新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1488、2014/02/09 00:00 https://www.shinginza.com/qa-seikyu.htm

賃料差押えと目的不動産の譲渡
【民事  賃料差し押さえと目的物の賃借人への譲渡による差し押さえの効力の及ぶ範囲 最高裁判決平成24年9月4日  最高裁昭和55年1月18日判決】

質問: 今から6年ほど前,私は,Aとの間で,A所有の甲建物を目的とする賃貸借契約を締結し,同建物の引渡しを受けました。それから4年ほどして(今から2年ほど前),Aに金銭を貸し付けていたXは,執行力ある判決正本を債務名義として,Aの私に対する賃料債権の差押えを申し立て,これを認容する債権差押命令がAと私のそれぞれに送達されました。
他方で,今から1年ほど前,私は,Aとの間で,甲建物を含む複数のA所有の不動産を買い受ける旨の契約を締結し,その所有権移転登記を受け,売買代金をAに支払いました。
以上の状況において,Xは,私が売買代金をAに支払った以降についても賃料債権は発生し続けるとして,私に対し,その分も含めて賃料の支払を請求してきています。
私は,自分が売買代金をAに支払った以降の分についても,Xに対し,賃料を支払わなければならないのでしょうか。



回答:

1、「賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情」がない限り,あなたは,あなたが売買代金をAに支払った以降の分については,Xに対し,賃料を支払う必要はありません。

2、最高裁の判例でも「賃貸人と賃借人との人的関係,当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他の諸般の事情に照らして,賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り,差押債権者は,第三債務者である賃借人から,当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができ」ないとされています(最判平24.9.4)。

なお、賃料債権の差押に関する問題として事例集の1452番も参考にして下さい。


解説:

1、あなたは,差押命令があなたに送達された時以降は,Aに対し,賃料を支払ってはなりません(民事執行法145条1項)。民事執行法145条1項の後段で「第三債務者に対し債務者への弁済を禁止し」と規定されていますが、この場合の第三債務者とは賃借人であるあなたで、債務者とは大家さんである賃貸人のことですので、差押命令において弁済すなわち家賃の支払いは禁止されます。禁止されているということは、仮に支払っても差し押さえた債権者との関係では支払があったとは認められないということです。また、支払いが禁止されていますから、大家さんから請求されても拒否できますし、それが家賃の不払いとして契約を解除されることもありません。
そして,支払ってはならない賃料とはどの部分かというと,それは差押命令があなたに到達した以降に支払期限を迎える賃料ということになります(同法151条、145条4項)。但し、差押命令が送達される前に未払いの賃料があった場合は、未払い分は既に支払期限を経過していますから、差押命令の効力が及びその支払いは禁止されます。
 なお、送達は通常、郵便によって行われ(民事訴訟法99条)、郵便物を受領した時点で差押の効力が発生することになります。

2 その後,あなたがAから甲建物を買い受けたことにより,差押命令の効力がどうなるのか問題となります。建物の賃貸借契約における賃借人の債権は賃貸人に対して建物を貸せという債権ですが、その建物を賃借人が所有すると賃借人は自分の所有する建物を従前の所有者に対して「貸せ」と請求する必要はないことになり賃貸借契約は存在の意味を失うことにあります。そこで、賃貸借契約は終了し、賃借人の賃料支払い債務も無くなると考えられます。この点について、法律的にどう説明するかについて、民法520条の混同による消滅、あるいは建物の譲渡契約(売買契約)の際に、賃貸借契約は合意により解約された、とするか考え方の違いがあります。いずれにしろ、賃貸借契約が消滅するという結論には差異がありません。そこで、賃貸借契約の目的建物を賃借人が譲り受けた場合、ご相談の場合ですとあなたとAとの間の賃貸借契約が終了し,それ以降は賃料が発生しないことから、差押は対象となる債権を失うのではないかと考えられます。しかし、一方では賃料の差押により、債務者である大家さんは賃料を処分することを禁止されているのですから建物を処分するとはいえ自分の意思で差押を免れることを認めることは許されないのではないか(執行妨害を許すことにならないか)、という疑問もあります。

(1) 賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡した場合,当該譲渡が賃料債権の差押えの効力発生後であるときは,差押債権者は,賃借人から,当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができるか否かという問題です。

(2) この点,最高裁平成24年9月4日判決(以下「本判決」といいます。)は,「賃貸人と賃借人との人的関係,当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他の諸般の事情に照らして,賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り,差押債権者は,第三債務者である賃借人から,当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができない」とします。
同判決は,この理由について,「賃料債権・・・の発生の基礎となる賃貸借契約が終了したときは,差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないこととなる」ことを挙げます。

(3) 本判決は,
原審(大阪高判平22.3.26)の判断のうち,賃借人が売買契約により建物の所有権の移転を受ける前に差押命令が発せられており,賃貸借契約に基づく賃料債権は第三者の権利の目的となっているから,民法520条ただし書の規定により,売買契約に基づく売買代金が支払われた以降の賃料債権が混同によって消滅することはなく,差押債権者は賃借人からこれを取り立てることができる,とした部分を破棄しつつ,
上記「賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情」の有無につき更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき,本件を原審に差し戻しました。

(4) そして,差戻審(大阪高判平25.2.22)は,
「1審原告が本件賃料債権の差押えをした後に,1審被告がそれを免れようとして,本件売買契約を計画したものとは認められない。」
「また,・・・本件売買契約に基づく所有権の移転や代金の支払等について実体に欠けるものでもない。」
「そうしてみると,・・・」賃貸人と賃借人「の間に密接な人的関係が存すること(・・・)等を考慮しても,1審被告において,本件賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情が存するものと認めることはできない。」
として,賃貸人が賃借人に賃貸不動産を譲渡した後に支払期の到来する賃料債権については,請求を棄却しました。

3、継続的給付に関する先例として,給料債権の事例ではありますが,最高裁昭和55年1月18日判決があります。

同判決は,
「訴外Zが被上告会社を退職したのち被上告会社に再雇傭されるまで6か月余を経過しているなど・・・〔の〕事実関係のもとにおいては,上告人が右訴外人の退職前に同訴外人を債務者として得た右訴外人の被上告会社に対する給料等の債権差押・取立命令の効力が再雇傭後の給料等の債権について及ぶものではない」とした原審を正当としているところ,
本判決(最高裁平成24年9月4日判決)は,この判決(最高裁昭和55年1月18日判決)と整合する判断といえます。

4、この問題は建物所有権の処分と差押命令の効力をどのように調和させるかという問題と考えられます。原審の判断のように「賃借人が建物の所有権を取得した場合に賃料債権が消滅するのは民法520条の混同と解し、ただし書きで賃料債権は消滅しない」と考えると、建物所有権の処分はできないことになってしまいます。また、建物所有権を無関係の第三者に譲渡した場合は、それに付随して賃料債権も譲渡され差押命令の効力は及ばないとされていることとの整合性も欠くことになります。債権の差押なのですから所有権の処分まで制限するような効力を認めることはできないのですから、原審の結論は行き過ぎと言えます。もちろん執行を妨害するために建物を譲渡して賃料債権を第三者に移すなどということは許されるものではありません。しかし、執行妨害は例外的な場合であり、そのような事情は差押債権者が、主張立証して初めて認められるべきです。最高裁判決は,賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡した場合は賃貸借契約が終了するという一般的見解(根拠は債権債務が同一人に帰属したことによる混同(民法520条本文)あるいは、建物譲渡に伴う賃貸借契約合意による解約)を維持しつつ,執行妨害に対する手当は信義則に委ねた点で妥当であると考えます。

≪参照条文≫
民法
(基本原則)
第1条 私権は,公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は,これを許さない。
(混同)
第520条 債権及び債務が同一人に帰属したときは,その債権は,消滅する。ただし,その債権が第三者の権利の目的であるときは,この限りでない。

民事執行法
(差押命令)
第145条 執行裁判所は,差押命令において,債務者に対し債権の取立てその他の処分を禁止し,かつ,第三債務者に対し債務者への弁済を禁止しなければならない。
2 差押命令は,債務者及び第三債務者を審尋しないで発する。
3 差押命令は,債務者及び第三債務者に送達しなければならない。
4 差押えの効力は,差押命令が第三債務者に送達された時に生ずる。
5 差押命令の申立てについての裁判に対しては,執行抗告をすることができる。
(継続的給付の差押え)
第151条 給料その他継続的給付に係る債権に対する差押えの効力は,差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として,差押えの後に受けるべき給付に及ぶ。

≪参照判例≫
最高裁平成24年9月4日判決
主文
1 原判決主文第2項(1)のうち上告人に対し2380万円を超えて金員の支払を命じた部分及び同項(2)の部分を破棄する。
2 前項の各部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
3 上告人のその余の上告を棄却する。
4 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人・・・ほかの上告受理申立て理由第2について
1 本件は,被上告人が,Aに対する金銭債権を表示した債務名義による強制執行として,Aの上告人に対する賃料債権を差し押さえたと主張し,上告人に対し,平成20年8月分から平成22年9月分までの月額140万円の賃料及び同年10月分の賃料のうち76万0642円の合計3716万0642円の支払を求める取立訴訟である。
2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) Aは,平成16年10月20日,A及びその代表取締役が全株式を保有し,同人が当時代表取締役を務めていた上告人との間で,Aが所有する・・・本件建物・・・を,期間を同年11月1日から平成36年3月31日まで,賃料を当分の間月額200万円と定めて賃貸する旨の契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,上告人に本件建物を引き渡した。
Aと上告人は,平成20年5月23日,本件賃貸借契約に基づく同年6月分以降の賃料を月額140万円とする旨合意し,同月初め頃,当月分の賃料を毎月7日に支払う旨合意した。
(2) 被上告人は,Aに対し,3583万4564円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる執行力ある判決正本を債務名義として,本件賃貸借契約に基づく賃料債権(ただし,平成19年4月1日以降支払期の到来するものから3716万0642円に満つるまで)の差押えを申し立て,これを認容する債権差押命令(以下「本件差押命令」という。)が,上告人に対しては平成20年10月10日に,Aに対しては同月17日に,それぞれ送達された。
(3) 上告人は,Aとの間で,平成21年12月25日までに,本件建物を含む複数のA所有の不動産を買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,その所有権移転登記を受け,売買代金3億7250万円をAに支払った。
(4) 上告人は,上告人がAに対して本件売買契約に基づく売買代金を支払った平成21年12月25日,本件賃貸借契約に基づく賃料債権は混同により消滅したなどと主張している。
3 原審は,上告人が本件売買契約により本件建物の所有権の移転を受ける前に本件差押命令が発せられており,本件賃貸借契約に基づく賃料債権は第三者の権利の目的となっているから,民法520条ただし書の規定により,平成22年1月分以降の賃料債権が混同によって消滅することはなく,被上告人は上告人からこれを取り立てることができるなどと判断して,上告人に対し,原審口頭弁論終結時において支払期の到来していた平成20年8月分から平成22年1月分までの賃料合計2520万円の支払並びに同年2月から同年9月まで本件賃貸借契約の約定支払期である毎月7日限り各140万円及び同年10月7日限り76万0642円の各支払を命じた。
4 しかしながら,原審の判断のうち,被上告人が上告人から本件賃貸借契約に基づく平成22年1月分以降の賃料債権を取り立てることができるとした部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
賃料債権の差押えを受けた債務者は,当該賃料債権の処分を禁止されるが,その発生の基礎となる賃貸借契約が終了したときは,差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないこととなる。したがって,賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡したことにより賃貸借契約が終了した以上は,その終了が賃料債権の差押えの効力発生後であっても,賃貸人と賃借人との人的関係,当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他の諸般の事情に照らして,賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り,差押債権者は,第三債務者である賃借人から,当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができないというべきである。
そうすると,本件においては,平成21年12月25日までにAが上告人に本件建物を譲渡したことにより本件賃貸借契約が終了しているのであるから,上記特段の事情について審理判断することなく,被上告人が上告人から本件賃貸借契約に基づく平成22年1月分以降の賃料債権を取り立てることができるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,以上の趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち,上告人に対し平成20年8月分から平成21年12月分までの賃料合計2380万円を超えて金員の支払を命じた部分は破棄を免れない。そして,上記特段の事情の有無につき更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
なお,その余の上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

大阪高裁平成25年2月22日判決
主文
1 1審原告の差戻前控訴審における拡張請求のうち,本件差戻しに係る部分(下記記載のとおり)を棄却する。

1審原告の1審被告に対する平成22年1月分から同年9月分までの賃料1260万円,平成22年10月分賃料のうち76万0642円,以上の合計賃料1336万0642円の請求
2 訴訟費用は,第1審・差戻前控訴審・上告審(上告棄却部分に関する上告費用を除く。)・差戻後控訴審(当審)を通じて,これを3分し,その1を1審原告の,その余を1審被告の各負担とする。
事実及び理由
第1 1審原告の請求(当審での審判の対象)
1審被告は,1審原告に対し,1336万0642円を支払え。
(1審原告の差戻前控訴審における拡張請求のうち,下記の本件差戻しに係る部分

1審原告の1審被告に対する平成22年1月分から同年9月分までの賃料1260万円,平成22年10月分賃料のうち76万0642円,以上の合計賃料1336万0642円の請求)
第2 事案の概要
1 事案の要旨
当審における審判の対象は,1審原告が,A社に対する金銭債権を表示した債務名義に基づく強制執行として,A社の1審被告に対する賃料債権(以下「本件賃料債権」という。)を差し押さえたと主張し,1審被告に対し,平成22年1月から同年9月までの月額140万円の賃料(9か月分)及び同年10月分の賃料のうち76万0642円の合計1336万0642円の支払を求める取立訴訟である。
2 訴訟の経過
(1) 第1審
ア 第1審における1審原告の請求
1審原告は,〈1〉A事件訴訟を提起し,A事件被告甲野秋夫に対し,所有権移転登記抹消登記手続等を求め,〈2〉B事件訴訟を提起し,1審被告(B事件被告)に対し,賃料債権取立を求め,AB両事件は併合された。
A事件の請求と双方の主張骨子は,次の(ア)のとおりであり,B事件の請求と双方の主張骨子は,次の(イ)のとおりである。
(ア) A事件
甲野春彦の債権者である1審原告が,A事件被告と甲野春彦及び甲野夏子との間の不動産売買契約について,〈1〉主位的に,通謀虚偽表示による無効を理由として,債権者代位権に基づき,上記不動産のA事件被告に対する所有権移転登記ないし共有者全員持分全部移転登記の抹消登記手続を,〈2〉予備的に,詐害行為取消権に基づく上記売買契約の取消及び上記抹消登記手続を求めた。
1審原告の上記請求に対して,A事件被告は,上記不動産売買契約が通謀虚偽表示ではなく,詐害行為にも該当しない旨主張し,上記請求を棄却するよう求めた。
(イ) B事件
1審原告が,A社に対する金銭債権を表示した債務名義に基づく強制執行として,本件賃料債権を差し押さえたと主張し,1審被告に対し,平成19年4月分から平成21年5月分までの賃料3640万円(月額140万円×26か月分),平成21年6月分賃料のうち76万0642円,以上の合計3716万0642円の支払を求めた。
1審原告の上記請求に対して,1審被告は,平成20年5月分までの賃料債権につき弁済による消滅を,同年6月分以降の賃料債権につき相殺(後記3(5)記載の相殺合意に基づく相殺)による消滅をそれぞれ主張し,上記請求を棄却するよう求めた。
イ 第1審判決
第1審判決は,〈1〉A事件請求を棄却し,〈2〉B事件請求のうち,平成20年8月分から平成21年5月分までの賃料合計額である1400万円(月額140万円×10か月分)の支払を命ずる限度で認容し,その余の請求を棄却した。
ウ 双方控訴
1審原告と1審被告は,第1審判決のそれぞれの敗訴部分を不服として,控訴した。
(2) 差戻前控訴審
ア B事件請求の一部交換的変更
1審原告は,差戻前控訴審において,B事件請求の一部を交換的に変更し,1審被告に対して支払を求める取立権の内容を,平成20年8月分から平成22年9月までの賃料3640万円(月額140万円×26か月分),同年10月分賃料のうち76万0642円,以上の合計3716万0642円の支払を求めた(平成21年6月分賃料の残部より後の賃料の支払を求める部分は,差戻前控訴審における拡張請求である。)。
イ 1審被告の主張の骨子
1審被告は,1審原告のB事件請求(拡張請求分を含む)に対し,〈1〉賃料債権の相殺による消滅を主張したほか,〈2〉1審被告がA社から賃借した建物について,A社から買い受け,その代金を支払った平成21年12月25日,賃料債権は混同により消滅した旨主張し,B事件請求(拡張請求分を含む)を棄却するよう求めた。
ウ 差戻前控訴審判決
差戻前控訴審判決は,〈1〉1審原告のA事件に関する控訴を棄却し,〈2〉B事件請求について,1審被告の賃料相殺及び混同の抗弁をいずれも排斥し,差戻前控訴審の口頭弁論終結日(平成22年1月20日)までに支払期が到来していた平成20年8月分から平成22年1月分までの賃料合計2520万円(月額140万円×18か月分)の支払と,その後に支払期が到来する同年2月から同年9月まで各月7日限り月額140万円の賃料,同年10月7日限り同月分賃料のうち76万0642円(その総額は3716万0642円になる。)の各支払を命じた。
エ 1審被告の上告
1審被告は,差戻前控訴審判決を不服として上告した。
なお,1審原告は上告をしなかったので,A事件請求を棄却した第1審判決は確定した。
(3) 上告審
上告審は,差戻前控訴審判決のうち,〈1〉平成20年8月分から平成21年12月分までの賃料合計2380万円(月額140万円×17か月分)の支払を命じた部分については,上告を棄却したが,〈2〉混同による本件賃料債権の消滅を主張する上告理由について,次のア,イのとおり判示し,平成22年1月から同年9月分までの賃料1260万円(140万円×9か月),平成22年10月分賃料のうち76万0642円,以上の合計1336万0642円の支払を命じた部分を破棄し,同請求部分について大阪高等裁判所に差し戻した。
ア 賃料債権の差押えを受けた債務者は,当該賃料債権の処分を禁止されるが,その発生の基礎となる賃貸借契約が終了したときは,差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないことになる。したがって,賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡したことにより賃貸借契約が終了した以上は,その終了が賃料債権の差押えの効力発生後であっても,賃貸人と賃借人との人的関係,当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他諸般の事情に照らして,賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り,差押債権者は,第三債務者である賃借人から,当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができないというべきである。
イ 上記特段の事情について審理判断することなく,被上告人が上告人から本件賃貸借契約に基づく平成22年1月分以降の賃料債権を取り立てることができるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。そして,上記特段の事情の有無につき更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
(4) 当審における審判の対象と争点
以上のとおり,当審における審判の対象は,平成22年1月から同年9月までの月額140万円の賃料(9か月分)及び同年10月の賃料のうち76万0642円の合計1336万0642円の支払請求の当否であり,争点は,「賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情」の存否である。
3 前提事実等
当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は,次のとおりである。・・・
(1) 当事者等
ア 1審原告は,各種商品の割賦販売,リース,信用保証等を業とする株式会社である。
イ 1審被告は,介護保険法に基づく居宅サービスの事業等を目的とする株式会社であり,後記本件賃貸借契約当時の代表取締役は甲野春彦であり,後記本件売買契約当時の1審被告の代表取締役は甲野春彦の長男甲野太郎である(・・・)。
ウ A社は,医薬品の卸売業等を営む会社であり,代表取締役は甲野春彦であった。A社は,平成20年5月,経営破綻して事実上倒産し,平成21年4月20日,株主総会決議により解散して,清算人には代表取締役であった甲野春彦が就任した(・・・)。
(2) 本件賃貸借契約
A社は,平成16年10月20日,1審被告との間で,A社が所有する・・・本件建物・・・を,期間を同年11月1日から平成36年3月31日まで,賃料を当分の間月額200万円と定めて賃貸する旨の契約(・・・。以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,1審被告に本件建物を引き渡した。
A社と1審被告は,平成20年5月23日,本件賃貸借契約に基づく同年6月分以降の賃料を月額140万円に減額する旨合意し(・・・),同月初め頃,当月分の賃料を毎月7日に支払う旨合意した。
(3) A社の借入と1審被告の連帯保証
A社は,平成16年11月19日,B銀行から3億円を借り受け,1審被告は,A社の上記借入金債務を連帯保証した(・・・)。
(4) 本件差押命令
1審被告は,平成20年10月,A社に対し,3583万4564円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる執行力ある判決正本(・・・)を債務名義として,本件賃料債権(ただし,平成19年4月1日以降支払期の到来するものから3716万0642円に満つるまで)の差押えを申し立て,これを認容する債権差押命令(・・・。以下「本件差押命令」という。)が,1審被告に対しては平成20年10月10日に,A社に対しては同月17日に,それぞれ送達された(・・・)。
なお,本件差押命令は,1審原告がこれに先立ち,本件賃料債権(平成19年4月1日から平成21年7月31日までの間に支払期の到来するものについて,支払期の早いものから3532万4564円に満つるまで)の仮差押えを申し立て,平成20年8月4日,発令された仮差押決定(・・・。以下「本件仮差押決定」という。)の本執行である。本件仮差押決定は,同月5日,1審被告に送達された(・・・)。
(5) 相殺合意
ア A社と1審被告は,平成20年6月初めころ,1審被告が毎月7日にB銀行に対する連帯保証債務を履行し,これによって1審被告がA社に対して取得する求償債権を自働債権とし,A社が1審被告に対して有する本件賃料債権を受働債権として,相殺することを合意した(以下「本件相殺合意」という。)。
1審被告は,以後,毎月179万7397円(平成21年1月以降は177万2292円)をB銀行に支払い(・・・),本件賃料は相殺により消滅したとして,その支払をしなかった(・・・)。
イ 1審被告は,本件訴訟において,本件相殺合意に基づく相殺により,平成20年6月以降の賃料債権は消滅した旨主張したが,第1審,差戻前控訴審は,1審被告の上記主張を認めず(前記2(1)イ,同(2)ウ),1審被告の上告のうちこの点を不服とする部分は棄却され,平成20年8月から平成21年12月までの賃料合計2380万円(月額140万円×17か月分)の支払を命ずる差戻前控訴審判決は確定した(前記2(2)ウ,(3))。
(6) 本件売買契約
ア 売買契約締結と所有権移転登記
1審被告は,平成21年1月8日,A社との間で,本件建物を含む複数のA社所有の不動産(本件建物以外の不動産は,次の(ア)ないし(オ)のとおり)を,1審被告が3億8100万円の代金額で購入する旨の契約(・・・。以下「本件売買契約」という。)を締結し,翌9日,所有権移転登記を経由した(・・・)。
(ア) 乙市・・・宅地・・・(以下「本件建物敷地」といい,本件建物と一括して「乙不動産」という。)
(イ) 丙市・・・宅地・・・
(ウ) 丙市・・・宅地・・・
(エ) 丙市・・・宅地・・・
(オ) 上記(イ)ないし(エ)の土地上の建物
(以下,上記(イ)ないし(オ)の不動産を一括して「丙不動産」という。)
イ 代金減額合意と代金支払
1審被告とA社は,平成21年12月25日,本件売買契約の代金額を3億7250万円に減額することに合意し(・・・),同日,1審被告は,A社に対して,同代金額を支払った。
4 争点に対する当事者の主張
(1) 1審原告の主張
ア 1審被告とA社は,法人格は異なるが,ともに甲野春彦が実質的に所有支配している会社である。
イ 甲野春彦は,両社の代表者に就任していた平成16年10月20日,本件賃貸借契約を締結し,A社が平成20年5月に破綻するや,B銀行の指導・指示により,同年6月初めころ本件相殺合意をし,さらに,同年8月に1審原告が本件賃料債権の仮差押えをして,同年10月に差押えをしたのを知りながら,これを免れるために,1審被告との間で,本件売買契約を計画し,平成21年1月8日に実行したものである。
ウ 本件売買契約の締結により,B銀行は,A社から1審被告へと実質的に債務者をすげ替え,A社が経済的に破綻したにもかかわらず,A社への融資金全額を1審被告からの支払により回収しているのである。
つまり,A社と1審被告は,A社への融資金について,物的担保の実行によっても全額回収不能の状態にあった(担保割れ債権の部分については一般債権者に過ぎない状態にあった)B銀行に対し,全額回収させるための全面的協力をしたものである。B銀行の指示に従うということは,B銀行のみを優遇して偏頗弁済をし,もって一般債権者を害したということに他ならない。
本件売買契約は,乙不動産及び丙不動産の時価額を遙かに上回る額を本件売買代金額とし,所有権移転登記を先履行とする等,売買の実質からかけ離れた内容のものである。
エ 以上のとおり,B銀行,A社,1審被告は,本件売買契約に藉口して本件差押えの効力を無意味にすることを企図していたものであり,1審被告には,本件賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されない特段の事情がある。
なお,1審被告は,B銀行から言われるままに本件売買契約を締結した旨主張するが,本件売買契約について最終的な意思決定をしたのはA社と1審被告なのであるから,そうした弁解は責任転嫁のための詭弁にすぎない。
(2) 1審被告の主張
1審被告は,1審原告からの賃料債権差押の強制執行を免れるために,本件売買契約を締結したものではなく,1審被告には,賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情は存しない。
1審被告は,平成16年11月19日,A社のB銀行からの借入について連帯保証をしていたものであり,B銀行から言われるままに,平成21年1月8日,本件売買契約を締結したものであって,何ら不正はない。
1審被告は,A社が平成20年5月に経営破綻した後,すぐにB銀行に相談したところ,B銀行が阪南不動産の売買を提案し,その準備を進めていたものである。本件賃料債権の仮差押え(平成20年8月)や差押え(平成20年10月)は,その後になされたものであるから,本件売買契約が本件賃料債権の差押えを免れるためのものでないことは明らかである。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
証拠(・・・)及び弁論の全趣旨(・・・)によると,次の各事実が認められる。
(1) A社及び1審被告
A社は,平成元年に設立された資本金4000万円の株式会社であり,医薬品の卸売業を行っていた。その代表取締役は甲野春彦であり,株主は甲野春彦のみである。
1審被告は,平成16年に設立された資本金3000万円の株式会社であり,設立当初は,甲野春彦が代表取締役であったが,平成20年6月5日,甲野春彦が退任して,甲野春彦の長男甲野太郎の妻である甲野東子が代表取締役に就任し,同年12月1日,甲野東子が退任して甲野太郎が代表取締役に就任した。1審被告の株主は,A社と甲野春彦のみである。
(2) 乙不動産の取得
ア 本件建物敷地の購入等及びそれに伴う借入等
A社は,平成15年2月27日,本件建物敷地(当時は本件建物築造前)を購入し,同日,所有権移転登記をした(・・・)。A社は,同土地購入代金や諸費用として約1億3000万円を必要とし,B銀行から融資を受けた。
本件建物敷地には,平成15年2月27日,B銀行を根抵当権者とする極度額1億3800万円の根抵当権設定登記が付された(・・・)。
イ 本件建物の新築等及びそれに伴う借入等
A社は,平成16年10月28日,本件建物敷地上に本件建物を新築し,同年11月17日,所有権保存登記をした(・・・)。A社は,本件建物の建築工事代金等として約3億円を必要とし,B銀行から融資を受けた。
平成16年7月30日,本件建物敷地に付されていた上記アの根抵当権の極度額を4億9200万円に変更する旨の登記が行われ,同年11月17日,本件建物にB銀行を根抵当権者とする極度額4億9200万円の根抵当権設定登記が付された(・・・)。
B銀行とA社は,平成16年11月19日,B銀行がA社に3億円を貸し付ける旨の金銭消費貸借契約を締結し,甲野春彦,甲野夏子,1審被告,甲野太郎が,A社の上記借入金債務を連帯保証した(・・・)。また,1審被告は,A社の従前の借入についても連帯保証した(・・・)。
(3) 本件賃貸借契約の締結,A社の経営破綻
ア A社と1審被告は,平成16年10月20日,本件賃貸借契約を締結し,1審被告は,本件建物において,有料老人ホームを経営した。
イ A社は,平成18年12月,飲食店ビルを建築したが,負債が10億円を超えて経営を圧迫し,運転資金にも不足するようになり,平成20年5月,事実上破綻した。
(4) A社,1審被告,B銀行の協議
ア 本件売買契約締結の提案
A社が平成20年5月に事実上破綻した後,A社,1審被告は,B銀行と今後の対応について協議した。なお,B銀行からの借入金債務について,1審被告は月200万円程度の返済が可能な状態であったが,1審被告以外の連帯保証人には支払能力がなかった。
B銀行は,A社や1審被告に対し,B銀行が1審被告に融資をするので,1審被告が乙不動産を買い取り,1審被告が自己の借入債務として月200万円程度を返済していく案を示した。A社や1審被告は,B銀行の上記提案を受け入れ,乙不動産の売買代金は,A社のB銀行に対する借入債務残高とすること,B銀行の稟議決済が出るまで1審被告がA社の月々の返済額を連帯保証人として支払っていくこと等が,上記三者間で暫定的に合意された。
イ 本件売買契約締結案の変更
A社と1審被告,B銀行は,後記(5)アのC信販の仮差押登記が抹消された平成20年12月下旬ころ,本件売買契約を締結して代金の支払等を済ませることを計画していたが,D銀行が乙不動産に後記(5)ウの仮差押えをしたことにより,B銀行が1審被告に融資することができなくなり,上記計画はいったん頓挫した。
A社と1審被告,B銀行は,新たに,本件売買契約の締結と所有権移転登記とを先行させ,1審被告に対する融資と本件売買代金の支払は,D銀行の上記仮差押登記が抹消された後に行うことを計画した。
(5) A社の債権者からの仮差押え等
ア C信販の仮差押え
B銀行が1審被告に対する融資について稟議に入った後である平成20年7月22日,A社の債権者であるC信販が,乙不動産と丙不動産とに仮差押えをした(・・・)。
A社は,代理人を通じてC信販と交渉し,抹消料80万円を支払うことでC信販の上記仮差押えを取り下げるとの合意がまとまり,平成20年12月17日,上記仮差押登記は抹消された(・・・)。
イ 1審原告の本件賃料債権の仮差押え等
1審原告は,C信販の上記不動産仮差押決定後である平成20年8月に本件賃料債権の仮差押えを行い,同年10月に本件差押えを行なった(・・・)。
ウ D銀行の仮差押え
A社の債権者であるD銀行が,平成20年12月19日,乙不動産に仮差押えをした(・・・)。
そこで,A社は,後記(6)アの本件売買契約の締結と所有権移転登記後に,代理人を通じて,D銀行と交渉し,抹消料として130万円を支払うことでD銀行の上記仮差押えを取り下げるとの合意がまとまり,平成21年11月2日,上記仮差押登記は抹消された(・・・)。
(6) 本件売買契約締結等
ア 本件売買契約の締結等
上記の経緯を経て,1審被告とA社は,平成21年1月8日,本件売買契約を締結した(・・・)。本件売買契約に基づく所有権移転登記は,契約締結翌日である平成21年1月9日に行われた(・・・)。
売買代金額は,B銀行のA社に対する当時の貸付金残高と同額である3億8100万円と定められた。なお,乙不動産の時価は約1億5000万円程度であり,丙不動産の時価は1200万円程度であって,本件売買契約の代金額は,対象物件の時価を大きく上回るものである(・・・)。
また,本件売買契約においては,売買物件の所有権移転登記手続を先履行とすること(本件売買契約書第3条),売買代金は,今後1年内に金融機関から売買代金相当額の融資を受けて支払うこと,今後1年内に融資条件が整わないときは,さらに1年延長し,その後も同様とすること(同第4条),1審被告が売買代金を支払うまでは,本件建物の賃貸借契約は存続すること(同第6条)等が定められた(・・・)。
イ 売買代金の支払等
A社と1審被告は,平成21年12月25日,本件売買契約の売買代金を,同時点でのA社のB銀行からの借入金残額である3億7250万円に減額することを合意した(・・・)。
同日,1審被告は,B銀行から3億7400万円の融資を受け,うち3億7250万円をA社に対し,本件売買契約の売買代金として支払った。A社は,受領した3億7250万円を,B銀行に対する借入金債務の返済としてB銀行に支払った。B銀行は,E信用保証協会と交渉して,同保証協会の根抵当権設定登記の抹消同意を取り付けた(・・・)。
乙不動産には,B銀行を根抵当権者,A社を債務者とする上記根抵当権(極度額4億9200万円)のほか,E信用保証協会を根抵当権者,A社を債務者とする根抵当権設定登記(極度額1億3000万円)が付されていたが,同日,上記各根抵当権設定登記は抹消され,新たに,B銀行を根抵当権者,1審被告を債務者とし,極度額を3億7400万円とする根抵当権設定登記が付された(・・・)。
ウ 本件売買契約後の状況等
1審被告は,B銀行からの借入金3億7400万円につき,月216万9049円ずつ返済している(・・・)。なお,乙不動産の占有利用状況等については,本件売買契約締結の前後を通じて変化はない。
2 検討
上記認定事実に基づき,「賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情」が存するかにつき検討する。
(1) 当裁判所の判断
上記認定事実によると,本件売買契約は,平成20年5月にA社が事実上破綻した後まもなく,A社,1審被告,B銀行が対応を協議し,1審被告がB銀行から融資を受けて,乙不動産をA社の借入債務残高と同額の代金で買い取るとの基本的枠組を合意したが(上記1(4)ア),その後,他の債権者が乙不動産を仮差押えした等の事情によりその実行が遅れ,最終的な決済が平成21年12月25日になったというものであり(上記1(4)イ,(5)ア・ウ,(6)ア・イ),1審原告が本件賃料債権の差押えをした後に,1審被告がそれを免れようとして,本件売買契約を計画したものとは認められない。
また,上記認定事実によると,1審被告は,本件建物の賃借人との立場で本件建物を占有利用し,有料老人ホームを経営していたものであるところ(上記1(3)ア),本件売買契約後は,本件建物の所有者としての立場で,従前同様,本件建物を占有利用し,有料老人ホームの経営を続けており(上記1(6)),さらに,本件建物の売買代金については,1審被告がB銀行から借り入れてA社に支払い,1審被告が上記借入金債務の返済を続けている(上記1(6)イ・ウ)のであるから,本件売買契約に基づく所有権の移転や代金の支払等について実体に欠けるものでもない。
そうしてみると,A社と1審被告は,平成20年5月当時,その代表取締役がともに甲野春彦であったこと,1審被告の株主はA社と甲野春彦のみであること,現在1審被告の代表取締役は甲野春彦の長男甲野太郎であることなど,両社の間に密接な人的関係が存すること(上記1(1))等を考慮しても,1審被告において,本件賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情が存するものと認めることはできない。
(2) 1審原告の主張について
ア 1審原告の主張等
この点,1審原告は,A社への融資金について物的担保の実行によっても全額回収不能の状態にあったB銀行に全額回収させるために,A社と1審被告が本件売買契約を締結して全面的協力をしたものであり,本件売買契約に藉口して本件差押えの効力を無意味にすることを企図していたものである等と主張する。
そして,上記1(4)認定事実に照らすと,本件売買契約は,B銀行において,破綻したA社に対する貸金債権については全額の返済を受け,返済能力のある1審被告に対して新たな融資をすることを意図して計画されたものと解されるところではある。
イ 検討
(ア) しかしながら,抵当権者は,賃料債権に対して物上代位権を行使することができ,その差押えが一般債権者の差押えと競合した場合には,その優劣は一般債権者の差押命令の送達と抵当権設定登記の先後によって決せられるものであるから,B銀行は,物上代位により本件賃料債権を差し押さえることにより,一般債権者の差押えが先行している場合であっても,根抵当権設定登記後に行われた差押えであれば,優先して弁済を受けることができる立場にあるものである(最高裁平成10年3月26日判決・・・)。
そうすると,B銀行において,物上代位により本件賃料債権の差押えの方法等による債権回収の方法を選択せず,本件売買契約の売買代金によりA社から融資金全額を回収し,1審被告に対して新たな融資をするとの方法を選択することとし,その結果,本件賃貸借契約が終了して賃料債権が発生しないこととなったとしても,その選択について,本件賃料債権に対する差押えの効力を無意味にすることを目的とすると解することはできないし,また,その選択が一般債権者を害するものと評価されるものともいえない。
(イ) したがって,1審被告が本件差押えの効力を無意味にすることを企図していたものであって1審被告において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されない特段の事情が存するとする1審原告の主張を採用することはできない。
第4 結論
以上のとおりであるから,1審原告が1審被告に対し,1336万0642円の支払を求める請求(1審原告の差戻前控訴審における拡張請求のうち,本件差戻しに係る部分)は理由がないから,これを棄却することとし,よって,主文のとおり判決する。

最高裁昭和55年1月18日判決
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人Xの上告理由について
訴外Zが被上告会社を退職したのち被上告会社に再雇傭されるまで6か月余を経過しているなど,原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては,上告人が右訴外人の退職前に同訴外人を債務者として得た右訴外人の被上告会社に対する給料等の債権差押・取立命令の効力が再雇傭後の給料等の債権について及ぶものではないとした原審の判断は,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,採用することができない。
よつて,民訴法401条,95条,89条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。


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