新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1311、2012/7/26 15:27 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【家事,協議離婚無効確認調停の申立て,破棄されたと信じていた離婚届を数か月後に無断で出されてしまった場合,東京高裁平成21年7月16日判決】

≪質問≫
 妻が私に無断で離婚届を出してしまいました。実は,数か月前,夫婦喧嘩をしたときの勢いで,妻から突き出された離婚届の用紙に署名・捺印をしてしまいました。けれども,その後冷静になって,妻にあの離婚届を返してほしいと伝えました。そのときには妻は確かに「もう私が破棄しておいたから大丈夫。」と言っていたのですが,それは嘘で,実際は破棄せずに手元に隠していたようです。離婚の無効を主張したいのですが,どうすればよいですか。

≪回答≫
1.裁判所に離婚の無効の確認を求めることが必要です。
2.裁判所に離婚の無効の確認を求めるには,妻の住所地を管轄する家庭裁判所に協議離婚無効確認調停を申し立てます。申立書の書式は家庭裁判所にも備え置かれており,記載例を裁判所のウェブサイトで見ることができます。
3.調停期日を経て,当事者双方に協議離婚を無効とすることの合意ができ,事実関係からしてもその合意が正当と認められれば,「合意に相当する審判」という裁判所の判断が示されます。
4.協議離婚が無効であることを確認する審判が出たら,その審判の確定後1か月以内に市区町村役場に対して戸籍訂正の申請をしなければなりません。これにより離婚無効の手続は完了します。
5.調停が不成立になったときは,不調といって裁判所の手続としてはそこで一旦終了です。不成立の結果に納得できず,離婚無効の確認を求めたいときは,協議離婚無効確認訴訟を起こすことになります。
6.裁判所の定型書式の記載例だけを見ると,あたかも簡単な手続のように思えるかもしれませんが,そうではありません。速やかにお近くの弁護士に相談・依頼することをお勧めします。
7.関連事例集論文1151番1126番672番542番371番280番62番参照。

≪解説≫

【協議離婚の要件と戸籍窓口における形式審査 憲法上の根拠】

 協議離婚が有効に成立するためには,@当事者双方に離婚をする意思(法律上の結婚関係を解消する意思)の合致があって,Aその意思の合致に基づいて戸籍法の定めに従った届出がされることが必要です。
 離婚意思の合致に基づく届け出が必要ですから,たとえ離婚届の用紙に署名捺印した時点では離婚の意思があったとしても,その後,届出の時点に夫婦の一方に離婚する意思がなくなっていた場合には,その協議離婚は無効です。
 しかし,戸籍法上では離婚届けを受け付ける自治体の戸籍窓口では,届出の形式面に問題がなければ受理しなければならないとされていますから,一度受理されれば戸籍上は離婚したと記載されることに問題はありません。それ以後は,裁判所において離婚の無効が確認され戸籍上訂正されない限り,有効な離婚と扱われてしまいます。

 ついでですから,詳しく説明します。戸籍に関する事務は,市区町村長が管掌し,実際はその指揮命令系統に属する戸籍吏員(要するに市区町村役場の戸籍窓口担当の人)が取り扱います。この戸籍窓口には,戸籍事務に関して形式的審査権しかありませんから,書面の記載事項に誤記・脱漏がないか,添付書類に不備がないかなどの形式面しか審査しません。つまり,離婚届が提出された際に,署名捺印があるか,子供がいる場合には親権者が定められているかなどの審査はできますし,しなければならないのですが,離婚しようとする夫婦の内心に離婚意思があるかどうかを審査する義務も権限もないのです。仮に,戸籍係に実質面の審査権があれば,今回のような問題も生じなかったかもしれません。しかし,戸籍係に実質審査権を与えてしまうと,当事者の呼び出し,質問,審査等に時間がかかり,その基準も抽象的ですから紛糾の元になってしまい事務手続きの遅れが予想されます。
 さらに,国民の幸福追求権(憲法13条,24条)から派生する離婚の自由を制限することにもなりかねません。そもそも離婚の自由(離婚の意思)は,結婚の自由(結婚意思)と表裏一体をなすもので単なる行政官が実体に介入する性質のものではありません。後日当事者が,これを争いたいという時にのみ,法の支配の理念から権利関係(離婚は婚姻契約の解消です。)の最終判断権を有する裁判所(司法権 憲法76条)に任されることになります。形式的審査権の理由は,自由主義,幸福追求権から理論的に導かれるものでこれを改変することはできない性質のものと言えるでしょう。
 又,形式的審査制が採用されていること自体は,形式的画一的な処理をすることで,膨大な戸籍事務を迅速かつ安定的に処理することや,戸籍事務の受益者でもある国民の公平に資するものであり,妥当なものといえるでしょう。

【協議離婚無効確認調停の申立て】

 一旦受理されてしまった離婚届は窓口で撤回することはできません。しかし,実体としては無効な離婚であるわけですから,裁判所を通じて離婚が無効であることを明らかにする必要があります。
 そのための手続が協議離婚無効確認調停です。協議離婚無効確認の訴え(人事訴訟法2条1項2号)を起こす前提として,調停手続を行う必要があります。
 調停を起こす人を申立人,起こされる人を相手方といいます。申立先は,相手方の住所地を管轄する家庭裁判所か,あるいは,当事者が合意で定める家庭裁判所です。申立ての前に当事者間でどこの裁判所で取り扱ってもらうかの合意ができるときは,管轄合意書を作成して申立ての際に添付することで,合意で定めた家庭裁判所での手続が可能となりますが,実際は,事前の管轄合意はせずに,相手方の住所地を管轄する家庭裁判所に起こすことの方が多いかと思います。

【申立費用】

 申立てに際して裁判所に納める手数料は1200円です。1200円分の収入印紙を申立書に貼って納めます。また,申立ての際,連絡用の郵便切手を納めますが,各地の家庭裁判所によって金額が異なるので,申立先となる家庭裁判所に事前に確認します(ちなみに,東京家庭裁判所の場合,本稿執筆時点では80円切手×9枚+10円切手×8枚とされています。)。
 弁護士に調停手続の代理人を依頼する場合は,これとは別に弁護士費用がかかります。料金は法律事務所によりけり,事案の難易によりけりですが,着手金(結果の成功・不成功にかかわらず依頼時にかかる費用)として30万円程度はかかるのではないかと思われます。詳しくはご依頼を考えている弁護士にご相談ください。

【証拠方法】

 自己の主張を裏付ける証拠となる資料は,申立後に提出することも可能ですが,協議離婚の無効を争う前提となるような事実関係に関する書類については申立時に申立書に添付するべきです。定型的なものとしては,当事者双方の戸籍全部事項証明書(戸籍謄本)と協議離婚の届書記載事項証明書が挙げられます(これらの証拠は離婚届出がなされているという事実を証明するものでしかありませんから,届出の際の署名等が違うという場合は離婚無効の証拠とはなりますが,署名に争いがない場合は意思に反して提出されたという証拠にはなりません。他に,届出に反対していたという証拠を提出する必要があります。)
 戸籍全部事項証明書,協議離婚の届書記載事項証明書ともに市区町村役場で請求できますが,協議離婚の届書記載事項証明書は,一定の保管期間経過後は本籍地所在の法務局への請求が必要になります。弁護士に依頼する場合は,弁護士がこれらの収集を依頼者に代わって行うことが可能です。
 そのほか,事件の内容に応じて,証拠として提出できるものがないか検討することになります。

【調停手続の進行】

 調停を申し立てると,まずは,家庭裁判所の担当裁判所書記官と第1回調停期日の候補日について協議をします。そのうえで,裁判所から相手方に対して調停期日の呼出状の送達がされます。
 第1回調停期日においては,調停委員会による調停が行われます。当事者双方から経緯を聴取したり,証拠となる資料がある場合にはそれを確認したりします。家庭裁判所での調停手続においては,職権探知主義といって,当事者の申出がなくても裁判所が必要と思う証拠を自ら収集するという建前がとられてはいるものの,実際上は当事者からの申出が証拠調べのきっかけになることがほとんどです。そのために,自己に有利な事実を証明する資料としてどのようなものがあるかについては,調停申立てにあたって自ら把握しておく必要があるといえます。
 離婚無効の調停は,離婚の調停とは異なり,当事者が離婚を無効に合意したとしても成立することはありません。客観的に離婚が無効であるという事実が必要だからです。そのため,離婚が無効であるという証拠を提出する必要があります。そこでどのような証拠を提出すべきか,手紙等で離婚届出を提出しないように指示していたような場合は明らかな証拠がありますが,口頭で離婚届出を撤回していたような場合は直接的で客観的な証拠は少ないでしょう。離婚届出作成の際の事情,届出までの状況など間接的な事実から離婚届出の意思がなかったことを証明する必要があります。
 初回の期日だけで調査が尽くせない場合は,次回の続行期日の調整をします。

【調停手続の終了 合意に相当する審判】

 そうして期日を重ね,当事者双方に協議離婚が無効であったことの合意ができ,事実関係に争いがなくなった場合は,裁判所が当事者の合意が客観的事実に反しないかなど,その合意が正当なものかを確認のうえ,協議離婚が無効であるとする合意に相当する審判をします(家事審判法23条2項)。どうして客観的事実に反しないこと,正当性を条件とするのかという理由ですが,ここで,民事訴訟の処分権主義,弁論主義を認めないのは,家事審判法が金銭的争いではなく,家族関係の基本を律する夫婦関係について公的効力を及ぼすものであり,裁判所が積極的に関与して(職権主義),家族関係の実質的正義,公平を貫こうとするものです。
 審判がされると,審判書が作成され,当事者はその謄本の送達を受けます。

【戸籍訂正の申請】

 審判がされただけでは協議離婚した戸籍の記載は修正されません。実体的には,審判の確定をもって協議離婚届出時にさかのぼって離婚無効の効果が生じているといえますが,その実体的な効果を戸籍に反映させるための手続が必要です。
 審判に対しては2週間の異議申立期間がありますが,この期間を経過するとこの審判は確定判決と同一の効力が与えられます。
 申立人は,審判確定後1か月以内に市町村役場(当事者の本籍地または申立人の住所地)で戸籍訂正の申請をしなければなりません(戸籍法116条)。申請手続には,審判書謄本と確定証明書が必要です。確定証明書は待っていれば送られてくるものではなく,裁判所書記官に確定証明書の交付を申請する必要があります。申請書には150円分の収入印紙を貼用します。この手続きは,離婚訴訟,調停の場合も同様です。司法権による権利関係確定と確定した権利関係の執行が別なように,離婚無効となっても戸籍等への権利関係反映は当事者自らが行うことになります。ただ,強制執行と異なり権利関係の確定の届出ですから執行裁判所への申し立ては不要で,役所に自ら行って手続きします。
 これらの手続も引き続き弁護士に依頼することができます。

【調停不成立,離婚無効確認訴訟】

 以上に対して,当事者間に合意ができない場合は,合意に相当する審判はされません。客観的な事実としては協議離婚を無効とすべきと伺えるような事情が濃厚なときでも,相手方がどうしても合意したくないというときには,調停不成立となってしまいます。また,当事者双方が合意さえしていれば,客観的真実に反する事実関係であっても合意に相当する審判ができるということでもありません。
 調停が不成立になったときは,裁判所の手続としてはそこで一旦終了です。協議離婚が有効なものとして受理されてしまった現状が続くことになります。不成立の結果に納得できず,離婚無効の確認を求めたいときは,いよいよ協議離婚無効確認訴訟を起こすことになります。

【作成後9か月経ってから出された離婚届による協議離婚が有効とされた裁判例――東京高裁平成21年7月16日判決】

 ご相談の事案については,離婚届への署名捺印から提出までの期間が数か月の長期に渡っていることが一見あなたにとって有利な事情のようにも窺えますが,単に期間が開いているというだけでは安心できません。
 近時の裁判例で,離婚届出書の作成から9か月後に妻から提出がされたという事案について,届出の直前まで同居がされ,子供の親権者や財産分与についての話し合いも特段していなかったとしても,届出が遅れた理由や届出直前に別居した経緯などの判決が認定した事実関係の下では,夫から妻に対して離婚届提出に関する委任があったと認められるから,協議離婚は有効であると判断したものがあります。判決全文を末尾に引用しますので,時間があればご参照ください。
 何か月開いていたらセーフ,何か月ならアウトという形式的・画一的な判断基準ではなく,個別の事実経過が重要です。お寄せいただいたご相談内容からすると,あなたが離婚届出用紙の返還または廃棄を求めたのに対して,相手方が既に廃棄したから安心するようにと嘘をついていたというところが重要になりそうです。この辺りを中心に詳しくお話を伺う必要があるかと思います。

【調停申立前から速やかに弁護士に相談・依頼してください】

 裁判所の定型書式の記載例だけを見ると,あたかも簡単な手続のように思えるかもしれませんが,そうではありません。
 本件は,相手方が協議離婚は有効になされたものだと争ってくることが強く予想される事案です。嘘をついて隠し持っていた離婚届を出すような相手方です。そんな人が調停期日にきちんと出席して,かつ,今回の協議離婚が無効であることを素直に認めてくれるでしょうか。とてもそうは思えません。
 これは,定型の書式に通り一遍のことを書くだけで希望の成果が得られる「手続」だけの問題ではなく,離婚という法律関係の存否についての紛争なのです。
 「合意に相当する審判」ができない場合は,調停は不成立となり,それでもなお協議離婚の無効を求めるためには訴訟を起こす必要があります。調停段階から訴訟を見越した活動をすべきですし,場合によっては,調停段階での主張立証状況によって,相手方が争う意思を失って調停成立に至るかもしれません。
 そのため,調停申立前の段階から弁護士に相談・依頼すべき事件類型だといえます。また,離婚届が提出されたことを知りながらこれを放置した期間が長くなればなるほど,長い間アクションを起こさなかったのは離婚を届け出る意思があったからだとか,仮に無断の提出だったとしても追認したからだなどという指摘を受けかねません。速やかなご対応をお勧めします。

≪参照法令≫

【民法】
(協議上の離婚)
第七百六十三条  夫婦は,その協議で,離婚をすることができる。
(婚姻の規定の準用)
第七百六十四条  第七百三十八条,第七百三十九条及び第七百四十七条の規定は,協議上の離婚について準用する。
(婚姻の届出)
第七百三十九条  婚姻は,戸籍法 (昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより届け出ることによって,その効力を生ずる。
2  前項の届出は,当事者双方及び成年の証人二人以上が署名した書面で,又はこれらの者から口頭で,しなければならない。

【戸籍法】
第七十六条  離婚をしようとする者は,左の事項を届書に記載して,その旨を届け出なければならない。
一  親権者と定められる当事者の氏名及びその親権に服する子の氏名
二  その他法務省令で定める事項
第百十六条  確定判決によつて戸籍の訂正をすべきときは,訴を提起した者は,判決が確定した日から一箇月以内に,判決の謄本を添附して,戸籍の訂正を申請しなければならない。
○2  略

【家事審判法】
第十七条  家庭裁判所は,人事に関する訴訟事件その他一般に家庭に関する事件について調停を行う。但し,第九条第一項甲類に規定する審判事件については,この限りでない。
第十八条  前条の規定により調停を行うことができる事件について訴を提起しようとする者は,まず家庭裁判所に調停の申立をしなければならない。
○2  前項の事件について調停の申立をすることなく訴を提起した場合には,裁判所は,その事件を家庭裁判所の調停に付しなければならない。但し,裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは,この限りでない。
第二十三条  婚姻又は養子縁組の無効又は取消しに関する事件の調停委員会の調停において,当事者間に合意が成立し無効又は取消しの原因の有無について争いがない場合には,家庭裁判所は,必要な事実を調査した上,当該調停委員会を組織する家事調停委員の意見を聴き,正当と認めるときは,婚姻又は縁組の無効又は取消しに関し,当該 合意に相当する審判 をすることができる。
○2  前項の規定は,協議上の離婚若しくは離縁の無効若しくは取消し,認知,認知の無効若しくは取消し,民法第七百七十三条 の規定により父を定めること,嫡出否認又は身分関係の存否の確定に関する事件の調停委員会の調停について準用する。
第二十四条  家庭裁判所は,調停委員会の調停が成立しない場合において相当と認めるときは,当該調停委員会を組織する家事調停委員の意見を聴き,当事者双方のため衡平に考慮し,一切の事情を見て,職権で,当事者双方の申立ての趣旨に反しない限度で,事件の解決のため離婚,離縁その他必要な審判をすることができる。この審判においては,金銭の支払その他財産上の給付を命ずることができる。
2  前項の規定は,第九条第一項乙類に規定する審判事件の調停については,これを適用しない。

≪参考裁判例――東京高裁平成21年7月16日判決≫
主   文

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

       事実及び理由

第1 控訴の趣旨
 主文と同旨
第2 原判決(主文)の表示
1 平成19年10月1日付け千葉市若葉区長に対する届出による原告と被告との離婚は無効であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第3 事案の概要
1 本件は,被控訴人が,戸籍上平成19年10月1日付けの協議離婚届(以下「本件届出」という。)により離婚した旨が記載されているけれども,この届出については,その用紙に自ら署名押印したことはなく,控訴人が被控訴人に無断でしたものであるとして,控訴人に対し本件届出による離婚が無効であることの確認を求める事案である。
 控訴人は,被控訴人が上記届出用紙に署名押印してその届出を控訴人に託したから,それに従った本件届出は有効であるとしてこれを争った。
 原審は,本件届出当時,被控訴人が離婚意思及び届出意思を有していたことを認めることはできないとして,被控訴人の請求を認容した。
 控訴人がこれを不服として控訴した。
2 前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)は,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1(1)ないし(5)(2頁8行目から3頁6行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,上記引用部分中に「原告」とあるのは「被控訴人」と,「被告」とあるのは「控訴人」とそれぞれ読み替える。以下の引用部分において同じ。)。
3 争点及び当事者の主張
 本件の争点は,本件届出が無効であるか,具体的には,被控訴人が,〔1〕本件届出当時離婚意思を有していなかったか,〔2〕離婚届出意思を有していなかったかであり,この点に関する当事者の主張は次のとおりである。
(1)被控訴人の主張
ア 被控訴人は,本件届出の用紙(甲3)の届出人署名押印欄(以下「本件届出人署名押印欄」という。)の夫の欄に自ら署名押印したことはない。この部分の被控訴人の署名(以下「本件署名」という。)は控訴人により偽造されたものであり,被控訴人は控訴人と離婚する意思はない。
イ 本件届出は,控訴人が本件署名を偽造した上,無断で行ったものであり,被控訴人には離婚届出意思もない。
(2)控訴人の主張
ア(ア)前記前提事実(2)及び(3)の経緯の下,控訴人は,平成19年1月5日,前日に入手した離婚届出用紙を被控訴人に示し,本件届出人署名押印欄に署名押印を求めたところ,同人が控訴人の面前で署名押印してこれを控訴人に手渡し,控訴人もその日のうちに署名押印した。
(イ)被控訴人の控訴人に対する夫婦関係に関する態度は変わらず,同年9月には借入金や滞納税の支払に充てるため夫婦が共有する自宅を売却してその支払に充て,残った売却代金を分割して双方が取得し,被控訴人は新たに単独名義で自宅を取得してこれに居住し,控訴人はアパートを借りてこれに居住し,以後別居状態となった。 
(ウ)以上によれば,被控訴人は,上記(ア)の当時離婚意思を有しており,その後もこれを翻したことはなく,上記(イ)の事実経過に照らしても同月当時,婚姻を解消することを行動をもって示したものであり,届出の意思を有していたものといえる。
イ 被控訴人は,同年1月5日に本件届出の用紙に本件署名・押印をしたが,その直後にこれを控訴人に手渡し,届出をすることを控訴人に委任した。その後,本件届出までこれを撤回するなどの行為に出ていない。
第4 当裁判所の判断
1 争点について
(1)被控訴人は,本件署名(甲3)は自分がしたものではない旨主張し,その筆跡が自分のものとは異なる旨指摘する。しかしながら,弁論の全趣旨により被控訴人自身の筆跡であることが認められる各書面(甲5ないし8)の同人の署名や原審及び当審の訴訟委任状に記載される同人の署名と本件署名とを比較検討すると,双方において,「●」ないし「橋」の「木」偏の第2画の「|」のうち第1画の「一」より上に出た部分が顕著に長い特徴や,「好」の「女」偏の第1画のうち第3画の「一」より上の部分が第2画の同じ部分に比して相当に長い特徴がそれぞれ共通する一方,弁論の全趣旨により控訴人の自署と認められる本件届出人署名押印欄の妻の欄の「●」の「木」偏,本件届出用紙中の本件署名を除く部分の「●本好男」の「●」の「木」偏及び「好」の「女」偏の筆跡とは明らかに異なることが認められるから,本件署名は被控訴人自身により自署されたものと認めることができる。
 したがって,上記記載の事実経過及び控訴人の原審本人尋問の結果によれば,被控訴人は,平成19年1月5日当時,自ら署名と押印をしており,控訴人にその届出をゆだね,控訴人もその日のうちに署名押印したものと認めることができる。これに反する被控訴人の原審本人尋問の結果部分及び陳述書(甲10)の記載部分には本件の基本的な争点である本件署名の真正について虚偽があるといわざるを得ず,離婚意思及び届出意思の存否に関する部分はこれを採用することができない。そうすると,被控訴人は,同日当時,控訴人との離婚意思及び届出意思を有していたことは明らかである。
(2)前記前提事実のとおり,控訴人は,わずかながらも被控訴人が定職に就いてくれれば離婚しなくてもよいと期待していたために同年10月1日まで本件届出をすることがなかったが,証拠(乙7,控訴人の原審本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,その間,控訴人の期待どおりに事は運ばず,被控訴人と控訴人の婚姻関係は改善されず,かえって,同年9月には借入金や滞納税の支払に充てるため夫婦の自宅(土地は双方の共有,建物は被控訴人の単独所有)を9500万円で売却してその支払に充て,残った代金を双方が分割取得した上,被控訴人はこの資金で新たに単独名義の自宅を取得してこれに居住し,控訴人はアパートを借りてこれに居住し,以後別居状態となるなど生活状況が控訴人の上記期待に反して激変したことが認められる。他方,被控訴人から控訴人に対し離婚の届出をしないようにとの申出があったことは,本件全証拠によるも認められない。したがって,被控訴人の離婚意思に変動は認められず,本件届出当時,被控訴人は,離婚の意思及び届出意思を有していたものと認めるのが相当である。
(3)なお,控訴人と被控訴人は,本件届出の前に三男の親権者を誰にするかとか,自宅の売却代金の分配を除く財産分与の協議をした形跡はないが,本件届出用紙に被控訴人が署名押印するに至った前記認定の経緯にかんがみれば,被控訴人は三男の親権者の指定を控訴人にゆだねたものと認めるのが相当であり,財産分与についても,被控訴人が離婚時にすべてを解決することまで考えていなかったことによるものとも考えられるから,これらが上記の認定判断の妨げになるとはいえない。
 また,控訴人は,被控訴人が本件署名をした日以降も本件届出をしておらず,控訴人自身が届出を決意するまでの間,被控訴人が定職について働いてくれれば離婚しないでもよいとして,そのように被控訴人の生活の好転を期待する気持ちをわずかながら残していた面があったことは前記前提事実のとおりである。しかし,控訴人の原審本人尋問の結果及び陳述書記載によれば,そのようにも考えて本件届出をしないでいたのは,当時三男の高校卒業や長男の結婚を間近に控えていた上,同年8月までは実母が存命であったことなどにより離婚届を提出することをためらっていたこともうかがい知れるところであるから,控訴人の上記の対応をもって,同年1月5日当時に協議離婚の合意が成立していないとか,成立した合意を双方が翻したと判断するのは相当でない。
2 以上によれば,本件届出については,被控訴人及び控訴人の双方に離婚意思及び届出意思を認めることができるから,被控訴人の本件請求は理由がなく,これと異なる原判決は相当でない。
 よって,本件控訴は理由があるから原判決を取消し,被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

※(編集注)
判決文中の「●」については,原文では「橋」という字の異体字となっていますが,フォントがないため,便宜上「●」と表記しました。

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る