新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1400、2013/01/22 11:51 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・遺留分減殺請求に対する価格弁償の価格算定時期・受遺者が遺留分の目的物返還を免れるためには意思表示だけで足りるか・遺留分権利者が価格弁償請求権を取得する時期及び遅延損害金の起算時期・最高裁昭和51年8月30日判決・最高裁昭和54年7月10日判決・最高裁平成20年1月24日判決】

質問:私は,亡Aの唯一の相続人であるところ,Aは唯一の遺産である不動産をYに遺贈していたため,Yに対し,遺留分減殺請求権を行使し,本件不動産につき2分の1の持分権移転登記請求をしました。これに対し,Yは,共有は困るとのことで,持分相当額の金銭を支払う旨の申出をしてきました。しかし,私としては,Yは信用できない気がするので,Yに対しあくまで持分権移転登記を請求したところ,Yは,持分相当額の金銭を支払う旨の申出をしたのであるから,持分権移転登記手続をすべき義務を免れていると主張してきました。
1 Yの主張は正しいのでしょうか。
2 また、金額が不明なのですが、私の考えている適正な金額を請求できるのでしょうか。

回答:
1 持分権移転登記手続きをすべき義務を免れているというYの主張は誤りです。Yの主張が認められるためには、「受遺者において遺留分権利者に対し価額の弁償を現実に履行し又は価額の弁償のための弁済の提供をしなければならず,単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りない」とするのが判例です(最高裁昭和54年7月10日判決)。本件の場合,Yは,持分相当額の金銭を支払う旨の申出をしたに過ぎませんから,未だ持分権移転登記手続をすべき義務を免れてはいません。従って、Yの主張は誤っています。
2 Yが、あなたに対して、持分相当額の金銭を支払う旨の申出をした時点で、あなたは相当な金額を請求する権利を有します。相当な金額をいくらにするかは話し合いで決めることになりますが、価格の合意ができない場合は裁判をして金額を決めることもできます。
3 遺留分減殺請求に関連する事例集1388番,1358番,1236番,1096番,986番,900番,821番,814番,812番,807番,565番を参照。

解説:
1 遺留分権利者に対する価額弁償
 「遺留分権利者及びその承継人は,遺留分を保全するのに必要な限度で,遺贈…の減殺を請求することができ」ますが(民法1031条),他方で,「受遺者は,減殺を受けるべき限度において,…遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができ」ます(民法1041条1項)。
 遺留分減殺請求権は条文上「請求することができる」という表記にはなっておりますが、法解釈上、「請求権、つまり債権」ではなく、行使により即時に権利関係が変動する形成権と解されていますので、内容証明通知書又は訴訟提起により遺留分減殺請求権を行使した場合は、行使の時点で相続財産の所有権は遺留分権利者に移転していることになります。つまり、遺留分権利者の受遺者に対する返還の請求は、所有権に基づく返還請求と同じ性質を有することになります。
 そして,「民法1041条1項が,目的物の価額を弁償することによって目的物返還義務を免れうるとして,目的物を返還するか,価額を弁償するかを義務者である受贈者又は受遺者の決するところに委ねたのは,価額の弁償を認めても遺留分権利者の生活保障上支障をきたすことにはならず,一方これを認めることによって,被相続人の意思を尊重しつつ,すでに目的物の上に利害関係を生じた受贈者又は受遺者と遺留分権利者との利益の調和をもはかることができるとの理由に基づくもの」と解されています(最判昭51.8.30。なお,同判決は,上記のとおり民法1041条1項の趣旨を述べ,ここから「価額弁償における価額算定の基準時は,現実に弁償がされる時であり,遺留分権利者において当該価額弁償を請求する訴訟にあっては現実に弁償がされる時に最も接着した時点としての事実審口頭弁論終結の時である」との結論を導き出しています。)。

2 民法1041条1項の意義
(1) 前記1のとおり 「受遺者は,減殺を受けるべき限度において,…遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができ」るところ(民法1041条1項),受遺者は具体的にどの程度のことをすれば,現物の返還義務を免れることができるのでしょうか。
 この点,最高裁昭和54年7月10日判決は,「特定物の遺贈につき履行がされた場合において右規定[民法1041条]により受遺者が返還の義務を免れる効果を生ずるためには,受遺者において遺留分権利者に対し価額の弁償を現実に履行し又は価額の弁償のための弁済の提供をしなければならず,単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りないもの,と解するのが相当である。」とします。
そして,同判決は,その理由として,

@ 「右のような場合に単に弁償の意思表示をしたのみで受遺者をして返還の義務を免れさせるものとすることは,同条1項の規定の体裁に必ずしも合うものではない」こと
A 「遺留分権利者に対し右価額を確実に手中に収める道を保障しないまま減殺の請求の対象とされた目的の受遺者への帰属の効果を確定する結果となり,遺留分権利者と受遺者との間の権利の調整上公平を失し,ひいては遺留分の制度を設けた法意にそわないこととなる」こと
を挙げます。

(2) 最高裁昭和54年7月10日判決にいう「弁済の提供」については民法492条及び493条が定めています。
 すなわち,「債務者は,弁済の提供の時から,債務の不履行によって生ずべき一切の責任を免れる」ところ(民法492条),弁済の提供は,@原則として「債務の本旨に従って現実にしなければなら」ないのですが(民法493条本文。いわゆる現実の提供),A「債権者があらかじめその受領を拒み,又は債務の履行について債権者の行為を要するときは,」例外的に「弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足り」ます(同条ただし書。いわゆる口頭の提供)。
 このように,弁済の提供には現実の提供(上記@)と口頭の提供(上記A)があるのですが,最高裁昭和54年7月10日判決にいう「弁済の提供」は,この文言の前にあえて「価額の弁償を現実に履行し又は」という現実の提供(上記@)を指す一文を入れていることに鑑みると,口頭の提供(上記A)も含むものと考えられます。

 この点について、学説は大きく,弁済の意思表示のみで足りるとする見解と現実の提供まで必要とする見解に分かれますが,上記最高裁昭和54年7月10日判決は,弁済の意思表示のみでは足りないものの,現実の提供までは必要とされず,口頭の提供(「弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をする」こと[民法493条ただし書])で足りるという,いわば折衷的な見解に立つといえるでしょう。
 民法1041条は「価格を弁償して」と規定しているのですから、その文言からすれば金額を支払って初めて返還義務を免れることになるはずで、支払いが必要としても遺留分権利者が金銭を受領しなければ弁済供託という方法もあるわけですから不都合はないとも考えられます。しかし、価格賠償の適正な金額が遺留分権利者に支払われない不都合をどのように解決するかという問題ですから、少なくとも現実の提供があれば、そのような不都合はなくなるわけですし、また、遺留分権利者が明らかに受領を拒否している場合は口頭の提供でも価格賠償金が支払われないという不都合は回避できるわけですから、公平という点からは判例の見解が妥当な考えと言えるでしょう。

(3) 前記(1)のとおり最高裁昭和54年7月10日判決は「受遺者が返還の義務を免れる効果を生ずるためには,…単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りない」とするのですが,他方で,判例上,受遺者が価額弁償の意思表示をした場合,遺留分権利者は,現物の返還を請求することもできるし,それに代わる価額賠償を請求することもできると解されています(前記1で掲げた最判昭51.8.30は,受遺者から価額弁償の意思表示がなされたため,遺留分権利者が現物返還の請求から価額弁償の請求に変更した事案でした。)。
 以上の考え方を前提として,@遺留分権利者が価額弁償請求権を取得する時期及びA遅延損害金の起算日について,近時,最高裁平成20年1月24日判決は,@につき「遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした場合には,当該遺留分権利者は,遺留分減殺によって取得した目的物の所有権及び所有権に基づく現物返還請求権をさかのぼって失い,これに代わる価額弁償請求権を確定的に取得すると解する」とし,Aにつき「遺留分権利者が価額弁償請求権を確定的に取得し,かつ,受遺者に対し弁償金の支払を請求した日の翌日」と判示しました。

3 本件について
(1)前記2(1)のとおり最高裁昭和54年7月10日判決は,「特定物の遺贈につき履行がされた場合において右規定[民法1041条]により受遺者が返還の義務を免れる効果を生ずるためには,受遺者において遺留分権利者に対し価額の弁償を現実に履行し又は価額の弁償のための弁済の提供をしなければならず,単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りないもの,と解するのが相当である。」とします。
 そして,本件の場合,Yは,持分相当額の金銭を支払う旨の申出をしたのみであり,「単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけ」といえます。したがって,Yは,未だ持分権移転登記手続をすべき義務を免れてはいません。

(2)また、受遺者Yから,持分相当額の金銭を支払う旨の申出があったということですから、その時点から、持分についての移転登記を請求せずに、相当な価格の支払いを請求できることになります。逆に言えば、そのような申出の前には価格の賠償を請求することはできません。
 また、受遺者の価格賠償の申し出を受け、適正な価格の支払いを請求した場合は、その時点で価格賠償請求権が確定し、持分の移転登記請求はできないことになります(前記最高裁判例)。
 具体的な請求としては、適正な金額を提示して請求することになりますが、金額が合意できない場合は、適正な金額を請求する訴訟を提起し、鑑定等により金額を決めることになります。

<参考判例>(下線部分は筆者)

最高裁昭和54年7月10日判決
遺留分権利者が民法1031条の規定に基づき遺贈の減殺を請求した場合において,受遺者が減殺を受けるべき限度において遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れうることは,同法1041条により明らかであるところ,本件のように特定物の遺贈につき履行がされた場合において右規定により受遺者が返還の義務を免れる効果を生ずるためには,受遺者において遺留分権利者に対し価額の弁償を現実に履行し又は価額の弁償のための弁済の提供をしなければならず,単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りないもの,と解するのが相当である。けだし,右のような場合に単に弁償の意思表示をしたのみで受遺者をして返還の義務を免れさせるものとすることは,同条1項の規定の体裁に必ずしも合うものではないばかりでなく,遺留分権利者に対し右価額を確実に手中に収める道を保障しないまま減殺の請求の対象とされた目的の受遺者への帰属の効果を確定する結果となり,遺留分権利者と受遺者との間の権利の調整上公平を失し,ひいては遺留分の制度を設けた法意にそわないこととなるものというべきであるからである。
これを本件についてみるのに,原審の確定したところによれば,被上告人は,遺贈者亡Aの長女で唯一の相続人であり,遺留分権利者として右Aがその所有の財産である本件建物を目的としてした遺贈につき減殺の請求をしたところ,本件建物の受遺者としてこれにつき所有権移転登記を経由している上告人は,本件建物についての価額を弁償する旨の意思表示をしただけであり,右価額の弁償を現実に履行し又は価額弁償のため弁済の提供をしたことについては主張立証をしていない,というのであるから,被上告人は本件建物につき2分の1の持分権を有しているものであり,上告人は遺留分減殺により被上告人に対し本件建物につき2分の1の持分権移転登記手続をすべき義務を免れることができないといわなければならない。

最高裁平成20年1月24日判決
受遺者が遺留分権利者から遺留分減殺に基づく目的物の現物返還請求を受け,遺贈の目的の価額について履行の提供をした場合には,当該受遺者は目的物の返還義務を免れ,他方,当該遺留分権利者は,受遺者に対し,弁償すべき価額に相当する金銭の支払を求める権利を取得すると解される(…最高裁昭和54年7月10日第三小法廷判決,…最高裁平成9年2月25日第三小法廷判決参照)。また,上記受遺者が遺贈の目的の価額について履行の提供をしていない場合であっても,遺留分権利者に対して遺贈の目的の価額を弁償する旨の意思表示をしたときには,遺留分権利者は,受遺者に対し,遺留分減殺に基づく目的物の現物返還請求権を行使することもできるし,それに代わる価額弁償請求権を行使することもできると解される(最高裁昭和…51年8月30日第二小法廷判決…,前掲最高裁平成9年2月25日第三小法廷判決参照)。そして,上記遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした場合には,当該遺留分権利者は,遺留分減殺によって取得した目的物の所有権及び所有権に基づく現物返還請求権をさかのぼって失い,これに代わる価額弁償請求権を確定的に取得すると解するのが相当である。したがって,受遺者は,遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした時点で,遺留分権利者に対し,適正な遺贈の目的の価額を弁償すべき義務を負うというべきであり,同価額が最終的には裁判所によって事実審口頭弁論終結時を基準として定められることになっても(前掲最高裁昭和51年8月30日第二小法廷判決参照),同義務の発生時点が事実審口頭弁論終結時となるものではない。そうすると,民法1041条1項に基づく価額弁償請求に係る遅延損害金の起算日は,上記のとおり遺留分権利者が価額弁償請求権を確定的に取得し,かつ,受遺者に対し弁償金の支払を請求した日の翌日ということになる。

<参考条文>

民法
(弁済の提供の効果)
第492条 債務者は,弁済の提供の時から,債務の不履行によって生ずべき一切の責任を免れる。
(弁済の提供の方法)
第493条 弁済の提供は,債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし,債権者があらかじめその受領を拒み,又は債務の履行について債権者の行為を要するときは,弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。
(遺贈又は贈与の減殺請求)
第1031条 遺留分権利者及びその承継人は,遺留分を保全するのに必要な限度で,遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。
(遺留分権利者に対する価額による弁償)
第1041条 受贈者及び受遺者は,減殺を受けるべき限度において,贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。
2 前項の規定は,前条第1項ただし書の場合について準用する。

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