新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1429、2013/03/28 00:00 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・生命保険金(生命共済金)と遺産・特別受益の関係・最高裁平成16年10月29日決定・東京高等裁判所平成17年10月27日決定】

質問:相続人の一人である兄が,被相続人である父の生命保険金を全額受け取っておきながら,父の預貯金を半分分与するよう請求してきて困っています。具体的には,私の父が,3か月前に亡くなりました。相続人は,母がその前に既に亡くなっているので,兄(長男)と私(長女)の2人です。父の遺産としては,預貯金が1500万円程度ありました。父が加入していた生命保険金の受取人が兄に指定されていたので,その保険金1000万円は兄が受け取りました。現在,私達の間で父の遺産分割の話をしているところなのですが,兄によれば生命保険金は相続財産ではないので,預貯金の分配とは関係ないと主張しています。兄は,預貯金について法定相続分どおり1500万円の2分の1の750万円を分配するように請求してきています。兄は生命保険金を1000万円も受け取っていながら,本当に預貯金を半分も受け取れるのでしょうか。兄は10年も前に実家を出て行き,父の世話はずっと同居していた私がしてきたこともあり,納得できない気持ちがあります。



回答:
1.生命保険金について,相続人の内の一人が受取人として指定されていた場合,当該生命保険金は,受取人固有の財産とされ被相続人である父の相続財産を構成しないことになります。この点で,兄の言い分は正しいといえます。しかし,「特段の事情」がある場合には,当該保険金を特別受益に準じて相続財産に組み入れることが可能,とするのが最高裁の判例です。実際,下級審判例では特別受益に組み入れた例も存在します。本件でも,遺産の割合に占める保険金の割合が極めて高いと言えますので,特別受益に準じて生命保険金を相続財産に組み入れる余地があります。すなわち,最高裁の理屈を当てはめ,保険金を相続財産に組み入れた場合,今回兄が受け取れる預貯金の額は,(1500+1000)÷2−1000=250万円となる可能性があります。一方,その場合には,相談者様は残りの預貯金1250万円を取得することができると考えられます。仮に相続人間で争いが生じてしまい,本人同士で解決が難しい場合には,お近くの弁護士までご相談ください。
2.遺産と保険金 の関係は法律相談事例集論文,1190番,1177番,1176番,917番,578番,529番,126番,110番,25番参照。

解説:
第1 生命保険金は相続財産に該当するか
 1 被相続人が,自己を被保険者として生命保険契約を締結した場合であって,保険事故が起きた場合(被保険者の死亡),その生命保険金が相続財産になるのかどうかについては,保険金受取人の指定方法の如何によります。なお,ここにいう生命保険金には生命共済金を含みます。
@ 受取人が被相続人(亡くなった人)自身であった場合には,保険金受取請求権が一度被相続人に帰属し,それが相続されることになりますので,相続人が受け取る保険金は,相続財産になります。
A 受取人が保険約款上「相続人」と指定されていた場合,保険金は当該相続人の固有の財産になりますので,被相続人の相続財産を構成しません。
B 受取人が相続人のうちの誰かに指定されていた場合,Aと同様に相続財産ではなく,受取の指定を受けた者の固有の財産になります。
C その理由ですが,第三者のためにする保険契約の性質と遺産の性格から考えてみます。 

 契約者の死亡により支払われるいわゆる死亡保険金は,保険契約に基づいて支払われる金銭です。これは,受取人が被相続人になっている場合には,被相続人の財産ですから遺産になりますが,受取人が相続人のうちの誰かに指定されている場合には,被相続人が取得した被相続人の財産ではないため遺産にはなりません。
 死亡保険金請求権は,被保険者が死亡した時に初めて発生し,受取人が初めて取得するものであり,保険契約者の払い込んだ保険料と等価関係に立つものではなく,被保険者の稼働能力に代わる給付でもないことから,実質的にも形式にも保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることはできず,遺産と考えることはできないといわれています。保険金の受取人を契約当事者以外の第三者にする保険契約は,保険金受取人である第三者のためにする契約(民法537条乃至539条,保険法42条,旧商法675条1項)であると解釈されています。保険金請求権は,契約という意思表示の効果として相続人である第三者に直接発生するものであり,保険金受取人の固有の権利です。遺産の対象となる被相続人の権利ではありません。すなわち相続発生という事実が原因で保険金請求権が被相続人に生じ第三者に包括承継(相続)されるものではありません。相続は単なる第三者の権利取得の条件にすぎないことになります。
 したがって,死亡保険金は遺産分割の対象とすることはできません。これが原則です。

 2 本件では,保険金受取人が相続人である兄に具体的に指定されていましたので,Bの類型に該当します。したがって,父の生命保険金は,兄の固有財産となり,父の相続財産を構成しないことになりますので,相続の対象になりません。なお,固有財産とされた生命保険金については,仮に被相続人の財産について相続放棄をしたとしても,受取人が相続とは関係なく保険金を受け取ることができるとされています。

 3 このように,生命保険金は民法の遺産分割の場面では相続財産に含まれないと解釈されていますが,税法上の取扱いでは相続税の対象として処理されていますので注意が必要です。

<参考URL,国税庁ホームページ>
http://www.nta.go.jp/taxanswer/shotoku/1750.htm

 具体的に言えば,被相続人(亡くなった方)が保険料を負担していて相続人が受取人に指定されている場合は相続税,受取人が保険料を負担していた場合は所得税,受取人と被相続人と保険料負担者が全て異なる場合は贈与税が課税されることになります。このように民法と税法で生命保険金の取扱い方法が異なるのは,それぞれの法律の制度趣旨が異なるからです。民法は私人間の公平な権利関係を定める私法ですし,相続税法や所得税法は税の公平な負担と徴収方法を定めた公法であって,制定の目的や適用範囲が異なりますので,取扱いが異なることがあっても何らおかしいことはありません。

第2 生命保険金は特別受益の対象になるか
1 特別受益の意義,制度趣旨,本件で問題となる点
 (1)特別受益の意義,制度趣旨
   特別受益とは,共同相続人の中で被相続人から遺贈を受け,又は,婚姻若しくは養子縁組のため,若しくは生計の資本として贈与(以下「贈与等」といいます。)を受けた者がいるときに,この贈与等を相続人間の遺産分割の中で考慮する制度です(民法第903条第1項)。被相続人から一定の贈与を受けた場合であっても,これを考慮せずに一律に相続分に従って遺産を分配するのでは不公平な場合が生じます。そこで,共同相続人間の公平の見地から遺産分割の中で調整を行うこととするのが,特別受益制度です。
   具体的には,当該贈与等の目的を相続財産に加え(以下「持戻し」といいます。),これを基礎に,共同相続人それぞれの具体的相続分を算出します。その上で,当該贈与等を受けた相続人については,当該贈与等の目的の価格を控除することによって相続財産を調整することになりますので,真に公平な遺産の分配がなされることになります。

 (2)本件で問題となる点
   上記のように,生命保険金は相続財産に当たらず,また,生命保険金は受取人が直接受領するものであり,直ちに上記特別受益の定めるような被相続人からの「贈与等」には該当しないように考えられます。
   しかし,被相続人の死に関連して高額な生命保険金を受け取った者が,他方で相続財産について法定相続分どおり全て取得するというのでは,共同相続人間で極めて不公平な場合が生じることがあります。
   そこで,生命保険金を被相続人である父から相続人である兄への贈与または遺贈類似のものとして,いわゆる特別受益(民法第903条第1項)に準ずるものとして,相続財産に組み入れることにより,不公平を解消することができないかが問題となります。

 (3)この理論的な根拠ですが,保険契約の性質にあると考えられます。第三者ためにする契約とは,契約当事者が第三者の利益のために行う契約形態です。例えば,売買契約の当事者A(売主)B(買主)が第三者CのためにBがCに対して売買代金を支払うという契約内容ですが,通常AがCに対して同額の債務を負担しているのが通常です。しかし,保険契約では,第三者受取人に対して保険契約者が何らの債務を負担していない場合は,実質的にみると第三者への遺贈の面も否定することもできませんから相続の平等,公正の原則(憲法24条2項,民法2条)からみて,あまりに不公平な場合は,第三者の契約の実質面(遺贈)を考慮して遺贈に準じて遺産の一部として評価することになります。すなわち,保険金を持ち戻しの対象とすることが可能になるわけです。ただ,直接被相続人が,保険金を贈与,遺贈したような法形式になっていませんので,相続人間の実質的平等を図った903条(持ち戻しは,相続開始時の遺産のみを分割の対象とすると,事前に遺贈,贈与を受けた相続人との間で不平等が生じるので規定されています。)を直接適用することはできず類推適用ということになります。 

2 最高裁平成16年10月29日決定
 この点について,解決策を示したのが上記最高裁決定です。本決定によれば,「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。」としています。
 すなわち,生命保険金については,原則として特別受益に該当しないものの,「特段の事情」がある場合には,特別受益に準じて相続財産への持戻しの対象になるとされています。相続財産への持戻しが認められると,生命保険金も含めて各自が取得する財産について再計算されることとなります(下記3参照)。
 そして,「上記特段の事情の有無については,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率のほか,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。」としてその判断要素を列挙しています。ただ,本決定自身は,保険金の額,遺産の総額,生活実態に照らして特段の事情までは認められないとし,特別受益性は否定しました。

3 下級審判例の考察(東京高裁平成17年10月27日決定等)
 ただ,その後の下級審判例では特別受益性を肯定したものが多く存在します。具体例として,東京高裁平成17年10月27日決定では,「抗告人が…生命保険…により受領した保険金額は合計1億0129万円(1万円未満切捨)に及び,遺産の総額(相続開始時評価額1億0134万円)に匹敵する巨額の利益を得ており,受取人の変更がなされた時期やその当時抗告人が被相続人と同居しておらず,被相続人夫婦の扶養や療養介護を託するといった明確な意図のもとに上記変更がなされたと認めることも困難」であるとして,特別受益性を肯定しました。
 いくつかの下級審を考察すると,上記最高裁決定の基準の中で最も重要なのは,生命保険金の額の相続財産(遺産)総額に占める割合と考えられます。おおよその一般的な基準ですが,生命保険金額が相続財産(遺産)の5割以上を超える場合には,特別受益として肯定されることが多いと思われます(例えば,名古屋高等裁判所平成18年3月27日決定では,遺産の61%程度で特別受益性を肯定しています。)。
 もちろん,事案ごとの個別の事情に基づく判断ですので,遺産の割合のみで全てが決まるわけではありません。従前の生活状況等の様々な事情も,考慮要素となります。

4 本件へのあてはめ(具体的な配分)
 本件においても,相続財産が1500万円の預貯金で,生命保険金がおよそ1000万円ですから,相続財産に占める生命保険金の割合はおよそ67%となっています。また,生活状況として,被相続人である父の世話をしてきたのは相談者様であった,という状況を加味すると,特別受益性が肯定される可能性の方が高いといえます。
 そして,特別受益に準じて生命保険金を持ち戻して,分割される相続財産を再計算すると,兄は(1500+1000)÷2−1000=250万円の預貯金を相続人として取得することとなります。一方,相談者様の相続分は,(1500+1000)÷2=1250万円となりますので,残りの預貯金1250万円を取得することとなります。

5 終わりに
 以上のように,最高裁及び近年の下級審の裁判例によれば,生命保険金であっても特別受益に準じて持ち戻し,相続財産に組み入れることができます。ただ,最高裁のいうように,生命保険金は原則として特別受益には該当しないので,特段の事情の存在についてはこちらが立証しなければなりません。
 当事者間での解決が難しいような場合には,家庭裁判所(原則として相手方の住所地を管轄する裁判所です。)に遺産分割の調停を申し立てることとなります。そして,遺産分割調停の審理においては,遺産分割の前提事項である相続人及び遺産の範囲,及び,各相続人の具体的相続分の確定をすることになっています。そして,その具体的相続分の計算の際に,上記生命保険金を特別受益に準じて持ち戻すかどうかの検討がなされることとなります。また,裁判官が関与する遺産分割審判手続によって,解決を図ることが可能となっています。なお,特別受益のみを切り離して,特別受益の確認の訴えを提起することは,不適法な訴えとして却下されるとするのが最高裁の立場なので,注意が必要です(最判平成7年3月7日)。
 今回の事案は法律的に難しい点もありますので,本人で手続を進めることが難しい場合には,弁護士へもご相談することもご検討ください。

<参考判例>

遺産分割及び寄与分を定める処分審判に対する抗告審の変更決定に対する許可抗告事件
最高裁判所平成16年(許)第11号 平成16年10月29日第二小法廷決定
       主   文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
       理   由
 抗告代理人宇津呂雄章,同今西康訓,同宇津呂修の抗告理由について
1 本件は,AとBの各共同相続人である抗告人らと相手方との間におけるそれぞれの被相続人の遺産の分割等申立て事件である。
2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1)抗告人ら及び相手方は,いずれもAとBの間の子である。Aは平成2年1月2日に,Bは同年10月29日に,それぞれ死亡した。Aの法定相続人はB,抗告人ら及び相手方であり,Bの法定相続人は抗告人ら及び相手方である。
(2)本件において遺産分割の対象となる遺産は,Aが所有していた第1審の審判の別紙遺産目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)であり,その平成2年度の固定資産税評価額は合計707万7100円,第1審における鑑定の結果による平成15年2月7日時点の評価額は合計1149万円である。
(3)A及びBの本件各土地以外の遺産については,抗告人ら及び相手方との間において,平成10年11月30日までに遺産分割協議及び遺産分割調停が成立し(その内容は原決定別表1及び2のとおり。),これにより,相手方は合計1387万8727円,抗告人X1は合計1199万6113円,抗告人X2は合計1221万4998円,抗告人X3は合計1441万7793円に相当する財産をそれぞれ取得した。なお,抗告人ら及び相手方は,本件各土地の遺産分割の際に上記遺産分割の結果を考慮しないことを合意している。 
(4)相手方は,AとBのためにa市内の自宅を増築し,AとBを昭和56年6月ころからそれぞれ死亡するまでそこに住まわせ,痴呆状態になっていたAの介護をBが行うのを手伝った。その間,抗告人らは,いずれもA及びBと同居していない。
(5)相手方は,次の養老保険契約及び養老生命共済契約に係る死亡保険金等を受領した。
ア 保険者をC保険相互会社,保険契約者及び被保険者をB,死亡保険金受取人を相手方とする養老保険(契約締結日平成2年3月1日)の死亡保険金500万2465円
イ 保険者をD保険相互会社,保険契約者及び被保険者をB,死亡保険金受取人を相手方とする養老保険(契約締結日昭和39年10月31日)の死亡保険金73万7824円 ウ 共済者をE農業協同組合,共済契約者をA,被共済者をB,共済金受取人をAとする養老生命共済(契約締結日昭和51年7月5日)の死亡共済金等合計219万4768円(入院共済金13万4000円,死亡共済金206万0768円)
(6)抗告人らは,上記(5)の死亡保険金等が民法903条1項のいわゆる特別受益に該当すると主張した。
3 原審は,前記2(5)の死亡保険金等については,同項に規定する遺贈又は生計の資本としての贈与に該当しないとして,死亡保険金等の額を被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に加えること(以下,この操作を「持戻し」という。)を否定した上,本件各土地を相手方の単独取得とし,相手方に対し抗告人ら各自に代償金各287万2500円の支払を命ずる旨の決定をした。
4 前記2(5)ア及びイの死亡保険金について
 被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した養老保険契約に基づく死亡保険金請求権は,その保険金受取人が自らの固有の権利として取得するのであって,保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく,これらの者の相続財産に属するものではないというべきである(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)。また,死亡保険金請求権は,被保険者が死亡した時に初めて発生するものであり,保険契約者の払い込んだ保険料と等価関係に立つものではなく,被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであるから,実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることはできない(最高裁平成11年(受)第1136号同14年11月5日第一小法廷判決・民集56巻8号2069頁参照)。したがって,上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は,民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。もっとも,上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は,被相続人が生前保険者に支払ったものであり,保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。上記特段の事情の有無については,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率のほか,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。
 これを本件についてみるに,前記2(5)ア及びイの死亡保険金については,その保険金の額,本件で遺産分割の対象となった本件各土地の評価額,前記の経緯からうかがわれるBの遺産の総額,抗告人ら及び相手方と被相続人らとの関係並びに本件に現れた抗告人ら及び相手方の生活実態等に照らすと,上記特段の事情があるとまではいえない。したがって,前記2(5)ア及びイの死亡保険金は,特別受益に準じて持戻しの対象とすべきものということはできない。
5 前記2(5)ウの死亡共済金等について
 上記死亡共済金等についての養老生命共済契約は,共済金受取人をAとするものであるので,その死亡共済金等請求権又は死亡共済金等については,民法903条の類推適用について論ずる余地はない。
6 以上のとおりであるから,前記2(5)の死亡保険金等について持戻しを認めず,前記3のとおりの遺産分割をした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 福田博 裁判官 梶谷玄 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修)

遺産分割審判に対する即時抗告事件
東京高等裁判所平成16年(ラ)第1447号平成17年10月27日決定
抗告人(原審申立人) A
相手方(原審相手方) B
被相続人 C
       主   文
本件抗告を棄却する。
       理   由
1 抗告の趣旨及び理由
 本件抗告の趣旨は,原審判を取消し,被相続人の遺産を適正な方法で分割する旨の裁判を求めるというものであり,抗告の理由の要旨は以下のとおりである。
(1)原審判は,○○生命保険相互会社の生命保険(契約者は被相続人。)〔1〕保険金額5000万円(証券番号×××―××××―××××。平成7年8月8日に受取人がDから抗告人に変更。抗告人が5007万6582円を受領。)〔2〕保険金額5000万円(証券番号×○×○×○×―○×○×。平成5年12月15日に受取人をDから抗告人に変更。抗告人が5122万3498円を受領。)及び〔3〕生命保険(△△△△。平成5年12月20日,411万6650円を支払って契約(被保険者・被相続人,受取人・被相続人)。保険期間5年。満期保険金500万円。平成8年5月22日,契約者,受取人を抗告人に変更し,同年11月14日,死亡保険金受取人をEと変更。相続開始時の解約返戻金は449万4500円で源泉徴収税を控除した残額は441万8931円である。)(以下「○○生命保険〔1〕ないし〔3〕」という。)をいずれも抗告人の特別受益と認め,持ち戻し免除の意思表示を認めなかったが,以下のとおり不当である。
(2)死亡保険金請求権は,受取人が固有に取得するものであって,贈与や贈与に類似するものではなく,○○生命保険〔1〕,〔2〕は抗告人が固有の権利により保険金を受領したものである。また,受取人を変更する行為が民法903条に定める贈与又は遺贈に該当しないことも明らかである。
 そして,仮に,特別受益に当たるとしても,被相続人の妻Dは平成7年7月11日に死亡しており,被相続人は,○○生命保険〔2〕はその1年7か月前に受取人を抗告人に変更し,同〔1〕はDの死亡の1か月後に,相手方が相続人として受取人になることを嫌って,受取人を抗告人と変更したものであり,抗告人に被相続人夫婦や被相続人の老後の世話を委せようと考えてなされたものであり,持ち戻し免除の意思表示があったと考えるのが自然である。
 ○○生命保険〔3〕は,被相続人の希望により,抗告人が被相続人から買い取ったものであり,特別受益となるものではない。
(3)相手方は,○○○○大学に入学し,卒業後も被相続人から費用負担を受け,平成8年に35歳で医師免許を取得した。
ア そのために要した以下の費用合計6784万7413円は,被相続人が生計の資本とする趣旨で負担したことが明らかであるから,相手方の特別受益である。
(ア)高校留年期間1年間の生活費(月額6万円) 72万円
予備校の授業料(研数学館)3年分 192万円
予備校3年間の生活費 400万3200円
大学受験料(3年間) 64万3200円
卒業時の教授への謝礼 200万円
(イ)大学通学等の費用
5年分の授業料,国家試験受験料 1120万円
生活費の援助 2154万2800円
国家試験予備校授業料 410万円
国家試験資料費 60万円
(ウ)自家用車2台 402万3000円
上記車両の相続開始時までの維持費等 599万7315円
マンションの賃料(1年) 430万円
ガレージ工事費,部屋改装費 100万円
(エ)遺産である借地の借地料 平成9年8月分から平成13年11月分 190万5748円
(オ)社団法人○○区医師会からの弔慰金 120万円
中小企業小規模共済金 259万5000円
(カ)平成8年の準確定申告による還付請求権 9万7150円
イ しかるに,原審判が裁量により3000万円を相手方の特別受益と認定したのは不当であり,相手方の怠惰により被相続人が上記負担を強いられたものであるから,全額を特別受益と認めるべきである。
(4)また,原審判の認定によっても,相手方の特別受益は3379万円であり(上記3000万円に社団法人○○区医師会からの弔慰金120万円及び中小企業小規模共済金259万円を加えたもの。),みなし相続財産は2億4462万円に鑑定費用を加えた金額となる。
2 抗告の理由についての相手方の反論
(1)生命保険金が特別受益となるか否かは,相続人間の公平を図るか否かにあり,○○生命保険〔1〕ないし〔3〕は,受け取った保険金額や受取人変更の経緯等に照らし,これに該当することが明らかである。
(2)また,抗告人は○○生命保険〔2〕の受取人変更が被控訴人夫婦の老後介護を抗告人にしてもらうためであったと主張するが,被相続人がそのように依頼したことに沿う証拠はなく,当時,Dが入退院を繰り返し,肝硬変に伴う肝性脳症(意識障害)をきたし,受取人を変更する必要があったためにすぎない。
(3)原審判が相手方の特別受益と認めたものも,実際の評価は次のとおりであり,その合計額は1447万円であり,原審判が特別受益を3000万円としたことは高額にすぎる。
予備校の費用 30万円
大学受験料 27万円
大学授業料等 850万円
大学5年の生活費 360万円
国家試験関連費 180万円
3 当裁判所の判断
(1)当裁判所も,被相続人の遺産は相手方が取得し,抗告人に以下に認定する代償金を支払うのが相当であると判断する。
(2)相続の開始,法定相続人,法定相続分及び本件で分割すべき遺産の範囲については,次のとおり抗告理由に対する判断を付加するほか,原審判理由説示(第3の1,2)に記載のとおりである(ただし,「別紙遺産目録」とあるのをすべて「原審判別紙遺産目録」と改める。)から,これを引用する。
 抗告人は,原審判が預金額を79万円としたことにつき,鑑定費用分を加えるべきであると主張する。しかし,抗告人は,遺産である建物及び借地権の価格につき鑑定を申し立てたが,費用負担を望まず,原審第6回審判期日において,鑑定費用につき預金の取り崩しにより負担するか,相手方と半額ずつを負担することを希望し,第7回期日においては預金の取り崩し等遺産により負担することを希望し,相手方が,上記希望につき検討し,第8回期日においてこれに同意したものである。そして,第4回期日において遺産として分割対象とすることを確認していた4口の預金のうち,□□□□銀行△△支店(現□○□○銀行)の預金から払い戻して必要額を予納金に充て,これが鑑定費用として支出されたものであり,そのことについて当事者双方代理人が合意書(乙29)を作成した。そして,当事者双方は,第22回期日において,上記預金の残高が相続開始時及び遺産分割時において15万7912円であることを確認している。そうすると第4回及び第22回審判期日において確認された預金額が79万円(1万円未満端数切り捨て)であり,これが分割対象となる預金であることが明らかである。
 また,抗告人は,原審判別紙遺産目録4記載の□△海上の長期総合保険(火災保険)につき,満期金450万円と評価すべきであると主張するようであるが,原審において,当事者双方がこの保険契約上の地位をどのように扱うかにつき検討を求められ,第21回審判期日において,平成14年10月当時の解約返戻金額が91万5510円であること(乙41)を確認したことから,この額をもって遺産と扱うこととしたものであり,この保険契約は被相続人が平成5年4月25日に締結した保険期間を10年間とする本件建物及び建物内の什器備品類を対象とする保険であり,保険料が年間47万8950円で平成8年4月に支払期のきた保険料まで被相続人において支払っていたものであるから,これを遺産と扱うこと,上記額により評価するのが相当であることが明らかである。
(3)特別受益について
ア 抗告人の特別受益
 抗告人は,被相続人が契約した○○生命保険〔1〕〔2〕(保険金額各5000万円)につき受取人となることで,固有の権利として死亡保険金請求権を取得し保険金を受領したものであり,これは民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に当たらないと解されるが,「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間で生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。」(最高裁平成16年10月29日決定 民集58巻7号1979頁)。本件においては,抗告人が○○生命保険〔1〕〔2〕により受領した保険金額は合計1億0129万円(1万円未満切捨)に及び,遺産の総額(相続開始時評価額1億0134万円)に匹敵する巨額の利益を得ており,受取人の変更がなされた時期やその当時抗告人が被相続人と同居しておらず,被相続人夫婦の扶養や療養介護を託するといった明確な意図のもとに上記変更がなされたと認めることも困難であることからすると,一件記録から認められる,それぞれが上記生命保険金とは別に各保険金額1000万円の生命保険契約につき死亡保険金を受取人として受領したことやそれぞれの生活実態及び被相続人との関係の推移を総合考慮しても,上記特段の事情が存することが明らかというべきである。したがって,○○生命保険〔1〕〔2〕について抗告人が受け取った死亡保険金額の合計1億0129万円(1万円未満切捨)は抗告人の特別受益に準じて持戻しの対象となると解される。
 また,抗告人は,平成8年5月22日,保険料が全納されていた○○生命保険〔3〕の契約者,受取人となることにより,被相続人から契約上の地位の移転を受けたものであり,これが生計の資本としての贈与にあたるものであり,その相続開始時の解約返戻金額441万円をもって特別受益額と評価するのが相当である。抗告人は,同〔3〕の契約上の地位を被相続人の求めに応じ買い取ったと主張するが,その事実を認めるに足りる証拠はない。
 そして,抗告人は,上記変更等による利益の付与につき,被相続人から持ち戻し免除の意思表示がなされたと主張するが,その事実を認めるに足りる証拠はない。すなわち,抗告人は,平成3年5月には歯科医師国家試験に合格し,上記付与の当時歯科医師として稼働しており,被相続人において,抗告人の生活を保障する趣旨で上記利益を付与したとは考えがたく,また,相手方と抗告人とを対比し,抗告人に被相続人や被相続人夫婦の扶養や療養介護を託するといった明確な意図のもとに上記利益を付与したとみることも困難である。そして,一件記録によれば,被相続人は,抗告人とは良好な関係にあったが,相手方とは暴力を振るわれるといった事態に至るなど関係に苦慮していたことが認められるが,遺言書を作成したり,遺産の相続について特別の意思を表明した事実は認められないのであって,被相続人が上記持ち戻し免除の意思表示をしたと認めることは困難である。
 相手方は,上記以外の特別受益として,○△○△を転換して△○△○として契約した保険契約により支払われた50万7625円,エレクトーンの個別指導に関連して要した費用及び歯科医師免許取得後被相続人から受けたとする経済的援助を主張するが,これらが特別受益にあたると認めることはできない(原審判理由説示の当該部分を引用する。)。 したがって,抗告人の特別受益額は1億0570万円である。
イ 相手方の特別受益について(その1)
 社団法人○○区医師会から被相続人死亡に対する弔慰金120万円が相手方に支給され,○○事業団から小規模企業共済法に基づく共済契約により個人事業主である被相続人の死亡を原因として共済金等259万5000円が相手方の口座(△△銀行△△支店)に振り込まれた。相手方は,これらについては,抗告人が取得した保険金が特別受益と評価される場合には特別受益と評価されてもやむを得ないと主張しているから,その相続開始時における評価額を受領額とし,その額の特別受益があったと認めるのが相当である。したがって,この特別受益額は合計額379万円(1万円未満切捨)である。
ウ 相手方の特別受益について(その2)
 一件記録によれば,相手方につき次の事実が認められる。
(ア)相手方(昭和36年×月××日生)は,昭和51年4月,○○高校に入学し,1年で中退後に都立△△高校に入学し,昭和55年3月同校を卒業し,大学受験に失敗し3年間浪人し,大学受験予備校である○△□に通った後,昭和58年4月,○○○○大学に入学し,留年したり卒業できなかったことから,在学生活が長引き,平成6年3月に卒業し(通常は6年間で卒業できるところ,5年間余計に在学期間を要した。),歯科医師国家試験に2年続けて不合格となり,国家試験予備校に通い(2年間余計に期間を要した。),平成8年4月に歯科医師の免許を取得したが,相続開始時までの間,無収入であり,被相続人から上記歯科医師になるため,抗告人に要したような通常要する費用以上の負担をしてもらった。また,被相続人は,代金を負担し昭和58年に乗用自動車(□□□□□),平成5年に乗用自動車(○○○○○)を購入し,もっぱら相手方に上記自動車を使用させていたものであり,いずれも生計の資本として付与されたものというべきであるから,以下の合計額3001万円(相続開始時における評価額)が特別受益と認めることができる。
(イ)その具体額は次のとおりと認められる。
a 大学受験予備校に通学した学費(3年分) 192万円
b 大学受験料3年分 64万円
c 大学授業料
(平成元年度から平成5年度までの授業料) 850万円
d 大学5年間の生活費 月額12万円 720万円
e 国家試験受験予備校の費用
(授業料年額180万円の2年分。夏期講習20万円) 380万円
f 国家試験受験中(2年間)の生活費 月額12万円 288万円
g 自動車2台 402万円
維持費(自動車税等) 105万円
合計 3001万円
(ウ)他方,抗告人は,相手方が要した高校留年期間1年間や予備校3年間の生活費を特別受益に当たると主張するが,高校を卒業するのに4年を要し歯科大学合格のために3年程度を要することは一般にありうることであり,被相続人が開業医であったことを考慮すると,その間の生活費の負担は扶養義務の範囲というべきであり,生計の資本としての贈与には該当しない。抗告人が主張する補欠入学時に入学金を負担した事実は認めるに足りる的確な証拠がなく,抗告人と相手方の大学学費の差額(正規の課程である6年間の分)はやむを得ない負担であり,いずれも特別受益に当たらず,卒業時の教授への謝礼を負担した事実は認めるに足る証拠がない。また,マンション賃料(1年分)は,相手方にもっぱら使用させるため被相続人がマンションを賃借したとまで認めることができないのであり,その賃借が相手方への利益の提供であるとは認められない。歯科医師国家試験の資料費は,生活費として考慮し,ガレージの拡張工事費用及び部屋改装費の負担は具体的な支出額を認めるに足りる証拠がなく,生計の資本としての贈与といえるものであるか明らかではない。抗告人が主張する生計の資本の贈与にあたる動産類の贈与があったと認めることはできないし,遺産である借地につき相続後に支払った借地料が特別受益に当たらないことは明らかである。
 また,抗告人が主張する平成8年の準確定申告により生じた還付請求権は,可分債権であって,遺産として分割帰属すべきものであり,特別受益となるものではない。 
 したがって,抗告人が主張する前記認定以外の相手方の特別受益は認めることができない。
エ 相手方の特別受益額は,以上の合計3380万円(379+3001)である。
(4)遺産の分割
ア 遺産の相続開始時の評価額は,〔1〕本件建物(9893万円)〔2〕預貯金(79万円)〔3〕電話加入権(9万円)〔4〕□△海上の長期総合保険(91万円)〔5〕家財道具(62万円)の合計1億0134万円であり,みなし相続財産は,これに特別受益(抗告人の特別受益1億0570万円,相手方の特別受益3380万円)を加えた2億4084万円であり,各自の具体的相続分は1億2042万円となり,抗告人の未取得分は,具体的相続分から特別受益分を控除した1472万円であり,相手方の未取得分は8662万円となる。
イ 遺産の遺産分割時の価格は,〔1〕本件建物(8700万円)となるほかは,相続開始時と同じであるから,その総額は8941万円であり,これを,前記未取得分の割合で分けると,抗告人が1298万7124円(8941万円×(1472/10134),円未満切り捨て),相手方が7642万2875円(8941万円×(8662/10134),円未満切り捨て)となる。
ウ 相手方が本件建物に居住していることからすると,相手方に本件建物を含め全ての遺産を取得させた上,抗告人に対し代償金を支払わせるのが相当である。したがって,抗告人が取得する代償金額は上記抗告人の取得すべき額の1万円未満を切り捨てた1298万円となる。
(5)よって,原審判は,結論において相当であるから,本件抗告を棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 犬飼眞二 小池喜彦)

<参照条文>

民法
(特別受益者の相続分)
第九百三条  共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし,前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2  遺贈又は贈与の価額が,相続分の価額に等しく,又はこれを超えるときは,受遺者又は受贈者は,その相続分を受けることができない。
3  被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは,その意思表示は,遺留分に関する規定に違反しない範囲内で,その効力を有する。

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