新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1286、2012/6/14 10:34 https://www.shinginza.com/qa-sarakin.htm

【労働債権と破産・事実上の破産と給料債権の確保とその要件・「賃金の支払の確保等に関する法律」】

質問:勤務先の会社を解雇されました。経営が苦しいからという理由で,3ヶ月分の給料を払ってもらっていません。なんとか払ってもらわなければと思っていたのですが,再就職でばたばたしているうちに,その会社は事業を止めたらしく,会社にも社長にも連絡が取れなくなってしまいました。しかし,破産申立などの正式な通知はもらっていません。会社が破産した場合,公的な機関から給与の立替払いを受けられると聞いたのですが,私の場合,会社が破産手続をしていないようなので,これをうけることはできないのでしょうか。また,これが1年前,3年以上前の場合はどうでしょうか。

回答:企業の倒産に伴う未払い賃金については,独立行政法人労働者健康福祉機構(旧労働福祉事業団)による立替払い金制度を利用することにより立替払いを受けることができます。
1.その要件は
@  労災保険の適用事業で1年以上にわたって事業活動を行ってきた企業(法人,個人を問いません。)に,雇用されていたこと。
A  企業の倒産に伴い退職し,未払賃金があること。
B  破産等の法的な手続きが取られている場合は,裁判所に対する破産手続開始等の申立日の6か月前の日から2年の間に,企業を退職した労働者であること。
事実上の倒産の場合は,労働基準監督署長に対する倒産の事実についての認定をうけ,その申請日の6か月前の日から2年の間に,企業を退職した労働者であること。
とされています。
2. 1年前に退職した事案の場合は,認定から退職日が破産または認定の申出の6ヶ月前であることが要件とされていることから,原則として立替払い金制度の適用はないことになります。但し,解雇が無効というような理由があれば別ですので検討の余地はあります。3年前の場合,も同様ですが,労働債権が時効で消滅している可能性が高いのでこの点の検討が必要です。
3. 関連当事務所事例集365番4番参照。

解説:
1.(破産手続きにおける給料債権の取り扱いと救済の必要性)
 給料請求権は,破産手続開始前3カ月分は,改正破産法により財団債権であると認められており,破産手続きが正常に開始していれば,最優先で配当を受けられる債権です(破産法149条1項)。また4カ月以上前の給料債権は,破産債権となりますが,雇用関係により生じた債権として一般先取特権が認められ優先権がある破産債権として保護されます(破産法98条1項)。また生活の維持が困難と認められる場合は,裁判所の許可を得て配当手続き以前に弁済を受けることも可能です(破産法101条1項)。
 しかし,破産手続きが開始されたとしても破産財団を構成できず,また配当もないような破産の場合や,配当を待つことが難しい場合破産法によって,給料債権の確保はできません。
 そこで,立替払いを受けることによって迅速に救済を受けることができます。立て替えにより取得した求償債権も財団債権であるとする判例があり,労働者の債権は強く守られているといえます。

2.(事実上の破産における給料債権) 
 また,世の中には,事業をやめてしまったが,破産申立などの適切な手続をすることなく,ただ放置されてしまっている,という事案が多数見受けられます。このような場合,労働者は会社に対する債権者ですから,会社に対し債権者破産の申し立てをする権利がありますが,手続も煩雑ですし,多額の予納金を納めなければならないなど,賃金を支払ってもらえない労働者が使いやすい制度ではありません。

3.(賃金の支払の確保等に関する法律の趣旨)
 そこで,倒産に伴う賃金の支払いを確保するために昭和51年「賃金の支払の確保等に関する法律」が制定され,企業倒産に際して労働者の賃金の未払い分を独立行政法人労働者健康福祉機構(旧労働福祉事業団)が事業主に代わって立替払いをすることを主たる目的とする制度が定められています。
 それによれば,立替払いの事由が発生した場合において,従業員が一定の時期に退職したときで,その退職前6ヶ月以内における定期給与または退職手当の一部が未払いになっているときは(ボーナスは含みません),未払い給与総額の80パーセントを(但し年齢に応じて88万円〜296万円の上限があります),独立行政法人労働者健康福祉機構が立替払いを行うことになります。
 具体的な手続は労働基準監督署で行います。

 雇用先が倒産した場合,このような会社と雇用契約を締結した労働者に責任がありやむを得ないと考えることもできます。しかし,会社の倒産と労働者の労働債権,生活権喪失を同一に論じることはできません。
 労働者は,労働力の対価として賃金をもらい日々生活し,報酬(賃金)を得るために使用者の指揮命令に服し従属的関係にあり基本的に経営には参画できません。これが基本的特色(民法623条)です。突然経営者側の一方的理由により生活権の基盤を失う事態は,個人の尊厳を守り,人間として値する生活を保障した憲法13条の趣旨に事実上反します。法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法等(労働組合法,労働関係調整法,労働基準法の基本労働三法,労働契約法)により,労働者が雇用主と対等に使用者と契約でき,契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいていますが,しかしこれだけでは不十分であり,突然の解雇,退職にもこれを救済される特別規定がおのずと必要になります。  

 雇用者の利益は営利を目的とする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由,経済的利益確保の自由)であるのに対し,他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし(憲法25条,生存権),個人の尊厳確保に直結した権利ですから,立場の弱い労働者のあらゆる事態に対する利益を保全する必要があります。従って,積極的に私的自治の原則に内在する,信義誠実の原則,権利濫用禁止の原則,個人の尊厳保障の法理(憲法12条,13条,民法1条,1条の2)の発動によりこれを救済する解釈,立法が要請されます。これが本法律の趣旨です。
 
4.(同法律の要件)
 同法7条(および施行令)によると,破産,再生,特別清算,更生の手続があった場合また上記の事情と同様の状態(事業主が事業活動に著しい支障を生じたことにより労働者に賃金を支払うことができない状態)と労働基準監督署長が認定した場合にも,立替払いを認めています。
 よって,退職してから6ヶ月以内であれば,直ちに上記認定を請求するべきです。具体的には,労働基準監督署に申し立てることになります。また,この申立は,会社のほかの従業員が申し立てていた場合にも有効になりますので,労働基準監督署でその旨問い合わせてもよいでしょう。

5.(労働債権の時効2年の場合)
 次に,退職が2年以上前の場合は,労働債権の時効により,支払を受けることはできません。労働債権は短期消滅時効にかかるので注意が必要です(労基法115条)。但し,解雇の場合は解雇の有効性が問題となることは次の6.で説明している1年経過の場合と同じですので検討が必要です。

6.(整理解雇と本法律の適用)
 では,退職から1年経過している場合はどうでしょうか,この点,立替払い制度が破産の日または認定申請の日から6月前までの未払い給与しか保障していないことから,立替払いは受けられないようにも思われます。しかし,本件では,退職ではなく,解雇であることに注意が必要です。業績不振による解雇とされていますが,整理解雇の4要件(@人員削減の必要性,A人員削減の手段として整理解雇することの必要性,B被解雇者選定の合理性,C手続の妥当性)は充たされているのでしょうか。もしそうでない場合,そもそも解雇が無効になる可能性が出てきます。
 解雇が無効であれば,あなたは当該会社の従業員たる地位を有していることになり,会社は倒産していませんから,現在でも理論上は賃金を請求する権利を有することになります。そこで,解雇の無効を主張し,その後,請求から6カ月以内の時点で退職したという理由で立替払い金制度を利用することは可能と考えられます。但し,その場合,解雇が無効であることを別途裁判で確認する必要があるとも考えられますので労働基準監督署と協議する必要があります。

7.(最後に)
 相談者のケースでも,整理解雇の要件を充たしていないのであれば,まずは労働審判ないし訴訟で従業員たる地位を確認してもらい,現在から6ヶ月前までの賃金について,立替払いを請求することを検討してもよいかもしれません(ただし,再就職している場合の中間利息控除などは別途考慮が必要です)。一度弁護士に相談してみることをお勧めいたします。

≪参照条文≫

賃金の支払の確保等に関する法律
第一章 総則
(目的)
第一条  この法律は,景気の変動,産業構造の変化その他の事情により企業経営が安定を欠くに至つた場合及び労働者が事業を退職する場合における賃金の支払等の適正化を図るため,貯蓄金の保全措置及び事業活動に著しい支障を生じたことにより賃金の支払を受けることが困難となつた労働者に対する保護措置その他賃金の支払の確保に関する措置を講じ,もつて労働者の生活の安定に資することを目的とする。
(定義)
第二条  この法律において「賃金」とは,労働基準法 (昭和二十二年法律第四十九号)第十一条 に規定する賃金をいう。
2  この法律において「労働者」とは,労働基準法第九条 に規定する労働者(同居の親族のみを使用する事業又は事務所に使用される者及び家事使用人を除く。)をいう。
第七条  政府は,労働者災害補償保険の適用事業に該当する事業(労働保険の保険料の徴収等に関する法律 (昭和四十四年法律第八十四号)第八条 の規定の適用を受ける事業にあつては,同条 の規定の適用がないものとした場合における事業をいう。以下この条において同じ。)の事業主(厚生労働省令で定める期間以上の期間にわたつて当該事業を行つていたものに限る。)が破産手続開始の決定を受け,その他政令で定める事由に該当することとなつた場合において,当該事業に従事する労働者で政令で定める期間内に当該事業を退職したものに係る未払賃金(支払期日の経過後まだ支払われていない賃金をいう。以下この条及び次条において同じ。)があるときは,民法 (明治二十九年法律第八十九号)第四百七十四条第一項 ただし書及び第二項 の規定にかかわらず,当該労働者(厚生労働省令で定める者にあつては,厚生労働省令で定めるところにより,未払賃金の額その他の事項について労働基準監督署長の確認を受けた者に限る。)の請求に基づき,当該未払賃金に係る債務のうち政令で定める範囲内のものを当該事業主に代わつて弁済するものとする。

賃金の支払の確保等に関する法律施行令
第二条  法第七条 の政令で定める事由は,次に掲げる事由(第四号に掲げる事由にあつては,中小企業事業主に係るものに限る。)とする。
一  特別清算開始の命令を受けたこと。
二  再生手続開始の決定があつたこと。
三  更生手続開始の決定があつたこと。
四  前三号に掲げるもののほか,事業主(法第七条 の事業主をいう。以下同じ。)が事業活動に著しい支障を生じたことにより労働者に賃金を支払うことができない状態として厚生労働省令で定める状態になつたことについて,厚生労働省令で定めるところにより,当該事業主に係る事業(同条 の事業をいう。以下同じ。)を退職した者の申請に基づき,労働基準監督署長の認定があつたこと。
(退職の時期)
第三条  法第七条 の政令で定める期間は,次に掲げる日(事業主が前条第一項第四号に掲げる事由に該当した日以後,破産手続開始の決定を受け,又は同項第一号から第三号までに掲げる事由のいずれかに該当することとなつた場合には,第二号に掲げる日)の六月前の日から二年間とする。
一  事業主が破産手続開始の決定を受け,又は前条第一項第一号から第三号までに掲げる事由のいずれかに該当することとなつた場合には,当該事業主につきされた破産手続開始等の申立て(破産手続開始,特別清算開始,再生手続開始又は更生手続開始の申立てであつて,当該破産手続開始の決定又は該当することとなつた事由の基礎となつた事実に係るものをいう。以下この号において同じ。)のうち最初の破産手続開始等の申立てがあつた日(破産手続開始等の申立てがなかつた場合において,裁判所が職権で破産手続開始の決定をしたときは,当該決定があつた日とする。)
二  事業主が前条第一項第四号に掲げる事由に該当することとなつた場合には,同号の認定の基礎となつた事実に係る同号の申請のうち最初の申請があつた日

参考判例 立て替えによる求償債権も財団債権になる
横浜地方裁判所川崎支部 平成22年4月23日
弁済による代位の制度(民法501条)は,代位弁済者の債務者に対する求償権を確保することを目的として,弁済によって消滅するはずの原債権及びその担保権を代位弁済者に移転せせ,代位弁済者がその求償権を有する限度で移転した原債権及びその担保権を行使することを認めたものである。そして,民法501条本文の「求償をすることができる範囲内において」とは,求償権の存在やその額を原債権行使の上限とすることに異論はないが,求償権の行使に実体法上又は手続法上の制約が存する場合,原債権の行使もその制約に服するかについては議論のあるところである。しかしながら,上記趣旨からして,原債権はその性質を保ったまま代位弁済者に移転すると解するのが相当であり,前提事実(2)によれば,原債権は,破産手続開始前3月間の破産者の使用人の給料債権であるから,本件代位債権も労働者の未払給料債権という性質は失わないものというべきである。そして,破産手続開始前3月間の破産者の使用人の給料の請求権は財団債権とされる(破産法149条1項)ところ,この規定は,使用人(労働者)の保護という政策的目的によるものであり,また,被告は,破産手続開始決定を受けた事業主に代わり,労働者の請求に基づき賃金の立替払をすることが義務付けられているのである(独立行政法人労働者健康福祉機構法12条6号,賃確法7条)から,事業者の信用不安に関するリスク回避を講じることは予定されておらず,被告による上記立替払は,最終的には優先的に支払われる賃金債権について,早期に支払うということで上記労働者保護の目的に合致しているものといえる。以上の趣旨からすれば,本件代位債権も,破産法149条1項により財団債権とするのが相当である。

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