新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1383、2012/12/05 11:45 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・建物の土台と234条1項境界からの距離・東京地裁平成4年1月28日判決】

質問:隣地の住人が家を新築中なのですが,私の家の敷地との境界線から隣家までの距離が近すぎます。調べてみたところ,隣家の外壁部分は50センチメートル以上の距離があるのですが,土台部分と境界線との距離が,最短で45センチメートルしかありません。これは民法234条に違反しませんか。また,どうもそのことを気にしてか,隣地の住人は土盛りをして土台の部分を埋めてしまおうとしているようです。これは脱法行為として許されないのではありませんか。

回答:
1.土台について民法234条1項の適用があるかにつき,明示的に判示した判例は見当たりません。土台の具体的な形状にもよるでしょうが,関連する判例に照らして考えれば,隣家建物の外壁部分が境界から50センチメートルを保っており,土台部分だけが50センチメートルを下回っているという場合,地面と同じくらいの高さの土台であれば民法234条1項違反には当たらないか,当たるとしても収去等を求めることが権利濫用となって法的に許されない可能性があります。
2.脱法行為とは,違法行為と同じ目的を達成するために,形式上別の行為を行うことをいいます。ご相談の場合,土台工事自体が違法行為でないとすれば,土台を土盛りして埋める行為が脱法行為となることはありません。脱法行為か否かは別として覆土して土台部分を地中建造物とした場合については,土盛りの状態にもよりますが,地面の高さに大きな変更がないかぎり,違法な状態とは言えないと考えられます。
3.相隣関係の関連事例集1095番、1047番、994番、918番、913番参照

解説:
1 (民法234条1項)
 民法234条1項は,「建物を築造するには,境界線から50センチメートル以上の距離を保たなければならない。」と定め,同条2項は,「前項の規定に違反して建築をしようとする者があるときは,隣地の所有者は,その建築を中止させ,又は変更させることができる。ただし,建築に着手した時から1年を経過し,又はその建物が完成した後は,損害賠償の請求をすることができる。」と定めています。
 この条文は,いわゆる相隣関係と呼ばれる一連の規定の一つです。所有権は,本来目的物を自由に使用収益できる権利であって,目的物が土地であっても同様ですから土地の全体に建物を建てることも可能なはずです。しかし,相隣接した土地についてはその自由収益性を貫くと相互に衝突しあう場面がでてくるので,これを調整するために所有権の行使に一定の制限を加えるもので,財産権の内在的制約(当然に認められるべき必要最小限度の制約)であると解されています。
 234条が建物の境界線からの後退を求める理由は,防火,通風,プライバシー,建築及び修繕の際の便宜(工事のための作業スペースが必要である)等の複合的な目的のためであると解されています。以上のように,本条は,民法1条の具体的現れと評価することができます。すなわち,近代市民法の基本原理である所有権絶対の原則(所有権を中心とした個人財産は絶対不可侵であるという原則。憲法29条。私有財産制と私的自治の原則は私法の車の両輪です。)の例外的位置づけになります。従ってその例外の解釈は制限的にならざるを得ません。

2 (50センチメートルの距離を測るべき建物の部分)
 一般的に,屋根のひさし部分は側壁部分よりも境界線側に張り出しているものです。そうすると,ひさしの先端が建物の先端として,その点と境界線との距離を測るべきなのでしょうか。
 東京地裁平成4年1月28日判決は,屋根と境界線との距離が50センチメートル未満であった事例につき,「民法二三四条一項の趣旨は,建物と境界線との間に一定の間隔を保持することにより,通風や衛生を良好に保ち,類焼等の災害の拡大を防止し,また,境界線付近における建物の築造及び修繕の際に通行すべき空き地を確保することにある。このような趣旨を実現するために,同条項は,境界線と建物との間隔について,住宅事情や土地の利用状況にかかわらず,異なる慣習や特別法のない限り,一般法として一律に適用されるべき行為規範を規定したものである。このような点にかんがみれば,同条項は,右趣旨を全うするために必要な最低限度の境界線との間隔を定めたものと解するのが相当である。加えて,同法二一八条が雨水の注瀉の禁止を定めていることをも考慮すれば,同法二三四条一項に定める五〇センチメートルの間隔は,建物の側壁及びこれと同視すべき出窓その他の建物の張出し部分と境界線との最短距離を定めたものと解するべきである。」と述べて,屋根ではなく,「側壁及びこれと同視すべき出窓その他の建物の張出し部分」からの距離を測るべきだとしました(ほかに,東京高裁昭和58年2月7日判決等)。

 では,土台部分はこの「側壁及びこれと同視すべき出窓その他の建物の張出し部分」に含まれるのでしょうか。建物の築造・修繕の便宜のことを考慮すれば,側壁と同様に解すべきように思われますが,通風,衛生,防火の見地からは,側壁とは異なり,接境していてもさほど支障はないようにも思えます。具体的事例における土台の高さ,外壁から張り出している程度等によっても判断が異なる余地がありそうなので,明確なご回答は難しいところです。本条の趣旨から考えて,土台が外壁と同視できるような状態でない限りは,50センチメートル境界から離す必要があるのは土台ではなく外壁と考えて良いでしょう。

3 (慣習,権利濫用)
 ところで,民法234条には,異なる内容の慣習があった場合にはその慣習の方が優先するという例外もあるので,注意が必要です(236条)。また,相隣関係の問題は要するに譲り合いの精神を法定したものですので,あまり権利意識をふりかざして法的請求に訴えるような事例では,権利濫用の法理を活用して請求が退けられている事例が比較的多いように見受けられます。たとえば,ほんのわずかな法令違反であり,請求者がそれにより被る不利益に比して,相手がその違反を除去するための費用が過大である場合には,権利濫用になりえます。ご質問の件で,土台が側壁の一種といえたとしても,50センチーメートルを下回っているのは全体のごく一部にすぎず,下回る程度も5センチメートルだけということですと,権利濫用と判断される可能性も高いと思います。判例としても,宇奈月事件(大審院昭和10年10月5日判決,所有権を盾に温泉の送水管撤去を求めた事件) ,信玄公旗掛松事件(大審院大正8年3月3日)は有名です。

4 (覆土について)
 まず,大阪地裁昭和55年2月29日判決は,隣地が自地よりだいぶ高く,境界には擁壁があって,その内側に,擁壁を一部は壁のように利用して地下構造物が建築されたという事例で,「民法二三四条一項の法意を考慮すると,同条項は相隣関係における土地利用の調和の理念に立脚し,境界に近接する土地や建物などのため隣地の利用を不可欠とする場合のあることに鑑み,相互に境界に近接する土地につき空間を確保する趣旨に出たものと解するのが相当であり,このことが相対的且つ副次的にもせよ,空気の流通や日照阻害による衛生上の悪影響を防止することに寄与しうることを考慮したものというべきであろう。もつとも隣地の利用といつても,そこには自ら限界が存するのであつて,一時的にもせよ無断で,例えば隣地を掘削するとか,隣地の擁壁を取り壊すといつたことまでが許される理はないというべく,せいぜい隣地の地表面など現状のままで利用しうるにとどまると解するのが相当である。 この見地からすれば,地盤面下に設置さた本
件建築物については,右条項による制限は機能しないといわなければならない。」と判示して,地下構造物は234条1項の適用を受けないとの判断を示しました。この判例によれば,土盛りして土台部分が地下構造物となれば,234条1項の問題は解消されることになります。

 次に,土盛り自体の適法性については,東京地裁昭和61年9月5日判決が,「土地の土盛については,建築基準法一九条が一定の場合にこれを義務づけているほかは,直接これを規制した法令の規定はないから,原則として土地所有者が自由に行うことができるものと解される。しかし,土盛を行うことにより隣接土地の日照,通風,排水等に影響を及ぼす場合があるばかりでなく,建築基準法による建築物の高さの制限,北側斜線制限及び日影規制は,いずれも,地盤面からの一定の高さを基準にして規制しているところ,同法施行令二条一,二項によれば,右の地盤面とは,建築物が周囲の地面と接する位置の平均の高さにおける水平面をいうとされているため,土盛を行いその周囲の地面を高くすることが自由に行われうるとするならば,右建築基準法上の規制を容易に潜脱することができることになる。そこで,自己所有地の土盛も全く自由というわけではなく,その土盛を必要とする土地所有者側の事情とその土盛によつて隣接地等に及ぼす影響等を比較検討し,右土盛を行うことが社会通念上妥当な権利行使としての範囲を逸脱し土地所有者の権利の濫用であると認められるような場合には,土盛を行うこと自体が許されないというべきである。」と述べて,原則としては土盛りも自由であると判示しています。

 これらの判例を基に検討するに,ご質問のケースで隣地所有者が土盛りをして土台部分を埋設することは,なんら違法ではないとされる可能性が高いと思います。脱法行為とは,違法行為と同じ目的を達成するために,形式上別の行為を行うことをいいますが,この場合,覆土によって地表面のスペースが確保される面もあり,同じ違法な目的の達成を目指してるとはいえないと考えられるので,単なる違法状態の是正であって,脱法行為にはあたらないといえます。

(参照条文)

民法
(基本原則)
第一条  私権は,公共の福祉に適合しなければならない。
2  権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない。
3  権利の濫用は,これを許さない。
234条 建物を築造するには,境界線から50センチメートル以上の距離を保たなければならない。
2項 前項の規定に違反して建築をしようとする者があるときは,隣地の所有者は,その建築を中止させ,又は変更させることができる。ただし,建築に着手した時から1年を経過し,又はその建物が完成した後は,損害賠償の請求のをすることができる。
236条 全2条の規定と異なる慣習があるときは,その慣習に従う。

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