新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1439、2013/05/11 00:00 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・パソコンで作成した遺言書は無効か・広島高裁平成15年7月9日判決】

質問:先日,父親が亡くなりました。母は数年前に亡くなっており,相続人は私を含めた兄弟4人です。相続財産は,父親名義の不動産(両親が住んでいた土地と建物)なのですが,父親の生前から,長男である私が相続するということで話が進んでおり,父が亡くなる半年ほど前,私にすべてを相続させるという内容の遺言書をパソコンで作成し,父親と私で署名捺印しました。他の兄弟も,私が相続することについて特に異論を唱えていなかったのですが,父が亡くなってから,一番下の弟が,「パソコンで作成した遺言は無効だから自分にも相続する権利があるはずだ」と言い出しました。パソコンで作成した遺言は無効なのでしょうか。無効だとすると,私に不動産を相続させたいという父親の意思はどうなってしまうのでしょうか。

回答:
1.パソコンで作成した遺言書は遺言書の要件を欠き,遺言書としては無効です。しかし,あなたも書類に署名捺印していることから死因贈与契約書としての効力が認められます。結論としては,この書面に基づき相続不動産を取得することができます。
2.関連事例集 1319番,1265番,1092番,710番,674番参照。

解説:
1 遺言書としての有効性
 (1) 遺言の種類
   民法は,普通方式の遺言として,@自筆証書遺言,A公正証書遺言,B秘密証書遺言の3種類を定めています(民法967条)
   その他に,特別方式の遺言が民法976条以下に定められていますが,今回のケースとは関係しませんので,これらの遺言についての解説は省略します。
   以下では,普通方式の遺言が有効に成立するための要件について解説します。

 (2) 普通方式の各遺言の要件
  ア 自筆証書遺言(民法968条)
    自筆証書遺言は,@遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,Aこれに押印することにより有効に成立します。

  イ 公正証書遺言(民法969条)
    公正証書遺言の場合には,@証人二人以上の立会いがあり,A遺言者が遺言の内容を公証人に口授し,B公証人が,遺言者の口述を筆記し,これを遺言者及び証人に読み聞かせ,又は閲覧させ,C遺言者及び証人が,筆記の正確なことを承認した後,それぞれこれに署名・押印し,D公証人が,民法969条が定める方式に従って作ったものである旨を付記して,これに署名・押印することにより有効に成立します。

  ウ 秘密証書遺言
    秘密証書遺言は,@遺言者がその証書に署名・押印し,Aその証書を封じ,証書に用いた印章でこれに封印し,B公証人1人及び証人2人以上の前に封書を提出して,自己の遺言書である旨と,その筆者の氏名及び住所を申述し,C公証人が,その証書を提出した日付と遺言者の申述を封紙に記載した後,遺言者及び証人とともにこれに署名・押印することにより有効に成立します。

  エ 今回のケースにおける遺言の有効性
    今回のケースのように,パソコンで遺言書が作成された場合,全文の「自書」が必要な自筆証書遺言として有効になる余地もありません(もちろん,公正証書遺言にもあたりません)。これに対し,秘密証書遺言は,遺言者の署名・押印で足りるため,パソコンによる作成でも有効になる余地があります。しかし,今回のケースでは,上記ウABCの手続がとられていないようですので,遺言書としては無効であるといわざるを得ないでしょう。
    遺言書は,遺言をする人が死亡した後で効力を生じる書面ですので,後日,本人の意思を確認することができません。そのため,有効な遺言書と認められるためにはこのように厳格な要件を守って初めて効力が認められることになります。

2 死因贈与契約としての有効性
  以上のとおり,あなたのお父様の遺言書は無効であると考えられますが,遺言書の内容が実現される余地がまったくないわけではありません。
  遺言書としては無効であっても,以下に述べる死因贈与の契約書であると認められることにより,あなたとお父様の間に死因贈与契約が存在すると認められる可能性があります。

 (1) 死因贈与
   民法は,贈与契約の一類型として,死因贈与契約を定めています(民法554条)。
   民法554条「贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については,その性質に反しない限り,遺贈に関する規定を準用する」と定めていますが,この規定は,死因贈与契約の効力については遺贈(単独行為)に関する規定に従うべきことを規定しただけで,その契約の方式についても遺言の方式に関する規定に従うべきことを定めたものではないとされています(最判昭和32年5月21日)。その理由は,遺言の方式の厳格性は,遺言の効力が発生したときに意思表示の当事者である遺言者がすでに死亡しており意思表示の有効性を確認できないことに由来します。しかし,死因贈与は,契約であり当事者間で意思表示の内容はすでに確認していますのでその厳格性は準用されません。
  そのため,死因贈与契約は,契約一般の原則に従い,その方式は原則として自由であり,贈与者・受贈者間において一定の財産を無償譲渡する意思の合致があれば成立します。
   今回のケースでは,あなたにすべてを相続させるという内容の書類に,あなたとお父様の署名・押印があるということですので,この書類の実質は,お父様の死亡時にあなたに全財産を贈与するという死因贈与の契約書であると解釈・評価することができます。この契約書により,あなたとお父様の間に死因贈与の契約が成立していたと認定されれば,あなたのお父様の意思は実現されることになります。作成された書面の題名・形式が「遺言書」となっているのに,死因贈与の契約書であると解釈評価されうるということは,少し分かりにくい解釈にも感じられるかもしれませんが,本邦の民法典では意思主義を採用しており,契約成立のためには当事者の意思が合致していれば十分であり,特別な方式(決められた契約書など)は要求されないのが原則です。契約書は,当事者の意思が合致していたことを後日確認するための証拠資料にすぎないという位置づけになります。契約書が無くても契約が成立しうるし,契約書以外の方法で契約の存在を立証することができれば,契約の相手方に裁判で契約上の義務履行を求めることも可能なのです。

   本件でも「遺言書」という形式の書面が作成されていますが,被相続人だけでなく,不動産を譲り受ける相続人にも署名捺印があり,当事者間に不動産を贈与する意思の合致があったのではないかと,解釈評価することができます。このような解釈方法を,「当事者の合理的意思解釈」と言います。契約書や当事者の会話内で明確にされていない事項についても,合理的に考えれば当然そのような合意があったと考えることができる,という場合には,そのように契約内容を解釈しうるという考え方です。この解釈手法は,契約書の解釈だけでなく,契約書に定められていない事項について,契約の性質を判断する場合にも用いることができます。この解釈方法について民法典に具体的な根拠規定はありませんが,民法1条2項「権利の行使及び義務の履行は信義に従い誠実に行わなければならない」といういわゆる「信義誠実の原則」などから当然に認められると考えられています。

   なお,死因贈与は契約ですから,契約時点で当事者の双方が意思表示(契約の申し込みとそれに対する承諾)が必要です。この点で遺言のような単独で行われる意思表示とは異なります。従って,契約が成立するためには,贈与する人と受け取る人が生存し,契約の成立を認識している必要があります(贈与者が死亡した後では,受け取る人が承諾しても契約としては成立しません)。今回のように遺言書と称する書類に当事者双方が署名捺印していれば,この要件を満たす証拠として十分です。問題となるのは,書面の作成は知っていたが,承諾について書類を残していない場合でしょう。そのような場合は,贈与契約を主張するには,贈与者の生前に書面の存在を認識してその旨了解していたことを証明する必要があります。
   このように,ひとつの法律構成では無効な法律行為を,他の法律構成で解釈して有効行為と評価することを,無効行為の転換と言います。他にも妻以外の女性が産んだ子供を嫡出子として出生届を出した場合に,認知届の効力を認めた判例などがあります。

 (2) 裁判例のご紹介
   最後に,本ケースと同様に,遺言書としては無効であるが,死因贈与の契約が成立していたと認定した裁判例をご紹介します。

  <広島高判平成15年7月9日>
  「…死因贈与は,遺贈と同様に死亡が効力発生要件とされているため,遺贈に関する規定が準用されるが(民法554条),死因贈与の方式については遺贈に関する規定の準用はないものと解される(最判昭和32年5月21日民集11巻5号732頁参照)。したがって,遺言書が方式違背により遺言としては無効な場合でも,死因贈与の意思表示の趣旨を含むと認められるときは,無効行為の転換として死因贈与の意思表示があったものと認められ,相手方のこれに対する承諾の事実が認められるときは,死因贈与の成立が肯定されると解せられる。
 これを本件についてみると,前記認定のとおり,亡Dは,死期が迫っていることを悟り,死後自己所有の財産を,敢えて養子である原審原告を除外して,実子である原審被告らに取得させようと考え,本件遺言書を作成したのであり,その目的は,専ら,死亡時に所有財産を原審被告らに取得させるという点にあったこと,遺言という形式によったのは,法的知識に乏しい亡Dが遺言による方法しか思い付かなかったからであり,その形式にこだわる理由はなかったこと,そのため結局遺言としては無効な書面を作成するに至ったこと,亡Dは,本件遺言書の作成当日,Fを介し,受贈者である原審被告らにその内容を開示していること等の点にかんがみれば,本件遺言書は死因贈与の意思表示を含むものと認めるのが相当である。
 そして,前記認定のとおり,原審被告Bは,本件遺言書作成には立ち会ってはいなかったものの,その直後に亡Dの面前でその内容を読み聞かされ,これを了解して本件遺言書に署名をしたのであるから,このときに亡Dと原審被告Bとの間の死因贈与契約が成立したといえる。また,原審被告Cは,本件遺言書に署名することはなかったものの,本件遺言書作成日に,病院内で,Fから本件遺言書の内容の説明を受け,これに異議はない旨述べた上,亡Dを見舞い,その際にも本件遺言書の内容に異議を述べることもしなかったのであるから,亡Dに対し,贈与を受けることを少なくとも黙示に承諾したものというべきであり,このときに,亡Dと原審被告Cとの間の死因贈与契約が成立したといえる。
 以上によれば,原審被告ら主張の平成11年1月17日付死因贈与契約の成立が認められる。」

<参照条文>

(死因贈与)
第五百五十四条  贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については,その性質に反しない限り,遺贈に関する規定を準用する。
(普通の方式による遺言の種類)
第九百六十七条  遺言は,自筆証書,公正証書又は秘密証書によってしなければならない。ただし,特別の方式によることを許す場合は,この限りでない。
(自筆証書遺言)
第九百六十八条  自筆証書によって遺言をするには,遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押さなければならない。
2  自筆証書中の加除その他の変更は,遺言者が,その場所を指示し,これを変更した旨を付記して特にこれに署名し,かつ,その変更の場所に印を押さなければ,その効力を生じない。
(公正証書遺言)
第九百六十九条  公正証書によって遺言をするには,次に掲げる方式に従わなければならない。
一  証人二人以上の立会いがあること。
二  遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三  公証人が,遺言者の口述を筆記し,これを遺言者及び証人に読み聞かせ,又は閲覧させること。
四  遺言者及び証人が,筆記の正確なことを承認した後,各自これに署名し,印を押すこと。ただし,遺言者が署名することができない場合は,公証人がその事由を付記して,署名に代えることができる。
五  公証人が,その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して,これに署名し,印を押すこと。
(秘密証書遺言)
第九百七十条  秘密証書によって遺言をするには,次に掲げる方式に従わなければならない。
一  遺言者が,その証書に署名し,印を押すこと。
二  遺言者が,その証書を封じ,証書に用いた印章をもってこれに封印すること。
三  遺言者が,公証人一人及び証人二人以上の前に封書を提出して,自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述すること。
四  公証人が,その証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後,遺言者及び証人とともにこれに署名し,印を押すこと。
2  第九百六十八条第二項の規定は,秘密証書による遺言について準用する。

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