新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1182、2011/11/16 11:48 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・建物明け渡し・民事保全・占有移転禁止仮処分・占有者の認定】

質問:私は,賃貸用マンションを所有し,各部屋を貸している者です。今回,借主Aが家賃の支払いを遅れるようになり,たびたび催促しても払われないまま数か月が過ぎました。そこで,その部屋を新しく賃貸できるよう所定の手続をとりたいのですが,その部屋の郵便受けには「B」と表示してあり,A以外の者がその部屋を利用しているような様子もあります。Aはこんな調子の人物なので,Bに限らず,Aを相手に手続を行っている間に,また自分以外の者をその部屋に居つかせてしまうかもしれないと思い,心配です。どうすればよいでしょうか。

回答:
1.借主に賃料債務の遅延がある場合,債務不履行を理由に賃貸借契約の解除をなしえ(通常は3カ月程度の未払いがあれば解除はできます。),あなたはAに対して部屋の明渡し請求をすることができます。もっとも,その明渡しを強制的に実現するためには強制執行手続をとる必要があり,その前提としてまずは訴訟を起こし,請求認容判決(いわゆる勝訴判決)を確定させる必要があります。なお,訴訟の際の主張立証責任(家賃支払い期限が経過していること,解除のための催告通知をしたことについて)は,請求者であるあなたの側にあります。
2.このように訴訟が必要になりますが,ご相談のように家の占有者が誰かはっきりしない場合,被告を誰にするか問題があります。裁判の債務名義は被告に対してのみ効力があり,被告以外の人物が占有している場合には,強制執行ができなくなってしまうからです。本案訴訟中に建物の占有移転を探知した場合には,訴訟引受によって新占有者に訴えを変更することは可能であり(民訴50条),口頭弁論終結後の占有移転であれば,承継執行文を得たうえで新所有者に対して執行できることになっていますが(民事執行法23条1項3号,27条2項),さらに,訴訟・強制執行手続中の目的物の占有の移転を禁止する法的手段として,占有移転禁止の仮処分を申し立てることができます。この場合,債務者が(家族等占有補助者以外の)第三者を引き入れて占有させるおそれがあるときなどには,保全の必要性があると認められます。占有移転禁止の仮処分命令が出された場合,仮に仮処分執行後に目的物の占有者が変わったという主張がなされても,仮処分執行時点の占有者に対する判決・強制執行が認められることになります(例外的ケースについては,解説の2項を参照。)。
3.本件の場合,Aが事実上部屋に居ついており,かつB宛ての郵便物もその部屋に届いているような状況であれば,A・B両名がともに占有移転禁止仮処分申立ての相手方となると思われます。
4.一般に,建物明渡請求の場合,訴訟・強制執行の手続面でも単純ではありません。もちろん,お一人で手続を進められるという方もいらっしゃるでしょうから,ご自身で手続を進めていくことが可能そうかどうかも含め,一度弁護士に相談して具体的な助言をお聞きいただくのがよろしいと思います。
5.強制執行,保全処分,書式集について当事務所事例集1000番978番973番966番487番14番参照。

解説:
1 賃貸中の部屋を新たに賃貸するための手続
  賃貸借契約が成立した場合,その貸主は,借主に対して目的物を使用・収益させる義務を負います(民法601条)。そして,契約期間の定めがある場合には契約期間内,契約期間の定めがない場合には所定要件を満たした解約申入れから所定期間が経過するまでは,賃貸借契約は終了しませんから,あなたは依然として借主Aに使用・収益させる義務を負い,新たに第三者にその部屋を賃貸して使用・収益させることはできません。
  ただ,本件の場合には,他方で借主側の賃料債務の不履行もあるとのことですので,借主の債務不履行を理由に,損害賠償や契約解除をなしえます(民法415条・541条)。そして,解除が有効になされた場合,賃貸借契約は終了し,契約当事者は原状回復義務を負いますから(同法545条1項本文),あなたは借主に対して目的物の返還請求(本件の場合は,部屋の明渡し請求になります。)をすることができます。そうして部屋の明渡しを受ければ,あとは新しい借主に部屋を賃貸することができます。

  もっとも,法律上返還請求権が生じた場合であっても,我が国では法の支配の理念から自力救済は禁止されているため,直ちにそれを強制的に実現できるわけではなく,司法機関による法的手続(強制執行(明渡し執行)手続)をとる必要があります。この強制執行は,「債務名義」と呼ばれるものに基づいて行いますが(民事執行法22条,25条),確定判決などがこの債務名義に該当するため(同法22条1号ほか),まずは賃借人を被告として建物明渡訴訟を起こし,請求認容判決を確定させる必要があります。
  
  訴訟では,請求をする側(原告)が,法律上の要件に該当するような具体的事実があったことの主張と,それを裏付ける証拠の提出をする必要があります(原告の主張立証責任と言われるものです。)。本件の場合では,賃貸借契約の成立(民法601条)と目的物引渡し,解除権の発生とその行使(同法541条,540条)等の要件事実に該当する具体的事実を主張し,それらを裏付ける証拠を提出することになります。以上,権利確定の訴訟を行う裁判所と強制執行を行う裁判所は同じ建物でも別個の裁判機関として存在します。実体的権利の確定と権利実現の手続きを別個の裁判機関に分担している理由は,紛争を公平公正に判断し,迅速性,訴訟経済性をも念頭に置いています。別々の裁判所により,公正に判断し,強制執行機関に実体的権利の確定の機能まで要求すると(その逆も)手続きが複雑になり権利の実現が遅れてしまうからです。尚,後述の保全裁判所を含めると,3つの裁判所の職務は分担独立しています。具体的には各部(例えば民事4部,保全部,執行部等,)として独立しています。このような職務内容による管轄の定めを職分管轄といいます。

2 訴訟・強制執行手続を行っている最中の占有移転
  訴訟手続・強制執行手続は,相手方(被告・債務者)を特定して,その相手方に対して法的義務の履行を求めるものとして行われます。そのため,ある特定人に対して訴訟提起・強制執行申立てをしたとしても,仮にこれらの手続中に占有が当該特定人から他の第三者に移転し,明渡し等の法的義務を負う者が変更してしまえば,当該特定人に対する手続は法的に意味のないものとなり,手続は空振ってしまいます。その点で,手続中に部屋に借主Aとは別の第三者が居つくことへのあなたの危惧は,法律的な観点からしてももっともな危惧です(もっとも,Aが家族等を住まわせているような場合には,その家族等は占有補助者に過ぎず独立の占有を認める必要がありませんから,占有を続けているAに対する明渡し請求ができ,Aの占有が失われれば,占有補助者も排除できます。)。
  いちおう,法制度上,@本案訴訟中に占有移転を探知した場合には,訴訟引受(民事訴訟法50条)によって新占有者に訴えを変更することは可能であり,A口頭弁論終結後の占有移転であれば,承継執行文(民事訴訟法27条2項)を得たうえで新所有者に対して執行できることにはなっています(同法23条1項3号)。もっとも,それには占有の状態に常に注意しておかなければならないうえ,占有移転が弁論終結の前後どちらであるか,新占有者を承継人と見ることができるか等につき争いが生じる可能性もあり,結果的に強制執行が困難になるおそれもあるところです。そこで,占有関係の固定のために,以下のような法制度が用意されています。
  
  すなわち,これらの手続中の目的物・係争物の占有の移転を禁止する法的手段として,占有移転禁止の仮処分を申し立てることができます(民事保全法25条の2,54条の2,62条)。この類型の仮処分では,債務者が第三者を引き入れて占有させるおそれがある場合などには,保全の必要性があると認められます(もっとも,仮に今回郵便受けに名前を表示している「B」という人物がAの家族等であれば,前述のとおり占有補助者であって独立の占有がAから与えられているものではありませんから,Aが第三者に占有させるおそれありと判断する方向の事情とはならないでしょう。)。
  
  そして,占有移転禁止の仮処分命令が出された場合,のちに第三者が仮処分の執行がなされたことを知って係争物を占有したときには,その第三者に対し,債務名義に基づいて強制執行ができるものとされ(同法62条1項1号),また,仮処分執行後に係争物を占有した者については,執行を知っていたものと推定されます(同条2項)。他方で,仮処分の執行がなされたことを知らないで係争物を占有した者であっても,債務者の占有を承継した場合には,その第三者に対し,債務名義に基づいて強制執行ができるものとされています(同条1項2号)。そのため,仮に仮処分執行後に目的物の占有者が変わったという主張がなされても,ほとんどのケースで仮処分執行時点の占有者に対する判決・強制執行が認められることになります(認められない例外的ケースは,第三者が善意かつ非承継者の場合に限られ,しかも「善意」とは善意・無過失を意味すると解釈されているため,この例外的ケースは極めて小さい範囲にとどまります。)。

  なお,占有移転禁止の仮処分には,大半のケースにおいては占有者による目的物の使用を許諾する条件が付されますが,場合によってはそういった条件が付されないこともあります。もっとも,これは占有者が目的物を毀損する等の事情がある場合に,目的物明け渡しのために占有者の使用を禁じておく目的でなされるものですので,これによって仮処分の段階で借主は目的物を事実上使用できなくなります。また,執行官が保管するという条件や,債務者の使用を許諾する条件,債務者に使用までは許可しないものの保管をさせる条件などが付されることもありますが,これらも,目的物明渡しに向けた目的物等の保全の目的で付されるものです。

3 仮処分の相手方
  それでは,本件のような場合,前項で説明した占有移転禁止の仮処分を,誰を相手方として申し立てることになるでしょうか。
  まず,Aは本件における借主であって,賃貸借契約上目的物の返還債務(部屋の明渡し債務)を負う者であり,また,部屋内部の正確な状況までは把握できないにしても,おそらくはAはその部屋の占有者でもあるだろうと思われます。他方,Bについて考えると,前述のとおり事実上Aが部屋に居ついており,Bは部屋には居ないということであれば,Bに占有はないようにも思えます。実際の部屋の使用関係について明確な把握まではできておらず,郵便受けの表記をもってBにも占有が認められる可能性も考えられます。そうであれば,「仮にAが占有者でない場合には,Bが占有者である」といったような,予備的にBを占有者と想定しての申立ても考えうるところです。
  このような場合,Aが事実上部屋に居ついており,かつB宛ての郵便物もその部屋に届いているようであれば,A・Bともに部屋に現実の支配を及ぼしていると評価できるでしょう。そこで,両者ともに占有している実態があるものとして,A・B両名がともに仮処分の相手方となると思われます。

4 一般に,建物明渡請求の場合,訴訟・強制執行の手続面でも単純ではありませんし(賃貸借契約の終了(解除)による不動産明渡請求の場合,訴訟手続においては貸金返還請求等の場合に比べて主張すべき事実関係が複雑になります。また,仮処分から行う場合,仮処分手続,訴訟手続,強制執行手続と3つの法的手続を経る必要があります。),訴訟代理は原則として弁護士に限られます(民事訴訟法54条1項本文)。仮処分の最中に相手方との和解交渉,それに基づき仮処分保証金の取り戻し手続き等書面作成に専門的知識が必要になる場合もあります。
  もちろん,お一人で手続を進められるという方もいらっしゃるでしょうから,ご自身で手続を進めていくことが可能そうかどうかも含め,一度弁護士に相談して具体的な助言をお聞きいただくのがよろしいかと思います。

≪参照条文≫

民法
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。
(解除権の行使)
第五百四十条 契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは,その解除は,相手方に対する意思表示によってする。
2 前項の意思表示は,撤回することができない。
(履行遅滞等による解除権)
第五百四十一条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において,相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし,その期間内に履行がないときは,相手方は,契約の解除をすることができる。
(解除の効果)
第五百四十五条 当事者の一方がその解除権を行使したときは,各当事者は,その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし,第三者の権利を害することはできない。
2 前項本文の場合において,金銭を返還するときは,その受領の時から利息を付さなければならない。
3 解除権の行使は,損害賠償の請求を妨げない。
(賃貸借)
第六百一条 賃貸借は,当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。

民事訴訟法
(訴訟代理人の資格)
第五十四条 法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか,弁護士でなければ訴訟代理人となることができない。ただし,簡易裁判所においては,その許可を得て,弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる。
2 前項の許可は,いつでも取り消すことができる。

民事執行法
(債務名義)
第二十二条 強制執行は,次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
一 確定判決
二 仮執行の宣言を付した判決
三 抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判(確定しなければその効力を生じない裁判にあつては,確定したものに限る。)
三の二 仮執行の宣言を付した損害賠償命令
四 仮執行の宣言を付した支払督促
四の二 訴訟費用若しくは和解の費用の負担の額を定める裁判所書記官の処分又は第四十二条第四項に規定する執行費用及び返還すべき金銭の額を定める裁判所書記官の処分(後者の処分にあつては,確定したものに限る。)
五 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で,債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)
六 確定した執行判決のある外国裁判所の判決
六の二 確定した執行決定のある仲裁判断
七 確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)
(強制執行の実施)
第二十五条 強制執行は,執行文の付された債務名義の正本に基づいて実施する。ただし,少額訴訟における確定判決又は仮執行の宣言を付した少額訴訟の判決若しくは支払督促により,これに表示された当事者に対し,又はその者のためにする強制執行は,その正本に基づいて実施する。

民事保全法
(債務者を特定しないで発する占有移転禁止の仮処分命令)
第二十五条の二 占有移転禁止の仮処分命令(係争物の引渡し又は明渡しの請求権を保全するための仮処分命令のうち,次に掲げる事項を内容とするものをいう。以下この条,第五十四条の二及び第六十二条において同じ。)であって,係争物が不動産であるものについては,その執行前に債務者を特定することを困難とする特別の事情があるときは,裁判所は,債務者を特定しないで,これを発することができる。
一 債務者に対し,係争物の占有の移転を禁止し,及び係争物の占有を解いて執行官に引き渡すべきことを命ずること。
二 執行官に,係争物の保管をさせ,かつ,債務者が係争物の占有の移転を禁止されている旨及び執行官が係争物を保管している旨を公示させること。
2 前項の規定による占有移転禁止の仮処分命令の執行がされたときは,当該執行によって係争物である不動産の占有を解かれた者が,債務者となる。
3 第一項の規定による占有移転禁止の仮処分命令は,第四十三条第二項の期間内にその執行がされなかったときは,債務者に対して送達することを要しない。この場合において,第四条第二項において準用する民事訴訟法第七十九条第一項 の規定による担保の取消しの決定で第十四条第一項 の規定により立てさせた担保に係るものは,裁判所が相当と認める方法で申立人に告知することによって,その効力を生ずる。
(債務者を特定しないで発された占有移転禁止の仮処分命令の執行)
第五十四条の二 第二十五条の二第一項の規定による占有移転禁止の仮処分命令の執行は,係争物である不動産の占有を解く際にその占有者を特定することができない場合は,することができない。
(占有移転禁止の仮処分命令の効力)
第六十二条 占有移転禁止の仮処分命令の執行がされたときは,債権者は,本案の債務名義に基づき,次に掲げる者に対し,係争物の引渡し又は明渡しの強制執行をすることができる。
一 当該占有移転禁止の仮処分命令の執行がされたことを知って当該係争物を占有した者
二 当該占有移転禁止の仮処分命令の執行後にその執行がされたことを知らないで当該係争物について債務者の占有を承継した者
2 占有移転禁止の仮処分命令の執行後に当該係争物を占有した者は,その執行がされたことを知って占有したものと推定する。

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