新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1454、2013/06/28 00:00 https://www.shinginza.com/qa-sarakin.htm

【刑事  被害届提出前の迷惑防止条例違反における弁護活動と職場対応】

質問:
 私は国家公務員なのですが,電車の中で女子高生のお尻をスカートの上から触ってしまい,その女子高生に「痴漢です」と言われ,鉄道警察に連れていかれ,そのまま警察署に任意同行されてしまいました。
迷惑防止条例違反ということでした。警察によれば,まだ被害者から被害届が出ていないとのことです。私は4年前にも迷惑防止条例違反に問われ,被害者と示談ができずに,30万円の罰金となり,職場で減給の懲戒処分を受けたことがあります。刑事処分や職場での懲戒処分を回避したいのですが何とかなりませんでしょうか。



回答:
1 ただちに刑事弁護を得意とする弁護士に弁護人になってもらうべきです。
2 弁護人に本件が不起訴処分となるよう,被害者と即刻示談をしてもらうべきです。同時に弁護人には警察に対して報道阻止と職場連絡回避の依頼をして下さい。
3 もっとも,公務員のわいせつ事件の場合,警察での事務処理の運用上,職場に連絡されてしまう可能性があります。前科がある場合には,その可能性がより強まります。
  職場に連絡されてしまった場合には,現時点では職場には事実関係をそれ以上に詳細に伝える必要はありません。
4 わいせつ事件における職場での懲戒処分回避について参考となる当事務所事例集として,当事務所事例集1007番がありますので参考にして下さい。公務員の懲戒関連事例集論文1321番、1294番,1255番,1247番,1008番,1007番,947番,600番,538番参照

解説:
1.(報道回避と職場連絡回避の重要性)
  公務員が刑事事件の被疑者となった場合、刑事処分はもちろんですが、別に報道回避と職場への連絡の回避という点を注意する必要があります。
公務員は,国および地方自治体,国際機関等の事務を執行する人ですから,公務員が
 犯罪行為をした場合にはその適性が国民により厳しく判断されます。同じ痴漢行為であっても,公務員というだけで報道価値が高いと判断されます。報道されると,当然職場にも犯罪行為の事実が明らかとなります。
  また,同種前科がある場合には,警察から職場に連絡がいってしまうこともあります。
  本件で,あなたはいわゆる迷惑防止条例違反の被疑者となっていますが痴漢行為が東京都内で行われた場合には,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例第5条第1項第1号にあたり,6月以下の懲役又は50万円以下の罰金となります(同条例第8条第1項第2号)。このことが職場の知るところとなった場合にあなたはどうなるかについてまずは認識しておく必要があります。
  国家公務員法第82条第1項は,職員が,「職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合」においては,これに対し懲戒処分として,免職,停職,減給又は戒告の処分をすることができると定めています。
  通常,当該犯罪事実が職場に明らかになると,上司から事情を聞かれます。そこで聴取された事情を前提に,懲戒処分に相当する事例かどうかが判断されます。そして,懲戒処分をする際には,聴聞又は弁明のための手続が設けられます(行政事件手続法第13条第1項第1号イ,第2号)。ここで弁明をしなくてもよいわけですが,弁明ないし弁明書を提出すれば弁明内容を踏まえてどのような懲戒処分とするか(しないか)が最終判断されます。
  ここで,どのような場合に「職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合」にあたるかについては,条文上は明らかではありません。このような法の規定となっている場合,当該基準にあたるかの判断のために指針が設けられていることが通常です。あなたは国家公務員ということですから,職場による懲戒処分のための最終判断においては,人事院から出されている「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職−68)が指針となります。これによれば,公務外非行としての痴漢行為については,標準例によれば停職又は減給とされております。もっとも,これは例であってこの内容に拘束されるものではありません。上記指針においても,「個別の事案の内容によっては,標準例に掲げる処分の種類以外とすることもあり得る」とされ,その場合の例が挙げられております。あなたの場合,4年前に同種前科で懲戒処分を受けたことがあるわけですから,「C過去に類似の非違行為を行ったことを理由として懲戒処分を受けたことがあるとき」にあたりますので,今回の痴漢行為を原因として,免職になる可能性がありえます。
  したがって,あなたにおいては,報道回避と職場連絡回避を図ることが極めて重要となります。この点,弁護人がいれば,警察官に報道阻止と職場連絡回避の上申をしてもらうことができます。上申書を警察官に受け取ってもらうことができれば,報道阻止と職場連絡回避が図れる可能性が高くなります。
 そのためにも,このような事案では,できるだけ早く,お近くの法律事務所に相談されることが大切となります。

2.(被害届提出の効果)
  次に、現時点で被害届が出ていないということですから、その点について理解しておく必要があります。被害届とは,犯罪の被害に遭ったと考える者が,被害の事実を警察などの捜査機関に申告する届出をいいます。交番や警察署を訪れて被害事実を申告する場合には,警察官が聴取事実を元に作成することもあります。
被害届は,犯罪事実を捜査機関に告知する役割を果たし,実際に捜査の端緒として活用されることが予定されているものの,法律上所定の効果をもたらす告訴ないしは告発としての性質は有さず,親告罪の場合における起訴の要件を満たすものではありません。
 被害届が提出されることが捜査を開始する要件というわけではないのです。刑事訴訟法
 上,被害届に関する規定はありません。従って、法律上は被害届が出ていなくても刑事手続きを開始することは可能です。しかし、現実問題として、被害届がなければ、被害者が刑事捜査に協力しないということも予想されますから、重大犯罪を除いて被害届があって初めて捜査が開始されると考えて良いでしょう。
  本件では,被害者から被害届が出ていないとのことですが,鉄道警察によって事実関係が把握されてしまっていると思われますので,あなたについて捜査を開始することは
 不可能ではありません。
  もっとも,実務上は,捜査をするに当たっては被害者に被害届を出させることが通常です。また,警察では前科がある公務員については職場に被疑事実を伝達する運用になっている場合が多いようですが,被害届が出されていない場合には職場に伝達しないという扱いをしているようです。したがって,警察署地域によって運用に差異があるでしょうが,被害届を被害者に提出させないことで,報道回避と職場連絡回避の可能性が高まる場合がありえます。
  このように刑事手続きにおいては被害者に被害届を出させないということが大切です。
  そのためには,被害者に被害届を出させる前に,弁護士に依頼するなどして,被害者と示談を済ませる必要があります。十分な被害弁償(賠償金の支払い)をした上で,示談の中で,被害者に被害届を提出しないとの合意をするわけです。
  あなたが被害者と面識がある場合には,弁護士が付けば,示談のため被害者と接触をすぐに試みることになります。もっとも,あなたの事案ではあなたは被害者と面識がないことが普通でしょうから,通常は被害者が誰だか分からず,そのことは弁護士であっても同様ですから,すぐに被害者と示談をすることは困難です。ただ,鉄道警察を含めた警察の方に示談希望ということを伝えれば早期に被害者情報を教えていただける場合もあります。したがって,早めに弁護士に相談することが大切といえます。

3.(懲戒処分回避・軽減のための留意点)
  万が一,当該犯行が職場に知られることになったとしても,諦めてはいけません。懲戒処分をするにあたっては,被害者に被害弁償をしているか,被害者との示談が成立しているか,被害者があなたの職場での処罰を望んでいるか,刑事処分がどうなったかなども重要な考慮要素となります。弁護士がいれば,被害者と示談をする中で,こういった事情も考慮して資料を作成することができます。したがって,弁護士を依頼することで,職場での懲戒処分回避・軽減が図ることができる場合があります。
  また,事実をありのままに書面で示すように上司から指示される場合もありますが,必ずしもそれに応じる必要はありません。もちろん虚偽の事実を報告することはできませんが、既に職場に明らかになっている限度で事実関係を説明すれば足ります。
  本件で,あなたは過去に同種事例で懲戒処分を受けたことがあるわけですから,処分を安易に考えてはいけません。前回減給だったから,今回も減給とは限りません。
  少しでも不安がある場合には,お早目にお近くの法律事務所にいる弁護士さんに相談されることを強くお薦めいたします。

<参照条文>

■ 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例

(粗暴行為(ぐれん隊行為等)の禁止)
第5条 何人も,正当な理由なく,人を著しく羞恥させ,又は人に不安を覚えさせるような行為であって,次に掲げるものをしてはならない。
一 公共の場所又は公共の乗物において,衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。
二〜三 (略)。
2〜4 (略)。

(罰則)
第8条 次の各号のいずれかに該当する者は,6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
一 第2条の規定に違反した者
二 第5条第1項又は第2項の規定に違反した者(次項に該当する者を除く。)
三 第5条の2第1項の規定に違反した者
2〜10 (略)。

■ 国家公務員法
(懲戒の場合)
第82条  職員が,次の各号のいずれかに該当する場合においては,これに対し懲戒処分として,免職,停職,減給又は戒告の処分をすることができる。
一  この法律若しくは国家公務員倫理法 又はこれらの法律に基づく命令(国家公
 務員倫理法第五条第三項 の規定に基づく訓令及び同条第四項 の規定に基づく規則を含む。)に違反した場合
二  職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合
三  国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
2 (略)。

■ 行政事件手続法

(不利益処分をしようとする場合の手続)
第13条 行政庁は、不利益処分をしようとする場合には、次の各号の区分に従い、この章の定めるところにより、当該不利益処分の名あて人となるべき者について、当該各号に定める意見陳述のための手続を執らなければならない。
一 次のいずれかに該当するとき 聴聞
イ 許認可等を取り消す不利益処分をしようとするとき。
ロ イに規定するもののほか、名あて人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分をしようとするとき。
ハ 名あて人が法人である場合におけるその役員の解任を命ずる不利益処分、名あて人の業務に従事する者の解任を命ずる不利益処分又は名あて人の会員である者の除名を命ずる不利益処分をしようとするとき。
ニ イからハまでに掲げる場合以外の場合であって行政庁が相当と認めるとき。
二 前号イからニまでのいずれにも該当しないとき弁明の機会の付与
2 (略)。

<懲戒処分の指針について(平成12年3月31日職職―68)(人事院事務総長発)>
 
第1 基本事項
  本指針は,代表的な事例を選び,それぞれにおける標準的な懲戒処分の種類を掲げたものである。
  具体的な処分量定の決定に当たっては,
 @ 非違行為の動機,態様及び結果はどのようなものであったか
 A 故意又は過失の度合いはどの程度であったか
 B 非違行為を行った職員の職責はどのようなものであったか,その職責は非違行為との関係でどのように評価すべきか
 C 他の職員及び社会に与える影響はどのようなものであるか
 D 過去に非違行為を行っているか
 等のほか,適宜,日頃の勤務態度や非違行為後の対応等も含め総合的に考慮の上判断するものとする。
  個別の事案の内容によっては,標準例に掲げる処分の種類以外とすることもあり得るところである。例えば,標準例に掲げる処分の種類より重いものとすることが考えられる場合として,
 @ 非違行為の動機若しくは態様が極めて悪質であるとき又は非違行為の結果が極めて重大であるとき
 A 非違行為を行った職員が管理又は監督の地位にあるなどその職責が特に高いとき
 B 非違行為の公務内外に及ぼす影響が特に大きいとき
 C 過去に類似の非違行為を行ったことを理由として懲戒処分を受けたことがあるとき
 D 処分の対象となり得る複数の異なる非違行為を行っていたとき
 がある。また,例えば,標準例に掲げる処分の種類より軽いものとすることが考えられる場合として,
 @ 職員が自らの非違行為が発覚する前に自主的に申し出たとき
 A 非違行為を行うに至った経緯その他の情状に特に酌量すべきものがあると認められるとき
 がある。
  なお,標準例に掲げられていない非違行為についても,懲戒処分の対象となり得るものであり,これらについては標準例に掲げる取扱いを参考としつつ判断する。

第2 標準例
 1〜2 (略)。
 3 公務外非行関係
  (1)〜(12) 
(略)。
  (13) 痴漢行為
    公共の乗物等において痴漢行為をした職員は,停職又は減給とする。
 4以下 (略)。

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