新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.888、2009/6/23 16:13 https://www.shinginza.com/qa-seikyu.htm

【民事・生命保険金返還請求権に対する強制執行・保険金返還請求を差し押さえたものは債務者の解約返還の請求自体を行使できるか・債権者代位権の行使による方法はどうか】

【質問】
知人に対しお金を貸しているのですが、どれだけ請求しても返済をしてくれません。知人にはめぼしい財産がないので、それらを差し押さえることはできませんが、知人が、多額の生命保険に加入していることが最近分かりました。そこで、生命保険の解約返戻金を差し押さえようと考えています。しかし、解約返戻金は解約しないと請求できないことになっていますので、知人が解約しない場合は、せっかく差し押さえても保険会社に対して取り立てることはできないのでしょうか。

【回答】
解約返戻金返還請求権を差し押さえた債権者は保険契約を解約して、保険会社に対し解約返戻金を請求することができます。その方法としては、@差押債権者の取立権(民事執行法155条1項)として債務者の有する解約権を行使する方法、A債権者代位権(民法423条)に基づいて、債務者の有する解約権を代位行使する方法が考えられます。

【解説】
1.(問題点の指摘)
(1)通常、個人が債務者の場合は、ご質問のケースのように特に見るべき財産を有していないことが多いため、泣き寝入りとなることが多いと思われます。仮に、債務者が不動産を有していても、住宅ローンなどが組まれているなど、抵当権が設定されており、配当を期待することはできません。ただ、ご質問のケースのように生命保険に加入していることが少なからずあり、その解約返戻金はかなり高額になることがあります。そうであれば、債権者としては、この解約返戻金請求権を差押え、債権の回収に充てたいとの考えに及ぶのは当然でしょう。しかしながら、解約返戻金請求権は、保険契約を解約しないことには行使し得ない権利です。せっかく解約返戻金請求権を差し押さえたとしても、債権者によって保険契約の解約権の行使ができないことには、差押えが無意味になってしまいます。

(2)条文上「金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる」。と書いてありますので、債権者の取り立て権により保険金請求権を当然請求できるようにも読めますが、厳格に言えば、保険金請求権は、債務者が解約の意思表示をして初めて生じるものであり(解除権は形成権ですから意思表示しない以上権利自体が存在しないのです。)、差し押さえた時はまだ発生していませんので債務者の解約の意思表示の条件付き(停止条件です。民法127条)権利を差し押さえたことになります。条件付き権利でも財産的権利である以上差し押さえることは可能ですが(民法129条)、債務者に代わり解除の意思表示をする権利まで差し押さえの効力が及ぶか疑問があるからです。というのは、解除するかどうかの判断は債務者の意思決定によるものであり、そのような意思表示は債務者の専属するもので(行使上の一身専属権。民法423条1項参照。例えば慰謝料請求権等です。又、帰属上の一身専属権は、民法896条)、債権者は代わりに行使できないのではないかという問題が残るからです。

(3)そこで、保険契約の解約権の行使方法が問題となります。

2.
(1)(結論)
解約権の行使方法としては、まず、差押債権者の取立権として行使する方法が考えられますが(民事執行法155条1項)、結論から言うと、差し押さえの効力は、停止条件付き保険金請求権及び、解除権にも及び解除権は債務者の行使上の一身専属権ではないので債権者は取り立て権に基づき解除権を自ら行使することがでるものと解釈致します。

(2)(理由)
@執行法155条1項の、差し押さえ権利者の取り立て権は、代位行使と異なり債権者が自己の名において自ら権利行使を行うものですが、民法423条が規定する行使上の一身専属権とは、法の理想である公正、公平な権利関係を維持するために本来の権利者の自由な意思により権利行使を認めようとするものです。しかし、いかなる権利が一身専属性を有するかどうかは条文上不明であり、権利の性質、当該権利を認めた趣旨から決定されることになります。生命保険契約途中解除の権利(解除権)を認めた趣旨は、主に保険契約者の経済的な必要性、計算上の利益を考慮したものであり財産的色彩が強く、契約者だけが判断、決定する必要がある権利ではないからです。従って、形成権行使の債務者の意思の尊重より、財産権を差し押さえた債権者の迅速な権利実現が優先されるべきです。無効の主張、取消権も同様に解釈されています。

A遺留分請求権は一身専属性が認められています(最高裁判決平成13年11月22日)。財産的権利ですが、遺留分請求権は、相続制度の例外的規定であり(事例集807番参照)、特に具体的相続分を有さない相続人の期待権を特に保護しようとするもので当該相続人の自由な意思に任せる必要があるからです。慰謝料請求権も、財産的色彩が強いが精神的被害は、当該被害者にしか理解できない人格的利益を含むもので第三者の権利行使を許しません。さらに、契約当事者間の信頼関係の基礎にしているものも含まれません。賃借人の使用収益権(民法612条)、雇用する使用者の権利(民法625条)も同様です。

(3)(判例)
この点の可否につき、長く、下級審判例しか存在しませんでしたが、最高裁によっても判断されるに至りました。最判平成11年9月9日民集53巻7号1173頁は次のように判示しました。「生命保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえた債権者は、これを取り立てるため、債務者の有する解約権を行使することができると解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。金銭債権を差し押さえた債権者は、……その債権を取り立てることができるとされているところ、その取立権の内容として、差押債権者は、自己の名で被差押債権の取立てに必要な範囲で債務者の一身専属的権利に属するものを除く一切の権利を行使することができるものと解される。生命保険契約の解約権は、身分法上の権利と性質を異にし、その行使を保険契約者のみの意思に委ねるべき事情はないから、一身専属的権利ではない。また、生命保険契約の解約返戻金請求権は、保険契約者が解約権を行使することを条件として効力を生ずる権利であって、解約権を行使することは差し押さえた解約返戻金請求権を現実化させるために必要不可欠な行為である。したがって、差押命令を得た債権者が解約権を行使することができないとすれば、解約返戻金請求権の差押えを認めた実質的意味が失われる結果となるから、解約権の行使は解約返戻金請求権の取立てを目的とする行為というべきである。他方、生命保険契約者は債務者の生活保障手段としての機能を有しており、その解約により債務者が……不利益を被ることがあるとしても、そのゆえに民事執行法153条により差押命令が取り消され、あるいは解約権の行使が権利の濫用となる場合は格別、差押禁止財産として法定されていない生命保険契約の解約返戻金請求権につき預貯金債権等と異なる取扱いをして取立ての対象から除外すべき理由は認められないから、解約権の行使が取立ての目的の範囲を超えるということはできない。」と判示して、差押債権者による取立権に基づく解約権の行使を認めました。

そして、実は、この判例には反対意見が付されています。その理由は、@条件付権利を差し押さえた差押債権者が解約権を行使することにより無条件の権利を差し押さえたのと同じ効果を認めることは相当ではないこと、A付随的権利を差し押さえた差押債権者が解約権を行使することにより保険契約者又は保険金受取人が有する基本的な権利を消滅させることを認めることは相当ではないこと、B解約権の行使を認めると、債務者が生命保険契約上有する期待権を著しく侵害する場合があること、C取立権に基づく解約権の行使を認めないとしても、解約返戻金請求権を差し押さえたことの意義自体は何ら損なわれるものではないこと、の4点を挙げています。

しかし、全く解約権の行使を認めないのか、というとそうではなく、解約権の行使方法のもうひとつである債権者代位権(民法423条)による行使によって行うべきである、と述べています。債権者代位権とは、債務者がその一般財産の減少を放置する場合に、債権者が債務者3に代わってその権利を行使する制度です。その要件としては、@債権者の債権を保全するために必要であること(債務者の無資力、民法423条1項)、A債務者自らその権利を行使しないこと、B債権は原則として履行期にあること(民法423条2項本文)、C代位行使の対象となる権利が一身専属権でないことが要求されます。今回問題となるのは、Cの一身専属権かという点です。つまり、保険契約の解約権は保険契約者の一身に専属する権利か否かという点です。

先の平成11年の最高裁判例が出る以前の下級審判例は、保険契約の趣旨・目的を総的に判断して、一定の場合に、解約権に一身専属性があることを認めていました。しかし、前述のとおり、平成11年の最高裁判例において、保険契約の解約権は一身専属権ではないとの判断が示されました。ここで先ほどの反対意見に戻りますが、反対意見を述べた裁判官は、債務者の無資力を要件としている債権者代位の方法によるべきであると述べています。つまり、債務者の無資力を要求することで、保険契約者=債務者に配慮しているということです。しかしながら、保険契約を自ら解約して解約返戻金の支払いを請求できるにもかかわらず債務の弁済をしない者を保護しようという点については批判のあるところだと思われます。とにかく、債務者の無資力要件を充たせば―もちろん他の要件も充たすことが前提ですが―債権者代位権に基づく解約権の行使も認められるでしょう。

3.以上から、貴方の場合も保険金請求権を差し押さえる手続きに着手することをお勧めいたします。なお、約款に保険契約の解約権行使に制限が定められている場合も存在します。ご不安でしたら、お近くの法律事務所へご相談なさってみて下さい。

<参考条文>

【民法】
(条件が成就した場合の効果)
第127条  停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時からその効力を生ずる。
(条件の成否未定の間における権利の処分等)
第129条  条件の成否が未定である間における当事者の権利義務は、一般の規定に従い、処分し、相続し、若しくは保存し、又はそのために担保を供することができる。
(債権者代位権)
第四百二十三条 債権者は、自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利は、この限りでない。
2 債権者は、その債権の期限が到来しない間は、裁判上の代位によらなければ、前項の権利を行使することができない。ただし、保存行為は、この限りでない。

【民事執行法】
(差押禁止債権の範囲の変更)
第百五十三条 執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部若しくは一部を取り消し、又は前条の規定により差し押さえてはならない債権の部分について差押命令を発することができる。
2 事情の変更があつたときは、執行裁判所は、申立てにより、前項の規定により差押命令が取り消された債権を差し押さえ、又は同項の規定による差押命令の全部若しくは一部を取り消すことができる。
3 前二項の申立てがあつたときは、執行裁判所は、その裁判が効力を生ずるまでの間、担保を立てさせ、又は立てさせないで、第三債務者に対し、支払その他の給付の禁止を命ずることができる。
4 第一項又は第二項の規定による差押命令の取消しの申立てを却下する決定に対しては、執行抗告をすることができる。
5 第三項の規定による決定に対しては、不服を申し立てることができない。
(差押債権者の金銭債権の取立て)
第百五十五条 金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる。ただし、差押債権者の債権及び執行費用の額を超えて支払を受けることができない。
2 差押債権者が第三債務者から支払を受けたときは、その債権及び執行費用は、支払を受けた額の限度で、弁済されたものとみなす。
3 差押債権者は、前項の支払を受けたときは、直ちに、その旨を執行裁判所に届け出なければならない。

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