新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1205、2012/1/8 11:12 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・借地契約における地代値上げ特約の効力・最高裁平成15年6月12日判決・最高裁平成16年6月29日判決】

質問:私は店舗用建物を所有する目的で借地契約を締結していますが,その契約には,地代を契約締結後3年ごとに15%ずつ増額する旨の自動改定特約が定められています。しかし,その後経済状況が激変し,地価も大幅に下落しています。このような場合でもかかる特約は有効で拘束されるのでしょうか?私としては地代の減額を請求したいですが,できますでしょうか?

回答:
1.判例では「地代等自動改定特約は,その改定基準が借地借家法11条1項の規定する経済事情の変動等を示す指標に基づく相当なものである場合には,その効力を認めることができる。」とされています。経済状況の変動によりかかる自動改定特約の基準で地代を定めるのが不相当となった場合には,かかる特約は失効することになりますから,値上げに応じる必要はありませんし,地代の減額を請求することも可能と考えられます。
2.借地借家法に関連して,当事務所事例集1162番1123番1121番1108番1105番1083番1057番1041番1037番1029番1023番954番951番940番822番747番695番689番678番623番570番552番420番346番220番138番136番124番105番参照。

解説:
(借地借家法および借地借家法11条1項(旧借地法12条1項)の趣旨と強行規定)
  現在,旧借地法と新しい 借地借家法 が併存している状態ですが,どうして 借地借家法が新たに作られたのでしょうか。借地人の生活権の保護と,地主の土地利用の活性化の調和を図り,最終的に土地という不動産価値を生かして適正な社会経済秩序を実現するためです。簡単に言うと借地供給の促進ということになります。借地人の生活権も重要ですが,旧借地法では一旦土地を賃貸すると,これを地主が取り戻すことは事実上不可能であり,底地権の価値の喪失により,地主側は土地の賃貸を控えるようになりました。その結果土地の経済的再利用という観点から見ると,不動産価値を社会的に活用することができず,経済的成長の面から問題が生じました。
  他方,居住家屋の提供は借地法制定当時より大幅に改善され,借地人の居住権保護も借地権の強化(賃借権の),物権化という方法により行う必要性が減少しています。そこで,従来の借地法の他に新借地借家法を制定し,地主の所有権の保護も考慮しながら不動産価値の再利用を促進しています。具体的には,借地存続期間の変更(借地借家法3条以下),借地権解消の正当事由の明文化(6条),定期借地権(22条以下),自己借地権(15条,土地所有者とデベロッパーとの借地権形式による共同ビル建設等)の新設が挙げられます。

  建物所有の目的で土地を他人に使用させて,その対価として賃料を授受するという契約を,土地賃貸借契約といいます(民法601条)。借地権者は,その土地に借地権設定登記を有しない場合でも,建築した建物の所有権保存登記を経由し,地代を払い続ける限り,土地所有者が変更されても賃借権を主張して建物所有を継続することができます( 借地借家法 10条1項)。賃貸借契約は,元来,(約束した当事者間でのみ有効な)当事者間の債権契約なのですが,借地借家法では,このように土地賃借権に第三者対抗力を持たせることにより,借地権者の地位の安定化,並びに借地権者の保護を図り,借地契約を促進しようとしています。国土は有限であり,土地は限られた資産ですから,これを有効活用することにより社会経済の発展に役立てる必要がありますので,自分が直接利用する場合の他,他人に貸して利用してもらう場合の法律関係についても,法律が整備されています。
  民法の基本原理である契約自由の原則がありますので,土地の所有権者は,賃借人が了解する限り,どのような土地でも好きな賃料額で相手方に貸し渡すことができますが,土地の価格は常に変動しています。時間の経過に伴って,契約当時の地代が不相当になってしまう場合があります。地価が上昇した場合は貸主が地代増額を求めることになりますし,地価が下落した場合は借主が地代減額を求めることになります。そのような場合に,当事者間の公平を図るために,借地借家法 11条(旧借地法12条)で地代等増減請求権が定められています。昨今の世界経済の停滞と,本邦のバブル崩壊後の地価下落と出生率の低下による人口減少社会到来により,どちらかというと地代等減額請求手続の意義が高まっていると言えるかもしれません。
  
  地代減額請求の内容証明郵便を送付しても,地代増減の裁判が確定するまでは,従前の地代額(又は地主が相当と認めた額)を払わなければなりませんが,裁判により相当額が定められて既払い額からの減額が認められた場合は,年1割の利息を付けて差額の返還をうけることができます(借地借家法 11条3項,旧借地法12条3項)。借地借家法 11条(および旧借地法12条)は,当事者間の公平を図るための公的色彩のある規定ですので,強行規定と解釈されており,地代自動改定特約を定めていても, 借地借家法 11条1項(旧借地法12条1項)の適用を排除することはできないと解釈されています。
  強行法規というのは,公平の原則や公序良俗や信義則など民法(私法)の基本原則に基き定められた条文であって,当事者間が契約書などで特約を定めて適用を排除しようとしても,その特約が無効と解釈されてしまう規定です。民法の原則には,「契約自由の原則」もありますが,どのような契約でも際限なく自由に定めることができることになってしまうと,有名なシェークスピアの戯曲「ベニスの商人」のように「返済が遅れたときは肉1ポンドを以って支払う」というような主張もなし得ることになってしまいます。このような恣意的な法律の主張は,「法の支配」の原理に照らして自ずから限界があることになります。その限界について定めた規定が,強行法規(強行規定)です。強行規定は,借地借家法16条の様に条文で明示されている場合もありますし,借地借家法 11条1項の様に条文には「反する特約は無効」と明示されていないものの,文理解釈や反対解釈や条理解釈などの法解釈を加えることにより強行規定とされる場合もあります。借地借家法11条1項の場合には,「契約の条件にかかわらず」という言葉もありますし,但し書きで一定期間の特約の有効性が規定されていますので,間接的に一定期間を超える特約は無効と読むことが可能となっており,比較的わかりやすい強行規定と言えます。

  強行規定が明示されている例としては,以下のものがあります。
  借地借家法 16条(強行規定)第十条,第十三条及び第十四条の規定に反する特約で借地権者又は転借地権者に不利なものは,無効とする。

  強行規定が明示されない例としては,
  借地借家法 11条1項(地代等増減請求権)地代又は土地の借賃(以下この条及び次条において「地代等」という。)が,土地に対する租税その他の公課の増減により,土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる。ただし,一定の期間地代等を増額しない旨の特約がある場合には,その定めに従う。

1 (地代等自動改定特約の有効性について)
  借地借家法は基本的に強行規定(同法21条,当事者が法律の内容と異なる特約をしても無効になる当該規定をいいます。国家社会の一般的利益を保護する規定です。すなわち借地,借家人の公正な保護です。反対概念は任意規定といいます。)であり,法律に反する合意は無効となっていますが,地代の決定は,本来的には当事者の自由な合意に委ねられております。そして,地代の自動改定の特約も,将来の紛争を未然に防止するとの理由から,原則としてかかる特約も有効であると考えられています。しかし,借地借家法11条1項において,土地に対する租税その他の公課の増減により,土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって地代等の額の増減を請求することができると規定されていることから,かかる特約の自動改定の基準が,借地借家法11条1項に規定する経済事情の変動を示す指標に基づく相当なものであることが要件と考えられています。

  こうして借地借家法11条1項の強行法規制との調和を図る考え方が一般的です。判例においても,「地代等の額の決定は,本来当事者の自由な合意にゆだねられているのであるから,当事者は,将来の地代等の額をあらかじめ定める内容の特約を締結することもできるというべきである。そして,地代等改定をめぐる協議の煩わしさを避けて紛争の発生を未然に防止するため,一定の基準に基づいて将来の地代等を自動的に決定していくという地代等自動改定特約についても,基本的には同様に考えることができる。そして,地代等自動改定特約は,その地代等改定基準が借地借家法11条1項の規定する経済事情の変動等を示す指標に基づく相当なものである場合には,その効力を認めることができる。」と判示されており,借地借家法11条1項の趣旨に適合するように特約を解釈しています(最高裁平成15年6月12日判決民集57−6−595)。

2 (経済事情の変動と同特約の効力)
  そして,借地契約の継続中に大幅な経済変動が発生し,借地の地価が大幅に下落したような場合に,地代の増加を前提とした自動改定特約を維持するのは不当です。このことは,公租公課,地価の変動等による地代の増減を認めている借地借家法11条1項の趣旨にも反するものです。前述の通り,強行法規である借地借家法11条1項の制度趣旨に抵触しないように解釈して,自動改定特約の効力を認めていることから考えても,かかる経済状況の大幅な変化が生じた場合には自動改定特約の効力は否定されるべきではないか問題となります。

  この点,判例は,「しかし,当初は効力が認められるべきであった地代等自動改定特約であっても,その地代等改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情が失われることにより,同特約によって地代等の額を定めることが借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして不相当なものとなった場合には,同特約の適用を争う当事者はもはや同特約に拘束されず,これを適用して地代等改定の効果が生ずるとすることはできない。また,このような事情の下においては,当事者は,同項に基づく地代等増減請求権の行使を同特約によって妨げられるものではない。」と判示し,その後の経済状況の変動によりかかる自動改定特約の基準で地代を定めるのが不相当となった場合には,かかる特約は失効すると解されています(最高裁平15年6月12日判決 民集57−6−595)。

  又,最高裁平成16年6月29日判決は,本件のように地代の減額を契約書の特約で明確に排除している場合であっても,裁判所は, 借地借家法 11条1項の地代等増減請求権の行使は妨げられるものではないと解釈し,大阪高裁の判決を破棄して差し戻しています。

 「本件各賃貸借契約には,3年ごとに賃料を消費者物価指数の変動等に従って改定するが,消費者物価指数が下降したとしても賃料を減額しない旨の本件特約が存在する。しかし, 借地借家法11条1項の規定は,強行法規であって,本件特約によってその適用を排除することができないものである(※判例引用省略)。したがって,本件各賃貸借契約の当事者は,本件特約が存することにより上記規定に基く賃料増減請求権の行使を妨げられるものではないと解すべきである。」
  当事者の合意をできる限り生かしながらも,借地借家法11条1項の制度趣旨を尊重し,事情が大幅に変動した場合には,借地借家法の精神に戻り,特約を失効させ,地代の減額請求権の行使を認めるべきであると考えられます。

3 (本件の検討)
  ご質問の事例を検討いたしますと,本件のような地代の自動改定特約も,バブル経済期などの地価が急激に上昇していた状況においては,地代も増額が予定され,将来の紛争を回避するためにも,相当なものであると判断されます。借地契約の締結時期がかかる経済状況の下であれば,本件特約も有効であるといえます。

  しかし,その後地価の動向が下落に転じ,周辺地価が大幅に下がっている状況においては,契約締結時と事情が変更されており,地代の増額だけを予定している本件特約の効力を維持することが,借地借家法11条1項の趣旨に反するものといえます。よって,現時点においては,自動改定特約の効力は失効されると考えます。したがって,あなたは,地主に対して,地代の減額請求をすることができます。

≪参照条文≫

借地借家法
(地代等増減請求権)
第十一条  地代又は土地の借賃(以下この条及び次条において「地代等」という。)が,土地に対する租税その他の公課の増減により,土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる。ただし,一定の期間地代等を増額しない旨の特約がある場合には,その定めに従う。
2  地代等の増額について当事者間に協議が調わないときは,その請求を受けた者は,増額を正当とする裁判が確定するまでは,相当と認める額の地代等を支払うことをもって足りる。ただし,その裁判が確定した場合において,既に支払った額に不足があるときは,その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。
3  地代等の減額について当事者間に協議が調わないときは,その請求を受けた者は,減額を正当とする裁判が確定するまでは,相当と認める額の地代等の支払を請求することができる。ただし,その裁判が確定した場合において,既に支払を受けた額が正当とされた地代等の額を超えるときは,その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。
(強行規定)
第二十一条  第十七条から第十九条までの規定に反する特約で借地権者又は転借地権者に不利なものは,無効とする。

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