新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.911、2009/9/1 14:48 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【民事・離婚・相手の住所が分からない場合の手続き・対応】

質問:数年前に私と子供達を置いて家を出て行った夫がいます。夫とは,たまに携帯電話を通してやり取りをしているのですが,最近,夫は,家に戻ってやり直したいと言い出しました。私は,今までの経緯からとてもやり直す気にはなれず,この際,きっぱりと離婚したいと思うのですが,夫は,全く言うことを聞いてくれません。夫に関する情報は,携帯電話の番号やアドレスくらいしか分からず,今どこで暮らしているのか(住民票は移されていません。),どのような仕事をしているのか(転職したそうです。)など,夫に聞いても教えてくれません。離婚するにはどうしたらよいでしょうか?

回答:
1.離婚の調停、訴訟には夫の住所確認が必要になりますので、まず、戸籍謄本(の付票)、住民票から住所移転先を確認することです。
2.住所が移転してなければ、携帯で電話の番号から弁護士照会手続をとり住所、料金決済口座を調査することは可能です。1−2か月間はかかります。ホームページ事例集694番参照。
3.それでも不明であるならば、携帯電話、メールの連絡を密にして、話合いに応じるスタンスで勤め先等を解明するのも方法です。調停申立書、訴状の送達先を勤務先として確保することができます。
4.仮に、旦那さんが離婚を受け容れてくれず,旦那さんの情報がほとんどないとなると,ご本人のみの努力によって離婚するのはかなり困難であり,弁護士に依頼するのがよいでしょう。夫との会話内容を詳細に記載、録音し、公示送達手続きにより離婚訴訟を提起することが可能になります。事例集749番参照。

解説:
1.相手方が離婚を受け容れてくれない(協議離婚ができない)場合,通常は,家庭裁判所に離婚調停を申し立てるのですが,@本件のように,相手方の居住先や職場が分からないときは,裁判所が呼出状を送達することはできず,離婚調停を申し立てることは困難です。また,離婚には,財産分与,養育費及び慰謝料等様々な財産的給付が付随するのですが,A本件のように,相手方が自らの情報の開示を拒絶しているときは,相手方は財産を隠匿する危険があります。

2.上記@Aの問題は,自分で対策を練るほか弁護士に依頼することも考えましょう。
(1)まず,@相手方の居住先については,弁護士会照会(弁護士法23条の2)という弁護士の権限を利用して,判明する可能性があります。弁護士会照会とは,弁護士が受任している事件について,所属弁護士会に対し,公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出る手続をいいます。これは,受任事件について訴訟資料を収集し,職務活動を円滑に執行処理するため手段として用いられています。照会権を有しているのは弁護士会であるため,弁護士や弁護士法人は,各所属弁護士会に照会申請を行います。申出を受けた弁護士会は,審査の上,照会先へ申出書を送付しています。その後,照会先から申請者へ回答書が送付される仕組みになっています。適正公平な訴訟の運営に不可欠の制度ですので,照会先も趣旨を理解し,積極的に回答することが期待されます。本件の場合,携帯番号が分かるということで,これを手掛かりとして,居住先が判明する可能性があります。すなわち,携帯電話会社に対し弁護士会照会をすると,例えば以下のような回答を得ることができるのですが,「請求先住所」が相手方の居住先である可能性が高く,そうでなくても,これを手掛かりにさらなる調査が可能となるのです。

○○電話番号 ×××××××××××
契約者住所 〒×××−×××× 東京都○○区○○×−×−×
   氏名 ○○ ○○      契約者連絡先 ××−××××−××××
請求先住所 〒×××−×××× 東京都○○区○○×−×−×
   氏名 ○○ ○○      請求先電話番号 ××−××××−××××
         カナ氏名 ○○○○○○
開始日 200×/0×/××
支払方法/銀行直取
金融機関 ×××× ○○銀行
     ××   ○○
預金者 ○○○○○○

(2)次に,A相手方の財産についてですが,上記料金決済「金融機関」に相手方が普段利用している口座がある可能性が高く,この口座にある程度の預金が存在し,給料が振り込まれる可能性があります。このように,相手方の口座が存在しそうな金融機関及び支店が分かったら,相手方の預金債権に対し仮差押え(民事保全法20条以下,家事審判法15条の3)をすることが可能となります。なお,金融機関に対し弁護士会照会をしても,預金口座の内容を知ることは困難です。ヤミ金業者の口座等を除き,金融機関は,通常,口座名義人の同意書がないと弁護士会照会には応じない取扱いをしているからです。

3.仮に,以上のように弁護士に依頼して弁護士会照会によって相手方の居住先や相手方の財産が判明しないとしても,まず、自身、住民票、戸籍謄本の付票、ご主人の実家、親戚との連絡から住所を調査します。さらに電話、メールで連絡を継続し時間をかけて情報を確保することに努めるべきです。相手は、やり直そうと思っているのですから話し合いに応じるはずです。その中から、勤務先等を調査し、仮に住所が判明しなくとも調停、離婚訴訟の訴状等送達先を確知することができます。又途中から弁護士に依頼して連絡の代理人にすることも一つの方法です。相手方が法的専門家の介入を知れば,何らかの形で弁護士に相談することになり、上記@Aの問題が解決する手掛かりになる場合があります。相手方に弁護士が付くことは不都合だと思うかもしれませんが,そうばかりとは言い切れません。弁護士は,いくら依頼者の利益のために行動する立場にあるといっても,弁護士倫理上あまり不誠実な態度を取ることはできませんし、長期間にわたり住所を隠したままで代理人が夫婦関係調整はできませんので、上記@Aの問題を解決するように助言する場合があるからです。また,離婚問題においては,相手方との直接交渉は相手方が感情的になるなどで難航することがありますが,弁護士同士の交渉では,そのような感情的な対立はある程度捨象されるので,交渉が促進される可能性もあります。

4.最後に,以上のようにしても,上記@Aの問題が解決されなかった場合について述べておきます。
(1)まず,@相手方の居住先や職場(以下「居住先等」)については,これが判明しなかったとしても,調停の申立てが全くできないというわけではありません。すなわち,申立書に相手方の住民票の住所に加えて携帯電話の番号を記載して申し立て,事実上,裁判所から電話をかけてもらい,居住先等を聞き出す方法があります。これでも,相手方が居住先等を教えなかった場合は,離婚訴訟に進むことができ,離婚訴訟では公示送達(民事訴訟法110条1項1号)という手続で,相手方の居住先等が分からずとも,訴えを提起することが可能となります。なお,そのようなことが可能ならば,最初から離婚訴訟を提起すればよいではないかと思うかもしれませんが,離婚事件においては,調停前置主義といって,まず離婚調停の手続を経ることが義務付けられています(家事審判法18条)。唯、調停成立の可能性がないようであれば、調停を省略して訴訟を提起することができます(18条2項但し書き)。
(2)次に,A相手方の財産についてですが,上記のように離婚訴訟となれば,裁判所による調査嘱託(民事訴訟法186条)ということが可能であり,弁護士会照会には応じない金融機関も,さすがに裁判所からの要請は無視することができず,調査嘱託には応じるでしょう。これにより,以前把握していた相手方の口座から金銭の流れをたどって,現在の口座を突き止めることが可能となります。

≪参考条文≫

<民事訴訟法>
第110条 次に掲げる場合には,裁判所書記官は,申立てにより,公示送達をすることができる。
一 当事者の住所,居所その他送達をすべき場所が知れない場合
二 第107条第1項の規定により送達をすることができない場合
三 外国においてすべき送達について,第108条の規定によることができず,又はこれによっても送達をすることができないと認めるべき場合
四  第108条の規定により外国の管轄官庁に嘱託を発した後6月を経過してもその送達を証する書面の送付がない場合
2  前項の場合において,裁判所は,訴訟の遅滞を避けるため必要があると認めるときは,申立てがないときであっても,裁判所書記官に公示送達をすべきことを命ずることができる。
3  同一の当事者に対する2回目以降の公示送達は,職権でする。ただし,第1項第4号に掲げる場合は,この限りでない。
第186条  裁判所は,必要な調査を官庁若しくは公署,外国の官庁若しくは公署又は学校,商工会議所,取引所その他の団体に嘱託することができる。

<民事保全法>
第20条 仮差押命令は,金銭の支払を目的とする債権について,強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき,又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
2 仮差押命令は,前項の債権が条件付又は期限付である場合においても,これを発することができる。
第21条 仮差押命令は,特定の物について発しなければならない。ただし,動産の仮差押命令は,目的物を特定しないで発することができる。
第22条 仮差押命令においては,仮差押えの執行の停止を得るため,又は既にした仮差押えの執行の取消しを得るために債務者が供託すべき金銭の額を定めなければならない。 2 前項の金銭の供託は,仮差押命令を発した裁判所又は保全執行裁判所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄区域内の供託所にしなければならない。

<家事審判法>
第15条の3 第9条の審判の申立てがあつた場合においては,家庭裁判所は,最高裁判所の定めるところにより,仮差押え,仮処分,財産の管理者の選任その他の必要な保全処分を命ずることができる。
2 前項の規定による審判(以下「審判前の保全処分」という。)が確定した後に,その理由が消滅し,その他事情が変更したときは,家庭裁判所は,その審判を取り消すことができる。
3 前2項の規定による審判は,疎明に基づいてする。
4 前項の審判は,これを受ける者に告知することによつてその効力を生ずる
5 第9条に規定する審判事件が高等裁判所に係属する場合には,当該高等裁判所が,第3項の審判に代わる裁判を行う。
6 審判前の保全処分(前項の裁判を含む。次項において同じ。)の執行及び効力は,民事保全法(平成元年法律第91号)その他の仮差押え及び仮処分の執行及び効力に関する法令の規定に従う。この場合において,同法第45条中「仮に差し押さえるべき物又は係争物の所在地を管轄する地方裁判所」とあるのは,「本案の審判事件が係属している家庭裁判所(その審判事件が高等裁判所に係属しているときは,原裁判所)」とする。
7 民事保全法第4条,第14条,第15条及び第20条から第24条までの規定は審判前の保全処分について,同法第33条及び第34条の規定は審判前の保全処分を取り消す審判について準用する。
第17条 家庭裁判所は,人事に関する訴訟事件その他一般に家庭に関する事件について調停を行う。但し,第9条第1項甲類に規定する審判事件については,この限りでない。第18条 前条の規定により調停を行うことができる事件について訴を提起しようとする者は,まず家庭裁判所に調停の申立をしなければならない。
2 前項の事件について調停の申立をすることなく訴を提起した場合には,裁判所は,その事件を家庭裁判所の調停に付しなければならない。但し,裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは,この限りでない。

<弁護士法>
第23条の2 弁護士は,受任している事件について,所属弁護士会に対し,公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合において,当該弁護士会は,その申出が適当でないと認めるときは,これを拒絶することができる。
2 弁護士会は,前項の規定による申出に基き,公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。

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