新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1177、2011/11/8 10:18 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・被相続人死亡保険金は遺産を構成するか】

質問:夫が多くの負債を抱えて亡くなりました。夫は生命保険に入っていて,私が生命保険金の受取人に指定されていました。私としては,今後の生活のこともありますので,生命保険金は受け取りたいのですが,相続することになると多額の借金を負うことになり,とても返しきれる金額ではなさそうです。以前,相続をすると資産も借金も全て負うことになるとか,相続放棄をすると借金を負わなくてよくなる代わりに財産も相続もできない、ということを聞いたことがあります。借金については相続放棄をしたいのですが,そうするとやはり生命保険金も諦めなくてはならないのでしょうか。

回答:
1.相続財産については,資産であっても負債であっても,一切を相続するか(単純承認,民法920条),あるいは一切を放棄するか(相続放棄,民法939条),どちらかということになります(なお,資産の限度で債務を負担するという限定承認という方法もあります。民法922条)。しかし,それは,あくまでも相続財産である資産や負債についての話です。
2.生命保険金については,受取人が誰にされているかによりますが,死亡した本人以外の人が受取人として指定されている場合には,相続財産として扱われないと考えられています。判例(最高裁判所昭和40年2月2日判決)も同様の考えです。したがって,あなたは,夫の負債については相続放棄手続をすることにより負担させられることを防ぎ,その一方で,生命保険金の受取手続をすることにより夫があなたを受取人としてかけていた生命保険金を受け取ることができることになります。なお,相続放棄手続は,相続開始を知った時から3か月内に家庭裁判所で放棄の申述をすることが必要になりますので(民法915条1項,938条),ご注意ください。
3.遺産と保険金 の関係は法律相談事例集キーワード検索:1176番917番578番529番126番110番25番参照。

解説:

1.相続財産と生命保険金
  相続人は,相続をすると,相続開始の時から,被相続人(死亡した本人)の財産に属した一切の権利義務を承継することになります(民法896条)。
  しかし,生命保険金については,死亡した本人以外の特定人が受取人に指定されている場合には,受取人は,保険契約(保険法42条、旧商法675条、、民法537条以下、保険金受取人である第三者のためにする契約)における受取人の資格に基づいて生命保険金を受け取るものであり,相続によって受け取るのではないと考えられています。すなわち、保険金請求権は保険契約に基づき契約締結と同時にその法的効果により受取人が死亡という条件付き請求権を取得するもので相続人の固有の財産を構成するものですから、契約締結後の相続という偶然の事情により相続人が取得(包括承継)するものではありません。
  このような保険契約を第三者のためにする保険契約と呼んでいます。被相続人と保険会社との間で、被相続人が死亡した場合は第三者である相続人が保険金請求権を取得する契約を締結したと判断されます。この場合には,保険契約の効力発生により,生命保険金を受け取る権利は,指定された受取人の固有の権利として存在することになり,被相続人の権利ではない(相続財産ではない)と考えられるのです。判例(最高裁判所昭和40年2月2日判決)も,「保険金受取人としてその請求権発生当時の相続人たるべき個人を特に指定した場合には,右請求権は,保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり,被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱しているものといわねばならない。」としています。

  このように,特定の受取人が指定されている場合には,生命保険金は相続財産にはなりませんので,受取人は,相続放棄をしても生命保険金を受け取ることができ,また,生命保険金を受け取ったからといって,相続財産の処分をしたとして単純承認したものとみなされる(法定単純承認,民法921条1号)こともなく,相続放棄をすることは妨げられません。
  なお,受取人を単に「相続人」として,特定の人物についてその氏名を明示して指定していない場合にも,生命保険金が相続財産にならないことは同様です。一方,受取人を被相続人本人としている場合には,生命保険金を受け取る権利は被相続人本人帰属するため,生命保険金は結果的に相続財産となることになります。更に,生命保険は相続税との関係では相続財産に入れて計算しますが、これは相続税の計算上の扱いで相続財産ではないので誤解のないようにして下さい。

2.相続放棄
  相続放棄は,相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に,家庭裁判所に放棄の申述をすることによって行います(民法915条1項,938条)。
  相続放棄をすると,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなされます(939条)ので,相続財産を承継することができなく代わりに,負債も一切負わなくて済むことになります。

≪参考判例≫

最高裁判所昭和40年2月2日判決
「所論は,養老保険契約において保険金受取人を保険期間満了の場合は被保険者,被保険者死亡の場合は相続人と指定したときは,保険契約者は被保険者死亡の場合保険金請求権を遺産として相続の対象とする旨の意思表示をなしたものであり,商法六七五条一項但書の「別段ノ意思ヲ表示シタ」場合にあたると解すべきであり,原判決引用の昭和一三年一二月一四日の大審院判例の見解は改められるべきものであつて,原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があると主張するものであるけれども,本件養老保険契約において保険金受取人を単に「被保険者またはその死亡の場合はその相続人」と約定し,被保険者死亡の場合の受取人を特定人の氏名を挙げることなく抽象的に指定している場合でも,保険契約者の意思を合理的に推測して,保険事故発生の時において被指定者を特定し得る以上,右の如き指定も有効であり,特段の事情のないかぎり,右指定は,被保険者死亡の時における,すなわち保険金請求権発生当時の相続人たるべき者個人を受取人として特に指定したいわゆる他人のための保険契約と解するのが相当であつて,前記大審院判例の見解は,いまなお,改める要を見ない,そして右の如く保険金受取人としてその請求権発生当時の相続人たるべき個人を特に指定した場合には,右請求権は,保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり,被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱しているものといわねばならない。然らば,他に特段の事情の認められない本件において,右と同様の見解の下に,本件保険請求権が右相続人の固有財産に属し,その相続財産に属するものではない旨判示した原判決の判断は,正当としてこれを肯認し得る。」

≪参照条文≫

民法
(第三者のためにする契約)
第五百三十七条  契約により当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したときは、その第三者は、債務者に対して直接にその給付を請求する権利を有する。
2  前項の場合において、第三者の権利は、その第三者が債務者に対して同項の契約の利益を享受する意思を表示した時に発生する。
(第三者の権利の確定)
第五百三十八条  前条の規定により第三者の権利が発生した後は、当事者は、これを変更し、又は消滅させることができない。
(相続の一般的効力)
第八百九十六条  相続人は,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし,被相続人の一身に専属したものは,この限りでない。
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条  相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に,相続について,単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし,この期間は,利害関係人又は検察官の請求によって,家庭裁判所において伸長することができる。
2  相続人は,相続の承認又は放棄をする前に,相続財産の調査をすることができる。
(単純承認の効力)
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条  相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に,相続について,単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし,この期間は,利害関係人又は検察官の請求によって,家庭裁判所において伸長することができる。
2  相続人は,相続の承認又は放棄をする前に,相続財産の調査をすることができる。
(単純承認の効力)
第九百二十条  相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。
(法定単純承認)
第九百二十一条  次に掲げる場合には,相続人は,単純承認をしたものとみなす。
一  相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし,保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは,この限りでない。
二  相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三  相続人が,限定承認又は相続の放棄をした後であっても,相続財産の全部若しくは一部を隠匿し,私にこれを消費し,又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし,その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は,この限りでない。
(限定承認)
第九百二十二条  相続人は,相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して,相続の承認をすることができる。
(相続の放棄の方式)
第九百三十八条  相続の放棄をしようとする者は,その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
(相続の放棄の効力)
第九百三十九条  相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなす。

保険法
(第三者のためにする生命保険契約)
第42条
保険金受取人が生命保険契約の当事者以外の者であるときは、当該保険金受取人は、当然に当該生命保険契約の利益を享受する。
(保険金受取人の変更)
第43条
1項
保険契約者は、保険事故が発生するまでは、保険金受取人の変更をすることができる。
2項
保険金受取人の変更は、保険者に対する意思表示によってする。
3項
前項の意思表示は、その通知が保険者に到達したときは、当該通知を発した時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、その到達前に行われた保険給付の効力を妨げない。

商法(旧)
(他人のためにする保険)
第675条
1項
保険金額ヲ受取ルヘキ者カ第三者ナルトキハ其第三者ハ当然保険契約ノ利益ヲ享受ス但保険契約者カ別段ノし意思ヲ表示シタルトキハ其意思ニ従フ
2項
前項但書ノ規定ニ依リ保険契約者カ保険金額ヲ受取ルヘキ者ヲ指定又ハ変更スル権利ヲ有スル場合ニ於テ其権利ヲ行ハスシテ死亡シタルトキハ保険金額ヲ受取ルヘキ者ノ権利ハ之ニ因リテ確定ス

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る