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No.1284、2012/6/12 10:27 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・違法建築請負契約・クリーンハンズの原則・最高裁判所平成23年12月16日判決】

質問:私は小さな工務店を経営しています。長年の取引先から、賃貸アパート新築工事の床面積を増加させた違法建築の請負をもち掛けられ、断りきれず請けてしまいました。建築確認を受けるための図面の他に、施工するための図面を作成し、施工図面に基づいて建築施工するという計画でした。ところが、工事中に区役所の検査で違法建築が発覚し、これを是正するための追加変更工事を請け負わざるを得なくなってしまいました。追加変更工事はなんとか完成したのですが、元請が代金を払ってくれません。請求することはできないのでしょうか。

回答:
1、違法建築の請負契約は、絶対に請け負わないで下さい。建築基準法の規制は、住民の安全や調和的で良好な住環境を維持し、安定的に行政サービスを提供するために必要な規制です。建築基準法違反の罰則規定もありますし、建設業許可を得ている場合は免許の更新ができなくなってしまう場合もあります。
2、建築請負契約において、建築基準法などの関係法令に違反し、反社会性の強い建築請負契約は、公序良俗違反(民法90条)で契約の効力が無効となってしまいます。無効の場合、工事代金の請求をすることができません(民法708条。クリーンハンドの原則)。
3、しかし、違法建築を是正するための追加工事請負契約については、公序良俗違反とはならない、というのが裁判所の判断です。追加工事の代金について、元請業者が代金を払ってくれない場合は、裁判所に訴訟提起して、勝訴判決を得て強制執行により債権回収することができます。
4、本件建物の所有権は誰のものかという問題がありますが、判例(大審院大正4年5月24日判決)は、特約がない限り(請負代金を事前に完済していれば、完成と同時に注文者に帰属するとの暗黙の合意と評価。大審院昭和18年7月20日判決。)材料を提供した請負人に帰属し、引き渡しにより注文者に移転することになります。従って、特約がない限り所有権は請負人に帰属し、代金を任意に注文者が支払わない限り引き渡さないでしょうから注文者にも移転しません。注文者も90条違反で引き渡しの訴求もできませんし、その結果所有権が請負人となって不確定状態が生じますが、クリーンハンドの原則とはそういうもので、最終的には当事者の任意話し合い解決しかないでしょう。

解説:

1、(違法建築)

違法建築とは、建築基準法などの建築関係法令(東京都建築安全条例などの条例も含む)に違反した建築物のことを指します。これに対し、建築確認後に建築関係法令が改正されて建て替え時に同じ図面で建て替えできなくなった建築物を、既存不適格と言います。

建築関係法令の規制には、建ぺい率規制、容積率規制、日影規制、北側斜線規制、耐火構造規制、避難通路の幅員規制などの規制があります。土地の所有者が自分の所有する土地にどのような建築物を建設するかは、本来、個人の自由に属することのようにも思われるかもしれませんが、人は一人だけで生きていくということは有りません。必ず、生活するにあたって上下水道を利用し、子供が産まれたら幼稚園や保育園や小学校や中学校に通わせ、病気になったら病院にも通う必要があります。日常生活において日光に当たる必要もありますし、移動には道路も必要ですし、延焼による大火災を防止するために全ての建物が同様の防火構造を備える必要があるでしょう。また、上下水道の整備や、公立学校の建設維持は、市区町村などの自治体が提供する行政サービスとなりますが、住民が無秩序に建物を建設してしまうと、これらの整備計画が立てられなくなってしまいます。効率的な行政サービスの提供のためには、行政区の土地を、居住用地域と、商業地域と、工業地域と、農業地域などに分割し、都市計画に従った整備を進めていく必要があります。特に、耐火構造に関する規制違反や、避難通路の幅員制限違反などは、居住者や近隣住民の生命・身体等の安全に関わる違法性を有する建築物となってしまいます。建築基準法などの規制にはそれぞれ合理的な規制理由がありますので、建築施工主も、請負業者も、下請け業者も全て、社会の一員として、これらの規制を順守する必要があります。

建築基準法では、施工業者にも罰則規定を設けて規制の実効性を高めています。例えば、違反建築物に関する建築監視員の是正命令に違反した施工業者には、建築基準法98条1項1号で、3年以下の懲役または300万円以下の罰金が科せられます。容積率規制に違反した建物を施工した業者には、建築基準法101条1項3号で、100万円以下の罰金が科せられます。

また、違法建築物に関する建築監視員の是正命令に違反して罰金刑に処せられて5年未満の業者は、建設業法8条8号(建設業法施行令3条の2第1号)により、建設業許可の更新免許を受けることができません。

このように、建築関係法令の規制に違反する工事に加担することは、社会的な影響も大きく、また、刑罰を受けたり、建設業の免許を受けられなくなってしまいますので、絶対に関わらないようにしてください。

2、(違法建築の請負工事契約の効力)

建築請負契約において、建築基準法などの関係法令に違反した建物の建築請負契約は、公序良俗違反で契約の効力が無効となってしまいます。無効の場合、工事代金の請求をすることができません。判例も、同様の事例で「本件各建物の建築は著しく反社会性の強い行為であるといわなければならず、これを目的とする本件各契約は、公序良俗に反し、無効である」として契約無効と判断しています(最高裁判決平成23年12月16日)。

ここで、「公序良俗に反し、無効である」というのは、民法90条違反を意味します。民法90条には、無効原因を知らずに利害関係を有するに至った第三者の保護規定などはありません。本条違反の無効は、絶対的無効といい、当事者間だけでなく、第三者との関係でも(誰に対する関係でも)無効となると解釈されています。

民法90条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

これは、欧米法でいうところの、「クリーンハンズの原則」を具体化したものと解釈されています。クリーンハンズの原則とは、法律秩序に違反し、手を汚した者は、裁判所に対して手を挙げて法律の保護を求めることはできない、清らかな手を持つ者だけが法律の保護を受けることができる、という原則です。民法90条違反により、契約の効力が無効となってしまいますので、下請け工事をした場合でも、その代金を法的に請求することはできません。つまり、未払代金があったとしても、裁判所に訴えて判決をとって強制執行をする、という債権回収方法をとることができないのです。それどころか、公序良俗違反により工事や金銭の給付をした者は、不法原因給付(民法708条)となりますので、給付物の返還請求をすることもできません。裁判所外で当事者の話し合いで請求する行為も、法的に正当な行為と評価されませんので、請求行為の態様が脅迫的なものであれば、刑法222条脅迫罪や、刑法249条恐喝罪に問われてしまう場合がありますので、ご注意下さい。

3、(是正工事の請負契約の効力)

しかし、違法建築を是正するための追加工事請負契約については、公序良俗違反とはならない、というのが裁判所の判断です。最高裁判所平成23年12月16日判決を引用します。「これに対し、本件追加変更工事は、本件本工事の施工が開始された後、C区役所の是正指示や近隣住民からの苦情など様々な事情を受けて別途合意の上施工されたものとみられるのであり、その中には本件本工事の施工によって既に生じていた違法建築部分を是正する工事も含まれていたというべきであるから、(中略)、これを反社会性の強い行為という理由はないから、その施工の合意が公序良俗に反するものということはできない」
この判決は、本工事が公序良俗違反で無効だから追加工事も無効である、と判断した高裁判決を一部破棄差し戻しした判決でした。違法建築をしてしまった場合でも、是正工事をする場合には、その建物を実際に施工した業者自身が行うことが最も効率が良く、適切に是正工事をすることができるはずです。その業者が、その建物のことを最もよく知っているからです。しかし、高裁判決のまま確定してしまうと、違法建築をしてしまった当事者同士で是正工事の合意をしても、施工業者は工事代金の請求をすることができなくなってしまい、結局、是正工事が抑制されてしまうという不都合な結果を招いてしまいますので、最高裁判決は妥当な判断だと言えるでしょう。

元請が代金を払ってくれない場合は、裁判所に追加是正工事の部分だけでも、訴訟提起して、勝訴判決をえて、強制執行により債権回収することができます。可能であれば、追加是正工事を行う前に、追加請負契約書について弁護士に相談し、契約書を作成してもらうとよいでしょう。また、払ってもらえない場合の法的手続きについてもお近くの法律事務所にご相談なさると良いでしょう。

<参考条文>

民法第90条(公序良俗)公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
民法第708条(不法原因給付)不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。

建築基準法(抜粋)
第9条1項(違反建築物に対する措置) 特定行政庁は、建築基準法令の規定又はこの法律の規定に基づく許可に付した条件に違反した建築物又は建築物の敷地については、当該建築物の建築主、当該建築物に関する工事の請負人(請負工事の下請人を含む。)若しくは現場管理者又は当該建築物若しくは建築物の敷地の所有者、管理者若しくは占有者に対して、当該工事の施工の停止を命じ、又は、相当の猶予期限を付けて、当該建築物の除却、移転、改築、増築、修繕、模様替、使用禁止、使用制限その他これらの規定又は条件に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができる。
第98条(罰則) 次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。
一  第九条第一項又は第十項前段(これらの規定を第八十八条第一項から第三項まで又は第九十条第三項において準用する場合を含む。)の規定による特定行政庁又は建築監視員の命令に違反した者
二  第二十条(第一号から第三号までに係る部分に限る。)、第二十一条、第二十六条、第二十七条、第三十五条又は第三十五条の二の規定に違反した場合における当該建築物又は建築設備の設計者(設計図書を用いないで工事を施工し、又は設計図書に従わないで工事を施工した場合においては、当該建築物又は建築設備の工事施工者)
第101条(罰則) 次の各号のいずれかに該当する者は、百万円以下の罰金に処する。一  第五条の四第一項から第三項まで又は第五項の規定に違反した場合における当該建築物の工事施工者
二  第十二条第一項又は第三項(これらの規定を第八十八条第一項又は第三項において準用する場合を含む。)の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者
三  第十九条、第二十八条第一項若しくは第二項、第三十一条、第四十三条第一項、第四十四条第一項、第四十七条、第五十二条第一項、第二項若しくは第七項、第五十三条第一項若しくは第二項、第五十三条の二第一項(第五十七条の五第三項において準用する場合を含む。)、第五十四条第一項、第五十五条第一項、第五十六条第一項、第五十六条の二第一項、第五十七条の四第一項、第五十七条の五第一項、第五十九条第一項若しくは第二項、第六十条第一項若しくは第二項、第六十条の二第一項若しくは第二項、第六十七条の二第三項若しくは第五項から第七項まで又は第六十八条第一項から第三項までの規定に違反した場合における当該建築物又は建築設備の設計者(設計図書を用いないで工事を施工し、又は設計図書に従わないで工事を施工した場合においては、当該建築物又は建築設備の工事施工者)

建設業法第8条  国土交通大臣又は都道府県知事は、許可を受けようとする者が次の各号のいずれか(許可の更新を受けようとする者にあつては、第一号又は第七号から第十一号までのいずれか)に該当するとき、又は許可申請書若しくはその添付書類中に重要な事項について虚偽の記載があり、若しくは重要な事実の記載が欠けているときは、許可をしてはならない。
一  成年被後見人若しくは被保佐人又は破産者で復権を得ないもの
二  第二十九条第一項第五号又は第六号に該当することにより一般建設業の許可又は特定建設業の許可を取り消され、その取消しの日から五年を経過しない者
三  第二十九条第一項第五号又は第六号に該当するとして一般建設業の許可又は特定建設業の許可の取消しの処分に係る行政手続法 (平成五年法律第八十八号)第十五条 の規定による通知があつた日から当該処分があつた日又は処分をしないことの決定があつた日までの間に第十二条第五号 に該当する旨の同条 の規定による届出をした者で当該届出の日から五年を経過しないもの
四  前号に規定する期間内に第十二条第五号に該当する旨の同条の規定による届出があつた場合において、前号の通知の日前六十日以内に当該届出に係る法人の役員若しくは政令で定める使用人であつた者又は当該届出に係る個人の政令で定める使用人であつた者で、当該届出の日から五年を経過しないもの
五  第二十八条第三項又は第五項の規定により営業の停止を命ぜられ、その停止の期間が経過しない者
六  許可を受けようとする建設業について第二十九条の四の規定により営業を禁止され、その禁止の期間が経過しない者
七  禁錮以上の刑に処せられ、その刑の執行を終わり、又はその刑の執行を受けることがなくなつた日から五年を経過しない者
八  この法律、建設工事の施工若しくは建設工事に従事する労働者の使用に関する法令の規定で政令で定めるもの若しくは暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律 (平成三年法律第七十七号)の規定(同法第三十二条の二第七項 の規定を除く。)に違反したことにより、又は刑法 (明治四十年法律第四十五号)第二百四条 、第二百六条、第二百八条、第二百八条の三、第二百二十二条若しくは第二百四十七条の罪若しくは暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)の罪を犯したことにより、罰金の刑に処せられ、その刑の執行を終わり、又はその刑の執行を受けることがなくなつた日から五年を経過しない者
九  営業に関し成年者と同一の行為能力を有しない未成年者でその法定代理人が前各号のいずれかに該当するもの
十  法人でその役員又は政令で定める使用人のうちに、第一号から第四号まで又は第六号から第八号までのいずれかに該当する者(第二号に該当する者についてはその者が第二十九条の規定により許可を取り消される以前から、第三号又は第四号に該当する者についてはその者が第十二条第五号に該当する旨の同条の規定による届出がされる以前から、第六号に該当する者についてはその者が第二十九条の四の規定により営業を禁止される以前から、建設業者である当該法人の役員又は政令で定める使用人であつた者を除く。)のあるもの
十一  個人で政令で定める使用人のうちに、第一号から第四号まで又は第六号から第八号までのいずれかに該当する者(第二号に該当する者についてはその者が第二十九条の規定により許可を取り消される以前から、第三号又は第四号に該当する者についてはその者が第十二条第五号に該当する旨の同条の規定による届出がされる以前から、第六号に該当する者についてはその者が第二十九条の四の規定により営業を禁止される以前から、建設業者である当該個人の政令で定める使用人であつた者を除く。)のあるもの

建設業法施行令第3条の2(法第八条第八号 の法令の規定)
法第八条第八号 (法第十七条 において準用する場合を含む。)の政令で定める建設工事の施工又は建設工事に従事する労働者の使用に関する法令の規定は、次に掲げるものとする。
一  建築基準法 (昭和二十五年法律第二百一号)第九条第一項 又は第十項 前段(これらの規定を同法第八十八条第一項 から第三項 まで又は第九十条第三項 において準用する場合を含む。)の規定による特定行政庁又は建築監視員の命令に違反した者に係る同法第九十八条第一項 (第一号に係る部分に限る。)

<参考判例>
平成23年12月16日最高裁判所判決

主 文
原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人赤井文彌ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件の本訴請求は,請負人であるXが,注文者である被上告人に対し,建築基準法等の法令の規定に適合しない建物(以下「違法建物」という。)の建築を目的とする請負契約に基づく本工事及び上記規定に適合しない部分の是正工事を含む追加変更工事の残代金の支払を求めるものであり,上記の本工事及び追加変更工事に係る請負契約が公序良俗に反するか否かが争点となっている。なお,Xは原審口頭弁論終結後に破産手続開始の決定を受け,その破産管財人に選任された上告人が当審において訴訟手続を受継した。
2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) Bは,被上告人との間で,平成15年2月14日,Bを注文者,被上告人を請負人として,請負代金合計1億1245万5000円の約定で,第1審判決別紙物件目録記載1の建物(以下「A棟」という。)及び同目録記載2の建物(以下「B棟」という。)の各建築を目的とする各請負契約を締結した。A棟及びB棟(以下,併せて「本件各建物」ということがある。)は,いずれも賃貸マンションである。
Bと被上告人とは,上記各請負契約の締結に当たり,建築基準法等の法令の規定を遵守して本件各建物を建築すると貸室数が少なくなり賃貸業の採算がとれなくなることなどから,違法建物を建築することを合意し,建築確認申請用の図面(以下「確認図面」という。)のほかに,違法建物の建築工事の施工用の図面(以下「実施図面」という。)を用意した上で,確認図面に基づき建築確認申請をして確認済証の交付を受け,一旦は建築基準法等の法令の規定に適合した建物を建築して検査済証の交付も受けた後に,実施図面に従って違法建物の建築工事を施工することを計画した。
(2) 被上告人は,建築工事請負等を業とするXとの間で,平成15年5月2日,被上告人を注文者,Xを請負人として,請負代金合計9200万円の約定で,本件各建物の建築を目的とする各請負契約を締結した(以下,この各請負契約を「本件各契約」といい,これに基づき施工されることとなる工事を「本件本工事」という。)。Xは,Bと被上告人との間の上記合意の内容について,確認図面と実施図面の相違点を含め,詳細に説明を受け,上記の計画を全て了承した上で,本件各契約を締結した。
ただし,Xと被上告人の間では,A棟地下については,当初から実施図面に従い本件本工事を施工することが合意された。
(3) 確認図面と実施図面とでは,A棟については,確認図面には存在しない貸室を地下に設けられるようにするとともに,確認図面では2階貸室のロフト上部に設けることとされていた天井を設けないものとされ,B棟については,確認図面では吹き抜けのパティオとされている部分等を利用して貸室数を増加させるものとされているなどの違いがあった。
本件各建物は,実施図面どおりに建築されれば,建築基準法,同法施行令及び東京都建築安全条例(昭和25年東京都条例第89号)に定められた耐火構造に関する規制,北側斜線制限,日影規制,建ぺい率制限,容積率制限,避難通路の幅員制限等に違反する違法建物となるものであった。
(4) Xは,本件各建物の建築確認がされ確認済証が交付された後,本件各契約に基づき,A棟地下について実施図面に従ったほかは,確認図面に従い,本件本工事の施工を開始した。
(5) ところが,A棟地下において確認図面と異なる内容の工事が施工されていることがC区役所に発覚したため,同区役所の指示を受けて是正計画書が作成され,これに従い,Xは,本件本工事によって既に生じていた違法建築部分を是正する工事を施工せざるを得なくなった。加えて,A棟及びB棟の近隣住民から,本件各建物の建築工事につき種々の苦情が述べられるなどしたため,Xはこれにも対応することを余儀なくされた。こうした様々な事情から,Xは,A棟及びB棟につき,上記の是正計画書に従った是正工事を含む追加変更工事(以下「本件追加変更工事」という。)を施工した。
(6) 本件各建物につき,平成16年5月10日,検査済証が交付され,Xは,遅くとも同月30日までに,被上告人に対し,本件各建物を引き渡した。
(7) 被上告人は,Xに対し,本件各建物の工事代金として合計7180万円を支払ったが,その余の支払をしていない。
3 原審は,本件各契約は違法建物の建築を目的とするものであって,公序良俗違反ないし強行法規違反のものとして無効であるとして,本件本工事及び本件追加変更工事のいずれの代金についても,Xの本訴請求を棄却した。
4 しかしながら,原審の上記判断のうち,本件本工事の代金の請求を棄却した部分は是認することができるが,本件追加変更工事の代金の請求を棄却した部分は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 前記事実関係によれば,本件各契約は,違法建物となる本件各建物を建築する目的の下,建築基準法所定の確認及び検査を潜脱するため,確認図面のほかに実施図面を用意し,確認図面を用いて建築確認申請をして確認済証の交付を受け,一旦は建築基準法等の法令の規定に適合した建物を建築して検査済証の交付も受けた後に,実施図面に基づき違法建物の建築工事を施工することを計画して締結されたものであるところ,上記の計画は,確認済証や検査済証を詐取して違法建物の建築を実現するという,大胆で,極めて悪質なものといわざるを得ない。加えて,本件各建物は,当初の計画どおり実施図面に従って建築されれば,北側斜線制限,日影規制,容積率・建ぺい率制限に違反するといった違法のみならず,耐火構造に関する規制違反や避難通路の幅員制限違反など,居住者や近隣住民の生命,身体等の安全に関わる違法を有する危険な建物となるものであって,これらの違法の中には,一たび本件各建物が完成してしまえば,事後的にこれを是正することが相当困難なものも含まれていることがうかがわれることからすると,その違法の程度は決して軽微なものとはいえない。Xは,本件各契約の締結に当たって,積極的に違法建物の建築を提案したものではないが,建築工事請負等を業とする者でありながら,上記の大胆で極めて悪質な計画を全て了承し,本件各契約の締結に及んだのであり,Xが違法建物の建築という被上告人からの依頼を拒絶することが困難であったというような事情もうかがわれないから,本件各建物の建築に当たってXが被上告人に比して明らかに従属的な立場にあったとはいい難い。
以上の事情に照らすと,本件各建物の建築は著しく反社会性の強い行為であるといわなければならず,これを目的とする本件各契約は,公序良俗に反し,無効であるというべきである。本件本工事の代金の請求を棄却した原審の判断は,この趣旨をいうものとして是認することができる。所論引用の各判例は,本件に適切でない。
(2) これに対し,本件追加変更工事は,本件本工事の施工が開始された後,C区役所の是正指示や近隣住民からの苦情など様々な事情を受けて別途合意の上施工されたものとみられるのであり,その中には本件本工事の施工によって既に生じていた違法建築部分を是正する工事も含まれていたというのであるから,基本的には本件本工事の一環とみることはできない。そうすると,本件追加変更工事は,その中に本件本工事で計画されていた違法建築部分につきその違法を是正することなくこれを一部変更する部分があるのであれば,その部分は別の評価を受けることになるが,そうでなければ,これを反社会性の強い行為という理由はないから,その施工の合意が公序良俗に反するものということはできないというべきである。
5 以上によれば,原審の前記判断のうち,本件追加変更工事の代金の請求に関する部分は是認することができず,同部分には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの限度で理由があるが,Xは,本訴請求に当たり,本件追加変更工事の施工の経緯,同工事の内容,本件本工事の代金と本件追加変更工事の代金との区分等を明確にしておらず,原判決中,本件本工事の代金の請求に関する部分と本件追加変更工事の代金の請求に関する部分とを区別することができないから,結局,Xから訴訟手続を受継した上告人の敗訴部分は全て破棄を免れない。そして,本件追加変更工事の具体的内容,金額等について更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

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