新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1328、2012/8/28 14:49 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働・懲戒解雇に関連する退職願の法的性格・広島地裁昭和60年4月25日判決・最判昭和58年9月8日判決】

質問:東北地方で長年企業に勤務している者です。この度,仕事上のストレスから興味本位で会社内の女子トイレで盗撮行為をおこなったところ,発見され,警察に通報されました。直ちに上司に退職届を提出し,警察にも出頭しました。ところが会社は退職を直ちには認めてくれず,会社内の懲戒手続きで処罰が決まるまで処分を待っています。私は懲戒解雇になってしまうのでしょうか。再就職のために,懲戒解雇は避けたいと思っています。

回答:
1.労働者から会社に対して辞めるとの意思表示がなされた場合については,労働者側の意思解釈により,@労働契約の一方的な解約(解約告知)と解される場合と,A合意解約の申込みと解される場合があります。あなたの場合,退職届の内容にもよりますが,少なくとも,会社の同意が得られないときには解約告知をする意思が存在していたと考えられます。その場合,2週間の予告期間の経過によって労働契約は終了することになります(民法627条1項)。もっとも,単に人事権を有しない上司に退職届を渡しただけでは,解約告知をしたことにはならず,依然会社の従業員として,懲戒処分の対象となりうる立場にあることになります。
2. あなたの場合,会社内での盗撮という行為自体,重大・悪質かつ企業秩序を著しく害するものと考えられるため,少なくとも解雇は免れないと思われます。
3. もっとも,盗撮の被害者に対する謝罪・被害弁償等の状況や刑事処分の内容・見通し,反省の状況等の事情によっては,懲戒解雇を回避してもらえる(諭旨解雇にしてもらえる)よう交渉できる余地も十分あると思われます。刑事手続との兼ね合いによって対応も異なるため,刑事事件への対応の点も含めて弁護士と十分な協議の上,具体的対応を検討されることをお勧めいたします。
4.「諭旨退職」に関し関連事例集論文1321番1086番657番521番参照。

解説:
1.(退職について)
(1)退職届の法的性質
 あなたは会社の上司に退職届を提出したとのことですが,既にあなたと会社との間の労働契約が終了していれば会社があなたに対して遡って懲戒解雇することはできないため,あなたが会社による懲戒処分の対処となるかどうかを検討するにあたっては,まず,あなたが会社に提出した退職届の効果を確認しておく必要があります。
 退職届の法的性質については,労働者側の意思解釈により,@労働契約の一方的な解約と解される場合と,A合意解約の申込みと解される場合があります。労働契約の一方的な解約と解される場合,就業規則に特別の定めがない限り,2週間の予告期間の経過によって労働契約は終了することになります(民法627条1項。なお,本規定は強行規定ですので,就業規則等で2週間よりも長い予告期間を定めていたとしても,その部分は無効となります。)が,合意解約の申込みと解される場合,契約法の原則通り,申込みと承諾の意思の合致により解約の効果が生じるため,使用者が退職を承諾した時点で労働契約が終了することになります。

 労働者から辞めるとの意思表示がなされた場合の意思解釈については,広島地裁昭和60年4月25日判決が参考になります。同判決は「それは当事者の言動等により判断されることであるが,労使関係は信頼の重視されるべき継続的契約関係であり,一般的には労働者は円満な合意による退職を求めるし,使用者も同様であると推測されること…等を考慮すると,労働者が使用者の同意を得なくても辞めるとの強い意思を有している場合を除き,合意解約の申込みであると解するのが相当である(その場合でも,まず合意解約の申込をし,同意が得られないときには解約告知をする意思とみられることもある。)。」と述べ,労働者が強い辞職の意思を有している場合を除き,原則的にA合意解約の申込みと解すべき旨の解釈指針を示しています。

 もっとも,一般的に退職届を提出した場合,単に退職の申込みに対する承諾の依頼を意味する退職願とは異なり,退職の強固な意思の一方的な通告という性格を有することが多いと思われますし,労働者の職業選択の自由を定めた憲法22条や,奴隷的拘束からの自由を定めた憲法18条に照らしても,「使用者の同意を得なくても辞めるとの強い意思」を狭く捉え,解約告知の意思を安易に否定するような解釈を採るべきではないでしょう。 あなたの場合,あなたの会社及び会社従業員に対する迷惑行為が明るみになったことにより,会社に対する責任を全うする趣旨で退職届を出していると推察されるところ,かかる場合,会社に対する退職承認の依頼というよりは,むしろ責任をとる覚悟から退職意思を一方的に通告する趣旨と捉えるのが自然でしょう。したがって,あなたが提出した退職届の内容にもよりますが,会社の同意がなくても辞めるとの強い意思を有していたと解される余地も十分あるように思われます。少なくとも,会社の同意が得られないときには解約告知をする意思が併存していたと捉えるべきでしょう。

(2)退職届の提出先について
 ただし,問題は退職届を提出した先の上司が退職届の受理権限(退職の承諾権限)を有する者なのかどうかです。大会社であれば,退職届の受理権限を有するのは通常は人事部であり,受領権限を持たない上司に退職届を渡しただけでは,単に退職届を預かっているだけということもあり得ます。仮に人事権を有しない上司が承諾したとしても退職の効果は生じませんし,人事権を有しない上司に退職届を提出しても,退職届が上司を通じて人事権を有する者に到達しない限り,解約告知をしたことにはなりません(民法627条1項所定の2週間の予告期間は人事権を有する者に到達してから2週間が経過している必要があります。)。
 したがって,あなたの場合,退職届が受理権限を有する者に到達しており,かつ,到達時から2週間が経過していれば退職(労働契約の解約)の効果が生じていますが,それ以外の場合であれば労働契約が未だ終了していないため,あなたは依然会社の従業員としての地位を有することになり,会社による懲戒処分の対象となりうる立場にあることになります。

2.(懲戒解雇処分の妥当性)
(1)懲戒解雇事由該当性
 雇用関係においては,使用者は,企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠な固有の権利として,企業秩序を維持確保する権利を有すると解されており(最判昭和52年12月13日判決,最判昭和58年9月8日判決等),その一環として,雇用する労働者の企業秩序違反行為に対する制裁として,一種制裁罰である懲戒処分を課すことができます。懲戒解雇は,懲戒処分としての解雇を指し,懲戒処分の中で最も重い処分と位置付けられます。懲戒処分は制裁罰としての性格をもつため,刑事法における罪刑法定主義と同様の見地から,懲戒処分を行うためには,予め懲戒の種別と事由を定めておく必要がありますが(労働基準法89条1項9号),本件のような盗撮行為をはじめとする犯罪行為,職場規律違反行為については,通常,就業規則に「会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行ったとき」,「素行不良で著しく会社内の秩序又は風紀を乱したとき」などの形で懲戒事由として列挙されていることが一般的です。

(2)懲戒処分の選択について
 懲戒事由に該当する行為をした従業員に対していかなる懲戒処分を選択すべきかについては,懲戒権者である使用者に裁量が認められていますが,その裁量に対しては,労働契約法15条,16条が一定の規制を設けています。すなわち,労働契約法15条は当該「懲戒」が「当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合」には懲戒権を濫用したものとして無効とする旨定めており,懲戒には客観的合理性と社会的相当性が必要となることを明らかにしています。同法16条も,当該「解雇」が「客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合」には解雇権を濫用したものとして,やはり解雇を無効とする旨定めています。労働契約法上は懲戒についての規定と解雇についての規定が分けられていますが,実際上は,労働契約法15条の合理性・相当性(裁判例上は合理性・相当性は一体的に捉えられて判断されているようです。)が認められれば,16条の合理性・相当性も認められることになります。
 職場内での犯罪行為,職場規律違反行為に対する制裁としての懲戒解雇の場合,その合理性・相当性は,当該行為の内容・悪質性,当該行為にかかる刑の重さ,当該行為が企業秩序に及ぼす影響の大きさ等諸般の事情を考慮して判断されることになります。

(3)本件における懲戒処分の見通し
 あなたの場合,女子トイレの個室に立ち入って撮影した行為は建造物侵入(刑法130条前段)及び軽犯罪法違反(軽犯罪法1条23号。トイレの構造上から少々問題はありますが,会社内のトイレであり,公衆性がないのでいわゆる県迷惑防止条例違反の盗撮にはならないと思われます。条例違反となると通常,6月以内の懲役,50万円以下の罰金と罪は倍加します。)に該当すると考えられますが,その量刑(3年以下の懲役又は10万円以下の罰金。刑法54条1項後段,軽犯罪法は30日未満の拘留,1万円未満の科料です。)だけを見ると必ずしも重大犯罪とはいえないように思われるかもしれません。しかし,撮影の対象になった被害者に与える精神的打撃の大きさは想像に難くないですし,会社従業員の立場からしても,トイレを盗撮するような破廉恥な人間と同じ職場で働き続けなければならないというのは極めて酷であるといえます。そもそも,理由はともあれ自己の性的欲求を満足させる目的で,撮影行為したという行為態様自体が極めて悪質といえ,企業のリスク管理の観点からも,企業秩序を著しく害するものと判断される可能性が極めて高いといえるでしょう。したがって,このような事案の悪質性,重大性に照らせば,懲戒処分の相場感として,少なくとも解雇は免れないと思われます(会社のあなたに対する解雇処分も,合理性・相当性を有するものとして,適法になしうると思われます。)。会社内での盗撮行為が原因で懲戒解雇処分となる例は,マスコミ報道等でも頻繁に目にするところでもあります。

3.(本件における具体的対応)
 上記のとおり,本件は少なくとも解雇相当の事案と思われますので,懲戒解雇を避けて合意退職の形にしてもらおうとするのであれば,弁護士等を通じて反省の情を効果的に示す等により,懲戒解雇を回避して諭旨解雇にしてもらえるよう,人事権者(人事部等)に対して,積極的に交渉や上申書の作成・提出等の働きかけをしていく必要があるでしょう。
 諭旨解雇とは,使用者が労働者に退職を勧告し,本人の自主的な意思によって退職させる処分です。自主的に退職しない場合には懲戒解雇されることになるため,実質的には懲戒解雇に類する重い処分ですが,労働者の願い出による退職という形をとる点で,労働者の将来に配慮した処分といえます。懲戒解雇と諭旨解雇のいずれの処分を選択するかは,基本的には使用者側の裁量ですが,懲戒解雇は懲戒処分の中でも最も重い処分であり,使用者側も懲戒解雇の選択には慎重な姿勢をとることが多いため,情状次第では交渉の余地も十分あると思われます。特に,民間企業の場合,交渉次第では柔軟に対応してくれることが多いように思います。場合によっては,退職金や未払給与等の放棄等の妥協も必要となるかもしれません(懲戒解雇の場合,退職金の全部又は一部が支払われないのが一般的ですが,諭旨解雇の場合,退職金は支払われるのが一般的です。)。

 会社の人事権者(人事部等)に対する上申にあたって指摘すべき事情としては,あなたの反省の情が顕著であることが中心的な内容となるでしょう。盗撮が常習的に行われていたものではないこと,警察に自ら進んで出頭したこと,被写体となった発見者らに対する被害弁償の準備があること等の事情は懲戒処分の決定にあたってあなたに有利な情状事実ですので,当然指摘すべきです。また,盗撮の被害関係者が限られた少数にとどまる等により企業秩序を乱す程度が比較的小さいと考えられるような場合や,捜査機関との協議等を踏まえて刑事手続上不起訴処分等の寛大な処分が見込まれるような場合はその旨も主張すべきでしょう。懲戒解雇回避交渉を担当する弁護士としては,これら一連のあなたに有利な事情に照らせば,懲戒解雇処分を選択する合理性,相当性に欠ける旨主張することで,懲戒解雇処分の回避を上申し,交渉していくことになります。

 なお,可能であれば未払給与及び退職金の放棄を含めた事後処理をスムーズに行うことも内容として盛り込むことも検討すべきでしょう。会社としてはあなたを懲戒解雇した場合と同様,退職金相当額の経済的負担を負わずに済むことになりますし,あなたの謝罪と贖罪の気持ちをより説得的に会社に伝えることが可能となるため,懲戒解雇回避の可能性が高まることも十分期待できます。さらに,会社との関係で退職金を放棄した場合,実質的に会社に対して被害弁償を行い,それを受け入れてもらえたと評価することが可能ですので,刑事手続上,建造物侵入罪にかかる刑事処分の決定にあたって,被害者との示談成立に準じた有利な情状として斟酌してもらえることになります。
 もちろん,まずは会社や社員に対する謝罪の意思と反省の態度を示すことが第一ですので,あなた自身による顛末書及び謝罪文の作成や妻・両親等関係者の謝罪文・嘆願書の用意も不可欠です。不利益な事実の記載等によって不用意に重い処分にされてしまうことのないよう,これらは弁護士と十分に協議し,指導を受けた上で作成する必要があります。

 懲戒処分の決定にあたっては,使用者側の裁量が大きい分,盗撮の対象となった被害者に対する謝罪・被害弁償等の状況や刑事処分の内容(刑事手続が進行中の場合,予想される刑事処分),反省の状況等あらゆる事情が考慮要素となります。もし,刑事手続が進行中であれば,弁護人を選任の上,盗撮の被害者らに対して示談交渉をしてもらうことが,寛大な処分を選択してもらうにあたっても有効といえます。もし,刑事手続において建造物侵入罪(刑法130条前段)で立件されている場合,同罪の被害者は建物の管理者である会社になるため,被害弁償等の交渉と併せて懲戒解雇回避の交渉を進めていくことになると思われます。この交渉は,会社に対し諭旨免職を要請し,同時に,被害者である会社,従業員との示談を進め,かつ捜査機関,検察官との不起訴処分交渉を並行するという複雑な形態になります。まず大切なことは,刑事事件の不起訴処分です。そして諭旨戒告処分です。被疑者自らの交渉はとても無理と思いますから,弁護人を依頼して積極的に,担当検察官,人事部と協議,交渉の必要があるでしょう。刑事処分の見込みや時期的見通し等に応じて,会社に対する働きかけの内容も変わってくるため,弁護士と十分な協議の上,迅速に具体的対応を検討されることをお勧めいたします。
 本件は,会社があなたに対して懲戒処分をなしうる時間的制約(退職届が人事権を有する者に到達した時から2週間(民法627条1項))との関係で迅速な対応が必要となることに加え,刑事手続の状況等によって必要な対応も変わってくるため,早急に弁護士等専門家に相談されることをお勧めいたします。

≪参照条文≫

憲法
第十八条  何人も,いかなる奴隷的拘束も受けない。又,犯罪に因る処罰の場合を除いては,その意に反する苦役に服させられない。
第二十二条  何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転及び職業選択の自由を有する。

民法
(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
第六百二十七条  当事者が雇用の期間を定めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。

労働基準法
(作成及び届出の義務)
第八十九条  常時十人以上の労働者を使用する使用者は,次に掲げる事項について就業規則を作成し,行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても,同様とする。
九  表彰及び制裁の定めをする場合においては,その種類及び程度に関する事項

労働契約法
(懲戒)
第十五条  使用者が労働者を懲戒することができる場合において,当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,当該懲戒は,無効とする。
(解雇)
第十六条  解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。

刑法
第五十四条  一個の行為が二個以上の罪名に触れ,又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは,その最も重い刑により処断する。
(住居侵入等)
第百三十条  正当な理由がないのに,人の住居若しくは人の看守する邸宅,建造物若しくは艦船に侵入し,又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は,三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

軽犯罪法
第一条  左の各号の一に該当する者は,これを拘留又は科料に処する。
二十三  正当な理由がなくて人の住居,浴場,更衣場,便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者
第二条  前条の罪を犯した者に対しては,情状に因り,その刑を免除し,又は拘留及び科料を併科することができる。
第三条  第一条の罪を教唆し,又は幇助した者は,正犯に準ずる。
第四条  この法律の適用にあたつては,国民の権利を不当に侵害しないように留意し,その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあつてはならない。

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