新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1213、2012/1/17 10:29 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・建物賃貸借における模様替え禁止特約と柱の補強・東京高裁判昭56年9月22日判決】

質問:私は,建物を賃借しています。その建物があまりにも老朽化したので,柱の補強の工事をしました。すると,大家から,特約違反を理由に解除,明渡しを要求されました。本件賃貸借契約には建物の模様替えを禁止する特約があり,その特約違反を主張されています。かかる特約は有効なのでしょうか?また,柱の補強は特約違反に当たるのでしょうか?

回答:
1 賃貸借契約の模様替え禁止の特約自体は有効であると考えられます。
2 しかし,賃借人は建物の原状を維持する範囲に属する修繕工事であれば,工事をすることができるとされていることから,特約はそのような工事まで禁止しているものではないとされています。そこで,本件柱の補強の工事が,模様替えを伴うものであったとしても,賃借人に許された修繕工事に該当するかが問題となります。老朽化した建物の柱を補強するためのやむをえない工事(判例では,修繕工事が「天井の落下,建物の傾斜あるいは梁の折損等を防止するため老朽化した柱や梁に鉄柱,鉄板,丸鋼等を添えて補強したものである」という工事内容についての基準が示されています。)であれば,原状を維持するための工事と評価できます。よって,賃借人として当然できる修繕と考えられ,当該特約違反には該当しません。したがって,大家の特約違反及び解除,明け渡しの主張は不当であり,相談者はこの大家の要求に従う必要はありません。

解説:
1(賃借建物の変更は許されるか・必要費,有益費の支出行為と模様替え禁止特約) 
(1)賃借人は,建物を利用することはできますが,賃貸借契約終了後に賃借物を返還する義務を負っていますから,賃借物の返還のために,善良な管理者の注意をもって保存する義務があります(契約当事者となった当事者の原則的義務です。民法400条。)。よって,建物の賃借人は建物の模様替えなど賃借物に変更を加えることは許されません。模様替え等の変更は特約が無くても禁止されているわけですから,このことを禁止制限することを明文化した特約自体も,契約自由の原則から当然に有効と考えられます。
  一方,賃借人は,賃借物の性質により決まる用法に従って賃借物を使用収益することができます(民法616条,594条1項)。そのことから,建物の賃借人は建物を使用収益するために,賃貸人に対して賃借物について必要な範囲で修繕することを請求できるものと考えられています(民法606条1項の解釈。)。

(2)賃借人自ら補修工事等ができるか否かについては,賃借人に費用償還請求権(民法608条)があることから考えて,原則として,必要費及び有益費償還請求権が行使できる範囲内の修繕は自らすることができると考えられます。必要費とは,単に原状維持のための費用だけでなく,目的物を通常の用法に適する状態において保存するために支出された費用も含まれると考えられています。基本的に保存費と同一内容ということになります。民法196条1項は,「その物の保存のために支出した金額その他の必要費」と規定していますが,目的物の本来の形状を維持し,目的物上の権利を保存するために当然必要な費用を意味します。例えば,動物の食料費,家屋の修繕費(雨漏りによる屋根の修理),租税などが上げられます。
  これに対して有益費としては,196条2項で「占有物の改良のために支出した金額その他の有益費」と規定していますが,建物の増改築や上下水道設備工事など目的物の使用,交換価値を増加させるものと考えられています。608条と196条は似通った条文ですが,196条は,占有者と本権者(例えば,他人の家を勝手に使用していた者と所有者)の占有物の返還に関して生じる利害調整を図るための一般的規定です。これに対して,賃貸借に関する608条は,同じく,本権者(大家)と占有者(賃借人)の賃貸物の返還に関する規定ですが,賃貸借の有償双務契約を考慮して規定されています(占有の規定の特別規定)。しかし,内容はほぼ同じで,有益費の償還時期について占有するについて悪意でなくても(善意でも)期限が賃貸人に対して与えられます(賃借人は占有権限があると思っていますから常に善意の先有者です。例えば盗人は占有権限がないことを知っているのでいつも悪意の占有者です。)。すなわち一般規定と異なり善意の占有者でも償還の期限の利益を賃貸人側に与えています。これは,通常の本権者と占有者と異なり賃借人が使用収益により利益を得ているので公平上賃貸人側へ期限を与え利益調整を図っています。
  これと類似する概念として管理費がありますが,必要費,有益費を含むもので目的物をどのように維持するかという角度から規定されています(民法28条,103条,202条)。

(2)次に,模様替え禁止の特約がある場合でも,自ら必要費,有益費の支出行為に関する工事をすることができるかという問題がありますが,必要費を支出するような保存行為(工事)は,禁止特約があっても賃借人は自ら行うことが可能です。これを認めなければ,賃貸借の目的(目的物の使用収益)を達成することができず,本来の義務者である賃貸人が保存行為をしなければ賃借人にとり,著しく不公平になるからです。有益費を生ずる行為については,特約があればこれをなしえないものと考えられます。有益費をかけるような工事をすることは物件の変更にあたると考える事ができますので,特約の効果を認めても賃借人に特に不利益とはいえないでしょう。

(3)さらに,問題は,本件柱の補強のような行為が,まず,必要費として償還請求権が行使できる範囲内の修繕に該当するかです。建物の柱の修繕は,雨漏りによる屋根の修繕とは異なり直ちに建物使用に不都合をきたすものではなく必要費の範囲内として扱ってよいか考える必要があります。しかし,長期間の建物の使用収益,保存に必要不可欠であり,必要費の範囲内の行為,工事といえるでしょう。また,賃貸借の有償性からこれを認めるのが公平です。

2 (判例の検討)
  この点に関し,同種の事案の判例があります。すなわち,「賃借人は特定物の引渡しを内容とする債務を負う者として善良な管理者の注意をもって賃借物を保存する義務を負う(民法四〇〇条)から,建物の賃借人が建物の模様替えをするなど賃借物に変更を加えることは原則として許されないところであり,したがって,これを禁止,制限するとともに,違反があった場合には,賃貸人が契約を解除しうるものとする特約は,その効力を是認すべきである。しかし,他方において,賃借人は,賃貸借の目的に適い,かつ建物の種類,構造に即した合理的な方法で賃借物を使用収益しうる権利を有するのであるから,右使用収益に必要な限度で賃借物に変更を加えることはできるものというべきであり,ことに民法六〇八条一項が賃借人において必要費すなわち目的物の原状を維持しもしくは原状を回復するに必要な費用を支出したときは,直ちに賃貸人に右費用の償還を請求しうるものと規定した趣旨にかんがみれば,賃借人は,賃借物につき右の範囲の修繕をすることができるものと解するのが相当である。これを本件についてみるに,原審が認定したところによれば,被上告人の被相続人亡伊藤太一が本件建物に加えた工作は,いずれも天井の落下,建物の傾斜あるいは梁の折損等を防止するため老朽化した柱や梁に鉄柱,鉄板,丸鋼等を添えて補強したものであるというのであり,本件建物の原状を維持する範囲に属することは明らかであるから,亡伊藤太一の右行為は,原判示造作模様替えの制限に関する特約には違反しないとした原審の判断は正当として是認することができ,右判断に所論の違法はない。」と判示している(東京高裁昭56年9月22日判決 判例時報1021号106頁)。
  このように,建物の賃借人が建物の模様替えをするなど賃借物に変更を加えることを制限するとともに,違反があった場合には契約を解除する旨の特約は有効であると解されています。しかし,民法608条の趣旨を援用して,賃借人は原状を維持する範囲の修繕は当然することができ,右特約とは関係のない問題であると考えられています。建物賃貸借契約の性質から妥当な判断です。

3 以上の判例から考えても,本件の模様替え禁止の特約自体は有効であると考えられます。しかし,相談者のした工事が本件建物の原状を維持する範囲に属するものであれば,賃借人は必要費として償還請求ができることから,当然修繕工事をすることが認められていると考えられ,当該特約違反には当たらないことになります。そこで,本件柱の補強の工事が,賃借人のできる修繕工事に該当するかが問題となりますが,前記判旨のようにその工事が「天井の落下,建物の傾斜あるいは梁の折損等を防止するため老朽化した柱や梁に鉄柱,鉄板,丸鋼等を添えて補強したものである」と評価できる場合は特約違反は認められません。このような修繕工事は賃借人として当然できる工事に該当し,本件特約違反には該当しません。したがって,大家の特約違反及び解除,明け渡しの主張は不当であり,相談者はこの大家の要求に従う必要はありません。

《参照条文》

民法
(占有者による費用の償還請求)
第百九十六条  占有者が占有物を返還する場合には,その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし,占有者が果実を取得したときは,通常の必要費は,占有者の負担に帰する。
2  占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については,その価格の増加が現存する場合に限り,回復者の選択に従い,その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし,悪意の占有者に対しては,裁判所は,回復者の請求により,その償還について相当の期限を許与することができる。
(特定物の引渡しの場合の注意義務)
第四百条  債権の目的が特定物の引渡しであるときは,債務者は,その引渡しをするまで,善良な管理者の注意をもって,その物を保存しなければならない。
借主による使用及び収益)
第五百九十四条  借主は,契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い,その物の使用及び収益をしなければならない。
2  借主は,貸主の承諾を得なければ,第三者に借用物の使用又は収益をさせることができない。
3  借主が前二項の規定に違反して使用又は収益をしたときは,貸主は,契約の解除をすることができる。
(賃貸物の修繕等)
第六百六条  賃貸人は,賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。
2  賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは,賃借人は,これを拒むことができない。
(賃借人による費用の償還請求)
第六百八条  賃借人は,賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは,賃貸人に対し,直ちにその償還を請求することができる。
2  賃借人が賃借物について有益費を支出したときは,賃貸人は,賃貸借の終了の時に,第百九十六条第二項の規定に従い,その償還をしなければならない。ただし,裁判所は,賃貸人の請求により,その償還について相当の期限を許与することができる。
(使用貸借の規定の準用)
第六百十六条  第五百九十四条第一項,第五百九十七条第一項及び第五百九十八条の規定は,賃貸借について準用する。

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る