新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1312、2012/7/27 15:04 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事・被害者が海外にいる場合の勾留請求の当否・告訴取消手続き・弁護活動・弁護人の工夫,対策】

質問:私は,50歳の大企業の役員で,都内に妻子とともに住居しています。ある晩たまたまホテルのバーで飲んでいた際,宿泊していたフランス人の女性と意気投合し酔って調子に乗りワイセツ行為を行い,近くにいた従業員の通報により強制わいせつ罪で警察に逮捕されました。勝手ですが仕事の都合もあり早めに釈放していただきたいのですが,どうにかならないでしょうか。なお,被害者の方は観光客で,警察に被害届を出して事情を説明した後に,既に帰国してしまっているようです。報道や,会社に連絡されたら身の破滅です。

回答:
1.このままですと,逮捕後10日間の勾留となる可能性が高いといえます。弁護人を選任し,検察官と交渉して勾留請求しないように要求する必要があります。弁護人は,あなたの具体的な状況を把握した上で,検察官に対して勾留の要件を欠くこと,勾留の必要がないことを説明し,検察官に対して勾留請求しないよう要求します。仮に勾留請求された場合は,勾留質問の際に裁判官に勾留の要件を欠くことを説明します。裁判所が勾留の決定をした場合は準抗告の申し立てをして早期の釈放を求めることになります。それとあわせて,被害者に謝罪し謝罪金を支払い示談して,不起訴処分となるように弁護活動をすることになります。加えて,捜査機関には報道阻止,会社への連絡回避を執拗に要請する必要があります。

2.又,上記の申し立て添付書類としては,@示談金の用意,預かり証(これが被害者のある犯罪では最終の決め手ですから高めに提示する。)A謝罪文,被害者への接近禁止の誓約書B身元引受書,C場合により弁護人の身元引受,D外国にいる被害者との交渉予定,経過,例えば宿泊先の支配人を通じての交渉経過を詳細に書面で準備することです。これが重要です。貴方の身分,家庭環境から勾留請求の理由は,刑訴60条1項2号の罪証隠滅に絞られますが,被害者が帰国したという事情,和解の予定はこれを覆す可能性が十分あるからです。被疑者に一見不利な事情も勾留請求では有利に展開することになります。E泥酔して覚えてないなどというあいまいな供述をしているようであれば,直ちに撤回して謝罪文という形で罪を認め自白を撤回しないという明確な意思表示が大切です。F示談金200万は必要でしょう。なぜなら,ホテルの支配人は,捜査機関と異なり被害金の支払いには協力してくれる可能性(連絡先開示の意思を被害者に確認してくれるかもしれません。)があるからです(ホテルの管理責任もあるので)。ホテル側の個人情報保護の壁を示談金で突破できるかもしれません。従って,本件の最初の弁護活動は,接見と同時に,当該ホテルの支配人交渉ということになるでしょう。複数の弁護人が必要です。以上,交渉における工夫が必要です。

3.但し,検察官の勾留請求が却下されても安心はできません。直ちに,検察官と協議して,最終処分の猶予を求め,被害者外国人の連絡先が判明したら,通訳を連れ(同伴する仏蘭西語通訳を探すのも一苦労です。弁護士会の通訳紹介を受けてください。最悪の場合英語の通訳人。),弁護人は渡航して告訴取り消し手続きを行うことになります。告訴取り消しの書面も仏蘭西語訳が必要でしょう。現地で被害者に外国人弁護士が付く場合もあるでしょう。しかし,そんなことを考えていると起訴されてしまう危険があるので,まずは通訳を連れて一刻も早く渡航することです。もっとも重要なのは,被害者の連絡先ですから,ホテルの支配人との交渉が明暗を分けそうです。捜査機関は特別な事情がない限り理由をつけて(外国人との通訳,確認作業が大変なので,弁護人の要請を断りやすい状況です。外国における捜査権の問題も理由にする検察官もいます。),被害者の連絡先開示には容易に応じないでしょう。この事件は,示談ができなければ,実刑懲役1乃至2年程度が予想されます。弁護人の工夫と,迅速性が求められる事案です。

4.関連する事務所事例集論文499番595番600番738番819番906番1077番1102番1142番,勾留の要件について557番906番1077番1142番1262番参照。

解説:
1 (逮捕後の手続について)
 本件では既に警察に逮捕されていますので, 逮捕後の手続についてご説明致します。
(1)警察署において
  まず,あなたは,警察では,写真をとられ指紋を採取され,簡単な身体検査をされます。その上で,身上や事件の状況について警察官から取調べを受けることになります。この際,調書が作成され,あなたは警察官からその内容に間違いがないか聞かれたり,指印を押すように求められたりします。取調べと平行して,犯罪が発生したホテルに連れて行かれてどこでどのような行動をとったかについて検証作業も進められることもあります(これを現場検証といいます)。そして,あなたは逮捕されてから48時間以内に,検察庁に連れて行かれます(刑訴法203条1項)。

(2)検察庁において
  その後,検察庁では,警察でされたのと同じように,事件の状況について取調べを受けることになります。そして,検察官があなたの身柄拘束を継続させる必要があると考える場合には,24時間以内に裁判官に対して勾留請求をします(刑訴法205条1項)。仮に検察官があなたの身柄拘束を継続させる必要がないと考える場合には,あなたは直ちに釈放されます(刑訴法208条1項)。

(3)裁判所において
  あなたが検察官によって勾留請求がされた場合には,あなたは裁判所に連れて行かれ,裁判官による質問を受けます(これを勾留質問といいます。)。裁判官は,勾留質問のやりとりの状況を考慮して,勾留の有無を決定します(刑訴法207条1項,60条)。勾留決定がされるのは,罪を犯したと疑われることに加えて,定住先がない場合や罪証隠滅・逃亡のおそれがある場合です(同法60条1項)。検察官はこの様な勾留決定の理由があると判断し勾留請求をするわけですから,あなたがなにもしなければ裁判官は検察官の請求を認めて勾留されてしまいます。強制わいせつ罪は罰金刑がなく重罪ですから,実務上特別な理由がない限り証拠隠滅の可能性を理由に検察官の請求を認めてしまいます。
  勾留請求が認められた場合,勾留による身柄拘束期間は通常勾留請求がされた日を含めて10日間ですが,検察官によって勾留延長請求がなされ裁判官によって勾留延長決定がされると身柄拘束期間は更に10日間増えることになります(刑訴法208条2項)。

(4)公訴提起の判断と裁判手続について
  勾留期間が経過する前に,あなたは検察官により,@地方裁判所に公訴提起がなされ公判請求(刑訴法247条)がされるか,A不起訴処分(刑訴法248条)のいずれかがされることになります。これらのうちいずれがなされるかは,検察官の裁量によります(起訴便宜主義・刑訴法248条)。一般的には,検察官は,被害者の怪我の程度,示談の成否,被害者の処罰感情などを考慮して@Aのいずれかを決定することになります。
  @公訴提起がなされた場合には,あなたの勾留期間は,更に2ヶ月続き,勾留継続の必要がある場合には,更に1ヶ月ごとに勾留延長手続が取られます(刑訴法60条2項)。こうなると,保釈金を積んで保釈請求(刑訴法88条1項)をして保釈が認められない限り,あなたに対する身柄拘束は判決が出るまでずっと続く可能性もあります。あなたは,身柄拘束状態が続いたままで,期日に裁判所に出頭し,裁判官の面前で主張をしたり,証拠調べがなされたりして,判決が言い渡されるのを待つことになります。
  他方で,A犯罪が軽微であったり,被疑者の年齢・性格などから起訴が不要であると検察官が判断したりした場合には,不起訴処分とされます。不起訴処分の理由は様々ですが,不起訴処分となった場合には,釈放されます。ただ強制ワイセツ罪では,告訴,被害届取り消しがない限り釈放は期待できません。

(5)身柄拘束の継続による問題性
 このように何もしなければ,あなたについては長期間身柄拘束状態が続く可能性があります。そうなれば,会社にもあなたが逮捕された事実が知られて会社を解雇されてしまう可能性もあります。

(6)当事務所の事例集
  逮捕後の手続について参考となる当事務所事例集として499番595番600番738番819番906番1077番1102番1142番があります。

2 (本件における勾留の妥当性)
  しかし,そもそも本件は勾留をすべき事案でないと考えられますから,検察官や裁判官に弁護人を通じて丁寧に説明してもらえば,あなたは早期に釈放される可能性も十分にあるといえます。以下,ご説明いたします。

(1)勾留の要件
 検察官から被疑者の勾留の請求があると裁判官は,速やかに勾留状を発しなければならないと規定されています。但し,勾留の理由がないと認めるときは勾留状を発することはできないことになっています(刑訴法207条4項)。条文の文言からすれば原則的に勾留請求があれば勾留状が発せられる規定と読めます。そこで,弁護人の弁護活動としては勾留の理由がないことを検察官が納得できる(勾留請求しても勾留質問の際,弁護人から勾留の理由がないと主張され裁判所がその主張を認める可能性があると検察官が考えるような)資料を提供することが必要になります。

勾留の理由とは,
a犯罪の嫌疑があること。
b刑訴法60条1項各号(被疑者の場合も刑訴法207条1項本文で準用)(1号:被告人が定まった住居を有しないとき(住居不定),2号:被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき(罪証隠滅のおそれ),3号:被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき(逃亡のおそれ))に規定されている事由
c勾留の必要性があること
とされています。(刑訴法60条1項,207条1項本文,87条1項参照)。

(2)bの勾留の理由について
 ア 住居不定について
 まず,あなたは,妻子と共に都内に在住しておりますので,定まった住居があると言えますから,住居不定の要件は満たしません。

 イ 罪証隠滅のおそれについて
 証拠を棄損したり隠したり,証人や被害者に会って証言しないよう働き掛けたりするおそれがある場合,起訴されるまで勾留するということです。本件の証拠としては被害者の供述が考えられますが,あなたは,被害者とは顔見知りではなく,名前や連絡先も知らないと思われますから,あなたが被害者に働きかけて,証人威迫等の罪証隠滅行為に出ることはできません。とりわけ,本件では被害者は帰国してしまっていて,物理的にも被疑者であるあなたが被害者と接触することは困難であることは,あなたに罪証隠滅のおそれがないと判断される方向に強く働くものと考えられます。
  なお,本件の証拠としては防犯ビデオカメラの映像録画媒体も考えられますが,映像自体はすでに捜査機関の管理下にあると思われますので,ビデオカメラ映像を消去することによる罪証隠滅行為に出ることも事実上できません。被害者の調書などの関係書証も作成されていると考えられますが,それらもすべて捜査機関の管理下にあり,これら書証を奪い取るといった罪証隠滅行為に出ることも事実上できません。本件ではあなたの捜査への協力状況は分かりませんが,仮に自らの行為を素直に認めているということであればあえて罪証隠滅行為をするおそれはないと検察官や裁判官には映りますし,他方で自らの行為を否認していたとしても証拠関係がすべて捜査機関の手元にあるとすればそのことから直ちに罪証隠滅のおそれはないと判断される可能性も十分に考えられます。

 ウ 逃亡のおそれについて
  本件では,あなたに妻子がおりますので,あなたが単身で逃亡するなどということは考えにくいと言えます。とくに,あなたの妻があなたの身元引受,被疑者の監督及び捜査機関への出頭等を誓約しているなどの事情もあるとすれば,より一層あなたに逃亡のおそれはないと言えます。
  また本件であなたは,大手企業の役員ということですから,会社に多大な迷惑をかけることを覚悟で,自分や妻子にとって貴重な生活資本となる職を捨て,単身もしくは妻子と共に逃亡をすることも考えにくいと言えます。

(3)cの勾留の必要性について
  勾留の必要性の判断については,被疑者段階においては,実務上,起訴の可能性(特に事案軽微な場合),捜査の発展性ないしは捜査の進展の度合い(逮捕中起訴が可能かどうか),別件逮捕・勾留にあたるか,勾留本来の目的の有無・程度,対象者の個人的事情(健康,職業上または生活面での緊急事態の発生等)などの事情を総合的に判断して行うものとされています。なお,被告人段階の場合(逮捕後の勾留は起訴されるまでで,起訴されると裁判所が再度勾留することになります),将来予想される刑の種類や重さ,訴訟進行の状況などが考慮されることになります。

  本件では起訴前の勾留が必要か否かということですから,前段の要件が検討されることになります。あなたは,大手企業の役員ということですから,示談ができれば起訴の可能性が少なくなること,捜査に協力することを約束し呼出があれば必ず警察等に出頭すること,事実関係について争いなく認めていることなどを具体的に説明することになります。
  なお,個人的な事情として勾留がなされると会社を連日欠勤する事態となり,勤務先会社の業務に著しく影響を及ぼしてしまうことになりますし,長期欠勤の合理的理由も説明することもなかなか難しいですから,結果として失職してしまうことになります。現在のような大不況の中,50歳という年齢で職を失うことともなれば,あなたの人生にとってまさに取り返しのつかない事態となること,しかも,あなたが勾留され,身体拘束が続けば,妻子の生活を支えることもできなくなり,あなたの家庭は崩壊してしまう事態も起こりえること,これまで逮捕された経験などない一般の会社員であり,今回の逮捕による身柄拘束は,精神的・肉体的に相当堪えるものです。あなたは,すでに今回の逮捕による身柄拘束によって,十分反省する機会と時間を与えられたといえますので,これ以上の長期間の身体拘束の必要はなく,ましてやさらに10日間の勾留をする必要もないことを主張することもできます(但し,この様な不利益は逮捕勾留により社会人であれば当然生じることですから,特にそのような事情がある場合に具体的に主張する必要があります)。
  唯,強制わいせつ罪は,告訴の取消がない限り起訴されるのが通常であり,被害者が帰国しているので告訴取消の可能性は低いので,起訴の可能性が高く「勾留の必要性」が認定される場合も考えられます。これに対しては,弁護人が,被害者側と外国で和解交渉を行う事情を詳しく説明する必要があります。例えば,示談金の用意,渡航の予定,宿泊先ホテルから連絡先を調査していただき(被害者との連絡を仲介してもらう)その状況を書面で主張すること,捜査機関を通じて,被害者側に連絡すること等が考えられます。

3 結語
  このように,本件では,勾留を認めるべき十分な事情があるとは言えませんから,このことを検察官に早期に弁護人を通じて丁寧に説明してもらうことができれば,あなたは勾留請求されるまでもなく釈放される可能性も十分にあると言えるわけです。

4 当事務所の事例集
 勾留の要件について参考となる当事務所事例集として577番906番1077番1142番1262番があります。

【参照条文(刑事訴訟法)】

第60条  裁判所は,被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で,左の各号の1にあたるときは,これを勾留することができる。
一  被告人が定まった住居を有しないとき。
二  被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三  被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
2  勾留の期間は,公訴の提起があつた日から2箇月とする。特に継続の必要がある場合においては,具体的にその理由を附した決定で,1箇月ごとにこれを更新することができる。但し,第89条第1号,第3号,第4号又は第6号にあたる場合を除いては,更新は,1回に限るものとする。
3 (略)
第87条  勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは,裁判所は,検察官,勾留されている被告人若しくはその弁護人,法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により,又は職権で,決定を以て勾留を取り消さなければならない。
2 (略)
第88条  勾留されている被告人又はその弁護人,法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族若しくは兄弟姉妹は,保釈の請求をすることができる。
2 (略)
第203条  司法警察員は,逮捕状により被疑者を逮捕したとき,又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは,直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上,弁解の機会を与え,留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し,留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から48時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。
2 ,3(略)
4  第1項の時間の制限内に送致の手続をしないときは,直ちに被疑者を釈放しなければならない。
第205条  検察官は,第203条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは,弁解の機会を与え,留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し,留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から24時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。
2  前項の時間の制限は,被疑者が身体を拘束された時から72時間を超えることができない。
3  前2項の時間の制限内に公訴を提起したときは,勾留の請求をすることを要しない。
4  第1項及び第2項の時間の制限内に勾留の請求又は公訴の提起をしないときは,直ちに被疑者を釈放しなければならない。
5 (略)
第207条  前3条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は,その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し,保釈については,この限りでない。
2,3(略)
4  裁判官は,第一項の勾留の請求を受けたときは,速やかに勾留状を発しなければならない。ただし,勾留の理由がないと認めるとき,及び前条第二項の規定により勾留状を発することができないときは,勾留状を発しないで,直ちに被疑者の釈放を命じなければならない。
第208条  前条の規定により被疑者を勾留した事件につき,勾留の請求をした日から10日以内に公訴を提起しないときは,検察官は,直ちに被疑者を釈放しなければならない。
2  裁判官は,やむを得ない事由があると認めるときは,検察官の請求により,前項の期間を延長することができる。この期間の延長は,通じて10日を超えることができない。
第248条  犯人の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは,公訴を提起しないことができる。

【参考文献】
・条解刑事訴訟法(第4版)

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