少することが予想されます。

4、 寄与分について話し合いができない場合は、家庭裁判所に寄与分の調停を申し立てる必要があります。この調停は遺産分割調停とは別の事件ですので、遺産分割協議調停申立とは別に申し立てが必要です。調停でまとまらない時は、審判に移行し、裁判所が裁定を下すことになります。

5、 寄与分関連事務所事例集1562番1236番1132番981番790番676番参照。


解説:

1、寄与分について

寄与分とは、共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときに、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、その法定相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とするものです(民法904条の2)。寄与分の協議が整わない場合は、家庭裁判所の調停と審判によって、一切の事情を考慮して、裁判所がこれを定めます(民法904条の2第2項、家事事件手続法 別表第二の十四項)。

 本来、私有財産制度においては財産形成の過程において、財産を形成した者のそれぞれの財産として処理されるべきです。しかし、親子や夫婦の間においては固有財産の清算が行われず特定の者(被相続人)の名義で財産が形成されることがあります。他方で、現行の相続法は相続分に応じた平等相続を原則としています。そこで財産の形成過程を無視して、平等な相続を相続分だけで計算すると不公平が生じてしまいます。このような不公平な制度を修正するのが寄与分の制度です。

寄与分はどこまで主張することができるのでしょうか。あなたのお兄様が主張しているように相続分の10割(すべて)が寄与分として認められることがあるのでしょうか。

この点、法律では904条の2第3項で寄与分の限界について「寄与分は、被相続人が相続開始のときにおいて有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることはできない。」と規定しています。

これは遺贈された財産についてまで寄与分を主張して取り返すことはできないという、いわば当然のことを規定したにすぎません。

寄与分を定めた904条の2ではこれ以外に寄与分の上限を定めた規定はありません。また、遺留分の算定方法について相続分についての各規定を準用した1044条は、遺贈や生前贈与などの特別受益に関する903条や904条は準用していますが、寄与分を定めた904条の2は準用していません。これは、寄与分を定める調停や審判に対しては、遺留分減殺請求権を行使できないことを意味するようにも解釈できます。つまり、寄与分の条文を見る限り、お兄様の主張するように、寄与分の算定に上限は無い、つまり、10割の寄与分ということもあり得るということになってしまいます。

しかし、それでは、相続人の生活の安定や、公平な遺産の分配を目的とした、遺留分制度の制度趣旨に反する結果となってしまいますので、寄与分の制度と、遺留分の制度を、どのように調整するのか、問題となります。

2、遺留分について

遺留分とは,被相続人の生前処分または死因贈与によっても奪われることのない相続人に留保された相続財産の一定割合のことをいいます(民法1028条)。具体的に言えば、両親などの直系尊属には、法定相続分の3分の1が、子供や孫などの直系卑属には、法定相続分の2分の1が、遺留分として権利主張することが認められています。兄弟姉妹や甥姪などの相続人には、遺留分は認められていません。

この遺留分制度は,相続人の生活保障の要請から,被相続人の財産処分の自由を,一定限度で制約する制度です。つまり,遺留分は,相続開始以前における被相続人の財産処分の自由までも奪うものでなく,遺留分を侵害する被相続人の処分があっても,当然には無効とならず,相続開始後に相続人が一定限度で取り戻すことができるにすぎない制度となっているのです(遺留分減殺請求権、民法1031条)。これは,残された相続人の生活の安定や家族財産の公平な分配という要請がある反面,被相続人の個人財産処分の自由や取引の安全という要請も考慮しなければならないことから,両者を調和して制度化されたものです。

もともと我が国の私法関係は,私的自治の原則と私有財産制により構成されており,私有財産制の内容は理論的に死亡後の財産処分の自由も認めることに帰結されます。従って,遺言優先の原則が基本となり,本来遺産の本来の所有者である被相続人は,誰にどれだけの贈与,遺贈をなすか全く自由意思で決めることができるのです。しかし,遺産形成についての相続人の精神的寄与,家族として土地建物を含む遺産の恩恵によって生活してきた遺族の期待権を無視することはできませんので,例外的に一定割合の請求権、すなわち、請求の意思表示をしたときに権利帰属の効果を生じる形成権を遺族に認めました。これが遺留分請求権です。例外的権利ですので,取引の安全,権利関係の早期確定のため除斥期間(時効期間ではありませんから中断もありません)も1年と短期間になっています(民法1042条)。

 このように寄与分の制度、遺留分の制度を検討するといずれの制度も遺産形成における相続人の関与を肯定し、相続が公平に行われるようするための制度であることが分かります。そうだとすれば、寄与分を定めるに際しても遺留分については当然考慮されるべきものと考えられます。

3、 判例紹介

ここで、寄与分の限度と、遺留分の関係が問題となった有名な判例をご紹介致します。

【判例 東京高等裁判所平成3年7月30日決定】
(当事者)
 被相続人F(農業を営む。平成元年5月9日死亡)
 X(申立人・抗告人。被相続人の長女。被相続人からの援助もなく、独立して生計を立てる。)
 Y1(相手方・被相続人の長男。昭和20年3月から被相続人の農業を手伝う。寄与分を主張。)
 Y2(相手方・被相続人の次男。被相続人の遺産は取得しなくてもよい、と述べている。)
 Y3(相手方・被相続人の二女。次男と同じく被相続人の遺産は取得しなくてもよい、と述べている。)
(遺産)
 土地・建物(いずれも複数)の相続税評価額が5465万7227円。

(事実関係)
 被相続人Fは農業を営み、長男のX1は昭和20年3月以来、被相続人Fの農業を
手伝っていた。

(決定の概略)
寄与分は遺留分によって制限はされない。しかし、遺留分を無視して寄与分を定めてよいとも言えない。寄与分を定めるにあたっては遺留分も考慮すべきである。もし寄与分が遺留分を超える場合、さらに特別の寄与をした等、特段の事情がなければならない。農業の承継者だからと言って格別に扱うことはできない。

(決定の引用)
「寄与分の制度は、相続人間の衡平を図るために設けられた制度であるから、遺留分によって当然に制限されるものではない。しかし、民法が、兄弟姉妹以外の相続人について遺留分の制度を設け、これを侵害する遺贈及び生前贈与については遺留分権利者及びその承継人に減殺請求権を認めている(一〇三一条)一方、寄与分について、家庭裁判所は寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して定める旨規定していること(九〇四条の二第二項)を併せ考慮すれば、裁判所が寄与分を定めるにあたっては、他の相続人の遺留分についても考慮すべきは当然である。確かに、寄与分については法文の上で上限の定めがないが、だからといって、これを定めるにあたって他の相続人の遺留分を考慮しなくてよいということにはならない。むしろ、先に述べたような理由から、寄与分を定めるにあたっては、これが他の相続人の遺留分を侵害する結果となるかどうかについても考慮しなければならないというべきである。
  (中略)
ただ家業である農業を続け、これら遺産たる農地等の維持管理に努めたり、父Aの療養看護にあたってというだけでは、そのようにY1の寄与分を大きく評価するのは相当でなく、さらに特別の寄与をした等特段の事情がなければならない。
  (中略)
なお、相続財産が主として農地など農業経営に必要な資産である場合、永年農業経営の維持継続に尽力してきた相続人に対し、その寄与分を考慮することは十分考えられるところであるが、寄与分は相続人間の衡平を図るために設けられた制度であるから、農業経営の近代化、合理化に資する途であるからといって、農業経営の承継者のみを格別に扱うことは、その制度の趣旨にそぐわないものといわなければならない。」


4、 本件に関する計算例

ご相談者様の遺留分は

遺産総額3000万円×法定相続分1/2×1/2
=750万円 となります。

お兄様の寄与分が遺産総額3000万円から遺留分額750万円を差し引いた2250万円を超えてしまうと、ご相談者様の遺留分を侵害することになり、上記高裁決定によると、さらに特別な寄与があったことをお兄様が主張・立証しなければならないことになります。

この「特別の寄与」について、上記決定では、「家業である農業を続け、遺産たる農地等の維持管理に努め」たり、「父の療養看護にあたった」というだけでは足りないと判断するのみで、具体的な基準を設けているわけではありません。この点、学説の中には、一般財産権の形での権利主張が可能であるにもかかわらず寄与分による調整が求められたような場合に限って遺留分を侵害する寄与分の主張を認めるべきとするものがあります(家族法判例百選60番解説参照)。一般財産権の形での権利主張というのは、例えば、被相続人に対して貸付金があったとか、被相続人の名義を借りて財産を取得したので清算のために名義変更を求める権利を有するとか、相続人が一方的に被相続人名義の口座に金銭を入金していたので不当利得返還請求権を有するなどの事情が考えられます。権利行使が認められるのであれば、相続財産に対する債権者の権利行使ということになりますので、遺留分の影響を受けないことは当然ということになります。権利があるなら権利を行使することが原則になると思われますが、相続人の中には権利の有無を法的に確定させるような権利行使の方法をとることを希望しない者が居ることも考えられますし、立証面で不安のある場合にも権利行使をせず寄与分の主張が行われることも考えられるところです。結局は、権利行使が可能な程度に寄与が明確な場合ということになると考えられます。

まとめ

お兄様が遺留分を侵害するような割合の寄与分を主張する場合には、ご相談者様は十分に反論しなければなりません。必要に応じて、代理人弁護士を入れて遺産分割協議を行ったり、家庭裁判所に対して、遺産分割調停や審判を申し立てることになるでしょう。なお、寄与分の申立は寄与分を主張する相続人が申立人になると考えられます。遺産分割協議調停では寄与分は無いものとして協議が進められますから、寄与分を主張するのであれば、寄与分に争いがある限り、寄与分の調停を申し立てる事が必要になります。


※参照条文

民法
第904条の2(寄与分)
第1項 共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする。
第2項 前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、同項に規定する寄与をした者の請求により、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、寄与分を定める。
第3項 寄与分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない。
第4項 第二項の請求は、第九百七条第二項の規定による請求があった場合又は第九百十条に規定する場合にすることができる。


第1028条(遺留分の帰属及びその割合)
兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一  直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
二  前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一


第1029条(遺留分の算定)
第1項 遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。
第2項 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その価格を定める。

第1030条  贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。


第1044条(代襲相続及び相続分の規定の準用)第八百八十七条第二項及び第三項、第九百条、第九百一条、第九百三条並びに第九百四条の規定は、遺留分について準用する。


家事事件手続法
第191条 (管轄)
第1項 遺産の分割に関する審判事件(別表第二の十二の項から十四の項までの事項についての審判事件をいう。)は、相続が開始した地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。
第2項  前項の規定にかかわらず、遺産の分割の審判事件(別表第二の十二の項の事項についての審判事件をいう。以下同じ。)が係属している場合における寄与分を定める処分の審判事件(同表の十四の項の事項についての審判事件をいう。次条において同じ。)は、当該遺産の分割の審判事件が係属している裁判所の管轄に属する。


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