新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1330、2012/8/30 13:43 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・風俗用マンションの売買と瑕疵担保責任・福岡高裁平成23年3月8日判決】

【質問】私は半年前に中古マンションを2600万円で購入したのですが,前の所有者が,このマンションで性風俗を営業していたことを最近知りました。妻はこれにより精神的に不安定になってしまい,心療内科へ通い始めましたし,マンションの徹底的なルームクリーニングなどの経済的損失も相当の金額に上っています。この事実を隠していた前の所有者と仲介業者に対し,損害賠償を請求することはできませんか。

【回答】
1.居住目的のマンションにおいて,その専有部分が性風俗特殊営業に供されていたことは,一般の方には,心理的に耐えがたい負担(買主の心理的負担という瑕疵)となるものと思われ,民法570条における「瑕疵」に該当し,売主に対して瑕疵担保責任による損害賠償請求をすることができます。また,仲介業者には売買契約当事者に対する重要事項の説明義務がありますから,説明義務違反という債務不履行が存在すると考えられます。
2.以上より,売主に対しては瑕疵担保責任に基づいて,また,仲介業者に対しては債務不履行責任に基づいて,それぞれ損害賠償を請求できる可能性があります。同様の判断をした判例も存在します(福岡高裁平成23年3月8日判決)。
3.瑕疵担保責任等に関して法律相談事例集論文キーワード検索1032番993番926番882番815番813番159番参照。自殺物件の場合は契約解除を認めた判例もあります(横浜地裁平成元年9月7日判決,東京地裁平成7年5月31日判決など)。         

【解説】
1 (瑕疵担保責任における「瑕疵」の範囲について)
  民法570条は,売主の瑕疵担保責任を定めていますが,ここでいう「瑕疵」とは,多くは通常はその目的物が通常有すべき性質(品質,性能)を欠いていること(欠陥)を指します。建物を目的物とする場合は,多くの場合,建物とし通常有すべき設備を有しないなどの物理的欠陥があることを指します。例えば家屋の土台がシロアリ被害で腐食していた。しかしその欠陥は,物理的なものに限らず法律的障害でもよいと解釈されています。例えば,住居用に購入した土地が,都市計画法による市街化調整区域で建物が建てられない等です。
  今回のご相談は,マンションそれ自体に人が居住できないというような物理的な瑕疵が存在するわけではなく,売主があなたや奥様が心理的に嫌悪するような態様でマンションを利用していた,といういわば買主の心理的な瑕疵が瑕疵担保責任における「瑕疵」として認められるかが問題となっています。
  この点については,@一般には建物を買った人が使用するのに通常人として耐えがたい程度の心理的負担を負うような事情があって,それによりA建物の財産的価値を減少させるときには瑕疵があるといってよいと解されており,心理的瑕疵であっても,それが一般的に通常人としてその用途に従った使用に耐えがたいと思わせる程度のものであれば,目的物の価値の減少という経済的な損害が生じている以上は「心理的負担という瑕疵」も物理的瑕疵と同様と考えられるとされています。

  その理論的根拠ですが,瑕疵担保責任が認められる趣旨に求めることができます。
  瑕疵担保責任とは売買の目的物に瑕疵(その目的物が取引上普通に要求される品質,性能を欠いていることなど,欠陥がある状態)があり,それが取引上要求される通常の注意をしても気付かぬものである場合に,売主が買主に対して負う責任をいいます。売主に対し損害賠償請求,契約解除も可能です。但し,債務不履行責任とは異なり,理論上瑕疵のない目的物の請求(新品と取り替えてもらうこと)はできません。

  瑕疵担保責任の法的性質は特定物売買において信義則,公平の原理(民法1条,2条)から買主保護のために特に法が認めた特別責任(法定責任説)と解釈することができます。条文上「売買の目的物に隠れた瑕疵が」と規定していますが,この目的物とは解釈上特定物(目的物の個性に着目した売買,反対概念は不特定物です)を意味します。不特定物売買(例えば新車の売買等)に隠れた瑕疵が有れば,売買契約の内容から債務を履行したことになりませんから修理,損害賠償,契約の解除が当然可能であり,本来法律で責任を規定する必要はありません(民法415条,541条以下)。
  私的自治,契約自由の原則から自ら契約した内容を履行しなければ債務不履行としての責任を負い,解除,損害賠償責任が課せられるのは理論的に当然のことです。しかし,特定物売買では売買の目的物はこの世に1つ,そのものしかありませんから,本来瑕疵が明らかであろうとなかろうと,契約自由の原則により売主の債務は当事者が決めたその目的物を引き渡し履行すれば,法律上の責任を果たしたことになってしまいます。隠れた瑕疵でも元々契約当時から原始的に(瑕疵の部分について)履行が一部不能であり,履行自体がしようとしても出来ない契約です。契約後の後発的不能である履行不能(契約後目的物が燃えてなくなった場合は責任が生じます)とは異なります。例えば,実際上建築に障害があるような土地を引き渡しても責任を果たしたことにならないのではないかという疑問もあるでしょうが,契約上は対象となっている土地の引き渡しとだけ書いてありますから,売主が当該土地を引き渡せば法律上の義務を履行したことになります。土地に事実上建築できるかどうかは土地の価値評価の問題であり,これをもって債務の履行自体を否定することはできません。

  しかし,買い主としては,瑕疵がないものと思って取引し,瑕疵がないことを前提として相応する代金を支払っているのでこれを救済する必要がありますが,錯誤(民法95条,動機の錯誤になり一般に無効主張は困難),詐欺(民法96条,売主の欺罔行為が必要)では要件が厳しく適用が困難です。そこで,法は特別に,私的自治の原則に内在する信義則,公平の原理(民法1条,2条)により例外的に法が特別に買主保護のため損害賠償請求権と解除権を認めました。これが瑕疵担保責任です。従って,「隠れた」という意味は買い主の善意のみならず,無過失まで解釈上要求されることになります。又,責任追及の請求権,解除権(1年)の行使期間は公平上認められた例外的権利であり早期権利関係確定の必要上時効期間ではなく除斥期間と解釈されています(時効中断は有りません)。以上から,「瑕疵」の内容の解釈に当たっても契約全体から見て公平上買主を保護する必要性があるかどうかという観点からなされ,性能品質の欠陥,法律的障害,に限らず,買主の精神的,心理的被害を負担する瑕疵も含まれる事になります。

2 (居住用マンションと性風俗特殊営業について)
  では,通常の居住用マンションにおいて,性風俗を営業した物件であることが心理的瑕疵として認められるでしょうか。
  居住用マンションにおいては,通常,管理規約において,専有部分をもっぱら住宅用として使用することとされ,他の用途に使用することを禁じています。
  もっとも,だからといって,他の用途に使用したことがただちに「心理的瑕疵」に該当するものではありません。先ほど検討したとおり,あくまで「一般には建物を買った人が使用するのに通常人として耐えがたい程度の心理的負担を負うような事情があって,それにより建物の財産的価値を減少させるとき」ということが必要です。
  そこで,過去における風俗営業が行われていたことが,居住用に購入した人にとって耐えがたいものかどうか,まず検討する必要があります。この点,社会一般的に考えて不特定多数の人間が金銭的な対価をえて性的な行為を繰り返していたわけですから,通常人として耐えがたい程度の心理的負担と認めて良いでしょう。判例もこの点については認めています。
  次に財産的な価値の下落が認められるか検討する必要がありますが,そのような物件を好んで購入する人はいないことは明らかですし,購入者が限定されてしまうことから,判例でも,売買代金を下落させる要因になり,財産的価値を下落させると判断されています。

3 (福岡高裁判決について)
  本件のご相談と同様の事案の判決が近時出されました(福岡高裁平成23年3月8日判決)。
  (1)特にこの事案では,マンションの所有者から性風俗営業者がその物件を賃借していたのですが,居住用途に限定されたマンションの一室を性風俗営業に使用することが住民に不安感を与え,マンションの財産的価値を下落させるとして,管理組合より,区分所有法60条に基づき,賃貸借契約解除及び専有部分の引渡を請求しました。この裁判は,管理組合の請求をいずれも認める内容の和解が成立し,賃貸借契約が合意解除されて明け渡しがなされています。
  そのうえで,「本件マンションの住民は本件居室で性風俗営業が行われていたことを認識していたものと推認され,現に,本件マンションの理事会や総会で目的外使用の防止が議論された際に,本件居室における風俗営業の事例が引き合いに出されていた」ことを指摘し,「本件居室が前入居者によって相当長期間にわたり性風俗特殊営業に使用されていたことは,本件居室を買った者がこれを使用することにより通常人として耐え難い程度の心理的負担を負うというべき事情に当たる」と判示するとともに,「住居としてマンションの一室を購入する一般人のうちには,このような物件を購入しようとはしない者が少なからず存在するものと考えられるから・・・本件居室が前入居者によって相当長期間にわたり性風俗特殊営業に使用されていたことは,そのような事実がない場合に比して本件居室の売買代金を下落させる(財産的価値を減少させる)事情というべきである」という事情も示して,心理的瑕疵に該当することを認めました。
  買主が性風俗営業に供されていたことを知らなかったことのみならず,管理組合がその事実を把握して法的な対応に至っていたことも考えれば,この結論は極めて妥当でしょう。

4 (仲介業者の責任)
  瑕疵担保責任は売主の責任ですが,仲介業者がこのような事実を知りながら買主に告げなかった場合,あるいは調査すれば明らかになったのに調査を怠って知らなかった場合,業者の行う仲介業務に債務不履行が認められ,損害賠償請求ができます(通常は仲介業者が契約の前に重要事項説明書において書面でそのように心理的な瑕疵についても説明することになっていますから,重要事項得説明書にそのような記載がない場合は仲介業者の債務不履行が認められます。)。
  上記の判決でも判決は,マンションが性風俗営業に供されていた事実について,仲介業者が把握していたにもかかわらずあえて買主に対して説明していなかったことをもって債務不履行責任を認め,不真正連帯債務の関係にある旨も併せて判示しています(判例の事案では管理組合が風俗業者の立退きや所有者への賃貸借契約の解除を要求し,訴訟までしていたということですから仲介業者が管理組合に問い合わせれば容易に明らかになる事実といえ,仮に知らなかったとしても調査義務を履行しなかった債務不履行責任は問われることになります。)。

5 (損害額について)
  上記のとおり,マンションの瑕疵と認められ損害賠償が認められるとしても,損害額の算定が問題となります。損害賠償においては損害額を請求する原告が負うことになっていますから,損害の額を証拠に基づいて立証する必要があります。しかし,心理的瑕疵による損害を計算することは困難です(この場合の損害は,精神的な損害ではなく財産的な価値の減少であり,売却価格が減少することにより損害が発生しているという理屈ですから,本来は心理的瑕疵がなければいくらで処分できたのが,心理的瑕疵により処分価格がいくらに減少したことを主張立証し,その差額が損害ということになるはずです。)。
  この点について判例は,民事訴訟法248条を適用し,損害の発生は認められるが,その額の立証が困難な場合に当たるとして,特に損害の立証がなくても相当な損害を裁判所が認定できる,として結論としては金100万円の損害額を認定しています。判例の場合のマンションは買値が2600万円であること,部屋のクリーニング代などで買主が相当な金額を支払っていること,他方で壁紙,床等売主によってリフォームされていること等の事情を考慮して裁判所が金額を認定しています(ちなみに原審で,原告は600万円の損害賠償を請求しましたが認められず控訴する際に300万円に減額して請求しています)。

6 (最後に)
  以上より,あなたからの損害賠償請求は認められる可能性があります。詳細なご事情について,弁護士にご相談されることをお勧めいたします。

(参照条文)

民法
(地上権等がある場合等における売主の担保責任)
第五百六十六条  売買の目的物が地上権,永小作権,地役権,留置権又は質権の目的である場合において,買主がこれを知らず,かつ,そのために契約をした目的を達することができないときは,買主は,契約の解除をすることができる。この場合において,契約の解除をすることができないときは,損害賠償の請求のみをすることができる。
2  前項の規定は,売買の目的である不動産のために存すると称した地役権が存しなかった場合及びその不動産について登記をした賃貸借があった場合について準用する。
3  前二項の場合において,契約の解除又は損害賠償の請求は,買主が事実を知った時から一年以内にしなければならない。
(売主の瑕疵担保責任)
第五百七十条  売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは,第五百六十六条の規定を準用する。ただし,強制競売の場合は,この限りでない。
建物の区分所有に関する法律
(共同の利益に反する行為の停止等の請求)
第五十七条  区分所有者が第六条第一項に規定する行為をした場合又はその行為をするおそれがある場合には,他の区分所有者の全員又は管理組合法人は,区分所有者の共同の利益のため,その行為を停止し,その行為の結果を除去し,又はその行為を予防するため必要な措置を執ることを請求することができる。
2  前項の規定に基づき訴訟を提起するには,集会の決議によらなければならない。
3  管理者又は集会において指定された区分所有者は,集会の決議により,第一項の他の区分所有者の全員のために,前項に規定する訴訟を提起することができる。
4  前三項の規定は,占有者が第六条第三項において準用する同条第一項に規定する行為をした場合及びその行為をするおそれがある場合に準用する。
(占有者に対する引渡し請求)
第六十条  第五十七条第四項に規定する場合において,第六条第三項において準用する同条第一項に規定する行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく,他の方法によつてはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるときは,区分所有者の全員又は管理組合法人は,集会の決議に基づき,訴えをもつて,当該行為に係る占有者が占有する専有部分の使用又は収益を目的とする契約の解除及びその専有部分の引渡しを請求することができる。
2  第五十七条第三項の規定は前項の訴えの提起に,第五十八条第二項及び第三項の規定は前項の決議に準用する。
3  第一項の規定による判決に基づき専有部分の引渡しを受けた者は,遅滞なく,その専有部分を占有する権原を有する者にこれを引き渡さなければならない。

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