新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1318、2012/8/7 12:12 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事・被害者が外国人の場合の示談交渉の仕方・外国人の告訴取消書に関する捜査機関の確認方法・大審院昭和9年6月28日判決】

質問:私は,現在28歳で,妻子と共に千葉県に在住し,これまで前科もなく企業に勤めてきました。先日仕事帰りに駅前のホテルのバーで食事をしていた学生風の外国人の女性と意気投合し,一緒にお酒を飲みました。その際,魔が差して女性の同意を得ずにキスをしてしまい抗議されました。その後,被害者から相談を受けたというホテルの従業員の方に警察に通報され,強制わいせつ罪で警察に逮捕されてしまいました。たまたま勾留されずに釈放されたのですが,被害者の方は観光客で,来週帰国してしまうようです。示談をした方が良いでしょうか。また示談をするにはどのようにすればよいでしょうか。

回答:
1 早期に(遅くとも公訴提起(=起訴)されるまでに)示談をして,被害者の女性の方に対して被害届や告訴の取消に関する書類を作成してもらうことが必要です。そのためには,あなた本人あるいは弁護人が,直ちに,女性の方と面会して,女性の方に対して誠意を持って謝罪の気持ちを伝え,場合によっては示談金を渡すなどして示談交渉をし,今回の一件について示談して,告訴取消書を作成してもらってください。
  被害者は本人と会うのを拒否する場合もありますから,弁護士に相談された方がよいでしょう。
2 示談合意書について参考となる当事務所事例集として47番156番198番249番538番1031番1063番1115番1142番1199番1312番があります。

解説:
  今回の件については,示談がうまくいかないと,公訴提起されることが想定されます。公訴提起され起訴後示談ができれば執行猶予の判決にはなるでしょうが前科が付くことになります。

1(示談の刑事手続への影響)
  いわゆる「示談」とは,加害者が被害者に対して謝罪するとともに,お詫びの印として裁判手続の外において損害賠償金をお支払いし,被害者が加害者の更生を期待して,その謝罪と損害賠償金を受け入れるとの被疑者被害者間の民事上の合意を意味します。通常,合意があったことを第三者にも明らかにできるようにするため,示談合意書を作成するのが通常です。
  示談合意書の内容としては,@謝罪条項,A示談金給付条項,B宥恕条項,などを入れておけば十分でしょう。簡単に内容を説明いたします。@謝罪条項は,被疑者側から被害者側に対して,本件犯行の全部(又は一部)を認め謝罪する旨を内容とするものです。A示談金給付条項は,謝罪金として示談金を被疑者側が被害者側に交付し,この金員を被害者側が受領した(又は,分割払いで受領する約束をした)旨を内容とするものです。B宥恕条項は,今回の被疑者の犯行を被害者が許す旨を内容とするものです。
  民事手続と刑事手続は別個独立のものですので,民事上でこのような合意があったとしても,本来,検察官や裁判所は法的に拘束されることなく,刑事手続を進行させることができます。
  もっとも,このような民事上の合意が成立している場合,そのことが,事実上,検察官があなたの処分に関する意見を形成し,また,裁判所があなたの最終的な処分を決定する上で,有利な判断の材料の一つとなるという意味で,刑事手続にも密接に関連致します。

2(告訴取消書の重要性と作成の必要性)
  このようにあなたが示談合意書を被害者側と作成でき,その書面を捜査機関に提出さえすれば,あなたの本件犯行についての処分内容は軽減される可能性が高いといえます。強制わいせつ罪は親告罪ですから,被害者の刑事告訴が公訴提起の条件になっています。従って,示談の席において,被害者に告訴取消書も作成してもらうことができ,その書面を捜査機関に提出さえできれば,あなたは公訴提起自体されないこととなりますから前科も付きません。ですから,あなたは,被害者に告訴取消書を書いてもらうことを目指すべきです。
  告訴とは,被害者(その他告訴権者)が検察官や司法警察員に対して犯罪事実を申告して犯人の処罰を求める意思表示をいいます。そして,本件で問題となっている強制わいせつ罪(刑法176条)は,告訴がなければ公訴を提起できない罪(親告罪といいます。)とされております(刑法180条)。これは,犯罪の性質から,訴追することによって被害者の名誉等が害される場合があり得るため,被害者を保護するため,被害者に犯人を処罰しない意思があるかの判断権を与えたものです。もっとも,告訴は公訴の提起があるまで取り消すことができ(刑訴法237条1項),告訴の取消がなされた場合には強制わいせつ罪が親告罪であるためにあなたはこの罪で起訴,処罰されることはなくなります。

  先述のように示談はあなたと被害者との間の合意であるのに対し,告訴取消は被害者の捜査機関に対する意思表示ですから,両者は異なるものです。とりわけ,親告罪においては,告訴の存在は公訴提起を有効ならしめる効果を生じさせるものであって,その法律関係は国家と被害者との間に存在する公法上の関係とされており(大判昭和4年12月6日刑集8-662),被疑者と被害者との間の示談をもって告訴権が放棄されたものとはいえないとされています(大判昭和9年6月28日刑集13-904参照)。ですから,示談合意書とは別に,告訴取消書を被害者に作成してもらうことが重要です(示談書の中に告訴を取り下げるという文言を入れることは可能ですが,示談書の条項ですと告訴を取り下げることを約束したに過ぎないとも解されますし,また告訴取消書は原本を検察庁に提出する必要がありますから,示談書とは別の書面として作成する必要があります)。検察庁では,告訴取下の意思表示を含む示談合意書や告訴取下書が提出された場合でも,必ず,被害者に対する電話連絡などを行い,告訴取り下げの意思確認を行う実務になっているようです。

3 (具体的な示談交渉手順)
  では,本件において,示談交渉は具体的にどのように進められることが想定されるでしょうか。以下,一例を説明いたします。

 (1)被害者と連絡をとる
   上記2で説明したように,示談合意書と告訴取消書を被害者に作成してもらう必要があるわけですが,あなたは被害者の連絡先を知りません。仮にあなたが被害者の連絡先を知っていたとしても,被疑者(又はその関係者)が連絡して謝罪を申し出ても感情的なしこりから被害者はこれを拒否することが多いです。また,示談金の金額の交渉も必要となり,当事者同士では話し合いが円滑に行われないのが当然です。そのため,弁護人に頼んで,弁護人から被害者に連絡してもらう必要があります。
   では,弁護人はどのようにして被害者の連絡先を知るのでしょうか。

   第1の手段は,警察から連絡先を教えてもらうという方法です。警察は被害者の調書を作成していますから,その際に警察は被害者から連絡先を聞き出しているはずです。もっとも,警察が被害者の住所を知っているとはいえ,弁護人にすぐに教えてくれるというものではありません。警察は被害者本人に連絡を取り弁護人が示談のことで会いたいと言っているが,住所や連絡先を教えても良いかと被害者本人に電話等で連絡して本人の許可を得たうえで弁護人に連絡先を教えています。更に,警察としては示談が成立して告訴が取り下げられると起訴できなくなってしまうことから示談ができないよう被害者本人の連絡先を弁護人に教えないという取扱い(被害者に連絡しない)をすることもあります。あくまで本人が拒否すれば連絡先を明らかにしないことは違法とは言えないとするのが現状です(この点弁護人の弁護活動を違法に侵害しているのではないかという意見もあります)。特に被害者が外国人の場合,日本語を話せないので連絡が難しいとして積極的に連絡をしないことが予想されます。
   このため,弁護人としても被害者の連絡先を知ることは,困難なのが現実です。被害者が会いたくないし連絡も欲しくないと言っていると警察から説明されても,弁護人としてはあきらめずに,示談をお願いする手紙を警察官や検察官を通じて被害者に渡す等の努力が必要になります。どうしても教えてもらえないという場合は,警察から被害者に連絡してもらい被害者の方から弁護人宛に連絡してもらうことになるでしょう。例えば,事務所,弁護人の携帯番号を被害者に伝えてもらう方法です。しかし,そのような方法では被害者と面談できる保証はありません。

   第2の手段は,ホテル従業員から教えてもらうという方法です。本件で被害者はホテルに泊まっていたわけですから,宿泊の際に必ずチェックイン手続きを取っているはずです。その際,被害者はホテル従業員に住所や連絡先などを記載した書面を渡しているはずです。しかも,被害者は,被害状況とホテル従業員に話しているわけですから,ホテル側は被害者がどの顧客かも知っているはずです。もっとも,個人情報保護法が制定されて以来,ホテルの顧客情報の管理は厳しくなっております。ですから,事情を説明してもホテル側が顧客情報の開示に応じてくれない可能性もあります。この場合大切なのは,ホテル側に,迷惑金を渡すという明確な意思表示が肝要です。外国人に限らず,弁護人の金員交付の提示は,被害者が請求権を有することを前提にしますからその旨詳しく説明すれば,ホテル側としても宿泊客の利益保護のためにその旨伝えざるを得ないでしょう。ホテルの経営者と警察とは示談による利益,影響が異なるため捜査機関とは違った態度に出ることが予想されます。むしろ,ホテル側は,今回の事件で,宿泊客から管理上のミスを追及される可能性を予知し,被害弁償を積極的にサポートすることも考えられます。そういう意味で示談は,ホテル側に不利益なことではありません。すなわち,弁護人とホテルの利益が一致するというわけです。

   第3の手段は,現場周辺の聞き込みです。被害者はホテルでお酒を飲んでいたのですから,ホテルの他の客が被害者のことを何か知っているかもしれません。犯行直後であれば,同じ客がまだ宿泊していることもあるでしょう。聞き出す内容は,日本で滞在した場所,通っている学校の名前,日本で会った人など何でも構いません。手がかりさえつかめれば,それらを辿ることで被害者の連絡先を知ることができるかもしれません。 
   弁護人としては,これらの手段を駆使して,被害者と連絡をとり,被害者と会う約束を取り付けることになります。

 (2)示談の際に用意するもの
   示談をする際に,示談合意書と告訴取消書を作成する必要があることは説明しましたが,示談の際にはあらかじめ書類を用意し,被害者の署名捺印だけ貰うようにしておく必要があります。では,これらの書面を作成すれば足りるのかというと,不十分です。被疑者(又は被疑者親族)からの謝罪文が足りません。被害者が示談交渉のテーブルについてくれたとしても,その場に通常被疑者や被疑者親族は同席できません。被害者が嫌がるからです。被疑者や被疑者親族の思いを被害者に伝える手段は書面によるしかありません。被害者は被疑者の思いを知りたいものなのです。これは,弁護人も協力して謝罪の意思が明白な書面を作成しておく必要があります。通常はこの書面は示談の際に被害者に渡します。
   このような書面の他に,示談金として十分な現金を用意する必要があります。何回も会うことはできませんし,被害者の感情を考慮すれば十分な金額をあらかじめ用意しておく必要があります。

 (3)外国人の被害者と示談する場合の注意
   なお,本件では被害者の方が外国人なので,被害者には捺印をするという習慣がないかもしれません。その場合は,被害者の指印で足ります(外国時の場合はサインしかないので指印をもらうのは困難かもしれませんが後で説明するよう指印が大切になります)。
   さて,ここで重要な問題があります。それは,日本語で記載された示談書や被害届の効力があるかという問題です。被害者が日本語を理解できるかということです。この点被害者の日本語の能力により,仮に被害者が日本語を十分理解できるというのであれば,書面は日本語で作成すれば足ります。しかし,被害者が日本語を理解できない,あるいは理解力について不明ということであれば被害者が分かる言語で書面を作成する必要があります(もっとも,書面は日本の捜査機関に提出することになりますから,同一内容の日本語の書面も必要となります。)。外国人の場合は日本語の理解力はないという前提で被害者の母国語による書面を原本として作成し,それを日本語に翻訳した書面を作成して添付するということになります。弁護人が付いている場合には,弁護士会を通じて翻訳人に依頼することで文面の翻訳自体が正確であることは担保されることが可能です。

   さて,弁護人が被害者と面会することに成功し,被害者から上記で説明した書面に署名(指印)をしてもらえたとします。この書面を捜査機関に提出すれば,終了でしょうか。実は終了ではありません。なぜなら,捜査機関はこれら書面を本当に被害者が作成したか分からないからです。
   では,捜査機関は,提出された書面を作成したのが被害者のものであるとどのようにして確認するのでしょうか。捜査機関は,日本国内で示談がなされた場合には,直接被害者に連絡して示談の事実があったかを電話などで確認するのが通常です。ただ,本件のように外国人との間に示談がされた場合には,捜査機関の捜査権が日本国内にしか及ばないという理由をつけて(実際上は通訳を付けて海外電話連絡すれば問題はないと思われます。なぜなら,告訴意思の確認は外国人が自ら日本の捜査機関に告訴をしている以上,被疑者と異なり被害者の意思に反する状況にはなく不利益を被る問題ではないからです。),捜査機関は外国にいる被害者と直接連絡が積極的に取れないので被害者が作成した書面か判断できないということで捜査機関側が示談合意書や告訴取消書の受領を拒む可能性があります。こうした場合が生じうることを想定し,示談をする際には,提出書面が被害者によって作成されたものであることの証拠を残しておく必要があります。

   それでは,具体的にどのような証拠が必要でしょうか。
@まず,捜査機関は,被害者の調書に被害者の指印をさせることが通常です。ですから,提出書面に被害者の指印があることは,被害者によって作成されたことの証拠になりえます。被害者の指紋であるという公的証明書も存在するとすれば,それも証拠になりえます。
Aもっとも,捜査機関から指印だけでは足りないとの指摘がなされる場合もあります。そのような場合も想定し,被害者が当該書面所持している場面の写真も撮影しておくのがよいでしょう。捜査機関は被害者の写真を取って保管しているのが通常だからです。
B示談書,領収書,謝罪文写しの受領書,上申書,誓約書等に全て,なるべく多くの書面(筆跡鑑定の場合ここが重要です。)に,外国人の住所,氏名を自書,指印してもらうことです。すでに捜査機関には,調書に住所,氏名の自書,指印があるので,これと照合すれば本人の書面であると最終的に確認ができるからです。捜査機関は電車内の痴漢の場合,被疑者の指から被害者の衣服の繊維がないかどうかよく科学警察研究所・科学捜査研究所で鑑定します。要請すれば,筆跡鑑定など容易なはずです。これでも,捜査機関がこれを拒む場合は,書面にて検察庁責任者(例えば,東京地検検事正)に対し正当な理由開示の問い合わせの書面を送付すべきです。何らかの誠実な回答がなされるはずです。

4 (終わりに)
  このようなやりとりを経て,告訴取消書が捜査機関に受理されれば,被害者からの告訴はなかったことになりますから,捜査機関はあなたの罪について公訴提起はすることはできませんし,前科は付きません。被害者が一度告訴を取り消せば,被害者に心変わりが生じたとしても,告訴の取消を取り消すことはできません(刑訴法237条2項)。
  告訴取消書が捜査機関に受理されるためには,これまでの説明のとおり様々なステップを踏む必要があり,これを被疑者本人で行うことは極めて困難ですので,速やかに弁護士に相談する必要があります。

【参照条文】

<刑法>
(強制わいせつ)
第176条  13歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は,6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする。
(親告罪)
第180条  第176条から第178条までの罪及びこれらの罪の未遂罪は,告訴がなければ公
 訴を提起することができない。
 2 (略)

<刑訴>
第230条  犯罪により害を被つた者は,告訴をすることができる。
第237条  告訴は,公訴の提起があるまでこれを取り消すことができる。
2  告訴の取消をした者は,更に告訴をすることができない。
3  (略)

【参考文献】
・条解刑法(第2版)
・条解刑事訴訟法(第4版)

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